F・グルダ モーツアルト・アーカイヴ
グルダは1980年頃に多くのモーツアルトのピアノソナタを私的に録音した。なんらかの事故でオリジナル・マスター・テープはなくなってしまったらしいのだが、カセットテープが残っており、それからリマスタリングして今回モーツアルト・アーカイヴというCD3枚組でDG(ドイツ・グラモフォン)から発売された。タワーレコードで買ったのは輸入盤(3190円)で、こっちのタイトルはずばりモーツアルト・テープである。
演奏家が故人になるとこういう不思議なテープが出てくるのだろうか。カルロス・クライバーの「田園」も、まさかこの曲の録音があるとは思わなかったのだが、息子がライブをカセットにとっていたそうだ。
それでも聴けばまさしくこれがグルダ以外の誰の演奏でもないことは誰でもわかる。録音は必ずしも良いものではないが、小さな部屋で彼の演奏の本質を味わうのに何の不足もない。
ベートーベンのピアノソナタ全曲録音にも共通するが、快速なテンポで、新鮮な眼で楽譜を読んで引き飛ばしていけば、そこから曲の本質はおのずから出てくる、それを瞬時に感じ取って展開していけばいい、そういう心地よさとまさに正しく対象を捉えたというかたちがある。この瞬時というのは他の人では多分出来ない。
だからモーツアルトのピアノソナタをはじめてこんなに続けて聴けたのかもしれない。
しかし、これだけの数をまとめて録音したのを見て誰でも不思議に思うというか不満に思うであろうことは、どうしてあのイ長調K.331トルコ行進曲付とイ短調K.310がないのだろうかということである。
前者はこの数年前にamdeoに録音したものがあり、そのLPも持っており、それは見事な演奏であるが、K.310はこれまでにも録音があったという記憶がない。
この名曲はなかなかいい録音がない。数少ない短調だから曲に表情、陰影を感じるのだろうか、たいていの場合はタッチを変えたり、強弱もつけすぎたりして、速度感が変になってしまうのである。持っているものでも、比較的新しいペライアがそうだし、かっては名演と思っていたあのリパッティでさえ今聴くとそうである。
そういう中でグルダの演奏はそうならない期待というと変だが聴きたかったのだ。まあこんな演奏になるだろうと頭の中で鳴らすしかない。
それでもグルダに感謝。