マンハッタン(MAnhattan 、1979米、96分)
監督:ウディ・アレン、脚本:ウディ・アレン、マーシャル・ブリックマン
ウディ・アレン、ダイアン・キートン、マリエル・ヘミングウェイ、メリル・ストリープ、マイケル・マーフィ、アン・バーン
このあまりにも有名な映画、いろんな情報は頭の中に入ってしまっているけれども見るのははじめてである。
ニューヨークに行ったのはこの映画よりずいぶん後、しかしなぜかこういうイメージはあって、それもこのモノクロ映画特有なちょっとしゃれた感じは植えつけられてしまった感があった。
そのうえ、こんな映像がありながら、饒舌すぎるスノッブな会話のセリフ、映画としては邪道といえば邪道、確信犯ではあるのだろう。
終わってみればありがちな男女のくっついたり離れたりのドラマで、それが最後はありふれたものになっている。そういうパターンを借りて風俗をとらえたという側面もある。
アレンはあの風采、唯一ともいえる共演男優のマイケル・マーフィもそれほどさえた風采ではない。前妻はメリル・ストリープで、かけだしからそんなにたっていないはずだが、あのちょっと扱いにくい女のイメージ、二人の男の間にいるダイアン・キートンがやはりここでは見せる演技である。
問題の17歳ながらアレン(作家)と仲よくなり、若すぎるからとの作家の躊躇を揺さぶる少女をヘミングウェイの孫のマリエルが演じていて話題になり評価もされたらしいが、42歳の作家がふらっとする娘としては映像的にちょっと無理がある。このドラマ、スノッブな大人たちの底にある下品なところもある本音をうまくまぶしていて、そこが面白いのだが、そういう相手としては彼女は頭で理屈をつけて扱われているように見える。
ウディ・アレンは若い女優をそういう本音の中において、男から見ると、うまく使っているけれども、その路線ではもっと歳とって数年前に何度か使われたスカーレット・ヨハンソンが一番ぴたりとはまっていたと思う。
最初からいたるところでガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」が使われていて、そのほかいくつかの曲もあわせて、クレジットでは、ズービン・メータ指揮ニューヨーク・フィルが演奏しているようだ。
ウディ・アレンの映画のいい観客ではないので、2000年以前封切でみたものはほとんどない。この時期唯一見た記憶のある「インテリア」が「マンハッタン」の前年というのは意外だった。こっちはカラーだった。
ところで、1979年のモノクロ映画が、わが国の80年代バブルのたとえば「おいしい生活」あたりのイメージ・リーダーの役割を果たしていたよう思われるのは不思議である。