プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」
監督:ロバート・ドーンヘルム
指揮:ベルトラン・ド・ビリー バイエルン放送交響楽団
アンナ・ネトレプコ(ミミ)、ロランド・ビリヤソン(ロドルフォ)、ニコル・キャベル(ムゼッタ)、ジョージ・フォン・バーゲン(マルチェロ)、エイドリアン・エロイド(ショナール)、ヴィタリー・コワリョフ(コルリーネ)
製作:おそらく2007年
NHKはこのところライブ録画以外のビデオ、映画をときどき放映している。ユニテル製作のカラヤン、バーンスタイン他によるオーケストラ、オペラもいくつかあった。これもその一つ。
ただ、製作陣がいまひとつよくわからない陣容で、指揮も演出も初めて聞く名前。私が知らないだけかもしらないが、これまではフランコ・ゼッフィレルリが監督した映画というものもあった。
これはなんといってもネトレプコのミミがあって初めて企画されたものだろう。ロドルフォのビリヤソンはネトレプコとの共演で有名な人らしく、私が知らないだけかもしれない。ちょっと顔が濃すぎるが、声の輝きはいい。マルチェロ、ショナールは吹き替えのようだけれど、これは気にならない。まあマルチェロは名脇役の要素があるから。
見ているとちょっと戸惑ったが、それでも大好きなボエーム、久しぶりに聴いて、あらためて隅から隅までよく出来た音楽を味わった。ネトレプコもちょっと元気すぎるがそれは贅沢な悩みというものだろう。
問題は映画としての監督というかカメラワークで、カメラがアップになりすぎ、いくつかの場面でせっかくのしかけがよくわからず、音楽の面白みをそこなっている。
たとえばミミとロドルフォが最初に出会い、暗い部屋でミミの鍵を探し、すぐにわかったのを隠して、彼女の手に触る「冷たい手」の場面、モミュス・カフェで嘗ての恋人どおしマルチェロとムゼッタのあてつけあい、あげくにムゼッタがそこから解放されたくて靴がきついと訴える名場面、やはりカメラはしばらくひいていた方が観ているこっちも楽しめる。
第3幕のカフェの外、雪の中での二つのカップルのやりとり、これは比較的わかりやすい距離感だが。
ボエームを最初に観たのは、1981年9月、40年前のミラノ・スカラ座初来日公演、指揮:カルロス・クライバー、演出:フランコ・ゼッフィレルリ、ミミはミレッラ・フレーニだった。歌も姿もということになるとやはりフレーニが一番記憶に残る。
監督:ロバート・ドーンヘルム
指揮:ベルトラン・ド・ビリー バイエルン放送交響楽団
アンナ・ネトレプコ(ミミ)、ロランド・ビリヤソン(ロドルフォ)、ニコル・キャベル(ムゼッタ)、ジョージ・フォン・バーゲン(マルチェロ)、エイドリアン・エロイド(ショナール)、ヴィタリー・コワリョフ(コルリーネ)
製作:おそらく2007年
NHKはこのところライブ録画以外のビデオ、映画をときどき放映している。ユニテル製作のカラヤン、バーンスタイン他によるオーケストラ、オペラもいくつかあった。これもその一つ。
ただ、製作陣がいまひとつよくわからない陣容で、指揮も演出も初めて聞く名前。私が知らないだけかもしらないが、これまではフランコ・ゼッフィレルリが監督した映画というものもあった。
これはなんといってもネトレプコのミミがあって初めて企画されたものだろう。ロドルフォのビリヤソンはネトレプコとの共演で有名な人らしく、私が知らないだけかもしれない。ちょっと顔が濃すぎるが、声の輝きはいい。マルチェロ、ショナールは吹き替えのようだけれど、これは気にならない。まあマルチェロは名脇役の要素があるから。
見ているとちょっと戸惑ったが、それでも大好きなボエーム、久しぶりに聴いて、あらためて隅から隅までよく出来た音楽を味わった。ネトレプコもちょっと元気すぎるがそれは贅沢な悩みというものだろう。
問題は映画としての監督というかカメラワークで、カメラがアップになりすぎ、いくつかの場面でせっかくのしかけがよくわからず、音楽の面白みをそこなっている。
たとえばミミとロドルフォが最初に出会い、暗い部屋でミミの鍵を探し、すぐにわかったのを隠して、彼女の手に触る「冷たい手」の場面、モミュス・カフェで嘗ての恋人どおしマルチェロとムゼッタのあてつけあい、あげくにムゼッタがそこから解放されたくて靴がきついと訴える名場面、やはりカメラはしばらくひいていた方が観ているこっちも楽しめる。
第3幕のカフェの外、雪の中での二つのカップルのやりとり、これは比較的わかりやすい距離感だが。
ボエームを最初に観たのは、1981年9月、40年前のミラノ・スカラ座初来日公演、指揮:カルロス・クライバー、演出:フランコ・ゼッフィレルリ、ミミはミレッラ・フレーニだった。歌も姿もということになるとやはりフレーニが一番記憶に残る。