「永い言い訳」西川美和著 2015年2月 文藝春秋刊
映画の脚本・監督でこれまで「ゆれる」(2006)、「ディア・ドクター」(2009)を見てファンになった西川美和。これは小説で、映画化はわからない。
作家の主人公の妻とその友人がスキー旅行にいき、バスの事故で二人とも死んでしまう。作家には子供がいないが、妻の友人夫婦には男の子と女の子がいた。その父親は仕事の都合で小さい子供の面倒を普段見ることができないということから、作家はその家庭で家事、送り迎えなどサポートをしていく。
そのプロセスと互いの細かいやり取りが、読む者にとって自然でもあるが、納得がいく小さい発見(なるほど、そういうこともあるだろうな)をおりまぜ、会話を中心に描き出だされていく。それはこれまでのこの人の脚本と同様だけれども、今回は映画でなく、テキストを最初に読むわけで、西川さんに自信と覚悟があるのだろう。
「ゆれる」とくらべると、大きなプロットがあるわけではないが、それでも最後まで読ませてしまうのはこの人の力量。
人間関係で日々のちいさなことを怠っているとどうなるのか、日々とにかく生きているということを舐めてはいけない、作者はそういうことをちょっと気の利いた短編でなく、ずしりとくる長編で書いた。
映画の脚本・監督でこれまで「ゆれる」(2006)、「ディア・ドクター」(2009)を見てファンになった西川美和。これは小説で、映画化はわからない。
作家の主人公の妻とその友人がスキー旅行にいき、バスの事故で二人とも死んでしまう。作家には子供がいないが、妻の友人夫婦には男の子と女の子がいた。その父親は仕事の都合で小さい子供の面倒を普段見ることができないということから、作家はその家庭で家事、送り迎えなどサポートをしていく。
そのプロセスと互いの細かいやり取りが、読む者にとって自然でもあるが、納得がいく小さい発見(なるほど、そういうこともあるだろうな)をおりまぜ、会話を中心に描き出だされていく。それはこれまでのこの人の脚本と同様だけれども、今回は映画でなく、テキストを最初に読むわけで、西川さんに自信と覚悟があるのだろう。
「ゆれる」とくらべると、大きなプロットがあるわけではないが、それでも最後まで読ませてしまうのはこの人の力量。
人間関係で日々のちいさなことを怠っているとどうなるのか、日々とにかく生きているということを舐めてはいけない、作者はそういうことをちょっと気の利いた短編でなく、ずしりとくる長編で書いた。