メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

ヴェルディ「ファルスタッフ」(おかえりなさいレヴァインさん)

2015-02-17 21:20:57 | 音楽一般
ヴェルディ:歌劇「ファルスタッフ」
指揮:ジェイムズ・レヴァイン、演出:ロバート・カーセン
アンブロージョ・マエストリ(ファルスタッフ)、アンジェラ・ミード(フォード夫人)、ステファニー・ブライズ(クイックリー夫人)、ジェニファー・ジョンソン・キャーノ(メグ)、リゼット・オペローザ(ナンネッタ)、パオロ・ファナーレ(フェントン)、フランコ・ヴァッサッロ(フォード)
2013年12月14日 ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場、2015年2月WOWOW
 

「指輪」の「ワルキューレ」までやって、腰と背中の治療のため休んでいたレヴァインがようやく復帰、その最初の演目がこのファルスタッフの新演出であった。ヴェルディ最後のオペラ、そしてこの人には少ないコメディというのも、この機会としてはなんとなくふさわしい。この複雑にできているけれど、最後は人生賛歌というオペラ、レヴァインの本領発揮であった。
 

年齢とともに、ヴェルディの息が詰まる悲劇は音楽的には評価できても敬遠することが多くなってきたが、作曲家がよくとりあげたシェイクスピアでも、これは喜劇である。いろんな欲望に忠実なファルスタッフ、それに困って周囲が策略を練り、彼をひっかけ懲らしめるわけだが、それに他の人たちの互いのやっつけあいが絡んでいる。
 

ヴェルディ最後の、そして終幕の音楽が高度なフーガ、などということからこのオペラ、これまで高級なあつかいをうけていたようにも思う。これまで何度か見たのはライブ・録音もすべてヨーロッパのものであったが、この内容、人世賛歌ということからは、メトロポリタンがもっともふさわしいのではないだろうか。期待どおりの出来である。
 

女性陣はメトが育ててきた人たちが主で、ブライズ、ミードの大きな体躯も舞台にぴったりだし、「ウェルテル」でシャルロットの妹ソフィーをやっていたオペローザはやはりかわいい。
もちろんなんといってもファルスタッフのマエストリ、このひと巨体と言い、陽気、豪放な演技といい、ファルスタッフそのもの。現在、世界でファルスタッフ役を独占しているようだ。最近メトに出てくる人としてはめずらしく、インタヴューで英語をしゃべらない(イタリア語で通す)。
 

カーセンの演出は1950年代の設定、これはぎりぎりうまくいった。ただあの有名な洗濯籠を窓から放り出す場面は、前後の動きなどちょっと辻褄があわないようにも見えた。
とはいえ、こまかいところに目がいって、印象が散漫になる上演もあるのだが、今回はうまくいった。
 

ところで、こういうみんなに諮られ、懲らしめられる女好きというパターンはよくある。すぐ思い浮かぶのはアルマヴィーヴァ(フィガロの結婚)とオックス(バラの騎士)。前者は新しい時代の正義・モラルに負けたわけだが、後者は言ってみれば新しい世代に負けたということだろうか。そこへいくとファルスタッフは懲らしめられたけれども、「人生は冗談」というメッセージを残し、皆も納得するという、世紀末の、そしてこの大作曲家最後の作品としては、しあわせなものだ。最後のフーガ、一見レクイエムの怒りの日なんだが、それが一転、、、
 

歳とって、もう一度、生きるというただそれだけについて、集中する、ということでいけば、文学でもいくつか思い浮かぶ。トーマス・マン「ヴェニスに死す」もコメディではないがそうだし、日本では谷崎潤一郎「鍵」「瘋癲老人日記」、川端康成「眠れる美女」など。こういいう連想が湧いてくるのも、こっちの年齢のせいかもしれない。


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