日産マーチが新型になりました。今回は思い切った燃費の改善とコスト削減が課題だったようで、生産を全面的にタイに移管することでベースモデルが100万円を切ったそうです。
私は今回のマーチそのものにはあまり興味がありません。燃費のために余裕を削ったエンジン設計や、コスト削減のためにプレスを簡略化して、先代のような特徴がなくなったデザインは、子どもの頃からのクルマ好きの琴線に触れません。気になったのは2点です。まず、現政府とタクシン派の対立で大混乱だったタイですが、日産はもう安定したと見たのでしょう。マーチは日産のエントリー車として重要な車種なので、生産の大きな障害は避けなければいけません。自動車生産は多種多様の部品産業があって初めて成立するので、今回の決定はタイ全土の政情がかなり落ち着き、持続した経済成長に向かうだろうということを示します。
より大きな話題は、「日産がついに国内生産に見切りをつけた」ということです。法人税が高く、役所の許認可により経営の自由度は低く、労働市場も硬直化して生産コストの高い日本に工場をいつまでも置く理由がなくなってきたのでしょう。日本の実力以上の円高ももちろん原因になっているはずです。
タイで生産されるマーチの品質が、このクラスの大衆車として十分なものであれば、この動きは拡大していくものと予想されます。ベンツやBMWのようなプレミアムカーでも一部は南アフリカとか中国で生産しているのですから、日本で販売する乗用車をアジアで生産するのにたいして不都合はないでしょう。日産が先駆けたと言うよりは、これまで日本のメーカーの腰が重かったと言うべきかもしれません。日産はコンパクトカーをタイで生産し、ティアナのような大型自動車を中国や韓国で生産して日本で売ることを考えているのでしょう。先日はホンダの二輪を全面的に値下げすることが発表され、コスト削減のために海外生産比率を上げる、とありました。日産と同じ流れだと思います。
こうした海外シフトの結果、日本では雇用が失われます。政治はどうしても有権者の声やマスコミの論調を無視できないものですが、「世論」として大企業をすべからく強いもの、悪いものとして叩いて来た結果、割を食うのは誰なんでしょう?企業には海外に逃げるという選択肢があります。結局は日本を捨てることもできず、職を得られない一般国民が収入を閉ざされるだけではないですか。
なぜ新型マーチが日本の工場で生産され、「地方格差」に苦しむ地方の台所を潤すことがなかったのでしょうか?例えば、基地問題が話題になる毎に「東京を中心とする日本の他の地域の犠牲になっている」という意見の出る沖縄です。なぜ沖縄県に日産の工場ができないのでしょう?
少し前のデータですが、
沖縄県の財政状況が公表されています。平成18年度の自主財源比率はわずか28%弱。巨額の国費を投入してもかつかつの状況である、と沖縄県が認めています。これで「犠牲になっている」とはどういう意味なのでしょう?少なくとも経済的には「東京が沖縄の犠牲になっている」のが真相です。沖縄の基地負担が小さいとは言えませんが、あれだけの設備と人員を擁するのですから、経済的にはむしろ大きなメリットのはずでしょう。まさか、基地がなくなれば遠い本州から工場が次々に誘致できるとでも?わざわざ遠い沖縄に、本州や九州と同じような賃金を払って工場を建設する企業なんかほとんどないですよ。
そう、「本州や九州と同じような賃金を払って」というのが一番の問題だと思います。本土に比べれば平均賃金の低い沖縄で、生活費の安い沖縄で、なぜ
本土とたいして変わらない最低賃金が定められているのか?表のように、沖縄の最低賃金が629円で九州や四国、山陰各県と変わらないのなら、企業が沖縄に進出するはずがないじゃありませんか。一見公平に見える最低賃金こそが、沖縄を貧しくする悪平等の根源です。
基地と観光以外に大きな産業のない沖縄県ですが、下手な政府の補助もあって(東京よりは安いでしょうが)賃金や物価が高止まりし、いつまでも産業が興らないのです。労働力も市場で売買される商品ですから、政府が公共事業を引っ張って買い支えている間は硬直化して下がりません。今や東京が地方を経済的に支えていく余裕もなくなったのですから、分不相応な市場介入は止めて、地方の賃金を下げてしまうしか選択肢はないと思います。
最低賃金を下げることで、確かに名目上は東京の労働者に比べて賃金が下がりますが、地方の物価はそれに連動して下がらざるを得ませんし、低廉な賃金に魅力を感じて進出する企業が増えるでしょう。実質的には投資や職が増えて豊かになるはず。今のタイと一緒ですよ。沖縄がタイになれないのは、今のところ政府に依存できるからです。税金は払わず、産業は乏しく、企業の誘致もしない、基地は嫌、で本土並みの経済発展を、って誰が見ても無理です。
沖縄に観光旅行に行ってみて感じることですが、沖縄県産の農産物は割高で魅力が今ひとつ伝わりません。沖縄の商店には「県産パイナップルを食べよう」とかポスターが張ってありました。沖縄の人でもフィリピンのパイナップルを食べているのはなぜか?賃金が高止まりしているために、県産のパイナップルが安くできないからです。フィリピン並みとは言いませんが、観光客が実感できるほど物価が安くなれば、観光客も滞在客も爆発的に増えます。日産がタイに生産を移したのはなぜか、タイでリタイア後の人生を過ごす日本人が増えたのはなぜか、考えてみましょう。沖縄に必要なのは本土と共通の最低賃金ではなく、本土と違う物価水準だと思います。
沖縄で基地反対運動をされている方は、「本土に沖縄の心はわからない」とか言う前に、普遍的な市場の仕組みについて考えてみてはどうでしょうか。日産は「沖縄の心がわからない」のでも「タイの心がわかる」のでもなく、タイに安くて質のいい労働力があったからタイに行っただけです。沖縄がタイのような魅力的な投資先あるいは滞在先になり、自主的に産業を誘致して豊かになったときに初めて、「もう基地はいらない」と言えばいいのではないですか?