イギリスの元国会議員にして最も人気のある作家、Jeffrey Archerの割と最近の作品です。邦題は「ゴッホは欺く」。題名からはわかりませんが、2001年9月11日の同時多発テロを背景に仕掛けを組んでいます。また中心となるのが1989年のチャウシェスク失脚前後のルーマニアから海外に逃れた3人。美貌の美術鑑定家アンナ・ペトレスクと、手荒い手段で美術品を巻き上げ、短期間に銀行家としてのし上がったフェンストン、そして子飼いの女殺し屋クランツ。国際的な動乱にプライベートな詐欺とか殺人とかをうまく絡めていく手法は「ゴルゴ13」とかでも馴染みのものですが、さすがにうまく構成してあって楽しめるようになっています。
フェンストンは移民後の通名であり、本名はニク・ムントーヌ。元はチャウシェスクの下で裏金を扱っていた人物。チャウシェスク下の人脈を熟知しており、ワシントンに潜入していた元同僚の名前を売り渡す二重スパイ行為によりアメリカ国籍を手に入れます。高価な美術品を担保に旧家の当主などに融資して、法律に暗い持ち主をかく乱し、時には殺人まで行って美術品を取り上げることをビジネスにしています。アンナは彼の下で美術鑑定を仕事にしていましたが、あまりに酷いやり口に反発して、ゴッホの持ち主であるビクトリア・ウェントワースに打開策を示したことから首になり、命まで狙われるようになります。
殺し屋クランツはルーマニアのナショナルチームにいた体操選手でメダル候補だったのに、練習中に脚を痛めてオリンピックに出場できず没落。小柄で警戒されない外観と超人的な運動能力を買われてチャウシェスクのボディーガードになり、その後フェンストンに拾われて殺し屋になります。銃を使わず、現場で調達したありふれたナイフを使って一撃で相手の喉を掻き切る技を得意とし、周りに気付かれずに逃走します。殺した相手の耳を切り取り、証拠としてフェンストンに送り付けるという猟奇的な面もありますが、奇しくも今回のターゲットになるのはゴッホ「耳を切った自画像」。ルーマニアの体操選手といえば今でもコマネチを思い出します。確かにあの風貌で殺人者だとしてもわからないかな。
ゴッホが収蔵されていたのはロンドン近郊にある架空のウェントワース・ホール。屋敷の設計はハワード城と同じ人物と設定されています。NHKで見たことがありますが、このハワード城は凄い。これならゴッホの1つや2つは収蔵しているでしょう。舞台設定が楽しめるのも、この本の魅力だと思います。