永井荷風集の次は井上靖集に入っています。非常に多作の人なので、有名な「天平の甍」(てんぴょうのいらか)などが抜けているのは惜しいところですが、出世作の「闘牛」が収録されており、足跡を辿るには好適です。
井上靖が新聞記者出身の作家であることは知られていますが、「闘牛」に出てくる山師的な新聞編集長の津上が、井上さん自身なのでしょうかね。小説と言うより新聞記事のような「漆胡樽」や「異域の人」あたりを読むと、井上さんが記事の体裁にもかかわらず話を「盛る」人のように見え、それが新聞記者とも興行師とも区別しがたい津上のイメージと重なってきます。この辺はネットの普及で明らかになってきた、読者を誘導しようという作為的報道が実に多い現代の報道問題とだぶって見えるのですが、いかがなものでしょうか。
この全集で読み応えのあるのはやはり「氷壁」ですね。井上さん自身は、気象庁で勤務していた新田次郎などとは異なり、山の専門家や登山家と言うほどの経験はなかったそうですが、熱心な取材によりそれを感じさせないだけの描写がなされており、「氷壁」を読んで山に登りたくなったというファンも多いそうです。後の西域物にも生かされた取材能力の高さが光ります。
全集と言いつつ、「あめりか物語」「ふらんす物語」が落ちていて帰国後の作品ばかりなので、ひたすら芸者や女給、私娼、置屋の話が続きます。荷風先生、よくここまでと思うぐらい精力的ですね。昭和7,8年ごろの銀座が一番女給や私娼の活動が活発で乱れていたとありますが、太平洋戦争に突入するまで10年もない時代に、世の中が実は戦争一色でもなかったという貴重な生活史でもあります。「つゆのあとさき」によれば、少なくともカフェは繁盛していたし、今のアイドルみたいな売れっ子の女給が上客を取り合い、そんな風俗を面白おかしく新聞が記事にしています。もちろん小説ですが、現実を踏まえたものでしょう。綿密な取材と言うか、荷風のアクティビティの高さには脱帽します。ただ荷風はアメリカとの戦争にはならないと予想していたようです。
晩年の「濹東(ぼくとう)綺譚」ではさすがに枯れてきたのか時勢を気にしてか描写が控えめになり、古きよき時代の名残を、あまり繁盛していない下町に探し懐古する情緒が前に出てきます。少なくとも「おかめ笹」あたりに比べると淡白で、読者を選ばない間口の広さを感じます。ただこの全集の編者は「腕くらべ」を荷風作品の代表として読ませたいのでしょうね。芸者同士の腕比べ、芸者と客との腕比べ、客と客との腕比べ、芸者と世間との腕比べ。いろんな腕比べが連想されます。なかなか含蓄のある題名です。芸者置屋での毎日が題材なので、最後まで筋らしい筋が掴めず、「どうやって終わるつもりかな」と心配してるところに、事件が終わってストンと切り落とされたように終幕を迎えます。これは他の作品にも見られる傾向です。脂ぎった「腕くらべ」や「つゆのあとさき」の後に「濹東(ぼくとう)綺譚」を読むと、人並みの家庭を持てず孤独な晩年を送った荷風が、時代の移り変わりと共に過ぎ去った若き日のことをさぞ哀切に思い起こしているだろうと感じられます。話の舞台である隅田川の東側には、今でも当時の趣を残す町並みが残っているらしいので、尋ねてみるのも一興かもしれません。
今の時代にとても荷風のような生き方はできませんし、当時としても常軌を逸した生き方だとは思いますが、自分で体験できない別世界を味わうという点で小説の魅力は十分。全集企画時は小山内薫と2人で1冊という話だったらしいですが、荷風だけで1冊取れたことはとても良かったです。
名古屋じゃもう雪は積もらないだろうと判断して、後ろ2輪を夏タイヤに交換したところ、帰って来た極楽妻に反対され、腰も痛くなってきたので前後ちぐはぐな状態で様子見しています。ウィンダムはFFなので、少々の雪なら前2輪がスタッドレスのままなら乗り切れるはず。もちろん温暖な名古屋の状況です。春休みに北へ出掛ける予定はありませんから。
スタッドレスにするとクルマの動きがしゃきっとしないし、唸り音もあるので実際以上に古い車に乗ってる気がします。後ろが夏タイヤになっただけで少し動きが良くなりました。
この調子ならまだ次のシーズンも持ちそうですね。夏タイヤの方は、おとなしく走ってる割に減りが速くて不経済なので、長らく親しんだブリヂストンから替えてみようかとも思っています。
徳島名物たらいうどんを表記した乾麺があったので思わず買ってみました。香川の讃岐うどんに押されて全国的な知名度は高くありませんが、名前にはインパクトがあるでしょう。徳島は広い海岸線と山深い奥地の両方があって、食生活も海と山でかなり違います。たらいうどんの店は今でこそ全県にありますが、元々は吉野川の支流である宮川内谷川(みやごうちだにがわ)の渓谷で食べられていたうどん。地元の小麦を水車で挽き、川で取れたじんぞく(ハゼの仲間の小魚)でつけだれを作って食べたものです。うどんは釜揚げでたらいに入れて供されます。
近所に徳島では珍しく温泉が出ることもあって、これが県民にとっての行楽地になり、渓谷沿いにたらいうどんの店が何軒も出るようになったようですね。だいたい河原で渓流の雰囲気を楽しみながら食事ができるようになっています。京都の川床料理の徳島版というところでしょう。子供の頃に1回だけ行った事があり、当時は山深いところで道が狭く時間も掛かったのですが、今は四国自動車道の土成からすぐの場所です。所詮うどんではありますが、どうせなら河原で楽しむのがお薦め。今回はただの乾麺なので、普通にかけうどんにしました。細めですが適度にコシがあります。