アメリカで環太平洋経済連携協定(TPP)担当となっている
米通商代表部(United States Trade Representative, USTR)は交渉開始に先立って意見を公募していたそうで、その中に自動車業界からの要望として「日本は軽自動車枠を廃止すべきである」とあったそうです。
さて、面白いことが書いてあるかなと思って
USTRのサイトを開いてみると、TPPのことなんかほとんど書いてないことに驚きます。日本中が大騒ぎしているTPPは、アメリカにとってたいした課題ではないということです。さすがに
TPPのサイトも設けてはありますが、日本のことなんかさっぱり書いてない。
TPP FAQとしてA4サイズの文書がたった1枚半。「現在のメンバーはアメリカの他にシンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイ、オーストラリア、ペルー、ベトナムでありそれ以外の参加も歓迎する。」つまり国内でまとまっていない日本なんか相手にしていないわけです。TPPはアメリカが日本を陥れるための陰謀、なんて風説を広めている農協関係者の言い分に根も葉もないことがわかります。
報道された軽自動車のことは書いてありません。他を検索しても読売系以外にほとんど扱いなし。アメリカ人の関心がないローカルニュースなんですね。だからアメリカの自動車業界も、日本の軽自動車枠を廃止すればアメリカ車が売れる、なんて本気で考えているわけではないでしょう。
もし軽自動車優遇が廃止されれば、軽自動車よりやや大きいパッソみたいなコンパクトカーが売れるようになるでしょうね。軽自動車は日本の独自規格でありメーカーにとって量産効果があまりないので、大きさの割りに製造コストが高く、優遇措置がなければそんなに売れないはずのニッチ商品だからです。このニッチ商品が新車乗用車販売台数の3分の1を占める現状は、アメリカに指摘されるまでもなく異常です。新車乗用車の3分の1が本来の税負担を逃れているということだからです。
元々軽自動車規格は、自動車の性能が低く、価格も極めて高価だった時代に、軽便な移動および輸送手段を安価で提供するためのものであり、排気量360cc限定の軽自動車免許制度とセットの自動車普及制度でした。それが自動車の普及と性能向上により軽自動車免許が廃止された今では、軽自動車枠だけを格段に優遇する意味が薄れています。
360cc時代の軽自動車って、今の乗用車と比べると本当にオモチャみたいなもので、小さくて狭くて薄っぺらく、白煙ばかり出してろくに走りませんでした。できたばかりの高速道路では、よく軽自動車が動けなくなって路肩に停まってましたよ。小型のエンジンで馬力を絞り出すために2サイクルエンジンが多く、燃費が下手な普通車より悪い上にガソリン代よりオイル代の方が高いなんて不出来な車種さえありました。
それが現在の660cc規格になるとどうでしょう。高速道路の走行車線を100km/hで走っていると、上り坂でも右側をぐいぐい追い越して行く軽自動車は珍しくありません。白煙も故障も長らく見たことがありませんし、衝突したら終わり、と言われていた安全性も大きく改善されています。自動車としては非常に高度な進化を遂げました。ただし優遇枠のせいでガラパゴス化し、高機能な車種では普通車より割高です。また優遇のない海外市場へはほとんど進出できません。
いびつな軽自動車枠はそろそろ撤廃してもいいのではないでしょうか。アメリカの意図は軽自動車の代わりにアメリカ車を売り込むことではなく、日本市場の問題点を洗い出すことです。軽自動車枠のような非関税障壁を俎上に上げることで、もし日本がその障壁を撤廃するならアメリカに利益がないとしても損にはならず、逆に日本が軽自動車にこだわるようなら、これを材料にもっと重要な農産物や保険の問題で譲歩を要求するでしょう。アメリカは政府がTPP参加を重要課題にしていることを見越しており、ここで軽自動車枠にこだわるならばアメリカの戦術に陥るだけだと思います。
実はTPP以前に軽自動車枠廃止の提案は何度もなされていました。それは主に普通車を販売しているメーカーからのもので、今や軽自動車だけ優遇することは時代に合わず、軽自動車メーカーを結果的には税金で救済している不公正な制度であるという趣旨です。
これに対する反論が、地方では収入レベルが低く、しかも自動車が複数台必要な家庭が多いから軽自動車優遇はぜひとも必要だということでした。これが地方票の強い国会では相当の支持を得て、紆余曲折を経ながらも軽自動車優遇が堅持されてきたものです。もちろん都市部と地方との1票の価値の格差がここに反映しているのでしょう。
もし普通車と軽、という今の荒っぽい区分を全面的に見直し、例えば燃費で税金が決まるような制度に改め、また複雑で高コストと批判の強い自動車税制全体を簡便化すれば、地方の消費者への影響は最小限で済むでしょう。自動車本体については、例えば小型車の販売が好調なインドで小型車を生産して日本仕様を輸入するなら、部品の共通化とスケールメリットにより今の軽自動車より安価な小型車が提供できるはずです。
時代遅れの優遇税制が、軽自動車枠なのに実燃費でリッター7-8kmしか走らない(パジェロミニ、ジムニー)奇形車を生み出したので、こんな燃費の悪い車を優遇する必要などないはずです。燃費効率でプリウスを超える軽自動車は1台もありません。TPP参加を機会に、ぜひ軽自動車枠を撤廃して合理的な税制を導入して欲しいと思います。