いーなごや極楽日記

極楽(名古屋市名東区)に住みながら、当分悟りの開けそうにない一家の毎日を綴ります。
専門である病理学の啓蒙活動も。

レバ刺し復活考「名古屋レバ刺し処理センター(仮称)」を

2012年06月15日 | 医療、健康
 この7月1日から、食品衛生法に基づいて、生食用牛肝臓の販売が禁止されます。愛好家も多かった焼肉店でのレバ刺しが禁止されるということです。

 私は職業柄、人間の肝臓やその顕微鏡標本をしょっちゅう見ており、しかも対象が肝癌とか肝炎、肝硬変など病変のある肝臓がほとんどなので、肉屋で牛のレバーを見たところで「ああ、SOL(場所占拠性病変)も硬化もない健康な肝臓だなあ。切除からちょっと時間経ってるけど。」ぐらいしか感想が浮かばず、あまり食欲は涌きません。ただ、世の中には「サラリーマンの喜びを阻害する厚労省 新社会人よ、初任給でレバ刺しを食べなさい」みたいにレバ刺しが大好物の人はおられるし、Twitterで検索してみると、高名な棋士の
という書き込みもありました。

 厚生労働省の立場は、「牛肝臓の生食(「レバ刺し」等)に関するQ&A」に明らかです。腸管出血性大腸菌は、ごく少数でも摂食により人間に感染して腸管で増殖し、溶血性尿毒症症候群(HUS)をはじめとする重篤な症状を引き起こす可能性があるから、ということです。

 これに対して、「自己責任でレバ刺しを食べるのだから問題はない」とする反論がありますが、ごく少数の腸管出血性大腸菌が牛肝臓に感染しており、その牛に明らかな発症がない場合、その感染を察知するのは食肉のプロでもほぼ不可能です。(肝臓をすべて使ってもいいのなら、そこから腸管出血性大腸菌のプローブを使って遺伝子増幅(PCR)で検出することは可能ですが、それだと食べるところがなくなってしまいます。)このような場合、消費者の自己責任による選択に任せることは危険だと厚生労働省は判断したのでしょう。「腸管出血性大腸菌はヒトからヒトへ2次感染することもある」との記載があり、そこまで考慮すると、とても自己責任では収まらないからです。

 実は今まで提供されてきたレバ刺しも、本当に生食を想定した処理を受けているとは限らず、焼肉店でも「元々生食に対応した処理のできる施設は日本に数ヶ所しかなかったはず」「正直言って禁止でほっとしている店も多いのではないか」などと中の人から聞きました。こういうときはTwitter本当に便利です。焼肉店としても「自己責任だから生で食わせろ」と強要されて、本当に感染、発症した際には営業停止と200万円以下の罰金、下手すれば2年以下の懲役食らいますので、7月からレバ刺し食べたい人は「加熱用」として売っている生レバーを買って、自宅で食べるしかないのでは。もちろん発症したところで肉屋に責任はありません。

 そういう「捨て身」でないレバ刺し愛好家のために、塩素系の薬剤を注入して内部まで殺菌してしまえ、という手法が報道されました。実は今まででも生食にきちんと対応した処理場では、同じように塩素系の薬剤が使われていたようです。塩素と言われると残留が気になる方もおられるでしょうが、水道水も塩素系薬剤で殺菌されていますので、奇異なものではありません。より濃度の高い塩素系漂白剤を食器などに使いますが、十分な水で洗浄すれば残留は問題になりません。

 もうひとつの手が放射線による殺菌です。日本では食品に対する照射は、ジャガイモの発芽抑制ぐらいにしか使われていませんが、アメリカではアイオワ州立大学の関連サイトにまとめられているように、100年以上前から研究が続き、1990年代からは様々な食肉の殺菌に許可されています。アメリカでも照射に対する消費者の不安があるらしく、一般消費者向けのQ&Aがあります。少しご紹介しましょう。


Q:照射した食物からは放射線が出るようになるの?

A:食品照射に用いられるレベルではその心配はありません。自然界には元々あらゆる物に微量の放射性物質が混在しており、食品も例外ではありません。普通の食生活をしていれば150-200ベクレルの微量な放射性物質を毎日摂取することは避けられません。


Q:放射線を照射された食品と、放射能で汚染された食品の違いは?

A:食品照射には殺菌や発芽抑制などの明確な意図があって、正しく管理されています。化粧品やワインのコルク、食品容器、病院で使う注射器などの医療機器も、照射による殺菌の恩恵を受けているんですよ。


Q:照射によって食品が化学変化を起こして有害なことはないの?

A:食品照射に使うレベルでは、化学変化はほとんどないことがわかっています。照射により微量のブドウ糖や蟻酸、アセトアルデヒド、二酸化炭素が生じますが、いずれも食品中にわずかに含まれているものであり、照射により発生する量も特に問題になりません。


Q:既に汚染された食品に照射すると食べられるようになる?

A:それは無理。既に細菌が繁殖して細菌毒素が蓄積されたものとか、他の毒物が混入されたものに対しては照射しても無駄です。


Q:食品照射の工場で働く人は危険じゃないの?

A:一般論として、放射線関連工場に限らず、工場で働く人の危険はゼロにはなりません。危険な被ばくを避けるために放射線源は密封されており、どこかで機器の不備があったとしても、それを感知し被ばくを避けるために、何重もの安全策が施されています。


Q:食品照射施設がメルトダウンを起こして近隣の環境が汚染されることは?

A:照射に使われる設備のエネルギーレベルでは中性子が発生しません。メルトダウンに至る連鎖反応は中性子によって起きるので、照射施設でのメルトダウンは起こりえません。


Q:食品照射のコストはどの程度でしょう?

A:施設の建設に100-300万ドル必要です。大規模な食品処理施設なら、この範囲の費用は検討の範囲内になるのではないでしょうか。



 同サイトを見ると、一般消費者向けの解説の他に、研究者用に合衆国政府による11,000ページもの研究文献が公開されていますが、とても読めませんわなw
ともかく、施設は大掛かりになるのですが、建設してしまえば塩素系薬剤による消毒よりずっと簡単で恐らくコストも安く、薬剤の残留や化学反応による変性も考えなくて済むわけですから、照射で十分な殺菌が可能なら(多分大丈夫だと思います)、ずっとスマートな方法だと言えます。

 さて、ここから提案。名古屋陽子線治療センター(総事業費245億円)に多額の支出を決定した河村たかし市長に、今度はその数十分の一の予算で「名古屋レバ刺し処理センター(仮称)」を造ってもらいたい。全国の牛レバーや生食用の食肉、魚介類をまとめて照射殺菌する需要はかなり見込めるし、周囲に飲食店を誘致すれば、今まで「名古屋メシ」などというB級グルメしかなかった名古屋が、一躍食の都に変貌する手掛かりとなるでしょう。

 中京都とか首都機能移転とか言っても、東京都がタダで権限を委譲してくれるはずがないでしょう。物を言うのは中京地方の実力です。東京に負けない人口と経済力があれば、むしろ企業や官庁の方から移転してくるものだと思います。名古屋の人口が500万にでもなれば、あらゆる企業が名古屋を無視できなくなります。それにはまず産業。加えて旨いものが食べられて、全国の消費者に感謝されるのなら言うことなしじゃないですか。ぜひ「中京都」とやらを目指すための政策として考えて頂きたいと思います。
コメント

米はなぜ砒素で汚染されやすい

2012年02月23日 | 医療、健康
 「利己的な遺伝子」などの著作で日本でも有名なイギリスの動物行動学者、Richard Dawkinsは自然科学一般の啓蒙活動のためThe Richard Dawkins Foundation; RDFを運営しており、そのサイトがRichardDawkins.netです。ここに"On rice and arsenic"つまり「米と砒素について」という興味深い研究が紹介されています。

 元はこちらのSpeakeasy Scienceの記事だったようですね。研究そのものはダートマス大学のグループによるもので、それをピュリツァー賞受賞の科学記者、Deborah Blumが自分の運営するサイトで解説したものです。ダートマス大学の論文は、とても短い要約しか見ることができませんので、Deborah Blumの記事を読んでみましょう。

 アメリカでは米製品の中でも特に有機栽培の玄米シロップが、健康食品などの甘味料としてかなり広く使われており、粉ミルクにも添加されていることがあるそうです。ちなみに、日本では「ミルクを粉末状にしたもの」というイメージで粉ミルクと称しますが、アメリカでは「調整されたミルク」という意味でformulated milkあるいは略してformulaと呼ばれているらしいです。薬局でアメリカ人にいきなり"Where's baby formula?"とか聞かれても何のことかわからなかっただろうな。勉強不足でした。

 さて、その健康食品が米由来の砒素を含んでおり、玄米シロップを甘味料に使っているシリアルバーには、そうでないシリアルバーの数倍の砒素が残留していると報告されています。砒素は土壌に広く薄く分布しているので、あらゆる食品に砒素が残留する可能性はあり、その数倍を摂取したからと言って、すぐに健康被害が出るようなものではないのですが、わざわざ「健康のために」玄米入りの健康食品を食べてきた人には衝撃的でしょうね。

 ダートマス大学では一般の人向けの資料を用意しており、体内に入った砒素は排出されやすいため、飲み水のように継続して摂取しない限り問題は出にくく、既に該当の食品を摂取していない場合は検査の必要もないが、今でも該当の食品を摂取している場合、とりあえず玄米シロップの入った食品から他のものに替えるように、と説明しています。

 なぜ米だけが他の穀物より砒素を溜め込みやすいのでしょう?イネ科の植物やシダ類は、細胞形態を保持するためにシリコンの化合物であるケイ酸塩を貯留する性質があり、これと化学的性質が似通った砒素化合物が吸収されやすいそうです。カルシウムと性質の似たカドミウムが人体に取り込まれやすく、イタイイタイ病を発症するのと同じ理屈です。同じく基幹作物である小麦だってイネ科なんだけどな、という疑問が生じますが、それはまだこれからの研究課題でしょう。

 小麦と違って米は水田という特殊な栽培方式を取りますし、コムギより温度、湿度が高い地域で栽培されるため、過去には亜ヒ酸などの砒素系農薬が使用されたこともあり、小麦よりも砒素を吸収しやすい状況にあるとは思われます。

 今のところ、アメリカ人よりも米の摂取量がはるかに多い日本で、米由来の砒素によると見られる癌が多くなったというデータはないのですが、このような極微量の残留分析は質量分析計などの進歩により可能になった発展途上の分野であり、多くの国民が関心を持つ食品安全性を扱うものですから、研究の速やかな進展が望まれます。今回はRichadDawkins.netとSpeakeasy Scienceの紹介を兼ねて記事を引用させてもらいました。













利己的な遺伝子
リチャード・ドーキンス
紀伊國屋書店
コメント (2)

OECDが見る世界の医療

2010年07月02日 | 医療、健康
 医療に対する公的および私的な出費の各国比較データをOECDが発表しています。この統計は数ヶ月前に出されたもので、引用したロイターの記事も3月付けなのですが、日本ではネットで今頃出回って来ました。2000年から2008年にかけてOECD諸国でGDPに対する医療支出が増加しており、国家財政を圧迫する要因になっている、という解釈がされています。

 表を見ると、絶対的な金額でも対GDP比でも、アメリカの医療支出は突出していますね。日本はその半分でOECD平均に比べても1割ほど少なくなっています。日本の医療改革のターゲットとしてしばしば引き合いに出されるドイツもスウェーデンも日本よりは多く、特に私的支出がかなり多いことがわかります。「安く、誰にでも」という日本の医療サービスの特徴がはっきり示されています。

 医療従事者としてはこれをOECDのお墨付きと思いたいのですが、理解しがたいのは、このデータからはアメリカの低所得者が日本に移住しようと思っても不思議はないぐらいなのに、なぜか日本における医療サービスの満足度が際立って低いことです。WHOが世界一うまくいっていると評価した日本の医療制度は、新聞などで利用者にアンケートを取ると不満の嵐で、主要国で最低の満足度しか得られないらしいです。このギャップは一体何が原因でしょう?

 マスコミによる理不尽な医療叩き、という説があります。これはある程度根拠があるようで、マスコミは視聴者の興味を惹くために叩く相手を求めており、叩いても反撃されない公務員や政治家、病院をターゲットに選びがちだと言われます。誰かを叩いて視聴者に喜ばれるためには、その相手が一見強そうでないといけません。そして、何か不正なことをしているように思い込ませやすいことも必要です。この点で一般の個人は叩けません。マスコミの多くは庶民の味方という建前を取っていますから。それからスポンサーである一般企業も、余程の不祥事を起こした時以外はターゲットになりません。組織的な反撃が怖い宗教団体も無視。

 すると公務員や公共サービスに従事する人が格好の餌食ではないですか。税金や補助金を受けているという引け目もあるし、立場上は公平を要求されますから、1つ1つの記事に強く反論したり訴訟を起こすこともやりにくい。病院には医師が働いていて、何だか偉そうで高収入らしい。これは許せんぞ!というルサンチマンに訴えやすいのですね。でも専門職だからどうしても患者さんを指導する立場になることが多いのは仕方がないです。それに今はマスコミだけじゃなくてネットの情報があるので、勤務医の給料は職務の内容や時間から考えるとたいして高くなくて、大手マスコミの方が待遇がいいらしいと知られたのはマスコミ諸氏の誤算だと思いますが。

 マスコミの今ひとつの誤算は、最前線の医療関係者が総反撃してきたこと。世界のどこの国でも通用するレベルの高い医療を実現しながら、アメリカの専門医の倍も長く働いて給料は半分以下、家族の顔を見るたびに過労死だけはすまいと思いながら働いている医師はいくらでもいます。実際に過労死だって何人も出ているし、長時間勤務や労働基準法違反はきちんと証拠が残っていること。それを無神経に「正義の味方」面して叩いた毎日変態新聞のコラムがどういうことになっているのか、宜しければご覧下さい。政府の誘導に乗ったのでしょうか、「医師が悪い、病院が悪い」という偏見で記事をでっち上げてしまうと、とんでもないミスリーディングになるといういい見本です。こんな浅はかな記者に比べれば、一般の患者さんの方が余程医療の現場を理解しています。

 客観的には悪くないはずの日本の医療なのですから、後は利用者の気の持ち様かも知れませんね。義務教育に苦情が増えたり、給食費の不払いが発生したりしているのを見ても連想できますが、「いつでも手に入るもの」に対しては感謝しないのが人間の本性なんでしょうから、いっそ混合診療を導入して、自分でコストを負担する意識を持って頂いた方が満足度が上がるようにも思います。
コメント

斜里町におけるカーゴ・カルト(積荷信仰)

2009年07月15日 | 医療、健康
 「新しい時代だ。ご先祖様の霊が戻って来て、ワシらに何もかもお恵み下さる。あの白人の大きな鳥、カーゴ(積荷)はご先祖がお遣わしになったもんだ。白人と同じようにやれば、これからは猟も焼畑作りもいらねえ…」

 カーゴ・カルトあるいはカーゴ信仰、直訳すれば積荷信仰、という言葉を初めて見たのはもう30年近く前、諸星大二郎さんのコミック「マッドメン」シリーズを読んだ時だったと思います。本来はニューギニアなどで戦時中に基地建設を急いだ米軍が大量の物資を持ち込んだため、近代文明に接したことのない現地人の伝統的な価値観が崩壊し、圧倒的な物資を信仰の対象にしてしまった不幸な出来事を指すものだと思います。

 「カーゴ」の魔力に取り付かれた現地人たちは白人がいなくなってからもカーゴの再来を願い、ジャングルを切り開いて滑走路と管制塔のようなものを作り、藁で飛行機を作ってカーゴを呼び寄せる儀式を行ったそうです。確かに特異的な信仰であり、当時の文化人類学者の興味を大いに喚起したことでしょう。

 ただし、それまで持っていた価値観が覆されるほどの世界を覗き見た、あるいはその存在を強く信じる人たちが取る行動はかなり似通ったもので、例えばUFOを救世主として崇める人たちが世界中にいて、「異星人の超文明で人類が救われる」などと発言しているように、メラネシアの人たちが特にカーゴ・カルトの素地を強く持っているのかどうかはわかりません。太平洋戦争が終わり、近代文明と接したことのない人たちに対する我々の姿勢が慎重になったこともあって、少なくとも典型的なカーゴ・カルトはほぼ消滅したと言われています。

 私もこんな用語をほとんど忘れていたんですが、世界遺産の知床半島で知られる北海道斜里町の国民健康保険病院(以下国保病院)をめぐる医療崩壊事例を調べるうちに、斜里町役場にぴったりの言葉に思われてきました。

 斜里町の医療体制が大変なことになっている、と最初に教えて頂いたのは地元の方のブログ「さと日誌」からですが、経緯は栂嶺レイ先生のブログ、「ちぎれ雲」に詳しいです。斜里町には国保病院という総合病院(ただし内科、外科、小児科、産婦人科の4科のみ)があります。ベッド数は111。住民の高齢化を反映して内科の入院患者が多く、また一次および二次救急の負担も大きなものです。

 国保診療施設概要によりますと、職員総数(非常勤は時間を計算して相当数の常勤に換算)99名のうち医師は5名。それより新しいと思われる求人情報によれば4名。111床で4名ですか。各科1人ずつしかいないってことでしょうか?現在、内科がたった1名だということは「ちぎれ雲」にも書いてあります。これで入院患者の診療のみならず外来、検査、1日10件(内科は半分とすれば5件)の救急まで要求される。正気の沙汰じゃないですね。ここの医師はいつ寝るんですか?

 3年前までは内科の常勤医師が3名いて、忙しいながらも何とか仕事が回っていたようです。しかし1名が退職しても町は動かず、2人目が退職しても傍観するだけ、でついに今の惨状を招いたわけです。患者さんにとっては不幸中の幸いに、ただ1人残った野津医師は極めて体力と気力に優れた人で、持ち前の責任感からご自身と家族を犠牲にして頑張ってきたようです。野津先生のホームページと日記をご覧下さい。とうとう来年3月で退職を決心されたそうですが、普通の医師はここまで頑張れないですよ。

 学生時代は陸上に打ち込み、100メートルが最速で11秒3、その後は(普通はうまくいかない)長距離に転向してフルマラソン3時間以下。すごい努力家ですね。学会発表にも精力的であり、この並外れた体力と知力、そして情熱をつぎ込んでこられたのがよくわかります。この尽力が報いられなかったのですから、痛ましいとしか言いようがありません。斜里町はこんな人間国宝みたいな医師に去られて、代わりが見つかるとでも思っているのでしょうか?求人のページにクリオネなんか載せたって駄目だってのに!

 野津医師の自己犠牲がほとんど省みられなかった原因のひとつに、「ちぎれ雲」は村田町長の姿勢を挙げています。この町長、斜里町の財政再建を優先して国保病院の民営化を争点に当選したらしいですが、実は当てがあるわけではなくて、町議会では「日赤と厚生連に接触したが感触は厳しい」とか答弁した模様です。最新の定例町議会の会議録はまだ公表されていないので確認できませんが、本当だとしたら詐欺に近いですよ。どうして見込みもないことを公約にできたんでしょう?隣の北見市には日赤病院がありますが、内科医の同時退職や移転問題などでごたごたが続いており、決して市の負担が少ないわけではありません。また斜里町国保病院のような赤字体質の病院を任せようと思ったら、相手が日赤や厚生連だろうが、オリックスだろうが、応分の負担や担保を要求されることは確実であり、村田町長が考えるような「年間4億円の財政負担を軽減」は絵空事に過ぎません。

 「ちぎれ雲」で引用されている村田町長の発言はカーゴ・カルトそのもの。「民営化」という調子外れのお題目を唱えていれば、お金のある団体がすべて引き受けてくれるとでも思っているのでしょうか?この計画性のなさでは、カーゴ欲しさに滑走路や管制塔を作って踊る人たちを笑えないでしょう。会議録が公表されたら、町長の踊る姿が行間から見えるかもしれません。地に足の着いた行政を進めていかないと、今のままでは高知医療センターみたいに、民間企業の絶好のカモになる可能性もありますよ。

 今の時点で、救いはさとさんみたいに危機感を持つ町民がかなりおられることですね。16日に町民集会があるそうなので、また経過を教えて頂けるかと思います。
コメント (8)

医師数の抑制ついに撤回だが

2008年06月20日 | 医療、健康
 1982年以来、一貫して政策的に医師の総数を抑えてきた時代遅れの閣議決定がやっと正式に撤回され、医師増員に向けて政策が転換するようです。乗客1億人を越える巨船が方向を変えるのには本当に時間が掛かるということですね。

 舛添厚労相によれば「総理の了承も得た」とのことですが、経済財政諮問会議の方針ではなお社会保障費の抑制を堅持する方向を示していますから、福田首相がどちらも了承したとなると解釈が難しくなります。舛添厚労相が発言したと言われるように「勤務医を倍増する」ということなら、十分な予算の裏付けが必要だからです。「別枠で予算を確保する」との首相の発言もあったようですが、その別枠とはどの予算を当てにしているのでしょうか。

 道路特定財源での道路族への配慮を見てもわかるように、福田首相が石油の暫定税率分に大胆に切り込むと思っている人は少ないでしょう。看板こそ一般財源に架け替えられましたが、地方での道路建設を極端に減らすようなことはできないはずです。

 そうなるとやはり消費税率を上げてくるのでしょうか。17日のインタビューで「消費税率引き上げは不可避」を匂わせていたのは、実のところ社会保障費の抑制見直しとリンクしていたのかもしれません。医師増員のための予算を消費税率引き上げで捻出することで、また国民と医療従事者の対立という構図に持ち込みたいのでは、と邪推も働きます。まだ安心するのは早い、ということでしょうか。月末に予定されている経済財政諮問会議の「骨太の方針08」の行方も気になります。

 いわゆる小泉改革の立役者として、選挙で選ばれた国会議員を凌ぐ影響力を行使してきた経済財政諮問会議が(いかに小泉時代とは違う逆風を受けているにしても)、社会保障費抑制の堅持という基本方針を目の前でひっくり返されて黙っているはずもありません。同会議のメンバー、と言うより指導的立場にある八代尚宏教授は、「医療の供給が不足するのは価格が上がらないから」と明言しています。良質の医療は金持ちだけが受ければいい、というアメリカ型の医療制度と符合する理念と見ていいでしょう。

 確かに、市場における商品やサービスはその通りで、買う人が多ければ値段が上がり、それに対応して供給が増えるわけです。供給が増やせる商品についてはいずれ価格の上昇も沈静化しますので、それで問題解決です。しかし石油やレアメタルのように簡単に増産ができないものについては需要の増加により極端に値段が上がり、多くの国の経済を混乱させ、消費者に過度の苦労を強いることになります。

 では医療は簡単に供給を増やせるサービスでしょうか?医療従事者で最も育成に時間が掛かるのは医師であり、今すぐ大学医学部の定員を増やしたところで、卒業まで最低6年、初期研修に2年、その後も専門医として一人前の技量を身に着けるまで5年以上、合計で15年近くも必要です。供給ができないままで市場原理を導入すれば、価格ばかりが暴騰して適正な配分はできません。八代案は少なくとも勤務医が明らかに増員されるまで見送るべきです。

 新しい医療政策の財源問題と、新しい政策の「骨太の方針」との関係(これも要するに財源の問題です)がはっきりするまで、医療現場ではもう少し心配しながら待つことになりそうです。それに、医師増員が閣議決定されたとしても、現場はまだ15年近く今とあまり変わらない戦力で頑張らないといけないわけです。しかし同じ負担であっても、希望があるのとないのでは精神的に大きな違いですから、政府には(舛添原案に近い)思い切った対策を期待しています。
コメント

ついに医療崩壊の本質が

2008年04月23日 | 医療、健康
 奈良県の大淀町立大淀病院事件の客観性を欠く「たらい回し」「医療ミス」との予断を持った報道で「同県南部の産科医療崩壊を加速させた」と医療関係者から評判の悪い毎日新聞が、ここに来て方針の大転換です。4月19日の社説で「安心の仕組み 医療費の抑制はもう限界だ」として医療費抑制政策の不当を訴えました。

 なお、本来なら毎日新聞のサイトにリンクするべきですが、わが国の奇妙な慣行により、大手新聞の記事はすぐアクセスできなくなりリンクが切れてしまうため、社説を転載している城西大学経営学部の伊関准教授のエントリーを拝借しています。

 ここまで長かった気がしますが、ようやく大新聞の一角が医療行政の根本的な誤りに気付いたわけです。高度な医療サービスには応分の負担が必要です。簡単に輸送できる製品で、しかも品質に拘らないのなら冷凍ギョーザみたいに中国から安く輸入すればいいのですが、日本でサービスを受けたい、しかも最高品質のものを、となると設備も人員も拡充しないと対応できません。

 今までのマスコミ報道の「刷り込み効果」により一般の方はまだ追加負担に消極的なようですが、新聞の誘導効果は非常に大きいので、医療崩壊がこのまま進行するのか食い止められるかは、新聞各社が本当に医療現場を見てくれるかどうかで大きく左右されるでしょう。だからこの社説は実に大きな転換点だと思います。
コメント

医療崩壊を食い止めるため政権交代を

2008年04月18日 | 医療、健康
 医療崩壊の種火を点火し、ここまで燃え広がらせたのは間違いなく政府自民党と厚生労働省です。彼らは道路整備に名を借りた税金山分けには一生懸命なのに、その数分の一で対策できる医療機関の充実には長らくそっぽを向いてきました。

 主に地方から医師不足を訴える声が上がっても、「医師は足りなくない。多い地域から足りない地域に回せばいい」というのが政府の公式見解でした。医療職員がその社会貢献以上に給料を取る「金食い虫」みたいな言い方(医療費亡国論)をして、医師を十分に養成してこなかったつけが、少なくとも20年経ってこの惨状を引き起こしました。医師不足は構造的かつ全国規模のものですから、即席の解決法はありません。

 だからと言ってこのまま政府の無策を放置すれば、あと数年でアメリカ型の自費医療になるか、イギリス型の極端な制限医療になるかを選ばざるを得ません。この20年でかなり崩壊が進んで、地方の医師も逃げ出し始めたとは言え、まだ今ならイギリスの状況まで落ちずに済みます。今こそ政治が大胆に転換すべき時です。

 政府が何もしないのなら、政府を替える権利が国民にあります。替りがないって?確かに、不勉強な政治家が多いです。でも亡くなられた山本孝文さんや、胃癌の手術をして医療の問題点が見えたと言われる仙石由人さんみたいに、まじめに調査して現場の声を聞いてくれる議員がまだおられることに私は救いを覚えます。こうした活動を理解して、支援しなければ医療はますます崩壊して、庶民の手の届かないものになってしまいます。

 誰でも利用できる世界一の医療を守りましょう。自民党に退場宣告を!
コメント

最後の藁しべになるのは?

2008年03月12日 | 医療、健康
"Straw that broke the camel's back"という諺があるそうです。「藁しべ1本でも、積み過ぎれば駱駝(らくだ)の背骨を砕く」とでも訳すといいでしょうか。私が通勤途中に読んでいる"Tom Sawyer"にも"This final feather broke the camel's back."という文が出てくるので、英語圏では昔から受け入れられているようです。もちろん、元は駱駝を家畜とする中東の格言なんでしょう。

 「もう少しなら積めるだろう、と欲をかいちゃ大事な駱駝を潰すことになる。無理は重ねちゃいけないよ。」という大事な教えを含んでいると思うのですが、日本に相当する諺がないのは民族的な気質の違いなのでしょうか。この数年、産科や小児科を中心とした「医療崩壊」が急速に認知されつつあります。当初は医療事故が起きた際に、マスコミも原因を調査することなく「医師や医療機関の猛省が必要」とか「赤ひげ先生はどこに」といった精神論的なスタンスでまとめてしまうことが多く、行政も「被害者がいるのだから加害者を罰すれば良かろう」式の単純な理解しかなかったようです。

 こうした観念的で目的意識のない対応が多くの医師を萎縮させ、特に福島県立大野病院の産婦人科医師が、稀で重篤な疾患である癒着胎盤の症例を救命できなかったことで、医学的に明らかな落ち度がなかったにもかかわらず逮捕された事件を契機に、産科や小児科、救急の現場を敬遠する医師が増加し、江戸時代の農民逃亡に例えて「逃散(ちょうさん)」と称されています。

 日本の医療においては、この大野病院事件が最後の藁しべになったのかも知れません。WHO(世界保健機構)からは低いコストを含めて最高の評価を受けながら、無理にでも医療費を削減したい政府と、政府の誘導に乗ったマスコミの医療叩きにより医療機関の余裕はなくなる一方で、医療の最前線は長年に渡って疲弊しており、ちょうど限界まで荷物を載せられた駱駝のような職員が多かったのです。さすがに耐えられなくなったな、と感じる医師が増えてきたのでしょう。

 世界の医学水準は少しずつ上がっていますから、かつては治らなかった病気も治るようになることがありますし、医療機関のサービス内容も向上していきます。ただし、医療サービスというものは、診断も治療も看護も、工場で大量生産できるものではありません。もちろん薬剤や機器の改良もありますが、それと同様に現場の専門家の労力によるところも大きいのです。

 このような労働集約型のサービスの水準を上げようと思えば適正な人員増加が必要になります。日本が世界に遅れることなく医療水準を改善しようとするなら、人件費を中心に応分の出費は不可欠なのです。データを見れば明らかなことですが、これまで日本の医療は他の先進国に比べて平均的には安価で高水準のサービスを提供してきました。これが成立したのは職員の労働条件が過酷と言ってもいいほど劣悪だったからです。この無理をした職員に追い討ちを掛けることで、現場からの逃散が次々に起こり、将棋倒しのように周囲の医療機関が順次閉鎖や縮小に追い込まれる。これが医療崩壊の本質です。医療への要求がここまで高くなると、もはや「低い医療費」と「高い医療水準」は両立しえないのです。

 特に地方から医療崩壊を危惧する声が上がっているのに対して、政府の対応はさほど危機意識を感じさせないのは気のせいでしょうか。地方で医療機関がなくなることにより医療に大きな制限が掛かり、国の支出抑制が期待できるからとも聞きます。一説には現在の医療崩壊は、政府内外の新自由主義経済を信奉する(医療における規制緩和を大きなビジネスチャンスと見る)人たちによって意図されたものということです。真偽の程はわかりません。しかしアメリカ型の露骨な格差医療がすぐそこまで来ているようです。

 今度こそ、国民は重要な政治的選択を迫られるのではないでしょうか。医療現場はもう限界に近づいています。何を残して、何を諦めますか?あるいは何を新たに購入しますか?それとも政府の路線に乗せられてアメリカ型の自由診療がいいですか?いずれにしても負担なしのサービス向上はありません。背骨の折れた駱駝はもう使い物になりません。国民皆保険制度を基本とする医療システムを維持したければ、それが完全に崩壊する前に手を打たなければならないのです。
コメント

医療PFIはうまくいかないのか(後)

2008年01月24日 | 医療、健康
 日本の医療PFIであまり成功した例がない、と言ってもまだこの制度は始まったばかりです。ノウハウが蓄積されるにつれてより効率的な運営も可能になるでしょう。ただ、今の時点でも指摘できる問題点がいくつかあります。

 まず、誰がやっても公共病院の経営は難しいということです。損益分岐点が高過ぎて、どう頑張っても赤字、という施設が多いのではないでしょうか。私の勤める病院は何とか黒字ですが、平成18年度の病床利用率は93.2%でした。年によっては95%を越えています。一般にホテルの場合、客室稼働率が60%から70%で収支が均衡するらしいです。もちろん、大規模なシティホテルでは宿泊よりもバンケットが収益の中心だったり、観光旅館では季節変動が激しくて平均稼働率だけでは経営状態がわからない、という問題はあります。

 それにしても地域の基幹病院で、病床の稼働率が90%を越えてもコストダウンに汲々としなければいけないとなると、これは病院の努力を越えたところに原因があると言えましょう。病床利用率が90%を越えて赤字の病院は珍しくありません。これは保険診療による医療費を無理に抑制したためです。病床利用率が90%以上ということは、診療科によっては100%近くの場合もあるでしょう。こうなるともう新規の入院患者は受けられません。救急患者のために各科数床は空けておかないと危ないからです。

 それでも救急患者が次々入院するなどで、病院の能力を使い切ってしまうことがあります。これが大阪府などで立て続けに起きている「救急患者たらい回し」の原因です。もう少し病床利用率を下げても、つまりもう少し病床を増設しても倒産しないで済むだけの医業収入が確保できない限り、この状況の抜本的解決はないと思います。

 もう1つは、基幹病院運営のノウハウが民間に乏しく、適切なコストカッターがいないことです。そりゃ、社会保険庁という医療を滅多切りにするコストカッターはいますよ。でも、医療水準を下げてコストが下がっても誰も嬉しくありません。そうじゃなくて、お上に頼らず生きてきた民間企業の「節約の知恵」を生かして頂きたいんです。

 例えば前編で考察したように、役人や医療スタッフは建築コストを理解していない人が多く、病院建築の費用をいたずらに増大させがちでした。これに切り込んでこそ民間主導のPFIが利益を出せるのですが、民間企業も本気で医業を運営した経験がなく、PFI事業の初期費用を抑える力がなかったのではないでしょうか。もちろん、病院や診療所を運営している企業はたくさんありますよ。しかし従業員の福利厚生事業として運営するのと、営利事業として運営するのは違います。本気で利潤を上げようと思えば、赤字で結構の福利厚生事業のノウハウは通用しないのではないでしょうか。

 また、PFIと言っても「ウェブもりおか」にあるように契約形態は様々であり、民間企業が十分なリスクを負わない内容ではコスト低減ができません。例えば病院を建築してすぐに自治体が買い取る契約になっている場合、旧来の公共工事と同じく、過剰に大きく高価な「箱物」を作って儲けてやろうというインセンティブが働きます。自治体幹部への利益供与もあるでしょうね。これでは民間企業を活用したとは言えません。この点では自治体の側にも運営ノウハウが必要ですし、情報公開を通じた住民による監視も欠かせません。「民間の建築だから内容には干渉できない」などと逃げられては、無駄に立派な建物だけが作られ、関係者だけが潤う旧来の土建行政と変わりません。PFIの本来のスポンサーは自治体ではなく住民だと認知されるべきです。

 高知医療センターのケースでは、PFIの中で中核となる医療事業と、給食や清掃などのメンテナンス事業が分離されており、医療事業の赤字を自治体が補填するような仕組みになっているらしいです。ところがこの医療事業が赤字で、別会社にしたメンテナンス事業が黒字であり、この黒字は医療事業には還元されない契約になっているため、オリックス系のメンテナンス会社だけが利益を上げて、肝心の医療事業は大赤字という惨状だそうです。オリックスの方が一枚上だったということですが、自治体が経験を積んで賢くなるにつれてこのような失態はなくなることでしょう。

 医療PFIがうまく機能するにはまだ経験の蓄積が必要であり、いくつかの事例が失敗したことをもって、「駄目だったから次は株式会社病院の容認を」とするのは拙速です。PFIは30年の長期契約を基本としているようですが、日本での医療PFIを運営するにあたって、当面は契約内容を短期で見直せるように考慮しておくべきでしょう。官も民も経験の蓄積が進めば、いずれは日本中に鉄骨造りの安っぽい総合病院が増殖して、自治体の負担も少しは軽くなるのではないでしょうか。ただし、国家レベルでの医療費抑制政策は明らかに失敗であり、これが廃されない限りはPFIだろうが株式会社病院だろうが国民の期待に応えることは困難です。
コメント

医療PFIはうまくいかないのか(前)

2008年01月23日 | 医療、健康
PFI (Private Finance Initiative)という公共サービスの新しい運営手法が導入され始めたようですが、「PFIによる運営」を謳った高知医療センターの医療部門が予想外の赤字を出すなど、かなり問題があるようです。私もほとんど知らない用語だったのですが、PFI関連のニュースが多くなってきたのを機会に少し勉強してみることにしました。

 内閣府の説明は専門家用なのか、一般国民には問題点が見えないようにわざとわかりにくく書いてあるのか、要点が掴めません。盛岡市のサイト「ウェブもりおか」に図入りの解説がありましたので、ここから入門することにします。

 まず、PIFは1992年にイギリスで公共サービス部門に民間資金を導入するために整備された仕組みだということです。従って事例はイギリスに多くあり、自治体国際化協会(CLAIR)のごく簡単なレポートを見ることができます。

 この自治体国際化協会は自治省の外郭団体だそうですが、こんなの誰も知らないでしょう。レポートの貧弱さを見ても、税金でイギリスまで行って何をやってるんだ、と疑問に思うのは私だけでしょうか?この程度なら、マーケティングの会社や大学の研究室に小額の予算を配分してくれれば、喜んでエコノミークラスで飛んで行って調べてきますよ。どうせ「外郭団体は政府機関にあらず」ですから収支も職員待遇も非公開なんですよね?

 だいたいPIFに対する評価なら、当のイギリス人が発表してくれています。民間資金を導入する仕組みにもいろいろあると思いますが、PFIでは民間企業が施設を建設することで、より安い費用で建設することができ、後から公金で借りるか買い取るかしても全体としては効率的になりうるわけですね。このため、PFIの導入により公共設備の整備が促進されたと評価されているようです。その後の施設運営も民間企業が請け負う場合があり、これもコスト低減に寄与する可能性があります。「施設が安っぽいことは問題」との批判もあるようですが、これは当然。公共工事より安く作らなければ儲けが出ませんから。

 民間企業は建設コストを低減するために、無駄を徹底して省きます。私の住む名古屋とその近郊で見れば、最近の店舗建築は高層建築を除いてほとんどが簡便な鉄骨造り。栄のラシック、星ヶ丘の星ヶ丘テラスアクアウォーク大垣など、かなり大規模な店舗まで鉄骨造りだと思われます。私は建築の専門家じゃありませんが、この3つは建築中の様子を見ていますから、間違いないでしょう。

 今まで大規模建築で主流だった鉄筋コンクリート(RC工法)とどこが違うかと言えば、コストが圧倒的に安いこと。1階毎に型枠を組んで、コンクリートを流し込み、固めて、型枠を外し、コンクリートの状態を検査して、はつって、また次の階の型枠を組んで…という手間の掛かるのがRCです。鉄骨造りなら鉄骨を組んでしまったら、後は工場で作っておいたパネルを組み付けるだけ。現場の作業より工場で済ませられる作業の割合が高いので、工期が圧倒的に短くなります。用地を確保したら1日でも早く出店したい企業にとって、これは有り難いことです。

 また、コンクリートの塊であるRCよりも、鉄骨だけの方がずっと軽いので、建築で一番手間と予算の掛かる基礎工事を大幅に簡略化できます。ラシックや星ヶ丘テラスも、工事が始まったと思ったらいつの間にか立派なビルになっていました。それぞれ古いRC建築である名古屋三越栄店、星ヶ丘店と隣接していますが、「ラシックの建物は鉄骨だから嫌だ」という人もいないでしょう。商用ビルでは鉄骨のデメリットはまずありません。軽いので振動しやすく、マンションやホテルには向かない、というのが私の知る唯一の欠点です。でも、戸建の鉄骨住宅や鉄骨のアパートがあるのですから技術的には解決可能だと思いますよ。

 まだあります。RCと違って骨組みと内装、外装が分かれているため、改装がとても楽なのです。RCの壁を移動させるには既存の壁を重機で壊さないといけませんが、鉄骨ならその部分のパネルを外して他に移すだけ。もちろん、構造部材である鉄骨の移動には制約がありますが、それでも総じて「鉄骨ビルの改装は容易」と言っていいと思います。不要になった際の解体もRCよりずっと楽ですし、鉄骨はコンクリートの破片と違ってリサイクル率100%の優等生です。店舗建築が鉄骨ばかりになっているのは当然ではないですか。

 ところが、公共建築はまだまだRCが多いのですね。その例がこれ。母校に恨みがあるわけじゃありませんが、工事の過程はずっと見ていましたから、よく知っているんです。この辺は近くに吹上(水が吹き上げるという意味の地名)のビール工場があったことからもわかるように、地盤が軟弱で地下水位が高いのです。少し掘れば地下水がざーざー出るような所で、巨大なRCビルを建てたものですからもう大変。地下鉄を作るのかと思ったほど深く広く掘り下げて、何年も掛けて重量に耐える基礎工事がなされました。工事の難度と工期の長さから考えて、同規模の商用ビルの数倍は予算が掛かっているでしょうね。それに先立って古い病棟を壊した際にも、鉄筋コンクリートを破砕する音と振動がまともに伝わって、顕微鏡が使えないほどでした。鉄骨から鉄骨への建て替えなら、ずっとスマートだったはずです。

 もう1つ、白鳥の名古屋国際会議場。どうも役所の偉い人は、自分の在任中の「記念碑」としてこの手の箱物を作りたがるようで、汎用性のない凝りに凝った設計はコストを不当に押し上げていることは間違いありません。こんなの、アピタの店舗みたいな簡単な構造でいいんですよ。そうすれば移転も建て替えも簡単ですから。医学関係の大きな学会でここを利用することがしばしばあったのですが、年々展示規模が拡大するため、もう手狭だと言われているのです。でも、ロンドン橋みたいなタワーと言い、中庭の騎兵のモニュメントと言い、「需要に応じたスクラップ&ビルド」の思想はお役人にはないみたいです。こんな悪例を見ると、PFIによる民間企業活用は素晴らしいものに思われるんですが…。

 PFIの概念はだいたいわかりました。まず民間企業が主体となって資金を出す、つまり支出をコントロールすることで、事業の財務内容を改善できるわけです。では、高知医療センターや近江八幡市立総合医療センターではなぜこの仕組みが機能しないのでしょう?民間企業の運営する充実した情報サイトである「PFIインフォメーション」によれば、全国でPFI事業が次々に進行していることがわかります。これはPFIのメリットが浸透した結果ではないのでしょうか?
コメント

ついに混合診療解禁か

2007年11月08日 | 医療、健康
 昨日の最も重要なニュースは、東京地方裁判所が患者の訴えに対し、「混合診療を禁止する法的根拠はない」と判断したことだと思います。日本の医療は原則として保険診療ですが、保険で認められないオプション診療を追加すると、治療のすべてが保険の適用外になってしまい、通常なら保険でカバーされる治療まで自己負担になってしまうという、いわゆる混合診療禁止が守られてきました。

 これまでの制度では、オプション診療が利用されるのは例外的であり、歯科の材料(金歯、セラミック歯)や矯正、医科では未認可の治療薬をどうしても使いたい場合などに限られてきました(最初から保険適用外である出産や健康診断、美容外科などは除外)。

 今までにも保険からの給付を抑制する立場にある厚労省や、アメリカ型の民間医療保険にビジネスチャンスを見出した企業家からは、混合診療の解禁により高額な医療を公的保険から外そうとする動きがありましたが、利用者や医療従事者、とりわけ医師会の抵抗が強く進展していなかったものです。今回は思いがけない方向から風穴が開いたということです。

 これが判例として定着すれば、国民皆保険による医療政策は大きく転換することになります。混合診療でも通常診療に該当する部分は保険がカバーしてくれるということで、オプション診療の分だけ自費で負担すればいいことになり、気軽にオプション診療が利用できるようになるでしょう。気軽にと言うのは患者から見ても、医療機関や薬品メーカーから見ても、です。

 混合診療が一般化すれば保険制度がどうなるかは大きな関心事です。これは厚労省の運用次第であり、もし保険診療の範囲を狭めていくのであれば、アメリカのように民間の医療保険に頼らなければまともな医療が受けられなくなって、国民皆保険制度は瓦解します。ただ日本の国情から考えて、「あなたは胃癌だけど保険が足りないから手術は自己負担ですよ。」とは言いにくいですね。民間保険に入る余裕のない人にとって、高額な自己負担は死刑宣告に等しいからです。いくら自己責任の風潮とは言え、そこまで公的保険の範囲を縮小する可能性はありません。

 反対に、混合医療の対象を未認可の治療薬や特殊な移植医療などの例外的なケースに限定されるのでは、政府や財界の目論見が達成できないでしょう。裁判所の「お墨付」を頂いた以上、公的保険の支出を抑制する手段として混合診療の範囲を拡大してくるのは間違いありません。経済的余裕のある患者と余裕のない患者に格差を認めることで、払える人はオプションを追加するように誘導するはずです。これによって公的保険の支出が抑えられ、民間保険業者は潤い、慢性赤字に困窮している医療機関は高額なオプション診療の飴玉をもらって一息つける、という図式です。

 最も考えられるのは、治療ではなく検査で格差を認めることです。「あなたは胃癌だけど保険が足りないから手術できません。」ではなく、「あなたは胃癌の疑いがあるけど保険が足りないから内視鏡はできません。」となるわけです。例として挙げた内視鏡(胃カメラ)は極めて一般的な検査でありコストもそう高くないのですが、それでも「あなたの保険では研修医が内視鏡検査をして、研修医が組織を見て診断します。もっといい保険なら内視鏡専門医が検査して、病理専門医が組織を見るんですが。」という格差は可能性があります。

 治療に差を付けるのは難しい、とは書きましたが、それでも「あなたの保険だけだと研修医がお腹を切ることになりますけど、いいですか?」と言われたら、ほとんどの人は無理してでも自己負担で治療してもらおうとするでしょう。これが混合診療の狙い目であることは明らかです。

 医師の技量により保険点数に差を付けることは、既にアメリカでは導入されています。もちろん技量のない医師が治療しようが、医療ミスがあれば訴訟の対象にはなりますが、立証には大変な労力が必要ですし、お金をもらっても元の体に戻るわけではありません。

 それどころか、高解像度CTやMRI(核磁気共鳴画像法)、PET-CT(陽電子放射線CT)、FACS(フローサイトメトリー、細胞表面抗原検索)、遺伝子検索などの特殊検査を公的保険の適用外にしてしまえば、保険診療では最初から検査すらできないわけですから、誤診で訴えられることもありません。微小な肺癌を見逃したところで、「高解像度CTならわかったのに、保険が使えなくて残念でしたね。」と言うだけです。

 裁判では敗訴した国が、実は小躍りして喜んでいるだろうことは想像に難くありません。医療政策は「民営化、自己責任型」に大きく変わります。保険業界は大喜び、医療機関は儲かるオプション開発に躍起となるでしょう。医療負担が大きくなる反面、サービスは向上するかも知れません。

 アメリカのような医療サービスの極端な市場化はないと思いますが、政策に支持を与えるのは最終的には一般の有権者ですから、政府や財界の誘導によってはどうなるかわかりません。新しい制度の枠内で、保険料負担と医療内容のバランスをどう取るのか、国民に当事者として賢明な判断が求められています。
コメント

子宮頚癌のワクチン承認へ

2007年10月19日 | 医療、健康
 大手製薬会社から子宮頚癌予防効果のあるワクチンの承認申請が提出されるというニュースがありました。ワクチンで癌の予防と言われると、昔話題になった丸山ワクチンとか、反対に最新の免疫療法などを連想されるでしょうが、今度のは原理が違います。癌そのものではなく、癌の原因となるウィルスの感染を予防することで癌を防ごうという原理だからです。

 子宮癌の多くを占める子宮頚部の癌はヒトパピローマウィルス(HPV)の感染が原因であることが明らかになっており、「子宮頚癌は感染症である」という言い方さえされています。この感染を防ぐことで子宮頚癌の発症をほとんど封じ込めることができると期待されてきました。そのワクチンがいよいよ実用化に至ったものです。

 実はHPVワクチンの接種は海外で先行して実用化されており、オーストラリアでは12歳から26歳までの女性全員に無料で接種を始めたということです。ドイツ、フランス、イタリアでも同様の接種プログラムを実施しています。費用などの負担に比較して大きな予防効果が見込まれることから、日本でも速やかに承認され、全員接種に近い形で接種率の向上が図られるものと予想されます。

 HPVにはタイプの違いがあり、そのすべてにワクチンが有効なわけではありませんし、ワクチンの有効率は100%ではありません。またHPV以外にも子宮頚部の遺伝子を改変して発癌に繋げる要因は否定できません。しかし多くの子宮頚癌がこれで予防されると期待され、多くの女性を苦しめてきた癌のひとつがほぼ根絶されるわけですから、大きな朗報と言えます。
コメント   トラックバック (1)

献血不足の原因は

2007年10月09日 | 医療、健康
 この数年、血液製剤に使われる献血量の減少が続いています。特に若年層の関心低下が問題とされており、広報活動には力が入れられているものの回復の兆しがありません。去年は献血者(延べ人数か1回でも献血した人の数なのかは記載なし)が29年ぶりに500万人を割ったそうです。

 この減少について厚労省は、少子化を一因としながらも「それだけが理由とは考えにくい」と困惑を隠しません。景気が回復に向かっていると言われながら賃金水準は据え置かれ、賃金以外の待遇でも非正規雇用の増加により環境が厳しくなるなど、若い世代に余裕がなくなっていると言われて久しいですが、何か関係があるのでしょうか。

 バブル崩壊から日本経済が立ち上がる過程において、「自己責任」だとか「受益者負担」「成果主義」、挙句は「勝ち組」「負け組」などのキャッチフレーズが飛び交いました。旧来、血液製剤を必要とする弱い立場の人を、社会全体として柔らかく支えていた曖昧なボランティア構造が壊れてきて、利益にならないことなど手を出さない、興味もないという経営分析みたいな割り切りが個人にも浸透してきた、いや浸透せざるを得なかったとしたら、今までの路線でボランティア精神に訴えても成果は望み薄かも知れません。

 こうなると有効なのは売血制度の復活でしょうか。医療現場も業務の多様化と人員不足で負担が大きくなり、雰囲気が殺伐としてきました。血液収納業務も一種の営利事業として、民営化により「効率」が厳しく求められる時代になるのでしょうか。
コメント

医師資格の更新について

2007年10月01日 | 医療、健康

 5年に一度の専門医資格更新の書類が郵送されて来ました。一般の方は医師の資格が取った切りの更新なしだと理解しておられるでしょうが、実質的には既に更新制です。

 ほとんどの医師は自分の専門分野の学会に属しており、その学会が認める専門医資格を取得します。資格を取るためには(学会によって少しずつ違いますが)、学会の認定した病院での診療経験や学会の実施する試験に合格することが必要であり、また資格を取得してからも診療経験や学会での研修を積み重ねて行かないと更新できません。もし専門医資格を更新できないと、病院で責任のある地位にいることができません。従って、専門分野については医師資格は更新制です。

 これを知らずか無視してか、マスコミが「医師資格の更新制導入を」などと言っているのは、許認可権を各学会から取り上げて独占管理したい厚生労働省の誘導に乗ったものだと思いますが、実態を見ていませんね。もし厚生労働省が医師の資格更新を直轄事業として始めたとしても、複雑に専門化した全分野の診療実績や技能を判定することなどできませんから、現状の学会による更新を追認するだけでしょう。事務手続きとコストが増大するだけで、実質は今と変わらない、と予想します。

 問題は学会などに気軽に参加できない地方の多忙な医師の場合で、もし資格更新のための要件が過度な負担になるようなら、またも医師の地方から都会へのシフトが進むでしょう。新聞関係者は、「医師の資格更新など他人事だから、どうせなら厳しく」などと気軽に考える前に、政策の変化により何が起きるかぐらいは予想して記事を書いて欲しいものです。

 マスコミは先を見ていません。彼らがヒステリックな駐車違反撲滅キャンペーンで警察に余分な負担を掛け、結果として交通事故死を増やした過去や、排卵誘発剤の不適切な使用と適正使用をごっちゃにして産科の業務を増大させ、医療崩壊への道筋を付けた経緯を見ていると、(今や官公庁以上の保護産業である)大手マスコミの中にいると、周りがすっかり見えなくなってしまうのかも知れないと悲観を抱かざるを得ません。しかしながら、屋上屋を重ねる「医師免許更新制」が地方の医療事情をより悪化させるものであろうことは声を大きくして言っておきたいと思います。
コメント

誤嚥(ごえん)事故に注意

2007年04月04日 | 医療、健康

 苺が酸っぱかったらしく、顔をしかめています。何でも口に入れれば食べると思っていたのですが、味覚も発達してきたようです。でもその割にはちらしの紙を食べようとするのはなぜでしょう。

 極楽息子(小)は9ヶ月です。厚生労働省のサイトによれば、6ヶ月から17ヶ月の乳幼児では誤嚥事故が起きやすく、誤嚥した異物で多いのはタバコ、医薬品(錠剤やカプセル)、おもちゃ、金属製品、電池、洗剤や化粧品です。直径3cm以下の物体は誤嚥する可能性があり、注意が喚起されています。

 誤嚥事故の定番としてピーナッツなどの豆類は硬いまま与えないようにしましょう。煎っただけのナッツは大人が食べるには歯ごたえが適度にあっていいのですが、溶けにくいため乳児には飲み下しにくく、また肺まで入って肺炎を起こす原因になるので避けるのが賢明です。ナッツの豊富な脂肪分が肺を刺激するので、他の異物よりも肺炎を起こしやすいそうです。

 そうそう、誤嚥じゃないですけど、乳児に蜂蜜は禁忌(きんき)です。甘くておいしい蜂蜜ですが、ごく低濃度のボツリヌス菌を除去できないため、抵抗力のない乳児では感染して神経麻痺などの症状が出ることがあります。

 ボツリヌス菌は芽胞(がほう)と呼ばれるカプセルを作って休眠する性質があり、この芽胞状態では通常の加熱で殺菌することができません。だから乳児には蜂蜜のみならず、蜂蜜の入った飲料やアイスクリーム、りんごと蜂蜜の入ったカレーも与えるべきではありません。
コメント