あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

インドでの両替はギャンブルです

2016年02月29日 19時09分30秒 | インド旅行記
本日3本目のブログ記事です。
外国を旅行する時にはその国の通貨への両替が必要です。
インドの通貨はインドルピーです。しかし成田の銀行でインドルピーに両替は出来ません。なので世界どこでも使えるアメリカドルを100ドル分両替しました。2月13日現在で、100ドルは11460円でした。
事前にインドルピも調べておいた。2月11日現在で、1円は0.56インドルピでした。

さて、旅の間日本円をインドルピに両替したのは3回でした。この時のあれこれをこの記事では書きます。
両替1回目)
2月13日、インドに到着し、空港を出たのは夜7時。翌日の観光はデリーだったのですが、渋滞を警戒して空港近くにあtらしく出来たビジネスの街、グルカオンのビジネスホテルに宿泊。
添乗員さんに「両替はホテルのレセプションでお願いします」と案内されました。旅のメンバーは19名。夫婦参加が4組あるとはいえ、明日朝に11回も両替希望が殺到すると時間がかかってしょうがないと思った私は、夜のうちに両替を頼みました。私とダンナの分を考えて取りあえず6000円分を両替することに。
と?出て来たのは2900インドルピ(内訳は500インドルピが5枚と100インドルピが4枚でした。
あれ~~??
レート悪過ぎじゃないかな?
日本出発直前のレートだと、6000円は0.56ルピだから、6000円×0.56ルピ=3360ルピになるハズです。
英語は苦手だけどそうも言ってられません。
私「本日のレートはいくらですか?」
ホテルの人「1円=0.5ルピです」
ぬわんだってぇ~~~!!
レートが悪過ぎる…。それにしてもレートが0.5ならば、6000円×0.5=3000インドルピになる訳で、100ルピの差はどっから来たのか??
私「あと100ルピ足らないわ」
ホテルの人「両替のサービス税が1回31ルピかかります。本来貴女に渡すインドルピは2969インドルピだけど、今小銭がないので2900ルピになりました」
小銭がないから2900ルピとな…。
なんか詐欺にあった気分です。しかし手持ちのインドのお金は全くないので、仕方なく妥協する。この時の両替レートだと、100ルピが207円になりますね。ええ。

2回目)
2月15日ジャイプールのヒルトンホテルにて。
デリーで両替したインドルピーは、1100ルピをダンナが。残りの1800ルピを私が持ってました。1800ルピのうち、40ルピで絵はがきを4枚購入し、10ルピでトイレ代にし、残り1750インドルピ。更にジャイプール名産のインド更紗の購入に使い果たしてしまいました。
インド更紗3枚(私の分・母へのお土産・義母へのお土産)と、妹と義姉へのお土産を爆買しちゃいまして…。合計金額が日本円で12100円の請求です。
もちろん手持ちのインドルピでは全く足りずに、その時財布に入れてあった50ドルと1500ルピと5000円での支払いという…。変則的な支払いをしてしまった~。ちなみに合計すると、13835円分支払ってますね。(払い過ぎですっ!。つーか、差額は…。もう面倒くさいんじゃ!!)
この辺りで吹っ切れた!買物は楽しかったらええのんや~~!!細かい事いうたらアカン~って。だいぶんダメダメな私。
しかしですね。手持ちはすっからかんです。幸い泊ってるのは世界のヒルトンホテルなんだし、両替のレートもちゃんとしてるだろう。
と。またまた両替しようとホテルのレセプションに向ったのですが…。
ホテルの人「今日は既に金庫を閉めてしまいました。両替出来ません」
ぬわんだってぇ~~??
あれ?まさかの私、英語を聞き間違えた??
私「なら次に両替出来るのはいつなのか?」
ホテルの人「明日のアフタヌーンです」
あれれ??また聞き間違えたかな?まさかの明日の朝も両替出来ないって言ってるなんて?
私「もう一度聞くよ?アフタヌーンって何時かな?」
ホテルの人「明日の12時です」
ええ~~~~~~っ!!まさかの聞き間違いではあるまいな!?と思いまして、添乗員さんに「両替出来ない。次に出来るの明日の12時って言われたんですけど?」と再度確認していただいた所、私のヒヤリングは正しく、翌朝8時半に出発する私は手持ちのインドルピがほとんどない状態での旅になってしまいました。

3回目)
2月16日アグラのホテルに到着です。
取りあえず5000円分両替したのですよ。
と?
2710ルピになりました。
明らかにレートがいいです。なので。
私「レートを知りたい」と言いましたらば、1円=0.5436インドルピでした。
ホテルの人「5000円×0.5436=2718インドルピになります。でもちょうど両替出来る小銭がないので2710ルピの両替になります」
おお!両替のサービス税もとらないのか?素晴らしい。8ルピ程度なら問題ないね。
私「ありがとう」とお礼を言ってインドルピーをゲットです。
ところで…ダンナにあとどれくらいインドルピが必要か?尋ねた所、「取りあえず1500ルピは欲しい」と。なんつーの?食事の時に注文するインドのビールがね、とても高いのね。ビール1本の相場は瓶ビールが450ルピ~500ルピ。缶ビールが300ルピ(缶ビールはあまりない)とまあ日本円に換算するとビール1本1000円ですよ!
あ~り~え~な~い~~っ!!
ちなみにうちは注文しませんでしたが、ワインがグラス1杯で700ルピくらいでした。インドのアルコールはとても高いです。他の旅仲間がよく注文していたマンゴー味やバナナ味のスイートラッシーは1杯500円位でした。
そしてダンナのネット代金が、場所によってバラバラでした!
あるホテルでは、ロビーでネットを使う分には無料。しかしあるホテルではインターネット使用代金が530ルピでした。ホテルにより必要なお金がマチマチであとどれくらいインドルピに両替すればいいか予想がつかない。となると、この先手持ちのルピが足りない可能性がある訳で。でもダンナは日々インターネットをやってます。何してるんだろ?Facebookは確実なんだけど~。
とかやってるからダンナはアグラのホテルで会社の後輩から”緊急連絡”が入りましてね。ええ、添乗員さんの持ってる優れものな携帯電話を借りて会社に電話した所…「Hさんの休暇が日曜までなのは分かってるのですが、月曜に内の科が発表会をやらなきゃいけなくなりました」私にはさっぱりポンなのですが、この電話でダンナは日曜の朝成田に着くんだったら、その足で会社に出社しろ!と。つまり…。帰国日=休日出勤となってしまいました…。
だから猫の鈴は置いておけといったのに…。
はい。成田から可能な限り早く帰宅する方法で我が家へ戻りまして、電子機器を持ってかないと仕事にならないから!と一旦家には戻ったものの、12時前には会社に向けて飛び出して行き、帰宅したのはその日の深夜12時過ぎてました。こいつ、夜の9時には「今から帰る」とカエルコールを入れて来たのにに、なぜに会社から我が家まで3時間以上かかりますか!!…小田急で寝落ちしたな~?新宿と小田原を数往復してたな~~。とかやってるからさ。翌朝は二人揃って寝坊しちゃいましてね。当然ダンナは遅刻ですわ。そんでもって帰宅したらば「遅刻したから減給です」って言いやがった!な・納得いか~~~んっ!……完全に話が両替から逸れちまったぜ。

4回目)
2月17日同じくアグラのホテルにて。更に6000円を追加で両替しました。この辺りになると、日本円のまま使える場合もあるし、アメリカドルも使えるのが分かってきたから、無理にインドルピへの両替にこだわらない。というか、インドルピを残さないようにしないといけません。インドルピを残しても、日本円に再両替するのが難しいのですよ。
さて、最後の両替は3270ルピになりました。
3270ルピ÷6000円=0.545なので、1円=0,545ルピのレートですね。
はい、気付きましたね。その1)では同じ6000円が2900ルピでした。その4)では6000円が3270ルピです。差が370ルピもあるのですよ。日本円に換算すると、約750円です。同じ6000円を両替してるのに…。
もうね。インドで両替するのはギャンブルだ!と思って楽しんだ方がストレスが少なくていいやね。とでも思わないとダメだわ。
ちなみに、出国前にドル円レートが大きく動いていたので、2月21日(日曜日)帰国して、翌々日の円ルピレートを調べたら、2月23日のレートは1円=0、61ルピでした!もうね。その1)のレートがどんだけ酷かったのか…。だって0.61のレートだったら、6000円を両替すると3660ルピなんだわ。その差が760ルピ!1500円もあるんだよ?あまりの差に笑いが~~~~っ!!

トップ画像は2016年2月15日のジャイプールにあるジャンタル・マンタル(天文台)にあったお土産屋さんの店先に置いてあったレート表です。JPYというのが日本円のレートですね。この日の1円=0・57インドルピですね。
(2016.3.16にトップ画像を追加しました)
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インドの学校制度

2016年02月29日 17時26分05秒 | インド旅行記
本日2本目のブログ記事投稿です。

2月18日、アグラの街を早朝5時半に出発しました。まだ夜が開けてない時間に出発するのは、デリーの渋滞を警戒してのこと。
6時過ぎに空が明るくなって、車窓から田園風景が見えてきました。となると、寝ていた乗客も目覚め、お弁当の朝ご飯を食べ始めます。添乗員お手製のおにぎりの差し入れもありそこそこ幸せで頭もしゃきっとなった所でガイドさんが暇つぶしにインドの教育制度について話してくれました。バスの中でメモしてましたが、速記をマスターしていないので書き漏らしもあるやもしれませんが、分かる範囲で書いて行きます。

インドの就学率は、全国平均は63%(学校に行ってない子供が37%)です。わざわざ全国平均と書いたのは、南部のケララ州の就学率は93%と高いからです。
インドの学制は、小学校が5年間。中学校は3年。高校は4年。大学校は3年です。5才になると小学校に入ります(2年前までは6才からでした)。最近政府は5キロに一つの大学を作ろうとしています。
学校には国立と私立があって、私立の学校が最近増えている。
国立の学校は基本学費は無料。制服・昼食・授業料も無料です。基本、ヒンドゥー語で授業される。カーストにかかわらず、同じ教室で学ぶ。
しかし、国立の学校では英語は学べない。英語が話せないといい所に就職出来ない。
就職問題はカースト制度とも深いかかわりがあるので、具体的にどのカーストの人がどんな仕事をしているか?別記事を建てて詳しく書きます。
カーストがあるので仕事につけない人も多い。仕事のない家庭は学校に行かない子供も多い。
私立の授業料は1000円/月程の所が多いけど、一月20万円の授業料がかかるGPSという学校を出ると、すぐに仕事があるし会社も選び放題になる。
制服の色は青色・白色が多い。
制服は小学校・中学校・高校まで。大学にはない。
学校は男女共学制。しかし大学に行く女性はまだ少ない。
夏の授業時間は朝8時から午後2時まで。
冬の授業時間は朝9時から午後3時まで。(給食は11時半から12時までの30分間にとる)
5月は熱いので学校は休みになる。(5月は停電も多い)
12月25日から12月31日が冬休み。1月1日から学校が始まる。
毎週日曜日は学校は休み。ガンジーの亡くなった日も学校は休み。
先生が子供をしかる時、昔は棒で叩いていたが、今やると先生がクビになる。
先生の給料について。
国立の男の先生は、小学校の先生で毎月11万円。大学校で20万円。
私立の女性の先生は、毎月1万円程度。地方の学校の給料は安い。
*この辺りは書くのが間に合わなかったので間違いがあるかもしれません。
最近は国が発展していて、村の小学校でもみんな勉強するそうです。
あと強く印象に残ってるのは、ランチを食べる時は、カーストが同じ人が集まって食事する。って事ですね。
メモがあるのはここまで。
カースト制度のあるインドでは、レストランの料理人。サーブ係。ホテルで働く人も大概カーストの高い人が仕事についています。カーストが高いお客さんはカーストが下の人が触ったものは触らないし、作ったものは口に入れません。
だからレストランやホテルで働いている人はみんな英語が話せます。
なんとか自力で英語を学んでるトゥクトゥクの運転手さんとか、観光地で英語や日本語で声をかけてくる売り子がいます。が、自分のしゃべってる言葉を理解せずに話してる人も多くいて、ハチャメチャな事を口にしてる事もあります。値段が激安の場合は要注意ですね。なんだかとりとめもなくなって来たのでこの記事はここまで。
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デリーの大気汚染は北京より酷い

2016年02月29日 09時36分12秒 | インド旅行記
1月下旬、旅先を絞り込んだのは北インドとカンボジアでした。
そして見つけてしまった!デリーの大気汚染は北京より酷い!なんだって~??
デリーのPM2.5の濃度は、あの北京より高い!のです。
それは…。タージマハル愛なダンナに「それでもインドへ行きたいか?」と確認したら「タージマハルは死ぬまでにど~しても見たいんじゃ!」と譲らない。
そんな事前情報があったので、花粉マスク持参です。ええ、メガネが曇らないタイプの優れものマスクですわ。

さて、成田を飛び立ったエア・インディアは、所要時間9時間半。(日本との時差はマイナス3時間半)。午後7時50分にインドラ・ガンデイ空港に到着です。デリーの日没は午後6時過ぎ。スーツケースを受取り空港の外へ出たのは既に夜の7時20分でした。既に辺りは暗く、大気汚染が噂通りの酷さかどうか分かりません。何はともあれ到着日はバスで移動し、デリー郊外のグルカオンの街のホテルで一泊。開けて2日目、いよいよインドの観光が始まりました。ホテル出発は朝の7時半。グルカオンの街はデリーからあまり離れてません。しかし早く出る訳はグルカオンからニューデリーへの道の渋滞を懸念しての事でした。幸い旅の2日目の2月14日は日曜日でして、添乗員とガイドさんが懸念したような大渋滞になる事もなく、バスは30分程で目的地のニューデリーぼ南郊外15キロにあるクトゥブ・ミナールに到着しました。
「皆さんは運がいいです。平日だと宿泊ホテルからここまで2時間かかった事もありますから」
添乗員さんは嬉しそうに力説されてましたが、実際のデリーの渋滞にまだ会ってない観光客は暢気なものです。懸念した程視界が悪い訳でもなく、世界遺産クトゥブ・ミナールの観光を楽しめました。遺跡の敷地には多くの鳥も鳴き合っていて、2月だというのに花を咲かしてる植物もありテンションが上がります。
この後、デリー市内へバスは進み、ムガール帝国2代皇帝のお墓のフマユーン廟を見学。バスの車窓からインド門を眺めつつランチのレストランへ。ここまで極めて順調でした。ええ、ランチの途中で停電が起きるまでは…。停電の話は『インドは停電が多い』の記事に書いてあるので省略して、ランチ後はデリー名物の渋滞の洗礼を受ける事に。
それでもデリー在住のガイドさんは「今日は日曜だからこの程度の渋滞は大したことない」と言いますがね。日本と違って、間断なく鳴らされるクラクションが静かな道が普通の日本人にはダメージが大きいのですよ。
特にランチの途中で発生した停電は、車のスムーズな運行をさばいている信号機も止めてしまい、警官が手信号で車をさばいてるものだから…。
さて、インド政府もデリー&ニューデリー(公共施設や公務員の住む街で家賃が高いので高級取りが住む場所)の渋滞解消にあの手この手を繰り出してます。
国で3番目に大きい都市・デリーの渋滞解消の為に
その1)車のガソリン代を高く設定している。デリーのガソリン代は2016年2月現在、1リットル辺り140円ちなみに、大都市ムンバイのガソリン代は1リットル160-180円なんだって。
車を持てるのは金持ちだけという状況になってるとか。
では庶民は?となると、公共のバスを利用するのは普通とか。赤いバスと緑のバスがあって、赤いバスは冷房つき。運賃が少し高い。
あとは、トゥクトゥク。
デリーのオートリキシャ
オートリキシャという黄色と緑色の3輪自動車のタクシーが走ってます。しかしオートリキシャも数が増えると渋滞の原因になるので、所有するにはお金を高く設定してあって、デリーのオートリキシャは1台80万円もするとか。(ちなみにヴァラナシのオートリキシャの所有代金はデリーの半額の40万円程です)
デリーのオートリキシャ。
その2)野良牛の取締り。
これも既出ですが、インドはヒンドゥー教徒が多い国。彼らは牛を大切にします。とはいえ、渋滞の多いデリーで野良牛が徘徊すると更に渋滞を助長する。なので、野良牛をしかるべき場所に届けると、報奨金が日本円で1頭につき2000円程支払われるのだとか。これでデリーから野良牛が激減してるとか。
その3)トラックは日中デリーに入ってはいけません。
物流を担う各種トラックは日没を待ち、競うそうに街に入って来ます。2月14日(日曜)はランチの後、デリーの南西260キルメートルにあるジャイプールまで高速道路を走りました。日本でなら高速道を260キロなら3時間程度で着くと思うけどさ。ジャイプールの街に入る頃にはちょうど日暮れ時。ホテルに入る頃には真っ暗でした。
そして高速道路で2・3個料金所を抜けたのですがね。最後の料金所は反対側のデリーに向う道はトラックが数珠つなぎに並んでました。ドライバーは夜の間にぶっ飛ばす算段なのでしょね。あ!既出の記事に書きましたが、電気不足の為か、インドの高速道路に街灯はありません。でもインドの高速道路に牛はいます。インドでは牛を事故死させると高額の賠償金の支払いが発生するので、牛を見たらドライバーは急速減速ですね。これでも渋滞になるんだよな~。
その4)仕事の開始・終了時刻を変え通勤通学渋滞の緩和を期待している。
確か、公共のビジネスタイムは午前10時から午後6時まで。
プライベートの会社のビジネスタイムは午前9時から午後5時まで。(ランチ午後1時から2時まで)
一時間の差が通勤渋滞の緩和を期待してるのでしょうが。
ちなみに、小学校の通学は、スクールバスを使っている学校が多いようで、黄色いバスが連なって走るのをよく見ました。

小学校は朝8時半始まりの午前11時半まで。(給食は12時までの30分間)というスケジュールです。

さて、噂に聞くデリーの渋滞ですが、実はアグラの街からデリーに移動した旅の6日目にハマってしまいました。その日は渋滞に少しでも会わないようにとアグラの街を早朝5時半に出発しました。夜明けは6時15分頃、ぼんやりと明るくなってきてこの日は空に雲がたれ込めてるのに気付きました。間もなく雨も降り始め、乾季の北インドでは珍しいなあとぼんやり車窓を眺めてました。その時進んでいたのは、アグラーデリー間に新しく出来た高速道路で、この高速道路は他の高速道路とはひと味違いまして、いわゆる日本の高速道路と同じく道が独立してます。道路沿いに牛もヤギも歩いてません。市場も交差する一般道路もありませんし、歩行者も歩いてません。この高速道路の使用料は、他の高速道路の3倍も高いそうで快適でした。ええ。その特別な高速道路の出口までは…。

高速の出口の料金所から全くバスが進まなくなってしまいまして…。道路は複数レーンがあり、慣れてる一般の車は縫う様にスルスルと進んでいきます。しかしバスは動けない。聞けばバスは一番左のレーンしか走ってはならないそうで、そのレーンは途中で合流した道から入って来た二輪車も同じく進むようでね。もう全く~~~動かないの。
さすがに旅の予定はこの後、デリー発の飛行機に乗らないとどないもならないんで客は気をもんでましたが、添乗員とガイドさんは渋滞が織り込み済みでの早朝5時半出発だったのです。午前10時半、バスは無事に飛行場に到着しました。
搭乗前に滑走路に並ぶ飛行機を撮影しようとして気付く。
「隣の飛行機は見えるけど。その奥の飛行機も見えるけど…」
そうなのです!視界がねっ。もうね。霧の中かという有様でした。これが今日の記事のトップ画像です。
始めは季節外れの朝の雨でもやってるのかな?と思ってたのですが、大気汚染によるスモッグでもやっていたのですよ。滑走路の向こうにある建物なんか見えません。
そういえば、高速道路で雨が降って来ると同時に、せっかくみがいたばかりのバスの窓ガラスが、茶色い雨で一瞬で台無しになりましたし…。デリーの道路沿いに植えられた街路樹もぱっぱかね、泥色してるのだ!やっぱり大気汚染が酷いというのは本当だったのかも?まあ今回の旅は日中にデリーの市内を見る機会は2日目の日曜の観光だけだったので、本格的な大気汚染には行き合わなかったのかもしれないね。でもこれからインドに行く方は、防塵マスクの用意を忘れないようにね。インドに日本のような安くて質のいい使い捨てマスクは売ってない模様です。
ある日の新聞より。
(2016年3月21日に画像を追加しました)
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インドクオリティー

2016年02月27日 17時23分43秒 | インド旅行記
インドクオリティーを一言で分かり易くいえば、大雑把ではないでしょうか?
例えばカトラリーです。
元からナイフ・フォーク・スプーンが日本のものより大降りで重いなあとは気付いてました。でもまあそういう国もあるし、と。大して気にしてなかったのですが、食後のコーヒーや紅茶にミルクや砂糖を入れて混ぜる用のスプーンもスープ用のスプーンなんですよ。デザートのケーキを分けるのに使うフォークは肉を押えるのと同じフォーク。アイスをすくうのもスープ用のでっかいスプーンを使うんですよ。最初は店の個性かな?と思ったけどね。インドの旅の食事は全て同じでした。
分かり易くいうと、日本のようにコーヒーをまぜる用の小さいスプーンもケーキを食べる時に使う小さいフォークもないんですわ。
地味に驚いた!
食事といえば。
最初からテーブルにセットしてあるカトラリーやお皿ですが、席によってはフォークが足りなかったり、スプーンが足りなかったりは茶飯事です。
旅は年配用にゆったり観光地を絞ってあるので毎日のように趣向を凝らしたティータイムが組み込まれてまして。ヴァラナシのティータイムはかつての宮殿を改装してホテルとして使用してる。その屋上に喫茶店を設えてあって、ガンジス川を眺めながら夕暮れのティータイムを楽しみましょうというものでしたが…。まあね。こっちはガイドさんと添乗員も加えると21名にもなるから、いっぺんにお茶やお茶うけがそろわないのはわかるのですが。グループなのでお茶請けとして注文したお菓子も同じのハズ。確か3種類のお菓子の盛り合わせじゃなかったかな?しかしですね。ある皿にはビスケットが入ってなかったり。忘れた頃にビスケットだけ山盛り追加で届いたりですね。ある訳です。もうね。おおらかというか大雑把というか。
あとですね。日本で店の呼び込みをする人が「1個800円です」と言えばそれは必ず800円であり、1000円渡すと絶対に200円のお釣りを払いますよね?
でもインドでは1個800円と言うから1000円出すと、「今お釣りがない」とお釣りをくれない事はありがちです。
実際あったのは、ジャイプールのアンベール城で「日本語のガイドブック1冊10ルピ(約20円)」という激安で連呼してる男達がいました。まあ観光地ではどの国もありがちなのですが、1冊20円は激安です。しかしカラクリがある訳で。外国人観光客はそうそう10ルピ硬貨を持ってません。私も10ルピ硬貨はデリーの空港の国内線のフードコートにあったマクドナルドで、1個95ルピのバーガーを購入したら、1ルピ硬貨1枚と2ルピ硬貨2枚がお釣りとして出てきで驚愕しました。てっきりインドって100ルピ以下って諦めろ!の国かと思ってましたからね。
さて、1冊10ルピの日本語歩観光ガイドブックです。この場合日本人が持っているのは100ルピ札か500ルピ札ではないでしょうか?それでうっかり500ルピ札を出した日には、「お釣りがない」と言われてしまい、結局ガイドブックを1冊500ルピ(約1000円)で買わされる事になるそうで。なんか詐欺のようですが、インドではありがちな事です。観光客はあらかじめ観光地では呼び込みに反応しないように言われてるんですが、つい反応する人もいるらしい。その辺りは自己責任なのですよ。観光客が「お釣りがない詐欺」に合わないようにするには、購入金額調度に支払う他ありません。まあ、調度出したら「そんな事言ってない。それは10ルピでなく1000ルピだ」と言って来る可能性が高いのですがね。
ちなみに、暗算力はインド人最強ですよ。対抗策としては買物の時は常時計算機を使う事をおススメします。
私が遭遇した「お釣りがない詐欺」はね。
インドに到着した当日2月13日、添乗員に両替は宿泊ホテルのレセプションでするように言われていたのです。旅の仲間は全部で19人もいるので翌朝全員が一度に両替を頼むと時間がかかるかと思い、到着した夜のうちに両替をすることにしました。
6000円分を両替しました。
レートは1円=0、5ルピでした。
レートが悪過ぎる!何しろ2月11日のレートは1インドルピー=1、67円。つまりレートは1円=0、6ルピです。
当日の本来の0.6のレートで6000円をインドルピに両替したとしたら、3600ルピになるハズでした!
まあ手持ちが1ルピもないからして、しかもここで替える他ないからしてそのまま計算を待ってたらですね。
6000円=3000INR そこからサービス税が31インドルピかかるので、本来なら2969ルピ支払いの所「小銭がない」と渡されたのは2900ルピでした!
わかりますう~~?この場合、レートをわざと低く提示して、更に小銭がない!ですよ。ホテルのレセプションがです。更に更にここをつかって両替を進めてるのは私達の旅行会社の添乗員なのですよ。もうね。これがインドクオリティ!と割り切らないと旅がつまらなくなりますね。
そういえば、ジャイプールで布を爆買してしまい、手持ちのルピを使い果たし、夜ホテルで両替しようとしたら「もう金庫を閉めてしまった。両替出来ない」と言われました。な、なんだって~~~??ですよね。「次に両替出来るのはいつだ?」と尋ねましたれば「アフタヌーン」とか言いやがった!絶対に聞き間違えたとも思い「おまえのいうアフタヌーンは何時だ?」と尋ねたれば「12時です」と答える。聞き間違えではなかった!ええ。翌日は8時半出発でした。その日は手持ち0ルピでの移動でした。もうねっ。もうね~~~。
あ。
こういう国だから。サリーを注文した時に店で中のブラウスを私のサイズで仕立てるからとサイズを測ったんですよ。2月19日にオーダーして、夕方にはブラウスをホテルに届けると言われました。そして夜の観光。ヒンドゥー教徒のガンジス川への祈りの儀式のアールティを見学してホテルへ戻ったのは午後8時過ぎでした。お店の人はちゃんとブラウスを届けてくれました。その時は疲れていて、ええ。間抜けにもこの時は夜飲まないといけないお薬を飲むのを忘れていたのもありそうとうに疲れていたのです。また5分後にさよならディナーがレストランであるから手荷物を部屋に置いたらすぐに集まれと言われていたのも重なって、ブラウスの出来をお店の人とするのを忘れて受け取ってしまいました。ホテルの部屋に戻って気付く。インドは日本と違うのです。ここまでのインドクオリティーを考えると、試着は絶対だろ!と。バスルームに飛び込んで着用していたブラウスやTシャツを脱ぎ捨てて急いで縫い上がったサリーのブラウスを試着してみた所、案の定合わない~~~。あのサイズを測っていたのは何だったのか!!
おかげでさよならディナーには遅刻です。和やかな食事に水さしたくはなかったので、添乗員さんにだけこそっと「サリーのブラウスが届いたので着てみたら、サイズが合わないんです。具体的に言うと胸が入らない!」と耳打ちしました。と。添乗員さんは「ありがちですね~」食事が終わったら連絡します。だってさ。
お店の人は翌朝ホテルにやってきた。通訳として私達の旅の現地ガイドさんも待っててくれた。しかしどうサイズが合ってないか?見せた方がわかるので、ロビーで私はランニング姿になり、サリーのブラウスを着てみせた。と。お店の人もガイドさんも事態が分かったようで修正すると言う事になった。
しかしだね。不思議な事に今度は採寸しなおすという事がなかった!
ちなみに「ブラウスはランチのレストランに届けます」との事で、不安なまま午前の観光へ向う事になった。もちろん届いたブラウスはランチの席につく前に着用してみた。こんどは前を閉じる事は出来たものの、今一信用出来ない私はレストラン(ってかヴァラナシにあったホテル)のトイレの鏡で確認した。
今度は前は閉じれたけれど、ど~みてもブラウスの下の部分のサイズがってか、シルエットがおかしいのね。でもサリー自体をあんまり見た事ないのでおかしいと思うけどさぁ~??と頭を捻っていたら添乗員さんが「サリーのブラウスはそんなものですよ」というので妥協した。とまあ。インドでサリーを作りたいと思う女性の観光客は多いでしょうが、仕立てたら絶対に試着して確認しましょう。旅の日程にゆとりがあれば、納得するまで店の人とやりとりするといいよ。大雑把なのがインドクオリティーなのです。インド人はちゃんとしてないのは悪い事だと思ってないのです。こちらが要求してそれに答えればいいと思ってるようです。それがインドクオリティーです。日本だと言えば悪いかも?とか遠慮が美学みたいな事がありますが、それをインドでするのはバカものですわ。
あと…気付いたんだがインドは極端だわ。
例えば、デリーの市内バスでレイプ事件が発生したからといって、デリーを走る全てのバスからカーテンの使用禁止にする。ってのもどうかと思いますが、
仏教の4大聖地の一つ、サルーナートの博物館では入館の時にパスポートとお財布以外は持ち込めません。というルールがあります。まあハンカチとテッシュ程度は見逃してくれましたが。そうなった理由というのが、博物館に展示してあった小さな展示物が客に盗まれたから!だとか…。
え~と??
ガイドさんが「博物館には小さな展示物が多いから」と言うのでそうなのね?どれくらい小さいのかな?とワクワクしてたらば、博物館の小さな展示物は大きかったし重そうだった!しかも博物館の小さな展示物は殆どガラス(もしかしたらアクリル板)のケースの向こうにあった!
これを客に盗まれて気付かないって一体…。
なんだかな~…。
ちなみに博物館に入る時、タージマハル(*激注:タージマハルには持ち込み制限があります。タージマハルにはボールペン・えんぴつ・紙類(しおり含む)・電池・イヤホン・ライター・三脚などの持ち込みが禁止されています)などの観光地に入る時、ホテルに入る時、だいたいセキュリティチェックの機械を通らねばなりません。セキュリティが厳しいホテルは客の手荷物は全て飛行場にあるような機械に通して確認があります。でもさ、セキュリティーチェックしてない出入口があったりするんだよな~。どこかちぐはぐですわ。
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期限切れの日焼け止めクリーム

2016年02月27日 15時53分16秒 | インド旅行記
日本からインドへ。着いたのはデリー郊外の空港でした。旅はデリー所属のバスで出発です。
デリー…。
数年前、デリーの市バス内でレイプ事件がありました。その時バスのカーテンが引かれてて、中で何をしてるか分からなかった。その反省からか、現在、デリーを走るバスは例外なくカーテンの使用が禁止されてます。外国人の観光バスも例外ではありません。さすがにこの旅が日中の気温が30度を超える場所もあるとの事でしたので、あらかじめ日本から日焼け止めクリームを持参してました。デリーのホテルでちゃんと日焼け止めクリームを塗ってからデリーの市内観光をしてランチ。午後はデリーからジャイプールまでのロングドライブです。
バスの車内もカーテンがないと車窓から外がよく見えるのはいいことですよ。そういう利点はありますが、日差しが辛いから車内でも帽子をかぶってました。しかしそれでは手ぬるいとホテルの鏡を見て気付いたよ。
まず腕です!なんつーの?インドのバスの冷房はONとOFFの二択しかありません。温度調節出来ないのね。その日はバスの後方の席の座ってたので、冷房の風邪が冷たくて、長袖を着てました。だから腕の日焼け云々は関係なかったのですがね、腕がなんかウロコ模様になってたのですわ。
え~と??
何が起こったのかな?
ふと、手持ちの日焼け止めクリームをいつ購入したものだったか思い出してみる。
確か…。去年の4月、ベトナム旅行には持ってったんだった。あの時は前半とても天候が悪くて日焼け止めクリームの出番はほとんどなく…。あ。そうだ!その前の夏は体調が今一でやっぱり日焼け止めクリームの出番がほとんどなく…。
もしかして?その前の夏??つまりーーー。
この日焼け止めクリームは少なくとも3年以上前に買った奴だったか~~~。
鏡には鼻から下の顔半分がうっすらと赤く日焼けしてました!帽子では日焼け帽子にはアイテム不足でした。
つまりだね。今すぐに日焼け止めクリームが必要なのに、手元に日焼け止めクリームがない!!
非常事態です。
となると…。化粧で日焼けを防ぐほかありません。
幸い化粧セットは一式持参してました。使うかどうかはわからずとも一応用意はしてあったのだ!
しかしそれだけでは心もとない。
スカーフを手に入れるべきですね。
ってな事で宿泊のジャイプールのホテルに入っていた布屋に向いました。
調度いいサイズのスカーフがありましたよ。
1枚5ドルでした。
しかしですね。ジャイプールの名産は布なのです。特にブロッププリントの本場です。この時「布欲しい病」にかかっていた私は、インドの布がど~しても欲しかったのよね。今年に入ってから我が家の座布団カバーを新しく縫ったり、まくらカバーを新しく縫ったり、合わせて隣町で最近見つけた手芸のお店に何度も通って布を選んだりしてたせいか、もうね。インドでお気に入りの布を買いたい~~!!とアピールしまくっていたのですよ。
ってな事で、翌日はこれでもか~!とファンデーションを厚塗り。下地クリームだってチークだって、仕上げのファンデだって手抜きをしない!ファンデの厚さに合わせて口紅やアイシャドウだってバッチリよ。もうね。言ってみると、バブルの頃の派手派手メイクですわ。まあインドの今の流行りメイクとこれがバッチリかち合っていたので。怪我の功名って奴?ンな事はどうでもいい。
今回の旅は19名の客。内13名が女性でした。私の布買いたい~~との主張に賛同して下さった方が多く、18名がお昼の休憩時間を使って布の製造工場兼販売所に向う事になりました。(ちなみに布屋へ行かなかった残りの1名は私のダンナです。本来の旅の休憩時間では、お昼のランチを食べたホテルの茶店でティータイムだったのです。彼はど~してもface bookをしたかったんだってさ)
向った布屋では念願のブロックプリントを購入しました。このブロックプリントは日本ではインド更紗と呼ばれてます。ちなみに欲望にまかせて布屋で12000円以上購入してました!もう爆買いですわ。でもね。肝心のスカーフはこの店に売ってなかったのね。仕方なくホテルの布屋で買おうとしたらば、くっ!!値上げしてきやがった~~~。
私「なんでやねん!昨夜は1枚5ドルって言ってたよね?」
店の店主「昨日は2月14日。バレンタイン価格だったんだ。今日は1枚10ドルだ」
私「おかしいよっ。ならなんで昨日そう言わない」
店の店主「昨日はオレの息子が店員だった。息子はまだ経験が浅いから仕方ない」
私「でもさ。今日購入する前に私は5ドルのスカーフを見せろと言ったよね?そして出してきた商品の中から選んだんだよ?なら1枚5ドルで売れよ!」
店の店主「君は運がなかった!」
くそ~~~。今買わないと明日のロングドライブがヤバい。腹立つ事に試しにスカーフを巻いてみたら私の顔映りがいいんだわ。これは買い!なんだ。この店主、センスがいいんだよ。店にセレクトしてるどの商品も欲しいと思える品ばっかりだし~~~。あ~~もうっ!
それでもゴネてたら4枚で35ドルになりました。でもさ。昨夜買えば4枚で20ドルだったのよ。
ちなみに、後々判明したのですが、私が購入したスカーフは、ヴァラナシの空港の売店では1枚5ドルで販売してました。更にヴァラナシには日本人観光客が多いのか、1枚500円。2枚1000円という日本円での購買も可という…。
ちくそ~~~~~っ!!
日本円は最強って事ですねっ。
あ。ちなみに、ボラレてしまったジャイプールのヒルトンで購入した4枚35ドルのロングスカーフですが、2枚はインドの旅行中に使用しましたが、残り2枚は友人へのプレゼントです。
ボリボリにあってしまいましたが、柄のセンスはいいのですよ。そのうち送るので楽しみにしてて下さい。

そして旅の終盤になって気付いた。もしかせんでもインドの女性もサンブロック化粧品ってあるんじゃないの?
だってインドといえば、アーユルヴェーダの国なのです。
すぐに手持ちのガイドブックをチェックしたら、載ってました!
インドマダム御用達のシャナーズ・フセイン。そのサンスクリーン・ローションはヒマワリ油・キュウリの種・インディアンマダー配合の肌に優しい日焼け止めクリームです。
これじゃあああ~~~っ!!
そしてヴァラナシのスーパーでコスメコーナーを発見しました。
しかしですね。スーパーに行ったのはもう明日には帰国日というタイミングです。冷静になって考えてみる。果たして、日本に帰国してもインドマダム御用達のシャナーズ・フセインとはいえ日焼け止めクリームを使うだろうか?やっぱ資生堂の日焼け止めクリームを購入して使うんじゃないかな~?
ってな事で、この旅の間だけの付き合いだろう旅のメンバーに、化粧のケバいおばさんだと思われたままだとしても、もう旅の間ずっと濃い化粧を続けていたのだからそれは事実であり仕方がない。実際はここ10年は1年に1日化粧する日があるかどうかのありさまなんですか…。ま。いっか~と。スーパーで購入したのは同じくアーユルヴェーダのバイオティークのキャロットシードオイルです。なんつーの?お肌の老化現象を止めるアンチエイジング効果が期待出来る商品なんだって~~。
あれ?なんだか女の子の買う品揃えだね。ところでジャイプールのヒルトンで購入したロングスカーフは、すぐに使い始めました。これが旅のメンバーに大好評で。私的にとても嬉しかったのですが、旅の仲間であるおばさま達もすぐにあちこちでインドの布を見つけては使い出しまして、旅が進むにつれ皆どこかしらにインドの布を使ってました。中にはパンジャプスーツを購入した方もいて、翌日素敵に着こなされてましたよ。ちなみに私はうっかりインドの布欲しい~~欲望が抑えきれずにインドの民族衣装のサリーを購入してしまいました。自分で自分が信じられん…。サリーなんか日本でどこで着るというのか??
更にいえば、私の古い友人は信じないかもしれませんが、インドの旅でヒンドゥーの神様グッズは1個も買ってないの~~。あれ?旅立つ前はガネーシャグッズを買う気まんまんだったんだけどね。
まとまりのない文章になってきたのでこの記事はここまで!まだ風邪からの熱であたまがボケてるからかな??
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インド人が一番欲しいスマフォは?と聞いてみた!

2016年02月26日 18時56分50秒 | インド旅行記
本日2本目のブログ記事です。さっき1本目の記事を書きながら熱を測ったら、37・99度でした。なんとか38度にのるのを回避してますが、関節と頭が痛いのが辛いです。
ってな事で、この記事も殆ど頭を使わずに書けそうなネタを選びました。

ジャイプールの街で停電渋滞にハマリ目的地の店に行けそうもなかったので、急遽予定を変更し、ジャイプールの旧市街のバザールを街歩きすることに。その様子は後日画像を多様して紹介するつもりです。現在iPhotoの中の画像を整理しないと、大量のインド旅行画像が読み込み出来ないのが敗因ですわ。
さて、バザールといっても道の脇にある商店街が主でした。こうね。テントとか建物の中にあるのか?と思ってたらイメージと違ってました。そこで携帯屋さんを見かけました。
店の正面にはノキアの文字が…。見てて疑問に思ったのでまたまた質問しました。
私「インドの携帯の普及はどれくらいですか?」
ガイドさん「5:5です」
私「インド人が一番欲しいスマフォのメーカーは?」
ガイドさん「ノキアです」
あ。やっぱりそうなのね。
ガイドさん「日本のパナソニックが次点ですね」
こりゃあおせいじにしても嬉しいな。
私「ちなみに、インドの会社の携帯ってどうなの?」
ガイドさん「マイクロMIXという会社が頑張ってます」

ちなみに、1台いくら?と尋ねたら、ガイドさんは1200円位と答えてくれたけど、デリーのバスの停留所に書いてあったスマフォは1台8999ルピと書いてあったし、あちこちに携帯のCMがありました。
ちなみに、新聞広告にも多くの携帯メーカーさんが広告を掲載してて、今の売れ筋商品のようでした。

ついでなのでインド人が一番欲しい自動車はどこの国の会社のものか?と質問してみたらば。
ガイドさん「断然スズキの車です!

ダントツらしく驚いたのスズキが人気な理由を聞いてみた。
ガイドさん「スズキの車は壊れてもインドのどこでも部品が手に入るしすぐ直せる」だって…。
え~と??車が壊れるの前提なのね。
日本だともちろんトヨタな訳で。聞いてみた。
私「トヨタは?」
ガイドさん「少ないです」
私「ならインドが誇るタタは?」

ガイドさん「タタの車は安いけど(最安の車は20万円!)すぐに壊れるし、すぐには直らない」
う~む。基準が壊れるのが前提なのね。
まあ、旅が進むにつれガイドさんが「車が壊れる」というのがよく分かりました。
インドの道は悪い!ボコボコ・デコボコ・舗装してない道も多いし、車がスピードを出しにくいように高速道路や一般道にわざと道路を一部隆起させてあるんだな。

隆起というのが潔いことにがったん!とバスがなる程です。もちろんその前にバスは減速するのですが、大型バスをして乗客が「おお!」となる程の隆起です。
新聞にはベンツやBMWなどのCM広告も乗ってますが、ベンツやBMWにドイツの道は無理じゃないかな~??
ちなみにHマークの車も多くみました。韓国のヒュンダイも頑張ってます。画像がピンぼけですみません。新聞広告を携帯で写してみたら失敗した!
インドのパトカーはTATA製です。(2016年3月30日)の記事 こちらの記事に旅の間に見かけたTATAの車の画像があります。
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ガンジス川の水の採取場所

2016年02月26日 18時13分42秒 | インド旅行記
朝も早よから病院通い。9時からの診察予約でしたが、帰宅したら既に10時半超えてました。風邪もあんまりよくなってない。頭が痛い~。関節も痛い~、熱が下がらない~と。ボロボロでブログを書く気になかなかならず、今日は簡単な質問ネタを記事にしますね。

ヒンドゥー教徒はガンジス川の水が大事とか。どこで見たんだっけ?ジャイプールの王宮で世界一大きな水かめを展示してありました。上の画像に写ってる銀色の容器がガンジス川の水を積詰めるために使った水瓶です。
ロンドンを旅した王様は、カメのガンジス川の水を詰めて旅立ったんだって。他にも、アグラの街から南、たった14年で放棄されたムガル帝国の廃都ファテーブル・シクリにもでっかいカメが置いてあり、同じくガンジス川の水を詰めてたんだって。
そして私は疑問に思った訳。
ガンジス川の水だったら、どこで採取した水でも同じ価値になるのか?だってガンジス川といえば、WIKIによると全長2525キロメートル。流域面積は約173万平方キロメートルもあるんですよ。そりゃあ支流も多いだろうし、ヒンドゥー教徒が飲みたいガンジス川の水の取水地に上物下物があるのか?気になるではありませんか。
ってな事で突撃質問開始です。尚、私の意図がインド人ガイドさんに伝わり易いように、インドの地図とガンジス川の流れと今回の訪問地のデリー・ジャイプール・アグラ・ベナレスを記入して見せました。
私「ヒンドゥー教徒にとって一番価値のあるガンジス川の水はどこでくんだものですか?」
ガイドさん「山の上流の高い場所で採取した水が一番です」
私「なら河口近くで採取した水は価値が低いという事ですね」
ガイドさん「そうなります。
私「ならば、今いる所からガンジス川の近さは関係ありますか?例えばガンジス川の支流なら50キロm先で採取出来るけど、ベナレスは遠い。どっちの水が価値が高いですか?」
ガイドさん「ベナレスでくんだガンジス川の水が価値が高い。距離は関係ありません」

私「ならなぜヴァラナシ(ベナレス)のガンジス川(ガンガー)の水は価値があるのですか?ベナレスはガンジス川の中流に位置してますよね?聖地になった理由がありますか?」
ガイドさん「あります。ヴァラナシの辺りはガンガーが南から北へ流れてるのです。ヒンドゥー教徒はヴァラナシのガンガーに死んだ後灰を流したらみんな天国に行けると信じています」
そうだったのか~。聞いてみるものですね。
ちなみに、今回の旅ではヴァラナシでガンガーに並ぶ80以上のガート(お祈りの場)のうち4つある聖なるガートの一つ、ダシャーシュワメード・ガートからツアーで船を借りきりガンジスの流れを遡ったり下ったりしんがらヒンドゥー教徒のお祈りの様子を見学しました。そして朝日が上がってから用意してあったペットボトルにガンジス川の水を詰めて帰国しちゃいました。今、ガンジス川の水は冷蔵庫で保管しています。ガイドさん曰く「ガンガーの水は決して腐らない」そうなので、5月のイベントや受かれば夏コミにもガンジス川の水を持参してスペースに展示するつもりです。
ちなみに、そう汚れてません。もちろん日本人がガンガーの水を直接の飲むと下痢するかもですが、ヒンドゥー教徒にとりガンガーの水は聖なる水ですから、彼らは普通にこの水を飲みますし、ガートの周りでもガンガーの水を持ち帰り用のペットボトルやら壷やらが山積みで売られてました。

2016.3.1に画像を1枚追加しました。
2016.3.22にヒンドゥー教の聖地ヴァラナシの街のガンジス川の画像を2枚追加しました。
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インドは停電が多い

2016年02月25日 19時36分32秒 | インド旅行記
本日3本目の記事です。熱は少し下がったけど、鼻水が滝のように出てます。辛い…。
さて、テーマは停電です。9日間の旅で都合3回停電に行き合いました。
1回目)2月14日、首都デリーにて。
11時15分、レストランでランチを食べてる時です。タンドリーチキンと豆とほうれん草とチキンのカレーといもフライ。おいしくいただいていたら、突然真っ暗になりました。
その時トイレに入っていた人は突然の暗闇に悲鳴を上げたとか。しかし驚いていたのは私達日本人観光客だけ。店の人が間髪いれず照明をトイレに差し入れたんだって。
慣れてるのですね。真っ暗な中デザートのバニラアイスをいただきましたが、どんな見た目だったかは分からないまま。結局食事を終える時間になっても店内の明かりは戻りませんでした。
店を出ると店の前の道は大渋滞になってました。そしてバスが来ない。どうもレストランに駐車場がないので、その辺りを流して時間を潰してたようです。そこへ停電です。停電により信号機も止まってしまい、交通警官が手信号で車をさばいていたようです。そりゃあ渋滞するよな~。
2回目)2月15日ジャイプールにて。
午前中に旧市街とアンベール城を観光し、ジャイプールの街から少しはずれたホテルのレストランで昼食を食べたあと、希望者のみブロックプリントの工場へ行く事になりました。布をインド更紗の布を買い込んだものの、私が行きたかったのはアノーキーという店でした。「旅の前から布を買う!アノーキーへ行きたい」と主張していた私は大喜びです。バスはお店に向ったのですが、旧市街を抜ける段階で突然びだ~~っとバスが動かなくなってしまいました。
ヤナ予感…。
ハイ。停電が発生し、渋滞が起きていたのです。となるとアノーキーへ行く時間がない。というのも本来の観光ではこの日はナルガール要塞からジャイプールに落ちる夕日を眺めるというプログラムが組まれているのです。
「先ほどアノーキーへ行くと案内しましたが、予定を変更して旧市街のバザールを見学しましょう。インドの人の暮らしを覗いてみるのも楽しいですよ」と。
あう~~~。面白かったよ?野菜のバザールに野良牛が集ってたし。バザールと言っても大通りの商店街だったし。歩くだけでとても楽しかったよ?しかし、私のアノーキーがぁあああ~~~。無念です。
3度目)2月17日、アグラの街にて。
午前中タージ・マハル観光の後、市内のレストランにてまたまた停電に。この時は店が非情電源を持っていたのかすぐに店内の照明がつきました。
とまあ計3回も停電を体験しゃいました。

さて、ですね。
デリーからジャイプールへは高速道路をバスで移動しました。途中で気付いたのですが、高速道路に街灯がない!のですよ。なんつーの?インドでは日中にトラックが入る事を禁じています。渋滞緩和の政策の一環なのですが、夕暮れともなると、荷物を少しでも早く届けたいトラックがたくさん集まって来て高速道路を西へ東へ。なのに街灯がないのですよ。
街灯がないのは実は街中も同じです。ジャイプールには街中に街灯がありませんでした。
次に訪れたアグラでは、少しだけ街灯のある道がありました。
最後に訪れたヴァラナシでは最近街灯がつけられたそうです。ヒンドゥー教徒にとってガンジス川の日の出を見つつ祈りを捧げる事はとても大事であり、憧れなのです。同じように日没後の儀式でガンジス川に祈りをささげるアールティも大事です。となると、街が暗いと不都合な事が起きる訳で。それを回避するために最近つけられたんだって。
そういえば、アグラのホテルでは、窓からタージ・マハルが見えてたのですが、夜のライトアップはありませんでした。日本の観光地はすぐにライトアップするのでとても不思議でしたが、電気が全く足りてない国ですから、ライトアップは電気の無駄使いとなるのかな?
電気といえば…。5月ともなると、北インドは連日50度を超える日が続くのだとか。しかし冷房はナイのですよ。せいぜい扇風機を使う事はありだそうですが。だから学校は5月はお休みになるんだって!とても文明国とは思えない状況です。インドってもっとITの国というイメージを持っていた私は停電が毎日のように起こる国だとは思わなかったのでびっくりしました。
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女性の為のスリムギアをつけ、シャープに見えるボディを手にいれよう!

2016年02月25日 10時14分20秒 | インド旅行記
お題はインドのテレビ通販の商品です。インドの女性は結婚したら仕事を止めて家庭に入る。そして運動不足に陥り大概太る。インド社会の深刻な問題になってるそうな。
何気に合わしたテレビ通販番組でした。インドのテレビ通販は、1商品をじっくり紹介します。私はスリムギアのCMをおそらく1時間近く見続けてしまいました。

もうね女性の悩みは世界共通だわ。と笑いで画面が見えない程でした。好意的に解釈すると?なんつーの?下手な語学番組作るより、同じ内容を繰り返し放送してるから余程会話が頭に入ってくるし。構成はヒンディー語を話す中年美人のインド人女性と、英語で間の手を入れる女性で番組は進みます。
そしてビフォー&アフターな画像が流れる訳だ。つまり、アンダーボトムのウエストにタプタプな肉となり果てた腹が乗ってる画像が流れます。そしてスリムギアをつける訳だ。すると、シュっとしたシャープなウエスト周りの美女がポーズを決めてる訳ね。
 
この辺りでインドのテレビ通販と日本のテレビ通販の手法に大差ない事い気付きました。
んで「このスリムギアは長時間つけても大丈夫です。スリムギアはコットン54%スパン23%の素材でイタリア製の織り機で織り上げています。使い貴女の身体を美しく保ちます。スリムギアをつけるとあなたもモテモテに!」
そこへ具体例が流れる訳。

例1)ボチボチ倦怠期に入った夫婦。
ダンナが家でパソコンに向って作業している。そこへ奥さんがお茶を出してもダンナは奥さんに見向きもせず、奥さんは寂しく部屋を出て行く」この画像が白黒画像で流れます。
そこへスリムギアをつけた奥さんの画像が。ここで画像はカラーに戻る。
奥さんが怪しく椅子の上でポーズを決めると、ダンナは真っ赤なバラの花束を差し出ます。奥さんの指をそっととり、指にダイヤの指輪をつけるのです。
~~~~~大笑いっ!いやさ。言いたい事は分かる。露骨だけどとても分かり易い映像です。そして例は続きます。

例2)あるお宅の今でご近所の奥さん達がお茶会をしています。彼女達はみなパンジャブスーツでどことなく沈んだ顔です。(パンジャプスーツとは、去年日本ではやったチュニック丈のブラウスを襟無しにしたようなブラウスと、薄手のだぼっとした長ズボンです)画像の意図はですね、パンジャブスーツというのはウエストラインが外見から分からないわけ。つまりぽっちゃりさん御用達のインドの民族衣装なのだ。ここまで白黒画像です。
そこへスリムギアをつけた奥さん達が大変身してカラー画像で登場します。
奥さんたちはみな煌びやかなサリーを身につけ優雅な笑みを浮かべつつティータイムを楽しんでいます。
ちょっと分かりにくいですか?サリーというのもインドの民族衣装なのですが、サリーはボンキュのキュなウエストラインでないと美しく見えないのです、ぶっちゃけ太った女性にサリーは着こなせないんだな。まあ、サリーにもいろんな気付けバージョンがあって、年配女性向けのサリーの着方やら流行の着方やらで変化はあるのだけどさ。やっぱスタイルのいい女性でないとサリーは美しく見えないようです。
んで、スリムギアをつけるとあなたもサリー美人になれます。と売り込んでる訳だ。
そして番組は続きます。
体験者登場です。
スリムなピチビチジーンズを履いた女性が登場。いかにスリムギアが素晴らしいか語ります。Tシャツをめくりあげスリムな腹を見せる。「ほ~ら、スリムギアをつけるとこんなにお腹がすっきり~」てな具合です。

さて画像はご注文の仕方画面へ。
ご注文は簡単。お電話下さい。24時間7日間いつでも受付中です。
ご注文の品は配送員があなたの家のドアまでお届けします。
価格は1枚たったの1299ルピ(約2500円。はっきりいってインドの金持ちマダム向け商品ですね)
そんで驚いたのがスリムギアのサイズ展開でした。
取扱い商品のサイスは、XXL(ダブルエックスLサイズ)-XXXL(スーパーエックスLサイズ)
おおう
本当にダイエットせなあかん人が多いようで…。
2016年4月5日に左のデジカメ画像を追加しました。
上の画像を解説しますと、2月14日、デリーの世界遺産フマユーン廟で遭遇した空軍の兵士の奥さんの遠足と行きあいました。つまり画像に写っているのは全て既婚女性です。見れば一目瞭然ですね。奥さん達のパンジャビスーツの着用率の高さがねっ。一段上から撮影してるのを差し引いても丸い人がねっ。結婚すると運動不足になるというのが納得出来る体型の方々がちらほらほらほらと!ああ、どう言い繕ってもアカンわ~。

なんつーの?
女性の美意識を直撃する作り方なのね。つーか、日本やアメリカの通販番組と見せ方や売り方に大差ないあたりが…、
更に番組は購買意欲を刺激する言葉を流します。
スリムギアは既に100万枚の販売実績が!
注文はもうすぐ締切ます(カウントダウンが画面に出る)←24時間注文受付やなかったんかいっ!
そして20-30分同じスリムギアのテレビ通販を見続けてましたら、番組が終了~みたいに切り替わりまして次は違う商品かしら?と見てたらまたスリムギアのテレビ通販が始まったのですよ。
え?どゆこと??
しばらく考えた。そしてもしかしたら?と思い当たった。
これ、ヒンドゥー語をマラウィー語にアテレコ放送しとんじゃないの~?
どういう事か?
インドは多言語国家なのです。国内にヒンドゥ~語以外にタミル語・マラウィー語・ベンガル語・ヴァラナシ語・ラジャスタン語。他多数。確か全部で20以上あったハズ。なんかお札に印刷してあるだけ言葉の数がある訳ね。だから同じ映像を英語部分だけ同じにして使い回してるんじゃないかな?その証拠に通販番組画面に出てる言語は英語表記なんだもの。
う~む。例え話す言語は違えども、女性の悩みは同じって事か??これさ。平和だよね。なんつーの?テレビ通販番組で他言語習得出来るんじゃなかろうか?
いや~~。まさかの思考展開となったテレビ通販番組でした。

別の日のテレビ通販商品は、強力な害虫退治の品でした。

「この商品を設置するだけで、あなたの家にゴキブリ・ヤモリ・カ・ゲジゲジ・アリ・ネズミを寄せ付けません。これらはこの商品を設置するだけで逃げたします」
 
とやってる訳です。そしてゴキブリの集団画像(ギャ~~)が流れ、いかにゴキブリがダメなのかニュース画像が流れます。

ネズミの画像が流れ(………)、いかにネズミが恐ろしい菌を持ってるのか?恐ろしい病気を仲介してるのか新聞と画像が流れます。
~~~~、ネズミは神様の乗り紋だからインド人は大事にしてるハズなんじゃ…。
それはそれ、これはこれのケースバイケースって事ですかね?
インド人はネズミを大切にします。シヴァ神と妃パールヴァティの息子、ガネーシャ神の乗り物だからです。ガネーシャは知恵の神。学問や商売の神で人気の神様です。だからインド人はネズミを捕るネコが嫌いだとか。旅の間にあれこれ動物を見ましたが、ネコはジャ=プールの旧市街の市場を街歩きした時の1回だけしか見ませんでした。今日本では一番多く飼われているペットは猫だそうで。所変わればっていう奴ですかね?

そういえば、更に別の日に、今度は男性にも女性にも大人気のダイエット腹巻きのテレビ通販をやってました。もうね。もうね~~~。

(2016年3月20日に携帯電話撮影分の画像をアップしました。携帯電話でテレビ画面を撮影したのですが、ピンボケ画像を量産してしまいました。見にくい画像ですみません)
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インドの男が思う美女とは?

2016年02月25日 09時31分32秒 | インド旅行記
昨夜は熱が38度超えて9時前にはもうダウンしました。ところが深夜の2時半には目が冴えてしまった~。
自分の残念さ加減が…辛い。
ンな事はどうでもいい!今日の1つめの記事は軽い話題で。ズパリインドの男性から見た美女とは?です。
日中は観光巡りしつつ合間にメモを取ってるのですが、バスの中で書いたメモは自分の字でありながら、判読が難しい。というのも、インドの道ってガタガタなのですよ。車中でとったメモは夜ホテルで清書するようにしてました。旅の最初のうちだけ。それがある時なにげにテレビをつけた時から、清書している場合でない!とテレビ番組に釘付けになっていまいました。インド映画恐るべし!言葉は何を行ってるかちっとも分からないのに、面白いんだね。んで、見てて気付いたんだが、テレビに出てる女性の傾向が似てるのだ。そりゃあ、日本やアメリカのドラマなんかとは比較にならない位見た目が似通ってるの。これはもしかせんでも、インド人からみた一般的な美女のひな形なのでは?と思いまして、翌日質問しました。回答者はカシミール州出身、現デリー在住20年というツアーガイドさんです。では一問一答を再現しましょう。
私「インドの男性が美人に思うのは黒髪・茶髪・金髪の3択ならどれ?」
ガイドさん「黒髪です」
私「インドの男性が美人に思うのは長髪・中ぐらいの長さの髪・ショートカットの3択ならどれ?」
ガイドさん「長髪です」
私「インドの男性が美人に思うのはストレートヘア・ウェービィヘアの2択ならどっち?」
ガイドさん「ストレートヘアです。ウェービーヘアが多いのはインドの南部の女性です」
私「美人に思う女性の体型についての質問です。ボンキュバン・ボンキュスラリ・ペチャキュスラリさて、好みの体型は?」
ガイドさん「ボンキュスラリです」

ちなみにボンキュは日本人にしか分からないかと思い以上の質問は全て図解して選んでもらいました。旅先でインドのおじさんの日本のオバさんが何を聞いてるんでしょうか?これだけ聞くのはさすがにアカンのでこの時は他にもお題を2つで3つ目にこれを聞きました。
ガイドさん「インドの独身女性はほとんどボンキュスラリです。でも結婚したら仕事を止めて家庭に入ります。大概太ります。結婚したらみなボンズトンババンになる」
おおう…。世知辛いのう~。
そういえば、インド映画で日本でも人気が出た女優さんも、既に結婚して女優を引退したそうです。ってか、女優は結婚したら基本引退するのが普通なんだってさ。そして家庭に入った女性は運動不足に陥り、大概太るそうな。テレビ番組にはダイエット関連商品で一杯です。
どうしょっかな~。このままテレビ通販番組の話題を続けてもいいのですが、テレビ通販番組があまりに笑えたので別記事立てしましょうか?
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ムンバイ・コルカタ・ヴァラナシの謎

2016年02月24日 16時23分25秒 | インド旅行記
そこそこ年をとった日本人にとって、遥か彼方の学生時代に呪文のごとく丸暗記したのに、今更国名が変わったり、市町村合併で市の名前が新しくなるのはちょっぴりムッカリすることです。
そこで本日2本目の記事はムンバイ・コルカタ・ヴァラナシというインドの地名の謎について書きますね。
いやね。もうちょっと頭を使って記事を書きたいとは思うんですが、遂に熱が上がってきたようです。身体のふしぶしも痛いからと熱を測ったら、37、6度ですわ。いや~~~。平熱高めなんですが、久々にやっちまったようです。
現在かつて私達が覚えたボンベイムンバイ
カルカッタコルカタ
ベナレスヴァラナシ
と呼称が変わりました。
それっていつからどうして誰が変えたのか?疑問に思い質問しました所、思いがけない答えが帰って来ました。
私達インド人は昔も今もムンバイ・コルカタ・ヴァラナシと読んでいます。ボンベイ・カルカッタ・ベナレスと呼んだのは英国人です。
うわ~~。まさかのここで植民地時代の名残りが犯人だったとは!
そういえば、学生時代にセポイの反乱だとかあれこれ詰め込み記憶した記憶が…。確か、英国人は最初カルカッタのあるベンガルからインドに入ったんだよね。その時代のインドの首都はカルカッタでした。んで南インドにオランダとかポルトガルとかもやって来たんだった。
私「ならさガンジス川はどうしてガンガーって言うの?」と軽い気持ちで尋ねると。
ガイドさん「ガンジス川と呼ぶのは日本人だけです。私達は今も昔もガンガーと呼びます」だって。
そうだったのか~。聞けば納得の簡単なお題でしたが、聞かなかったら正解出来そうになかったな。
って事で本日のブログ更新はこれにて終了。明日は風邪の体調次第の更新となる予感が。鼻水はともかく頭はしゃっきりしてて欲しいです。
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神様の牛なのですが…

2016年02月24日 14時53分57秒 | インド旅行記
あ~、熱出た~。お風呂上がりリビングで寝込んでたのが敗因ですね。
今日は朝一から東芝林間病院の口腔外科へ行ってきました。初診なのもあり帰宅したらもうお昼です。そんで昨夜から葛根湯の内服液飲んでます。ここで踏みとどまって欲しいわ~。そんでそのまま今度はちゃんとお布団の中で寝落ちしてました。あんまりお腹がすいてさっき起きた。
ってな事で本日のブログ1本目です。熱に浮かされてこのままネタを忘れてしまいそう~なので、根性で書いてます。

さて今回の記事のテーマはインドの牛です。
もうね。不思議の国インドを練固めたようなネタの宝庫でした。
まず、牛がなぜに神様なのか?そこから行きます。
そもそもはインドで一番信徒が多いヒンドゥー教に由来します。インドだけで8億人以上がヒンドゥー教を信仰しています。神様の数は3億3千万ともいわれ、多神教宗教なので、やおろずの神々を身近に信仰してる日本人には受け入れ安い一面です。数の多いヒンドゥーの神々の中にあり、三大神というのがあり、人気の神様がいます。創造神ブラフマー・維持神ヴィシュヌ・破壊神シヴァの三人。中でも一番人気がシヴァです。破壊神と恐ろしげな名前がついてますが、シヴァが破壊するのは悪いモノだけ。シヴァは第三の眼を持ち、三又の槍、虎の腰巻きが目印なので、見たらわかる!そしてシヴァの乗り物こそ牡牛のナンディーです。シヴァを祀るお寺には牛の彫刻が必ずあります。ナンディはシヴァが大好きで、いつもシヴァの峰へ顔を向けていたとか?
なので、ヒンドゥー教徒は牛を大切にするのね。牛肉は決して食べない。けど牛乳は飲む。ってか牛乳なしにやっていけない。
あ!そういえば…。牛を食べない国なので、マクドナルドは今一人気がないんだって!(あるけどな)その辺興味深かったので、デリー空港からヴァラナシへの飛行機のボーデング待ちに、見つけたマクドナルドへ入ってみました。確か画像も撮影したハズ。後ほど画像貼付けします。
注文したのはマサラバーガーで1個95ルピ(約200円)でした。注文してからダンナに無理から食べてもらった所によりますと「辛かった~」との感想が。ま。な。そもそも『マサラ』ってのを英語に直すとスパイスだからね。
さて。牛です。
デリーといえば、現在インドの首都です。かつてはデリー市内にも多くの野良牛がいたそうですが、今はだいぶん減ったとか。というのも、野良牛を捕まえて警察(いや、役場だったか?)に持って行くと1頭2000円もらえるそうで、急激に減ってるんだってさ。後日別記事立てする『渋滞』に関連して現在首都から牛が姿を消しつつあります。
なら牛ってどこにいるの?
デリーから2つめの訪問地はラジャスタン州のジャイプールでした。移動はバスで高速道路をかっ飛ばします。しかしですね。インドの高速道路は日本の高速道路とは違います。特別道が高架になってる訳でなく、高速道路の道沿いにホテルもドライブインも公衆トイレもあります。場所によっては高速道路が町道となっていて、自由に合流する道があり、人が横断してたりーーです。そして突然バスが減速した!
何が起こったんや~~~。
見れば、牛でした。高速道路の上り線と下り線の中央の分離地に牛が座り込んでました。
 
そんなんあり~??
車は牛を驚かさないように、恐る恐る牛の脇を低速で抜けていきます。
もうね。ドライバーは必死なのですよ。なぜって、牛と事故って牛を死亡させたら弁償せねばならんのです。

ってな事で、疑問に思った私は後日質問しました。だってさ、もしドライバーさんの月給が10万円だったとして、牛の賠償金が1万円だったらお父さんのおこずかいは減るだろうけど、たいして大変じゃないんじゃないの~??と思いまして…。
インドでは働く動物達を何種類か目撃しました。その時に聞いた話では、大雑把にいって、街中をうろつく野良牛(オス)は1万円位。乳牛は6万円位(ちなみに牛乳の販売価格は1リットル=80円位)。そして私達のバスのドライバーさんの月給が1万円位。
うひゃああああ~~~~!!
そりゃあ減速して走る訳で、万が一にも牛と事故ったり出来ません。ガイドさんいわく「牛を死なせたら、人間死なすよりお金がかかる」だって。
でもさ。でもさ。疑問は続いた訳。もし罰金が払えなかったらどうなるの?ちなみに罰金金額はどうやって決めてるの?
私「質問です。牛と事故って牛が死んでしまいました。罰金はいくらですか?」
ガイドさん「金額は牛の種類によって変わります」
私「…詳しく」
ガイドさん「ミルクを多く出す牛は高い。出さない牛は安い」
私「それってメス牛だよね?オスの場合は?」
ガイドさん「よく働く牛は高い」
私「そのさ。飼い主は高い罰金をとりたいから高くいいますよね。でもドライバーさんは罰金が安ければ安い程いい訳で。ーー自己申告だともめませんか?」
ガイドさん「仲裁はまわりがする。牛の価値は近所の人がよく知ってるから」
私「更に突っ込ませてください。もちろん話せなければ言わなくともかまいません。ドライバーさんが罰金を持ってなかったらどうなりますか?」
ガイドさん「ドライバーはまず自分の社長に電話する。そして罰金をたてかえてもらう」
私「社長が罰金を払ってくれなかったら?」
ガイドさん「その時は働いて返します」
え~と??どれくらい長く拘束されるんだろうね。そりゃあドライバーはなんとしても牛と事故りたくないわな。ってな事で、高速道路でいきなり減速するのは許した!
ちなみに、昨日の記事でも書きましたが、私達のバスのドライバーさんの給料は1万円/月なので、野良牛を事故死させただけで一月の稼ぎが吹っ飛ぶ計算に…。

画像はジャイプールの旧市街の道路の真ん中にいた牛です。運転手さんは牛が道路にいるのは日常の風景でしょうが、観光客にはとっても不思議な風景です。もちろん車が減速して走ってました。


ジャイプールからアグラへ移動の高速道路の車窓で、何やら丸いフィスビーみたいなのを並べてあるのを見つけました。

フィスビーは暗い黄土色をしてて両手を広げたような大きさで、大概近くに牛がいる環境で並んでいます。
アレは何?
ってな事で聞いてみた。
私「ガイドさ~ん。車窓に一杯並んでる丸いのは何ですか~?」
ガイドさん「燃料です」
私「どゆこと??」
ガイドさん「煮炊きする時に使う火種です。牛の糞はよく燃えるんです」
私「………」
ガイドさん「もちろん皆さんの食べるものを調理する時には使いませんよ」
あ。良かった~。にしても…、牛、どこまでも使い回すのね。

上の画像はヴァラナシの街で見かけた牛のフンの燃料です。こんな形で各家庭に売られて行く模様です。

インドの人は1日2食(昼ご飯と夕ご飯)のみで、朝は牛乳かラッシーを飲むだけだそうで。
昨日の記事でヒンドゥー教徒は同じカーストの触ったものしか食べないという記述があります。ならさ、牛の乳ってどういう人が搾ってるの??
聞いてみた。
私「牛乳って誰が搾ってるの?」
ガイドさん「ほとんどカーストの1位の僧侶が搾ってます」
うをっ!!まさかのカースト1位の登場です。

私「牛について再確認させて下さい。何度も場面を変えて出て来るので混乱してます。
1)シヴァ神の乗るナンディーの性別は?」
ガイドさん「オスです」

私「煮炊きの燃料に使うフンまんじゅうに使う牛の性別は?」
ガイドさん「オスです」
私「ヒンドゥー教徒が寺を清める時に使う牛のフン。その性別は?」*ヒンドゥー教徒は床を牛のフンで清めその上に神様の像を安置する
ガイドさん「オスです」

あれ??全部オスじゃん!

さて。旅は進み最後に立ち寄ったのは、ヒンドゥー教徒の聖地、ヴァラナシのガンガー(ベナレスのガンジス川)です。
ヴァラナシの街中は道幅が狭く、自動車が走れる道は少なく、オートリキシャ(トゥクトゥク)が多く走っています。ヒンドゥーの聖地でもあり野良牛が街中を普通に闊歩しています。
もっぺん言います。街中です。
こいつら何を食べて生きてるの?そもそも誰かにエサをもらってるのか?
聞きました!(ええかげんにせえ!)とガイドの心の叫びがぼちぼち聞こえてきましたが、ここで聞かなかったら一生謎になるので彼から私は離れません。
私「街中に牛が食べれる草なんかないですよね?どうやって生きてるの?ゴミでも食べてるの?」
ガイドさん「例えば、バナナの皮。みかんの皮をあげます。あげれる人がくだものの皮などをやります。人間の食べた残り物をあげることもあります」
そういえば…。デリーではお店でビニール袋を使う事が禁止になりました。インド人は基本ゴミはその辺にゴミを捨てるのですが、それを野良牛が食べるのです。ビニール袋は消化出来ないので、徐々に地方都市でもビニール袋が使用禁止になっていってるそうですよ。
…たぶん一杯聞いたけど、牛の話題は全部書き出したハズ。でも牛ネタの漏れがあるかもしれないので、後日追加になる可能性があります。

ちなみに、トップ画像はジャイプールの旧市街にある青物市場で撮影しました。
問)この牛は何をしてるのでしょうか?
答)お食事。
街中を闊歩してる牛のエサはどうしてるのか?の答えです。
なんつーの?上の文章では分かりませんが、画像を見たらインパクトあるよね。
せっかくなので、ジャイプールの青物市場にいた牛の画像を更に追加します。





ここまで旧市街の大通り沿いのバザールから青物市場へ向う細い路にいた牛。

ここからが青物市場にいた牛。





ゴミの間に見える緑の葉は、おそらく青物市場で廃棄された元野菜。牛のエサになり生ゴミが有効活用されてます。

捨てられた生ゴミだけでは足りないので、捨てられた紙ゴミも牛のエサになります。
ちなみに、ゴミを食べてますが、牛は神様なのです…。日本人から見ればどの辺に線引きがあるのか理解出来ません。

お店の売り物を食べる牛。牛は神様なので怒らない。

牛が食べてる黄色いものは、キンセンカの花。売り物にならない花や花輪はゴミ捨て場に捨てられます。それを牛が食べます。

青物市場の地面にはゴミが大量にありますが、インドではゴミはどこに捨ててもいいそうで、これが普通なんだとか。ゴミが牛のエサになって有効活用されてるのはいい事ですが、見た目がダメだと思います。衛生的にはどうなんだろうなあ~??まあ、ラジャスタンではこの時期雨はほとんど降らないそうなので、地面にゴミが散乱してても濡れてぐちょぐちょだとか、悪臭を放つという事態にはならないようですが。
(2016.3.16牛の画像を17点追加しました) 
2016.3.19に携帯電話で撮影した残りの画像が読み込めたので、牛のフンの燃料の画像を2点追加しました。
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物乞い問題

2016年02月23日 13時40分13秒 | インド旅行記
本日3本目の記事です。毎日私のブログをチェックして下さってる心優しい方、ありがとうございます。そして注意して下さい。
まだ業者が来ないので記事書き続けます。3時までには終わるハズなんですがね。
さて、インド旅行記と銘打ちながら、まるでインドレポートの様相になってきたブログ記事ですが、ネタがホットなうちに忘れないように取りあえず覚えてる限りはこのまま続けます。画像がなくてすみません。後回しにさせて下さい。記憶の減退との勝負なんです。
さて、インド経済について問題になってる物乞いについてです。
いいですか?観光客の皆さん、物乞いをやってる人に憐れみをかけてはいけません。観光客がよかれと思って物乞いに施す事はインド経済を衰退させます。具体的に例を上げて説明します。
まずは真面目に働くバスのアシスタントくんの場合
私達のツアーがインドのデリーに到着したのは2月13日(土曜日)の夜でした。夜7時20分にバスは出発その日は空港近郊のグルガオンのビジネスホテル泊。
翌2月14日(日曜)はバスはデリー観光後ランチを終えて西のジャイプールまでロングドライブ。この辺りでバスの窓や車内が綺麗に掃除されてるのに気付きまして、聞けばバスのアシスタント君が朝4時起きで2時間かけてバスと清掃してる。つまり日曜日も働いてる訳だね。
あ、ちなみにアシスタント君は17才。運転手さんが先生でやがてよいバスの運転手になるべく修行中です。バスの運転手とアシスタント君は二人セットで先生と生徒の関係で仕事を教えられ覚えていくのです。
2月15日(月曜)ジャイプール滞在。しかし観光地へバスは観光客を運びます。今回の旅はジャイプールの旧市街にある風の宮殿・シティパレス・ジャンダル=マンダルの3つの名所は500平方メートル圏内に集中してましたが、移動はバスでした。観光客の観光は午後も続きます。
ところでインドは停電が毎日のように発生します。停電すると信号も消えるので警察官が手信号で車をさばきます。となると渋滞発生です。アシスタントくんは状況に応じてバスから飛び出していきます。時には渋滞にはまって動かなかったバスが突然走り出したら、全力で追いかけたりしてました。大変です。この日は山の上の城砦から街に落ちる夕暮れを眺めるというのもありました。
あ!書き忘れてましたが、インドの高速道路には街灯がありません。街中にもありません。基本夜は真っ暗です。そして法律により日中は街の中にトラックが入るのを禁止してるので、夜の高速道路は荷物を満載するトラックが主役です。でも牛が高速道路にもいるのがインドです。
そして観光客がホテルに戻った後。ってか早朝にバスのアシスタントくんは2時間かけてバスを洗うのです。
2月16日(火曜日)この日は朝8時半バスは出発。ジャイプールからアグラげロングドライブです。午後ファーテクシプリというアグラから南へ30キロの遺跡を観光。その後アグラの街へ向います。途中、いつ来るか謎の汽車を待ち遮断機が降りたり。アグラの街のホコリと汚さに驚くのは観光客くらいで、これがインドの普通のようで。そして今夜もアシスタント君はバスを洗います。夜のうちにやらねばならんのです。なぜって客が

関東電気保安教会が来た!あっちゅー間に終わったけど、時は既に午後2時を過ぎてる。もう今日はこのままブログ書きしますわ。
続けます。
2月17日(水曜日)朝6時半ロビー集合、観光客がタージマハルと朝日の鑑賞に出かけるのだ!1日観光客はタージマハルとアグラ城観光をして、夕刻小さなレストランの屋上で街中からタージマハルを眺めつつティータイム。日が落ちてのホテル到着です。そしてアシスタント君のバス磨きはこれから始まる…。なぜって翌朝は出発が早いのだ。
2月18日(木曜日)朝5時半真っ暗な中アグラのホテル出発です。アグラからデリーへはインドで一番の高速道路は通っていて(高速道路の通行料が、他の高速道路の3倍する)途中までは順調でした。夜明けが朝の6時15分頃。明るくなって雨が降っているのに気付きます。

せっかく2時間かけてみがいたバスが、汚れていきます。実はデリーは現在北京より大気汚染が酷い都市で名をはせてましてね。汚れた空気中のあれこれも、街路樹や街にこびりついてる汚れも雨と共に落ちてくるんですよ。
そして、デリー名物の大渋滞にハマル…。快適な高速道路を抜けた途端、ビタっと止まってしまいました。
デリーの街の車窓。汚れた街の埃が雨と共にバスの窓を汚す。
道路の少し先で、別の道から合流してまして、どっちも渋滞してるから殆ど動けません。更に法律でバスは左端のレーンしか走ってはいけない決まりがあり、でもって左端なので二輪車も同じレーンな訳。運転手さんのイライラは募ります。なぜって、観光客をこの後13時30分発の飛行機に乗せねばなりません。時間はあるようでないのがインドのチェックイン作業です。これが…。時間がかかるかかる。
そして10時30分、バスは無事に空港に到着です。ここでデリーから6日間乗り続けたバスとはお別れです。アシスタント君のバス洗いも一先ず終了です。
アシスタントくんは旅の添乗員の無茶ぶりで、インド国歌を心よく歌ってくれました。「17才の若者の間で今流行ってるものは?」との質問には答えようがなかったようで沈黙してました。
さて、このバスの真面目なアシスタント君の一月の給料はいくらでしょうか?
聞いちゃいました!
実はね、今ここで写真撮っておかないと、後々旅の漫画を描く時に困るだろうと思い、アグラからデリーへの移動の途中に立ち寄ったドライブインで写真を撮らせてもらったのね。その時にバスの運転手とアシスタントくんと私達の旅のガイドさんがチャイ休憩してました。そこへ私がふらふらと近寄っていった訳。んで、やらかしてしまった~。アシスタント君のぶんだったチャイを私が横取りしてしまったのだ。もちろんすすめられても一旦は断ったんだよ?でおまあなりゆきでチャイをもらっちゃったのだ。しかし、さすがに気がひけて何か持ってないか?とさぐったらキシリトールの飴とキャンディーが出てきた。それをアシスタント君に渡したら、すかさずバスの運転手から指導が入り「お客さんに何かいただいたらお礼をいいなさい」と云われ、アシスタントくんに丁寧なお礼を言われてしまい恐縮しちゃいました。
しかし…。キシリトール飴。しかもジンジャー&シトラス味。ないわ~。バスが走り出し、他に何かないか?さぐったら、小分けのキットカットが2袋でてきた。後はお別れの時にバスの運転手とアシスタント君に「ありがとう」と「さようなら」をヒンディー語で言えたら完璧ね。
ま、始めて使うヒンディー語はかんでしまったのですが、おおむね心は伝わったと思っておきましょう。
さて、アシスタントくんと運転手さんはバス会社に雇われていて、毎月の給料が出てます。
教導役のバスの運転手の一月の給料が凡そ1万円。
勉強中の生徒役のアシスタントくんの一月の給料はなんと驚きの安さの凡そ2000円ぽっち
でした。
こんなに真面目に一生懸命なのに、2000円ですよ。2000円。今回の旅では日曜日も働いた彼らですが、まあ一週間に1日は休みがあると仮定して、2000÷25日=1日あたりの給料は80円ぽっち。インドルピーに換算すると40ルピーです。
な、ないわぁ~~。
参考までに、大統領の給料30万円/月 首相の給料22万円/月 だそうですよ。
さて、ここでこのブログ記事のお題「物乞い問題」についてです。インドには数多くの世界遺産があり、それこそ世界中から観光客がやってきます。観光客が集まる観光地には物乞い達が待ち構えてるのです。そんな彼らは職業物乞い。つまりプロな訳です。例えば女性の場合、汚いサリーを来て見た目も垢染みて汚した上でその辺のうちから赤ん坊を調達します。片手には空っぽの哺乳瓶を持つのも忘れません。レンタル赤ん坊(もちろん有料で物乞いの稼ぎが増えるように有料で赤ん坊を借りている)または本当に自分の子がいる場合、赤ん坊にもお金をくれというポースを仕込む。この場合、赤ん坊はヴァラナシ語をしやべるより先に『マニ』と覚えさせられるのです。
最初にレンタル赤ん坊の話を聞いた時はさすがに嘘だろうと思いましたが、見ました!ヴァラナシの朝、ガンジス川の夜明けを見に行く途中で何人も聞いてた通りの赤ん坊連れの女性が何人も待っていたのです。恐ろしい事に涙を流す演技つきで。
うわ~~~。たまらんなぁ~。
それでも観光客は彼らに何も上げては行けません。
例えば観光客が持つインドのお金の最小単位はおそらく10ルピー札(およそ20円)です。一人が彼女に施しをしたらば、それだけでバスのアシスタント君の一日の給料の1/4になるんですよ。
いいですか?もっぺん書きますよ。職業物乞いの女はプロなのです。汚いサリーは物乞いの衣装です。哀れな表情も演技です。観光客からいくら金をむしるかしか考えてない最低人間なんですよ。ちょっとの時間哀れさをアピールするだけでぼろ儲け出来るなら、真面目に仕事を続けようと思うでしょうか?そしてインドには物乞いが蔓延してるのです。この状況を作り出している犯人は物乞いに施しを与えていい気分になってる観光客のアナタです。
女性がとる手段も姑息で気がめいりますが、男性の物乞いも大概です。
私が目撃したショボい10本パックのボールペンの土産物売りの男性は、レストランの前の駐車場で入る時に「10本で1000円(凡そ500ルピー)」という暴利をいいながら、哀れをよそおい松葉杖をついてました。でも食事を終えてバスに戻る時には同じく「10本で1000円」といつつも普通に歩いてました。松葉杖どこへやった?もしかして松葉杖は時間決めでレンタルしていたのか?もうなんでもアリじゃん1こういう物乞いと紙一重の土産物売りも相手にしてはいけません。
更にエスカレートすると、その足ど~みても物乞いする為にわざと切断したよね?そこまでやる??と呆れるばかりです。もしかしたら断肢したのは物乞い親方かもしれませんが、どっちにしても酷いものです。それを見せつけられる観光客は勘弁してくれ!となりますが、発展途上の国にはままあることです。私達観光客が彼らに出来る事は物乞いにお金を与えないことです。金にならないならちゃんとした職業につくほかないですからね。赤ちゃんの頃から物乞いさせられてたら、大きくなっても物乞いになるものな。まず国から物乞いを駆逐すること。国としても物乞い撲滅を目指してます。観光客は旅の始めにまずバスの中で物乞いを無視するようにレクチャーを受けます。

ちなみに、旅のガイドさんが日本を旅した時のお話も聞きました。ええ。聞いちゃいました。だって、インド人から見た始めての日本旅行って興味あったんだもの。
彼は旅したのは4年前の5月23日に一人で日本を旅しました。
私「どこへ行きましたか?」
ガイドさん「奈良・京都・大阪・姫路・埼玉の大宮・東京・蕨市・五反田(五反田にはガイドさんの会社の社長が住んでるから)へ行きました」
私「日本の印象は?」
ガイドさん「東京はビルが大きい。街がきれい。電車の中もきれい。でも静かです。物価が高い」
私「他には?」
ガイドさん「ごはんが美味しかった!でもうっかり牛を食べてしまいました。牛美味しかったです。帰国してからガンガーに入ってお祈りしました。牛を食べた事はインドでは内緒にしてます」
私「他には?」
ガイドさん「日本の乞食が綺麗で驚きました。綺麗な服を着てたね」
私「日本で乞食?え??どこで見ましたか?」
ガイドさん「大阪の塔の駅で」
私「通天閣ですね。あそこは西成のドヤ街が近いから…」
そういえば、ガイドさんのお友達が日本で刑務所に入った話も興味深かったな。
ガイドさんのお友達は、日本で交通事故を起こして収監されたそうです。
ガイドさん「日本の牢屋は冷暖房完備。美味しいご飯もでる。服も綺麗。とても快適だった!話を聞いて私はとても驚きました」
う~む。2月なのに30度超えてるインド人からしたら、冷暖房完備は信じられないでしょうね。
インドの5月は50度超えの日々。そして電気の使い過ぎで連日の停電。なので5月は学校が休みになるんだってさ。
次はそうだね。停電の話をいってみよーか?
今日のトップ画像は私達の旅の観光バスです。画面中央右手で頭に黒いターバンを巻いている男性がバスの運転手さん。バスの側、左手にいる少年がアシスタントくん。
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ヒンズー語じゃないじゃん!

2016年02月23日 10時44分31秒 | インド旅行記
本日2本目の記事です。日々私のブログトップだけチェックして更新を確かめてる方はご注意下さい。
今日はマンション設備点検業者が来るまで部屋から出られないので、書けるだけ記事を投稿します。一昨日の日曜日に帰国したのに早くもネタをどんどん忘れてってるの。サルベージしないと~~~。

インド旅行を決めた後、いつものごとく図書館から旅の指差しシリーズより【ヒンズー語】というのを借りて来ました。ここでなぜにインド語でない?のかちょっとは疑問に思うべきだったんですよ。
今回の私の旅先は、いわゆる北インドのゴールデントライアングル。デリー・アグラ・ジャイプールに聖地ベナレスを訪問するというものでした。世界遺産も7つ巡るインド初訪問者向けの旅です。
しかしですね。彼らの使ってる言葉はヒンズー語だけではなかったんですわ。
首都デリーはヒンディ語
ジャイプールはラジャスタン語。
アグラはヒンディ語。
ヴァラナシはヴァラナシ語
です。
しかしヒンディ語は一応公用語なのでヒンディ語の旅の指差しシリーズも間違いではありません。指差しシリーズは日本語の下にヒンディー語その下にヒンディー語のカタカナでふりがながついてます。指差しながらのスーパーの買物では欲しいものが短時間でゲット出来てお役立ちでした。
ですが外国人観光客が訪れる場所、すなわち観光地。レストラン、土産屋、ホテル。空港などでは全て英語を話せるインド人ばっかりでした。まあ、インド英語なのでなまりはありましたが、そんなんジャパニーズ英語を片言でしゃべる私と大差なく…。なので有名な観光地しかめぐらないツアー客ならば、馴染みの全くない、イントネーションも分からないヒンズー語をしゃべるより、英語に統一して会話する方が気楽です。もっとも現地に飛び込んで現地人と街中でコミュニュケーションしたい人は別ですが。こちとらまだ女の子やってるのでね。ガイドさんらに危ないからくれぐれも勝手に街をうろつくな!と釘を刺されてしまいました。しかも何回も!ちっ!!ぶらり街歩き計画がおジャンじゃ~~っ!!
「でも○○が欲しいんですよね」とか「ダンナの会社の人にばらまき用にインドのスナック菓子を土産に買いたい~。コショウも買うんじゃあ~~。紅茶だって本場の茶葉買う~~。ア○○キ○って店で布を買いたい~~」と欲望に任せて主張しまくりましたらば、あ~ら不思議。今回の旅は客が19名。うち女性が13名もいたので、私の物欲に巻き込まれたのか、皆さん次々に賛同されまして、あらかたバスでまわり欲しいものが手に入りました!ラッキーです。
ガイドさんには何度も熱く主張しとくものだとつくづく思いました。まあおかげさまで散財しましたが。 インドの民族衣装のサリーだってオーダー買いしちゃいましたし。目的の品をあらかたゲットしたので悔い無し!です。
あ。忘れる所だった!
日本人が多く訪れたいムンバイやエローラの石窟・アジャンダの石窟のある地域の言葉はマラティー語といいまして、また違う言葉です。しかもムンバイの政治家が無茶な人でして、インドの大統領にさえムンバイに来たら現地のマラティー語をしゃべらせるとか。もうね。呆れるよね。なので突っ込んで聞いてみた「それって政党の力が強いから無茶を言うの?それともお金?」と尋ねたれば「お金です」だそうで。
けっ!金を持ってると無茶も通るのね。
ちなみに、これらの言葉の違いですがね。どの程度違うのか疑問に思いまして…。
私「例えば日本にも方言があって関西弁と江戸弁では話し方が違うけど何を言ってるかはわかる。その点ヒンドゥ語とマラティー語は相互理解はどうなの?」
ガイドさん「全く違います。互いの言葉を理解出来ません」
だって。
私「じゃあ、書き文字は?互いの言葉で書いた文字は理解出来るの?」
ガイドさん「全く理解出来ません」
だって。
じゃあどないしてるのか?と言えば…。例えばトイレです。まず上にアルファベットでTOILETと書いてその下にヒンディ語で書いてあるのだ。更に近くにはアルファベットでtoiletと書いてマラウィー語でトイレと書いてあったりTOILETの下にインドで使っている2つの言葉を表記してあったりするのです。まあ外国人は現地語はどっちにしても単なる記号に見えるんですが。
前の記事にも関連するのですが、公共の学校では英語は教えてません。有料の学校でしか英語は学べないのだね。確か学校のあれこれやどんな人が先生になれるか?その場合の給料についても質問したハズなんだが…。どこに書き留めたのか?解読はしてあるのか??
いやね。バスの中でガイドさんが話してくれるのを必死に書くんですが、インドの道が悪過ぎる~~。もうね。自分の字が解読出来ないんでやんの。それでも旅の最初のまだ元気なうちは昼聞いた事を夜に必死になって机に向って清書していたのですが、ある時tvをつけたら、あまりにインドのテレビ番組が面白くてそれどころでなくなってしまい…。今ブログ記事にしようとして反省してます。自分の書いた字が解読出来ない…。辛い…。
あ。ちなみに、インドには地方地方にそれぞれ別の言葉があり、インドサファリやコルカタ(日本人にはカルカッタで馴染みの都市)あたりはベンガル語。南のコモリン岬が派手派手寺院や香辛料の産地あたりはタミル語。他にも言語は入り乱れてます。さすがにヤバイと思った政治家がかつてヒンドゥー語に統一しようとしましたが失敗しました。みんな自分達の言葉に誇りを持っているからだとか。まあ、それでも最近は学校教育でヒンドゥ語を使うようにしてるとか。まずは子供の教育からって事ですかね?頑張って欲しいものです。
ちなみに私達のツアーのスルーガイドさんは、カシミール地方出身です。20代にデリーに出て来て働きなばら、本を読んで日本語を勉強し旅行会社に就職したそうで。スルーガイドなので、南インドもガイドしてますが、彼は現地語はしゃべれない。その場合現地ガイドさんがつく。つまりヒンドゥー語のスルーガイドが分からない場所や聞きたい事を現地ガイドとヒンドゥー語でしゃべり、それを日本語に変えて日本語でガイドしてくれるんですよ。
そういえば…。今回の訪問地のジャイプールでもヴァラナシでも現地ガイドさんがついてたわ。今思い出した! ガイドさん曰く、「店に掲げられてる看板も現地語で書いてあるから私は読めない。理解出来ない」だって。ふ、不思議の国インド~~。

インドといえば世界一有名な映画ですね。あれは大半ムンバイで制作されてます。そして北インド向けの恋愛映画は基本ヒンディ語で作り、南インド向けの冒険や戦いもある映画は…え~と?タミル語だっけか?うろ覚え。どこかにメモしたハズが、(後で調べて間違ってたら訂正します。今は覚えてる間に先に文章にしときたいので)
さて、またまた疑問に思った私は質問した訳だ「ヒンディー語の映画を南の人が見たいと思ったらどうするの?アテレコするの?」と尋ねたらば「そうです。でもヒンディの恋愛映画は南の人はあまり見たいと思いません」だって。
ちなみにテレビをつけると、画面の下にヒンディー語PM2:00-PM5:00改行してタミル語PM5:00-PM8:00とか最初の数秒間表示されてました。う~む。やりくりの仕方が凄いわ~。
ちなみに、ムンバイで作っている映画は別名ボリウッド映画といって、1本あたり3時間半はあるそうです。踊りや歌が入るからね。長くなる訳だ。男も女も踊りまくるあのインド映画ですよ。これがインド人は大好きで、映画館は朝も早よから夜遅くまでやってるそうです。世界標準のハリウッド映画は観覧料が高い割に短い。すぐ終わるから不人気なんだって。
ならば…。と政治家はどないして言葉をやりくりしてるのか?また疑問に思い尋ねたら「ヒンディー語で発表して、地方で現地の言葉に翻訳してます」だって。だから法律などは全国同じものを守ってるそうな…。
ああ、不思議な国インドです。ちょっと疑問に思って聞けば、新たな疑問は2倍3倍産まれるという~~。数日インドをちょろりと旅した位ではまったく訳が分からないよ…。
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なぜ病院でレイプ事件が起こるのか?

2016年02月23日 09時39分14秒 | インド旅行記
本日1本目の記事です。追加で記事たて投稿あります。

インドに旅立つ前に、軽くWEBのインドニュースを見たらば「レイプされた女性が収容された病院で再びレイプ」というのを見つけました。
これを日本の常識で測るととんでもない事件なのですが、インドに行った途端に(そりゃあそういう事件は起り放題だわ)と納得しました。悲惨な事件に一見見えますが、ありふれてるんじゃなかろうか?
というのも、インドでは有料・無料というのがあってですね。病院や学校も治療費・薬代・入院代・救急車利用代、全て無料の公共の病院に制服・昼食・学費無料の学校がある一方で、全部有料の学校や病院もあるのです。無料の公共の病院は大人気で、病院の前に大勢が集ってますし、病院の前には救急車も待機してるし、道の向いには薬局が軒を連ねてます。もちろん病院に通う患者さんは薬局のお薬も無料でもらえるとか。これだけ書くと素晴らしいのですがね。
例えば、病院に入ったものの、治療がいつになるかわからない。そもそも医者の数が足りない。更にはまともな医者だと評価されるには、外国に留学して経験や技術を取得してないとダメ。しかしそういう医者は無料の公共病院にはいない。更には病院の数に対し患者さんが溢れてて、廊下にも患者が寝ている。そして患者はどんどん死んでいく。ベッドが空いたら即埋まる。そんな有様でどうしてレイプ事件が起こらないといえるのか?
更にはこれはまた別に記事立てしたいと思いますが、インドと言えばカースト制度です。
世界史や地理の勉強で出てきたかもしれませんが、カースト制度は気が遠くなる程長く続いていて、これがインドの成長を阻害してるのです。カーストに問題があるのは分かる人は分かっていても、そうそう問題に手をつけられません。何しろ世界的にはインドで一番有名な人だろうあのガンジーさんでさえカースト制度改革に失敗してるのですよ。(ガンジーさんのかーストは上から2つめのクシャトリアだったハズ。金持ちの家の子で、弁護士になるべくロンドン留学経験あり。その後南アフリカ長い事弁護士をやっていたが、南アフリカの人種差別が酷くなりインドに戻る。帰国後はインドの英国からの植民地支配からの独立に尽力。最後はイスラムとインズーの対立が厳しくなる最中ヒンズー教徒の過激派に暗殺される)ちなみにカースト制度はインドのヒンズー教徒のみにある制度です。ヒンズー教徒の割合はインドの総人口の82%を占めてまして、まあ私達外国から見るとカースト制度=インドの人というように映る訳ですね。
さて、ヒンズー教徒は基本同じカースト同士でしか婚姻しませんし、同じ村には同じカースト所属の人しか暮らしてません。更にはつける職業もカーストに縛られてます。そして外国の人がどう不思議に思おうがカーストの移動は絶対に出来ません。
恋愛は自由だ?
あり得ません。例えば結婚式の当日に花嫁花婿が互いの顔を見るってのは珍しくないそうですよ。日本にも見合いババアがかつては大勢いて、あちらの家とこちらの家の格が釣り合ってるからお見合いを設定しましょう。って世話をする半ば見合い斡旋職業みたいなのがありましたが、インドも結婚は基本お見合いです。更には占いがモノをいいます。例えば花婿の誕生日の星座と花嫁の誕生日の星座を見て相性とかもすり合わせるというように。
この辺も不思議の国インドだったのですが、今日の記事の主題から逸れるのだまた今度。とりとめもなく書いてるので話の整理がついてませんね。
さて。学校です。これは基本男女共学。カーストに関係なく学んでます。小学校(5年)・中学校(3年)・高校(4年)には基本制服があり、色は青・白が多い。大学(3年)には制服がない。
しかしですね。お昼時にはカーストが顔を出します。ヒンズー教徒は同じカーストの人と食事するのです。交わりません。
ちなみに、ブッダのカーストは王族なので上から2つめのクシャトリヤでした。ブッダがかつて断食修行した時に、スジャータが乳を差し出します。スジャータは4番目のカーストシュードラでした。(ちなみに、現在シュードラが一番多く4割を占めてます。またシュードラによる職業も多い。)さて4番目のカーストにあるスジャータが差し出した乳をブッダがどうしたか?
ブッダはこれを受け取ったんですね。私ら外国人から見るといいお話ね。となるのですが、そこはカーストに生きる国です。当時ブッダには5人の弟子が従っていました。しかし4番目のカーストのスジャータが差し出す乳を、2番目のカーストのブッダが受け取るなどとはあってはならない事でした。5人の弟子は師であるブッダを見限り去っていくのです。ところで、もうすこしこのエピソードを突っ込んで書きますと、当時スジャータは確か嫁として子が産まれない事に悩んでました。菩提樹の樹の下で修行するブッダが彼女には神様に見えたようで、ブッダがカースト2番目のクシャトリヤの人間だと知らずに辛い修行を続けていたブッダに乳を差し上げた。つまり神様へのお供えだったのです。
さてここで問題です。
ブッダが生きていた時代はいつ頃でしょうか?
答え:なんと、紀元前463年から紀元前383年頃とされてます。
そうなのです。つまりカースト制度には2000年を超える歴史がある。のですよ。となると、ヒンズー教徒には互いの顔を見ただけでどのカーストに相手が所属してるか一目瞭然なんだとか…。進化の法則ですか?遺伝って怖いですね。だからカーストの違う相手と間違って交際することはほぼないし、幼い頃から叩き込まれます。そしてカースト上位のヒンズー教徒は自分のカーストにプライドを持っています。金も持ってます。その社会でカースト制度改革なんて無理なんですよ。
ちなみに現在の大統領も副大統領も上から2番目のクシャトリヤ階級所属です。上のカーストの人は同じカーストの料理人が作ったもの、同じカーストの給仕がサーブしたものしか食べません。だからホテルやレストランに勤められるのはカースト上位の人であり、下のカーストだと就職以前の問題になるのです。ちなみに私達のガイドさんも2つ目のカースト所属のクシャトリアでした。名前を見ればカーストが分かる僧で、ガイドさんの名前はムガル帝国を築いた王様の名字と同じでした。
ちなみに、インド人にとってなくてはならない牛乳は、1番目のカーストのブラフマーは搾ってます。ちなみに1番目に所属するのは僧侶です。
もうね。宗教とカーストは別建てブログにするつもりでしたが、こいつらが何かにつけ顔を出すせいで、どう書けばカースト制度に全く馴染みのない日本人にインドが理解出来るか難しいのね。見れば分かると答えるのは簡単なんだけどさ。それにはインドまで行かないと~。
という事で、今一まとまりませんでしたが、「インドでは病院で女性レイプ事件はわりとあり得る」でした。
あ!
金持ちはね。有料の救急車に乗って(ちなみに、自分の車で行くのが普通)、有料の病院で外国帰りの医師に治療を受けるんだよ。だから金持ちがレイプされるなんて事は起きないだな。

追記:
「首都デリーの市内バスでレイプ事件が発生」というニュースをかつて読んだ事があります。
この事件を受け、現在デリー所属のバスは全てカーテンを取り外し走っています。これは外国人向けの観光バスも例外をみとめられてません。

車内の様子。ごらんの通り、観光にはカーテンがないのは大歓迎ですが、車内で日差し対策は必要です。
なので観光客は早いうちに日除け用のスカーフをゲットするか、日本から持参しましょう。最初はバスの中で帽子で対応出来るか?と思ったのですが、横からの日差しがあって、この場合帽子をかぶっていても顔の下半分が日焼けします。女性には大問題です。
追加情報として、デリーを走る市内バスですが、バスの色で設備と運賃に違いがあります。簡単にいうと冷房のあるなし。緑のバスと赤いバス。最近はインド人も裕福になり、赤い冷房付きのバスが人気で満員のようです。
(2016年3月17日、画像を1枚追加しました)
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