あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

東村山の千体地蔵堂の内部公開見学

2019年11月22日 09時33分46秒 | レトロ建築
見学は2019年11月3日でした。
6月に北山公園の花菖蒲まつりを見物した時に立ち寄り、11月3日の地蔵堂まつりに内部公開がある。とガイドさんに教えてもらった。
鎌倉の円覚寺の舎利殿はこれとよく似た建物で、あっちも公開日が限定されてて見物に行ったら、中に入れなかったことを思い出した。私は建物の中から天井を見上げたいんだ。どんな組み方をしてるか見たいんだ。
今年、三鷹の国際基督教大学にある国の有形文化財泰山荘見学後、東村山市の千体地蔵堂に到着したら既に13時51分で、14時から法要があり一般見学停止になっていた。
マジか!?しかも14時20分には一般見学再開になるけども、撮影できるのは15時−16時限定だと知る。ヤ〜ラ〜レ〜タ〜。
待ちます!
見逃したらもう一生見れない。
ってな訳で、15時、写真撮影行列に並ぶ。
動線。中は狭いので、正面から入ったら奥へ移動する。
念願の内部公開。まずはお参りから。観音立像かな?傍に小地蔵像が納めた棚がある。
中断の地蔵像は金箔貼り。
下段は金箔は貼ってないけど少し大きめの。
前回ガイドさんに教えてもらったけど、願いが叶うと地蔵像を2体にして返すので、納められてるのは願いが叶った人のもの。
ところで、かつては桟の上に小地蔵像が並べてあったとか。それが棚に並べてあるってどうゆことか?疑問を堂内の監視員さんに尋ねてみた。
「かつてはあそこの桟に釘で像を打ち付け並べてありました。前回の改修工事の時に下に下ろしました」
わ、わかるかなぁ〜?上の画像の仏像の左上に明るめの色の梁がありますね。ここに並べてあったらしい。
そして言いたいことがある。私のガラパゴス携帯撮影ショボすぎ。ちゃんと写ってない〜。
心のカメラには焼き付けておきましたけど。ちなみに、真下から真上を見上げて撮影したかったけど、中央に仏像が配置してあるので出来ませんでした。ま、当たり前だったね。使用されてる建物でしたから。けども、天井板はなく、正方形の建物を壁面から組み上げてる様子はとても面白い。大満足!
ところで監視員さんに「以前訪問した時に、参道前に芝増上寺の将軍家の石灯籠が3対あxったと思うんですが、なぜないの?」と尋ねてみた。と?「歴史的にここにあるのはおかしいのでどけました」とのこと。徳川将軍家の石灯籠もそれなりに歴史的価値あると思うんだよね。だからもっちょい突っ込んでみた。「石灯籠はもうないのですか?」すると「一応あります」教えてもらったからには確認せねば。

千体地蔵堂裏手の本堂へ。画像左奥に石灯籠は数基並んでますね。これが徳川将軍家の石灯籠です。
いそいそと確認へ。
なんでやねん!
角度がね〜。私みたいな面倒臭い人を排除する為でしょうか?石灯籠の胴には本来納められた石灯籠の寺の名前・奉献した相手の名前・納めた日・納めた人の官位役職名前などが明記してある。
初めて訪問した時は、今ほど石灯籠の見方に詳しくなかったので、さらっと見学してしまい、6基の石灯籠を詳しくみてない。6代将軍徳川家宣のものがあったのは撮影画像が残ってるからわかるんですが、他がわからなかったので、再訪したら確認しよう!と思ったのに、このように回転して正面の石彫を隠されては読めません。
ま、な。わからんでもない。そもそも芝増上寺にあった徳川宗家の霊廟にあった数々の石灯籠は、戦災で焼失後西武プリンスホテルを建てる際、まるごと西武が所得し、欲しいところへ配ったのだ。なので所沢に隣接する東村山市の寺院にはどこにもある徳川家の石灯籠な訳で、ありがたみもないのだよ。
地元民と観光客の認識のズレですね。残念です。
こんな感じで、普段は全ての入り口を閉ざす地蔵堂も11月3日の地蔵堂まつりには開けられます。
さて、時刻は15時15分。帰ろう。今更北府中の刑務所の公開を見に行っても16時までなので間に合わないし〜。
帰り道見つけた現役のレトロ建物。何のお店かな?
東村山駅に戻ってきた。ふと、6月の北山公園の花菖蒲見学後、市内巨木巡りをした時にあまりの暑さでつい自分土産を買い損ねたのを思い出した。
確か?と買い求めたのがこちら。
小豆あんのだいじょうぶだァどら焼きとうぐいすあんのだっふんだァどら焼き。
そして千体地蔵ソース¥368と黒焼きそばソース¥4752本で税込910円。焼きそばソースは散策時に製造発売のポールスタアさんの側を通ったので購入しようとしたら、店が改装中だか移転中で買えなかったんだよね。焼きそばソースは駅前のcoop東村山駅前店で購入しました。だっふんだァどら焼きは駅前の餅萬駅前店で購入です。長くなったので明日へ続く。これまた6月に東村山を散策した時、最初に見学するのを忘れ、帰りは久米川駅から乗車して帰宅。見そびったのですよ。みたいのが志村けんの木です。巨木・名木・珍木すきとしてはみておかないとね。
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東村山・千体地蔵堂まつりその1

2019年11月21日 05時57分03秒 | 神社・仏閣
2019/11/3訪問。三鷹の国際基督教大学(ICU)の文化財を見学し12時31分に出発。武蔵境駅から国分寺、西武に乗り換え東村山駅へ。徒歩で向かったのは今年6月16日に訪問した東京に2つしかない国宝の千体地蔵堂です。
13時51分地蔵堂に到着。ヤバい。計画より1時間遅れです。当初計画では、地蔵堂の内部を見学したら、北府中へ移動して府中刑務所の祭り(~16:00まで)見学だったのに。移動時間を考えるとあきらめたほうがいいのだろうか?とはいえ、まだ諦めるには早いかも?地蔵堂の天井さえ見れたらいいんだから。参拝行列に並ぶ。
あれ??全然進まないんですけど〜??「ちょっと見てくるわ」と行列にダンナを残し最前列へ向かう。と?先頭は止まってた。待ってるの?なぜかしら〜??
よくよく観察すると、行列に並ぶ人は皆さん緑のカードを持っている。あれは何だろうか?情報収集が必要だ。
テントに向かう。「すみませ〜ん」かくかくしかじか。結果、緑のカードは1体3000円の厄除け小地蔵購入者に配布される参拝券でした。これを持ってないと、行列に並んでも参拝出来ないらしい。
地域のお祭りなので、地元民は知ってて当たり前なんだろうけど、遠方より来た観光客には謎の仕来りでしたね。
質問に行ったのは、小地蔵販売テントです。テントに貼り出されたポスターが上の画像。
行列からダンナを連れ出して、ベンチへ移動。
「これこれこういう訳で、行列に並んでも入れません」と告げると「どうするの?」と質問返し。
「待つ!」
実は情報収集の途中にタイムテーブルもゲットしてある。
現在2時近くです。タイムテーブルには2時から一般見学不可・厄除け小地蔵開眼法要(2:00−2:20)小地蔵ご購入者の焼香時間と書いてあった。つまり行列してるのが小地蔵購入者なんだね。
で、待つという意味は2時20分以降ならば、一般見学が再開されるんだ。
で、タイムテーブルをよくよく読むと写真撮影可能時間3:00−4:00とある。つまり、2時20分以降からは地蔵堂内部の一般見学は再開されるけども、撮影できるのは3時以降という意味だ。ってなことで、ダンナにそう告げる。待ち時間1時間&府中刑務所見物中止が確定しました。
「このベンチで待ってて。タイムテーブルには2時30分−2時50分(約20分)雅楽と浦安の舞が披露されるのだ。ちょっと長めの休憩しようよ」と宣言。
ダンナはともかく私は見たいものがある。厄除け小地蔵開眼法要である。行列しないので、カメラマンできるよ。
先導者が鈴を鳴らす。次いで住職がやってきた。地域の偉い人が後に続く。
行列していた人が参道を開けて住職を通す。
前回訪れた時に閉ざされていた扉が大きく開いていた。テンション上がるう〜!
先導者はここで停止。住職が先へ。
納められた厄除け小地蔵の開眼法要が始まる。読経が聞こえてきた。ベンチに戻り一旦休憩。
徐々にベンチに人が集まってきた。背後に立ち見の人もやってきた。
2時30分、雅楽の演奏者が3人舞台に上がる。マイクを持った女性が開催を告げる。まずは有名な越天楽。(黒田節)
む〜ん?天候が悪いせいか、音が悪い。あまり出てない。竜笛はともかく左端の篳篥がな〜。
続いてもう1曲。その後小学生から中学生の4名の舞手が登場する。
初々しいなあ。
周りから近所のおばさん達の舞手になった子供達の裏事情が聞こえてきた。
背後のテントがなければここだけタイムスリップしてるなあ。でもなんで神社さんの本殿の扉を開けないんだろうか?せっかくの舞なんだし、雅楽の奉納なんだから神様にもご覧いただきたいのに。
タイムテーブル通りに舞が終わる。地蔵堂へ向かう。
手前で動線を確認。楽しみ〜〜!!
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泰山荘見学3

2019年11月20日 05時50分32秒 | レトロ建築
2019/11/3国際基督教大学内の国の登録有形文化財泰山荘の見学ツアーに参加しました。泰山荘は6つの建物から構成されてます。トップ画像は書院:昭和41年に焼失した主屋(日野の農家を移築)の東南方に位置した新築の座敷棟。6畳間と、上段付き八畳間の2室構成に、濡れ縁(雨戸の敷居の外側につけた縁側)付きの畳縁を回し、東面に板敷縁をつけて上品な造りの座敷棟で、大学の各種行事に利用されている。
構造・形式:木造平屋建て、瓦葺、建築面積77平方メートル
かつては廊下によって母屋と書院の台所は繋がってましたが、母屋は火事により焼失
建設年代:昭和11年ごろ。
訪問日にはお庭で茶会が行われていて、中に用意しているのか人影が見えた。


隣接する書院へ。
蔵:書院の東方に建つ南北棟、瓦葺切り妻屋根、妻入の蔵で、北妻面に下屋を差し出して蔵前とする。鉄筋コンクリート造で土蔵風の外観をつくっているが、蔵前部を除いて庫室本体部を高床式としている点に特徴がある。
構造・形式:鉄筋コンクリート造平屋建、瓦葺、建築面積55㎡
建築年代:昭和11年ごろ。
蔵は昨年改修済み。蔵には卒業式に使用されるガウンを保管していた。
画像奥の芝生広場にはかつて母屋があった。日野の庄屋の家で、大きな農家だった。
1966年4月17日の午後、台所から出火し短い時間で焼け落ちたとか。
あ!表門の紹介を忘れてました。
表門:「泰山荘」敷地の北端からやや南に下った地点に建つ間口3、35メートル、高さ5メートルの茅葺の薬医門。「泰山荘」の建設を指揮した茶匠亀山宗月の好みが表れた雅趣ある門で、江戸城幸橋御門の枡形土壇から発掘された古材を用いている。
構造・建築:木造。茅葺。高さ5メートル、幅7、1メートル
建設の年代」昭和11年ごろ
当日は雨が近い気配の曇り空。ガラパゴス携帯での撮影は、ピンボケ画像が増えてしまいました。
時刻は11時54分。先を急ぎたいところだけども、まだICUに見物したい場所がある。移動。
いただいた構内図によりますとダイアログハウス。この後、大学礼拝堂に戻ろうとして道を間違えた。賑やかな音楽が聞こえてきた。大学の文化祭の出し物のようで、ブラジルのカーニバルの衣装をつけてサンバを踊る女性の姿が見えた。せっかく文化祭なんだから、雰囲気のある画像も欲しいなあと思い撮影してたら「撮影不可なので画像削除してください」と学祭の係りの人に言われてしまった。昨今個人情報の管理問題があるからすぐ従う。なので文化祭の画像はないです。
正午を過ぎたのでベンチを見つけてお昼ご飯。
あれ?もしやして?
分かります?きのこがサークル状に生えてます。たぶんテングタケ科のガンタケじゃないかな?
これは傘の斑点が脱落してるきのこですが、おそらく合ってると思う。けども撮影日は11月3日、ガンタケって秋のきのこじゃないよな〜?
更に見つけちゃったきのこはおそらくノウタケ。誰かに抜かれてしまった若いきのこで、特徴的な傘のヒダがまだ出てないけどもたぶん合ってる。けどもノウタケって夏のきのこだと思うんだ。何故に11月に出てるのか??
で、いつものカワラタケや既に白くなってしまったサルノコシカケの老菌もあった。大学まで来てきのこ観察しなくとも。見つけちゃったからさ。
で、まだICUで見物してない場所は国際基督教大学博物館、湯浅八郎記念館です。

訪問時は夜具一夜のしつらい展(2019/9/10-11/8)が開催中。
江戸の模様は現在でも通用すると思うんだ。でも目的はそれではない。
撮影禁止だった一畳敷の原寸大レプリカがあるのだ。本物は上の画像の屋根が瓦葺だったけども。
こちらの窓から学生さんが懐中電灯で天井を照らし龍の絵を見せてくれた。それも再現してある。本物は中に入れなかったけど、レプリカは中に入り1畳たたみに寝転がることが出来る。結構な人気です。

色合いも再現してます。博物館は午前10時〜午後5時(土曜は午後4時半まで)の開館時間ですが、訪問日は臨時に正午からの開館になってました。尚、休館日は日曜・月曜・祝日。入館無料です。
時刻は12時31分。ヤバい。西野バス停は朝9時37分の到着だった。ここから徒歩10分はかかる。間に合うか?
ダメだったぁ〜〜。目の前で乗車予定のバスが行ってしまった〜。凹む。次の武蔵境駅行きのバスは何分なんだろう?あれ??バス停に次のバスの到着予定時刻の電子掲示板がある。で??あれ?武蔵境駅は2路線ある。ラッキー。思ったより待たずに済みそうだ。
ダンナにこの後の予定を告げる。「国分寺に移動。西武に乗り換えて東村山に行く。初夏に花菖蒲を見物した時に東京都に2つしかない国宝の一つ、正福寺の地蔵堂の公開見学。北府中へ移動して府中刑務所の見学します」だから時間が惜しいのだ。府中刑務所は午後4時までの公開だ。間に合うかもう既に微妙です。
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泰山荘見学2

2019年11月19日 05時11分22秒 | レトロ建築
2019/11/3。国際基督教大学(ICU)にある国登録文化財(建造物)泰山荘のガイドツアーに参加(45〜50分)した。昨日の記事は見学ツアー当選ハガキに書かれていた注意事項を書き出しましたが、ツアー参加者には改めて泰山荘見学時のお願い用紙が配られました。
1)泰山荘の6つの建物(表門・待合・書院・高風居・蔵・車庫)は国の登録有形文化財です。お手を触れたり荷物でこすったりすることのないよう注意してください。
2)泰山荘の建物はすべて、外からのみご見学となります(中には入れません)
庭と書院は茶道部がお茶会に使用しています。お茶会に参加をご希望の方は、茶道部受付へお申し出ください。お茶席は有料です。
3)立ち入り禁止エリアには絶対に入らないでください。足場の悪い箇所がありますので十分にご注意ください。苔は踏まないように気をつけてください。
4)見学ガイドツアーは事前予約制です。
一畳敷を含む高風居は、見学ガイドツアーに参加の方以外は見ることはできません。
5)敷地内では、建物の外観のみ撮影可能です。ただしお茶会の妨げになるような行為はご遠慮ください。三脚や自撮り棒・フラッシュなど、ほかの来場者のご迷惑になる撮影は禁止。
ふまえて、見学はガイドツアー形式なので、ガイドに従い移動。ガイドツアー中の撮影は禁止、ツアー後自由撮影はOK(一畳敷と高風居は除外)。
ツアー開始の待ち時間を利用し、いただいた資料で事前学習。
泰山荘について 泰山荘とは、日産財閥の重役をしておられた実業家の山田敬亮氏によって、昭和初期に別荘として建設されたもので、1939年(昭和14)5月には完成披露の茶会(席披き)が数日にわたって催された。当時の様子は、茶会記や芳名録およびこの時に出版された「泰山荘之記」と題した書物に記録されている。
翌1940年(昭和15)には、山田家から中島飛行機会社(現富士重工株式会社)に売却され、戦時中は同社の創業者である中島知久平氏の住居として使用された。
1950年(昭和25)に、この別荘を含む周辺の土地は国際基督教大学の所有となり、泰山荘敷地内の建物はそのまま保存され、現在に至っている。
当初、この別荘には南多摩(日野)から移築した江戸時代の農家があり、母屋として使用されていたが、1966年(昭和41)の火災によって焼失したため、現在は茶室、書院、待合、蔵。車庫。表門の建造物と様々な由来を持つ石造物が残っている。その中で一際歴史的価値が高く興味ふかいのが茶室の「高風居」および、それに差し掛けられた書斎(一畳敷)の「草の舎」である。
以上のように、泰山荘内の建造物はその建設年代や構造からみて、歴史的に非常に価値の高い建物であり、建築経緯や使用用材の出処も明らかで、それを記録した刊行物も残っている。このため、1999年(平成11)10月14日付で「国の登録有形文化財」として登録されました。」
ツアー開始。まずは集合場所側の車庫の説明。
説明板「名称:国際基督教大学泰山荘車庫
年代:1936年(昭和11)頃
登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの。
特徴:木造平屋建。下見板貼(土壁を雨雪から保護する目的で貼られる板を下見板、羽目板という)、寄棟屋根の建物で、南面に「3枚扉をつける。郊外住居地における自動車普及の時代的状況を物語る建物として貴重である」
一言で言ってボロボロ。ICUでは泰山荘の保存に努めていて、2017年に表門と高風居、2018年に待合と蔵、そして今年2019年に車庫の改修予定です。
ガイドさんいわく「来年には改修が終わった綺麗な姿がご覧いただけるので、また見学ツアーに申し込んでください」だそう。隣の待合へ向かう。ちなみに、クライスラー・ルノー・パッカードなんかが入ってたとか。
実は上の画像で注目いただきたいのは手前の瓦です。これは去年改修があった蔵のトップに据えられていたオリジナルです。使わなくなった瓦を庭に再利用するのは、昔からやっていたことで、古い寺院などには瓦を埋め込んで模様を作ってるところもありますね。
待合:江戸末期築・1936年(昭和11)頃移築。
江戸大崎にあった備前池田家下屋敷の茶室「池亭」を移築したものと伝えられています。寄棟造(2つの台形と2つの二等辺三角形からなる屋根)。茅葺。平屋建の建物の内部には茶室、次の間、水屋、取次、土間、玄関を備えています。現在は主にICU茶道部の活動場所として使われています。
見学開始。
よく見ると、茅葺の屋根にへんな構造物が刺さってますね?この正体は、屋根にカラス避けの針金を貼ってるのですよ。カラスが巣材として茅葺の茅を抜いて持って行くのを防ぐためなんですって。
ところで、撮影構図的にはもうすこし離れた場所から全体を入れたいところなのですが、ICUは庭の苔も保存物と考えていて、見学者が不用意に踏まないように、軒下のコンクリートかな?画像下に写ってる場所を進むように注意されたからです。




待合も去年2018年に改修を終えたばかりなので綺麗です。
次は見学のキモの建物、高風居と一畳敷です。ここで再度注意。「足元注意でお願いします。苔を踏まないように、石の上を移動してください。高風居と一畳敷は国分寺崖線に建てられており、石段を降りた先にあります。足元の悪い場所もありまして、現在は曇り空のコンディションですが、雨が降り始めたら見学ツアーの中止も考えてます。怪我などされないよう十分な注意をお願いします」
高風居と一畳敷の建物の周囲が狭いので、外観だけでも安全に見学するスペースが限られてるので、見学ツアーは人数を少数に限って30分ごとの出発とせざるを得ないようです。そこまでしても見る価値がある建物なんだよね。ちなみに、ブログに貼り付けてる画像は、ガイドツアー参加後撮影したものですが、高風居と一畳敷に限っては撮影不可でしたし、立ち入り禁止エリアにあるので、後から再度見物にも行けません。ガイド参加者は心に焼き付けるのだ!
国分寺崖線の斜面には、現在は大きな木がいっぱいで高風居に影が落ちていて薄暗い。けども泰山荘が作られた当初はここから富士山を眺める作りだったとか。
高風居:1925年(大正14)築・1936年(昭和11)移築。
泰山荘の中で一番有名な建築物です。入母屋造(寄棟屋根を下に、切妻屋根を上に乗せた形状の屋根)・茅葺・平屋建の建物で、「一畳敷」と呼ばれる畳一畳の書斎と茶室、水屋からなります。「一畳敷」は松浦武四郎が1886年(明治19)に建てたもので、茶室、水屋は徳川頼倫が同様に古材を集めて建てました。
「一畳敷」は松浦武四郎が収集した全国の寺社の古材が80以上使われています。
「高風居」は泰山荘建設の際に代々木上原の徳川邸から三鷹に移されました。
撮影はできないのですが、受付で寄付したらA4プラスチックファイルをいただいたので、プリントされてた一畳敷の画像を紹介。
一畳といえ、周囲を床材を巡らせてある。使われてる古材は80個以上。注目度の高い古材をピックアップ。
畳のまわりの額縁板は、奈良県吉水神社(旧吉水院)の元は天皇が住んでいた部屋の台座の前に使われていた地板でした。天皇とは後醍醐天皇以下、吉野朝歴代の天皇が歩いたかもしれないということで、勤皇家の武四郎にはこの木材を使用するのが嬉しくて、目立つ畳の額縁に使った。
床の間釣柱は、静岡県鉄舟寺(旧久能寺)の観音堂の欄干に由来。床柱として「釣られた」状態で使用。久能寺の起源は古代に遡るが、明治期に廃仏毀釈の対象となる。その後明治天皇の侍従だった山岡鉄舟により復興。
神棚の板は、出雲大社の古材を使用。
竹庇の腕木(外部の装飾)は、鎌倉鶴岡八幡宮の舞台を使用。現在は劣化が激しく、牡丹の花と葉の彫刻の識別ができない。
中仕切鴨居上の欄間は奈良県吉野山水分神社の欄間に由来。武四郎が修行した喜蔵院の住職により寄贈された。
床柱は、京都の秀吉が作った聚楽第の古材。
天井板は和歌山県の熊野本宮神社の扉に由来。外から天井を見上げると、中央に龍が描かれてるのが見えた。ガイドさんが天井を懐中電灯で照らしてくれたら龍の目が白く見えた。
ここから徳川頼倫が集めた古材になります。
茶室壁面は、和歌山の鷺森別院(京都の西本願寺の別院)に由来する杉戸を使用。
廊下沿い敷居などは、戦艦三笠。
え?マジで??三笠って1回沈没してるからその時に出た木かなあ?
ちなみに、一畳敷は単独では起立出来ず、隣接する建物(現在は徳川頼倫が建てた高風居)に寄りかかるように立ってます。そもそもは、「北海道」の名付け親でもある探検家・松浦武四郎が探検家引退後、旅をしながら全国で古材を収集。1886年神田五軒町の家の東側に差し掛かるように建てましした書斎です。武四郎は「自分の死後一畳敷を焼くように」遺言しますが、息子により保存された。
徳川頼倫が武四郎の探検資料を自らが創設した南葵文庫に移す際、一畳敷を知り、1908年に寄贈という形で麻布の南葵文庫へ移設。しかし、南葵文庫の解体と移転、文庫の全書を東京帝国大学に寄贈されることとなり、1924年代々木上原の徳川家清和園に移設することとなる。一畳敷は別の建物の支えが必要だったので、この時に茶室「高風居」が建てられた。しかし完成前に徳川頼倫が死去。後を継いで紀州徳川家に仕えた人が完成させた。
頼倫の死後10年以上を経て、日産の山田敬亮夫妻の所有となる。山田敬亮は茶会を開くための別荘を、裏千家の亀山宗月に以来。一畳敷と高風居は徳川家の財政難もあり、保存を亀山に託すことで売却される。亀山は古い建築物を移設し、1935年から36年にかけ各建築物を移築・新築する。
現在の三鷹の野川沿いの高台で、富士山を見ることが出来たことから一連の建物を「泰山荘」と名付けた。
前述をしたように、現在は国分寺崖線の木が大きくなりすぎて、高台の上からも富士山は見えません。まるで林の中みたいです。
おまけ:高風居の水屋の小襖は、武四郎が収集した古器物の目録を、頼倫が小襖に使用。
だいぶん長くなってきたなあ。一旦区切って明日に続きます。ちなみに、説明文はガイドツアー参加者に配布された、泰山荘必携冊子から抜粋しました。
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国際基督教大学見学の文化財、泰山荘見学1

2019年11月18日 05時07分07秒 | レトロ建築
東京都文化財公開ウィークって知ってますか?普段見学出来ない都内の文化財が一斉に公開になるまさに特別な1週間なのです。そりゃあ歴史好きやらレトロ建築物好きが駆けつけるよね?けども大勢が見物に来られては、場所によれば狭かったり、文化財が古すぎで保存上よくないので、事前に人数と時間を限り申し込み。当選者のみ見学可。な文化財もある。そして公開日が集中するのが文化の日こと11月3日なんである。
今年もどこの文化財を見物に行くか?10月上旬から検討し、11月3日に見学申し込みしたのが、三鷹にある国際基督教大学内にある泰山荘です。ここ、以前から見たかったのですが、我が家のある相模原市からだと、交通アクセスがな〜。と躊躇してた場所でした。ところが、今年4月、桜散歩で国際基督教大学に隣接する野川公園から新撰組近藤勇の生家跡、調布飛行場、天文台を散策した折り、天文台前のバス停から小田急線の狛江駅まで直行バスがあると知りました。つまりだね。小田急相模原駅が最寄りの我が家から国際基督教大学までは1回乗換えで行けるんですよ。もうびっくり!!
往復葉書で申し込み。申し込み後の10月18日に帯状疱疹発症。凹む日々。そこに泰山荘特別公開ツアー11月3日11時よりの回当選通知到着。
なんとしても間に合わす!病気ってさ、患者のモチベーションなんだよな。真面目に軟膏を塗って、動くと悪化する水ぶくれの破れた左腰も極力動かずにいて、更に帯状疱疹にはタンパク質とビタミンを取れと言われたから、豆腐=タンパク質・りんご10キロ&みかん1箱=ビタミンをひたすら摂取して表面の皮膚の再生に努める。根性で11月3日に間に合わす。頑張った結果、見事11月3日には水疱瘡ウイルスを撒き散らさない程度になった。けども若いお嬢さんが多そうな大学に行くとあっては対策を取らねばならん。と、まだうっすら張っただけの左腰の患部はガーゼを厚巻きにし、上からガードルと服で抑えて外にウイルスが出ない状態にした。ここまでやって、11月3日は「小田急相模原駅発8時14分です」と、旦那に宣言したのに、タッチの差で予定の電車に乗り遅れた〜。やっちまったあ〜。
焦りながら時刻表を眺める。当初計画では小田急相模原駅発8時14分ー8時44分狛江駅着。もしかしたら、1本電車が遅れても狛江発8時59分のバスに間に合うんじゃないかな?ならば「狛江駅に到着したら、バス停まで走るから!予定のバスを逃したら、次は9時15分発になるから!」と旦那に宣言して到着前には扉の前に待機。
到着。急ぐ。
と?狛江駅はまさかのラグビーW杯押しの飾り付けにあふれていた。フラッグにマスコット人形などなど。理由は簡単。狛江駅から調布の東京スタジアム行きのバスがあるのです。ちなみに、私が乗車する小田急バス境91も東京スタジアムの側の天文台通りを通る。
撮影したい。けども時間が全くない。心残りだけども北口1番乗り場バス停へ。
あ!まだバスが停まってる。間に合う!
間に合ったあ〜。8時59発狛江駅。9時37分着西野バス停。
乗車時間が長いので、この時間を使いダンナに当選ハガキに書いてある泰山荘見学の心得を見せる。
1)悪天候の最は公開を中止することがあります。
2)集合場所は泰山荘現地です。
ツアーは表記時刻より開始いたしますので遅れないようにお越し下さい(大学構内は広いので、時間に余裕を持ってお集まりください。なお、ICU(国際基督教大学)構内バス停より徒歩15分かかります)
3)ツアー中の写真・ビデオの撮影は、安全確保のため固くお断りします。
4)足場が悪いので歩きやすい靴でご参加ください。ヒールの靴は苔を痛めますのでご遠慮ください。
5)高風居(一畳敷)を含め、外観のみの見学になります。
6)ご来場の最は本状(当選ハガキ)を受け付けにお出しください。
9時37分、定刻で西野バス停に到着。バスは時刻表通りに走らないからと早めのバスに乗ったのですが、まさかの正確さ。びっくり!
さて、西野バス停は実はICUの正門の最寄りバス停ではありません。次のバス停です。こちらは北門に近いバス停です。実は集合場所の泰山荘は広い大学構内の端っこにありまして、(トップ画像の大学構内図で言えば左上)どうせ構内が広いならば、点在するレトロ建築も見たいんです。幸い集合時間は11時。1時間以上もある。ってなことでICU北門到着。まずは構内図をゲット。実は見学日はICUの大学文化祭と重なっていて、一般人も見学に訪れるのです。ラッキー。
さて、レトロ建築物は?
最初はレーモンド設計(2000完成)のアラムナイハウス。

隣接するのは。
レーモンド設計(1978年完成)の本部棟。
進み、ようやくテントが並ぶ場所に到着。文化祭の雰囲気が漂い始める。
ヴォーリス設計1954年完成。レーモンド1960年増築の大学礼拝堂。
入り口で年配の男性が招いてる。何かしら〜?と?礼拝が10時半からあるようで、聖歌隊が歌の練習をしていた。しばらく見学。けども礼拝が始まってから席を立つのは失礼になるので、礼拝が始まる前に出る。大学礼拝堂の辺りはテントが多い。
礼拝堂の全景を写せる場所を探しつつ進んだけど木が多すぎる。無理。
ばか山の名のついた画像手前の小山と奥のあほ山。一番テントが多かった。画像左奥に見えるテント。左手に本館があり、内部の各教室ではサークルの発表がある。
ヴォーリス設計(1959完成)のシーベリー礼拝堂。
先へ進むと森だった。ICUは本当に広いなあ。私が卒業した大学は、京都市内にあったので、敷地がとても狭かった。ビルが並ぶように建ってたものなあ。
集合場所の泰山荘に10時30分到着。
奥のテントで受け付け。待ち時間の間に、受け付けでいただいた泰山荘必携の冊子を読む。テントでは募金を募っていた。ICUでは泰山荘の歴史的価値を認識し、より良い状態で保存していくため毎年補修を続けてる。その費用の募金です。「500円以上募金された方にはA4クリアファイルをプレゼントしています」500円か?持ってたっけかな?財布の中に500円玉はなかったので、1000円募金したら、クリアファイルもだんなの分合わせて2枚いただいてしまった。ラッキー。
A4クリアファイルにプリントされているのは、一畳敷の内部。ここが文化財のキモの建物。見物はできるけども入れない&撮影できない。A4クリアファイルは大学博物館の湯浅八郎記念館でも販売しています。長くなったので明日に続きます。明日はいよいよ泰山荘の見学です。
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