あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

RG1/1ガンダムの静岡へ

2010年11月30日 04時59分14秒 | ヒーロー&怪獣&妖怪
訪問日は10月31日。季節外れの台風が沿岸を北へ吹き抜けて行ったばかり。そのせいか、またまた空模様が不安です。

上の画像が日比谷のふるさと情報プラザで手に入れたちらしです。
場所はここ。
私は新幹線で静岡駅へ。そこから東海道本線の上りで一駅。東静岡駅で降るプランを採用。

東静岡駅の駅舎から、RG1/1 RX-78-2ガンダムの勇姿が望める。それくらい会場は駅から近かった。
会場見取図。


1/1ガンダムは静岡ホビーフェアの一環です。会場見取図にあるように、ホビーミュージアムも併設されてます。こちらは有料。中学生以上で600円。
模型メーカー各社の協力により、プラモデルのルーツをたどる、貴重な資料や作品が展示されています。時間の関係から見送ってしまいました~。無念。讃岐からの戻る途中に途中下車。東静岡から東海道本線をゆるゆる各駅停車で小田原までという計画に無理があったか…。またまた滞在予定を2時間に設定してちょっぴり後悔。
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がっかりイチョウ並木

2010年11月29日 10時49分59秒 | 紅葉散歩
訪問日は11月27日午後4時頃。場所は東急東横線日吉駅下車すぐにある慶応義塾大学日吉キャンパス。

さて、なんでトップ画像の美しいイチョウ並木ががっかりかと言うと、2008年11月30日の画像だからです。
この時の感動が忘れられず、おととい2010年11月27日に立ち寄りましたならばっ!!

こ、こんなことになってました!!
お手入れしたのですねっ。

そもそもこういう並木だとして見たらならばこれはこれでありかもしれませんが…。
一昨年の見事な並木を知ってるだけにがっかり~~!!
ダンナは「成城学園の方が綺麗だよ」とか言ってるし。半分位、見た事ないダンナの為にわざわざやって来たのに。
ってなことで、今年、いや、数年間はおすすめ出来ない~~。

本当は土曜日はここへ来る予定じゃなかったんだけどね。
「横浜の三渓園がAPECで首相夫人達がお茶した所だよ」ってダンナに教えたら、行ってみたいというのでおでかけしました。こちらは紅葉が綺麗で、行って悔いなしっ!!の紅葉のベストポイントでした。うっかり3時間も滞在してしまう程に。がっ!!
その後予定してた根岸森林公園内の一等馬見所と根岸なつかし公園内旧柳下邸へ立ち寄るつもりだったのに、三渓園のどこかに地図を落としてしまいましたっ!!
あ…あり得ない~~!!
で、変更してがっくり肩を落として夕焼けを寂しい気持ちで眺めるハメに~~。

上の画像も日吉キャンパスの競技場です。アメフトの試合をやってました。や、ラグビーかもしれん。
三渓園の散歩はまた後日紹介します。取り急ぎ紅葉情報を掲載しとかないと!これは期間限定モノだからな。
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鉄道車輌画像

2010年11月29日 04時39分35秒 | 鉄道のりもの
昨日JR四国のアンパンマン電車の記事を投稿したので、鉄道つながりでいくつか画像を紹介します。

トップ画像はJR四国、予讃線を走る各駅停車の車輌です。これ、丸亀駅から乗車したら多度津駅で待ち時間が20分ありまして、ホームへ出て撮影しました。当時雨降りでして、うす暗かったんですよね。んで、画像がブレてしまいました。予讃線はピンクに紫のラインの車輌の他に、黄色にオレンジのラインの車輌も走っています。
これ、どこの誰が色を決めてるのでしょうか?ピンクに紫の車輌に乗るのはなかなかに複雑です。

続いてもJR四国の車輌。予讃線の特急しおかぜです。乗車駅は観音寺駅。予讃線の各駅停車の出発駅でもあります。
 
岡山駅に停車中のJR四国の土讃線の特急南風。アンパンマン車輌でない南風もあるのね。今年限定かもしれない「龍馬伝」のペイントが車体に書かれてました。もしかしてレア?

静岡駅に停車中のJR身延線の特急ふじかわ。行き先は甲府。静岡から山梨県甲府へ向かう路線があったんですね。知りませんでした。この車輌はもしかして連結して走るタイプかも。だって特急なんだけど、連結車輌の数が少ないんだもん。

おまけ。いつもの小田急線の特急ロマンスカーです。これ、やっぱりかっこいいよね。運転席がまるでコクピットみたいだもんね。
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JR四国のアンパンマン車輌

2010年11月28日 04時59分26秒 | 鉄道のりもの
讃岐から神奈川へ戻る途中、車窓を横切るアンパンマン?何!?
岡山駅の外れにあるホームにその電車は止まってました。それがトップ画像の「アンパンマントロッコ」です。
画像をよ~く見ると、電光掲示板には『アンパンマントロッコ 10:11 琴平行』と表示されています。
え~と??
ダンナに「階段の所で待ってて!」と言いおき。ホームへ向かいました。

トロッコだけに半分屋外なんですね。これで瀬戸大橋を渡るのですね。

おおっ!
下部にもシースルーの窓がついています。これは背が低いお子様用の窓なのでしょうか?細かい所まで気配りされています。椅子の背もたれに、アンパンマンやらバイキンマンのバストアップフィギュアがついてます。

の…乗ってみてえ~~。
でもJR四国何考えてるのでしょうか??
などと思ってたら、こんなん見つけてしまいました!

本当に何考えてんだぁ~~
そう言えば、以前見た高知へ向かう特急南風の車体にもアンパンマンの絵が描かれてたなあ…。
ちなみに、アンパンマントロッコは2両編成です。トロッコ車輌は1両のみ。

連結されてるもう一両はこんな感じ。
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凄いぞ石の城 丸亀城

2010年11月27日 04時56分50秒 | お城&御所
昨日の記事に引き続き、三の丸下段を帯状に巡る石垣です。本当に凄い石垣なのでもう画像増量でお届けします。







あれ?この辺り、石垣補修した方がいいんじゃ…。これ位石垣に隙間があっても普通なんですかね?どうなんだろう。石垣に詳しい方のご意見をお聞きしたいところです。



この辺りは搦手口の石垣になります。

わかりにくいんですけど、画像右下に伸びる道が、丸亀城築城当時の大手門からの登城道です。だから丸亀城を堪能するなら、こっちから訪れるのが本当ですね。先日の記事、最短コースで上がると石垣が全く楽しめません。それにようやく気づき、ここを下って山下曲輪を一周しようと思いましたが、時既に遅し。観光予定時間を使い切ってました。やばいっ。田舎のJRは恐ろしいだよっ。と、無念の撤退です。ええ、資料館も京極氏の屋敷跡へも行けませんでした。やはりっ。どんなに小さなお城でも3時間は観光時間を見ておかないと、私と同じハメになります。
最短コースで駅へ戻るべく、かつての登城道を駆け上がる(気持ちだけ)。

上の画像で階段を登り切り右折すると延寿閣別館(下の見取図のピングで塗ってる場所)や三の丸月見櫓があります。石垣堪能コースなら、階段を上がって左折がお薦めです。
 
山下曲輪の堀端の高麗門で二の門。画像だけおさえてみた。

画像左の白壁の向こうが、かつて藩主の屋敷があった場所。丸亀城は維新後版籍奉還をした後城内屋敷から出火で焼失してるので、めぼしい建物はあまり残ってません。
ってなことで丸亀城を後にして駅へ急いだんですが、タッチの差で予定の電車に乗り遅れてしまいました。
マジか~。
そして20分待ってやって来た普通電車は、2つ先の多度津駅で上り電車待ちで20分停車。その先の詫間駅で上り電車が遅れてて待つという…。車掌さんに到着時間を聞いて、お迎え時間の変更をお願いしました。田舎のJRってこれだから…。つーか、いいかげん複線にしろよ~~~~!!!
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今見頃の鎌倉の寺

2010年11月26日 20時50分53秒 | 紅葉散歩
紅葉シーズン突入。空模様は気になるけど!紅葉が見たい。でもどこへ行ったらいいのやら。
鎌倉って沢山のお寺があって、それぞれ見所は満載ですが、紅葉となると気をつけねばならんことがっ。
1)見頃は寺によってバラつきが大きい。
1)紅葉狩りの客が多過ぎて、紅葉を楽しめないっ。
みたいな心配があります。そして、
1)紅葉の見頃は毎年少し移動する。
で。
昨日散歩した中で一押しを掲載します。
いや~。私もどうせなら出かける前に情報が欲しかったんだけど、皆さん、現地に行くのが忙し過ぎてアップする暇がないって感じでして。かくいう私も記事を書いてる暇なんか~~~!!
とも思うので、とり急ぎ一押しだけ。
じっくし記事は来月にでも。

一押しの場所は「海蔵寺」さん。鎌倉駅から徒歩15分程。

昨日、2010年11月25日、正午ぐらい。薄曇りから時々日差しがというコンディション。それでも参拝客はほどほどいますので、ど~しても人影のない時間で撮影したい方は朝一番がお薦めです。参拝無料なので、朝が早くても問題なく境内に入れるんじゃないかな~。



自動車で訪問の際は、下の画像右手が駐車場になってます。そこそこ広いですが、途中の道が狭いので注意。ちなみに、鎌倉はどこも道が狭いので一番のお薦めは徒歩。ど~しても一杯回りたいという方は、鎌倉駅前でレンタサイクルがベスト。



海蔵寺さんは道々にも紅葉が多いのでお薦め。この道を左折すると化粧坂。登ると源氏山公園です。そちらでお弁当をいただくのがお薦め。
ちなみに、私のコースは北鎌倉駅下車。円覚寺門前の紅葉を鑑賞。(円覚寺には入ってません。去年おととしも訪問したから昨日のメインは明月院と海蔵寺と決めてたのです)
*円覚寺は本当に紅葉が美しいので、明日鎌倉でどこか一つだけ!!というなら、円覚寺がベスト。なにしろ北鎌倉駅のすぐ前にあるので交通の便がよい。交通の便にこだわらないなら覚園寺を私はお薦めしますっ。
明月院へ。
こちらが2押しの客が少なくてそこそこ紅葉が美しいポイント。こちらは参拝料が必要ですが、一番の見所は入口付近なので、外から撮影してもそれなりに満足出来ます。
そんで長寿寺。こちらは金土日しか開いてないので、門前で涙を飲む。でも明日なら、今日なら開いてますよ。開いてる日にちが限られてるから、知ってる人しかいかないから観光客は少ないと思う。
長寿寺から切り通しを抜けて岩船観音堂を目印に道なりに海蔵寺。
海蔵寺から化粧坂を上り源氏山公園。昼食。
*化粧坂の紅葉は来月半ば。足元が濡れてる上に自然の石と土なので滑りやすいので注意。年配者は回避するべき道です。
*源氏山公園の頼朝像付近の紅葉は見頃過ぎ。公園は自然の里山にあって結構広いので、紅葉のマイベストポジションを探して下さい。
源氏山公園を寿福寺方面へハイキングがてら下山。
*寿福寺は非公開ですが、参道が綺麗。墓地には北条政子、実朝親子のお墓や高浜虚子の墓があります。
鶴岡八幡宮へ。3月に倒れたイチョウの現状を確かめに。
*鶴岡八幡宮は観光客で一杯です!ど~してもという場合は、脇にある白旗神社や国宝館方面へ回避するのがおすすめ。こちらは紅葉が綺麗です。
で、終了しました。鎌倉は上り下りが多いので、よくばらない計画で楽しむのがお薦め。
あと、鎌倉駅から北鎌倉駅へ向かうのはお薦めしません。反対コースがいいです。なぜなら、そっちの方がなだらかな坂をゆるゆる進めるから。
北鎌倉駅に午前10時半到着。鎌倉駅に午後2時出立という3時間半のコース。途中源氏山公園で昼食。休憩なしで約15000歩。
高低差は少々。体力に自信がないという方は、1番に円覚寺へ立寄り、化粧坂と源氏山公園をカットすると楽です。ではよい旅を。

12月1日にフォトチャンネルに「海蔵寺の紅葉」を追加しました。

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グレイト=ストーン=ウォール丸亀城

2010年11月26日 04時23分09秒 | お城&御所
三の丸下段を帯状に巡る曲輪が帯曲輪です。ここが丸亀城が「石の城」と形容されるにふさわしい石垣を鑑賞出来ます。
ぜひぜひご覧下さい。尚、帯曲輪の記事を一つにまとめようと努力しましたが、全国の石垣ファンにはその素晴らしさを堪能していただきたく、記事を今日と明日の2本に分けました!石垣ファン以外には全く嬉しくないかもしれませんが、私の萌えなので苦笑しておつきあい下さい。
トップ画像は視界を埋め尽くす石垣を選びましたが、以降は見返り坂から帯曲輪を西北へ進んで掲載します。

石垣直下の道が狭く、その向こうは木が迫り離れて撮影不可能。

こんなに凄い勾配だとお手入れ大変だと思うよね。実は善通寺に駐屯している自衛隊のレンジャー部隊が担当してるのですよ。訓練を兼ねて一石二鳥だと言えましょう。

視界に重なる角石。湿度が高過ぎたのでしょうか?私の目には奥まで見通せたんだけど。角石の曲線が2つ見えますよね?その奥にも石垣が見えてるのですよ。
亀山の自然な稜線をそのまま利用して石垣を築いたのでしょうか?このあたりの石垣は面がうねってて、呆然と視界を埋める石垣を見惚れてしまいました。



扇の勾配がよくわかります。天候が悪いのだけが残念。これでもフォトショップで随分明るく処理してあるんですけど。ええ、雨が降ったり止んだりなんですね。

西側に出ました。この辺りには沢山キノコが生えてました。収穫が全くされてない。やはり観光客にもっとアピールしないと!

地面から立ち上がる石垣が素敵だっ。

歩いてるのは三の丸下の帯曲輪。だから見上げるのは三の丸の石垣です。でもって画像左側にあるのは帯曲輪の石垣。丸亀城の石垣は段々のウエディングケーキのごとく重なってます。

石垣ファンなら1日楽しめるぞ。ここの帯曲輪はっ。
 
明日はもっと凄い石垣を紹介します。長々と丸亀城を紹介して来ましたが、実は私は明日の画像を一番自慢したかったんだよね~。うふっ全国の石垣ファンの諸兄へ乞うご期待を
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丸亀城三の丸

2010年11月25日 04時37分01秒 | お城&御所
三の丸のある平場のここから見ると、天守の乗ってる本丸の石垣。中央に二の丸の石垣。そして帯曲輪の石垣が同じ画面の唯一納まるビューポイントです。見ておわかりの通り、照明がとっても邪魔ですけど。左下へ続くのが先日紹介した高さ約22メートルもある見返り坂の石垣です。石垣のギリギリまで下がっててこれ以上下がれないんですけど、実際に丸亀城に行かれましたらぜひここから石の城を堪能して下さい。
これではあんまりなので、三の丸を巡る平場から移した美しい丸亀城の画像を掲載します。



上の松は許容範囲ですが、下の木はいかがでしょうか?せっかくの石垣が隠れてしまってるし、木って石垣には案外危険なシロモノのように思うんですよ。植物って凄いもんね。よくド根性大根が冬になると話題になりますが、木の根っこで石垣が崩壊しそうで怖い。もうちょっと離して植えるべきなんじゃないの??と思ったのは私だけか??丸亀城って大事にしてるようでちっとも大事にされてない~~。お役所仕事だから?もっとお城に愛がある人が担当して欲しいデス。

丸亀城の石垣は、主に築城技術が最も発達した山崎氏の時に築かれました。城内には打ち込みハギをはじめ、野面積み、切り込みハギなど様々な石積みが見られます。また、石垣の中には「△」や「田」など刻印と呼ばれる記号が見られます。石を割った矢穴や石の表面を綺麗に加工したノミの跡などもあります。
こんな感じで。

三の丸で行われた石垣修理のようす。三の丸跡に立て看板がありました。
月見櫓跡から飯山を望む。
少し前「UDON」というさぬきうどんがテーマの映画がユースケ・サンタマリアさん主演で公開されました。画像中央に見える富士山のような山も登場してますね。正式な山の名前は飯山。でも讃岐富士の方が通りがいいです。丸亀市は香川県の中で中讃と呼ばれる場所で、讃岐うどんの本場です。ええ、一番うどん屋が多い場所なんですよ。あ。話がそれました。
/延寿閣別館
麻布にあった旧藩主京極家の江戸屋敷の一部を移築したもので、内部は藩政時代の大名の生活がしのばれるように、昔のまま保存されている。三の丸を巡る平場にあります。
/勤王碑
三の丸を降りると見下ろす視界は樹々に遮られてしまいます。三の丸から遠く瀬戸大橋も望めます。
そして、明日は丸亀城が石の城と呼ばれる真髄をお見せしましょう。帯曲輪です。
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丸亀城の本丸・二の丸

2010年11月24日 04時42分38秒 | お城&御所
亀山の山上が本丸です。現在は天守しかありませんが、かつては隅櫓・多聞・土塀が石垣上に巡ってました。
礎石、排水路が一部復元されています。

上の画像は本丸の南から望むこんぴらさんです。画像奥左の山がそれ。丸亀城は北にある港に着くこんぴらまいりの客を迎えるように石垣の上に立ってるのです。
二の丸へ降ります。
山上で2番目に高い平場(曲輪)です。めぼしいものは前出の悲しい伝説が残る二の丸井戸しか残ってません。
かつては本丸同様に石垣上に隅櫓や多聞がありました。往時の姿を偲ばせるものが残っています。
丸亀城木図/平成4年市指定・有形文化財
上図は檜材で精巧に造られた江戸時代初期(寛文年間)の木型模型です。城の再建、改修をするときに絵図とともに幕府に提出されたもの。(丸亀市立資料館所蔵)資料館はお城の敷地内にあります。大手一の門を左手の坂を登ると天守方向ですが、一の門を右へ直進すると資料館方面です。

木型模型の写真だけではイメージが湧かない…。それもこれも明治9~10年に場内の櫓や多聞が取り壊されたしまったからだ!もう取り返しつかないよ…。
ところがですね。こんなのを発見しました。
二の丸長崎櫓跡です。
「長崎櫓跡は、石垣高さ約12メートル。東西5間(約9、4メートル)南北4間(7、6メートル)、石垣上部から約60センチの深さに礎石がありました。
平成3~4年度の石垣修理工事で石垣内部の構造が分かりました。内部には、上砂と礫を層状に突き固め版築した盛り土があり、石垣と盛り土の間には、安山岩の角礫を用いた栗石が約2メートル幅ありました。
栗石は石垣内の水抜きや土圧の緩和作用があると言われています。」という立て看板を発見。トップ画像の矢印の場所です。
トップ画像を見ると、丸亀城が石の城って思う。でも誰もいないんですよ。画像を見ると天守の下に人影があります。観光客は前出の最短コースで坂を上り、吸い込まれるように日本一小さな天守へ向かうんですよ。でもってすぐに下山しちゃうんですね。私が二の丸から三の丸を巡る平場を巡って歩いていた時も、更に下にある帯曲輪を巡っていた時も誰とも出合わなかったんですよ。ま、独り占め出来て良いっちゃ良いんだけど。せっかくいいもの持ってるのに、せめて<石垣のビューポイントはこちら>とか言う矢印を出しておけばいいのに。
二の丸搦手です。
画像ではわかりにくいかもしれませんが、この階段あまり人が歩いてないから滑ります。当日は雨が降ったり止んだりなので、マジに足元がヤバいです。だから降りたもののもっ辺登るのを諦めました。
そしてコレ。
発想の勝利といいましょうか。丸亀城の天守は石垣の上に築かれてるのです。
丸亀城の天守はたった15メートルしかないんですよ。ええ、ガンダムより低いんです。でも石垣効果で高く見えます。丸亀城を訪れた際は絶対にこの角度で見上げて来ましょう。そんで、しょぼい狭間を見上げてぷぷぷと吹き出して下さい。
はい。
私、間違ってました。
天守に入った時に、狭間が1個しかないと言っちゃいましたが、あれ、狭間を塞いでたのですね。画像を見るともう少し多かったみたい。
しかしですね。
ビューポイントなのに電線があるのはいかがなものか?とムッカリしますが、更に許せないものが…。

これどう思います?
照明設置するにしても、もう少し方法と場所を考えて欲しいよな。お城ファンの萌えをナメとんのかっ!!と。
明日は更に許せない場所に設置された照明をお見せしましょう…。

ところで。
換気扇が回らなくなりました
これはイカンと早速換気扇用の洗剤を購入し、エプロンつけて延々お掃除開始!
レンジフードを取り外し、こびりついた脂汚れを削るように取る!とるっ!とれろ~~~!!
フードは2枚重ねで全部で4枚。心ゆくまで脂を落し、満足、満足。
さ~て。
とにかく、おそらく油がこびりついててモーターが回ってないと思うので、まずはファンをなんとかせねばっ。
あれ?
あれれ??
なぜかファンが外れません。
…どうやって外してたっけか~??
これ、前に掃除した時も外しにくくて困ったけど、それに輪をかけて再装着出来なくて、四苦八苦したんだった…。
でも。
外せないハズがないっ!
え~。
2時間頑張りましたがファンを外すことが出来ませんでした!
もう時間切れ。
再び外したファンの固定ねじとかナットをつけて応急処置をします。つ~ても!!
換気扇は相変わらず回らないんだけどね…。どうすればいいんだろう~。
つ、疲れた…。
取りあえず、今日の所は負けといてやるぜっ。指もボロボロになっちまったしな。
やさぐれてマス。
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丸亀城天守閣

2010年11月23日 04時30分38秒 | 記念スタンプ
「丸亀城 天守閣
江戸時代初期の建築。三層三重楼 
屋根は南北棟の入母屋造本瓦葺軒裏丸垂木型総漆籠波形軒である。
一層は高さ2メートルの石垣の上9メートルに7、2メートル石落とし及び狭間付。西面を除き腰羽目板張り上部塗籠。一層屋根上南北側面に唐破風付。
二層は5.4メートルに7.2メートル塗籠。二層屋上東西両面に千鳥破風飾付。
三層は3.6メートルに5.4メートル塗籠各層武者窓塗。
各層の逓減割合はまとまりよく統一されている。
内部は各層床板張り、内部柱は一層20本、二層14本、三層2本で、隅柱は左右に漆柱を建てている。
用材は栂(つが)を主とし、桧(ひのき)と松を混用している。
昭和25年天守解体修理の際、三層の壁の中から「万治三年三月」と墨書きした板札が発見された。是によって寛永19年山崎氏着工の築造が、京極氏によって完成されたことが判明した。
昭和32年3月30日前記の板札が、重要文化財に付指定された」
う~む。これは本丸にあった天守の解説文なのですが、解説文が墨書きなのは勘弁して下さい。読みにくい上に誤字?とか判別つきにくいんです。「垂」だか「重」だか…。自信ないなあ…。ってなことで本日は丸亀城の天守の紹介です。

「丸亀城の天守は3層3階の現存木造天守です。高さ約15メートル、1階北側には、石落や狭間があります。この天守は四国内で最も古く万治3年(1660)に完成しました。日本一小さな現存天守です。」
説明文は以上ですが、見上げると本当に小さな天守です。
これが本当に天守なのか!?と驚く程小さいですよ。皇居にある富士見櫓の方が大きいです。
田舎で法事が終って帰り道、静岡で新幹線を降りて東静岡駅で途中下車。1/1ガンダムを見て来ました。
はっきり言いましょう~。
丸亀城の天守は、ガンダムより小さかった!
BSNHKで日本の城の番組を見た事あるのですが、丸亀城をこんな風に紹介してました。
「明治維新になって、日本全国の城をとり潰すことになった。丸亀城も同じくである。「お城を守りたい」丸亀城下の人は考えた。役人が調査に来た時に天守を柴で隠したのである。そして役人はやって来た。「これは天守ではないのか?」と尋ねると「違います。これは櫓です」と答えた。そして天守は守られた」
笑える…。でもこれってアリか??柴で隠せる天守…。
ちなみに、丸亀城にあった他の櫓はこの時全て取り壊されています。
ま、NHKの言う事だから信じていいんだよな??
お城に詳しい人の判断を尋ねたい所です。
さて、天守。入れます。登れます。
丸亀城天守入場券/大人200円。
お城の入口の観光案内所でいただいた割引券を利用。100円で入場出来ます。
ついでに「百名城のスタンプありますか?」と尋ねてると、笑顔で出してくれました。

んふっご・満・悦
ところで、お城の中は資料館になってるお城が多いんですけど、ここ丸亀城は事情が違います。
なぜなら、狭いから。
1階だけは少しだけ展示物があるんだけど…。

こんな感じで。

ちなみに狭間が1個あります。つーか狭間は一つしかないんだよね。
お城に一つだけの狭間ってどうよ??
さて、階段を登って上層へ。…上層へ登れんっ!!
階段が急過ぎるのです。傘は預けたけど、手荷物が邪魔。困ってると受付のおじさんが「置いてっていいよ」と声かけてくれました。
感謝して荷物を預け、まずは2層へ。
く、暗い。おまけになにもない。
続いて3層へ。同じく急階段。
暗いながらに木造の様子を楽しみます。
 
窓から城下を見下ろす。
わかりにくいですね。

格子がないとこんな感じ。公園が見えます。ここで丸亀城を見上げました。
画像奥に見えるのは瀬戸内海。江戸の昔、ここに沢山の船が旅人を乗せて到着しました。旅人の目的はこんぴらさん。こんぴら参りは伊勢まいりと同じく流行でした。
ところで何で天守の中が暗いのか?と思いましたら、照明がないんですよ。光は外より取り入れます。かつてもこんな感じだったんですかね?
またまた急階段を降り、預かっていただいた荷物にお礼を言う。
話の接ぎ穂に「いや~、凄い階段ですね」と言いますと、おじさんは「58度あるからね」とサラリ。
何っ!?
58度って、そんな階段かけていいってかっ!!
あ…あり得ん。

gooのサービスにフォトチャンネルがあります。
使った事なかったのですが、せっかくなので初挑戦。
初回なので色々不具合があるやもしれませんが、「行くぜ、丸亀城!」で作成しました。
明日から登場する石垣もチョイスしてるので、よかったら見て下さい。
フォトチャンネルは、左のバー「最新フォトチャンネル」よりお入り下さい。
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丸亀城最短コースで天守へ

2010年11月22日 04時54分15秒 | マンホールのふた
お城には坂道が大概ありますが、丸亀城の坂道はどこかおかしい。
観光案内所から東へ一直線へ伸びる坂道。ここは大概急です。なんとかかんとか上り切るとそこが見返り坂。
見返り坂。
ここは三の丸北側の石垣が見えます。丸亀城の石垣のなかで最も高く、22メートルの石垣が聳えてます。

石垣があまりに高くて、上段の石垣は見えません。ここから本丸まで三段の高さは40メートルに近いこの城壁は丸亀城を「石の城」と形容される由縁です。

さて、そこから先はさらに勾配のある坂道が。なんとか止んでる雨ですが、足元は濡れてます。
あまりに急で視線は常に足元にあります。
と、いつものマンホール発見。丸亀市名産うちわがモチーフ。おなじみ丸に金のマークがある金比羅さんのうちわもあったりして。
一気の登れない坂道で、左に目をやると、真新しい修理後の残る石垣を発見。

滑ると怖い坂道をおそるおそる上がると、そこが二の丸。といっても維新後に城内は火災に会い、その上城の櫓はすべて取り壊されてて何も残ってません。ただ伝説のある二の丸井戸が残るのみ。讃岐の子はほぼ知ってる伝説なのですが…。
『羽坂重三郎は常に仕事をする時は裸になって一生懸命働くことから「裸重三」と呼ばれ、丸亀城の石垣を完成させた功労者です。
殿様は「さすがは重三の築いた石垣だけあって完璧だ。これでは空飛ぶ鳥以外にこの城壁を乗り越えるものはあるまい」とご満悦でした。
ところが、重三郎は「私に尺余りの鉄棒を下されば、容易に登ることができます」と言って、鉄棒を使いすいすいと城壁を登ってしまいました。
殿様は、重三郎を生かしておけば来敵に通じた場合、恐ろしいことになると考え、城内の井戸の底を重三郎に探らせて、その隙に石を投じて殺してしまいました。この伝説の井戸が二の丸井戸です。』
これが石垣にまつわる悲しい伝説です。
 
丸亀城の最短コースを辿って頂上を目指します。と。あっという間に到着です。

はっきり言って、味もそっけもない道です。しかも急なだけであっちゅー間に天守に到着というのは城としておかしいと思う…。実はそこに丸亀城の歴史がかかわってくるのです。
丸亀城を築城した当時、大手門は現在の大手門とは違う場所にありました。
かつての丸亀城は南側にあったのです。だから丸亀城の石垣を本当に堪能したければ、こちらから登らないとダメなのですよ。ってなことで丸亀城の石垣については、後日記事にします。明日は天守について。
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行くぜ!丸亀城

2010年11月21日 04時38分06秒 | お城&御所
日本広しといえども、現存天守は12個しかない。
四国にはうち4個も残ってます。でもって、丸亀城はそのうちの一つ。天守の数(2010年3月5日)の記事
実はここ、私の田舎にありまして、私史上初お城はここ。なぜなら当時銀行勤めの叔父が丸亀に住んでたのです。実家が工場の私は家にいたら邪魔との理由から、叔父の家に預けられっぱなし。かつて丸亀のお城には昭和時代にありがちな小さな動物園と遊園があり、そこで遊んでました。そんな訳で、天守にも上がったことがあるのですが、記憶の彼方へ埋もれてしまったまま幾年月。このたび田舎で法事がありダンナより一足先に讃岐へ戻った私は、数十年ぶりに丸亀城を訪れました。
いや~、このお城凄い~~!!
当初はお城と猪熊弦一郎美術館の両方を訪問するつもりだったのですが、なんと!!お城だけで予定時間を使い切り、あまつさえ上から石垣を堪能してたら時間が足りなくなってしまいました!
マジか~~!やはりどんなに小さな城でも城は最低でも3時間はかけないとダメですね。反省です。
少し消化不良の丸亀城訪問ですが、記事を分割しますので今日から少しの間おつきあい下さい。だって画像超増量したいんだも~ん。

時は季節外れの台風が迫る10月28日。名古屋を過ぎると新幹線の車窓は低い山から次々と雲が沸き立っていた。空へと伸びる雲はうねってまるで『蟲師』の世界。あ、そう言えば、映画の蟲師はこの辺りでロケをしていたっけか?などと感傷に浸りつつ地面に届くような重い雲は京都まで続いていた。
こりゃもう傘をさしてお城を巡るしかないか…。と、半ば諦め気分で覚悟を決める。
丸亀城は「石の城」なので、雨降りとなると足元が不安だ。ま、ぬかるんでても行きますけど。お城好きの萌えは雨降りなんかに負けないよっ。
そんなこんなで降り立った丸亀駅にはコインロッカーがありませんでした。
おいおい、田舎への手みやげ片手にお城かよ~~。とぼやきつつお城を目指す。

上の画像は丸亀駅に隣接する猪熊弦一郎美術館です。お城観光で時間が余ったらここへ寄るつもり。いつか行ってみたい美術館の一つですもん。
さて、お城ですが、丸亀駅は高架になってて、ホームから確認出来ます。ともかくお城お城と足取りも軽く歩きますと、まず到着するのはこの公園。

以前にはこんな公園はありませんでした。お役所が造った公園ですが、ここだけは評価出来ます。だってお城のビューポイントなんですもの。ただし、撮影のベストポイントは画像の石の構造物の上です。でもなぜか立ち入り禁止のテープがあって無念です。う~む。もしかして子どもが落ちて怪我でもしたか?
あとね、画像の左にある三角屋根はトイレなんですよ。せっかくの丸亀城のビューポイントなんだから、トイレのデザインにもう一工夫欲しかった~。
さてこの公園のある場所はかつて丸亀歩兵第12聯隊跡地です。

日本全国よくある話ですが、丸亀城にもかつて陸軍の施設が置かれてました。
私の祖父も招集されて、ここで兵隊さんをやってました。
私が幼い頃、祖父から兵隊時代丸亀城にいた頃のお話を聞かされた覚えがあります。でもさっぱりぽんと忘れました。理由は簡単。怪談だったんです。祖父は調子に乗って、臨場感たっぷりに聞かせてくれまして…。怖い話が大嫌いな幼子の私は、努力の結果今ではすっかり祖父のお話を覚えてません(きっぱり)。

さて、丸亀城です。公園にあった案内板の解説によりますと
「丸亀城 築城400年を誇るまちのシンボル
丸亀城は讃岐太守生駒親正とその一子一正によって1597年から5年の歳月をかけて築かれました。1615年の一国一城令により一時は廃城となりますが、生駒氏のあとを受けた山崎氏が再建し、山崎氏絶家の後、京極氏が城主となり7代212年を経て明治維新に至りました。
白亜の天守は全国に現存する木造天守12城のうちの一つで、大手一の門とともに国指定の重要文化財です。また、内濠から天守にむけ四層に重ねられた石垣の優美な曲線は”扇の勾配”と称せられています。」とあります。

内堀越しの丸亀城。画像左が大手二の門。画像中央が大手一の門。そして山上に聳える天守。天守が建っているのは標高66メートルの亀山。
一の門/昭和32年国指定重要文化財
寛文10年(1670)京極氏のときに完成しました。楼上に太鼓を置き、城下に刻を知らせたことから、太鼓門とも呼ばれています。
画像に菊の花が見えます。調度菊花展の開催中。でも懸崖系の菊はほとんど花が咲いてません。今年の開花は遅いのでしょうか?
さて、丸亀城の本格的観光ですが、坂を登る前にやらなきゃいけないことがあります。
それはうちわ作りコーナーが入ってすぐにある建物の奥で、丸亀城の見取り図の入った地図を確保することです。
城はそもそも防御の知恵が詰まった建築物ですから、あちこちに騙しやらトリックが潜んでいます。それに乗ってしまうと、城の醍醐味を味わうことなく観光が終ってしまうという…危険な観光地なんですよ。
あ。観光案内所でお城の見取り図を手に入れるついでに割引券も手に入れるといいですよ。天守を登る料金は通常200円なのですが、100円になりますし、余裕のある観光客は丸亀藩の大名庭園中津万象園へも行きますよね。こちらは通常1000円の入園料が700円に割引となりますよ。ちょっぴりお得です。


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おいしいあれこれ

2010年11月20日 04時35分22秒 | おいしい&スイーツ
食べ物ネタがいくつか溜まってるので紹介します。
まずはトップ画像は近所のスーパーで売られていたドリアンくんです。
ドリアンはまるごと1個で販売です。スーパーとしては単価を下げるために、ぜひとも「あなたの為に小分けしました」という大根のようにチャッチをつけて売りたいのでしょうが、ドリアンでソレは出来ません。匂いがねっ。ドリアンは客を周辺からなぎ払う威力があります。
ドリアンをスーパーで売ってることも驚きでしたが、買ってく客がいるのにも驚きです。どんな人が買うのだろう…。

続きましてはマクドナルドの朝メニューから。これ、挟んでるパンがホットケーキなんですね。面白い。うっかり購入してしまいました。塩分摂取を1日6グラムまでの制限があるので、マクドナルドのようなファストフードは厳禁なのですが、汗が一杯出る夏ならなんとか許容範囲。と自分に言い訳しつつ食しました。見た目だけでなく、味も面白い。

釣りキチ三平の三平くんのイラスト入り枝豆です。枝豆のシーズンは初夏ですよね。でもこれ確か9月に購入したような…。ま、美味しければ何でもいいんですけど。

ご当地土産です。秋田が田舎の友人のおみやげでいただきました。
だんなが「ずんだって何?」と聞くので解説付きの箱を見せました。ご当地土産だけに気遣いが細やかですね。

同じく秋田のご当地土産です。酒最中なのですが、こも俵の形をしてるのです。これ、美味しかったです。
そんな訳で、法事で讃岐に里帰りしたのでお土産のお返しに選んだのはコレ。
うどんぴっぴとおいりです。

うどんぴっぴは最近登場した郷土のおかしで、コンセプトは店で残ったさぬきうどんを揚げて砂糖(もしくは塩)をふりかけました。という感じのお菓子です。やめられない止まらないノリで誰にも喜ばれます。駅の売店で売られています。なぜなら「株式会社高松駅弁」の製造なので。
おいりは以前記事にしましたが讃岐の郷土菓子(2010年12月4日)の記事、香川県の西側(西讃地区)では祝事があった時に配られるお菓子です。西讃の子にとってはこのお菓子と花嫁衣装を着たお嫁さんはセットで思い浮かべるものです。
そして時には凶器になる瓦せんべい。
これがせんべいなのか!?と驚く程固いのです。昔から固いせんべいでしたが、久々にいただいたら未だに同じく固かったです。昨今クレームがつかないのが不思議です。ちなみに画像は小分けした小さな瓦せんべいですが、瓦せんべいはもともと屋根にある瓦と同じ1/1スケールでした。
今も1/1スケールのものも売られてます。が、あれをいただくには金槌片手がおすすめです。力が弱い人は固過ぎて割る事も出来んシロモノよ。いや、瓦割りのマネをしたいなら止めません。そして人前で瓦せんべいを割る事が出来なくて恥をかいても知りませんが…。そういう危険な食べ物です。
これ、歯の弱い人には絶対食べさせたらいけません。歯が折れたりくだけたりしますから!特に年配の上司へプレゼントしたら後に待つのは悲劇です。いや、それを見越して嫌がらせしたいなら最適の土産なので止めませんが…。食品安全委員会とかあったら、こんにゃくゼリーと同じく要チェック商品でしょう。
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東京の人はまず知らない東京土産

2010年11月19日 04時02分10秒 | おいしい&スイーツ
皇居にはもう何度も行ってますが、一度も見たことがなかったのがこの銅像。
楠木正成像です。
でも地方からの観光客もしくははとバスの利用者は大概知ってるんですよ。なぜなら、楠木正成像の裏に観光バスの駐車場があるから。観光客はここで降車もしくは乗車することになります。で、向かうのが皇居の二重橋なんですね。へえ~でしょ?東京周辺に住んでると、わざわざ観光バスに乗って皇居を訪れたりしませんもの。
で、楠木正成公の像は集合場所にはうってつけ。なので、銅像の側には売店だってあります。

売店にはご当地キティだって置いてあります。
画像撮影に失敗してわかりにくいのですが、キティちゃんが楠木正成像に変身してるのですよ。
トップ画像では大きさがわかりませんが、これ大きいです。
調べてみたら、銅像本体の高さが4メートル。台座部分を含めると8メートルもありまして、大き過ぎて銅像の表情がわかりません。どんな顔して皇居にいるのかな~?
ちなみに、靖国神社の大村益次郎像、上野の西郷隆盛像と併せて東京の三大銅像の一つなんですって。
確かに大きさでは三大銅像にふさわしいです。ただ、選定時期が気になるとこですが。
デザインは木彫家として有名な高村光雲(「智恵子抄」を書いた高村光太郎のお父さん)です。像は1896年(明治29)には完成し、1900年にこの場所に設置されました。
ず、随分古株の銅像だったのね。つーかこの時代って天皇崇拝が一番過激になっていく時代ですので、歴史上天皇を守って戦死した楠木正成チョイスがありかもしれん。
んでもやはり皇居に設置される像に楠木正成チョイスしたのが誰だったのか?気になるなあ。デザインした高村光雲がたまたま彼をチョイスしたのでしょうか??それともどこか高い所からの意向があったのでしょうか?

さて、天気も悪くて今にも雨が落ちてきそうです。ちょうど前週にNHKで「ブラタモリ」が丸の内だったので、ぜひとも明治期の仕事が残ってる鉄道の橋桁とアーチを見たいと思い馬場先通りから外堀通りへ移動。ここから八重洲口へ。
途中で明治期の人が創ったアーチをくぐります。ここは明治昭和の鉄道の橋桁が並んで現存してる場所。
こら~~!!誰が落書きしたんじゃ~~!!
若者は歴史を知らないからか公共マナーがなってないっ!てな訳で画像がありません。
そんなこんなで久々に八重洲口へ来たので以前から一辺食べてみたかったたいやき屋さんへ。
ええ。
既に何度かたいやきが記事になってるのでお分かりの通り、私たいやきスキーなのですよ。
大丸に丸いたいやきがあるって聞いて一辺食してみたかったんだよね~。

丸いたいやきは全自動機械で焼かれてました。メニューはあんこのみ。

味はともかく、たいやきスキーの私は、たいやきは「おやつ」だと思っているので値段設定に難点ありです。
確か1個160円でした。
これは100円で売るべきだ。最初のものめずらしさで買う客はともかくリピーターはつかないよね?これ。てな意見ですがどうでしょうか?
私以外に客の姿もないのでハズしてないと思います。立地のよい店舗なのにもったいない。
なんとなく、次回来たら別店舗になっていそう…。
メニューがあん入りの1点しかないわりに、あんの味もいま一つ。自分のとこであんを作っていない。おそらく業界で使われているあんだと思う。
かと言って皮もとびぬけて素晴らしい訳ではなく普通。
形の目新しさは飽きられたらそれまで。移り変わりの早い東京駅での商売としてはどうだろう~。道ゆく人のおやつを目指すならワンコインが妥当。100円にすべきてす。でないとお店の未来はなさそう…。
だいたいたいやきっておみやげに向かないんですよ。
やきたてと作り置きじゃまったく別物の食べ物です。
やきたてをいただいてこそたいやきは美味しいのです。
昨今やきたても味を再現する方法を書いた紙をつけてるお店もありますが、どんなにうまくやってもおうちのオーブントースターじゃ再現には限界があるんだよね~。そんな手間ひまかけていただくおやつじゃないでしょ。たいやきって。
このお店も箱売りして客単価を上げようとしてるようですが、売上ってどうなんだろうな…。店先で自動でくるくる焼き上がるたいやきは楽しいですが、それも大量に売れないことには機械動かせないよね。人ごとながら気になりましたよ。
でもカテゴリーはおいしい&スイーツで。
たまに東京駅に来るといろいろ変化があって楽しいです。おもわず構内をうろうろしてしまいましたよ。
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明治生命本社本館

2010年11月18日 04時37分50秒 | 皇居・丸の内・永田町・九段下
三菱一号館を後に向かったのは馬場先門の先にある「楠正成像」。
いや~。
出光美術館には来客がお茶して景色を楽しむ無料お茶コーナーがあるんですよ。
ここはなかなかのビューポイントで、皇居の桜田門や二重橋などを一望出来るのですよ。でね、手前にお濠越しに見える林があるのですが、そこに甲冑をつけて馬に乗った武士の銅像があるのですよ。知ってはいたのですが、近くから見たことなかったんですよね。で、今回も出光美術館でお茶したらまた気になっちゃったのです。
ってな訳で皇居を目指して歩いてましたら、何やら素敵な石造りの建物が…。
明治生命館だそうです。

同じビルです。明治安田生命館です。

国指定文化財の名称としては「明治生命保険相互会社 本社本館」です。社名は明治生命と安田生命が合併したからね。違います。
この建物は昭和9年に完成した「古典主義様式」の洋風建築です。設計は岡田信一郎。
皇居側からみると、通りを挟んで建つ建物と屋上の高さが全く同じで、かつてのビル街を彷彿とさせる一角ですね。実は11月3日(文化の日)には内部公開もあったようです。行くつもりだったのですが、法事の疲れでダンナがパス~と言うので諦めました。ら、来年こそ…。
ちなみに、トップ画像手前の水辺は、皇居の日比谷濠です。
カメラを90度振るとこんな感じ~。

ここにはかつての馬場先門がありました。
 
現在、東京都の文化財ウィークの間行われた特別公開を利用しておでかけした根津・上野・神田・湯島界隈の散策の記事を書いています。(12月初旬公開)それで訪問した明治期の建物が岡田信一郎設計のものが複数ありました。
それで明治生命館も岡田信一郎の設計だったなあと、検索かけてあちこち。
それでわかったんですけど、明治生命館は毎週土曜・日曜に公開されてました。公開時間は11:00-17:00です。
この建物は戦後1945年(昭和20)9月12日から1956年(昭和31)7月18日までの間、アメリカ極東空軍司令部として接収され、この間1952年ん(昭和27)まで2階の会議室が連合国軍最高司令官の諮問機関である対日理事会の会場として使用されました。マッカーサー総司令官もこの会場で開催された会議の何回も出席したそうです。
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