あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

フエからホイアンへ移動

2016年06月20日 06時05分00秒 | ベトナム旅行記
2015.4.14(火曜日)午前はフエから北西へ40キロに位置するフクテック村観光でした。ランチも村内の伝統家屋のレストランで家庭料理を伝統陶器でいただきました。
ここから一気に長い歴史のあるホイアンへ、国道1号線で移動します。
道々車窓を撮影しました。

車窓ウォッチングは楽しいです。

あ。南シナ海!!ついでに、画像下半分は国道1号線の斜線を増やす工事です。中国でも思ったのですが、なぜに長い距離を一気に工事しようとするのか?ちょっとづつやって、順番に完成させればいいのに、一気に工事を始めるからいつまで経っても工事が終わらないんじゃないの~??

国道1号線に平行して走る鉄道が手前に。でもこの画像の見所は奥に写っている山です。山は自然の山ではありません。経済植物を栽培してるのです。
私「何を作ってるのですか?」
ガイドさん「紙を造る木です」
フエから続く国道1号線が、山道になりました。目的地のホイアンまで3つの峠を越えて行かねばなりません。

現在トンネル工事中。

あ。電車がやって来ました。車両はなんとソビエト製なんだって!いつの時代やねんっ!共産時代の車両ならば丈夫だけども。スピードは出ない。なのでベトナムの人は長距離移動する時にはバスを使うそうですよ。需要のなさが近代化を阻んでるようです。

ここの国道1号線も工事中ですね。その奥の薄紫の花が咲いているのは全てホテイアオイです。びっしりホテイアオイがはびこっていますね。

こちらは蓮池。ベトナムでは蓮の花は栽培植物。蓮茶の材料にする為です。

こちらも峠を貫く工事の最中です。
3つの峠の中で1つだけトンネル工事が終わってる場所があります。日本のODAで6280メートルのトンネルが2005年に完成し、峠越えの所要時間が1時間から10分に縮まったとか。現在工事中のトンネルが完成したらもっと短縮出来るのでしょう。
16:00ランコー村で休憩。

ランコーの浜は南シナ海の内海が広がっていて、人気の海水浴場です。

せっかくなので海辺を見て見よう!という事になり、ガイドさんおススメのホテルのプライベートビーチへ。

ここは鳴き砂の砂浜で。私、鳴き砂ってまだ行った事ないんですよ。
なので気分もウキウキで波打ち際を歩いていたのですがね。

あ。これが波打ち際で撮影した画像です。
ところがここで思いがけない事が起きたのですよ。
攻めては返す波です。ちゃんと波打ち際を歩いていたハズなのに。攻めて来た波が思いがけず伸びたんですよ。
あ!と思って、すぐにバック走で逃げたのですが…。

やっちゃいました~!!
この時、自分はずぶぬれになろうとも、デジカメは守ったハズでした!
車窓に最近人気のリゾート地のダナンの街が見え、いい感じの海水浴場を撮影しようとしたのだけどね。デジカメのレンズが出ない!のよ~~~~っ!!
ま・まさか…。
背中に冷たい汗が伝い落ちるのだよ。まさかまさかと思いつつ、バスの中でデジカメの取扱い説明書を熟読したのですが、どんなに読み込んでも出なくなったデジカメのレンズを出す方法は載ってない!という事は…。
デジカメが壊れた~…
そうなのよ。前日の旅のメインカメラとして使用していた携帯電話をフエの川底に落として消失させたに続き、サブカメラのデジカメまで壊してしまったのです。
もうね。
もうね。
も~う~ね~~っ!!
海外旅行でカメラなしとかあり得ないでしょ!!
いや、悪いのは自分だって分かってます!そんなの分かってるんだぁ~~~。
もうね。魂抜けそう…。
ハア…。
車内ではガイドさんがダナンの街の説明をしてくれたんだって。全く聞いた記憶ないけどな。
気付いたら外が真っ暗だった。
18:20、ホイアンのシルクビレッジで夕食。何食べたか覚えてないけどな。
20:00ホイアンのリバーサイドホテル到着。ウエルカムジュース。
もうふて寝してしまいたいっ!
でもその前にやらねばならん事がある。

ランコーの浜でずぶ濡れにした服を洗わないといけません。これが…。鳴き砂ですから、洗っても洗っても砂が出るんですよ。キ~~~~っ!となって、遂にバスタブに服をしゃぶしゃぶにして洗いました。まあね。リゾートホテルだから、部屋の外にデッキチェアーとかあって、服を乾かすスペースもあったのだ。まあ、すぐそばが海水浴場だからして、便利なホテルだよね~。

翌朝もカメラはなくともいつもの朝の散歩へ。こうね。無理矢理気分を上げてみたけどさ。そうそう滅入ってる気分は回復しない。何しろ2回目なんだもの~~。

という事で、ベトナム旅行のブログは中断します。
やや。まだ旅の6日目で、この旅は11日間の旅ですから続きがあるのですが、夏コミに当選したので作画作業に入ります。ベトナム旅行のブログ再開は、原稿を入稿したらになります。申し訳ありませんがお待ち下さい。
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フクテック村の散策

2016年06月19日 06時08分04秒 | ベトナム旅行記
人口約330人のオーロウ川に囲まれた小さな村の散策中です。

また出た!フエのトゥドック帝廟でも見たジャックフルーツです。

これ、何だと思う?実はイチジクなのですよ。ベトナムのイチジクは幹から直接生えてるのです。

これもそう。あれ?ぶどうってこういうなり方してないよね??どれもこれも幹から実がなるからさ。

さて、次に案内されたのはフクテック焼きの工房です。
「フクテック焼きは村の陶器なのですが、ベトナム戦争で一度失われた技術なんだそうです。

2人がかりで1日に20個しか成形出来ない効率の悪さ。安価で丈夫なプラスチック製の食器に勝てません。」
さもありなん。だって、ろくろを手で回してるんだもの~。でも歴史は古く、フクテック村の陶器工房は、ベトナム王朝時代から続く300年以上の歴史があるんだって。
 
素朴は感じが民芸って感じの焼き物ですね。
次の場所に移動中、ひょっこり村のおばあさんと出会う。

上の画像の左のおじさんが案内人さん。ベトナム戦争を生き抜いた数少ない村人です!と紹介されたけどさ。コメントに困る。ベトナム戦争が終わってまだ40年しか経ってないからさ、記憶がまだ生々しいんだよね。歴史になるほど古い話しじゃないんだもの。

さて、また川端に出ました。日本の川は河川工事をして護岸がコンクリートで出来てる川が多いのですが、自然の川ですね。

しかも川縁に綺麗な花が咲いてます。
村の家を眺めて進む。





これはさすがに民家じゃなくて、宗教的な建物なんじゃないかな?つーか、これが民家って紹介されたら驚くわ。

最後に、かつての古民家を改造してレストランにした場所へ。そこでホテイアオイの花を見つけました。
12:10、伝統家屋で、村で取れたもの100%で作った家庭料理を、伝統陶器に盛られていただくという趣向です。
 
ベトナム料理は客が自分で手巻きするメニューが多いのですが、ここのは少し変わってました。

一番不思議だったのがお茶です。これさ、私がお茶をオーダーしたらフレッシュハーブティー1万ドン(約56円)と言われたのですがね。上の画像の白地に青い模様のある陶器にたっぷり入ってましたが、これってどんなフレッシュハーブやねん!と気になった私は、挨拶に現れた料理人に質問したらば…。



こんな事になってしまいました~。
うそ~ん。でもまあいい思い出になったよ。今おばさんがくれたフレッシュバーブティーは押し花みたいになってます。お茶っ葉にしたら大きいんたよね。柿の葉みたいな形の木の葉ですわ。
フクテック村の散策は私はとても楽しかったです。合間にツアー仲間と「普通だけど面白い」とか「オレ達の村いけてんじゃね?」って気付いた目端の効く村人がいたんだよ~。ってバカ話をして笑い合ってました。
もうね。ベトナム戦争の戦渦が残ってる場所はベトナム全土にあるんだからさ。普通のベトナムの村の暮らしが楽しむこういう観光地もありだと思いました。でもまああんまりツアー仲間の受けはよくなかったのか。今年発表された同じコースのスケジュールにはフクテック村観光が入ってません。面白かったのに。変わりに入ったのが、鍾乳洞観光ってさぁ~。鍾乳洞なんかどこの鍾乳洞見ても似た様なものなのに~。不思議~。
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フクテック村は蝶々が一杯

2016年06月18日 06時10分06秒 | ベトナム旅行記
2015.4.14(火曜)、旅の6日目。10:20、古都フエから北西に約40キロに位置する、人口約330人の小さな村に到着しました。
オーロウ川に囲まれた緑豊かな村内には、ベトナムの国家文化財に指定された100年以上の歴史ある古民家が散在していて、ベトナムの伝統的な村落風景を残しています。村の案内人が出迎えてくれまして、散策開始です。

まず気付くのは村の側に川がある!です。こうね、川に向ってピロティーがあってその先に狛犬があるのは何故だ?と首を捻ってると、まずはと、川船に乗り込みました。

向い岸に並ぶ船が全部素朴な木製なのに気付く。

あと、竹も置いてありますね。竹文化がアジアだな~と。

岸辺を眺めてて気付いたのですが、家が川に面して玄関を作ってる。

ってか、うちの船着き場がある。便利だね。



トップ画像がフクテック村の地図です。村が川に囲まれてるのがよく分かります。
さて、村の散策を再開。案内人が連れて行ったのは、ベトナム伝統の家屋です。

家の前になんか、石の燈籠みたなのがある家があったので、これは何か?と聞いてみた。

亡くなった家人を祀ってるんだって。
屋内はこんな感じ。

ベッド。その隣に先祖を祀る祭壇。不思議な造りです。

更に不思議だったのは、祭壇の上。
これさ、川が洪水になった時、食糧や貴重品なんかを上部の棚に入れて守ってるんだって。洪水対策が必要な程水位が上がるんでしょうか?
古民家の天井。何つーの?中から直接瓦が見えるのが不思議です。天井があるのが普通の日本からしたらこの作りが変に見えるのね。所変わればだな。

次に案内人に連れてかれたのが、チャムの戦士の祠です。
● チャンパ王国192年から1832年にベトナム中部に栄えたチャム人の国。ヒンドゥー教を信仰した。

私「立派な木ですね~」と何の気なしに尋ねたらば、驚愕のお話が披露されました。

ベトナム戦争の時、ベトナムを南北に分ける境界線が、ほぼ北緯17°線に近いベンハイ川でした。
フクテック村から国道1号線に沿い、北西へ35キロ先に軍事境界線のベンハイ川が流れています。
この村は戦場でした。
ふと?村の自然たっぷりの村の道ばたに目をやると、昆虫が一杯飛び交ってました!私、昆虫大好きなんですよ。これは~、まずは撮影開始!
 
 
 
たぶん昆虫採集なんかしないのでしょね。カメラをすぐそばで構えても逃げないのだ!
有頂天で撮影していたら、ツアー仲間が声をかけてきた!

やっちまったぜ…。
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フエの新市街を散策

2016年06月17日 06時17分17秒 | ベトナム旅行記
昨日に引き続き2015.4.14(火曜)、旅の6日目朝の散策の画像を紹介します。
宿泊ホテル前の通りが終着となり、大きな道を渡ると新しい通りに名前が変わった。ついでに通りの建物も変化した。学校が固まってる区画を過ぎると、辺りはホテル区画になった。トップ画像は通りにあったコピー屋さん。

こちらは道向こうに写真屋さん。そういえば、かつてフィルムカメラを使ってた時代は、コダックフィルムのヘビーユーザーだったよな。
しかし手前に街中の祠がありますね。

祠の後ろにべたべたとベトナムの名所の写真が貼付けてあるのは、旅行会社です。ホテルの宿泊客目当ての模様です。フエは日本でいえば京都みたいな場所で、世界遺産に登録されてます。世界中から観光客が集まっているのですよ。

あ!ジェットスターのオフィス発見。

ここは携帯電話屋さん。さすがホテル街です。旅人御用達のお店が集まっています。そして細い道なのに信号機がある…。つける場所間違ってるよね?フォーン川手前の交通量の多い道にどうして信号機も横断歩道もないのかな?

普通の道の歩道に露店とお風呂椅子が置いてあります。そこにバイクで客が乗り付ける。常連客かな?

うん。ベトナム名物シクロで自転車を運んでいます。何台乗せてるのか?

ホテルに戻ろうと、ホテル前の通りを急いでると、交通事故を目撃してしまいました!画像を解説しますと、中央の赤い上着の兄ちゃんが、追突事故をおこした犯人。白いヘルメットの白シャツが後ろから追突されたバイクタクシーの運転手。白いヘルメットのピンクの上着の女性が、バイクタクシーの乗客。後のはみんな野次馬。
事故の決定的瞬間を最初から見てたのですがね、大きなバイクに乗った若者がスピード出てて、前をゆくバイクタクシーのおじさんを右から追い抜こうとして果たせず、追突しました。そしてバイクタクシーは踏みとどまれず横転。壊れた。道路のバイクの部品が散らばってます。スピードが出てたといっても低速だったから、ぱったん!と倒れた感じ。衝突音も乾いて軽い音だった。どっちが悪いという事もないな。バイクタクシーのおじさんもまっすぐ走ってれば若者が追突してなかったかもな。でも前行くバイクを右から抜こうとしたのは無謀だった。ヤバいと思えば減速するか止まればいいんだよ。若さゆえ、勉強代は高くついたね。
いかんいかんいか~ん!事故を観察してる場合じゃなかった!急いでホテルに戻り荷物をまとめてロビーへ向う。集合時刻が近いんですよ。

一気にロビー階に降りず、一つ二つ上の階で街路樹を撮影する。画像奥に樹が固まってる場所が公園です。パークビューホテルはここが見えるからだったのね。まあ宿泊した部屋は反対側だったから見えなかったんだけどさ。

デジカメを望遠かけてみた。集合時刻になったので、急いでロビーに降りたけどツアー仲間の姿がない。
ロビーに隣接するプールの周りでうちのツアー客がお茶してました。私もマイペースだけど、同じツアーでは更にマイペースなおじさんに引き連られておじさんの奥さんとマダムと友人参加のおじさん、この4人組がいるので私が目立たなくラッキーです。
さて、午前9時ホテル出発。

バスの車窓から北ベトナムで見た田んぼより育ちのいい稲ですね。これもう稲穂が出てないかな?

薄紫の花をつけてるのはホテイアオイです。
ベトナムにはたくさんの川と水田と池がありますが、どこでもホテイアオイに浸食されています。これさ、やっかいな侵略植物なんだよね。根絶が難しく、繁殖力が多い。在来植物を駆逐して、水中の酸素を奪い日光を遮る。いいとこなし!これ、ヤバいんじゃないの??

同じくバスの車窓から。
 
自転車に無茶積みしてますね。よくパンクしないよな。おばさんがかぶってるベトナムっぽい笠。別人なのに、なんか記号というか判子みたいだわ。

ベトナムは全土で道路工事をやってます。あ。ちなみに、この道、国道1号線です。全土を南北に貫いてる大動脈。斜線を増やす工事を全土でやってます。でもさ、重機を使ってる現場は殆どない!人海戦術で工事をするのが基本みたい。すごいスピードで発展してる国ならではですかね。
国道1号線を外れ、細い道に入った途端にバスがストップした。
なぜかしら~?バスの中を移動。フロントガラスの向こうに広がる風景に納得です。

前方に路駐の2台と、道路まではみ出てる露店。これがバスの進行を阻む犯人です。
バスには現地ガイドの他に助手が乗っています。彼の役割が今一謎だったのですが、助手がバスを降りては知って行く「運転手さん、いませんか?車を移動させて下さい」「露店の品物を少し下げて下さい。急いでね」
などと大活躍してます。
そんなこんなで乗客には待ち時間が出来てしまったので、車窓の撮影を楽しみます。

バナナの露店売り。

こちらはフルーツの露店。

これは、鳥屋さん。もしかしたら鳥かご屋かもしれんが、鳥かごの中に鳥が入ってる。

あ。露店のオバさんが走って来た。田舎だな~。
小さい町の商店街も短い。細い通りは川沿いの道でした。

のどかですね~。
あ。バスが停まった。フクテック村に到着したようです。

時刻は10時20分です。
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ベトナムの街を散策

2016年06月16日 05時28分17秒 | ベトナム旅行記
2015,4,14(火曜)、旅の6日目。今日の抱負は、昨日フエの川に旅のメインカメラの携帯電話を落として、撮影データー事なくしたので、消えたデーターを出来る限り再撮影して取り返す!です!頑張りますっ!
朝食6時。
バゲージダウン8時半。
ホテル出発9時。という事で、スーツケースを先に廊下に出して朝食バイキングへ。
ええ。画像ありますよ!再撮影するんだっ!!

ベトナムの食事は基本どれも日本人の口に合います。やっぱ、国の東半分が海に面していて、川も多くて主食が米な所がいいですね。
しかし、特筆すべきはフルーツの種類の多さですよ。
上の画像を解説しますと、奥左から、タマリンド・グアバ・ハナナ・手前左から、完熟パイナップル・パパイヤ・ドラゴンフルーツです。日本ではトロピカルフルーツとして、伊勢丹の果物コーナーで売られてるような果物が並んでるのですよ。これはもう食べるしかないよ!って事で、朝は半分フルーツ!残り1/4がサラダ。後がフォーとかを食べてたような…。

ベトナムでは生野菜を生春巻きやライスペーパーやえびせんべいに乗せたり巻いたりして食べるというのが普通でして、到着日こそ生野菜を恐る恐る食べてましたけど。普通に食べてました。インドとは違うのだよっ!
ってな事で、手早く朝食を済ませたら毎朝恒例の散歩に出発です。

ホテルの乗った簡単な地図も持った!今日は9時にロビー集合だからだいふん散歩出来るわ~。ってな事で出発です。

ハロン湾からハノイ移動の車窓から建設中の1棟建てのビルの画像を紹介しましたが、ホテルの周りにあった1棟建てのビルはこうです。隣合わせに同じスタイルのビルがあるとそう異質には見えませんよね。

ベトナムの人は朝食は外食が一般的なのでしょうか?道端にお風呂の椅子みたいな低いのをたくさんならべて麺をすすってます。
これ、フエの街に到着して一番最初に気付いた街路樹の花。これはピンクタイプ。

既出の記事で「現在のベトナムで漢字はほとんど見かけない」と、何度もつぶやいてますが、現在使われてるベトナムの文字はこんなの。アルファベットを基準に点をつけたりしてるのね。でも元はアルファベットであっても、既にベトナムの文字だからして読めませんし意味も分からない。これならまだ漢字で書いてくれた方が意味が分かるというもの。と思うのは漢字圏で生活する日本人だからかしら?

あ。画像奥左の露天の食べ物ケースに、フランスパンが見えますね。これがベトナムスタンダードのバインミーというフランスパンを使ったサンドウィッチのお店です。注文してから中味を詰めて仕上げてくれます。
ホテルからフォーン川向こうの王宮を目指します。
と?今度は普通の道に朝ご飯屋の露店が並んでました。



日本ならすべて取締の対象の店ですわ。食品衛生法とか詳しくない私でもダメ出しですわ。でも現地の人は普通にお風呂の椅子に座って食事してます。面白い…。
さて、フォーン川沿いの道に到着しました。目の前の道を渡るとフォーン川。川向こうは王宮です。
しかし、しかしです。

どうやって道を渡るというのだ??
日本なら必ずある道路の白線がない。そして道路に横断歩道がない。更に信号がない!!どうすればいいんだ~~っ!!
画像左奥の黄色い制服着用の人は道路交通整理をしてる警察官です。こっちに来たら渡らせてもらえるのに…。

上の画像中央奥に見えてるのがフエ王宮の石壁です。そこにあるのにぃ~~~~。
諦め悪く数分ねばったのですが、ギブアップ!諦めて川沿いに走る道路を進む事に、

フエ中央病院がありました。

あ。これが渡れなかった道路です。さっきの橋の辺りは混雑してましたが、ここら辺ならタイミングを測れば渡れるかもな。しかしそこまでして向こうに行く必要があるのか?と自問してパスする事に。中央病院に沿って道を織れたれば、古めかしい建物があった。

これさ、ブログを書くために『地球の歩き方』を開いたら、クオック・ホックという学校で、ホーチミンを始め近代ベトナム史に名を残す要人達が学んだ所って書かれてました。とても大きな学校です。

ん~??これはもしかして…。s世界三大花木の一つ、火焔樹(カエンボク)!…かもしれない。いや~。火焔樹はインドのヴァラナシで間違えて大騒ぎしちゃったから自信ないんだけどさ。手のひら位大きな花でした。
さて、ホテル前の通りに戻って来た。道には観光客の為に道路標識が立ってます。読めませんが。

通りを走る人は増えてきた。

果物の露店です。量り売りです。

お寺です。広場に蓮の瓶が並べてあります。蓮はベトナムっぽい。
あ。ホテルまで戻って来ちゃたわ。なら通りを反対側へ行ってみようか。

こちら側は、カフェが並んでます。

おしゃれなタイプのお店もあります。
ん?通りが終わってしまった。大きな道路の向こう側は趣きが違う。

ATM発見。ってかさ、今私、普通に信号渡ったよね??信号あるやんか!なんで、肝心のフォーン川を超える橋へ向う道に信号がないのか!!!
愚痴りつつ直進する。

と?うん?ここは学校ですね。小学校かな?学校の壁に交通ルールのポスターが貼ってありました。
交通ルールが日本と違ってますね。例)上段左から2つめ。バイクの3人乗りOK!ええ~~??3人乗りしてるバイク一杯見たけど、いいんだ~!!ならさ、積載重量制限無視してそうな大荷物を積んでるのは合法?違法??
うん。それらしいのは乗ってない。って事は、乗せるまでもなく合法っぽい。所変われば法律も変わるのですよ。びっくりだわ~。

この辺りが小学校や幼稚園らしき建物がいくつもあります。中は既に授業が始まってるようですね。体育中かしら?子供が運動してるわ。
道の反対側に見えるは…。おそらく教会ですね。あれ?あっちにもこっちにもホテルがある。この辺りはホテル街になってるのかも?『地球の歩き方』を見たら、フエ新市街図に彷徨い着いてました。宿泊したパークビューホテルは、新市街の近くにあったみたいです。
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まさかの全員コスプレ~

2016年06月15日 05時45分51秒 | ベトナム旅行記
17時過ぎ、本日の宿パークビューホテルに到着です。パークビューという位なんだから窓から公園が見えるかな?と思ったのですが、生憎見えませんでした。でもさ、街路樹の黄色い花が一杯咲いているのを見つけ気分は上々です。
さて、実は今日の観光スケジュールはまだ残っててね。この後18時半より宮廷音楽と共に古都フエの宮廷料理をいただく趣向なのですよ。
そして、事前に宮廷衣装のコスプレがあるから、ツアーで一番若い人よろしく~とか言われてしまい結構ブルーになってました。ところがです。宮廷料理をいただくレストランに到着すれば、ツアー客全員に赤と黄色の派手な衣装が手渡されました!
ラッキ~私一人コスプレするんじゃないんだ!!

いわば、もろともですよね~。
まあね。私達はいわゆるお誕生席で、皇帝と皇妃というていで、衣装つけてたんですけどね。

こんな感じです。実は二度とない機会だったので、上の画像を今年の年賀状に使用しちゃいました!
もういい年なんだからさァ~。年賀状で笑いとらなくてもいいのよ?
せっかくみんなでコスプレしたので、旅行会社が記念撮影しましたよ。へっ!諸共よ~。
しかしですね。レストランはコスプレメインじゃなく宮廷料理を宮廷音楽と共に楽しむ事が主眼です。ってな訳で、汚す前にコスプレは脱ぐ!

ツアー客がそれぞれ着席すると料理が順番に出て来ました。
ってかさ、上の画像を見て分かるように、私達夫婦はまだお誕生席に座ってます。このまま皇帝&皇妃役で宴会に突入という事らしいです。でもさ、これさ、ぼっち席じゃん!まあ、成田で始めて顔合わせしたツアー仲間なんだからさ、別にぼっちにされても寂しくないけどな!
上の画像奥を確認下さい。
ベトナム民族衣装を着た女性が写ってますね。いよいよ宮廷音楽の生演奏が始まりました。



音楽を聞きながら宮廷料理も楽しみます。
 
 
 
 
フエの宮廷料理は見た目に凝ります。野菜に細工してあります。添乗員いわく「味は二の次」だそうで。まあ細工優先なので温かいメニューではないけどな。見た目綺麗なのは写真映えします。
最後に宮廷音楽のお姉さんとダンナが記念撮影。楽器も少し触らせてもらって和やかに終了。あ。そうだ!確かお姉さんから宮廷音楽のDVDだかCDを買いました!まだ再生してないけどな~。
ちなみに宿泊した部屋はこんな感じ。

普通です。でもヨーロッパのホテルに比べると部屋が大きいので快適です。

まあ、参考までに。
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フエ王宮の綺麗な建物

2016年06月14日 12時30分06秒 | ベトナム旅行記
ベトナム戦争でフエの王宮は80%が破壊されました。そうでなくとも気温が高くて雨が多い場所ですから、手入れしないと美しく保てないよな~。フエ王宮観光でまだ感動していない。大分諦めたのですが、遂に綺麗な建物がありました!ってな事で綺麗な建物を2つ紹介します。



屋根の上の装飾が素敵~。

そしてここの階段にも動物が。



建物入口の装飾。

これはとびきり美しいです。

ん?隣の区画は調査終了したようで、建物を復元せずに石がかつての建物の柱の位置というよくある復元方法ですね。

トップ画像が建物の正面なのですが、完全逆光でした。なので少し斜にズレて撮影しましたが、綺麗な色が画像で再現出来てません。ちっ!
順光位置に移動してみるか?



いい感じです。こんな事ならもっと写しておけば良かった~。なぜに撮影してないのかな?確か、歴史解説出来ないガイドに急がされたんだったか?
移動します。

次の建物が見えて来ました。
かつては皇族のみが楽しんだと言われる宮廷舞踊が行われた劇場を復元した建物、閲是堂です。宮廷舞踊はユネスコの世界無形遺産に登録されています。(ちなみに、解説文は『地球の歩き方』で調べました。ガイドさんの解説が簡単過ぎるからな!

復元された建物ですが、かつての豪華な感じを再現してるっぽい。

正面。

壁面。あ。画像の下に楽器が写ってますね。

ベトナムの民族楽器かな?どこかで見たことある気がするのはどうしてだろう?
 
こちらは舞台衣装です。

そしてお面。ってか仮面劇なのかな?なんつーの?デザインが今でもいけてそうだ。日曜の朝のテレ朝の戦隊ものや仮面ライダーに採用されてもアリかもしれんな。

劇場の外の石像。これは古びてるからオリジナルかも~。
この後は上の画像奥へ向います。ボロボロの門がありました。

これとか。

これ。これこそオリジナルの門かもしれんな。
あ~ん?ベトナムのオバちゃん達が世間話してるわ。ふと、手元に注目する。あれは!もしかしてハノイのガイドのフォンさんが「ベトナム人はアバが大好き」と力説していたアバではないのか??
じぃ~~~~~~~~っ!と眺めていたらば、オバちゃんがアバを割って一切れ・二切れと分けてくれた。
パクリ!
これさ、まるで青リンゴみたいです。フォンさんは『アバ』と言ってたけれど、日本で言う所のグアバですわ。まあ、日本で生のグアバを食べた事のある日本人はほぼいないでしょうが。でもまあ、普通に美味しい果物です。どこかで見かけたらまた食べよう。

道の突き当たりは綺麗に復元された門です。顕仁門って書いてある。
綺麗だからアップで撮影してみた。

ここを抜けると、王宮の内濠がありました。

内濠に沿って駐車場まで徒歩で移動する。時刻は既に17時近く。市民達がのんびり濠で釣りしてました。

宿泊ホテルパークビューホテルは案外近かった!もしかしたら明日の朝、王宮まで散歩出来るかも~?
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在りし日の王宮

2016年06月13日 05時22分17秒 | ベトナム旅行記
フエの王宮の太和殿を見学後、資料館へ移動しました。いや、本当は宝物殿といきたい所ですがね。フエの王宮に君臨していたグエン王朝は、フランスに占領され植民地となり、ベトナム戦争の舞台となり破壊され、王宮の建物すら80%が破壊されちゃったのです。となると、めぼしい宝物が残ってる訳がない!なので、資料館ね~。
とはいえ、フランスが植民地支配していた時代には既に写真機が存在していたのですよ。芸術の国ですからね。誰かが在りし日の王宮を撮影してくれてました!という事で、資料館で撮影した写真の数々を紹介します。

たぶんゲエン朝の皇帝と重臣達と思われます。

ベトナム戦争で破壊される以前の王宮の建物。

何じゃろか?80%が破壊という事だから、赤い色が破壊されて現存してない建物群と思われます。

国璽。複数置いてあったから、皇帝毎にデザインが違うと思われる。

建物を移動する。上の画像の右手の回廊は復元されたもの。

この区画に派手は馬車があった!

観光客目当ての馬車だと思うけどさ。ここさ、一応世界遺産の敷地内なのね。観光客目当てのなんちゃって~が営業してて問題ないのかな?王宮の敷地の外でやってるなら問題ないんだけどさ。背後の門も安っぽく見えるし、ダメでしょ?私の判定ではアウトですわ。
さて、資料館に入る。





これ、くるくる変わった皇帝達。フランスの傀儡の皇帝ですし、フランスの意向に沿わない皇帝はチェンジになりました。属国の悲哀ですね。





さて、資料館見学の後は、復元された回廊を移動。

私「え~と?映画のセット?安っすいテーマパーク??」
チュンさん「違います。赤色はラッカ(漆)です。ペンキじゃないよ」
とか言われてもさ~。ラッカーって響きが安っぽいんだもの…。

日本人にとって赤い鳥居とかなら許容範囲なんだけどね。もしくは江戸時代に流行った落ち着いた赤色の神社の建物なら受け入れる。でもさぁ~。この赤はないわぁ~。
とかぼやいていたら、赤い回廊の外に不思議な風景が見えた。

微妙に凸凹してるのがかつては構造物があったのだろうと想像が出来…。
「早稲田大学が発掘調査した場所です」
今、フエの王宮は、各国が競って復元作業してるんだって~。復元…。
まるで高度成長時代に流行った鉄筋コンクリート製のお城の天守閣を乱立したあれに似てそうね。観光客は無責任な感想を述べるのであった。とかディスってたらば、復元作業を終え、美しくかつての外見を甦らせた建物に案内された。
あるんじゃん!早よ見せろや!

*明日はgooブログのメンテナンスがあるので、更新は12時半になります。
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フエの王宮

2016年06月12日 05時31分24秒 | ベトナム旅行記
15時半、ティエンムー寺の観光を終え、次の観光地フエの王宮に移動します。

バスの車窓から見つけた交通違反切符を警官に切られてる違反者です。訪問は2015年4月13日(月曜)で、週の始めでもあり、交通取締の警官の姿が多く見られました。
王宮の外濠の外にある駐車場でバスを降りる。

駐車場の側には、観光客目当てのお店が。この笠がベトナムっぽいのでいつかゲットするつもりです。でも今はダメ。荷物になるからね。

1809年。ザーロン帝時代に建てられたフラッグ・タワーです。

白い花が見えますね。この花だと思います。花の咲く樹木には近寄れなかったけど、王宮の出口にも同じ樹があり、そこで撮影しました。フエの街は本当に花で溢れてます。

王宮の外濠と王宮を結ぶ橋から撮影。奥に見えるのは王宮への入口の門。

外濠は結構広いです。今では市民の釣り堀だね。

門を抜けると、大砲が置いてあります。1803年1月31日から丸一年かけて完成した9門の大砲。
塀の内側から見たフラッグタワーです。台座は3層式。高さ17.4メートル。塔のてっぺんまで入れると高さ29.52メートル。建設当時は木製だった。大嵐や戦争で何度か壊れ、現在あるのは1966年に建てられた鉄筋コンクリート製のもの。

こちらはかつてのフラッグタワーの様子。白黒写真は、フランス統治時代に撮影されたもの。王宮の展示品コーナーの写真コーナーで展示されてます。
内堀を徒歩で進み到着したのが王宮門(午門)です。ここは歴史の瞬間に立ち会った場所でもあります。

グエン王朝最後の13代皇帝バイダイ(保天)は、1945年8月30日に、この門の上から退位を宣言し、143年に及んだ王朝は滅亡した。
バオダイはフランス統治時代の王で、傀儡でした。1945年3月にフランスから独立したものの、後ろ盾の日本の敗戦で、革命が起り香港に亡命。
1997年7月30日にフランスで死去しました。

いい感じの門なので上ってみたい所ですが、現在工事中です。

裏から見ると工事の様子が分かりますね。ブルーシートがかけられてるので。
しかしです。フエ王宮はベトナム戦争当時、戦争の舞台になりまして、王宮の80%が被害を受けました。

中に見取図が置いてありまして、ピンクで描いてあるのが順路です。そして白い構造物が戦争で被害を受けたもの。現在、各国が競って調査・修復作業を進めています。日本からは早稲田大学が参加してます。

門を抜けると、正面に太和殿が見えてます。

かつてのフランス統治時代に撮影されたもの。建物は同じかな?
大和殿は中国の紫禁城を模して建てられました。ザーロン帝が創建。その後何度か修復されたが、ベトナム戦争中の1968年に完全に破壊された。1970年に再建。
 
内部は撮影禁止だったので、建物の周辺だけ撮影しました。





ちなみに、内部はこんな感じ。

大和殿の裏には、現在広い空間が開けてます。

ふと、近くの樹が薄いピンクの花を咲かせてるのに気付きました。
これさ、たぶん桐の花。この樹は王宮にしか植えてはいけない樹だったちかなんとか?
画像が増えましたので続きは明日。(デジカメメインに撮影し始めたので枚数が増えました)
★ ベトナム旅行のフォトアルバムに、本日9枚の画像を追加しました。

よかったら見てやって下さい。

夏のコミケットの当落が判明しました。
嬉しい事に当選しました!!
マ・マジか~~っ!!
いやね。この所すっと1回当選したら1回ハズレを繰り返していたのですよ。うちの【竹里館旅游社】(コミケ参加時のサークル名です。他のイベントでは【竹里館出版局】の名前で参加してます。)は、夏のコミケしか申込みしてないので、落選したらば次の年の夏コミの当落にかけるという…。2年に1回しか当選してなかっただけに。去年に引き続き当選したのは快挙です。
ってな事で、インド旅行記の原稿に取りかからなければなりません。
ベトナム旅行のブログも今書いてる所で中断するかと思います。6月20日分までは作成済みなので連載してますけど、インド旅行記の原稿を入稿したら再開します。申し訳ありません。

あ!忘れてた!
夏コミケット
参加日:3日目2016年8月14日(日曜日)
サークル配置:西ホールるー10a
サークル名:竹里館旅游社(ちくりかんりょゆうしゃ)です。
新刊製作を頑張ります!
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フエ・ティエンムー寺

2016年06月11日 05時44分38秒 | ベトナム旅行記
トゥドック帝廟観光後はランチタイムです。
12時30分、フエの市内に戻りレストランAN BINHでランチ。画像はフエの名物料理ブンボーフエという麺料理。北ベトナムで食べてたフォーと似てるようで味付けに差があります。地方色という奴でしょうか?ブンボーフエは最初に出て来たので撮影画像が残ってるのですが、後のメニューは携帯電話と共に川底に消えました。
14:00ランチ終了。バス待ちにレストラン前の街路樹を撮影しました。ってかさ、ランチが終わったらアスファルトが濡れてるんですけど~?

この樹も実が直接幹についてますね。日本のフルーツは枝に咲く花が結実して実になるんだけどな。見慣れないわ~。
さて、船着き場に移動しました。バスの中でレインコートを着ようとしてたのですが、先にバスが停まってしまいました。
実はですね、次の目的地ティエンムー寺へはかつて皇族は船で参詣していました。せっかくなので観光客も皇族気分で船で行こうという趣向なのです。

そして、乗り込んだのがこれと同じタイプの川船です。一家で船で暮らして観光客を目的地まで運んでるんだって。などというガイドさんの説明を聞いていたのですが…。
やっちゃいました~。
船の窓の建付けが悪くてね。船が進み始めたら、勝手に窓が開いたのですよ。
そして私はその時何をしてたか?というと、レインコートの前ボタンが片手で止められなくてですね。キ~~~~~っ!!となってしまい、ついつい右手に持っていた携帯電話を椅子に置いてしまったの!そして椅子は水平じゃなかったみたいなの!!

それは一瞬の出来事でした…。
上記の漫画の過程でもって、ベトナム旅行を記録していたメインカメラの携帯電話は川底に消えてしまったのです…。
ああ~~~っ!!
1年経ちますが、あの時の「ポチャ」という水音は、今も耳に残っています。ベトナムの旅の記事を再開後続けてごらん下さってる皆様、くどい位に「画像が川底に~」と書いてるのはこういう訳ですわ。
もうね。あり得ないでしょう?でもさ。このあり得ないのは翌日に再び起きてしまうんだよね~。
ともあれ、嘆いていても旅は続いているのですよ。船も止まりません。なにせフォーン川はそこそこ川幅が広いのですよ。
元気出せ自分。切り替えるんだ自分。
樹を取り直し窓を眺めつつ撮影を再開する。

目に飛び込んで来たのは牛達。これは水牛ですかね?黒いし。

結構な数がいます。牛飼いが放牧してるのかな?残念ながら雨がいつ降り出してもおかしくない天候で望遠をかけてるので、ピントが今一合っていません。

ベトナムという国は地図をみていただけると一目瞭然なのですが、東側が海です。インドシナ半島の内陸から流れる川が海へと注ぎ出ます。この旅でも何度も船に乗り降りしてますが、川船がとても多いんだよね。そしてほとんどが木船なのだ。しかも水運で荷物を運ぶ船も多いようで、いろんなタイプの船が見れて面白いです。
そんなこんなでティエンムー寺の船着き場に到着しました。時刻は15時になってます。

● ティエンムー寺
1601年創建。

高さ21メートルの7層の八角形の塔がある。

階段を上がった所に石碑がありましたが、石碑を背負ってるカメには心ない人の落書きがあります。カメだと分かり易い角度の画像を選びましたが、落書きし易い尾側の背中は、落書きだらけです。ベトナム人は80%が仏教徒なんですがね。どうして落書きするかな?

八角の塔の向こうがお寺の入口の門ですが、分かります?門にカラーレリーフがありますね。

こんなレリーフです。なんだか三国無双とかのフィギュアと見た目がそっくりで笑いが…。腹筋痛いわ~。



門の向こうが本殿。開放感あふれてますね。



振り返ってみた。

そしてまた星座が刻まれたものを見つけた。
屋根の上にはこんなの。あ!よく見たら、ブッダが5人の弟子に説法をした場面の絵がありますね。これさ、今年の2月に訪問したインドのヴァラナシ郊外6キロにあるサールナートでの出来事ですね。ティエンムー寺は仏教のお寺です。

本堂の裏にはまたまた巨大盆栽が置いてありました。

この画像には人が写ってるから盆栽の大きさが分かります。
さて、ティエンムー寺は他の事でベトナム人には有名です。

この車、何だと思います?
実はですね、ベトナム戦争の時、政府に抗議してこのお寺のお坊さんがこの車に乗って当時のサイゴン(現在はホーチミン市)までゆき焼身自殺したのですよ。なんと!後日、ホーチミンの旧南ベトナム政権の大統領官邸(元統一会館)で、焼身自殺中の写真を見てしまいました~。ベトナム戦争は映像や写真で記録された戦争だからね。まああれこれ残ってるのも分かるけどさ。何も焼身自殺中の写真を展示しなくてもさ。
まあ、僧侶の志は今も残ってるのだからまあ願いは叶ったのかな?
僧侶が乗って行った車の向いに建つ建物です。ベトナム戦争で死んだベトナム人だけでなく、アメリカ人も併せて慰霊する為の建物なんだって。

寺域には多くの植物がありました。これは、着生するランですね。ベトナムの自生するランかな?どうだろ?

睡蓮は紫の花が咲いてました。
そして盆栽には赤い花がついてます。
帰り際、見上げた屋根には、陶器のモザイクが載ってます。

このモザイクは何の動物を象ったものだろうか?
駐車場にはパパイヤがただ今熟成中です。
ティエンムー寺観光は15時半まで。バスに乗り込んで移動。車窓の左側に、延々と何かがある。水濠があって、その向こうに石垣がずっと見えてるんだけど、何だろうか?聞いてみた。
私「チュウさん、左手に見えてるのは何ですか?」
チュウさん「王宮です」
てめぇ~~!!観光ガイドだろう!仕事しろよっ!!私達ツアー客の心が始めて一つになった瞬間でした。
何つーの?フエ在住のチュウさんには王宮は日常でしょうが、こちとら日本からわざわざ観光の為にベトナムに来てるのよ。どうして観光ガイドしないの?バスにはマイク備え付けだし。旅行会社のイヤホンでアナウンスしてもいいのよ?この男だけは、もう!!ストレスがかかってるのは私だけでなく、この後同じツアー仲間のチュウさんへの愚痴まで聞かされる事になる。まさに踏んだり蹴ったりですわ。
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フエ・トゥドゥク帝廟

2016年06月10日 05時15分08秒 | ベトナム旅行記
2015.4.13(月曜日)旅の5日目。
ハノイのホテルで目覚める。朝6時朝食&6時半バゲージダウンなので、先に廊下にスーツケースを出し、素早く朝食をいただいたらば、恒例の朝の散歩へ。とはいえ、今日は6時半にはホテル出発なのでね。ホテルの近所をチョロリらと見て回る。ハノイといえばベトナムの首都なので、どんなものか?興味があったんだよね。行き交うバイクと日本ではあり得ない電信柱!画像をお見せないのが残念ですわ。何つーの?細くナナメの石のハシゴみたいなのが電柱でね。そこにあり得ない程黒い電線がとぐろを巻いてるの。衝撃でしたが、どうもこれはベトナムでは普通の事のようで、あっちの電柱もこっちの電柱も黒い線がいくつも丸められてぶら下がってましたよ。ええ。

バスの車窓に大きな花の市場がありました。ベトナムの人って花が大好きだよな~。花屋だけでなく花を売ってる模様です。
そんなこんなで空港に到着しました。今テレビの大成建設のCMでベトナム・ノイバイ空港のアニメを放送してますね。これは国際空港で、成田からベトナムを結ぶ国際便だとノイバイ空港を使います。国内線は、ノイバイ空港が出来る前に国際線として使われていたターミナルをそのまま使用しているので、チェックインした後たくさんのお店が入ってるのですよ。となると、やらずにはいられません!

ベトナムドンを簡単に日本円に置き換える練習です!
本当は2015年4月のレートは1万ベトナムドン=約56円なので、正確な暗算にはなってませんが、1,000ベトナムドン=6円で換算するとだいたいの値段が分かって便利です。日本人ならば誰でも九九の暗算出来ますからね。
さて、8:55 ベトナム航空154便離陸。

機内で旅行会社が一人2枚配布の絵はがきを作成する。ダンナの分ももらったので機内で完成させるハズが、3枚しか完成させられませんでした。なぜならば、ハノイーフエの飛行時間は約1時間しかないのです。
10:00フエ到着。
ベトナム中部の観光ガイドさんが空港で出迎えてくれました。ベトナムは南北に長い国です。時間のない観光客は、北部・中部・南部と基本飛行機で移動して、それぞれにガイドさんがついてバトンして観光するのですよ。

フエについてすぐ気付くのは、街路樹の黄色やピンクの花が咲き乱れてて綺麗という事。
名前はちとメモの自分の字が読みづらくて正確でないかもしれませんが「バウラウ」という樹で、ベトナム戦争後にアメリカ人が持ち込んだものだとか。
● フエ ユネスコ1993年世界遺産登録。
ベトナム最後の王朝、グエン朝の王都フエは、その繁栄を伝える建造物が多く残る。これらの遺跡は中国の建築様式を基礎としているが、皇帝の好みや個性によってバロック様式やベトナム式が取り入れられ、芸術的な建造物を形成している。グエン朝は1802年~1945年まで13代にわたって栄えた。日本でいえば京都みたいな街。
11:00トゥドゥク帝廟到着。

帝廟と言えば「お墓」という意味だけど、皇帝が在位していた時には別荘として使われていた場所で、まずは別荘時代の建物を見学する。

ガイドさん「今ここには何もありません~。ここにあった宝物は、全部盗られました。フランス・アメリカ・政府が盗ってった!
おおう
また出た!フランス統治時代とベトナム戦争の禍いが!!私さ、「歴史」って好きなのね。でもさ、戦争の歴史は見たくないのよ。その前の、グエン王朝の全盛時代を彷彿とさせる建築物や遺物が見たいんだけどね。

こちら、皇帝が滞在中の宮殿です。たぶんお仕事してた建物。
その裏に、皇帝の書物展示がありました。

漢字です!
いやね、今のベトナムに流通してる文字は、フランス統治時代にフランス人宣教師が後々フランスが統治し易いようにアルファベットを使い作ったものなのですよ。まあ、アルファベットが定着した理由はすぐに察せられますがね。だってさ、漢字って数が多いんだもの。だいぶん勉強しないと自在には使いこなせないよ。勉強出来ない人=庶民ですね。上流階級は漢字を使ってたけど、今や…。
上の書物を少し解説すると、
嗣徳拾肆年拾月=トゥドック帝の治世14年10月という意味で、トゥドック皇帝はグエン王朝4代皇帝のことです。墨字の左側に赤字で書いてある文字が、トゥドック帝が書いた文字。
歴史好きならそれだけで萌えるものがあるよね。
● トゥドック帝の在位は1847年から1883年。フランスとの抗争中に死去。
トゥドック帝は幼少時に病気にかかったせいで子供が出来なかった。(ガイドさんの話では天然痘って言ってたような…。でもさ、子供は大事って事で大勢の女性が皇帝の奥さんになってたそうですよ。でも子供はやはり生まれなかったとか)トゥドック帝の死去で、フランスはこの年にベトナムを占領し、植民地化に成功。トゥドック帝の死後、皇帝は朝令暮改のごとくころころ変わります。
確か5代皇帝は即位3日で廃位。6代皇帝は重臣により毒殺。7代皇帝は即位半年で死去。8代皇帝は13才で即位するも、抗仏煽動活動をしてフランスが建てた兄に帝位を譲らされアルジェリアに配流…って、この時15才だよね?もう無茶苦茶やん。という具合です。フランスの植民地になった国の悲哀がわかろうと言うもの。
さて、ンな事は普通の観光客は軽く流してしまうのです。宮殿に続く建物は、劇場でした。

観光客の見てるのはこれ。

もちろんレプリカです。当時の事を想像する道具です。
私的に興味深かったのは、劇場の天井ですよ。分かります?

星座が描かれてるのですよ。そういえば、フエの歴史的建造物のあちこちで星座の意匠を見たなあ。何か理由があったのだろうか?
実はね、フエの観光ガイドさんがすんごい俗物でしてね。ガイドさんには歴史の知識が全くありませんでした!私達があれこれ質問しても答えられない。それでもヤル気があるならいいのですが、彼は誰が何を聞いても笑ってゴマかそうとします。全く向上心のない男でした。もうね。最低~。私らのツアー内でもほとんどが彼の評価は低かったのですが、愛想だけはいいのでそこを気にいった人もいて…。なんだかねえ~。
旅の質は、観光ガイド・添乗員・バスの運転手に左右されるものとは知っていましたが、フエの観光は「古都フエ」が売りなんだから、もうちょっと歴史を勉強した人でないとつまりませんね。
さて、観光再開。劇場の外の中庭へ移動する。あまり大きな区画ではない。でも建物はベトナムっぽい。特に屋根の上が特徴的と思いました。


 
ベトナムの装飾は、中国の高価な陶磁器をわざわざ割って貼付ける装飾に使うのです。雨の多いベトナムですから、見た目が古くさく汚れてますが、色使いはなかなかです。

たぶん宮殿の執務とか迎賓館だと思うのですが、どうだろ?一番お金かけてそうですが。
次に向ったのは皇帝のプライベートルームです。

いわゆるベッドルームです。
目についたのがこれ。

位牌ですよね?派手だけどさ。なぜにここに置いてあるのか謎。でも戒名が漢字。
う~む。グエン朝の往時を偲ばせるめぼしいのが何も残ってないんだよね。さて、別荘の建物群を出ると…。廃墟でした!

この区画は、ベトナム戦争の時に空から爆撃されて崩壊した場所です。
ベトナム戦争って長かったよね。そもそもは南北に別れてしまったベトナムと統一する目的で始まったものの、共産VS民主の代理戦争になり泥沼化。戦争の後半に入ると大規模空爆に突入した訳ですわ。確か終戦日は1975年4月30日ですから、空爆に使われた爆弾も威力が強いものが使われていたハズで。そりゃあ建物も倒壊するわな。もうね。この区画に往時はどんな建物が建っていたか、想像すらつかない。ただし、地下に構造物のある井戸はああここに井戸があったんだろうなと。分かりましたが。
さて、別荘から墓廟へ移動です。

別荘の建物区画から少し高低差のある場所に、大きなハス池がありまして、かつては皇帝が舟遊びなどをしていたとか。釣り屋も復元されてますが、観光客の目が釘付けになったのは上の画像の樹の幹からぶらさがる個性的な果物です。
ジャックフルーツです。これはまだまだ成長中の実でして、収穫時には50キロ程にもなるそうで…。それって大人の女性位重いよね?どうやってぶら下がってるのかな??

墓廟に到着。この建物の中には石碑がありました。
こちらの建物も陶磁器を貼付けてあります。

裏手へ移動。やはり陶磁器を貼付けてありますね。でも気温が高くて雨が多いから痛むのが早いね。そこが西洋の石で出来たあれこれと比べられない所だよな。

さて、墓廟であるならば、当然墓が安置してあるのが普通です。

それらしきものはありました。野天に。
ど~見ても不自然でしょう!皇帝の石棺を野ざらしにするってどない~??
実はね、これ、ダミーの石棺なんだってさ。何に対してダミーを設置してあるのか、謎なのですが、トゥドック帝の遺骸は石棺に納められてません。本当のお墓は、王族だけが場所を知ってましたが…。既出の如く、4代皇帝トゥドック帝が死去してすぐにベトナムはフランスに占領されて国は大混乱。グエン朝の皇帝はころころ変わる。そんなどさくさ(といってもいいのか?)の中で、トゥドック帝の本当のお墓の場所は分からなくなってしまいました。ええ。現在も。
ええ~~!?そんなんアリ~~っ!!ま。な。歴史上の有名人のお墓も今も特定されてない人って一杯いますけど。トゥドック帝が死んだのって1883年なのですよ。日本でいえば、明治16年ですよ。と書けば最近でしょ?ンで、一国の皇帝のお墓を見失ってしまうって一体…??

おそらく、ベトナム戦争で大部分は破壊されたと思われるトゥドック帝廟ですが、当時から生き延びた植物もあるかもね。墓廟地区の植物は時代を帯びてる樹が現存してそうです。ね。そう見えませんか?
さて、お腹がすいたので、ランチのレストランへ。
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ハノイ旧市街36通りの様子

2016年06月09日 06時19分43秒 | ベトナム旅行記
ホアンキエム湖にある島の玉山神社を見学した後、湖畔の道を歩いて移動してハノイ旧市街。36通りに向います。時刻は既に18時半。さすがにガラケーで撮影するのは無理と判断して、デジカメで撮影したので画像が残ってました。

これ、何だか分かります?ロッテリアのディナーセットメニュー35000ドン(196円)です。
見慣れないメニューですが、私達が知ってるあのロッテリアと同じです。

参考に、ロッテリアのランチセットメニューはこちらです。
訪問した2015年4月4日現在のレートは、1万ベトナムドン=約56円でした。

画像ではまだ空が明るいですが、もう夕暮れですよ。

旧市街に並ぶ店も撮影しました。







ベトナムの花屋さん。

何てーの?既に花束にして売られてました。色合いが派手です。

ベトナムでは帽子が必須なので、帽子は量もデザインも違う帽子屋さんがあります。
楽しくてもっと見て歩きたかったのですが、駆け足よる少し遅いペースで回っただけ。
バスにピックアップされたらそのままレストランへ。
18時45分、AU DELICEにてベトナム風フランス料理をいただきます。
 
左上は生ハムとフランスパン。
 
フランス植民地時代の名残りなのか、ベトナムではバインミーというフランスパンを2つ割にして野菜などを挟んだサンドウィッチがどこでも売ってます。だからわざわざベトナムでフランス料理なのですよ。

20:00水上人形劇鑑賞。
● 水上人形劇 1000年近くも前からある、農村での収穫や祭りの際、村にある池や湖を舞台に行われた伝統芸能。
最初見てたけど、劇場内が暗いんだよね。
寝た!
あの大音量の中で寝れる自分が不思議~。確か撮影禁止だったハズ。ガイドさんは1枚くらいなら撮影してもいい、と言ってましたがね。寝たので記憶にない…。もったいない事をしたわ~。
21:10フラワーガーデンホテル到着。
ウエルカムドリンクをいただく。名前にフワラーガーデンの名前を冠してるので、エレベーターの床、ロビーの意匠も花や植物に溢れていい感じです。

こちらうちらの宿泊した部屋です。



ベトナム旅行は11日間の旅でした。確か全てのホテルにドライヤーがありました。

毎日、ベトナム旅行の記事を作成中です。そして疲れた。でもこれ、夏コミの当落発表待ちする間のつなぎで始めてしまったので、当落が分かると作業が止まる予定です。さぼりたいけどさぼれない。逃避したい~~。
そんでついつい逃避でフォトチャンネルを作成しちゃいました。
ベトナム旅行

でも逃避で作ってますので、まだ未完成。ブログ記事の作成が進むとフォトチャンネルの画像も追加していきます。
追加される画像を楽しみに待ってて下さい。
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ホーチミン廟と玉山神社

2016年06月08日 05時33分13秒 | ベトナム旅行記
トップ画像はベトナムの外務省の建物です。ベトナムの公共の建物は、黄色く塗られてるのですぐに分かります。
この側でバスを下車。そこから徒歩でホーチミン廟に向います。
17時30分、ホーチミン廟に到着しました。

大きな広場。入口は閉まってます。入口を衛兵が警備してます。

● ホーチミン廟 ベトナム建国の父、ホーチミンの遺体が、内部に安置されている廟の前の広場は1945年9月2日に独立宣言を読み上げた場所です。
そもそもホーチミンさんはフランスの植民地支配から独立する為に闘ったのですが、講和条約を結ぶ時に国は2つに別れてしまったのですよ。ベトナム戦争は国を統一する為に始まったのに、ソビエトを盟主とする北とアメリカを盟主とする南の共産主義VS資本主義の代理戦争になってしまいました。
ホーチミンさんは北ベトナムを指揮していたのですが、戦争が始まって早い段階で死去。残された人がホーチミンを利用した結果が、遺骸をレーニンに倣い現在も公開されてるという…。ホーチミンさんからすると「こんなハズではなかった!」と思ってるかもな。ちなみに、到着したのは日曜の17時半でした。門は閉まってます。
ホーチミン廟は、月曜ー金曜の8:00-11:00に公開(撮影不可)です。
さて、日没が刻々と迫ってますが、まだ観光は残ってます。急いで移動です。
18時、ホアンキエム湖の玉山神社に到着しました。
画像では空が明るく写ってますがね。刻一刻と夜が近づいてます。
● 玉山神社は、1865年に建てられた、文・武・医の神が祀られています。
ホアンキエム湖の小島にあるのですが、参拝するととてもこぶりな神社だと分かります。

正面から建物を撮影しようにも場所がありません。
ただし、ここで有名なのはこれ。

1968年に湖で捕獲した体長2メートル・体重300キロのカメの剥製です。
湖には今も大カメが暮らしてるとかで、時折浮いてる姿が見えるとか?当然目をこらしましたが、見つかりません。
ちなみに、訪問は去年2015年4月12日ですが、去年の暮れに大カメが死んだとかニュースになってましたね。また剥製にされるのかしら?

島と湖の岸を繋ぐ橋の上で、神社を振り返ると、夕暮れが迫ってるからか、建物の丸い窓が満月に見えました。

入口の門の装飾をパチり。

たぶんカメとキリンだと思うけど違うかも~?神社の門は漢字だった!今のベトナムで漢字はなかなか見られない。

ホアンキエム湖の湖畔の道を徒歩で移動する。道を挟んでハノイ旧市街の36通りの見学に向います。

湖畔の道は市民の憩いの場所でもあるのか。道々屋台が出てました。この屋台で売っているのは、右側がベトナム人の大好きなアバ(グァバ)の実。左は何かしら?パパイヤにしては色が薄いから瓜系かな?
時刻は既に18時半、いよいよ空が暗くなってきました。
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世界遺産ハノイ・タンロン皇城の中心区域

2016年06月07日 06時00分35秒 | ベトナム旅行記
ハロン湾船着き場側のレストランで早めのランチ。ハロン湾ーハノイ間は約3時間の移動です。
バス移動中にベトナムっぽい車窓を少し撮影しました。

紫と白のツートンカラーの幕は、結婚式場です。

稲がめきめき成長中。

北ベトナムでよく見たタイプの家。街中だと隣接するお家も同じ建て方だから気にならなかったけど、1棟建てで見ると変わってますよね。ベトナム、地震ないのかしらね?

訪問は4月12日でした。樹の下に出店があるのはベトナムの標準仕様です。

二輪車に積めるだけ荷物を積んで走ります。よく積載量オーバーだよね。よく故障しないよな。

墓地です。花が供えられているのは、葬式が済んでまだ1週間そこそこのお墓なんだって。
13時40分、刺繍工場でトイレタイム。
工場に隣接して大きな売店があります。ハロン湾を観光するバス御用達のようで、無料のお茶や蓮のお菓子のサービスがありました。もちろん買物に熱中する人も。うちのツアーでも有名ブランドがベトナムで縫製してる鞄を、ベトナム価格で購入してました。なんつーの?青いオラウータンの人形がついてた。マダム達いわく「とてもお買い得」らしい。
現地の旅行会社から旅のお土産で一人一枚、ベトナムの景色を刺繍したものをいただきました。それと同じものが売店に並んでいたのですが、ガイドさんが刺繍を配る時に、「枯葉剤の後遺症が残る人や、母親から子供に遺伝した枯葉剤のため身体障害のある人がやる手仕事です。と聞いた覚えが…。私はベトナムの旅に求めたのは自然と食事と歴史だったのですがね。もうね、ベトナム戦争をもっと事前に勉強してから来るべきだったなと。後々すんごく思ったわ。

さて、16時10分、ハノイ到着。&観光開始てす。

車窓からレーニン像が見えた!
そういえば、ベトナム戦争の時、北ベトナムはソビエト陣営の拠点だったハズ。今どき、ロシアにもレーニン像が残ってるかどうか…。
バスは大きな街路樹のある道路の路肩に停車。素早く私達は下車。すると、道向こうの古めかしい石の門の向こうから、賑やかな音楽が聞こえてきた。しかも、道の真ん中に立ってるモニュメントは桜の花だよね?さくら祭りとか書いてあるんですけど~??
ええ~~??ここって、世界遺産のタンロン遺跡だよね??
混乱する私達。と?なんか、ボランティアの交通整理の人達に促され、慌てて道路を渡る。あ。今まで書いてませんが、ベトナムには横断歩道とか信号とか殆どありません。だいたい勇気優先で渡るのです。まあ、危ないので、社会奉仕的なボランティアの人が、観光地などでは活躍してます。
そして入場したら、タンロン遺跡はカオスでした~。
まず最初にローゼンメイデンの真紅とすれ違った!
うわ~~~。おそらく、ツアーの中で一目でコス元が分かったのは私だけ…。
この段階で大概諦めたのですが、タンロン遺跡の象徴でもある端門前には、ステージが組まれており、日本のテレビゲーム音楽が流れ、ゲームキャラのコスをしてる団体が踊ってました!
え~と?確認しよう。
たまたま訪問時が日本のさくらフェスティバル開催中に来てしまった訳で。
あ。広場中央にたぶん造花の大きな桜の樹があるわ。しかしだね。

グエン王朝初代皇帝が建てたフラッグタワーに鯉のぼりが翻ってていいのだろうか?(撮影画像を川に落としてデーター消失したので、トップの漫画画像とパンフレット画像で想像して下さい)
辺りには様々な作品のコスプレした人々が集ってます…。
ああ~~。コス元が分かるのがこんなに辛いとは~~。
あ!真選組発見!あ。土方くん見っけ…。~~女の人ね。ってか、どうして再現力高いのか?ベトナムの人??まさか日本から遠征してないよね?
うろんな目でレイヤーさんを見てたら、BGMが変わった!ゲーム音楽から「土佐の~高知の~はりまや~ば~しでェ~」カ・カオス過ぎる。タムロン遺跡の遺構や、端門に上がってガイドさんの説明を聞いたのですが、あまりのカオスっぷりにほとんど記憶に残ってません。しかしここはベトナムの世界遺産とコスプレの方々の画像を撮影せねばっ!と結構撮影してたのですがね、全て川底にデーターが消えてしまって、まさに夢のうたかたです(うまいこと言った!)

● 世界遺産ハノイ・タンロン皇城の中心区域 2010年ユネスコ世界遺産登録
ハノイ・タンロン皇城の中心区域は千年の歴史をもつハノイ首都の中心に位置し、11世紀から18世紀までの大越国家(ベトナム)諸王朝の都タンロン(昇龍)の最重要部分である。
遺跡群は李朝(1009-1225)、陳朝<チャン>朝(1226-1400)、黎<レ>朝(1428-1527)、莫<マック>朝(1527-1592)、黎朝中興期(1592-1789)の諸王朝のタンロン皇城の禁城の中心区域である。『パンフレットより抜粋
入場料:大人3万ドン。15才以上の学生と高齢者は1万5千ドン。15才以下の子供と革命功労者無料。
見学時間:月曜定休。8:30-11:30 14:00-17:00
かつての上ものは端門とわずかな門だけしか現存してません。
門を降りたら発掘物の展示を見学。



でもこんなん見てもな~。しかしですよ。ここの見所は遺跡ではないのです。
まずガイドさんに案内されたのは椅子とテーブルの並んだ会議場。
「ここはベトナム戦争時の作戦会議室です」
はあっ!?
ホーチミンさんの席です」
な、なんだってェ~!!
驚いて尋ねると、タンロンは、ベトナム戦争時に北ベトナム軍の作戦司令部が置かれてたのこと。
私「狙われるよね?なんで国の宝の遺跡に作戦司令部を置いたの?」
ガイドさん「国の宝だからこそ、安全と考えていたのです」
わ・分からんわ~。
ガイドさん「では地下施設を案内しましょう」

連れて行かれたのは、地下への下り階段。その先に分厚い扉。小さな空間を置いてまた扉。
南ベトナム軍の空襲があると、司令部は急いで地下へ避難したのだとか。

こちらはソビエト製の空調機。ってか換気で地下の空気と地上の空気を入れ替えたとかなんとか。

こちらもソビエト製の通信機。
他にも地下の作戦会議場とかあれこれ見学したのだけどね。画像がないので紹介出来ません。ただガイドさんが「あちらにも地下の施設がありますが、見学したいですか?」と聞くので、もちろん「見たい!」と希望して見た。やっぱり同じ様な戦争時の施設だったよ。

こちらは地上部、サイズを間違ってるのでは?と思えるでっかい盆栽が並んでました…。よさこい節がまだ聞こえてるのが更にカオス度を高めてます。
すっかり疲れてバスに戻る。ふと、歩道を歩く緋村剣心を発見!ってか、ベトナムのレイヤーさんて、会場でコスの衣装を着替えずに、コス衣装のまま帰宅するのね。袴姿にリュックサックを背負ってるのがシュールですわ…。
バスは現在のベトナムの政治の中心地へ移動しました。ベトナムの公共の建物は黄色く塗られてるからすぐに分かるんだよね。
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ハロン湾の絶景

2016年06月06日 05時46分55秒 | ベトナム旅行記
2015年4月12日(日曜)、旅の4日目。ゴールデンクルーズ号の船室のチェックアウトは午前9時。それを過ぎると船室には入れません。乗客は下船時刻までレストランに隣接するソファもしくは屋上へ移動します。私はもちろん屋上に行きました。
青空がこんなに嬉しいとは!
旅の4日目にして始めてベトナムで太陽が見れたのね。本当に嬉しい。ってな事で、ゴールデンクルーズ号の屋上から見たハロン湾の様子を紹介します。画像増量でね。





屋上に並べてある藤製の椅子は、乗客が自由に使ってかまわないので、荷物置きにして、撮影にいそしみました。





屋上には藤製の寝椅子が数種類、船の左右に設置してあります。















船は順調にハロン湾の船着き場を目指し進みます。もう少しゆっくりでもいいのよ?急がなくとも~。昨日は一日曇天でしたしね。
10時45分、船着き場の沖にゴールデンクルーズ号が錨を降ろしました。下船の時刻です。まずはドイツ人ツアー客がボートに乗り込んで出発。ボートが戻ってきたら自分達の番です。

船着き場に到着したら、側のレストランへ。まだ少し早いのですが、ランチを取ります。この後ハノイに3時間かけて移動して、そのままハノイ観光となるので時間がないのですよ。という事で、料理が出てくる間、デジカメで撮影したのはダンナの注文したハノイビールです。料理の画像はね。携帯電話で撮影していたので現存してません~。
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