あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

見頃の相模原公園の紅葉

2014年11月30日 01時49分03秒 | 相模原公園と麻溝公園
撮影日は2014年11月27日。
昨日の見本庭園エリアのモミジの紅葉、一昨日の煉瓦色に染まるメタセコイア並木の紅葉の記事に続き、今日は相模原公園の紅葉を画像増量でお届けします。
見本庭園エリアに隣接する遊具広場です。
相模原公園前バス停そば。ユリノキゲートはこちらです。
紅葉の色と、遊具の派手な原色がコラボ出来そう~と撮影してみました。



そこそこ撮影に訪れてる達人達は、ここでは全く撮影しておらず…。何でやねんっ。こんなに面白い画像が撮れるのに(はっ!面白~~と思ったのは私だけ??ま・まさかな)
なぜにか顔出し看板がこんな所に(ラーメン屋『国界』そば)


青いベンチの周りには春咲きチューリップが芽を出してました。

ベンチの奥に咲き競うスミレが。


きらめきの流れでは、渡り鳥が羽を休めてます。日陰なのがいかんともしがたく…。あ。撮影時刻はだいたい12時頃。午後からだと日差しに変化があるかも?
相模原公園には少なめですがイチョウもあります。


調度見頃ですね。後、イチョウはメタセコイア並木奥のパーコラの右を上がった丘の上にあるこもれびの径にもあります。マップでいえばサルスベリゲート辺り。いつもはそちらも散策するのですが、この日は病院へ行かねば翌日飲むお薬がない!という…。やや、午前中に病院行くつもりで家を出たら青空に釣られて公園へ来てしまったのです。検査の為に朝から何も食べてないので、身体に力が入らない~という体たらくでして…。こもれびの径の散策をパスしてしまいました。

芝生広場の脇を抜け、ハナミズキゲートを目指します。
紅葉の木立を抜けた所で撮影したのがトップ画像。ハナミズキゲートを抜けて、隣接の麻溝公園へ移動します。麻溝公園の駐輪場に自転車を止めてあるのだ。

いつもの斜面の花壇です。デザインが変わりました。
こちらで皇帝ダリアが咲いてました。
樹林広場には、オープンカフェがあります。画像の左側にあります。色づいた木々を眺めつつコーヒー出来ます。


芝生公園のようす。
最後に、グリーンタワーからみた麻溝公園の画像です。

11月27日現在の紅葉具合です。参考にして下さい。
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相模原公園のモミジ2014.11.27現在

2014年11月29日 01時09分20秒 | 相模原公園と麻溝公園
見頃のメタセコイア並木を堪能後、左へ進みますと、赤い色が目に飛び込んできます。
先日、キノコが出てた場所です。広葉樹の林なのね。
トップ画像は、相模原公園の見本庭園エリアです。日本庭園のあれこれが部分的に見本的に点在していて、移動をほとんどせずに日本庭園の構図を撮れるという…。無精者には持ってこい!のエリアです。(ぶっちゃけすぎ?)
本日は見本庭園エリアで撮影した見頃のモミジの画像を、増量にて紹介します。

画像下方の石の部分は、2014年10月28日付けの神奈川新聞のWEBページカナコロで、「相模原公園の日本庭園よみがえる 若手造園家ら技法学ぶ」で画像入りで紹介されていた場所です。衆遊の庭では、11月29・30日に野点が楽しめるそうです。
紅葉の丘ではラクウショウが見頃です。

トップ画像左奥に写っているモミジの木です。
モミジにしては大きめの木で、どのように切り取るか?木をクルクルしてしまいました。
しか~しっ!!このモミジの隣にある四阿で、素晴らしい尺八の音色が奏でられてまして、熱くなり過ぎる事はありませんでした。先ほどのメタセコイア並木で30分散策していた間ずっとオカリナでジブリ音楽メドレーを楽しんだのに続き、尺八!!この日の散歩は大ラッキーでしたっ!
引き続き、竹垣展示エリアへ移動です。

この竹垣は建仁寺垣と書かれてました。
ここには大ぶりの葉っぱのモミジがまさに見頃の最盛期でした。

真上を見上げ過ぎ、クラクラしちゃったわ~。
と。足元に目を落とすと?
 
足元にも美がありました。
このエリアは愛好家が自分ポイントがあるようで、皆さん盛んにシャッターを押していました。
私の一押しはこちら。
日陰にあります。私の旧式の携帯電話では、いかなる技も使えないのでこの程度にしか写せませんでしたが、今どきのデジカメだとどうにでも出来そう~。



このエリアには、数種類のモミジが植えてあり、赤・オレンジ・黄色・緑のモミジの競演を楽しめます。



昨日の観音崎散歩の連載の続きは、後日に延期します。やっぱ、紅葉情報は美しいうちにお届けしたいので掲載順を入れ替えました。楽しみにして待っていた方には申し訳ありませんが、今しばらくお待ち下さい。
明日は相模原公園の紅葉と隣接する麻溝公園の紅葉を紹介します。
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相模原公園のメタセコイアの紅葉2014.11.27現在

2014年11月28日 10時56分45秒 | 相模原公園と麻溝公園
昨日は久々の晴天でした。病院へ行く日だったのですが、あまりの青い空に相模原公園へ向ってしまいました。すると、既にメタセコイア並木が煉瓦色に染まってました。例年は12月に入ってからの見頃なのですが、今年はまだ緑がかってる枝もちらほら残るものの、充分に見頃に入ってます。では早速画像を。増量してお届けします。























撮影時刻は2014年11月27日午前11時から11時30分ごろまで。画像掲載順に時刻は並んでます。
上の最後から2つ目の画像の左下に、白い帽子をかぶってる女性が写ってますね。私の散策中彼女がずっとジブリ音楽メドレーをオカリナで演奏してくれました。この素晴らしいメタセコイアの紅葉を、ナウシカ(ナウシカがメーヴェに乗って空を飛んでた曲)やラピュタのパズーのトランペット曲(最初でハトを飛ばしてた曲)やネコバスの弾む曲などなどを聞きながら歩くのはとても楽しかったです。相模原公園ではちょくちょく生演奏をしてる人が(彼ら的には練習)いて耳にも楽しいです。この後、メタセコイア並木を右へ向った所の日本庭園エリアでは、尺八を演奏中でした。みんな上手なのね。日本庭園エリアでは、モミジが各種見頃を迎えてました。

紅葉情報は出来るだけ撮りたてホヤホヤの画像をお届けしたいので、観音崎散歩の連載が始まってしまいましたが、割り込み掲載です。
またブログの人気記事に2年前の12月の【相模原公園のメタセコイア】が上位になってて、こりゃいかんと、今年の紅葉の様子も撮影してきたのでごらん下さいね。
ちなみに、隣接する麻溝公園のタワーから相模原公園の紅葉具合を撮影した画像も載せておきます。

上の画像の中央奥がメタセコイア並木です。相模原公園は現在紅葉がとっても見頃です。
明日はモミジが見頃の見本庭園を紹介します。
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空の画像です

2014年11月27日 01時53分21秒 | 
久々に空の画像です。
久々過ぎていつから更新してないか分からなくなったけど、今回掲載するのは今年の秋の画像を中心に。
2014年7月14日朝4時24分の画像
こちらはサッカーワールドカップの試合の途中で撮影しました。
2014年8月10日午後6時43分の画像

2014年9月19日、朝5時18分の画像

2014年9月21日の朝5時33分の画像

2014年10月3日午後17時28分の画像

2014年10月7日の朝5時55分の画像

2014年10月8日朝5時49分の画像

2014年10月24日朝6時4分の画像

2014年10月27日朝6時2分の画像

2014年11月2日朝6時18分の画像

2014年11月4日午後4時50分の画像
そしてトップ画像は2014年11月22日朝6時58分の画像
です。
確実に日の出が遅くなってますね~。
まるでCGで作成したみたいな空がありますが、どれが好きですか?空の画像は一期一会なのです。また溜まった頃掲載しますね~。
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面白萌え神社&自販機

2014年11月26日 01時25分32秒 | 面白い自販機
了法寺さんは、八王子市の甲州街道、イチョウ並木の基点、追分交差点からほど近くにある。八王子の七福神めぐりの一つです。
街道を歩いていてまず目に入ってくるのが面白自販機です。

お散歩していると、ままあるそこ独自の面白自販機ですが、ここのは凝ってます~。
まず正面。
サイド。

了法寺さんを知ったのは、青梅で猫地蔵を見に行った時。駐車場に萌え車が止まっていたのです。
萌え車!?(2012年5月28日)の記事こちらにその時の車が掲載してあります。その時検索かけて、甲州街道のイチョウ並木の途中にお寺があるのを知りまして、次にイチョウ並木を歩く時があればぜひ立ち寄ってみたいと思いました。今回実現してうれしいです。

WIKIで検索かけますと、了法寺さんはトップ画像の美少女イラスト看板から「萌え寺」として知られる。とありました。
宗派:日蓮宗
八王子七福神の一つ。弁財天が祀られている。
ってな事で境内散策開始。

一番インパクト大きいのは萌え絵馬です。画像撮影したのは裏の絵の部分ですが、上手なキャラ絵の描かれてる絵馬が一杯かかってました。普通他人様の絵馬は見ない・読まないように心がけてますが、ここのは巧いのが一杯でついつい見入ってしましたよ。

本堂隣にあったワンコ供養。こういうのもお寺巡りをしていると、たまに出会いますが、ここのはキャラ地蔵でした。

他にキャラはないか?と探したらこんなんありました。

本堂の右手にお稲荷さんがあります。神仏習合の寺のよう。だからキャラ絵は狐のお面をかぶってたり、宇賀神の化身の白蛇が描かれてる模様です。(宇賀神はウカノミタマに由来するもの。農業・穀物の神さま)
ついでなので、11月3日の入間航空祭の帰り、西武線狭山市駅前で採取した面白自販機の画像も紹介しますね。



この自販機は駅前にありました。面白自販機が設置してあるのは、観光スポットやお店の前にある事が多いのですがこの自販機は当てはまらない。面白いよ。
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面白自動車

2014年11月25日 01時20分46秒 | 自動車・特種車両
今日は面白自動車の画像紹介です。
トップ画像は10月25日に宮内庁の秋季雅楽演奏会に行った時、東御苑の閉園時間まで園内を散策しました。出口で入園票の返却をするために行列していたら、やってきたのです。どんな働く車かな~?閉園は午後4時半。動いてる車は光量が足らずブレた画像になってしまいました。

続きましては鎌倉市で見かけたバスです。フクちゃん号。

続きましては、入間航空祭で見かけた救急車。小心者なので車のナンバープレートは加工しました。でも一般的な車のナンバープレートとは違ってました。





航空自衛隊の消防車です。
やっぱ消防車は赤色なのね。
(11月25日画像追加)
最近うちの近所の郵便ポストの回収車が、赤から白に変わりました。なぜに赤色じゃないのか?ちょっと前までは遠くから郵便局の赤色のバンを見たら、ダッシュでポストへ向かったものです。最近はすれ違って始めて郵便局の集配車だったと分かるの。なんか負けた気分で悔しい。
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強羅公園に残る登録記念物

2014年11月24日 01時24分10秒 | レトロ建築
強羅公園は2014年に開園から100年を迎えました。現在も開園当初の姿が殆ど姿を変えず現存するものがあります。これらが文化庁から「国登録記念物」に指定されました
ってな事で、登録されたあれこれを紹介します。
まずは正門。

開園当初からのもの。戦争中に正門周辺は改修が行われました。「強羅公園」の石板銘は、当時の社長五島慶太によるものです。
続きまして噴水池

開園当初からのもので、フランス式整形庭園の中心になってるそうです。

当日は天候が悪く、噴水周りが暗く写ってしまいました。急坂に公園がある為、正門からの園路・噴水奥に続く園路の階段。あ!公園内の移動は上下移動はだいたい階段が多めです。なにしろ正門(標高574メートル)ー西門(標高611メートル)間の標高差は、37メートルもあるので、園内の中心にある噴水周辺の景観は素敵ですよ。
さて。次は水道口

トップ画像の鳥は蛇口のヒネリ口でして、これもまた開園当初から現存している水道です。まさかの現役。
本当かな?と思わず鳥に手をかけてまわしたら、当たり前ですが水が出ました。出ただけでびつくり!でした。

石碑は園内に3つありまして、上の画像は1955年(昭和30)に建立された「斉藤茂吉歌碑」です。
「おのずから 寂しくもあるか ゆふぐれて 雲は大きく 渓に沈みぬ」
おまけ。
国の登録記念物ではないのですが、熱帯植物館とブーゲンビリア館があります。

国内最古のブーゲンビリアがあるそうで。

こちらは盆栽風に仕立てた株。昭和記念公園の盆栽園にもブーゲンビリアを盆栽に仕立てたものがありますが、この株は更に歳月を経てるように見えます。
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強羅公園・白雲洞茶苑

2014年11月23日 01時47分07秒 | レトロ建築
箱根の強羅公園は、国の登録記念物です。WIKIによりますと、「箱根は明治時代以降、別荘地・避暑地として開発され、主に華族などの上流階級の神木・保養施設として、1914年(大正3)に開園されました。当初は洋風庭園に隣接して和風庭園が設けられていたが、和風庭園はその後第二次世界大戦中に世界教世教団に譲渡され、現在は箱根美術館の庭園として残されている。戦後の1957年に有料公園として一般開放された。」
園内には公園の歴史ある物が現在しています。11月5日に訪問したのですが、紅葉情報を優先して後回しにしてしまったのでいわゆるフラグ回収記事ですね~(何言ってんだか)。
今日は白雲洞茶苑を紹介します。

大正3年、利休以来の茶人と謳われた鈍翁・益田孝によって創案され、大正11年には三渓・原富太郎(横浜の三渓園を創った人)に、昭和15年には耳庵・松永安左衛門に受け継がれてきた名茶室群。これがこれが園内の景勝の地に建つ白雲洞茶苑です。中でも「白雲洞」は、近代数奇者茶人の間に流行した”田舎家の席”の先駆的な作例で貴重。見学だけでなく茶室の利用も可能。









この石垣最高~~っ!!
あ。イカンイカン自重せねばっ。
でも実際強羅公園内には苔生した大きな岩がゴロゴロしてまして、時代を経た感じがあって素敵です。白雲洞の石垣もまた時間の経過を感じられます。なんかね、ドラマの撮影出来そうだよね。時代物のドラマもいけるかもしれん。

寄付です。
白雲洞茶苑は、3つの建物が連なって出来てます。強羅公園は急な坂に立地してまして、白雲洞もまた3つの建物は高低差があります。ドラマを演出するような寄付の奥の階段がいいでしょ?

最後の画像は、茶苑の建物を一番坂の下から見上げたもの。なんか、夏目漱石の『坊ちゃん』が顔を出しそうな気配だ。(何言ってんだ~)
2001年(平成13)11月20日国登録有形文化財に登録。

撮影は2014年11月5日です。今は紅葉がもっと鮮やかでしょうね。

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面白ポスター

2014年11月22日 01時59分07秒 | 看板&ポスター&旗
久々に面白ポスターの記事をお届けします。
今アップしておかないと忘れそうなので。
まずはトップ画像。
入間航空祭で撮影したもの。航空自衛隊は今年60周年なのですね。

こちらも入間航空祭で採取。

こちらは機体に貼付けられたもの。今年限りのシールでしょうか?

続きましては。警視庁のポスターです。相変わらず警視庁のポスターは秀逸。
もう一つ、警察のポスター。

龍馬もこんな事に使われる日が来ようとは…。思わなかったでしょうねえ。

トドメ。そのものズバリのポスターです。前にイチョウ並木を歩いた時、鉄砲をお題にした標語を見つけたのですが、今回は見つからなかったです。アレ突っ込み放題な標語だったのに…。一発ネタは見つけたら即採集せなアカ~ンっ。

続きましては、レンタカー屋さんの。コメントはない。

そして消防署も~。たぶん何かのドラマの登場人物がモデルかと?
ラストはこれ。

今どきのプロレス興行って、まるでタカラヅカの如くキラキラ衣装なのですね。羽がついてないのが救いのような。羽つき衣装に進化するまであと少しのような…。
ついでに最近撮影したコレ。

こういうのもあったな…。

今回の面白ポスターは、ハードとソフトが混在してます。…プロレスのポスターはハードなのか?ソフトなのか?どっちに入るのか~??
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武蔵国分寺跡巡り

2014年11月21日 01時27分51秒 | 歴史散歩
武蔵国分寺は、天平13年(741)、聖武天皇は鎮護国家を祈念して、諸国に国分寺(僧寺と尼寺を建立するように命じました。武蔵国では国府(現府中市)に近く、都へ通じる東山道武蔵路沿いの広大な平地と東西に連なる国分寺崖線の麓、豊かな湧水を持つ現在の西元町一帯が好所として選ばれました。
国府と共に政治・文化の中心として栄えましたが、鎌倉時代末期分倍河原の戦いで焼失しました。武蔵国分寺跡と関連する遺跡は、東西1、5キロ。南北1キロ。諸国の国分寺跡と比べ規模が大きく、歴史的にも重要な事から大正11年に国の史跡に指定されました。(国分寺歴史・観光マップより抜粋)
ってな事でトップ画像は僧寺の配置図です。
昨日の記事の国分寺楼門から南に続く路を100メートル位の所に武蔵国分寺跡・僧寺金堂・講堂があります。

太陽が陰ったタイミングで撮影してしまったのですが、画像奥中央が講堂の跡。

その南側に金堂の礎石があります。
ところでですね。親子連れが礎石を舞台つーか、踏み石にしてその上で『妖怪ウォッチ』のダンスを激踊りしてました。や~、入間航空祭でも朝一に妖怪ウォッチ体操が流れて乾いた笑いが出たのですが、礎石の上で推定35才のお母さんが妖怪ダンスをノリノリで踊ってる風景はシュールつーかヘンだろっ!それっ!!
お母さん、アンタの足の下の石、奈良時代の歴史遺産だからっ!!歴史ウォーキングしてる人がこんなに一杯いるのにちょっとは遠慮ーー違うな。自重せえやっ。
こうね。価値観違うともうダメダメなのな。だから教育って大事なのよ。ちなみに。推定35才のお母さんのそばには、推定70才の祖母の姿もありました。この祖母もまたお母さんの妖怪ダンスを手拍子+妖怪ウォッチソングを熱唱してます。彼女達は、息子(孫)を喜ばしたいのでしょうが、冷めた目で周りが見ている事に体操疲れて終了するまで奈良時代の歴史遺産の金堂の礎石の上で踊り狂って退場してゆきました…。ああ。非日常~。まさに突然私は妖怪に行き会ってしまった気分でしたよ。ええ。
さて、ここまでは去年も訪れた場所ですが、こっから先は去年行きそびった場所です。だから…。場所が今一つわからんのだ。
国分寺歴史・観光マップ片手に南東を目指す。数分後、人だかりを発見。

武蔵国分寺跡 七重塔跡です。
説明板発見:この塔は「続日本後紀」によって承和2年(835)に雷火で焼失し、10年後に再建。
昭和39年の発掘調査の結果、塔基壇が修復されていることや礎石の下に瓦片が大量に詰め込んでいることなどが明らかになり、この事が証明されました。
塔の再建にあたっては北方建物の新築・講堂の増築・寺地内付属諸院の整備なども併せて行ったようで、創建以来の本格的な造営事業に発展したと推察されます、だそうで。
ちょうど歴史ウォーキングのグループがやってきて解説し始めたので聞き耳を建てていると、「このイチョウのすぐそばに塔の心柱がありました。高さは…」
へえ~へえ~。

画像奥中央がイチョウです。まだ黄葉してませんが、かつてこの場所に七重の塔があったのね。
さて、現国分寺へ戻ってきました。今日は西にある国分尼寺の見学はパスします。前回はそっちへ移動して見そびった場所があるので、こっちを優先したいのです。
ちなみに、去年の国分尼寺の記事はこちら。ちなみに、この記事に国分寺僧堂金堂の在りし日を再現した画像が掲載してあります。歴史散歩をしていると、あちこちに図解した説明板があるよ。国分寺の教育委員会って凄いよね。
武蔵国分寺跡僧堂金堂・尼寺(2013年12月5日)の記事
国分寺前を西へ。すぐに階段発見!
階段を上がると国分寺仁王門がありました。

説明板発見:この門は、宝暦年間(1751-1763)に建立された入母屋造の八脚門で、間口が9メートル、奥行きが3、6メートルあります。
使用されている建材は、『新編武蔵風土記稿』の仁王門の条に、「この門近世までの薬師堂なりしを再興の時きりちぢめて仁王門になせり」とあるように、建武2年(1335)に建立された旧薬師堂(江戸時代始めの頃の「国分寺村古絵図」によると僧寺の金堂跡付近にあった)に使用されていたものを再利用したと伝えられていますが、杉材の柱などに残る組み立て用の穴の彫り方からこのことがうかがえます。

この門の左右には、阿(口を開いている)吽(口を閉じている)二体の仁王像(高さ2、5メートル)が安置されていますが、享保3年(1718)に造立されたものです。だそうで。
見た感じ瓦が新しいから最近の建物かと思えば…。宝暦年間作とか。でもさ、門より仁王像が古い年代というのは今一納得いかない…。
さて、仁王門の奥にも石段がある…。今回の散歩で何回坂を上り下りしてるんだろうな…。フウ~~。

まずは参拝。だいぶんヘトヘト。あ。説明板発見:薬師堂に安置されている木造薬師如来座像は、平安時代末期あるいは鎌倉時代初期の製作と考えられています。寄せ木造りの漆箔仕上げで像高は約191、5センチあります。(とはいえ、基本非公開、東京都文化財公開ウィークの時に公開)
薬師堂は、建武2年(1335)に新田義貞の寄進により国分僧寺の金堂跡付近に建立されたと伝えられているもので、その後享保元年(1716)に修復されましたが、宝暦年間(1751-1763)に現在地に再建されたものです。 だそうで。
え~と??新田義貞が寄進って、分倍河原の戦い(新田義貞VS鎌倉幕府)で敗走した時に国分寺を焼いてしまったから償いで再建したって事か?あ。分倍河原の戦いは、一度敗走した翌日未明に幕府軍を急襲して新田軍が勝ちました。これが1333年5月16日の事で、この戦いに破れた鎌倉幕府はこの後に守勢に廻る事になりました。

薬師堂の前にあった石仏。なんか頭が小さいような…。後づけか?
時刻は15時を回った所。11月も半ばともなると日が落ちるのが早い。ぼちぼち帰宅しますか。

北上していたら、なんか案内板を見つけました。
ここは市立歴史公園史跡東山路武蔵路です。

この画像のが分かり易いかな?7世紀後半から8世紀前半にかけて整備された都と地方の国府を結ぶ幹線道路(七道)の一つです。画像中央の大きな面積を占めているのが道路部分。左右に側溝が色を違えて書かれてます。側溝から側溝まで左右に歩いてみたら、私の歩幅で26歩ありました。日本の7世紀といえば飛鳥時代ですよ。都っていったら奈良県にある明日香村です。え~と?大化の改新が645年で、その後の600年代後半の出来事は、天武天皇とか?あ。694年に藤原京遷都というのがあった!んで701年が大宝律令の制定ですよ。んで710年に平城京遷都です。そんな時代の武蔵の国…。地方の庶民。国分寺は最先端の建物!だからすんご目立っていたのでしょね。いや。違う違う。そんな時代に10メートル超えの道を地方へ繋げるって発想が凄いんだ。
発掘時の様子。説明板がありました。
中国の真似でしょうが、そのまま日本で再現しよう!となぜに思ったのか??ちなみに、去年品川宿歴史散歩をやったんですが。
旧品川宿文化財ウォークラリー(2014年1月25日)の記事こちらの記事で、旧品川宿を通る東海道の道幅が分かる画像があります。
その時旧東海道を歩いたんだけどね。道幅は飛鳥・奈良時代に作ったこの東山路武蔵路の半分もなかったよ。広い道の意味がわからないわ。

移動してこちらは東山路武蔵路跡です。
画像奥に向かって路は続いてます。先ほどの歴史公園からはほとんど離れてません。ってか、かつては路続きです。画像の左右の地面の色違いの不揃いな線がわかります?これが痕跡ですね。

現存させてる国分寺市が凄いと思うんだ。
さて、ここからJR中央線国分寺駅まですぐです。え~と?どれくらい歩いたんだろうか?ーーーえ?18000歩超え?これ、帰宅したら20000歩に乗るよね?つーか、カウンター壊れてるんじゃないの??(尾てい骨と脇腹が途端に痛み始めてしまった…)つ・疲れた…。
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国分寺歴史散歩

2014年11月20日 01時28分40秒 | 歴史散歩
JR中央線国分寺駅南口徒歩2分にある殿ケ谷戸庭園を見学した後、国分寺崖線を下り、西を目指しました。
殿ケ谷戸庭園から約1キロ程のところに、細い昔テイストの水路に沿った道があります。

これがお鷹の道です。
江戸時代に終わり徳川家のお鷹場だったことに由来して、「お鷹の道」と名付けられた散策道です。
湧水群の清流には、「ホタルが生息しています。貝を取らないで下さい」といy看板が立ってます。
う~む…。国分寺の自然力凄いなあ~。

お鷹の道はウォーキングに最適のようで、ウォーキングを楽しむ人が多く行き交ってます。

ここ、画像右手に八百屋さん、画像の左側には直売の果物屋さんがあります。果物屋さんは、畑にみかんや柿が植えてあり、もぎたてを販売しています。
でも目的地は画像奥にある真姿に池湧水群です。ここは東京都指定名勝&環境省選定名水百選&都名湧水57選の三冠を獲得しています。

なんか、ペットボトルに水を詰めてる方がいました。
これ、散歩していると、たま~に見かける光景です。でもさ。ここの水をゲットするのって難易度高そうだ。だっておばさんの足元はただの杭なんだもん。
ま。もっとも、万一小川に落下しても水位は5センチ程と見えるので危険は低いのでしょうが…。
去年2013年11月29日に訪問した時、真姿の池湧水群のポイントでお鷹の道へ引き返してしまいました。でも今回は目の前の国分寺崖線を登るのだっ!

雑木林が茂る石段を上がると、そこは市立歴史公園 史跡武蔵国分寺跡・僧寺北東地域の歴史ポイントがあるのです。
上の画像の右上、赤い区画が僧寺の北限です。そして現在地。境界溝の一部を残し公園になっています。
発掘したトレンチ跡が一部見れる様になってました。
幅2、1メートル 深さ0.8-1.2メートルあり、地下に埋没した溝の様子を復原した断面ですね。平成14年発掘調査において採取された北辺遺構の剥ぎ取り標本を元に作成。遺構が検出した高さに展示してあるそうです。
お鷹の道へ戻り西へ。まもなく国分寺市おたかの道湧水園が見えてきました。

ちょうど歴史ウォーキングイベントが開催されているようで、小さなグループが案内人に連れられて、次々と移動していきます。奥にケヤキの大木が見えてます。園の入口は、江戸時代後期の弘化3年(1848)に建てられた旧国分寺村の名主家の長屋門があります。案内してる方が「もうすぐ改修に入ります」と言っていたので、興味のある方はお早めに~。入場料100円。休館日:月曜
さて。歩き疲れたので、設置してあるベンチでおやつ休憩を。
時刻は14時17分になってました。
休憩の木のベンチ&机は人気です。ウォーキングの方達の利用頻度が高い。私らも次の人に席を譲り移動です。すぐに見えてきたのがトップ画像。
国分寺楼門です。市の重要有形文化財。東久留米市の米津寺(米津出羽守田盛の菩提寺として創建された寺)の楼門。明治28年に移築したもの。 長くなったので明日に続きます。明日は武蔵国分寺跡を散策します。

うちは商店街の中にあります。そこそこ人通りが一日中あるためか、今日は散発的に一日中選挙活動が行われてます。具体的にはマイクパフォーマンスですね。
え=と?既に解散したんだっけ??
最早選挙活動していいんだっけ?
今回の選挙は「国民に信を問う」為とか安倍さんは言ってるようですが、投票先がないんですが、どないしたら…。こう振り上げた拳を降ろす先がない!というのが正直なところです。
安倍さんは景気回復~とか言ってましたが、うちの商店街は去年の後半から悪くなる一方です。
具体的には年配の商店主が消費税増税に心折れたのか、次々と店を畳んでいってます。それは倒産でなく廃業なので、景気調査などの統計には反映されないのでしょうか?シャッターの降りた店の割合が去年の後半からどんどん増えていくのよね。たまに新規開店する店もないことはないのですが。急に寂れた印象は拭えません。といって、我が家の財布のヒモもぎゅうぎゅうに絞ってるので、商店街にそうそうお金は落とせないんだけど。

またマイクパフォーマンスを下でやってます。日が暮れて聞き取り易くなってきて、どこの誰がやってるのか分かりました。
犯人は民主党のごとうさんです。
なんか、党で攻め方を決めたのかな?同じセリフを延々繰り返してます。
いわゆる刷り込み&洗脳狙いなのでしょうか?セリフの長さは原稿用紙1枚超えないくらい。
耳に甘くいいことを言ってるんだけど、民主党は言った事を実現しても国の借金を増やしまくっただけの政治だっただけに、聞けば聞くだけ不快さがまして行く。つーか、うるさいんじゃ!他へ行けや。
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殿ケ谷戸庭園の紅葉

2014年11月19日 01時10分35秒 | 紅葉散歩
JR国分寺駅西側にある日立製作所中央研究所の庭園公開の後、駅の南口から徒歩2分にある殿ケ谷戸庭園を訪れました。
ここ、実は去年、2013年11月29日に訪問しています。その時は燃え上がるような真っ赤なモミジが沢山迎えてくれたのですが、まだ早かったようです。
紅葉の最盛期はこうなります。殿ケ谷戸庭園の紅葉(2013年12月3日)の記事

到着時刻は2014年11月16日午後12時50分。
上の画像は紅葉亭から国分寺崖線の斜面を見下ろし撮影しています。午後1時だとこの角度からでは逆光になるようです。

背後に紅葉亭の建物を背負っての撮影です。

紅葉亭は数寄屋造りの茶室ですが、この日はダニエル・コフリン氏のギター演奏会が午後1時からありまして、演奏会を待つ人々で一杯でした。
園内はまだまだ紅葉の見頃には遠い感じでした。



でも紅葉亭から見下ろす次郎弁天池の斜面は、日当りがよいようでモミジの色づきがいち早く進んでいます。

ギター演奏会待ちの人が多過ぎる~。ここ、あんまり広くないんですよ。私、諦める…。
移動した先は馬頭観音です。
説明板発見:建立年代:文政7年(1824)7月23日
施主:国分寺村 本多氏(お鷹の道を歩いてると、本多さんの表札が多々見受けられました。一族なのかな?)
石材:福島県産 やめ石
この馬頭観音は、国分寺市内に11基残る馬頭観音のひとつ。
当時の国分寺村は、戸数66・男157人・女149人・馬22頭という状況でした。
これは江戸幕府が同程度の村に期待した馬の飼育数15頭を大きく超えています。
馬は農耕の大切な担い手でしたが、その他にも、農耕の合間に江戸へ薪炭・野菜などを運ぶ賃稼ぎにも馬は書かせないものでした。
国分寺村が府中宿への助郷(すけごう)として馬の供給を負担していたことも、この村に馬が多かった理由のひとつでしょう。 だとか。へえ~へえ~へえ~~。

馬頭観音の設置してある場所から、崖下を見下ろして撮影。ここね。去年は真っ赤なモミジの風景が広がっていました。

馬頭観音から続く坂道の途中で、本館を撮影。庭園で配布しているチラシによりますと「本館は岩崎彦彌太の別邸として、昭和9年に建てられた洋館。内部は日本間と洋間が融和した和洋折衷の形式となっていました。」だそうで。現存しているのは一部です。

元はこんなに立派な建物でした。

せっかくなので、綺麗に紅葉してる場所を探してまたまた国分寺崖線を登ってみた。
疲れた。

次郎弁天池は、涌き出る地下水を利用して作られています。ハケ(崖線)が敷地にあり、庭園をもれなく楽しもうとすると、登ったり下ったりを繰り返すハメに…。

庭園出口近くに小菊を展示する区画がありましたが、既に見頃は過ぎてしまってます。
殿ケ谷戸庭園の滞在は、50分強。
「んで、この後どうする?たぶん今から昭和記念公園へ移動すると到着は午後2時過ぎると思うんだ」
さあ。どうする!?ちなみに、昭和記念公園はただ今紅葉の見頃の盛りを迎えているんだよ~~。
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秋の日立製作所中央研究所の庭園公開

2014年11月18日 01時40分21秒 | 紅葉散歩
訪問日は2014年11月16日です。
日立製作所中央研究所の庭を知ったのは、NHKの番組『ブラタモリ』でした。非公開だから見れない~と思っていたのですが、年2回庭園公開が実施されていました。
ってな事で行ってみよう!と思ったものの…。庭園入口が分からないっ!!
最寄駅は分かる。JR中央線国分寺駅です。google地図を拡大しても入口が分からない。いや~、なぜにこんなに悩んでるか?というと、地図を見ると敷地面積がとっても広いんですよ。後で手に入れたチラシによると、敷地は東京ドームの約4、4倍もあるそうで…。
恐る恐る出かけてみたものの、人の流れがありました。北口から西側の西武国分寺駅方面へ歩いていくと、線路があってそこに案内人さんがいました。そこで公開入場口は敷地の右側・東側の正門だとようやく分かりました。そこからは庭園の見物客の流れに乗ってついていくと日立製作所の入口に到着しました。

正門を入ってすぐ、橋があります。ええ。会社の敷地内に橋!ですよ。それでどれだけ非常識なのか訪問客は一驚きします。
だって橋の下はまるで深山幽谷の風格があるのですよ。

分かりにくけど、上の画像は橋から見下ろしての撮影です。高低差が分からない画像になってしまって、自分の腕の至らなさにがっくりです。

林を抜けると、日立の建物が見えて来ました。
「こういう所で働くって素敵~~」と。客は口々に言っています。
この建物を左折して、建物を抜けた所にテント群がありました。

食べ物屋や花屋、国分寺市観光協会などまるでお祭のよう。

テント群を抜けると、不吉な坂道が…。つづれ織りになってる所がもう…。
気付いたよ。この坂の正体をっ!

国分寺の崖線ですね。分かります。つーか、この崖線をこの後の散歩で何度も上り下りする事になるんです。
坂の下には武蔵野の林と、池があります。まずは池の周囲を散策開始。







残念ながら、まだ紅葉の見頃には早かったです。木の種類によっては紅葉してるものもあります。し始めてるのもあります。
池の面積は1万平方メートル。周囲800メートル。ちなみに昭和33年に造成した人工の池です。
周囲を巡っていて、気付いたのですが、もしかして、今まで見るポイントを間違っていた??
と。疑問を抱いたのは、トップ画像の風景を撮影してから!
そんな訳で、池の表面中心に撮影してみた。

これ、正解じゃね?
調子に乗ってもっと撮影してみた。

更に綺麗に見える~~
そこへ奥からスターが優雅に登場です。

スターは、目の前で水面に長い首を突っ込んでエサをついばんでます。これがっ!!
もうね。この池の水がどんだけ綺麗なのかよく分かるっ!水面に突っ込んでエサをついばんでる様子がクリアーに見えるんですよ。あ~、なぜにその画像を撮影しなかったのかっ!?

見とれてた私のアホ~~~っ!!

ちなみに、目の前に白鳥がいるので、携帯電話は標準撮影です。白鳥が近過ぎて大き過ぎるという、贅沢な悩みでした~。ハア。
スターはポーズを決めて、悠々と泳ぎ去りました。
思いがけないシャッターチャンスに恵まれ、手に汗握るイベントは終わりました。また大池の移動を再開します。

う!!
白鳥が水面を水かきしてるので、水面の鏡面が乱れた…。撮影終了~。
ちなみに、池の縁へ降りるにはちょっとだけ高低差がありまして、それを利用するとこういう画像も撮れましたいいだろ~

ん?
何か…。行列が出来てますっ。

みんな何を覗き込んでるのか?というと、野川の始まりを見てるのです。マンホールの入口みたいなのは、上を中央線の線路があるからなのね。でもさ…。

野川の始まりというのなら、こっちの水門じゃね?つーか、さっきから歩いていた大池こそ野川の水源そのものだったのでは?
大池を周回したので最後に湧水をーーーーー。
ん?
この行列は……。
やっぱりか~ぁあああ!!
湧水見物の行列でしたっ!なぜに水が涌き出る所を見るために行列するのか!?
ってな事で湧水見物はパス。撤収~。
さて。時刻は既に正午を過ぎてます。

売店の隣の芝生広場でパン&ヴァームのお昼ご飯~。
「ここで相談です。この後、駅の反対側の殿ケ谷戸庭園を見学しますが、その後、1)国分寺歴史散歩・2)昭和記念公園で紅葉散歩いきたいのはどっち?」

ちなみに来年春の庭園公開日は、2015年4月5日(日曜)の予定と貼り出してありました。

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片倉城趾公園の紅葉

2014年11月17日 01時24分52秒 | 紅葉散歩
2014年11月14日、八王子市の甲州街道のイチョウ並木&多摩御陵散策を楽しんだ後、向かったのは京王線高尾駅。まだ時間が早かったので、もう一つより道をしました。
京王片倉駅下車。向かったのは、片倉城趾公園です。
到着は13時40分過ぎた所。まだ充分日差しがあったのですが…。
やっちゃいました~
公園の立地がマズかった!公園内は日陰です。

太陽に照らされている場所と、日陰の場所の明るさの対比が酷い。画像にすると更に酷い。

なんとなくウロウロしてみたけれど…。

もう気分だだ下がりです。



肩を落として撤収です。そもそも片倉城趾公園を訪れた理由は、片倉城の縄張りを歩く!だったのですが…。
まあ、怪しい彫刻が点在してて、それなりに楽しかったけどな。つーか、酔っぱらいオヤジを彫刻のテーマに選んだ彫刻家は一体何を考えてたのか?自らも酔っぱらいだったのか??
時刻はまだ14時でしたが、帰宅する事に。
つーか、軽~いウォーキングのつもりが、まさかの2万歩超えですっ!や~、ずっと歩いてたからな。さもあらん。
つーか、つーか、おケツとアバラ骨が痛い。とてつもなく痛い。
や。なんつーかですね。この時点での一昨日、11月12日の夜、寝ぼけたままベランダの窓を閉めたと思ってくれたまい。ンで、華麗にターンをしたその時、ツルっといっちゃったのです。足元は寒くなって出したばかりのカーペット。寒くなったのでソックスを履いていたのが惨状を悪化させてしまいました。
ツルっといったその瞬間、両足が揃ってしまい、アイ・キャン・フラ~イっしちゃったのです。
その時咄嗟に思ったのは、このまま頭から落ちたら怪我する。悪くすると死ぬっ!
足元は賃貸マンションの床なのですよ。それはコンクリートの上に木目模様のシートを貼っただけのシロモノですよ。例え滑ったといえカーペット敷いてありますけど、防御力ほとんどないっ!
体が飛びつつも気合いで上半身だけは起こしました。
結果。ケツから落下しちゃいました。
~~~~~~~っ!!
その瞬間、身体から2カ所で音が聞こえた。一つはガチッと上と下の歯が当たった音。も一つの方がイカン~~。
多分尾てい骨にヒビ入った…。
痛過ぎる…。
暫く動けませんでした。
WEB検索したら、尾てい骨を骨折したりヒビ入った人の体験談が一杯あった。
場所が場所だけに、直るまで基本放置だそうで。そりゃそうかも?尾てい骨にギブスははめられないわな~。
ただ…。
回避して上半身は起こしたつもりだったのですが、散歩から帰宅したらば、やたらあばらが痛いんですよ。たぶん回避しきれなかったんだね。私は羽生くんにはなれませんでした…。
現状座った時、寝転んだ瞬間だいぶん痛いけど、まあ~大丈夫だろ。つーか、痛くなるまで放置するしかないみたいだし…。うかつな私です。
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多摩御陵の参道のケヤキ並木が剪定&一部撤去

2014年11月16日 01時31分54秒 | 墓所巡り
一昨日、2014年11月14日に八王子市の甲州街道のイチョウ並木の黄葉を見にゆきました。JR西八王子駅下車。イチョウ並木を西へ。並木の終盤に多摩御陵へ続くケヤキ並木があります。これは参道なのです。

道の両側にそれぞれ、多摩御陵・武蔵御陵の石碑が立っており、ここが参道の入口です。参道に入ってすぐ、何やら大きな立て看板がありました。

計画剪定及び街路樹撤去のお知らせ
え~と?何だって??
多摩御陵線のケヤキ並木は、樹齢が90年を超えています。近年、大径化・老朽化したケヤキ並木の大枝が、強風などにより落下する等の事故が頻繁に発生しています。これは、樹高が樹木間に比べ高いため、枝や根が輻輳し、生育を阻害していることが原因です。
このため、昨年度に引き続き景観に配慮しながら、段階的に樹高を低くする計画剪定を実施します。計画剪定では、樹高を低くするための基本剪定と、前年度以前に基本剪定を終えた樹木に対し、樹形を整え、落枝を防止するための軽い剪定を実施します。
現段階で撤去樹木は1本ですが、今後の診断結果により撤去本数を変更する場合があります。
う~む。木がコンパクトになるのは見やすいけど、そう簡単に出来るのかな?技って奴なのかな?

川を渡る橋は、立派な石の欄干で出来てます。画像右奥に見えるのは、綾南公園。11月15日・16日開催のイチョウ祭のメイン会場で、急ピッチで準備が進んでいます。

さて。御陵見学の前に、綾南公園でお昼ごはんタイムです。
このメロンパンの皮という名前のパン。メロンパンのおいしい所だけを商品にしてあるんだけど、これ一個とメロンパン1個の値段がほぼ一緒なのが謎です。
さて。ケヤキ並木の参道を抜けると、多摩御陵の駐車場に到着です。私3回目の参拝です。
ところが…。あれ~~??進入路に立ち入り禁止テープが貼ってあるぞ~~??
行けるのか??
恐る恐る進んでいると、案内の人が「ただ今工事中です。右の道からお進み下さい」とのこと。
工事~~??多摩御陵で~??
不思議に思いつつ進むと、見えてきました。
まずは昭和天皇陛下の御陵です。

右隣には昭和天皇の皇后陛下の御陵。

少し歩いた所に、大正天皇の皇后陛下の御陵。

多摩御陵で一番豪華な大正天皇陛下の御陵です。
ところで。工事個所ですが判明しました。

大正天皇御陵
の奥で、ただ今絶賛工事中です。
なのですが…。
え~と?これって、もしやせんでも今上天皇陛下の御陵を作ってるんですよね?併せて美智子妃殿下の御陵も作ってる気配です。

そっか~。こういうのって作るの時間がかかるものなあ。
まあ。事情は分かるけど、今上天皇皇后両陛下にはまだまだ出来るだけ長くお過ごしいただきたいわ~。
お墓を作ってる所なんかあんまり見たくなかったな…。

御陵と駐車場を繋ぐ道沿いに、池と見頃のモミジがありました。

高尾駅への道々、紅葉の綾南公園が見えました。

そろそろ高尾駅です。甲州街道のイチョウ並木に戻ってきました。
さて。右へ行くとJR。直進すると京王です。

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