あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

座間神社

2016年04月30日 06時03分58秒 | 桜散歩
相模川の芝ざくらを見物した後、JR相模線相武台下駅方面へ向う。ここからだと座間キャンプの坂の入口の道がなんとなくわかるので。
そういえば、ここからJR相模線の車両と桜のコラボ写真も撮影出来るんだった!どうすっかな~?
時刻は11時51分。お昼時か~。相模線は基本単線です。運行本数も少ない。迷ったけど、お昼ごはんを食べられるかにが沢公園に行きたいからな~。

数枚画像撮影しただけで移動する。
さてと?座間キャンプ前の坂の道はどこだ??
場所がうろ覚えです。この道は1年に1回使うかどうかなので。
ふと?目に入ったのは座間神社の文字です。
座間にあるから座間神社なのか?行った事ないなぁ~。

うかうかと自転車を向けたら、既に参道でした。

自転車を押しながら歩きながら携帯の撮影ボタンを押すのは難しい。

うわっ!!
こ・この階段は~~~~っ!!!
自転車を置く場所もない。階段下は道路が直角に参道を横断しています。
いつか参拝する事にして、今回はパスします。階段下の道を右へ。
と?

座間神社さんのご神水なのかな?わき水は出ています。
帰宅後webの海を浚ったら、座間神社は武相総鎮護とありまして、「相模の飯綱さま」と親しまれてるとか。
ご由緒:
欽明天皇の御代(539-571)に疫病が流行した折、飯綱権現の化身の白衣の老人が現れ、崖下の森の中に湧く湧水を使うようにすすめたので、村人がそのすすめに従ったところ、疫病が止んだ。そこで飯綱権現を祀ったという説が残る。
別の説は鎌倉幕府を開いた頃、悪病が流行した時に白衣の老人が来て、日本武尊を祀れば悪病が納まると教えたので、日本武尊を祀ったと言われている。
火除けの神として信仰されている。」
思うに、道ばたで見かけたわき水が、疫病を止めた湧水なのかもしれない。

あ!見た事あるトンネル発見!ここを抜けたら座間キャンプの石垣に出るハズ…。最早自転車を走らす事は諦めて、坂を押して上がります。ええ。だからこの道には来たくなかったのだ~~~っ!!
座間キャンプの正門到着。本当ならここらで休憩したい所ですが、正門付近には自衛隊だか米軍だかの人がガードしてるのでそそくさと通り過ぎる。
あれ?こんな所に大きな病院あったっけ??いつの間に…??
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相模川の芝ざくら

2016年04月29日 05時34分24秒 | 桜散歩
撮影日時は2016年4月6日午前11時33分から11時45分です。
相模原公園のせせらぎ地区の桜見物がこの日のメインでした。それを見たらすっかり気が抜けてしまい、この後どこへ行こうか?と迷った挙げ句、なんとなく相模川方面へ向いました。あっちに無量光寺があるのです。しかしですね。高低差…。せせらぎ地区も既に相模原公園や麻溝公園から一段下がってるんだけど、今度の河岸段丘はちょっとびびる。なぜって、一度降りたら帰りは昇らないといけないのです。
って事で、無量光寺は止めて、JR相模線下溝駅方面へ。途中で八景の棚から相模川を見下ろすと、結構な高低差。何十メートルあるのかな?とか言ってたハズなのに、なぜに相模川の土手で自転車を走らせているのか?アレェ~?おかしいゾ???
あれは何年前だったか?相模川の土手に「日本一長い芝ざくらの土手」があると知り自転車を走らせたのですよ。あの時は既に土手の上の桜はなかったように思い、今なら両方が楽しめるのではないか?と思いついちゃったんですわ。
てな事で記憶の中を辿りつつ自転車を進めたのですがね。何やらおかしいのです。
日本一長い芝ざくらの堤はどこへ行ったのか??
芝ざくらがほとんど見えません。あれ~??記憶の中ではこの辺まで芝ざくらが咲いていたのにな~??
ともあれ、視線の奥に濃いピンク色が見えてるので、取りあえずそこを目指します。
到着したら既に11時半だった!あれから2時間も何をぽやぽや自転車を走らせていたのだろうか?全くの時間ん泥棒です。
ともあれ、画像を貼付けて行きます。







白い芝ざくらで「みなみく」と浮き上がってます。ここが相模原市南区だからですね。

こちらはノジマのなでしこチームステラかな?芝桜の土手を上り、桜の生えてる土手の上に立つと、あちらの土手を降りたらその先にノジマの練習場があります。訪問当日は、男性のサッカーチームの練習をやってました。

なんというか、芝ざくらって大概強い植物なんですが…。我が家のベランダのコンテナに植えてる芝ざくらなんか、毎年咲いてるけどね。もう10年は確実に。でもやっぱり年間通して手入れして雑草取りとかしてやらないと、ダメなのかな~?

相模川の河川敷の駐車場辺りの芝ざくらは既にありません。え~と??もしかして、この辺りは既に座間市なのかな?もしかしてもしかして、芝ざくらまつりやってるのって、相模原市の部分だけなのか?よく分からない。でももう少し芝ざくらの手入れはして欲しい。かつての素晴らしい姿を知ってるだけに、今のショボさが悲しいわ。
さて、本当は芝ざくらと桜のコラボを見ながらお昼ご飯にするつもりだったけど、計画変更です。このままじゃ桜見物を終われない!座間キャンプの坂を上がる事に。本当は座間チャンプの地下にあるトンネル抜ける方が楽に走れるんだけど、地下に行ったら桜が見えないでしょ~~~~っ!!って事で帰宅するつもりだったけども、坂上がるぞっ!!
2016年5月24日以下3枚の画像を追加しました。





携帯電話のデーターフォルダに入ってるのに気付いて追加しました。
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相模原公園せせらぎ地区の桜

2016年04月28日 06時09分11秒 | 桜散歩
撮影日時は2016年4月6日、午前9時25分から午前10時5分です。
去年初めて相模原公園のせせらぎ地区の桜を見て、あまりの見事さに感動し、更に桜の見ごろの最盛期にも関わらず観桜を楽しむ人が少なくて感動しました。だって、公園から道路を挟んで隣接する駐車場に桜の最盛期に空きスペースがあるんですよ?そりゃあ驚くってものよ。
>相模原・フィシングパーク跡地の桜(2015年4月4日)の記事 こちらの記事が去年訪れた時のものです。
しかし、一つだけ残念だったのは、その時が曇り空だった事でした。なので、ぜひとも青空の下、この場所でもう一度桜が見たい!と決めてました。そして、ようやく青空が広がった4月6日の朝、決行したのです。ってな事で画像を貼付けて行きます。











以上6枚は全てせせらぎ地区の公園の外から撮影しました。道路の測道からです。
上の画像を見て下さると分かるのですが、せせらぎ地区は同じ相模原公園と言っても相模川の段丘を一つ下がった場所にありまして、しかも相模原公園に編入されたのも去年という場所です。つまりですね。相模原市民でもこの場所にこんなに綺麗な桜が咲く場所だと知る人は少ないのですよ。まさに穴場という奴です。
さて、公園内に移動します。









実は貼付けた画像は全て携帯電話で撮影した画像でして、あまりに綺麗だったので、ほとんどデジカメで撮影しちゃいまして、後半の画像がショボい。でも人の少なさはお分かりいただけるかと?だって、ベンチ空いてますからね。市民カメラマンとか養護ホームの団体が来てましたが、養護ホームの方々は、公園内の高低差から公園の上の段だけ見て撤収されてました。去年はスケッチ水彩画サークルの方々がいたような?
北インドの旅でご一緒した厚木市在住の方にもこの公園をすすめました。この画像をご覧いただけると納得の桜の穴場です。
あ。そうだ!去年の記事に最寄駅のJR相模線原当麻駅から徒歩5分と紹介しましたが、実際はもっとかかります。徒歩15分は確実に必要だと思われます。ご注意下さい。
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調整池の桜堤

2016年04月27日 05時17分54秒 | 桜散歩
撮影日時は2016年4月6日、午前8時48分から50分麻溝公園のグリーンタワーから公園内の桜の場所を確認する。







う~ん?麻溝公園も相模原公園もタワーから見える範囲の桜の数は大したことがないのね。
ちなみに、画像の上奥でまとまって咲く桜は相模女子美大の敷地内でして、一般開放されてません。
今日のメインは相模原公園のせせらぎ地区の桜なので、そっちへ行くとして…。メタセコイア並木の奥に調整池が見える。そこに桜並木があるね。調整池に鏡面で反転させて写したら綺麗かも?
と。思いついたら即実行!で自転車を走らせたのですが、どういけば調整池に出るのやら?この辺りは高低差が複雑で、自転車乗りは出来る限り高低差と戦いたくないのだよ。
という訳で少し迷って到着時刻は午前9時5分でした!

しかしだね。桜があるのは調整池の対岸です。仕方ないんで池の外周を周る事に。

う~~む、反対周りにした方が近かった模様です。なぜにこっち周りにしたのか?桜堤が全然近づいてこない。
そんなこんなで桜堤到着時刻は午前9時10分でした。

うぅう~~~~んっ。でっかい水溜まりが道を覆っているじゃん…。しかも逆光とか…。
しかもしかも!!桜堤は柵の向こう側にありました!
北側から近づいた私、大失敗です。
でもまあ仕方ないので、自転車を降りて道の端っこに少し残る水没してない場所を選んで進む。

桜は期待通り綺麗だったんだけどさ。テンションだだ下がりです。
しかし、桜咲く梢からふと足元に目を落とすと、水たまりに反射して映る桜の姿を発見!

もしかしたら捨てたもんじゃなかったかも?まあ、まだ午前9時を回ったばかりなので、太陽は東から差してて道から見上げると桜の花が影に入ってしまうんですがね。

これ以上この場で粘っても更なるベストショット撮影は無理そうなので移動する。

ちなみに、堤の上から桜を近くから撮影も出来ませんでした。この先立ち入り禁止で入れません。調整池に反射させて撮影したかったけど、ここでは無理ね。きっぱり諦める。

調整池の周囲を巡る道路から、相模原公園のメタセコイア並木の方へカメラを向けたら、結構な高低差があって一驚きした。そしてこの後は相模川の河岸段丘を降りて、本日のメイン相模原公園せせらぎ地区へ向います。
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米軍住宅の桜

2016年04月26日 05時29分52秒 | 桜散歩
今更桜の記事もどうかと思うのですが、今画像をアップしておかないと来年の見ごろチェックの時に困りそうなのでやっておくことにしました。
撮影日時は、2016年4月6日午前8時24分から8時30分
ではサクサク画像を貼っていきます。











最後はソメイヨシノじゃなくオオシマサクラかな?

年々近我が家から見える私の桜標準木が消えて行ってます。貼付けた画像は我が家から最短距離の桜がある場所で、米軍住宅。ここは一般開放しない所です。でも周囲を巡るようにある細い道は、近所の人の格好の散歩コースです。特に早朝は散歩する人が多いんだよね。
ちなみに、今年の桜の開花宣言が出たのは早かったものの、いつ満開になるのか?気をもんだ年でした。
そして、天候がとても悪かった!桜が見ごろになってから散るまでに青空が見えたのは4月6日だけだった気がします。まあ、延々インド旅行の記事を書いていて、ほとんど外出しなかったのも桜の記事がなかった理由ですがね。

ちなみに、2015年4月6日の米軍住宅の桜はこんな感じでした。
米軍住宅の桜(2015年4月26日)の記事 偶然ですが、ちょうど1年前のタイミングで撮影してました。
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ガンジス河に日が昇る

2016年04月25日 06時28分00秒 | インド旅行記
需要があるかどうか分からないんですけど?2016年2月19日の早朝、ヴァラナシの街のガンジス河でボートに乗ってガンジス河の上流へ。Uターンして下流へと昇る朝日とヒンドゥー教徒が祈りを捧げるガート(沐浴場)の様子を眺めました。
そして今、旅仲間に撮影画像を添付してメールで送ってるのですが、撮影画像を全てチェックしましてね。旅仲間に受けが良かったのが朝日の画像でした。
ほうほうほう。朝日の画像かぁ~!と。ピックアップしていたのですが、枚数が多くてですね。ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”~~~~っ!!!!!
ってな事で、ピックアップした画像からどれを送ればいいか迷った挙げ句
見比べるために記事投稿する事にしました!
何やってんだ~~~!!
すんません。パソコン使いのスキル低いんです。デジカメ画像はiPhotoに取り込めなかったので、1枚1枚プレビュー機能を使ってピックアップしてるんです。他にやり方ありそうなものですが…。下手にあれこれいじったら「起動ディスクがほとんど一杯」というメッセージが流れるので触りたくーー触れないのですよ。
今は時間優先でいきます。でないとメールが送れないんだわ。キィ~~~~~ッ!!!
トップ画像撮影時刻は2016年2月19日午前7時4分7秒 4366

撮影時刻は2016年2月19日午前7時4分33秒 4370

撮影時刻は2016年2月19日午前7時5分16秒 4376

撮影時刻は2016年2月19日午前7時6分4秒 4380

撮影時刻は2016年2月19日午前7時6分56秒 4384

撮影時刻は2016年2月19日午前7時7分16秒 4386

撮影時刻は2016年2月19日午前7時7分32秒 4388

撮影時刻は2016年2月19日午前7時7分38秒 4389

撮影時刻は2016年2月19日午前7時11分54秒 4404

撮影時刻は2016年2月19日午前7時13分7秒 4412

撮影時刻は2016年2月19日午前7時15分19秒 4413

撮影時刻は2016年2月19日午前7時18分48秒 4466

撮影時刻は2016年2月19日午前7時20分8秒 4469

撮影時刻は2016年2
月19日午前7時 7時20分 12秒 4470
撮影時刻は2016年2月19日午前7時7時30分48秒 4508
月19日午前7時32分48秒 4522

撮影時刻は2016年2月19日午前7時33分00秒 4528

撮影時刻は2016年2月19日午前7時33分14秒 4545

撮影時刻は2016年2月19日午前7時33分14秒 4546
撮影時刻は2016年2月19日午前7時33分23秒 4550

撮影時刻は2016年2月19日午前7時33分45秒 4552

撮影時刻は2016年2月19日午前7時35分01秒4560

撮影時刻は2016年2月19日午前7時35分29秒 4565

撮影時刻は2016年2月19日午前7時35分42秒 4570

撮影時刻は2016年2月19日午前7時35分45秒 4571

撮影時刻は2016年2月19日午前7時35分48秒 4572

撮影時刻は2016年2月19日午前7時42分34秒 4589

撮影時刻は2016年2月19日午前7時45分09秒 4605

撮影時刻は2016年2月19日午前7時45分13秒 4506

撮影時刻は2016年2月19日午前7時45分20秒 4607

撮影時刻は2016年2月19日午前7時45分29秒 4609

撮影時刻は2016年2月19日午前7時45分34秒 4610

撮影時刻は2016年2月19日午前7時46分49秒 4617

ほぼ30分の間の空の変化です。今回は太陽が昇って行く所だけをピックアップしています。合間合間に記念写真やらガート(沐浴場)やらヒンドゥーの神々の像や壁画などを撮影しています。たった30分で250枚撮影してるあたり…。興奮し過ぎだった事が今判明しました…。そりゃあ、画像をピックアップするのも大変ですわ。さて、どの画像を送れば喜んでもらえるのだろうか…。それが問題だわ~。

本日、以下の既出記事にそれぞれ13枚の画像追加と、記事で間違っていた部分の訂正を行いました。
ヴァラナシ・祈りの儀式アールティ(2016年4月14日)の記事

北インドの旅8日目仏教の聖地サルナート(2016年4月15日)の記事 以前の記事の中で、ブッダが初めて説法を行った場所を間違えていたので訂正しました。更に以前初転法輪の地と説明していた場所は、初めてお寺が建てられた場所でした。すみません。
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おまけ:お土産

2016年04月23日 01時20分02秒 | インド旅行記
長々と連載してきた【インド旅行記】ですが、今日の記事で一先ず最終回です。もうね。まさか季節が変わるまで連載が続くとかね。我ながらたっぷりと楽しんでしまいました。毎日更新におつきあい下さった方、いらっしゃいましたらありがとうございました。
最後に私がインドで購入して来たあれこれを紹介します。殆どは記事の中で既出ではあるのですが。
● ヴァラナシシルクの店
まずトップ画像ですが、ヴァラナシシルクのお店で、サリー着用モデルにならなければ、おそらく買ってなかったサリーです。出来上がりはこちら。

サリーのブラウスは北インドは丈が短く、南インドは長いっていってましたね。
後、私がヴァラナシシルクのお店で購入したのは「6メートルはあろうかという布」だけのつもりでした。値段交渉をして最初6000円だったものを5000円で購入し、5000日本円を支払ったら、おじさんがメジャーを取り出し細かい採寸を始めました。
「何やってんの?このおじさん??」と尋ねたら、「サリーのブラウスを作るのに必要」と。
ンン??「どゆこと?」「だから、君はサリーの布じゃなくてサリーを買ったの!」ええ~??
と言う事は…。ハッ!!「サリーブラウスの色は?サリーの下にはくボトムの色は??」と慌てて聞いたれば、
「サリーの布の色で決っている。サリーブラウスはサリーの布の外側の色。ボトムはサリーの布の内側の色」
そうなの??そして出来上がって来たサリーブラウスを試着してみたら、サイズが全く合わなかった!!
何の為に採寸したのか…。インドクオリティー。

ヴァラナシシルクは野蚕の糸を使って織られている。普通の蚕の布と比べると。野蚕の布はシャリシャリしています。インドの今年の流行は『ペイズリー柄』なんだってさ。柄はともかくオバさん化が進んでいる今日この頃、顔の近くに黒色は置きたくない。「別の色はないの?例えば黒色部分がインディコ(紺色)」と尋ねたれば「ない!」と。仕方ないので肩に巻いて鏡を除き顔映りを確かめた結果購入したのが上のスカーフです。価格は2000円との事でしたが、購入したのが帰国日前日だったのでインドルピを残したくなかったのでインドルピに置き換えて1120ルピで購入しました。
ちなみに、同じヴァラナシシルクのお店で旅仲間がまとめ買いしていた小さなクッションカバーはこちら。
  

お店では1枚500円で売られてました。サイズは貴女が想像したクッションの2/3程の大きさです。クッションカバーとして仕立ててありますが、額に入れて壁に飾るのにぴったりな品と思いました。旅仲間はバラまき土産(女性用)として買い求めていました。

● ブロックプリントの店


ジャイプール名産のブロックプリントです。日本ではインド更紗と言った方が通りがいいかも?サイズはベッドカバーサイズ。天然染料で木型を1個1個職人さんが手染めしてます。(という売り込みでした)

自分宅用。壁飾りにします。

母へ送ったら、「こんなに大きな布を張れる壁はないから。座敷にある大きな机にかけたら、テーブルカバーにぴったりよ~。縁飾りの部分は机の縁から落ちていい感じ~」と電話がかかってきました。そういう使い方もアリです。
義母宅へ。
訪問した2月は冬もののセール時で、20%オフって言っていたのですが…。どうにも支払った金額を見ると20%オフになってないんですよね~??
そもそも予想よりずっと高かったのがマズかったのですが、3枚で70ドルのハズが…。
手持ちのルピを全部出して1500ルピ(3105円)、足らずを50ドル(5130円)更に2000円の合計10835円も支払ってます。その時に気付けよ~~。自分~~
これより前の買物は絵はがき4枚のみ。ほぼインドで初めての買物だったのも敗因かと…。ちなみに、今思えば全てドルか全て円で支払っておけば簡単だったのにな。その時は手持ちのルピが足りない~~ってテンパってしまいました!

こちらはクッションカバーです。ブロックプリント工場付属の店で購入しました。
売値は1枚1800円の所を2枚3000円でした。
何つーの?値切りとかに不慣れな日本人はボラれ放題ですね。あ~あ。
● シルクのスカーフ大


2016.4.24に画像追加しました。 スカーフの下の真ん中の画像を拡大撮影しました。
2016.4.24に画像追加しました。 スカーフの下の端の画像を拡大撮影しました。
ジャイプールの宿泊ホテルヒルトンに入っている布屋さんで購入しました。
到着の日に1枚5ドルでした。しかしインド更紗が欲しかった私は到着日の購入を見送ってしまいました。ツアー仲間の話では翌朝は1枚8ドルで売っていたそうです。ンで、ブロックプリントの店にスカーフは置いてなかったので、バスにカーテンがないのでどうしても日除けスカーフが欲しかった私は仕方なく購入したら、4枚で40ドルとか言われましてね。ええ。きれましたとも。すると店のオヤジが「昨日はバレンタイン価格。今日はもうバレンタインが終わった。お前が運が悪かった!諦めろ」と来たもんだっ!お~こ~る~ゾ~~っ!!
「ならなんで昨日そう言わない!」とゴネたら4枚35ドルになったけどさ~。全然納得いかない。ちなみに色合いと柄は私の好みのド真ん中で、ボってるオヤジとセンスが同じかと思うと立ち直れなくなりそうです。
それでも買ったけど~。帰国後の上下2枚のうち下の方はヘビロテで使ってますけどね。ちっ!思い出しただけでも腹の立つっ!
あ。ちなみに出してあるのは自分用。パッケージ入りは友人へのお土産です。
「黒と緑を使ったスカーフは、ムスリムの好む色」」だとオヤシが言ってました。赤やオレンジはね、ヒンドゥーが好む色なんだってさ。



上の2つはジャイプールの宿泊ホテルヒルトンに入っていたもう一つのお店です。
ジャイプールの名産品はブロックプリントの他に色宝石や青色陶器がありました。陶器は欲しかったんだけどね。ブロックプリントの方が優先順位が高かったのだ。
おまけ:ヴァラナシ空港にて。

日本では空港で売ってる品物は割高というイメージがありますよね?
ヴァラナシの空港内には布屋が何店舗も入ってました。互いにライバルなのか、同じスカーフを売っていて、そちらではスカーフ1枚500円もしくは5ドルで販売してました。
ええ。私が4枚35ドルで購入したものと全く同じスカーフでした。柄には違いがありましたが…。
空港内が最安値とか~~~~。
ちなみに上の正方形のスカーフも5ドルです。一辺が98センチもあります。元々壁に飾るつもりで購入したのですが、アマゾンで額を探したら、一辺100センチの額はとても高価でした。実質500円のスカーフに大金かけるのはもったいない!んで創作同人誌製作用に買い置きしてある色紙、この場合はB4版キャンソン紙12枚を貼り合わせ、それを土台にスティクのりでスカーフを貼付けまして、それを壁飾りにしちゃいました。貼ってしまったのでスカーフとしてもう使用出来ませんが、そもそも壁に飾る用として購入したので後悔してません。ってか大満足してます。だって1へん1メートルもあるんだも~んっ。どないしても目に入るし~。
● 絵はがき

私が申込んだ旅行会社では、旅の間に一人2枚分のエアメール用の切手が配られました。
「インドからの郵便は7割届きません」と添乗員に注意されたものの、なら挑戦してみよう!と思い絵はがきを購入しました。幸いホテルのレセプションに預けて1週間程で4枚全て届きました。
絵はがきはジャイプールの世界遺産ジャンタル・マンタル(天文台)の売店で1枚10ルピで購入しました。
● 紅茶屋さん

インドは紅茶の生産地です。有名な銘柄に、ダージリン・ニルギリ・アッサムがあります。紅茶好きの私としては必ず買いたいと旅の前から意気込んでましたが「紅茶の美味しい茶葉のあるお店」と連れていかれたのは普通のお土産屋さんでした。そんなんあり~?とテンションだだ下がりです。
おまけに試飲出来ない。
製造年月日のシールがあるのとないのが混じっている。新茶が出回るのは1月。「私の店の茶葉は新茶です」と言ったのに混ざってる。
紅茶は定価販売でディスカウント出来ないハズなのに高い値段をつけて「ディスカウントに応じます~4個買うと1個おまけね」とやってるのが信用ならんっ!
と物欲がだだ下がりしまして、結局購入したのは、マサラティ用の茶葉100グラム400ルピ。後は香辛料になりまして、ティマサラが200ルピ。ガラムマサラ100グラムが300ルピ。チキンマサラ100グラムが300ルピで合計1200ルピです。高すぎっ!さすが土産物屋価格だわ…。
紅茶を購入したのはアグラの宿泊ホテルです。さすが世界的な観光地だけあって、ホテルには土産物の店が5・6店舗入ってました。中でもアグラといえば大理石の象眼細工が有名です。アグラは4割がイスラム教徒の街で、イスラム教徒は手先が器用なので象眼細工が得意とガイドさんが言ってました。
● ファーマシー

デリーのインディラガンジー空港の国内線のフードコートでランチを食べ搭乗時間まで自由行動になりました。
同じフードコートにマクドナルドがあったので、牛を食べるのがNGのヒンドゥー教徒の国でどんなハンバーガーを売っているのか?と入店。ゲートに向おうとしてファーマシーに気付く。
インドはビザが必要でして、いつもの海外旅行より早めにツアーを申込みました。つまり旅に出るまで時間があったのです。そこでブックオフや図書館でインドの観光ガイドブックや『旅の指差しヒンドゥー語』を購入したり借りたりしました。つまり事前にガイドブックを見たら、インド土産に無添加・天然自然成分使用のアーユル・ヴェーダ・コスメがありました。
複数のガイドブックに載っていたシャナーズ・フセインの石鹸・ヒマラヤの洗顔料・インド女性の定番コスメ。植物や野菜。果物の抽出成分を取り入れたバイオティークの豊富なコスメが載ってました。
アーユル。ヴェーダは私でも知ってます!ってな事で、ヒマラヤの洗顔料(右上1個30ルピ)とシャナーズ・フセインの石鹸(1個240ルピ)を購入しました。
*一昨日、シャーナーズ・フセインの石鹸をプレゼントした方からハガキが届きまして、「泡がとても細かくて気に入りました!」と喜んでいただけました。この方には併せてタージマハル紅茶とティマサラの香辛料を目安でカップ4杯分とインドの新聞詰め合わせで送ったらそちらも喜んでいただけました。マサラチャイはお土産にしたらどうしても自分で作る事になるから、作り方のコピーも同封したら、そちらも面白がってくれました。でもこういうのは人を選ぶんですよね~。

後のシャンプーなどのバイオテォーク製品は全てはホテルのアメニティです。使わずにお持ち帰りしてしまいました。
● 絵はがきセット

分かりにくい画像ですみません。絵はがきは右上に2セット写ってます。
ヴァラナシでガンジス河の日の出とヒンドゥー教徒が沐浴する風景を眺めバスに戻る途中で絵はがき売りのおじさんが貼り付きまして。添乗員からもガイドさんからも「買わないで下さい」と注意を受けていたのにうっかり買ってしまいました。ああ、寝不足の頭で同時に複数の事をやっていると注意力散漫になるよな~。大反省です。
おじさんは最初絵ハガキ1セット1000ルピ(約2000円)とつけていたのですが、客の注意を引けたら何でも良かったらしくどんどん値下げしながらついてきます。1セット200ルピに下がった所で仕方ないなあ~と購入したら「もう1セット買うなら1セット100ルピです」とか言いやがった!つまりだね。元々1セット100ルピもしなかった模様です。ほんとうに絵はがき売りから買って大失敗ですわ。大反省するしこれが手元にあると思うと悔しいので、イベントで購入のお礼として配ろうと思います。
あ。紅茶や緑茶のティーパックやコーピーのパックなどはホテルのアメニティです。インドのホテルの標準か?それとも今回のツアー会社の配慮か?ホテルの部屋に一人1本のミネラルウォーターのペットボトルが毎日無料で提供されました。それで湯を沸かし、日々紅茶やコーヒーをいただきてました。どうせ毎日新しく追加してくれるので、可能な限り持ち帰りました。トワイニングティーとか聞き覚えのあるメーカーさんの紅茶はうれしいです。
● スーパー

ヴァラナシのラマダホテルの敷地内のモールの3階にあるスーパーマーケットで買物をする。
上段左から、マサラ味のポテトチップス(35ルピ)・インドのお好み豆ミックスフライ(46ルピ)・ムング豆のフライ(49ルピ)・マサラ味のイモフライ(20ルピ)
2段目左から。黒こしょう250グラム(333ルピ)・カルダモンのパウダー200グラム(42ルピ)・クミン100グラム(37ルピ)・DAILYのクミン100グラム(28ルピ)・DAILYのクミン100グラム(31ルピ)
3段目左から。13種のスパイスを使ったガラムマサラ(42ルピ)・ブルックボンドの紅茶のティーパック100P入り(130ルピ)が二箱。バイオティークのキャロットシードオイル(日焼け止め)220ルピ。
プライスレスな自分土産
● 新聞各種

私はインドに行くまでインドの現地語が約20種もあると知りませんでした。
だから新聞もそれぞれの言葉で書かれてある訳で。日本人には違いが見分けられないんですがね。旅の1日目は空港近くのビジネスホテルに宿泊しました。朝、ドアの下から新聞が差し入れられており、見たらばとても楽しい新聞が数種類入ってました。ほとんどは英字新聞でしたが。新聞は殆どがオールカラーページで、読めずともみるだけで楽しい。
だって上の新聞の如く、アメリカのオバマの写真の隣に、ヒンドゥーのシヴァ神とお妃のパールヴァティー女神、息子のガネーシャ神が描かれてるのがインドっぽいでしょう。
インドの自動車メーカーTATAモータースのCM。
サリーの冬のセール告知CM。
スマフォの全面広告。インドの古典舞踊のカタカリを撮影してる所がいいわ。
インドで一番人気のスポーツ。クリケットの試合結果を伝えるスポーツ欄。面白過ぎて自分土産ですわ。
それからね、旅の途中でまさかの生理が始まってしまいました。脳梗塞をやってる私は日々お薬を数種類飲んでます。血液をサラサラにするバイアスピリンというお薬は、出血するとなかなか停まらないという反作用がありまして、生理中は出血量が増えてしまいます。これが、貧血になる程凶悪でしてね。ホテルのベッドに経血をつける訳にいかないのですよ。ンで取り出したるは自分土産に日本に持ち帰るつもりでスーツケースに詰めてあった各種新聞です。新聞無双でした!とっても助かりました!
● インドのお金

厳密にいえばプライスレスじゃないのですがね。
上の画像は2ルピ硬貨(約4円)と10ルピ札2枚(約40円)。頑張って残しました!
一袋5ルピのスナック菓子を購入したのが帰国日の午後でしたからね。綺麗なお札は貴重で10ルピ札と50ルピ札を取り置きしたのですよ。ンでもつい50ルピ札使ってしまいました!
インドのお札は片面が全てガンジーさんのイラストになってます。
お札の左下とコインのデザインはアショーカ王の石柱の上に乗っていたライオン像です。仏教の聖地サルナートの考古学博物館に現物展示してありました。
● ガンジス川の水
ヒンドゥー教徒はガンガー(ガンジス河)の水を飲みます。だからって事でもないのですが、ヴァラナシ(ベナレス)のガンガーで日の出をボートに揺られて楽しみつつヒンドゥー教徒が沐浴する様子を眺めたのですが、その時にボートからペットボトルにガンガーの水を詰めて戻りました。
私、旅に出ると心の琴線に触れたあれこれを収集する癖があるのですが、さすがに水を収集したのは初めてでして…。どないしょうか?と今後の処遇に悩んでます。たちまちはインドのペットボトルに詰めたまま冷蔵庫に入れてあるけどな。

以上です。今見返すとあんまり買物してませんね。
映ってないのはダンナの会社の人へのバラまき土産のダール豆のフライスナック(塩味)<一袋5ルピ)とかインド製のキットカット<1個10ルピ>です。撮影する前に帰国日にダンナが休日出勤するって言うからそのまま会社に持って行ったからさ。

お土産を今週の始めにようやく母と妹と義母と義姉。それに友人達へ送りました。母達や妹も遠方にいるので、お土産を手渡し出来ませんし、「インドってどんなとこだった?」と聞かれてもブログに記事投稿してあるからそれを見て!とも言えません。母達はWEB閲覧環境がないですからね。ってな訳で、旅行に行くと見て分かるように旅の写真集を作って送ります。今回の北インドの旅の写真集も作ってお土産と一緒に送りました。これです。

不思議の国インド写真集です。
という事で、ゴールデンウィークのイベント スーパーコミックシティ2日目(5月4日)と創作同人誌即売会COMITIA(5月5日)でも【不思議の国インド写真集】を販売します。今はカラーコピーB5版14ページ分しか完成してませんが、イベント売りでは【不思議の国インド写真集&漫画】で漫画を追加して発売します。イベントおこしの際は、サークル名:竹里館出版局で探してみて下さい。

gooブログでgooポイントがたまにいただけるのですが、使う事なく放置放置からのポイント消滅というループにハマっていたのですが、熊本地震の寄付を受け付けてますよ。とgooからメールが来てたのでこりゃ調度いいや。と全ポイントを寄付しておきました。まあ自動消滅繰り返し~のポインドだったから少額ですが、ないよりマシだわと思いまして。有効活用出来た気がします。
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動物は街にいるのか?(その4)

2016年04月22日 06時01分15秒 | インド旅行記
ブログ記事を書き終わり、ようやく家族や友人にお土産と【不思議の国インド写真集】を配ってます。
その作業も残り一人を残して終わり、北インドの旅を一緒に楽しんだツアー仲間へ画像を送るべく、携帯電話撮影画像1000枚&デジカメ撮影画像2000枚と格闘してます。既に使ってるMacの容量が限界のようで、「起動ディスクはほとんど一杯です」のメッセージをチエックしたら本当に一杯でびびりました。動作が遅くなってると思ったらこれだよ~。
今は騙し騙しやってます。プレビュー画面でデジカメ画像をチェックしたら、まだ紹介してない動物の画像が結構ありまして、既に記事投稿済みの記事に画像だけ追加する方法も考えましたが、量がそこそこ出て来たので思い切って(その4)として別建てすることにしました。ってな事で早速行ってみよう~!
● 鳩

鳩は集団で集ってる事が多いのですよ。上の画像はジャイプール旧市街。奥には野良牛もいますね。

こちらの鳩の集団もジャイプール旧市街。道ばたで豆か米か、その類いを売る人がいます。なぜに鳩は売り物に手を出さないのか?と画像に目を凝らすと、地面の色がほんのり穀類色。という事は、既に豆か米売りのおじさんから鳥分…?違った!取り分を分捕ってたようです。

やっぱり群れですね~。上の画像はアルベール城の一般謁見の間(ディワニ・アーム)の建物の屋根の軒上にいた鳩です。普通の鳩なのに、建物が赤っぽいからなんとなくいい感じに写ってるのがなんともさ。

ファテープル・シークリーのジョダ・バイ殿で発見!ここはムガル帝国のアクバル帝とその妻達が住んでいた宮殿です。分かりにくいのでバルコニーを拡大してみます。

ファテープル・シークリーは丘の下にバスを止めて、観光客はシャトルバスに乗換えて移動します。観光が終わりシャトルバスを待つ間、鳩VSリスの対決を見ていたら、小さな鳥がやって来た。

そこへ大きな鳥が飛んで来て対決は終了しました。次第に生き物が集まってくる様子観察しがいかありました!
● クタリ

これまた既出のクタリです。軒先でクタリが鳴くと夫婦喧嘩が始まると縁起の悪い鳥扱いされてる不憫な鳥です。
でも、こいつってはどこにでもいるんだよね~。
上の画像はサウスデリーの世界遺産、クトゥブ・ミナール複合建築群で撮影したもの。クタリの足元の構造物はそれ、世界遺産だから!
こちらは高速道路の料金所でエサを狙ってるクタリです。インドの高速道路の料金所では、日本の料金所と違い料金支払いに時間がかかります。でも車は必ずそこを通らねばならない訳で。料金所の手前では車の行列が出来てました。狙われるのは穀物を積んでるトラックです。なんつーの?麻袋にくちばしと突っ込んでエサを捕ってるの。害鳥じゃん!大胆な犯行でついついバスの車窓から盗人クタリを観察してしまいましたよ。ええ。
● ヤギたぶん。遠くて判別つかないけど、岩山をものともせずに歩けてるんだからたぶんヤギ。

これさ、ジャイプールのナルガール城塞から沈む夕日を眺めましょう!という趣向で小高い山の上の展望台にツアー総勢19名+添乗員+観光ガイド+ジャイプール現地ガイドの大勢で陣取ったのですよ。でも展望台にはその人数を最前列に座って眺めるだけのスペースがなくてね。私は展望台を諦めて一段下の城塞の壁部分へ降りました!小さな階段があり、壁の上から見下ろすと、ジャイプールの市街がよく見え…??ン~?何か動いてるなあ~。とデジカメを望遠したら、いたの!2~3頭ととても小さな群れですが、たぶんヤギですね。

画像では岩山の角度が分かりにくいのですが、画像に写る家並みの屋上が、どの家もちゃんと見える辺りだいぶん角度があるのがお分かりかと…。なぜにこんな所にヤギがいるのか…。食べ物も岩山にはそうないと思うんだけどね。
● インコ

何してるのでしょうか?猫はこういう狭い所を見つけると、わざわざ首を突っ込んでいきますが、インコ、お前もか…。
撮影はサウスデリーの世界遺産クトゥブ・ミナールです。その穴も世界遺産の一部だから~!壊さないで~!!巣穴を掘ってはいかんのですよ!でもインコがハマってる穴は、赤砂岩で柔らかく加工し易い石の模様です。フンとかついてないからさ、まだ巣穴にはなってないと思うけどさ。お気に入りにしか見えないのが不安度を増す。
● 色分けガラス

名前は私が適当につけた!日本の鴉は全身真っ黒!ミヤマガラスという奴は、よく見ると輝いてるんだかそれは黒光りにしか見えんのですよ!

上2枚はサウスデリーのクトゥブ・ミナールで撮影しました。インドに到着したのが夜で、翌朝一つ目の観光がこのクトゥブ・ミナールでした。北京超えのPM2.5のデリーと聞いて見構えていましたが、クトゥブ・ミナールには動物が元気でした!インコ・イロワケガラス・クタリだけでなく、リスやハトも見かけたね。
 
上の2枚はアグラからデリーに移動途中大渋滞にハマリ、バスが殆ど動きませんでした。車窓は湿地でした。牛や犬が闊歩してるのどかな湿原テイストの場所。暇なので車窓を眺めていたら、イロワケカラスが地面をチョンチョンしていたのです。ん~?鳥なんだから飛べばいいのに。色見は違っても同じカラスなのだね。とか暢気にしていた所へ何かをついばみだしたカラス。目を凝らすと、カラスが食べてるのは犬の死体でした!!うわ~。カラスは野生だったか~。当たり前なんだけどさ。ヒンドゥー教徒が国民の82%の国、インドでは動物の死体は片付けたりしないんだってさ。旅の間クトゥブ・ミナールの駐車場でリスが死んでたり、ガンジス川の沐浴風景をボートから眺めて岸辺についたら、降りてすぐの階段の脇で、ハトが死んでました。人がいない訳じゃないの。そのままに放置するのは普通らしい。日本人には理解出来ません。まあ、すぐに死体を片付けるハトみたいなのがいるから問題ないのかな?死んだら他の動物のエサになるのが自然だ。と言われたらそれもありか?とも思えるし。所変わればって奴ですかね~?
● 牛

牛の画像はもうお腹一杯ですっ!?という感想も聞こえてきそうですね。
上の画像は一つ上のイロワケガラスを見かけた湿地にいた牛の群れ。この日の朝は旅を通じて1度だけ降った雨の日でした。なので、お日様の光が足りずシャッタースピードが遅くなりピンぼけ画像を量産するハメに…。使えない画像が多い中、上の1枚はなんとか見られました。渋滞でバスが殆ど動かなくとも、この湿地を眺めてると飽きなかった!

ジャイプールからアグラに移動途中、バスの車窓から牛の糞で作る燃料を道ばたで乾かしてました。糞の燃料はよく燃えるそうです。

アグラ市内で見た牛は、穀類の露天で売り物に顔を突っ込んで売り物を食べてました!売り物をむさぼり喰われてるのに追い払わないのですね。

アグラの黒いタージから夜明けの太陽に照らされるタージマハルを眺めました。朝日が上り撤収。バスの元へ戻ったら、道路の側に牛がいました。
● 馬

馬というか観光馬車です。



これって、タージマハルの観光で、バスは離れた場所の駐車場へ。移動は電気シャトルバスを使いましたが、馬車という手もあった模様です。
● 猿

アグラ城にいました。

ヴァラナシの街にいた野猿。

アグラの民家の屋根にいた野猿。旅仲間が「あの塀の上に何かいる?」と言うので望遠かけたら確かに猿がいました。ここはごちゃごちゃと建物がびっしり並んでる場所なのですよ。野生の猿が普通に街中にいるのがインドです。
● 野良犬

この場所から撮影した野良犬の画像は既出記事に掲載済みですが、
(2016年4月8日)の記事 デジカメ撮影画像を旅仲間にメールで送ろうとチェックしてたら望遠かけて撮影したのが出て来ました。これ、何気にいい出来だなあと気に入ったので読み込んでしまいましたよ。いかがです?

ヴァラナシの街で見かけた野良犬。

同じくヴァラナシの街で見かけた野良犬。

同じくヴァラナシの街で見かけた野良犬。

アグラからデリーへ高速道路で移動。料金所を過ぎたら大渋滞!そんなささくれる心を慰めてくれる湿地の車窓での1枚です。雨が降っていたのでなんか叙情的になった!これで童話が1本書けそうな気がする。

ちなみに湿地の全体ではこんな感じです。こちらの画像中央奥には牛がいますね。
おまけ
●ガンジス川を舞う鳥の群れ

2016年2月19日、ヴァラナシ(ベナレス)にガンガー(ガンジス川)に昇る朝日を、ボートに揺られながら楽しみました。
観光ボートです。客寄せかのか。集まる水鳥にエサを巻いて集める舟がいました。鳥もエサを求めてたくさんあつまります。













太陽が昇り明るくなると、シルエットだった鳥の群れにも光があたるようになる。そうか、白い鳥だったのね。
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ヴァラナシの街でウォッチング!

2016年04月21日 05時49分22秒 | インド旅行記
ガンジス河の岸辺からバスへ歩く道のりのマンウォッチングと街の様子が楽し過ぎて、5回も記事を投稿しちゃいましたが今日で終わりです。

樹の下部に小さな祠がありました。





青色の家はビンドゥーのカースト一位、バラモンのいる家です。でもチェックポイントは塀の上の野猿です。そうなのね。ここにも猿の姿が。

ワンコ。大人しい。でもお子様には大き過ぎるワンコなのかな?

私達が歩いてる道はこんな道。所々に道の左右に移動出来るように中央が途切れてますが、基本道路の上り下りが別れてます。

道幅が狭いので、庶民の足はバイクやサイクルリキシャですね。

おじさん達は何を待っているのか?

リヤカー来た。奥にちらりと二人乗りのバイクの後部にはイスラム教徒の女性かな?特徴的なかぶりものをしています。そしてオートリキシャ。んで自動車…。狭いのにぃ~~。この道を自動車が突っ込んで来るのは無理だから!ほら、詰まっちゃってるでしょ?渋滞してるでしょ??

なんで前方にバスがいますか!?詰まってるでしょ~~~。更に道を逆走してるバイクのおじさんっ!アウト~~っ!!

向いの自転車…いや、あれはリヤカーか?長いのは竹ですね。インドって長さ制限ないんだ…。

ふと頭の上を見上げると…。これはアリですか?ナシだよね???

サイクルリキシャーの後ろのホロの骨組みはまさかの竹製ですか?

お掃除オバさんと目が合っちゃった。ってか画像を編集して気づいたのですが、お掃除少年もこっち見てましたね。気づきませんでした。

道路向こうで何かを待ってる人達がいますね。

サイクルリキシャーの乗客のマダムとも目が合っちゃいました!

サリーを着てバイクの後ろに横乗り。何気に乗り手にテクニックが必要だよな~。

あ!バスが見えてきた!撮影を楽しみつつも私の左側にはず~~~~っと絵はがき売りのおじさんが貼り付いてましてねっ
誰が絵はがき1セット1000ルピ(約2000円)で買うかっ!!
マンウォッチングの邪魔だし、撮影に集中出来ないしっ
無視しても追っ払っても諦めない。そこだけは感心するわ!
無視してたら絵はがきセットに入っている絵ハガキを見せつつどんどん値下げが始まった。遂には1セット200ルピまで下がった。200ルピか~それは400円程度だよな。
もうっ!!
根負けですわ。
1セットかったらおじさんはすかさず「もう一個買うと1個100ルピ」と来た。
って事は本当は絵はがきは1セット100ルピまで値引き出来たって事か?つまり、またボラれたと…。かあっ!「写真撮らせろっ!」

絵はがき売りのおじさんはいい商売出来たから笑顔です!む・むかつくっ!
んで、うっかり乗り込んだバスの乗客はみんな金髪でした。
「OH!アイム、ミスティーク。ソリ~…」
うちのツアーのガイドさんがすぐに迎えに来た。ごめんよ~。

画像右がツアーのガイドさん。左がヴァラナシの街の現地ガイドさん。
後で絵はがきをチェックしたら、表紙は2種類ですが、中はほとんど同じでした。や、やってくれるぜ。こんな事なら1セットはヒンドゥーの神様の絵ハガキを出せって言えば良かったわ。あ~あ。

本日、以下の記事に画像追加しました。

北インドの旅5日目 朝日に照らされたタージマハル(2016年4月9日)の記事
 こちらの記事に11枚のデジカメ画像を追加しました。


タージマハルを効率よく見学するには?(2016年4月10日)の記事
 こちらの記事に21枚のデジカメ画像を追加しました。


世界遺産アグラ城(2016年4月11日)の記事
 こちらの記事に12枚のデジカメ画像を追加しました。


北インドの旅6日目、移動日です。(2016年4月12日)の記事
 こちらの記事に6枚のデジカメ画像を追加しました。
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ベナレスの道をゆく車は自由です

2016年04月20日 06時10分41秒 | インド旅行記
ガンジス河の岸辺からバスへ戻る道は、混沌としていました。
トップ画像の自転車ですが、荷物をこんなに乗せてよく進めますよね。
ん自転車?・タイヤが3つあるんですけど~?
自転車の後ろに女性達が道に売り物を並べています。オレンジ色はマリーゴールドの花色です。マリーゴールドの首飾りはヒンドゥー教徒が使います。でも右から二人目の女性が道路に並べてるのは木の枝です。未確認ですが、木の枝はニームの木ではないでしょうか?ニームは歯磨きに使います。



道路工事をしていました。

狭い道が更に狭くなりました。

これまたがっつり荷物を積んでいますね。何故パンクしないのか??

雰囲気あるおじさんだなあ…。



またまた観客が増えた。

ふ、雰囲気あるおじさんです。

画像奥のオレンジ色は、ヒンドゥーの祠がここにある目印。

エサ待ちでしょうか?

デリーではスクールバスが行き交ってました。でもヴァラナシの街は道が狭い。ヴァラナシのスクールバスはトゥクトゥクが役目を代行してました。このトゥクトゥクは8号車と書いてあります。でもこれ、よく見るとタイヤが細すぎるような~?トゥクトゥクじゃなくてサイクルリキシャだったかも?サイクルリキシャに雨でも濡れないようにカスタムして幌を付けてあるのかもしれませんね。

ジャイプールからアグラへの移動は、高速道路を使用しました。バスの車窓に牛のフンを皿の形にして乾かしてました。牛の糞は燃料として使います。よく燃えるそうです。ヴァラナシの道を歩いていたら、視界にオレンジ色の服の女性がカットイン。思わず撮影しましたが、帰国後デジカメを再生したら、頭の上に乗せてる籠に牛の糞で作った燃料が山盛り入れてあります。

今から売りに行くのかな?それとも家で使う分を買い出ししたのかな?



サイクルリキシャーは乗客2人乗りのハズなのですが、3人目の男性が乗ってますね。この人、どこに座ってるんでしょうか?まさか、自転車こいでるおじさんの座席を奪ってるなんてことは~?ならエア座席で自転車漕いでるって事?さすがにそれは~。



お掃除おばさんです。普通にサリー着てほうきを使ってます。

文字だらけの看板を撮影しました。
あれ?

もしかせんでもミッキーがいるわ。ってか、この建物は何だ?セントラルアカデミーって書いてあるけどさ。
さて、今日はここまで。明日が最後です。
ってか、ず~~っと私に貼り付いてる絵はがき売りのおじさんがウザイ~~~っ!!どっか行ってくれないだろうか?てか、絵はがき1パック1000ルピ(約2000円)はないだろがっ!!誰が買うんじゃ!インドクオリティは極端なんだよね。はあ~。
世界遺産アンベール城(2016年4月6日)の記事 こちらの記事に本日4月20日にデジカメ画像を7枚追加しました。
今、旅仲間に旅の画像をメールするべくデジカメ画像をチェックしてまして、記事に追加しといた方がいいなと。思った画像を順次加えてってます。よかったら見返してやって下さい。
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インドのベナレスにはいろいろな乗り物が

2016年04月19日 05時31分11秒 | インド旅行記
昨日に引き続きガンジス河の岸辺からバスが止まっている場所まで歩く道々に撮影した画像を紹介します。時刻は8時26分、次第にヒンドゥー教徒と観光客、地元民が道を行き交う時刻になりました。
ヴィシュワナート寺院(ゴールデンテンプル)の参道入口を過ぎたら道に出てる屋台が増えてきました。





進行方向が逆向きの反対側の道に、また牛がいます。



黄色いのは何かな?飴?

こちらはラッシー屋さん?



この道は中央に柵があります。道幅が狭いので観光客は離れた所でバスを降り、徒歩もしくはリキシャでガンジス河に向います。





また飴売りかな?

こっちは何だ?米??何しろ歩きながら撮影してるからいちいち確かめてられない。

ん?今何か動いた!

野猿ですわ。また猿ですわ。なんでこんな街中にいるのかな?この猿はまだ若そうだけどさ。

そして遂にでた!職業物乞いの女です。しかもレンタル赤ちゃんを連れてます。
いや~、レンタル赤ちゃんを小道具に物乞いをする女の話をガイドさんから聞いた時に「話を作ってるな」と思ってましたが、このオバさんは職業物乞いですからさ。嘘泣きもしてた!悲しい表情も演技です。私が金を出さないと分かると怒ってたし。なんつーの?インドでは物乞いが社会問題になってるそうです。でも真面目に働く人より、物乞いをちょっとするだけで手軽に稼げる現実はダメ。「この辺りには犯罪者が集まってます」とガイドさんが注意してくれたけど、手軽に物乞いをして稼ぐ人がいると犯罪も呼びます、早いとこ改善しないと、軽い気持ちで犯罪に走る人が増えそうです。

デジカメで撮影した画像をチェックしていた時、最初この画像の見方が分からなかったのえすが、部分拡大して分かりました!道の奥にリヤカー。リヤカーの後ろにリキシャ。リキシャの後ろにオートリキャが続いてます。
ちなみにオートリキシャは細い路を物ともせずに走っていますが、ガンジス河河畔にあるダシャーシュワメード・ガートに向うこの道はオートリキシャに乗ったままガートに行けません。昨日のコブ牛の記事でコブ牛が立ち止まっていた分かれ道から先はオートリキシャを見かけなかったので入れないだと思います。

向い側の道は、ガンジス河へ向う道。朝まだ暗い時間に路上にマリーゴールドの首飾りを並べて売る女性が何人もいましたが、今の時間でもまだがんばるおばさんが残っています。





次々に動力自分で運ぶ乗り物が来るのでちょっとだけ足を止めて撮影しました。
この先で直線してる道と交わる大きめの道にさしかかりました。今日の1枚目から交差点まで徒歩で4分ぶん進みました。マンウォッチングが楽しい街ですねっ。明日の記事に続きます。

本日、以下の記事にデジカメ画像を追加しました。
インド女性の服はカラフル(2016年3月16日)の記事  こちらの記事に9枚の女性の服のデジカメ画像を追加しました。
北インドの旅2日目フマユーン廟(2016年4月4日)の記事 こちらの記事に6枚のデジカメ画像を追加しました。
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ヴァラナシの街中にコブ牛登場!

2016年04月18日 05時37分52秒 | インド旅行記
ヒンドゥーの沐浴風景を楽しんだ後、ボートを降りてガンジス河の岸辺に上がったのは8時13分でした。
北インド旅行7日目夜明けのガンジス河(2016年4月13日)の記事 今日の記事はこちらの記事から時系列で続いてます。 ガンジス河の向こうから昇る朝日の画像をまだ見てない方にはぜひ見て欲しいです!夜明けと共に沐浴場にヒンドゥー教徒が増えていきます。

今日の記事は昨日の記事の続きで、ガンジス河の岸辺からバスの止まってる場所まで徒歩で移動しながら撮影したものを紹介します。
2個目の記事のタイトルは【コブ牛登場!】です。
コブ牛はヒンドゥー教のおいて神様の牛です。ヒンドゥーの神様、シヴァ神の乗り物が、ナンディという牡のコブ牛です。
インドではコブ牛は輸出禁止になってますし、コブ牛は絶対に食べません。
歩いてたら、前方に普通に登場しました。

この時点で時刻は8時23分です。
上の画像左奥に既にコブ牛の姿が写ってますね。

現地ガイドさんと私達の観光スルーガイドのランジットさんの歩くスピードはそこそこ早い。だから旅人は一生懸命彼らを追いかけます。
行きはよいよいだったのに、明るくなって人出が増えましたね。

ガイドさん達が人波を縫うように歩いていくので追いかけたらコブ牛を追い越してました!
シャッターチャンス到来ですっ

うをっ!リキシャが隙間を縫うように追い越してった!コブ牛は…。
あ!立ち止まってたわ。ラッキー。



せっかくのシャッターチャンスなので、コマ送りの勢いで撮影を続けます。いや~、こういう時こそ動画撮影すべきですかね?

あ!コブ牛様がウォーキングを再開します。もちろんおいけかるぅ~~。

いいね。いいねえ。ついついテンションが爆上げして、BS番組の岩合さんの『猫』のように声をかけながら撮影していたのですが…。

ガイドさん「それ以上近づかないで下さい。牛が興奮しています
やっちゃいました~。調子に乗り過ぎた!
相手は神様の牛なのですよ。何かあれば悪いのはこちらなのですよ。って事で、ガイドさんに促されコブ牛を見送りました。
でもいいモデルになってくれたコブ牛様には感謝ですね。

ふと?スターコブ牛がいなくなったので周りを見回すと、道路の両側の店が宗教ゾーンでした。
上の画像はヒンドゥー教の仏具取扱い店ですかね?

おや?何で行列してるの?

道路の向いにも待ってる人がいるし?行列の先にあったのは…。

でした!
いや、そっちじゃなくて鍋の後ろに注目です!

鍋の後ろにあったのは街中の小さな祠です。って事は?ここは祠で、行列してるのは鍋の中味が出来上がりふるまわれるのを待ってるのね。
もしかして、ご奉仕かな?

何の神様を祀ってるのだろうか?1階の祠の中のヒンドゥーの神様の姿は湯気が邪魔して見えなかった!なので、一つ上の祠の上部を拡大してみました。
よ・読めない…。神様の名前を書いてるようなのですが…。
左右に虎がいますね。虎を従えてるのなら戦いの女神ドゥルガーかな?
ドゥルガーはシヴァ神の奥さん、パールヴァティのもう一つの姿です。三又の戟を持ってらっしゃるのですが…。見えませんね。足は止められない~。心残りですが先へ移動しなきゃね。

新聞売りの屋台。

リキシャに追い抜かれた!

あ!さっきのコブ牛に追いつきました!

野良犬も賑やかな街中なのに普通にいますね。誰も追い払わないのね。

これは、ラッシー売りかな?ヒンドゥー教徒は朝ごはんにラッシーを飲みます。ってか、朝ご飯はこれだけらしい。

ガンジス河の岸辺から道を進んで右手に賑やかな細道がありました。実はここはヴェシュワナート(世界の主)寺院<別名:ゴールデンテンプル>の参道です。この細道は神様グッズ目白押しで楽しい店が並んでるそうなのですがね。残念ながらツアーではこの道の散策も買物も出来ませんでした~。ヴァラナシは世界中から観光客がやってきて、ヒンドゥー教徒も巡礼にくる聖地です。それだけならよかったのに。悪い人も集まってきてるんだってさ~。だからツアーでは街歩きの自由行動はナシ!でした。本当~に残念です。

さて、今日の記事はここまで。実はね、最後のヴェシュワナート寺院の画像撮影時間は8時26分でして。つまりだ!今日の記事は1枚目から最後の画像までたった2分しか経過してないの!
こ・濃い…。すんごく濃密なインドの何かに少しだけ触れた気分です。神様グッズの買物は出来なかったが。(もうええって!)って事で明日もバスへ続く長くて短い時間の道のりでみかけた画像を紹介します。
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ガンジス河でボートを降りて

2016年04月17日 05時00分01秒 | インド旅行記
ガンジス河の昇る朝日と祈りを捧げて沐浴するヒンドゥー教徒の様子を眺めました。
北インド旅行7日目夜明けのガンジス河(2016年4月13日)の記事 今日の画像は時系列でこちらの記事から続いてます。未見の方はガンジス河の向こうから昇る朝日の画像もどうぞ~。

8時13分、ガンジス河でボートを降りて岸辺に上がると、ワクワクと心躍る風景が360度私達を待っていたのです。
ってな事で旅日記の連載は終わったのですが、今日から5日間連続でガンジス河の岸辺からヴァラナシの細い道を歩いてバスに戻った時に見かけたインドの人々の画像を紹介します。もう画像貼るだけですが、楽しんでいただけると思います。では早速。

ボートが岸辺に着きました。ガートの階段に今乗ってるボートと同じサイズのボートが立て掛けてあります。ガートの階段は雨期になるとガンジス河の水が増えて階段の上の方まで水面が上がるとか。









上の画像に写ってる白い服の男性、この服ってさガンジーさんが着てたのと同じですかね?

サードウ(修行者)さんがカットイン!

オレンジの衣装を着ているのは、サドゥというヒンドゥー教の修験者です。





サドゥの額を飾るのはティラク。自分が信仰する神様によって額の印は違います。





こちらのサドゥの額の印は右側が見えないのですが、おそらくシヴァ神の印だと思われます。特定要素は、左手に立ててある三叉戟です。これがシヴァの持ってるのと同じですからね。

ああ~。もう少し撮影していたかったのですが、ツアー客は速やかに移動開始です。ってな事でここからは歩きながら撮影しました。歩きながらですので、構図など考えてられません~。上の画像奥の階段を上がっているダウンジャケットの人達はうちのツアーメンバーです。

オバさんが売っているのはお米か豆だと思われます。たぶんヒンドゥーの捧げもの。

迫力のサドゥ。マリーゴールドのレイを首にかけてますね。朝まだ暗い頃、道々にマリーゴールドの花輪売りの女性がいました。

階段を上がり切ると、料理に必要な青物を並べているテントがありました。おそらくガンジスの岸辺で暮らしながら時を待つ人々向けなのかな?わからんが。



青物テントの区画を過ぎたら細い道路に出ます。さあ、短いですがバスまで街歩き開始です!楽しみだなぁ~。

という事で続きは明日。明日も画像貼付けるだけですが、楽しんで下さいね。
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北インドの旅8日目午後から帰国まで

2016年04月16日 06時20分33秒 | インド旅行記
仏教の聖地サルナート観光を終えてバスが出発したのは午後12時半でした。
バスはランチへ向います。サルナートからヴァラナシの街まではわずか8キロなのですが、渋滞にはまってしまいました~。おそらく今度もどこかで停電でもしてるのか?午後の早い時間に停電に行き合うのは過去3回。4回目ともなれば旅人は慣れっこです。ならば暇つぶしに車窓ウォッチングでもするかな?

井戸発見!

街角の軽食屋さんですが、注目して欲しいのは左奥の赤いシャツの人です。IPhotoで明るさ調整したのですがこれ以上は白トビしますので諦めた!見て欲しいのは店が高床式なところです。やっぱ暑さ対策なんですかね?ファテープル・シークリーの高床式ベッドとか高床式王座に通じるものがあるような。道ばたでこの形態の店が多くありました。何とか撮影出来ないものか…。

何か違和感があるなあ~?と考えてしばし画像を眺めて気付く。この道幅なら日本だと道路に白線があるよな?歩道とか道路の真ん中に。あとこの道はもしかしてアスファルト張りじゃないのか?

いよいよ渋滞も極まり、殆ど進まなくなった!車窓云々というより同じ進行方向に進むバイクを観察するしかなくなった!だって進まないんだもの~。ってか!バイクに普通に3人乗りしてるのな。女性はよこ座りだし。見える範囲でバイク3台で8人乗ってるのに、ヘルメットかぶってるのはたった一人ってどうゆう事なのか??
ん?奥に黒い牛も座ってるね。もう見慣れたけど。

右奥に警察の人が何人もいます。どうも座ってる人とテントの間に警察の施設がある模様です。この程度の渋滞は茶飯事なのか、交通整理もしない。というか、よこ座りの女性も当たり前のようですね。サリーを着てバイクに跨がれないので横座りするしかないのだけれども。

ずっとバスに並走してる黄色いトラックがいるの、気付きました?渋滞だから追い抜く事も出来ないのな。まあだから乗り物ウォッチしてるんだけどさ。オートリキシャに何人乗ってるんでしょうか?前に乗るのは運転手だけじゃなかったんかい!白い服の人はよく落ちないなあ~?絶対半ケツ座りだよね。ンでもって身体は殆ど外!
2016.4.26デジカメ画像を画像追加しました。


ハイ出た!ボロボロのバスです。どこまで壊れたら直すんだろうか?たま~に、それ廃車しないのか??ってのが紛れてますね。

おおっ!!高床式の店がありました~!!渋滞してるからこそ撮影可能です。この形態の店はほとんど道路端にあり、何度も見かけていたのですが、見つけた時には既に行き過ぎてるのを繰り返してて今まで撮影出来てなかったんですよ。何気に嬉しい1枚になりました!

交通整理の警官です。交差点だと思われる。でもさ、画像には信号機のある気配ないよね?右手にショボい街灯は見つけましたが…。

私の足はマイフェイバリットな青い自転車です。もう10年以上愛用のチャリです。しかしですね。マイフェイバリットな自転車にこの量の荷物は絶対にムリ!なぜにインドの自転車は力持ちなのか?普通パンクするよな~?謎だわ~。

サリーの女性ですが、3人ともサリーの着方が違いますね。サリーの着方って実はバリエーション豊富な模様です。オレンジと濃紅色のおばさんの着方が年配女性の着こなしだと思うんだが…。どうやって着てるのだろうか?いやね。昨日サリーを購入した時におまけで『サリーの着方』のコピーをもらったのですが、スタンダードな着方しか載ってなかったのね。買ったならば着たいじゃないかっ!私が着るならおばさんの着方だろう?とか思いまして…。車窓にサリーを着た人を見つけるたびに観察してしまいます。

インドらしい画像がゲット出来ました!渋滞万歳っ!シャッターチャンスを逃がさないって素敵です。私の反射神経でも撮影が楽だわ~。

渋滞時間が長いので、ガイドさんが暇つぶしに世界一有名なインド人ガンジーさんのお話をしてくれました。
『ガンジーは1869年、西インドのクジャラート州の藩国の宰相の息子として産まれる。
13才で生涯の妻と結婚。
18才で弁護士になるべくロンドンに留学。
卒業後の1893年、南アフリカ連邦へ。南アフリカで22年間過ごす。
やがて南アフリカの有色人種差別が激しくなりインドへ戻り、ムンバイに住む。
1914年第一次世界大戦勃発。
戦後もイギリスのインドへの植民地支配が続き、自治の拡大は進まなかった。ガンジーはイギリスからインドの独立を目指すようになり不服従運動をする。
ガンジーはカーストの下位の人を支援したが、カースト制度をなくそうとはしなかった。(この辺りはカーストと職業の記事で紹介しました)
やがて第二次世界大戦勃発。
1945年9月、イギリスは戦勝国となったが、国力は疲弊。本国から遠く離れた上に独立戦争が続くインドを植民地として支配して行く事が困難となり1947年8月15日にインド独立。しかし、ガンジーの「ヒンドゥーとイスラムが融合するインド」とはいかず、インドからイスラム教徒の国となるパキスタンが分離独立した。
1948年1月30日、ヒンドゥー教徒の過激な原理主義者により暗殺。享年78才。
ヒンドゥー教徒のガンジーの遺灰は、ガンジス川とヤムナー川(アグラの街を流れるガンジス川最大の支流の川)にまかれた。オールドデリーにガンジーの墓はあるが、中には何も納められていない。』
世界一有名なガンジーさんなのに、ヒンドゥー教徒だからお墓ないんですね。
孫文のお墓とかすんごく立派なのにさ。信じる宗教の差ってこういう事?
ちなみに、インドの紙幣は必ずガンジーさんの顔がついています。しかし今ではガンジーさんの考え方は古過ぎて共感する人もいないとガイドさんが言ってました。
あ。バスがどこかのホテルで停まりました。今日のランチもホテルのレストランの模様です。
時刻は13時20分。って!!確かサルナートとヴァラナシって8キロしか離れてないんだよね?移動に50分かかるって…。インドって…。
はっ!てか、私のサリーブラウスがここで手渡しのハズだった!今度はちゃんと出来てるんだろうなっ!!もうやり直す時間はないんだよっ。頼むよ~。

13時20分、ホテルのロビーでヴァラナシシルクのお店のおじさんが待っていた!
よ。良かった~っ。
ハッ!!安心するのはまだ早いっ。もうね。恥ずかしいだとか言ってられません。すぐにブラウスと半袖Tシャツを脱いでランニング姿になりサリーブラウスを着てみる。
~~~~~今度は大きいんですけど~??
何つーの?購入の時に採寸した意味ないよね?でも大きいならマシだ。自力で詰められるかもしれんしな。
とはいえ、シルエットチェックはしておきたい。お店の人を待たせ、とりあえず鏡のあるトイレへ向う。
見た!やっぱり変!脇がだぶついているやん~。
もうね。妥協するしかないな。
って事でお店の人に「OK」を出して受取完了です。はあ~。
今からインドに行くみなさん。インドで服を作るのはありですが、必ず受け取る時にフィッテングを確認するのを忘れずにね。
さて。お昼ご飯~。

今日は中華料理です。ビール500ルピのお店です。ってか。ウェイターさんがガンガン皿に料理を載せて回る!
そ・そんなにたくさん食べられないよ~。

おそらく渋滞にハマった時間が長かったからね。レストランに予約してた時間より到着が遅れたんだろうね。次の客の予約時間が近づいてるようで、レストランは早く追い出したいのかな?もしくは空港に到着予定時間に遅れないように、添乗員がレストラン側に頼んだんじゃないかな~?
頑張って食べてる間にも、ウェイターさんはどんどん皿に盛ってくれ、あっちゅー間にデザートとマサラティが運ばれて来ました。
なんつーの?天かすのシロップかけとバニラアイス?
う~~む。カロリーどんくらいなんだろうか?原価は安いだろうが…。
30分でランチタイム終了です!
また車窓ウォッチング開始です。

道ばたに果物屋さん。毎朝フルーツ積むんですかね?大変そう~。







ガソリンスタンドです。初めて見た気がするわ~。

15時ヴァラナシ空港到着です。ここでスーツケースを預けたら、成田までスルーです。そしていつもの如く時間がかかる。
まずはパスポートを添乗員に預けて続きを待つ間に旅人は空港内のお店をチェックする。搭乗券が配られてたらまたまた保安検査にそこそこ時間がかかり、搭乗時間まで自由行動です。ヴァラナシ空港には布屋さんが3軒もありまして~。うち2軒の取扱い商品はほとんど同じ。そして気付く。
もしかせんでもジャイプールで4枚35ドルで買ったシルクのロングスカーフを1枚5ドルで売ってる!!ええ~??空港で買うのって値段上乗せして高いのが普通じゃないの~~??
するとそのうちの1軒は「スカーフ1枚500円!」と呼び込みが…。マ・マママママジでぇ~~??
ああ~。残ったドルはスーツケースに入れてしまった~。予備の5ドルしか持ってない~。

選びに選び1枚購入しました!つーかこれしか買えなかった~。
でかいです。一辺が98センチあります。当初から壁に飾る用に購入しました。帰国後アマゾンで額を検索したら、1辺100センチにもなる正方形の額はとってもお高く…。500円で購入したスカーフにそんなにお金は掛けられない!って事でキャンソン紙で土台を作り糊でスカーフを貼付けました!スカーフは元々壁に飾る用として購入したので後悔してません~。

17時搭乗開始。17時45分定刻にフライト。

まさかの機内食が出て来ました~。ええ~~っ!!
今回の搭乗機は、ヴァラナシからデリーの直行便です。フライト時間はわずかに90分しかないんですよ。それで機内食って…。エア・インディア太っ腹!

今回も通路側の席をお願いしたのですが、3人席の向こう。窓の外の夕焼けが綺麗でした。実はこの後寝落ちしちゃいまして~。ダンナに起こされた時には既に着陸してた。デリー到着、定刻の19時15分でした。
さて、実はここからが大変でした!この後国際便の乗継ぐのですが、手続きが一々時間がかかるのですよ!まずはエア・インディアに列!全然進まない~。荷物がとても重くくじけそうになる。
エア・インディアの受付を終了した後でガイドさんとお別れです。
もうね。毎朝Q&Aをかけた私は、とてもお世話になり本当に嬉しかったです。もしまたインドに旅行来る事があれば、その時のガイドさんはまたランジットさんがいいな。心からお礼を言ってお別れです。
その後が更に大変でした!次は出国手続きです。これがもう全く進まない!並んでるのに窓口が少ない!軽く小一時間並んだ気がするわ~。ンでもっておそらく私がツアーの中でほぼ最後で出国手続きが終わった気がします。
でもまだだ!まだ保安検査が待っている!ここでダンナと私が男性側女性側に別れてチェック。女性は小さなBOXで係員の身体検査があります。これは国によって選抜でチエックしたり機械でチェックするだけの国もあるのに~~~。
そして全てのチェックが終わった時、ダンナの姿はなかった!しかも既に搭乗時間が過ぎている…。
そんなんあり~~??この時点で時刻は21時15分でした!つーかさ、21時15分ってそれ、フライト時刻なんですけど~~??
ええ。エア・インディアと出国手続きと保安検査だけでまる2時間かかってるんですよっ!
もうね。ダンナを探してる場合ではない!一刻も早くゲートへ行かねばなりませんっ!!
私悪くない~~~っ!!
ってか、インディラガンディー空港の国際線の免税店とかインド土産の店とか見たかったのに~~~っ!!
横目に見るのも時間が惜しく、出発ゲートへ走ります。これがまた遠い遠い!
既に夜のお薬を飲む時間も過ぎてしまい、めまいがあるのに脇目もふらず歩くんだよ~~。更に詰め込めるだけ詰め込んだリックサックとショルダーバックが重い(だって2時間ほぼかつぎっ放しだしさ)何が言いたいかというと、つ~ら~い~~。
ヘロヘロになる頃ようやく出発ゲートに到着しました。既にフライト予定時刻は過ぎてましたが、手続きが終わってない乗客多数!なので、搭乗機もちゃんといた~。ダンナもいた~。ツアーの人全部いた~~。
私、悪くない~~~っ!!
へろんへろんでなんとかかんとか搭乗機のシートに座り、ダンナと旅の感想を言い合った所でそこから先の記憶がないっ!
ええ、遂に寝落ちですわ。あれだけ寝られなかったのが嘘みたいです。
次にダンナに起こされたのは機内食の時。飲み物とおつまみを配るパーサーさんが横にいた!んでも殆ど熟睡してたからね。もらったオレンジジュースをこぼしたのは覚えている。その後どうなったか記憶にない!
んで、またまたダンナに起こされたのはメニュー選択でした。時刻は23時30分

どうせ食べないのでベジカレーをオーダーしました。
ボケボケの画像ですみません。こんな感じの機内食でした。ほとんど手つかずのまままた寝落ち。
本当はね、機内で旅のメモの整理やネタをまとめたり、記憶が鮮明な間にじっくり書き出すべくリュックサックの中に筆記用具と記憶補完の為にガイドブックまで用意していたのに…。寝落ち!あ・あり得ない…。あの時の私を殴ってやりたいぜ。
しかし次に起こされたのも真夜中の午前3時です。2回目の機内食提供のお時間です。

もちろん手つかず。すぐ就寝。ってか、後々思えばクロワッサンサンドとかロールパンとか持ち帰りすれば良かったわ~~。朝食は必要だもの。
そして成田空港到着は定刻の朝8時(時差プラス3時間半の時計の針を進め日本時間に戻しました)でした。到着直前にようやく~~ってか、もしかしてダンナに起こされました!うををををを~~っ!!せめて旅仲間の住所とかメールアドレスだけは聞き込みしておくつもりだったのにぃ~~。
デリー~成田間の所要時間は7時間15分もあったのに、まるまる寝落ちするとは…。もう年かしら~?ってかインド滞在中連日4時間程度しか寝てないから当たり前でした!
前日、添乗員発表の天気予報によると、2016年2月21日の東京の天気は雨。最高気温13度・最低気温11度でしたが、幸い雨は止んでました。傘を使わなくていいようなので、折り畳み傘はリュックサックの底に入れたままでOKですわ。でもさ前日のヴァラナシでは半袖Tシャツだったのですよ。長袖ブラウスは既に機内で重ね着してますけど。冬用のジャケットも着込みましたけど。11度だとこれでは寒いのです。既に降りる準備万端整った乗客の中、いそいそとリュックに詰め込んだ圧縮袋からセーターを取り出し着込みました!
ンで~。トイレだっ!生理中なのにまるっと一晩寝落ち!!ないわぁ~~。
って事で、日本に到着して真っ先にした事はトイレを探す事!ここでツアーメンバーとはぐれてしまいまして…。
日本の通関手続きはあっちゅー間です。
入国審査手続きの場に既にツアーメンバーの姿がないっ!
マジでぇ~~??
そのままダッシュでスーツケースのターンテーブルに急ぐ。と?
まさかの既にスーツケースが出てるじゃあありませんかっ!!
あのインドで2時間かかったのは何だったのか?いやね。朝到着便が少ないのもあるんだろうけどさ。あまりの違いにびっくらポンですわ…。
凄いわぁ~ニッホン!こんなに便利だったのね。
ああっ!驚いてる場合じゃないわ~。まだスーツケースの出るのを待ってるメンバーを探し、急いで住所とか連絡先の聞き込みをしましたが、時既に遅しです。一組お二人様しか連絡先が聞けなかった!あ~、カンジス河の舟の上で写した写真を渡せない~。凹む。
いや!凹んでる場合でないっ!ダンナが追いつめられてます。
ダンナ「思った以上にスムーズだったから、午前中に出勤出来るかも?」
そうなのね。旅の間毎日Facebookを楽しんだダンナに、アグラのホテルで後輩から「可能な限り早く出て来て!」と無茶ぶりの書き込みがありましてね。この後出社しないといけないのです。
本当なら旅仲間に名古屋在住の方がいて、上野の美術館を見たいと言ってたから案内してあげたかったんだけどな~。そういうの得意なんだよな~。上野なら東照宮とか上野大仏とか彰義隊の石碑とか西郷さんとか滝廉太郎が作品発表した音大の奏楽堂とかかつて帝国図書館だった国際子ども図書館とかとかとか。案内したい場所が目白押しなのにぃ~~。しょうがないよね。
この先は本来なら空港バスが楽なんだけども、地下の京成の切符売り場へ急ぐ。
出発が一番早い便の切符を購入したのですが…。

これさ。成田発8時39分のモーニングライナーじゃん!つーか、もしかせんでも出発時刻の遅い京成スカイライナーの方が先に日暮里に着いたんじゃ…。
ヤバいっ!!ダンナには内緒にしておこう…。
8時39分成田発だと日暮里到着は9時47分だもの~。
って、気付きましら?8時調度に飛行機が到着して、8時39分発の京成に乗れるんですよっ!ああ。日本の空港って素晴らしいですねっ。
さてと?日暮里からJR山手線と小田急を乗り継いでなんとか午前中に家には着けるけどさ。
私「会社に直行するなら、アンタのスーツケースも私が押してくけどどうする?」
ダンナ「それはいいねって~~~~。ダメダ~。家にパソコン機材がある~。一旦帰宅しないと仕事にならない~」
って事で、仲良く二人で帰宅することに。
帰宅後すぐにダンナは会社の人へのばらまき土産のスナック菓子を持って飛び出して行ったけど…。
そして夜9時に「いまからカエルコール」があったのに、ダンナが帰宅したのは午前様だった。おそらく小田急で寝落ちした模様です。私はエア・インディアの中でほぼ全ての飛行時間を睡眠にあてたので大丈夫だったけどさ。ダンナ、何してたんですかね?映画でも見てたか??
呆れたのがイカンかったのか?翌朝二人揃って寝坊しました!「うわ===っ!!」ダンナの叫び。どうやら遅刻で減給になる模様です…。何やってんでしょうか?しかしダンナを笑えない。うっかりうたた寝した結果、私も次に起きた時にはすっかり風邪を引いていたのです。
最後はしまらなかったけど、とっても楽しい旅でした!次の海外旅行先もインドがいいと思う程に。
さて、北インド旅行の旅日記は今日が最終回ですが、明日もまだインドの記事が続きます。明日の記事はガンガーの岸辺からバスまで歩いた時の撮影画像を時系列で貼付けました!もうね。混沌とするインドがまるっと見れていい感じだったのです。お楽しみに~。
コメント

北インドの旅8日目仏教の聖地サルーナート(改)

2016年04月15日 05時28分19秒 | インド旅行記
2016年4月25日にこの記事の一部を訂正しました。主にサルナートの遺跡公園の説明です。以前の記事ではブッダの初転法輪の地の説明と場所を間違えてました。

北インドの旅の8日目、本日は帰国日ですが、午前中は引き続きインドのヴァラナシの観光です。
相変わらずの早起きですわ…。もうね。旅の間にまともに寝るのは諦めた!どうせもう帰るんだからさ。寝たければ日本に戻ってから思う存分に寝たらいいのですよっ 何キレているのか?落ち着けよ自分…。
今日帰国するという事は、スーツケースにあれもこれも詰めないとなりません。しかし、布だのスーパーでかさ張るものを買い過ぎてしまっていて…。
どないしよう~??
ハイ!取り出したるは100円ショップで買って来た圧縮袋!まずは圧縮袋に冬服を詰めて空気を抜いて嵩を減らしたらリュックサックの中へ。
圧縮袋便利なんだよね~。何度も使い回し出来るしさ。もう海外旅行では圧縮袋無双ですわ。
しかし今一番問題なのは、ヴァラナシの本日の天気予報は晴れ。最高気温33度・最低気温21度。対して東京の明日の天気予報は、雨。最高気温13度・最低気温11度。
これだよ~。実に気温差が20度あるんですわ。ちなみに、成田到着予定時刻は午前8時です。
つー事で、まずはヴァラナシの最高気温33度に合わせ半袖Tシャツを着込みます。んで、リュックサックに折り畳み傘も詰めます。はっ!飛行機の中でメモの整理と旅の面白ネタを忘れないうちに書き出すために、ガイドブックと多めの紙とボールペンは絶対にいる!ハッ!サリーのブラウスがお直しで届いたらそれもリュックに詰めねばならんのだった!
タウン仕様のおしゃれリュックは容量が小さ過ぎっ!これ、全部詰められるのか??
しかしエア・インディアの手荷物は2個までなのです。ショルダーバックとリュックサックだけしか持ち込めないので、なんとしても詰めこまねばっ!
ショルダーバックはデジカメと水と生理用ナプキン増量(多い日用2日分)を詰めるともう一杯になるのだよ。
そして肝心のスーツケースMサイズですわ。
何つーの?ジャイプールで購入した親と私と義母へのお土産のインド更紗のベッドカバーは諦めてダンナのスーツケースに入れてもらおう!
ううっ。なぜに紅茶のティーパック100袋入りが2箱もあるのか!ポテトチップスなんかかさ張るだけじゃん!
捨てよう!
もうね。スリッパさよなら!かさばるフリースプルオーバーもさよなら!これ帰国したら即着る用にしたかったけど、リュックサックに入らない!あと無駄な箱は全部捨てるっ!ヒンドスタンタイムス新聞も捨てる!タオルも捨ててやるぅ~~~!!
あ・すっきり!限界まで捨てたら後は圧縮袋に詰め込むだけ!とまあ朝からいい運動してしまいました!
余った時間はテレビ番組鑑賞です。今日は…。謎のクリケットの試合をしばし…。ルールが分からない…。なぜにこの内容でそないに盛上がれるのか??

あとはヒンドゥーの伝説かな?神様も出て来るしさ。これ昨日もやってたような気が?
そんなこんなで午前7時朝食へ。
慣れたけど、生野菜が食べたい…。
暇だったのでホテルの中の土産屋もチエック。 
8時モーニングコール。この時に添乗員にサリーブラウスのお直しのことを確認する。
私「サリー用の布はスーツケースに詰めてしまっていいですよね?」
添乗員「必要なのはブラウスだけです」
私「引き渡しはどこで?」
添乗員「店の人が部屋まで伺います」
という事だったのですが、8時半、ガイドさんから電話がかかってきた「今ロビーにいます。ブラウスを持って降りて来て下さい」
タイミングがあ~~。今、化粧中なんだけどォ~??
仕方ないので顔塗りの途中でサリーブラウスを手にロビー階へ。そこに通訳を兼ねてガイドさんと店の人が待っていた。
ともかく、どこがダメなのか見せた方が早いので、ロビーで着てるTシャツを脱いでランニング姿に。その上からサイズの合わないサリーブラウスを着てみせる。
「「分かりました!」」
ええ。そうでしょうよ!一目瞭然だよねっ。何しろサリーブラウスのボタンは一番上しか閉まらないのだから!
って事でサリーブラウスは回収されましたが…。
私「あれ?採寸しなくていいの?」と聞いたらば「見て分かったから」と。
こ~れ~は~??またインドクオリティ?納品の時に再チェック忘れないようにしないと!
9時前にはスーツケースのバゲージダウン。これで帰国するまでスーツケースはもう空けない。
ハア…。疲れた…。まだ観光もしてないのに。
ふと?窓の外を見下ろせば、ホテルの側の樹の枝から枝へと鳥が忙しく移動している。何の鳥だろう?
私「先にロビー降りてるから~。もう部屋に戻らないから~」とダンナに声かけする。
エレベーターで、どこかの国の仏教徒かヒンドゥー教徒の女性僧侶の団体と一緒になりました!
何つーの?狭いエレベーターの箱の中で、みんなそろいの衣装を着込んだ女性僧侶に囲まれると一般人は固まるしかないね。
あ。ロビー階に着いた!
まだツアーメンバーも集まっていない。ではさっさと…。
「おはようございます~」あ。旅仲間お一人様合流。
「おはようございます。」と。時間がもったいないのでこちらの方も誘って鳥が遊ぶ樹をめざす。
んが!
残念ながら上から見つけた樹は下から見上げるとシルエット!かろうじて鳥の姿は見えるんだが、鳥もシルエット!あきませ~ん。絵にならない。撤収!
と?オートリキシャの運転手の客引きに捕まった。年寄りと…。あ!昨日の私のオートリキシャの兄ちゃんだ!
「観光に行くならオレのトゥクトゥクに乗ってかないか?」
それは心動く誘いだが、残念ながら「今からサルナートへ行くんだわ。ゴメンネ~」と断ったらば、兄ちゃんは突然物乞いにジョブチェンジした。
「オレの稼ぎ少ないんだ~。親方にピンハネされるんだ~。だから金くれ」(ニュアンス)
あ~あ!昨日は真面目で英語勉強中の好ましい青年だと思ったのに。これだよ~。
それもこれも物乞いの方が真面目に働くよりずっと儲かるインドの社会構造が問題だよね~。
しかもヴァラナシはヒンドゥー教の聖地であり、巡礼の地だからさ、ヒンドゥー教徒や観光客の財布のヒモも軽いんだろう。物乞いにも気軽にカネを出していると思われる。
仕方ない!「ゴメン!急いでる!』(さっき鳥の写真を撮ってた口で急ぐはないよな~)と思いつつも撤収。
さて、ロビーでやっておかないと行けない事が…。まだヴァラナシの現地ガイドさんとバスの運転手の名前を聞いてなかったのです。観光は午前中までなので、今聞いておかないと旅で不明のままになってしまいます。
あ!いた!!
私「ハロ~」
男の人「ん?」
と気軽に声をかけたのですが…。実は集まっていたツアー仲間に激震が走った事に私は気付いてません。
私「隣の席に座っていい?」
男の人「もちろん」
私「ねえ、名前教えて?」
男の人「え?私の??」
私「そうよ。ねえ、綴りはどう書くの?」
男の人「MANOJ KUMAR」
私「マノージャ・クマーラさんか。いいい名前だね」
男の人「私の名前は神様の名前なんだよ」
私「へえ~?インドの神様はすごく大勢いるって教えてもらったけど…そうんなんだぁ。あ。ねえ、うちのバスのドライバーの名前は知ってる?知ってたら教えて欲しいんだけど?」
男の人「????」
そこへ旅仲間のSさんががカットイン。
Sさん「Hさん(私の名前)、この方は知らない人よ?」
はあっ!?
Sさん「だからね。Hさんが突然『あなたの名前は?』って知らないインド人に話しかけたから、あちらでみなさん驚いて見てたのよ」
私「え?この人ってうちのツアーのヴァラナシの現地ガイドさんですよね?」
Sさん「違います!全く別人です!」
ええ~~~~~っ!!。どうやらやっちまったようです。
男の人「僕は去年の選挙の時に大統領のガイドもしたんだよ(ニュアンス)」
本当に間違ってた!
私「ミスティークです。ごめんなさい」
男の人「問題ないよ」
私「うちのバラナシの観光ガイドと間違えました」
ってな事で撤収した!旅仲間にも話題提供しちゃましたよ。やっちまったな…。

9時30分、バスは出発。
ヴァラナシから北へ8キロ程にサルナートはある。
ここは悟りを開いたブッダが初めて説法を行った場所です。
バス中でブッダこと、ゴータマ・シッダールタの生涯についてガイドさんが紹介。
『ブッダとはサンスクリット語で目覚めた人・悟った者という意味です。
お釈迦さまというのはサンスクリット語で「シャカ族の聖者」という意味の尊称のこと。漢訳して釈迦牟尼。省略して釈迦。
ゴータマ・シッダールタが本名。シャカ(釈迦)族の出身。
彼の父はコーサラ国の属国の王で、母は隣国の執政の娘でした。出産の為に里帰りの途中、ルンビニで気分が悪くなった母親が樹に手をついた時母の脇の下から生まれたと言われている。母親は産後の肥立ちが悪く7日後の死亡。
成長したシッダールタは、バラモン教の世の中に疑問を持つ。
16才で母方の従姉と結婚。子どもが出来る。
子どもが生まれた事により、自分のヴァルナを引き継げる人材確保した事を期に出家する。シュダールタの父王は彼の護衛・侍従として5人をつけた。後の弟子である。シッダールタ29才の時であった。
出家したシュダールタは6年に渡り苦行をつむ。
断食修行の時、スジャータが差し出した飲み物を受け取ったシッダールタに幻滅し弟子達が去る。
シュダールタは消えた5人を追いかける。追いついたのがサルナート。そして会話。
この時に弟子がシッダールタを避難したのは、カースト制度に由来する。
女性のヴァルナは低かった。シッダールタは王族なのでヴァルナは2位のクシャトリア。バラモン教においてはヴァルナの同じ人でないと食べ物を受け取らないものなのだ。
シッダールタに飲み物を差し出したスジャータはシッダールタを神様だと思った。この時の彼女の境遇は子どもが出来ない事に悩んでいて、樹の下で修行するシッダールタを神様と思い、神様への捧げものとして飲み物を差し出したのだ。
シッダールタは彼女の心を受け取った。
そしてシッダールタの初めての説法がこの地で行われた。話を聞いた5人はシッダールタの弟子になる。」
さて、到着しました。シッダールタが最初の説教を行ったサルナート到着です。

場所が場所ですから、辺りには仏教信者が多い国がそれぞれに寺院を建てています。まずは正面の3本の塔が見えてる寺院へ。
寺院ですから帽子を取るのは当たり前。
でもこの寺院は靴も脱いで上がります。なので旅人は汚い靴下持参です。

● ムルガンダ・クティ寺院
1931年に建てられたスリランカの寺院。
壁にはフレスコ画でブッダの一生が描かれている。
2016.4.25デジカメ画像を差し替えました。
誕生の場面。ブッダが母の脇から生まれ「天上天下唯我独尊」と言ってる所。
2016.4.25デジカメ画像を追加しました。
修行の場面。家族を捨て出家したブッダは、ガヤへ向い6年の修行を行う。
2016.4.25デジカメ画像を差し替えました。
悟りの場面。苦行を積んでも悟りは開かれないと悟ったブッダは菩提樹の樹の下で座禅を組む。そこへブッダ堕落させようと悪魔がやってくる。
2016.4.25デジカメ画像を追加しました。
初説法の場面。ここサルナートで5人の弟子に初めて説法を行う。
2016.4.25デジカメ画像を追加しました。
入滅の場面。布教活動の途中、貧しい信者が差し出した粥を食べたブッダは激しい腹痛に襲われ死亡する。
2016.4.25デジカメ画像を追加しました。
実は訪問した時はフレスコ画の修復中でした。ブッダの入滅あたりはまだ修復前の場所らしく、ほとんど色がなくなってました。
フレスコ画を描いたのは日本人画家、野生司香雪。ブッダの誕生・修行・悟り・初説法・入滅がテーマです。
ちなみに壁画の撮影は有料。お一人様10ルピ程度を正面の仏壇左右にあるお布施箱に投入する。私はダンナと私のぶんの20ルピを投入しました。
インドでは現在仏教徒は全体の1%しかいない。だから仏教の聖地であるサルナートを訪れているのは外国の仏教徒が殆どです。

ちなみに、奥の祭壇に上がり仏像を拝むのは別料金がかかります。
2016.4.25デジカメ画像を追加しました。
ムルガンダ・クティ寺院の東隣に中国の寺がありました。

ブッダが5人の弟子に初説法した様子が1/1サイズの大きさで再現した人形がありました。
中国寺院にはチベットでよくあるマニ車もありました。これを回すだけで教典を読んだ事になるというありがたい仕組みです。もちろん回しておいたわ~。

その時、ムルガンダ・ムティ寺院の塔に鳩の群れが飛んで来た。絵になるぅ~。

次にめざすのは画像奥の茶色の塔です。今いるムルガンダ・ムティ寺院から直線で300メートル程離れてるだけなのですが、バスで移動することに。ちっ!アショーカの木の道を歩くのは楽しそうなのに~~。

上の画像は近くにあった説明板ですが、見て欲しいのは上部左右にあるライオンの絵です。この実物がそばの考古学博物館に納まってます。

バスで移動。遺跡公園の前の道に、屋台がずらりと並んでいます。



歩きながら屋台見物ですわ。
遺跡公園到着。ここは有料の公園になります。

上の画像の手前の建物は、かつての僧坊跡。

こちらがかつてブッダが初めて説法を行った場所です。仏教用語でいうところの初転法輪の地です。
ブッダガヤで悟りを開いたブッダが、5人の弟子を見つけて最初の説教を行いました。説法を聞いた弟子達は、やがて各地へ仏教を伝えて行く事になります。その為にサルナートは仏教の聖地とされました。このストゥーパの跡は、ダルマラジカ・ストゥーパと呼ばれています。
2016.4.25デジカメ画像を追加しました。
今では基壇だけしか残ってませんが、初転法輪の地を記念してアショーカ王が建てたと言われています。基壇に上がろうとしたらガイドさんに「昇ってはいけません」と止められました。な、なんにも書いてないじゃん!基壇にはあちこちの金箔を貼ってあります。

遺跡公園の地図。地図の中央左に赤い文字があるのが現在地。

かつて隆盛を誇った仏教は、7世紀には数百の寺院や塔がありました。1000人を超える僧侶が修行していたとか。しかし13世紀になりイスラム勢力が入ってくると、多くの寺院が破壊されてしまった。
2016.4.25デジカメ画像を追加しました。
遺跡にある石の全てがかつてはどこかの寺院の名残りです。
2016.4.25にデジカメ画像を追加しました。
さて、上の画像奥の柵がある場所にご注目下さい。

訂正前の記事ではここを【初説法の場所】と説明文をつけていましたが、実際は初めて寺院が作られた場所です。ライジングって書いてあったから、「お寺が生まれた場所」と書いた方が正しいのか?

白い柵の向こうに何があるのか?と見たらよくわからないこれ(上の画像)だった。

遺跡公園の奥にそびえる塔を目指す。

上の画像右手の覆いがある場所は?
2016.4.25デジカメ画像を追加しました。
こちらも何かの遺跡だと思うんですが、説明は既に忘却の彼方です。金箔がべたべたと貼ってあるから、いわくあるのは確かなんだが?

近くに大切にケースで保護された一角がありました。ここにアショーカ王の石柱がありました。
アショカ王は熱心な仏教徒で、インド各地に石柱を建てました。サルナートの石柱は、大きな石の傘を持ち、石柱の一番上に4頭のライオンの像を持つ傑作でした。現在は遺跡公園に隣接する考古学博物館に展示してあります。

こちらはインドの紙幣と硬貨です。紙幣の左下、硬貨の裏面にアショカ王の石柱のライオン像がデザインされています。

遺跡公園の大きな樹の下で、どこかの国から来た仏教徒が説法を聞いていました。

ご丁寧に石仏と塔のレリーフから石仏の頭を全て削ってありますね。こういう事をやるのは偶像崇拝を禁止しているイスラム教徒です。イスラム教徒がインドで勢力があったのは、ムガル帝国13世紀から19世紀にかけて君臨していたから。ムガル帝国が滅んだ後は、イギリスの植民地支配に変わった。よってインドで再び仏教が信者を獲得する事もなかった。仏教の聖地サルナートに再び寺院が建てられたのは、世界各国の仏教徒が自分の国の方式で建てたお寺です。私達はスリカンカと中国の寺院だけ行きましたが、周辺にタイ・ビルマ・日本のお寺が散在しています。

小さな塔がありました。この形、似てるよね?

何にって、遺跡公園で一番目立つ、● ダメーク・ストゥーパです。ダメーク・ストゥーパの上に傘を載せたら同じ形ですね。

ダメーク・ストゥーパは大きいです。基壇を入れると高さは42メートル。仏教全盛時代に作られた巨大な塔です。
「アショーカ王が仏教を広げてかつて84000のストゥーパが作られました。そもそもはブッダの遺骨などを納め礼拝していましたが、数が増えてからは教典が納められるようになりました」
ちなみにサルナートのストゥーパには何も入ってないそうです。元々はとても小さな塔あったものを、上から覆ってこのサイズになったんだって!

見上げると、外壁の装飾が残ってる場所も。仏教の聖地巡礼に訪れる仏教徒が、このストゥーパを回って礼拝するんだって。

ここなんか、線香と何か燃やした残り火と、画像中央下の黄色いものは、金箔を貼付けた跡ですね。こういうのってタイとかでよく見かけたな~?
さて、記念写真を撮ったら出口へ……。
うわぁ~~、遺跡公園の入場は有料です。もちろん私達はツアーなので、添乗員が一括で料金を支払っているのですが、遺跡公園の柵の向こうから何本も手が突き出されています。物乞いですね。柵の向こうは無料だそうですよ。見たくない~~。
2016.4.25にデジカメ画像を追加しました。
物乞いの手が突き出てる柵の反対側を見たら、先ほどのどこかの国の仏教徒の姿が見えた。私達は行きませんでしたが、あちらに行くと鹿がいます。ブッダの話を聞いていた聖なる鹿ということらしい。そもそもサルナートの名前も「鹿の王」=サーランガ・ナーダが語源とか。

実はこの後、道を挟んで建つ考古学博物館を見学しましたが、画像がありません。
ガイドさん「考古学博物館にカバンもカメラも一切持ち込めませんので、バスに置いて来て下さい。持ち込んでいいのは財布とパスポートだけ」とアナウンスがありましてね。
いやに厳しいのは何故だ?
ガイドさん「考古学博物館には遺跡公園の発掘品や仏像が展示してあります。小さな展示物も多い。しかし悪い人が小さな展示品をカバンに入れて持ち去る出来事がありました。以後、カバンの持ち込みが禁止になりました」
ハイ出た!インドクオリティ~!!
何つーの?一度何かが起きると全て禁止にしちゃうんだよね。
例えばクトュブミナールの塔に上がれなくなったのは遠足の学生が塔から落ちたから、以後上るの禁止!
例えばファテープル・シークリーの五重の塔に上がれなくなったのは、塔から投身自殺した人がいたから、以後上がるの禁止!
デリーに所属するの全てのバスからカーテンを取り外したのは、バスの中でレイプ事件が起きたから、以後カーテン禁止!
なんつーの?インドって極端なんだよね。
さて、大いに期待して入った考古学博物館ですが、アショーカ王の4頭のライオンの石彫は確かに興味深かったけどさ。他にはガイドさんいわく「世界一ハンサムな仏像です」という石像があった他は大したものがなかった!ま、な。イスラムの信者が偶像崇拝にあたる仏像や仏教寺院は徹底破壊してから焼いてますからますからさもありなん。

博物館からバスへ向う途中でガイドさんの側を歩いたので、最後のQ&Aをする。
私「ホテルでインドの男の人に名前を尋ねたらmanoj kumarって教えてもらって、神様の名前だって聞きました。インドの人の名前の付け方ってどんなのがありますか?」
ガイドさん「神様の名前をつける事はあまりない」
例えば英語だとブラックスミスで鍛冶屋さんとかドイツだとシュナイダーで散髪屋さんとか。エジプトの人は宗教的とか人間の美質を現すものと決っていたのね。
私「生まれた月日を大切にするなら、ヒンドゥーの神様はとても多いから生まれた日の神様を大切にするとかありますか?」
ガイドさん「しません」
私「なら花の名前とか山の名前をつける事はありますか?」
ガイドさん「そうですね」
何つーの?インドの人の名前の付け方に特別な決まりも法則もなさそうです。時間が足りなくてこれ以上突っ込んで聞けませんでした。
添乗員「バラマキ土産用にスナック菓子が買いたいとおっしゃっていたお客様~」
それは私。
「はい!買いたいです。ダンナの会社の人へのばらまき用に欲しいです!」
添乗員「先ほどの歴史公園の前に並んでいた屋台で売ってましたからご案内します」
後続する人も加わってお買い物です。しかしざ・残金が…。残り30ルピで帰るのか?
と思ったら、ムング豆のフライ(塩味)が一袋10円程度でした!6袋ゲットです~。ダンナに何人分必要か聞きたい所ですが、彼は既にバスに戻ってしまってるから有り金全て使いました(自分土産に10ルピ札2枚と2ルピ硬貨だけは持ち帰りましたが)。って事で、12時半、バス発車です。
明日の記事で旅日記は最終回です。
な、長かったぁ~。後半でデジカメ画像を読み込めるようになってからが画像の差し替えや予約投稿済みの記事にデジカメ画像追加とかの作業でいくら作業しても終わらなくてね。いつ終わるのかと…。ようやくここまで来ましたよ。

2016.4.25にデジカメ画像を13枚追加しました。&遺跡公園の遺跡の間違えていた説明文を訂正しました。
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