あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

ニンビン朝の散歩

2015年04月29日 00時14分34秒 | ベトナム旅行記
ベトナム旅行、旅の2日目 4月10日(金曜日)です。
朝4時起床。ベトナムと日本の時差は2時間。ベトナムの4時は日本の6時です。これ位なら時差ぼけは心配しなくてもいい。朝早いのは全然苦痛じゃないから、このままいこう。でもさ~、不吉なの。窓を開けたら寒い。しかも風が結構強いし、なんか雨も降ってるかも?です。
脳梗塞を発症後、日々降圧剤を飲む様になったのですが、降圧剤を飲むと服用後1時間から3時間の間は脈拍が早くなったり息切れがしたりめまいしたり少し身体を動かすと吐いたりと辛いのだな。つーか、薬って効き方に個人差があって、万人に効かないし万人に同じ副作用が出るとは限らない。やっかいなのだ。だから先生は患者さんに合うお薬を試しつつ合うのを探すのだ。って事で、実は3月下旬にお薬が1個変更されてます。私に合うかどうかはある程度無茶して実験しないと分からない。桜散歩で無茶を数度繰り返してみた実感としては私にぴったりなお薬の気がするがどうだろ?
脳梗塞発症後、お薬を飲むと毎日必ず出る辛い症状から、旅に出るの控えていたのですが、ずっと控えてるのってどうよ?
いけません。私の生活の潤いが失われてしまいます。今回のベトナム旅行はある意味実験です。まあ、長時間飛行機に乗るのは高血圧患者さんにはよくないとの事なので、比較的飛行時間の短い近場で実験開始~。
まずは観光時間辛い時間がかからないようにその分早くお薬を飲む事にする。ってな事で、ベトナムにいる間は毎朝5時から5時半の間にお薬を飲んでました。
今回どのホテルも一人1本の無料のミネラルウォーターがついてます。そんで湯沸かしもついてます。無料のお茶のティーパック(紅茶・ジャスミン茶・ハス茶)とインスタントコーヒーもついてます。毎朝ミネラルウォーターを湧かして熱いお茶を飲みつつ、前日の旅の出来事のメモを見返して文章を付け加えたり、面白ネタを忘れないように書き留めていく。この為に日本からA4の紙を持参してます。足りない分はホテルの手紙用の紙を追加で絵コンテ切ったりです。まだそんなに書くネタはないので、持参した『地球の歩き方』&『個人旅行』で今日の観光先を読み込む。それでだいたい1時間費やして午前5時。湧かした湯が温くなったらお薬を飲んで5時半過ぎにテレビをつけてボリュームを上げてダンナを起こす。6時から始まる朝食バイキングの開始時刻に間に合わせるのだ。ダンナを待つ間に出かける準備や荷物をつくる。んで、6時半からお散歩に行くの。
毎日のルーチンワークです。ま。今夜はまたこのホテルに連泊なので、スーツケースをまとめる必要ないんですが。スーツケースのバゲージアウトが朝ある時は、朝食前に部屋の外へ出しておき、朝食後そのまま散歩にでかけ、出発集合時間の20-30分前に部屋に戻り身繕い。今思えば本当に朝の作業はきっちりルーチンワークだったなあ…。

さて、ぼんやり外が明るくなってきた。幸い雨は止んだようです。鳥が賑やかに鳴き始めましたから。

809号室から見下ろした風景は、なんか不思議だった。
なぜに家の壁がコンクリートなの?まるで出来の悪い書き割りみたい。
ふと、昨日ハノイの街中で見た建物がみっちり隙間無しに建ってたのを思い出す。だから壁面は書き割りで、窓なしなのか??
「なんつーか、寒いよね?」
フォンさんが昨日『明日の気温は18度』と言ってましたが、あれはまさかの最高気温が18度だった模様です。捨てるつもりで成田の搭乗口近くのトイレで脱いだボロ服を詰めたスーパーの袋から、そ~っとフリースとタイツを拾い直す。
でもさ、ヒートテックと首の伸びたターロルネックのシャツは捨ててもいいよな?厚手の毛玉だらけのソックスと、パンストはどないしょうか?」悩んだものの、これを持って行くにはスーツケースに詰めないといかん。って事で、捨ててしまったのですが…。この後数日捨てたのを後悔しました。
にしても寒い。朝の散歩はキルトのジャケットを着ていこう!このジャケットもベトナムに着いたら捨てるつもりで持って来た袖口のすり切れています。でもさ、実際寒いんだも~~んっ!!
ジャケット片手にまずは朝食へ。朝6時からバイキング!が以後、ベトナム旅行の毎朝でした。

朝から各種メニューが揃ってます。ベトナムの食事は、日本人に合う!しかもどれもこれも美味しいっ!目新しいメニューは確かにあるけど、マズいメニューはありません。
って事で、まずは朝のフォーをお姉さんに作ってもらいます。

薬味です。唐辛子と柑橘類は好みでフォーにかけます。上の画像奥に並んでるのが、フォーの上盛りです。
バイキングで取って来たのはこんなの。

フォーが美味い!昨夜は独特な香りのするモノが混じってましたが、朝のは食べ易い。

って事で、フォーをおかわりです。
お腹が一杯になったらお散歩開始です。

昨日到着した時は暗かったので、泊ってるホテルがどんな外観か知らなかったけどね。こんなんでした。4つ星のニンビンレジェンドホテルです。ホテルの前の道は現在拡張中。

向こう側はまだアスファルトを貼ってません。
あの独特な山の方角へ散歩したい。でもその前に、部屋の窓から見た書き割りの家を近くから見てみよう!

書き割りの壁の家はともかくですね。なぜに家の際が池なのか??これ、今地震が来たら、絶対に家は沈むよね?液状化現象って知ってる??この家が特別変わってるのではなく、家の際まで田んぼだったり、お墓の周りが池のような田んぼという光景はベトナムでは普通の光景のようです。なんかさ、アニメの中の風景が今私の目の前に~~っ!!という気分です。
気を取り直しお散歩開始っ!

う~む!どうみてもこれ、稲だよな。もう植えてるのか?にしても、日本の田んぼと違う~~。日本の田んぼはこんなにみっきりぎっちり早苗を植えてないっ!いや、苗を作ってるならわかるけど、この量が苗なら多過ぎるわ。ベトナムの田んぼってこれが普通なの?
ハイ、これが普通なのでした。日本のお米とは種類が違うのでしょうか?毎食ご飯が出てくるのですが、ベトナムのお米は日本と同じ粒が短い米です。そして粒が小さい、
ベトナムは米の一大輸出国です。美味しいです。タイや中国や香港も旅しましたが、美味しさではベトナムが一番です。日本人はベトナムのお米を食べたら好きな味だと思う。実は日本はベトナムのお米を輸入してます。ですが、日本国内ではベトナムのお米は食べられません。政府は輸入したベトナムのお米を全量海外支援に使ってるんだって!ええ~~~っ!!こんなに美味しいお米が安く輸入出来るのならば、値段優先で等級が低くて白濁した日本のお米を買うより、ベトナムのお米が食べたいなあ~。って事で、ベトナムのお米が気に入った私は、帰国の前日にホーチミン市のスーパーで、ベトナムのお米を2キロ買って来ちゃった。
散歩を再開しよう!つーかさ、ダンナ~、先に行くよ~。もう~~~~~っ!!

半分だけ舗装済みの道路を歩いてると、道際にまさに今建設中の家がありました。左側は家の壁を作ってる所です。壁に筋交いはないのですね。しかも壁は煉瓦製ですか…。ベトナムの煉瓦は穴あきがスタンダードなのですね、強度は低そうですね。やはりベトナムに地震はない模様です。なんかさ~、積み木の家みたいです。右隣の家も建築中の物件です。煉瓦を積んだら、壁をコンクリートで固めるのですね。家の前にはコンクリートの材料の砂が積まれています。現在まだ7時を回った所ですが、既に作業してる人が数名。ベトナムは始業時間が早いのかな?

反対側の道路脇に野草が綺麗な花を咲かせてます。奥にまたまた書き割り壁の家がある。この道を奥に向うのもいいかも?だけど、今は変わった形の山を目指そう。
って、ダンナはどこだ??

振り向くと、消失点あたりから動いてないダンナの姿。もうっ!!お散歩開始から既に10分たってるのに何やってんだっ!!
目を凝らして観察してると、なんか撮影スマフォ書き込みFace bookに送信世界各国のフォロワーさんからの返信が入るまで、体操返信着たらお返事書き込み~という作業中らしい…。そんなのお散歩中にやってたら散歩にならんわっ!私は切れた。
「私~、ここで~曲がるから~。先に行くよ~」
一応大声で宣言して、体全体を使った大きなリアクション付きで手を振り合図する。
…聞こえてたらいいがな。つーか、もうどうだっていいや。オマエナド知ラヌワっ!!
ってな事で、お散歩開始直後こそ一緒だったものの、こっからは視界の中に互いの姿は見えなくなる。
気を取り直し、お散歩再開っ!!
あ!
現地のベトナム人のオバさん達と目が合っちゃった…。
もしかせんでも一連の私の行動をガン見された模様です。微妙な顔をしてたので、ここは笑ってゴマカスのだっ。
「ハロー」」
をいをいなんでハローやねんっ!ここはベトナムやろ?英語はOKなんか?とはいっても昨日ベトナムに着いたばかりの私はベトナム語での挨拶を未習得なのだ。つーか、朝読むのは「地球の歩き方」じゃなくて「ベトナム旅さし会話」にしとくべきだったぜ。ちなみに現在ショルダーバックの中に「旅さし会話」の本は入れてない。
でもオバさん達は大体私の言いたい事を察したみたいで「シンチャオ」と挨拶が返ってきたよ・よかったぁ。

広い作りかけの道をそれたら、素敵な道がありましたこ~れ~は~~、楽しそうな道だっ{/kirakira/素敵なものがあるかも?}期待出来そう~~

まず見つけたのがお墓が一つ。
なぜに普通に道ばたにお墓があるのか?ベトナムって墓をどこにつくってもいいのかな~??
長くなってきたので明日の記事に「続く」にします。
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ハノイ歴史博物館と焼き物の町バッチャン村

2015年04月28日 00時38分02秒 | ベトナム旅行記
昨日の記事の続きです。今日の記事は、2015年4月9日、旅の1日目後半です。

ベトナム時間午後15時に空港を出発し、午後15時45分。ハノイ歴史博物館に到着しました。

バスから降りたら目の前にかっこいい巨木がありました!ガイドのフォンさんに「この木の名前は?」と尋ねたら「レーの木です」と答えがありました。

ベンチがおもちゃのようですね。ああ、南国へ来たんだなあ~と実感出来る木です。日本ではあり得ない形をしてるもの~。
早速博物館の中へ。
『原始・古代・独立王朝時代・フランス統治時代・独立までのベトナムの歴史が順序よく展示されています(添乗員さんの旅日記より)』

これ、見た事あるゾ?ベトナムと国境を接している中国の広西チワン族自治区の博物館で、銅鼓と紹介されてたわ。なるほどかつてはベトナムと広西チワン族自治区には、同じ民族が暮らしていたのやもしれんなあ。

なんつーか、古代の農機具です。どこかで見たような形ですね。これは青銅器か?石器か?どっちにしても畑を耕すための形ですよね~。

これは…。中国とベトナムが戦ったようです。実は、ベトナムと中国は歴史上長い事対立してました。確か1000年位中国と争っていたとか。上のフィギュアの舟の小さい方が、ベトナムの人で、大きい方が中国です。確かガイドのフォンさんは、938年バイタンの戦いを現してるとか言ってたような…?
どうもベトナムでは有名な戦いだったようで、他にも大きな絵になってます。

これね。
この後、ベトナムの独立王朝時代の素晴らしい展示物が登場します。







ろうそく立て。

ろうそく立て、

狛犬。この辺りから私の好みの石彫を撮影する事に。長い事私の友人を続けてる人には、「あられちゃん好みね~」と呆れて下さるかと…。









ここをサラっと流し見したのを後々後悔することになります。なぜって、これから旅の日程で見るアレコレの遺跡には、石彫が殆ど残存してなかったのです。
ベトナムの遺跡は、ベトナムに暮らす人々は関心を示さず放置されてました。興味を持ったのはベトナムを植民地化したフランス人です。フランス統治時代にフランスの博士や芸術を愛する人が調査し、一番素晴らしい石彫を彫刻はフランス本国に持ち帰ってしまいました。遺跡から運び出したものの、大き過ぎたり、重過ぎて船に詰め込めないものは港に残されました。
時代は下りベトナム戦争時代、ベトナムの抵抗勢力ベトコンは、遺跡が安全だと拠点を築きます。戦争が長引いて切れたアメリカ軍は、遺跡を空から爆撃機で爆弾を落としました。遺跡は破壊されました。ナパームで焼き払われた場所やら、機銃掃射で穴だらけになった遺跡はまだマシな方。でっかい爆弾が直撃した遺跡も多くてですね。地面に大穴が残ってる遺跡もありボロボロです。フランス統治時代に写された写真が残ってて、同じ遺跡か?と目を疑いました。戦争の前に芸術とか歴史的な遺跡とかは弱いのですよ。ベトナム各地では現在なんとかかつての姿に復元しようと、各国が凌ぎを削ってる有様です。
ようやく長かったベトナム戦争が終わり、南北ベトナムが統一したら、政府が遺跡にやってきました。国家の宝物を保存する!と。政府はめぼしいアレコレをここハノイ歴史博物館に持ち去りました。そして後には何も残ってない…。というのがベトナムの歴史の基本です。
これを先に踏まえられたらば、もっと熱心に観察したんだけどな~。

さて、ハノイ歴史博物館を16時35分頃後にしました。ここから次の目的地、焼き物の里、バッチャン村までは約20分ほどとの事ですが…。ハノイの通勤ラッシュが始まってまして、バスの周囲をバイクが多く取り囲んでますね。
さて、派手な色をしたハノイ歴史博物館ですが、博物館のすぐ近くにも黄色の建物がありました。これはベトナムの政府関連の建物は黄色が基本なのだとか。へえ~へえ~へえ~。

バスは高速道へ。紅川をもう一度渡ります。川の向こうに、何かの大規模な畑が見えてきた。アレは何??
すみません。画像をとりそびりました。
ガイドのフォンさん曰く「ベトナム人が大好きのアバの実です。実が若い緑のものは硬いので若者が食べます。老人は柔らかくなった実を食べます」とか。道ばたで山盛りで売ってるのだよ。食べたいのだよ~~~っ。
この時は食べられなかったのですが、後にホテルの朝のバイキングに並んでました。どこかのホテルでは、ウエルカムフルーツで丸ごとアバの実が盛られてました。中に細長い小さめの種がありまして、2ツ割は出来ません。味は西洋ナシのような??青リンゴのような??黄緑色の実は歯ごたえがだいぶんあります。
ーーー考えたのですが。フォンさんの言うアバっていわゆるグァバじゃないかな?日本だと、生のグァバは食べられないから断言は出来ないんだけどな。名前も似てるしな。ベトナム人がハマる味というのも納得です。万人受けする味ですね。
さて、長く続いたアバの畑を途中でそれて曲がったら、もう目的地のバッチャン村に到着です。時刻は17時過ぎてます。

なんつーの?村というより、これは焼き物で儲かってる成金の住む町でしょ?私の想像してた田舎の村のイメージとかけ離れてました。
でもさ。まだベトナム通貨に両替していないんだが買えんがなっ!
旅の始まる前から、母と義母と私の自分お土産は、バッチャン焼きと決めてました。ここでゲットせねばならんのだけど~??
バスはいかにも~!!という建物の前で停まります。

ここは1階と3階が一般の焼き物が。2階がバッチャン焼きの骨董品が。4階でバッチャン焼きの作陶作業をしてます。まあ到着時間が遅かったので、既に作業してる人はいませんでしたが。観光客は最初に4階の作業所でバッチャン焼きの説明を聞きます。

さて。到着前のバスの中で、ガイドのフォンさんの簡単なバッチャン焼きの解説がありました。
曰く「バッチャン焼きの模様で、トンボと菊の模様は日本人がもたらした。ハス模様はベトナムのものです。バッチャン焼きは有名になり、ニセモノも多いですが、本物は焼き物の裏にバッチャン村の印があります。買い物は米ドルでも出来ます」だそうで。
よし、買うぞ~~ッ!!
翌日配られた添乗員さんのお手製の旅日記には、『バッチャン焼きはベトナムで一番有名な焼き物の村で、1000年以上の歴史があります。もともとは農家のサイドビジネスとして始まったものでしたが、今では村の80%が焼き物にかかわっています。16世紀には日本にも輸入され茶人達にも愛用されました。バッチャン村の土を使い、絵付けはすべて手書き。700度500度のカマで2度焼きします。白地に赤や藍で彩られた花模様、トンボ柄が有名です』だとか。
ぶっちゃけ、旅行会社の当初企画した日程では、バッチャン村の訪問は旅の4日目だったのです。ンだからして予習が出来てません。や~、旅の寸前まで桜に浮かれてたのが敗因ですわ。桜好きの日本人としては後悔はしてないがなっ!!
ンでも買うよっ!海外旅行で焼き物買って戻るのは、私の鉄板なんですっ!(自慢にはならない)

実際並んでるバッチャン焼きはどれも魅力的。目移りしちゃいます。

でもね。バッチャン焼きは予想以上に高価でした。さすがにベトナム一有名な焼き物だけあります。外貨獲得の経済商品なのね。
だって、小さい湯呑み1個が10ドルもしやがるんですわ。それに皿付きの湯呑みだと15ドルにもなるの…。お高いの~~~っ!!(魂の叫び)
ベトナムではありがちなのですが、一杯買うとおまけがつきます。基本5個買うと1個おまけになります。ンでもさすがに湯呑みを5個も買えません。5個全部を無事に日本に持って戻れると思いません。
なんだかんだで結局二人の母には普段使いしてもらえる菊と蓮の赤い模様の湯呑みを。自分用にはトンボ柄の湯呑みと皿のセットを購入しました。湯呑み3個かったら、焼き物のスプーン(3ドル相当)がおまけでついてきた。それに雰囲気ある竹のような何か植物で編んだ袋に入れてくれたしな。
ボラレまくりであるが、母達が気に入ってくれたら嬉しいわ。…飾るなよ!

今回旅行会社が案内したお店はでトイレもすます。ベトナムでは基本ちゃんとしたトイレは土産物屋かドライブインにしかないとかで、土産物屋に連れ回しませんが基本姿勢の日本の旅行会社は不本意だとか。でもベトナムのお国柄なら仕方ないね~。
さて。旅の1日目で日本で両替した100アメリカドルのうち、35ドル(日本円換算で4200円)を使っちゃった訳です。いかんな~。早いとこベトナムの通貨ドンが欲しいものです。そんなこんなでいよいよ本日の宿泊地、ニンビンに向います。ところで、ハノイからニンビンは120キロ離れていて、ニンビン到着は遅くなる。事前に添乗員から電話があった時、お腹がすくから食べ物をバスに持ち込めとアドバイスがありました。私が持ち込んだのは当然あられです。ベトナムで食べるしょうゆ味のあられも美味い~~っ。
そんなこんなで、ニンビンのホテルに到着したらもう夜だった。車外は暗くてホテル周辺に何があるか分からない。確か午後7時半を過ぎてたような~?
添乗員「一度お部屋に案内すると、更に食事の時間が遅くなりますので、このままホテルのレストランに案内します。まずは飲み物を注文下さい。バイキング料理なので、お好きなものをおとり下さい」
なるほど!合理的だ。ンでもダンナのハノイビール2ドルはともかく、ジャスミン茶が2ドルは納得いかんな~。つーか、お茶が2ドルは旅の全食事中最高値だったかもしれん…。

機嫌は、早速登場のベトナムの本場のフォーで直りました!や~、自分でもフォーは作るけど(ダンナが面白がって、たまに面白食材を買ってくるんです。作り方はWEBで検索して作ります。タイ米の美味しい調理法を知った時は、目からウロコでしたよ)、フォーのスープが美味いな。出汁は鶏が基本として、他にも何か使ってるな。何だろ?

あと、ベトナムはフルーツ王国なのね。多種のフルーツが新鮮で完熟。日本だとお高いフルーツも山盛り並んでます。画像の中の白い中に黒いポツポツのあるのはドランゴンフルーツです。これは毎朝のように置いてありまして、大概頂きました。日本で買おうとすると、デパートのフルーツ売り場で個装して並んでるお高いフルーツです。ドラゴンフルーツの味をどう表現すればよいのか?甘くはない。固くもない。なんだろう?強烈な味ではないけど、好みの味だった。ドラゴンフルーツがバイキングに並んでると、必ず食べた。
他フレートに乗ってるコップの中は、チェーと呼ばれるベトナムぜんざいです。なんつーの?葛湯に黒米と煎り米が浮いてる感じです。
フレートの右上は、カップケーキです。ベトナムはフランスの植民地だったことから、パン文化も根付いてます。パン好きのダンナはベトナムのパンは美味しいと言ってましたが、正直みっちりぎっちり詰まってる感じでふわふわ食感の日本のパンやケーキとは別物でした。
さて。食事が終わったら飲み物の清算です。って事で4ドル支払い。…明日の朝の枕銭に1ドル置かねばだから、1ドル札が残り5枚。旅の一日目でこれはアカ~~ンっ!!成田で1ドル札を増やしておくべきだったわ~~。後悔しても遅いのだ。そこで添乗員さんにお願いして、10ドル札を5ドル1枚と1ドル5枚に両替してもらう。本当はイカンのです。旅仲間がみんな添乗員さんに泣きついたら困るものね。反省する。

さて私の部屋は809号室。部屋は広かった!

ヨーロッパや日本の都市部の狭いホテルを知ってると、とても贅沢な気分になります。ちなみにアメニティは期待してなかったけど、普通に普通だった。しかも後々驚いたのですが、今回宿泊した全てのホテル(ハロン湾のクルーズ船含む)に置いて、ドライヤーは備え付けてありました。しかも熱いお湯が一杯出た!結構厳しいかも?と予想してたのですが、いい感じに予想が外れました。

昨日は写真屋で1日が潰れた。
ベトナム旅行でデジカメが壊れたので、画像再生確認が出来ません。携帯画像はパソコンに取り込んだんだけどね。デジカメは購入以来放置してあって、カードを一度もパコソンに取り込んだことないの。何がいいたいか?というと、データー容量が大き過ぎて、プリントアウトする画像を自宅で確認出来ないまま写真屋へ突撃するハメになったんですよ。写真屋に到着したのは午後2時過ぎでした。閉店の午後7時までねばりましたが、画像を全部確認出来ませんでした。今日延長戦です。ぐったりです。写真屋のおっちゃんには「大変だね~」と言われたけど、ここまで時間がかかるとは…。何枚プリントする気なのか?そもそも漫画化を前提にしてない旅のハズ…。でも5月のイベント合わせにコピー誌を描くならば、それなりに画像は欲しいのさ。漫画化するエピソード部分だけプリントアウトするつもりだったんだけどね。歯抜けでプリントアウトすると、後々困るのが目に見えてるから、結局全部チェックして…。気付いたら閉店時間になってたぜ。あ~あ。って事で、今日も行って来ます!
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ベトナム旅行記1日目(出発からハノイ)

2015年04月27日 07時54分07秒 | ベトナム旅行記
2015年4月9日(木曜)から4月19日(日曜)の日程で、躍動の国ベトナム周遊11日間というツアーに参加しました。普段ならワクワク気分でブログの連載を開始してる所なのですが、あっちでいろいろやらかして、帰国後まずAIU旅行保険会社とのアレコレで先週は潰れてしまいました。
私のブログを長くごらんいただいてる方は、私の携帯電話が今どきほとんど望遠撮影出来ない。シャッター切ってから実際撮影するまでタイムラグがある。光に弱いという旧型の携帯電話でブログ画像を撮影してるのをご存知ですね。ブログ記事内でたびたびぐちってますから。そのMYフェイバリットな携帯電話といつかお別れする日がやってくるのはわかってましたが、まさかベトナムの古都フエの川に落ちて、突然の別れが来るとは…まあ、その時のライブ記事は後日書くとして、携帯ごと川に落ちてしまったので、旅の画像がありません。まあ、幸か不幸か、私の携帯電話は今どきマイクロSDカードが2G限定でしか使用出来ない機種でした。2Gといえば、撮影枚数が1000枚しか撮影出来なかったのね。まあ、画素数は800万もあったので、どんなに引き伸ばしてプリントしても美しかったので、不満はなかったんだけど、旅の始め、私の携帯電話のマイクロSDカードは、桜散歩の残りまま使用していたので、旅の最初の方のマイクロSDカードは手元にあります。1000枚のうち約200枚くらいはベトナム旅行の画像が撮影出来きてたのだ。その私的に貴重な画像を使って「ベトナム旅行記」の記事を書きます。
つーか、ようやくAIU旅行会社の私がやらないとどないもならん関連が一段落。後は海で転けた時に守ったつもりのデジカメが、その後、鳴き砂がレンズ収納の時に巻き込んで動作不良で使用出来なくなってしまい、現在CASIOに里帰り中なので、もう私がどうこう出来る事なくなったんですよ。(くしゃん)あ。海で転けて風邪もひいてしまいました。ベトナム旅行後半は、半袖で旅してたので、海で転けた後のバスの冷房にやられてしまいました。
ぐちっててもアレなので、ベトナム旅行記始めます。
尚、現在、5月の同人誌即売会、スーパー・コミック・シティ&COMITIA合わせにベトナムの旅のショート漫画をコピー誌として出すべく奮闘中です。ベトナム旅行記はその合間にブログ記事を描いてるので、不自然に途切れたら、「あ。漫画が間に合ってないんだな』とご了承下さい。
ええ。息抜きっつーか、逃避ですわ。

旅の1日目 4月9日(木曜日)
はっきりいって、桜桜桜~~とうかれてたらそのまま出発日が来てしまい、今回事前勉強は全く出来てない。せめてもと図書館に『地球の歩き方』や『個人旅行』を借りて来た程度です。それをショルダーバックに詰めて、行きの飛行機の中で1日目の訪問先の情報を学習する予定です。つまり、全く素の状態で出発よ~。
にしても出発日の4月9日の最低気温が2度とかあり得ない!
当日の集合は、成田空港第一ターミナルGカウンターに午前8時!!なのだよ。つまり、相模原にある我が家では、小田急線の始発に飛び乗っていかねばならんのだ。つまりつまり、家を出る時にまさに最低気温なのですよ。
え~~どうすんの??
目的地のベトナムは一番気温が低いハノイの4月の最低気温が21度最高気温が27度です。南のホーチミン市に至っては、4月の最低気温が28度、最高気温が31度なんだぜ?真冬の服装は邪魔になるだろ!?と。前夜に今シーズン限りで捨てる予定の冬服を用意しました。もうね。伸びたヒートテックや、毛玉が一杯の厚手の靴下や捨てる気まんまんです。ンでもまさか下は裏起毛もズボンをはいてく訳にいかんので、下にパンストとタイツの重ね履きでちょっと厚手の合いの時期のズボンを着用しました。一番上なんか、途中で捨てるからと袖のすり切れたキルトのジャケットなんだぜ?どこの難民や??という出で立ちです。
そんなこんなで午前4時45分相模原の我が家を出発しました。まだ外は暗かったと思います。いつも海外旅行に行く時は、隣駅の相模大野発の空港バスを利用するのですが、空港バスの始発便は小田急の始発と連動してなくて、間に合わず。空港バスの2便に乗ったのでは、成田空港第一ターミナルに午前8時の集合時間に間に合わないので、使った事のない、日暮里乗り換えのスカイライナーを利用です。
小田急相模原駅始発の5時15分に乗車。
この時間、急行は走ってないのですが、さすがに始発から遅延する事なく新宿駅に定刻の午前5時55分到着。
ここでJR山の手線に乗換える。スーツケースを抱えてJRの階段降りは辛かった!それでも予定通りの新宿発午前6時4分に乗車出来まして、日暮里到着が定刻の午前6時25分です。
なぜにこないに時間を詳しく書いてるか?というと、スカイライナーは全席指定なので、指定券を購入しないといかんのです。今回初スカイライナー利用なので、どこで買えばいいのか?指定券購入にどれ位時間がかかるのかが分からない。事前にYahoo!の路線情報で下調べして、乗り換え接続の近い山の手線は新宿より、後ろの車両に乗車してるけども。一応Yahoo!のアレコレで、スカイライナーのインターネット予約はしてあるけど、発券にかかる時間がどれくらいか分からん、それでも朝早い時間だからなんとかなるんじゃないか??
読みは正しく、スカイライナーの発券窓口はまだ6時台にもかかわらず窓口が複数対応してました!しかもスカイライナーは特別対応で、JRから京成スカイライナーへの乗り換え改札を抜けてスカイライナー専用改札を通る時には、綺麗なまるでスチュワーデスという出で立ちのお姉さんがチケットを確認して行き方を教えてくれました。おかげて予定より1本早い便に乗れました。

あ。本来はここで乗り遅れても8時集合に間に合う日暮里発6時55分発のスカイライナー5号を予定してましたが、発券がスムーズだったので、日暮里発6時35分のスカイライナー3号に切り替えたのです。にしても、日暮里から成田空港まで、わずか39分って!!凄過ぎる…。かつて、1度だけ北京からの帰国便の到着が遅延して、相模大野行きの空港バスがなくなってしまい、成田空港から日暮里に移動した事あるんですが、あの時はほとんど最終便でスカイライナーに乗れなかったんですが、こんなに乗車時間が短くなってたのね。つーか、なぜ外国人が上野公園の桜を見に行くのか謎が解けた!それは、スカイライナーの終点が上野だから!だね。成田に降りて京成線に乗り換え。降りたら桜がすぐ!!という接続だから上野に外国人が桜見物に行くのです、ついでに上野の東照宮も見て下さい。日本の神社が実はド派手だったと分かる物件です。
さて。スカイライナーは乗車時間が短いのが残念な程快適でした。もう2度と乗車しないと思うけど、これはいい車両です。なので、成田空港駅でお顔を撮影してみた。

成田空港に定刻の午前7時14分到着です。
実は出発の前日に、成田空港にLCC専用の第3ターミナルが出来る!というニュースも入ってきてて、混雑はどないかな?とも思ったのですが、第1ターミナルに混雑はありませんでした。

さて。集合のGカウンターは、北ウィングの最奥にありまして。まず待ち時間を使ってやっておかねばならんのは両替です。事前の旅行会社からかかってきた添乗員さんの挨拶の中で「成田では米ドルの少額紙幣に両替しておけば安心です」と言われたのですよ。でもちょっと待て!旅先はベトナムなのに、なぜに米ドルなのか??
ベトナムの通過はドンです。旅の出発日のレート(2015年4月4日現在)はWEBで調べたら、10000ドン=55.65円でした。現地の通貨で持参した方がいいんじゃないかな?だってさ、日本円アメリカドルベトナムドンに両替したら、手数料が2回かかるじゃん!それは無駄でしょ~??
と思ったのですが、冷静に考えて、10000ドン=55、65円なら、日本円で1万円もドンに変えたら、紙幣が凄い事になるんじゃないかな?しかもベトナムの高額紙幣なんかに両替したら、現地で使いづらいんじゃないかな?と自重して、成田では結局100米ドルを10ドル8枚。5ドル2枚。1ドル10枚に両替しましした。
100米ドルの両替が、12、272円もした時、ああ、円安なんだな~と実感した!こんな事なら1ドル=80円だった時に米ドルに少し変えとけばよかったわ~。後に旅仲間が「1ドル=80円だった時に、1ドル札で100枚両替しました」と言ったましたが、旅なれた人はこれ、やったんだろうね。私は脳梗塞になった時、次いつ旅に出れるのか??とか思ってタソガレでしまったものな。
さて。その後もスムーズでした。無事に一連の出国検査を済ませ、搭乗口へ。
今回、ハロン湾1泊2日のクルーズでは、スーツケースを船内に持ち込めないので、1泊2日の手荷物を持てるようなカバンを持参下さいとあったので、ショルダーバックに加え、小さめのリュックサックを持参しました。これに搭乗口から近いトイレで、ストッキングやタイツや厚手のタートルネックのシャツやヒートテックを脱いで詰めます。ボロいフリースも小さく畳んで詰めます。なにしろ午前8時の成田は5度以下ですが、到着のベトナムのハノイは25度だろうからねっ。
ハッ!!ペットボトルをゲットしておかないと~~!!
アメリカの9.11以降、機内にペットボトルを持ち込めなくなりました。成田の持ち物検査で、私の前の人が、水筒の中味を空にして持ち込んでたのを見てアレをやればよかった!抜かった~~っ!!と後悔しても後の祭りです。搭乗口近くのドラッグストアで、小さめのバナジウム入の水のペットボトルをゲットしました。これは以降重宝しました。今回の旅では毎日1本ミネラルウォーターの支給があります。便利でありがたいのですが、海外のペットボトルは一旦口を切ると、入れ物が柔らかくなったり、酷いのになると口の造りが甘くて水漏れするペットボトルがあります。日本のペットボトルの一旦開けると柔らかいものもありますが、バナジウムのは頑丈です!なので、毎日これに入れ替えて持ち歩いてました。おススメです。
ところで、海外旅行の最後にその国の残った通貨を使い果たすのは普通ですが、日本の場合レジで外税で手持ちの金が足りない!となるようで…。ま。もしかしたら搭乗口のドラッグストアは免税品だったのかもしれんが。外国人が手持ちの通貨と品物を睨んで支払うので会計がなかなか進まない。ちょっとダンナ~ッ!!何と奥で人ごとみたいな顔してんのっ!アンタの水も買ってるっつーのっ!!
成田発午前10時のベトナム航空NV311便で離陸。

せっかくの窓際席ゲットですが、飛行機の羽根の上です。旅仲間が「団体の席は羽根の上なのよ~」とか言ってました。これ、鉄板らしいですわ。
さて。朝ご飯は朝の4時過ぎに食べてるからさすがにお腹が減りました。機内食はランチです。

私がオーダーしたのは和食です。画像ではツッコミたい人もいるかもしれませんが和食です。ダンナは洋食をオーダーしてました。
ここでちと問題が…「ナンデ、キミのモニターガメンウツッテルノ?」ダンナがダーク面に落ちかけてます。どうもね。機上した機体は個々についてるモニターの調子が悪くて利用出来ません。とアナウンスがあったようなのですが、それを聞いてなかった私は普通に目の前のモニターを起動させ、普通に利用して、トランスポーターの最新作やら丸いフォルムの雪だるまみたいなアニメを見てたのです。だいぶんうらやましかった模様です。
知らんがな!

そんなこんなでベトナムに定刻に到着しました。飛行時間は5時間55分、日本とベトナムの時差は-2時間。ここで時計を2時間巻き戻します。

何つーか、機内で学習した『地球の歩き方』2008-2009年度版に書いてあるハノイの空港とは違ってる!
なぜにそないに古い本を借りて来たのか?というと、相模大野の図書館の『地球の歩き方2014-2015』は既に貸出し中の上、予約待ちが5人もいたのです。すっぱり諦めて、まだ予約が1人しかなかった『地球の歩き方2013-2014』に予約は入れたのですが、出発までに本が戻ってこなくてですね。図書館に残ってたのが2008-2009年度版だったのだ。まあ、名所・旧蹟のガイドブックとしてなら普通に使えるだろう?と思ったけど、ベトナムは中国に劣らない早さで開発刷新が進んでる模様です。

そんなこんなで、新しい空港は、事前に添乗員がら「スーツケースが出て来るまで1時間はかかります」と説明があったけどそこまでかかりませんでした。真新しい空港は、ハノイと接続する高速道も出来立てホヤホヤとかで道が混んでません。ラッキーです。
翌日、添乗員さんお手製の旅日記の1日目の旅のコピーをいただいたのですが、そこには1月に出来たばかりの新しい空港とありました。出来立てホカホカだったのね。

空港を出た所で、ガイドのフォンさんと合流。ところであの…。ハノイの最高気温は27度って聞いてたけど、肌寒よね?20度ないよね??と確認してみたら、ガイドのフォンさんは軽く「今の時期のハノイは毎日くもりです。明日の天気予報は18度です。北部のサパでは雪が降ってます。」って答えた。
オイっ!!事前情報と違うやないの~~??という事で、取りあえず、空港のゴミ箱に捨てる予定のボロい服はこのまま持って行く事にした!何しろスーツケースにはほとんど半袖Tシャツしか入ってないのである!
ま。な。日本の相模原だって4月の9日に最低気温が2度だったんだ。ベトナムだって異常気象って事もあるわな。

車窓から。

車窓から。

車窓から。紅川(ホン川)。

車窓から。お寺。ベトナムの町のあちこちにあります。ベトナム人の90%近くは仏教徒。続いてキリスト教徒。

ハノイ市内に近づいて賑やかな看板や変わった建物が見えて来た。でもな。私のシャッター切ってからタイムラグのある携帯電話は、車窓の撮影に向いていない。

上の画像は本当は右端に切れてる隙間のない建物の建て方を撮影したかったんだ。コレどうやって建ててるんだろ?つーか、なぜにぎっちぎちに建ててるのか??
さて。バスはベトナム最初の観光、歴史博物館に到着しました。
あれ??r歴史博物館の観光は、旅の4日目だったよね??なんで!?『地球の歩き方』もまだ読んでないよっ!したら、ガイドさんと添乗員さんが相談して、4日目の観光が詰め込み過ぎてるから、入れ替えました!だって。この後の観光も適宜入れ替えていく方向らしい。さよか~。も。「素」の状態でベトナムの歴史博物館です!

長くなったので次の記事へ続きます。明日更新するかどうかは漫画優先なので分かりません。

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米軍住宅の桜

2015年04月26日 10時36分04秒 | 相模原・座間・大和市
桜の季節も既に記憶の彼方です。でも今年の桜は開花宣言こそ早かったものの、そこからなかなら咲かず、咲いたと思ったらあっちゅー間に散ってしまいました。しかも土日にベストコンディションにならないし、更には土日は天候もいまいちって…。日本人の桜好きをあざ笑うような今年の桜でした。

4月6日の早朝です。時刻は午前5時28分です。
横浜の桜を堪能して、今年の桜ももう終わりか…。と、朝日をぼ~っと撮影してました。なかなかのいい朝日です。朝焼けが美しいのは、そこに雲があるから!と。いつものように空を撮影していたのですが、ふと。もしかして、朝日と桜の画像が撮影出来るんじゃね??とか思った訳ですよ。携帯片手に飛び出しました。

うちから一番近い桜は、アメリカ軍のアーミーの住宅地です。
到着時刻は上の画像撮影時刻が午前5時37分なのね。
まだ桜が残ってます~ではレッツ、お散歩開始!

米軍住宅地内は日本ではありません。アメリカなのね。だから日本人は中で働く人以外は入れません。特に座間キャンプや厚木基地は年に1~2回桜まつりや盆踊りやらで一般公開がありますが、この住宅は公開してません。なので、普通の日本人は、外周を散歩するのです。

フェンスがぐるりと住宅街を取り囲んでます。この中の桜は、第二次世界大戦で日本が敗北した後、厚木基地や座間キャンプで働く軍人の為に造られたので、桜も植えられて70年くらい経ってるのかな?広い敷地にポツポツと植えてあるので、どの桜も大きいです。

今年の桜の開花状況を知る為に、ここの桜は既出記事で紹介されてるので、同じ場所から撮影してみた。来年の為に。





朝日で逆光位置とか順光位置とか周囲を移動しつつ撮影です。



時刻はようやく午前6時を回った所です。朝ここを歩くのは始めてですが、年配の人やワンコの散歩で結構散歩してる人と行き合いました。もしかして、健康散歩コースにはいいのか?
って事で、今年の桜散歩も今回の記事で終了です。
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弘明寺

2015年04月24日 09時36分25秒 | 神社・仏閣
横浜桜散歩のゴールは、大岡川を遡り、弘明寺さんでゴールです。ここで、一旦大岡川と離れた京急が近づくんです。
さて、ずっと遡ってきた大岡川を橋の上から最後に見納めして、京急の駅へ向います。

と。橋の両側はアーケードの昭和の香りが満載の商店街でした。

店を冷やかしつつ進んでると、アーケードの向こうになんか見えて来た~っ!!

あれって何かしら~??
それが弘明寺さんだったのです。これ、何って読むと思います?私「弘明寺=こうみょうじ」と読んでたのですが、ダンナが「弘明寺=ぐみょうじ」が正解というのです。
試しに記事を書く時に(ぐみょうじ)と打ち込んで変換すると、あ~ら不思議。一発で弘明寺と変換するのですよ。(正解なので当たり前)

弘明寺さんの境内に、テントが立ってました。

おお!甘茶のお接待がぁ~~っ!!
おいしくいただきました。ごちそうさまです。せっかくなので参拝もします。

弘明寺さんは高野山真言宗のお寺です。

開基:行基さま。
創建:伝・737年(天平9)横浜最古の寺院。
本尊の木造十一面観音立像は、関東に遺る鉈彫りの典型的な作例として有名なもの。像高181、7センチ ケヤキ材、丸彫り、一木造り、平安時代(11-12世紀のころ)の作。

境内に他の違うの何かないかな?と探したら、こんなんありました。えんま様の像です。…結構珍しいんじゃないかな?
さて。京急で弘明寺駅から横浜駅へ移動です。車中、遡った大岡川の両岸の桜が見えました。

私の古い携帯電話では、シャッター切ってから実際画像が撮れるまで、少し時間があるのでだいぶん失敗画像を量産してしまいました…。
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大岡川の桜を追いかけて遡る

2015年04月23日 00時25分47秒 | 桜散歩
野毛山公園から坂を降り、京急日の出駅側を流れる大岡川の両岸に咲く桜を追いかけて遡ってきました。
南太田駅そばの橋に着いたらまだ午後1時8分。え~と?確か大岡川を遡り始めたのって12時17分だったっけ?ここまで50分。ゴールに想定してる弘明寺側の橋まであと半分か。どうしょうかな?今までは疲れてギブアップしたら近くの京急の駅から戻ればいいや。と心の保険がありましたが、南太田駅で大岡川は京急線と離れるんだわ。
ま。なんとかなるでしょ?行ってみよう~~!!

ここからしばらく、大岡川の西側の桜並木は途切れます。上の画像の高架下には公園があります。一旦休憩して区切りたくなるけど、この日(2015年4月4日)は天候がね。いつ雨が降り出すかわからんので寄り道はナシじゃ!

川を遡ってたら、対岸の桜並木も復活した。これで目が更に楽しいでしょう!

桜の向こうに消防署。
って??何か変わった舟がやってきました。

何やってるの!!外国人向けなの??
分かります~?舟は前後に2人で櫂で川を遡り、中央に和服の女性が野点をしてるのね。ええ。点茶を舟の上でやってるのだ。
そんで客が二人。カメラで両岸を撮影してますね。
そんでおもむろに正座して抹茶をいただく…。
謎!
なんつーの?ちょい昔の外国映画に「外国人が考える間違った日本」が出てくるでしょ?アレみたいだよ。
この後、映画は川の下から忍者が登場してカンフーで闘うのですね。分かります。
非日常の光景が目の前で展開するので、うっかり見つめてたらダンナが消えたっ!!ど、どこ行ったんや~~~っ!!

あ。いたわ。あの舟のすぐ上で、舟を観察中でした。ま。気持ちは分かるけどな。そうガン見してやるなや。外国人の間違った日本は生温い目で見て知らんぷりが平和でしょう~。一応日本が好きな人なんだろうし…。つーか、これ、まさかの日本人がやってたらそれはそれで痛い人なので見て見ぬ振りするよ。私はっ!

お散歩再開。なんつーの、どっと疲れが出て来たので、京急のWEBに掲載してる大岡川桜並木の地図を取り出す。これ、大岡川にかかる橋の名前が記入してあって、現在地が分かり易いのだ。もうね。あとゴールまで橋何本と数えつつ進めるからね。目安に最適です。

さて、ゴールが近づくとなぜか屋台も登場してきました。

え~と?なぜにどれもこれも500円の商品なのか?

もうね。ぼったくり!!お祭気分で財布のひもが緩めてあっても手が出ない!

この値段で花より団子はあり得ません。主婦の目は厳しいのだっ!でもさすがにゴールが近くなったので、雨の心配ももういいでしょう。ここらで一服しようか?

取り出したるは、私の実家で作ってるいつものあられです。花見客はいますが、気にしない~。いい具合に低いコンクリートの塀?違うな。花壇のヘリ??が連なっていてちょい腰掛けるのにちょうどいいのだ。

大岡川を既に数キロ遡って来て、川幅も狭まってきました。もうね、川底が水面から露出してる箇所もあり、この辺りは舟も浮かべららないです。
いい感じにゴイサギとコサギが小魚をついばんでます。君たち、東南アジアに渡らずに日本に留まったのかな?

あれ?なんか、川底に遊びが細工してある。

これまたいい感じのフォトジェニックですね。

これで晴れてれば、青空が川に写って川の色も綺麗に見えたよな。ちと残念ですね。

そんな訳で、ようやくゴールの弘明寺の橋に到着です。時刻は14時11分。2時間、大岡川の桜並木を追いかけてたのか~。楽しかったわ。
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桜の川で船を回頭

2015年04月22日 00時55分14秒 | 桜散歩
大岡川の桜を楽しむ方法は色々です。私のように桜を追いかけて川を遡る人。船でごちそうを食べつつ宴会する人。
川面に描かれる桜の花びら模様を楽しんでいたら、屋形船がやってきた。
また川の花模様が変わるよね。と。ワクワクしていたら、目の前で船がターンし始めました。





うまいもんですねえ。さすがプロです。

船が去った後は期待通り川面が動く動く。

ああっ!もしかして、シャッターチャンス!?

ど・どう写せばいいんだっ!?

あれこれ撮影を楽しんでたら、今度は賑やかな船がやって来ました。

話し声が聞こえてくる。なんつーの?川の両岸がコンクリートで固めてあるから劇場みたいになってるのな。話の内容までバッチリ聞こえてくるのだ。若いお嬢さんはおばあさんと桜を搦めて撮影したいけど、桜の位置がいまいちなので、船長に船の移動を頼んだり。そうじゃなくて、カメラの位置を変えろ!と兄弟に言われたり。どうも家族と親戚でお花見船で宴会中のようです。楽しそうだ。見れば料理はどこかの中華料理屋でテイクアウトして持ち込んでる模様です。いいアイデアだ。レストランとか日本料理屋で会席するのとお花見船を借り切るのとどっちが安いのか?まあ、一生の思い出になりそうです。親戚で寄ったら「あの花見」で何年も会話出来るわ。足腰弱ってる老人も、船なら座ってるだけでお花見出来るしな。いいアイデアだ。うらやましかったので2回言ってみました!

私の友人に緊急連絡です。
ベトナムのフエの川に携帯電話を落としました。
昨日、新しい携帯電話を購入しました。携帯電話の番号もメールアドレスも以前のままです。
つきましては、私へメール送って下さい。空メールでもかまいません。
ご存知の通り、古い携帯だったので、撮影画像も電話帳もあれこれみんな失くしちゃったのね。もうもどってこないのね。
すまんが、そっちからメール下さい。よろしく頼みます。

でもさ、S.C.CITYまでに何かベトナム旅行漫画を描きたいし、携帯電話に慣れる間がないの。
水没した図書館の本は、昨日持参したら案の定買い替え弁償になりました。ちっ!改めて「地球の歩き方 最新版を探しに図書館の人に尋ねて近くの本屋の場所を聞いたんだが、いつの間に本屋がこんなに減ったのか?しかも私が知る小田急の駅ビルの本屋には、ベトナムの地球の歩き方がないっ!欠品してた。諦め悪く店員さんに「地球の歩き方の『ベトナム』が棚にないんですけど、ベトナム人気で他にコーナーとか作ってませんか?」と尋ねたら、よほどせっぱつまった表情に見えたのか?わざわざ収納の引き出しを探して見つけてくれました。それを図書館に納めて『弁償図書受領書』なる書類をいただいて終了です。あ~あ。
ンで、ベトナムのランコーの鳴き砂の浜で転けた後、冷房のバスの中でどうも風邪を引き込んだらしく、旅仲間にのど飴やらマスクやらを恵んでもらい帰国しました。帰る頃には鼻水やせきも出てたので、その状態でAIU保険に電話したら、話の中で風邪もひいたのが担当者が察せたようで、「風邪で通院した分も保険代から出ます」とアドバイス。ご存知の通り、降圧剤と市販の風邪薬はとても相性が悪い。いきつけの内科の先生に訴えた所そういう人向けのお薬が出ました。つーても処方されたお薬3つのうち一つは、風邪をひいて5日もたっての受診だったので、以前『高血圧の人はこのお薬のんじゃいけません!』の記事のコメント欄に書き込んでた「小青竜湯」を処方されてて笑ってしまいました。
AIU関連の残りは海で転けて依頼液晶部分が写らなくなって撮影出来なくなったデジカメです。
そういや、旅の最初の方で朝散歩してた時に強風に煽られ、折り畳み傘が壊れたの。その後のホアルーの宮殿の観光で、壊れた傘を開いた所、速攻で土産物売りのおじさんに「この傘を買え!4ドルだ」とすすめられ、買ったんだった。その後のあれこれが多過ぎて今まで忘れてた。もう面倒くさいからAIUに追加で問い合わせる気力も湧かないから諦める~。
普通は私のやらかした一つやらかしてもショックなんだろうな~。もうネタが多過ぎて何が何やら。

あ!
奈良の昆虫好きのアナタ!昨日定形外郵便でブツを発送しました。ほとんどゴミだと思いますが、アナタならそれでも喜んでいただけるかと…。がっかりしたらスマンっ!
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大岡川の桜

2015年04月21日 00時35分45秒 | 桜散歩
2015年4月4日(土曜日)前日は強風が吹き荒れて、これは桜もう散ってしまってるかも?横浜は暖かいしな~?と。半分賭けで大岡川に向ったのですが、なんとか見れる位には桜が残ってた!!
野毛山公園から降りれそうな坂を見つけて、適当に降りて来たのは、京急の線路側の建物に、こんな壁画がある所でした。

建物を過ぎると、見えてきた~~っ!!川の両側を彩る桜色!!

こちらは下流方面です。画像奥にみなとみらいのランドマークタワーが見えてます。朝、汽車道の桜散歩をしたんだよね。って、時刻はまだ午後12時17分。時間は充分あるのだっ。散歩開始~~っ!!

桜が続く大岡川を、上流に向って遡っていきます。出店が並んでるのは黄金町辺りです。この付近は、右手は京急のガード下に沿って川が流れてます。ガード下はおしゃれな店が連なってます。なんだろ?地域おこし??







川には釣り船じゃなくって、屋形船が行ったり来たりしてます。



次第に川面が桜色に染まって来た!

船が桜色をかき混ぜ、切り分け進んで行きます。

船が通り過ぎたら、川面のキャンパスの模様がどんどん変わって行きます。こういうのは動画で撮影すべきかも?記事を書いてて気付きました。
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桜とフラミンゴ

2015年04月20日 00時47分32秒 | 展覧会&観光施設&能楽
桜の季節に野毛山動物園を訪れたのは、桜と動物のコラボが見たいから!つーか、そんな画像を撮影出来ないか?と思いまして…。訪問直後はね。寒いのか動物は寝てたり動かなかったりで全くつまらなかったんだけども…。

9番ケージはシマウマ。10番ケージはキリン。どちらも動いてます。ってか、食べてます。
訪問時は天候が悪くて、桜は咲いてるんだけど空が白いので桜が綺麗に写らないのが残念です。失敗画像を増産してしまいました…。

12番ダチョウ。地面に落ちる桜の花びらが食べ物に見えるのか、熱心に地面をつついてます。こっちを見てくれない…。

14番フサオマキザル。どこかのおっさんが、ササの穂でサルをからかってます。面白かったけど、これはイカンと思う~。おっさんアウト!!
動物園の動物はね、とってもお高いんだよ。そうでなくとも野毛山動物園は入園料が無料なのです。うかつに動物におかしなものを食べさせたらアカ~ンっ!!

休憩所ではこれ、くじゃくだよな。放し飼いされてます。ここでも若い父親が、息子に「よかったね。クジャクにエサ上げれたよ」とご機嫌ですが、クジャクにスナック菓子をやっても問題ないのかな?まあ、クジャクは雑食だし、強い鳥だからたぶん大丈夫だけど。ハラハラするわ。

17番ペンギン。ここであえて桜も画面に入れた構図で撮影してみた。あんまり絵になってないけどな。

19番オグロワラビー。望遠出来ない旧式の携帯電話で撮影してますが、動物が近くだと結構大きく写せる~。野毛山は動物との距離が近いのがいいよな。ズーラシアは自然界の環境に近づけて飼育する動物園で、実際行ってみたらわかるんだけどね。どこにいるの~~??と見つけるの大変なんだよ。

白クジャク。

何かおかしいと思いませんか?実はここ、しろくまの家といいます。おそらくかつては飼育されていたけど、今は死んだか他の動物園で繁殖中なのか?どっちにせよケージが空いてるの。だからこれ、実物大の人形なのだ。よってこんな事も出来ます。

もうちょっと若かったら、抱きついて画像撮影してたな。自重しました。大人ですもの~。

そんななので、23番ツキノワグマのケージで、クマを眺めて最初、これ、ヌイグルミ??と思ってしまいましたよ。しばらく観察していたら、クマの耳がピクっとなって始めて生きてるううウウウウ~~~っ!!となった訳ですが…。
さて。撤収です。階段を上がらねばならんのです。
上がってみたら、2番レッサーパンダの脇に出ました。

レッサー君が起きてました。愛想を振りまいてます。

野毛山動物園は初訪問でした。横浜って、ズーラシアに野毛山動物園に金沢動物園になんか複数動物園あるのね。なかよし広場ではモルモットやにわとりと戯れてる人々が集ってました。大人だから自重したけどな。高低差がなければまた来たいです。

動物園の入口。時刻は11時40分。向いの野毛山公園の展望地区で桜を見ながらお昼ごはんですっ。

ラッキーにも空いたベンチを確保~~っ!!あんパンと熱いミルクティーでお昼ごはん~。
さて。次は本日のメインイベント、大岡川の桜を追いかけて、弘明寺まで遡ろう!ですっ!!
いつぞや、京急の車窓から桜並木を見て、いつか歩きたいと思ってたのだ!
さて?野毛山公園からどう坂を降りるのが正解か…。坂が結構急なんだよね~。

おっかなびっくり坂を降りたらば、京急線の日の出駅側の大岡川に到着しました既に散ってるか?とも思ったけど、まだ見頃でした
時刻は未だ12時17分。たっぷり花見する時間はあるよっ!雨だけは降るなっ!!(地元の人ならば、日の出町駅から弘明寺駅までの距離が分かるかと…。アホだろっ!のツッコミがどこかから聞こえてきますね。
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野毛山動物園

2015年04月19日 00時59分01秒 | 展覧会&観光施設&能楽
野毛山動物園に10時49分到着です!
まずは入口でパンフレットゲットです。そしてスタンプもついでに押しておく~。スタンプいいよね?お散歩の途中で見かけたらつい押してしまう。こんな事もあろうかと、スタンプ帳は大概持ってます。
さて、野毛山動物園の一番凄い所は、入園無料なのですよ。なぜ無料にしてるのか分からん。ちなみに、今話題のズーラシアの入園料は大人600円(4月22日より大人800円に上がります)
さてパンフレットには、効率よくまわるべく展示動物のゲージに番号を振ってあります。これに従い進むことに。
1番のゲージはオシドリ&トキの仲間です。が。ちょうどゲージ内の掃除の時間に当たってしまいました。鳥がゲージの上に貼り付いて降りて来ない!次、行ってみよう~。
2番はレッサーパンダです。2匹いた!でも丸まって眠ってます。背中しか見えんっ!
3番はチンパンジーです。ン~??どこにいるんだ~!?分からなかったので次だ次っ!
4番はは虫類館です。入ったら暖かい~。つーか、これまでろくに動物見えてないのでテンションだだ下がりですよ。

ニシキヘビ~。寝てる。見事なとぐろを巻いてますね。

カメは食事中でよく動いてる。
 
カメ大盛り。    イグアナでっかい。
テンションだだ下がり。まあ、は忠類館はそれなりに面白かったけど~?

う~む。着物姿と桜の撮影会か?と思ったら、女性達の会話は中国語でしたっ!まあ、そういう事もあるよね~日本人だってチャイナドレス着るんだし。アオザイだってチマチョゴリだって着るわな~。いけません。誰でもいい。何でもいい。私のテンション上げてくれっ!
そうでなくともトップ画像のレッサーパンダの先から見下ろした先に動物のゲージを見つけてしまいテンションだだ下がりなんだよね。だって、まさかの園内に高低差ですよ。ケージを追いかけて進むと下がって上がるの必然なのですよ。私のブログを日々見て下さってる方は今頃クスリと笑ってるよな。私、高低差大嫌いなの~~~っ
ぐちぐち言いつつハ忠類館の隣の急階段を降りたらば、は虫類館の同じ館の下側が5番トラ&ライオンでした。
うをっ!!トラが目の前を元気よく動いてる~っ!!
え?何が起こったの??館内にいたのはトラだけでした。お隣のライオンは外にいるのかな~??

ライオンが元気に遊んでますっ!
え?動物園のライオンって、置物かぬいぐるみか?と見まごう程に動かないものじゃないのっ??
そこへ隣のオバちゃんが、「もう探しても肉はないよ?」とか。
どうやら、ごはんが出てライオンのテンションが上がってる模様です。

もうね。ライオンっていってもでっかい猫でしょ?こいつってば、さっきからずっと尻尾がぶんぶん揺れてるよ~。画像はどっこいしょ!とライオンが立ち上がったタイミングで撮影しました。どうやらお肉は台の上に乗っていたようです。
これは~、楽しくなってきたのか?そうなのかぁ~~??動物は動いてるほうが見てて楽しいよな。

という事で、本日無事帰国しました。
病気して久々に本格的な旅でしたが、あか~んっ。もうね、注意力散漫になってるのか??ブログに度々登場している、私のMYフェイバリットな白い携帯を…ベトナムの古都・フエの川の底へ落として帰国しました
やっちまった感半端ありません。
それまで嵐アリ、寒さで捨てたヒートテックや厚手のソックスを後悔したり、持参した折りたたみ傘が、朝の散歩の時に壊れてしまったりと。まあ、アレコレあった訳ですが、まさか、私の携帯の最後がベトナムの古都の川の底へ、撮影データーと共に最後を迎えてしまうとは…。いつかはお別れする日が来ると。電気屋に2GBのメモリが姿を消してからある程度は覚悟してましたが、まさかっ!!でしたわ。ああ、せめて撮影データーは戻って来て欲しいです。
その上に、サブ機として持参していたデジカメもね。南シナ海だか西シナ海だかの砂浜で、転けまして、液晶が写らなくなくなってしまったの。その浜はいわゆる鳴き砂の海岸で、きゅっきゅなるのが楽しくてですね…。
あられちゃん、ちっとは落ち着けや!
あれ?幻聴が聞こえて来たような…。
ともかく、被害は甚大です。特に私の心が。それまでいつものように旅漫画が描けるようにあれこれメモを撮り、資料を控えて頑張ってたんですよ。近頃めっきり衰えた記憶力を補うべく、メモメモメモ~~~。そりゃあがんばっていたのね。でもな。携帯を川の底へ置き土産とかあり得んやろ!
デジカメ守るべく、身体の右側全体がずぶぬれになってもカメラを差し上げたのに。動かないとかっ!!
あり得んわっ!!
あ。ずぶぬれになっちまったので、急遽スーツケースを開けて、トイレで着替えました。もうね。旅仲間に迷惑かけまくりでした。何やってんだか…。
デジカメショックつーか、本当に壊れたのか?半信半疑でして、デジカメの取扱い説明書と首っ引きになってしまい。そっからガイドさんの説明はもちろん、車窓チエックも怠る有様です。後日、ダナンの町にかかるドラゴン橋に興奮する私を、旅仲間のおじさんが「行きしに見ただろ?」と言われても。そんなん記憶にありません。
つー事で、ネタだけは山盛り。今までの旅でもダン突に山盛り。でも絵を描くには画像が必要なんですよ。そんなんないわ。
さっき、AIU保険の説明書を読んでいたら、証拠画像を残せって書いてあるんですよ。ンでもね。携帯電話とデジカメの両方がアウトなんです。どうすればよかろうか?ま。担当者の連絡待ちです。
図書館から借りた『地球の歩き方』も弁償せにゃいかんのかな?濡れたとこを、ホテルの部屋でドライヤーで乾かしたんだけどね。『地球の歩き方』って、紙が薄いじゃない。まさか乾くと波打つとか…。あれ、私が踏んで乾かせば波打たなかったかな??
つー事で、記憶を頼りにスーパーコミックシティとコミティア合わせに何か描くわ。ネタはある!ただ…気力と時間がないんだ…。
あ。そうだ。
昆虫好きのお兄さん。期待して下さい。一見嫌がらせのゴミを近日送ります。
これは、狩ったものの、その後パラフィン紙もないし。以前は空いたフィルム入れという小物があったのに、もうフィルムカメラじゃないの。そんであれこれ工夫してアリもので持って帰ったものの、状態が「触るな危険!」です。現状確認する事なく送りますから
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野毛山公園

2015年04月18日 00時13分25秒 | 横浜
伊勢山皇大神宮を出発したのが午前10時24分でした。参道下にいた警備員さんに教えていただいた道で野毛坂を目指す。

なんか、すんごい石壁出た~~っ!!
人の大きさで石積みの高さが分かるかと。

石の間のコレ、何って名前だっけ?最近よく見るんだよな。

う~む。バブリーは石組み。これ、亀甲に成形して、更に角を丸く面取りしてあるわ。
更に~~っ!!

亀甲の石積みの上にイギリス積みの煉瓦です。何だろ?明治時代に積んだの?それともバブルの時に贅沢な石積みにしたの?綺麗だけども。今どきなかなかない石積みだけど。
あ。イカンイカン。また石積みにひっかかってしまってるわ。
さて、野毛山公園到着です。時刻はまだ10時半。

説明板発見:野毛山公園
野毛山公園は日本の公園発祥の地である横浜で横浜公園や掃部山公園に次ぐ長い歴史を持つ公園です。
明治時代の野毛山は豪商たちの屋敷が立ち並ぶ住宅街でした。現在の散策地区には生糸貿易で財を築いた原善三郎の邸宅が、現在の野毛山動物園の区域には茂木惣兵衛の別荘がありました。
1923年(大正12)9月1日、関東大震災の際に野毛山も大きな被害を受けました。震災後、被災復興事業の一環で、都市防災の要地、また市民の憩いの場として、野毛山に公園を建設することになりました。
横浜市が買収した民有地、復興局が買収した茂木別邸跡地と市水道浄水場、市長公舎を含む市所有地を合わせ公園用地を取得し、1925年(大正14)に着工。翌1926年(大正15)に一般公開されました。
戦後は1947年(昭和22)まで米軍に接収され、公園として利用出来ない時期がありました。
1964年(昭和39)明治時代に作られた野毛山配水池の老朽化により、水道排水池整備工事によって配水池を地下に新設することになり、地上部を公園としました。

こちらは動物園の西側の展望地区で見つけた施設です。右側に表札出てます。野毛山配水池。現場ではこの入口の石積みが青山の明治神宮外苑の入口の石積みに似てる!と思い「石積み」を撮影したつもりだったんですよ。したらば、こここそ歴史ポイントでした。

ほらね。相模原公園や麻溝公園を紹介する記事に度々登場する「水道みち」。そのゴールがここだったのですよ。び・びっくり~。

さて、野毛坂から散策地区に入ります。何かある~。ラジオ塔?塔って、普通に石灯籠なんじゃ…。でもこれ、説明板によりますと。由緒正しい日本放送協会が昭和7年に建てた3メートルのラジオ塔です。聴衆契約者が100万人を超えた記念で建てたって書いてある。
ところで日本放送協会ってつまり、NHKですよね~。

これは~。佐久間象山の顕彰碑ですね。
説明板によりますと、佐久間象山は信州松代藩に1811年(文化8)に生まれました。松代藩の藩主は佐久間象山を洋学研究の担当者に任じました。像山は兵学を学び、大砲やガラスの製造を手がけ、西洋の技術・学問を積極的に取り入れました。
1852年(嘉永5年)江戸に赴いた象山は幕府に、戦略上の観点から開港場に選ばれた下田ではなく横浜の開港を提言しました。
その後、1864年(元治元年)開国派であった象山は京都に赴きましたが、攘夷派の前田伊右衛門・川上彦斎らによって暗殺されてしまいました。
象山の門弟には勝海舟・坂本龍馬・吉田松陰など開国派の中心人物が名前を連ねています。
ドラマによく登場しますね。『JINー仁ー』とかNHKの大河『八重の桜』でも出てきたわ~。
「ペリーから敬礼を受けたただ一人の日本人と言われました」だってさ。ウソかマコトか?
でも桜の時期の日本人にはンな歴史浪漫など関係ないのですっ!

お花見の場所取りが肝心なのね。幹事さんは大変ね~。

ああっ!ヨドバシカメラの面白広告ラッピングのバスがいる~~。フォトショフォトショっ!!

ようやく、野毛山動物園に着いた。坂道なんかもう嫌いだ~~~っ!!
でもさ~。まさかの動物園内にも高低差が、この後私を待っていたのです…。
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横浜・伊勢山皇大神宮

2015年04月17日 00時50分09秒 | 神社・仏閣
JR桜木町駅ー汽車道の桜ー掃部山公園の桜ときて、次の目的地はたまたま地図を見ていてすぐ近くにあった伊勢山皇大神宮。WEBページを見たら、いいかんじの桜の画像が載っていたのですよ。み・見たい~。
掃部山公園から紅葉坂に戻ると、なにやら変わった建物が見えた。
え~と??
え~と????

なんかさ、イギリスのパブっぽい外観のレストラン?喫茶店??奥にイスラム寺院テイスト?更に奥にロマネスク調の教会~~??
え~と??ば・ばぶりーな建物ですね。どうやら、結婚式場みたいです。すぐ裏に由緒正しい伊勢山皇大神宮があるのに、わざわざなんちゃって教会作る所がバブリーだと思うの。
あ。伊勢山皇大神宮を紹介前に、紅葉坂にあった歴史的物件を紹介します。

これさ、去年だか久々にあった金星太陽西経過観測記念碑です。どこか、以前散歩した時にも同じのを見たわ。あれ、どこでだっけ?
ちなみにこの石碑は、明治9年(1874)12月9日の時のもの。確か、世界数カ国から日本に観測にやってきて、横浜で観測したのはメキシコ観測隊です。
あ!思い出した!確か「金星の日面通過」ってニュースを、日本で皆既日食を見た直後に見たような~??あれを携帯電話で撮影出来ないか?と四苦八苦してやっぱり失敗したんだった!(もちろん皆既日食の撮影も失敗しました)え~と~??2012年6月6日だったっけ?どうだっけ?
石碑を過ぎてすぐ、また説明板を見つけました。
「神奈川奉行所跡」だって!説明板によると、横浜の開港にともない安政6年(1859)6月4日、開港場建設の事務に当たった外国奉行酒井忠行・水野忠徳・村垣範正・堀利照・加藤則著の5名に神奈川奉行兼帯の命があり、青木町(神奈川区)に会所、戸部村宮ケ崎(西区)に奉行役所を置き、また横浜村(中区)の中央に運上所を置いて事務を執りました。この地にあった奉行役所は戸部役所と呼ばれ、内国司法・行政の事務を取扱い、運上所では、関税及び外務全般の事務を執り行いました。(長いので中略)
ちなみに、明治元年(1868)3月、明治政府は新たに横浜裁判所を起きましたが、4月神奈川裁判所と改め、これを2つに分けて横浜裁判所・戸部裁判所とし、運上所並びに戸部役所の業務を引き継ぎ、神奈川奉行所は廃止されました。その後、明治3年神奈川県庁と改称されました。
さて、到着した伊勢山皇大神宮の参道には『裏』参道の文字がっ!!マ・マジかっ!表はどこだ~~っ!!

裏であっても手を清める水鉢があったので、ま。いいか?

そこは雰囲気ある~。
ンでもってまずは参拝です。

ちょうど結婚式が執り行われてました。



伊勢山皇大神宮(いせやまこうたいじんぐう):横浜の総鎮守。別名「関東のお伊勢さま」
ご祭神:天照大神
創建:明治3年
あれ?神社のWEBのトップに載っていた桜の参道はどれだろう~??

これかな?でも桜が少ないな~?違うかも??
あ。案内板がある。

ん~??やっぱりどこで撮影した画像かわからないなあ~。と。ともかく石段を降りてみた。

振り返ったら鳥居と桜が綺麗です。
綺麗ですっ!でもポツポツと雨が落ちてきちゃいました~。ダンナがカッパをかぶってる。う~む。まあ、雨は覚悟して出て来たけどね。傘もしっかりしたのを持参してるし。でもさ~、今日の散歩はこんなに高低差を上り下りするつもりは全くなかったんだ!!

伊勢山皇大神宮は、氏子さんが豪華だなあ~。ビッグネームばっかりじゃ!一番したの一番目立つ石段は、横浜そごうだったわ。
さて。表参道に降りてはきたものの、現在地がわからない。
「すみません。野毛坂はどう行けばいいですか?」
次の目的地は、野毛山公園&野毛山動物園なのです。
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横浜・掃部山公園の桜

2015年04月16日 00時04分18秒 | 桜散歩
みなとみらい地区の汽車道の桜を楽しんだ後、紅葉坂を上がって掃部山公園(かもんやま公園)へ向いました。
掃部山公園に到着したのは午前9時44分。既にブルーシートが敷いてあり、お花見の場所取りの人も頑張ってます。ちなみに、場所取りの人のいないブルーシートは隅に丸まってました。ブルーシートには「午後2時より○○会社の宴会。午後7時まで」のように書き込んだ紙が貼付けてあります。

説明文発見:掃部山の歴史
江戸時代まで、このあたりは「不動山」と呼ばれる海に面した高台でした。
明治初期には、日本圧の鉄道開通に携わった外国人技師の官舎が建てられ鉄道事業の拠点となりました。鉄道開業後もこの山の地下水が鉄道用水に使われたことなどから「鉄道山」と呼ばれるようになりました。明治17(1884)年、旧彦根藩士(滋賀県)らが一帯を買い取り庭園化し、井伊家に寄贈したことから、井伊掃部頭直弼(いいかもんのかみなおすけ)にちなみ「掃部山(かもんやま)」となりました。
明治42(1909)年、横浜開港50周年を記念し井伊直弼の銅像が建立され、同時に井伊直弼の子息・直安によって水泉も設置されました。

大正3(1914)年には、井伊家よりこの地は横浜市に寄付され、植樹、設備を整え、掃部山公園として開園しました。
掃部山公園んは現在約200本の八重桜が植えられ、明治以来の桜の名所としても知られています。
関東大震災や戦災で焼けた後も、市民の献木運動で桜や梅が植えられるなど、地域の人から大切に守られてきました。また昭和40(1965)年からは、毎年8月に、伝統芸能や茶道に通じた文化人である井伊直弼をしのび、野点や琴・尺八の演奏などを楽しむ「虫の音を聞く会」が開催され、長きにわたり夏の風物詩として親しまれています。

あれ?なんか別の説明文発見しました。『~(前略)~。当時の銅像は、藤田文蔵、岡崎雪声によって製作され、その姿は「正四位上左近衛権中将」の正装で、高さは約3、6メートルを測りました。しかし、当初の銅像は、昭和18年に金属回収によって撤去され、現銅像は、昭和29年、横浜市の依頼により慶寺丹長が製作したもので、その重畳は約4トンあります。
なお、台石は高さ約6、7メートルあり、創建当初のものが残ってます』だそうで。
銅像と台座のバランスが悪い時、それは大概オリジナルじゃないんだよな~。それ、池上本門寺でも見た。仁王像と山門のバランスが悪い場合も大概オリジナルじゃないんだ。
さて?井伊直弼の像は掃部山公園のてっぺんにありまして…。目の前に「日本庭園」の方向を示す案内板を見つけましたが、それは坂を降りる方向にあります。
ど・どうすっかな~??
今が午後ならパスしたな。でもまだ散歩は始まったばかりです。ここは降りようか?

日本庭園の庭は、桜の花びらが多く浮かんでます。





坂を登ると、途中の斜面にスミレが咲いてました。間に花びらが落ちてます。

この辺りにはかつて彦根藩の藩士が藩主に「この辺りに茶店があればいい」と言われ、かつて茶店があり賑わっていたそうです。茶店を継ぐ人がなく撤去されたとか?横浜ってあちこちに歴史が刻まれ、残ってるのね。

上の画像の右上の広場に井伊直弼の像があります。心惹かれる道ですが、紅葉坂に戻ります。なぜなら、変わった建物を見たんだよ。あれが見たいです。
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汽車道の桜

2015年04月15日 00時48分51秒 | 桜散歩
ぼちぼち桜の画像はお腹いっぱいかな~?
散策は2015年4月4日です。前日台風か!?という強風が吹き荒れ、しかも連日の高温で、ソメイヨシノは花が散ってしまったかも?と。土曜に今年最後の桜か?と残念に思いつつ出かけました。
JR桜木町駅到着が午前9時過ぎ。やっぱり空が暗いです。
まずは汽車道の桜を見に行きました。









ああ~、海と横浜ランドマークタワーと桜と帆船日本丸というコラボ画像なのに…。空が暗い…。残念だ~。
ダメなものはダメなのです。次行ってみよう~!!
次なるは、井伊家所縁の掃部山公園(かもんやまこうえん)です。井伊直弼の銅像があるんだよね~。ここ行けば、関東の井伊家所縁の場所のコンプリートなのだよ。た~の~し~み~~
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何コレ飛田給駅

2015年04月14日 00時05分27秒 | 面白い自販機
府中散歩のゴールは京王線飛田給駅です。到着時刻は午後13時47分。もういつ雨が落ちてくるか~???といいつつなんとか傘を出さずに散歩終了しましたっ!
でもゴールの飛田給駅がおかしいっ!!
ど~みても、どこかの飛行場のターミナルだろ??
あ、合ってるよな?間違いなく京王線だよね?
おっかなびっくり改札へ…。
何かあるっ!!

日活100周年って…。
あれ?日活の撮影所って、京王相模線の京王多摩川駅側のガメラと大魔神の像がある場所じゃなかったっけ?あれ?あれは…。大映??日活??あれ~~??
ずらりと昭和の銀幕のスターの手形が並んでます。いくつか撮影しました。

石原裕次郎さん
三国連太郎さんと浅丘ルリ子さん
小林旭さんと吉永小百合さん
風祭ゆきさんと大杉蓮さん

チョイスは適当で。ただ大杉蓮さんだけは、うちのマンションの下の商店街で映画かドラマの撮影をしていた時にお見かけした事があり、たまたま商店街に出たら向こうから大杉蓮さんが歩いてきてすれ違ったのでこれも縁かと選んで撮影しました。
ところで、石原湯次郎氏の手形をよ~く見て欲しい。これ、おかしいよね?他の方々の手形には手相が刻まれてるのですよ。実物から型を取ったのが分かるんだけど、石原裕次郎氏の手形には手相がありません。これは~?もしや日活映画関係者の願望かな?ここに石原裕次郎の手形が欲しかった!という…。
あのさ~、どうせなら君達石原湯次郎氏の映像は腐るほど大量に持ってるよね?なら、石原裕次郎の手のアップ画像を探してそこから型をおこせばいいんじゃないかな~?今どきは3Dコピー機もあるんだし。それを持っていてこそ、昭和青春日活映画なんじゃないかな~?レッツトライっ!!
ちなみに、私のお気に入りは赤木圭一郎だった。彼の写真集も大学の時に京都の古本市で見つけて買ったほど。あれって、どこへやったっけ?つーか、私いくつやねんっ!赤木圭一郎格好良かったんだよ~。

最後に、振り返ったらロッカーが味の素スタジアム仕様になっていました。FC東京のマスコットはこれ何かしら~??
京王線を調布駅で乗り換えーー。って、調布駅がいつの間にか新しくなってます。うう、乗り換えるの大変じゃ~~。便利になったんだか不便になったんだか。
京王永山駅で下車。ここで小田急線に乗り換えます。
やって来たのは最新型の車両でした。

あっちもこっちもスケスケです。これは車内の照明がスケスケで明るくていいかも~?
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