あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

巨木探訪・野都合神社のクスノキ

2019年05月31日 05時55分24秒 | 香川の巨木と神社仏閣
2019.5.3香川県大野原・豊浜巨木さんぽ最終回。
ちょうさ会館を出発。国道11号線を東へ。道々花稲工業団地を探す。
もしかしてあれ?
花稲工業団地より先に、大きな木を見つけた。
目的の野都合神社のクスノキ樹高:30メートル、目通り幹囲7、2メートル。となると存在感は抜群です。
画像をよく見て欲しい。これが神社なの?巨木しかないんですけど〜??
ともかく側の空き地に車を止め、この木が目的の木で合ってるか確認へ。
社号標らしき石柱を見つけた。そこに野都合神社と刻んである。合ってた!
クスノキの周囲は囲んであり、直接木に触れない。
けども立派です。堂々たる存在感。
根元から少し上がったところで二股に分かれている。正面に巨木には不釣り合いなほどこじんまりとした石のお社がある。お供え品が並んでいて、現在も信仰する人がいるようだ。安心した。
もう少し、いい角度で撮影出来るポイントはないものか?と探してたら、大きな石板に「南無阿弥陀仏」と刻んである。
あれ?野都合「神社」さんだよね?南無阿弥陀仏はないんじゃないかな?とは思ったものの、神社といっても屋敷守りのごとくささやかなお社だし。つまりここって、個人宅にあった木か?もしくは村の目印的なものだったんじゃないかな〜??
さて、車に戻ろうとして、クスノキの周りの田んぼが麦秋で黄色く染まってるのに気づく。奥にはこいのぼりと赤いつつじも見える。あれ?左奥に見えてる緑の堤は、もう一つも目印の広庄池じゃなかろうか?
巨木は田んぼの中で、空にのびのびと枝を広げている。実は巨木がある環境としては珍しいのではなかろうか?少なくとも、神奈川や東京では見たことないな。この木は樹齢1000年の伝承とのこと。よく令和の時代まで残ってきたなあ。樹勢も十分。これからも元気にここに立ってて欲しいなあ。
故郷の巨木さんぽのフェナーレを、野都合神社さんの巨木で終われて大満足です。
と。綺麗に記事を書き終えたものの、ブログを書くにあたり野都合神社について再度webの海で調べたらあったよ。しかも、屋敷森にあった木という私の推測はおおハズレでした。
野都合神社の伝説:今からおよそ800年前 (1185年頃)の昔のことである。讃岐の屋島の壇ノ浦で源氏と平氏の大戦争があった。その戦いに敗れた平家の軍勢は、瀬戸内海を西に向かって長門の壇ノ浦へと逃げて行った。
この時、平家の大将平清盛の孫、知章の重臣であった左衛門佐重忠ら一族十数人の乗った船は、いつの間にか本隊の船から離れてしまった。2日間波間を彷徨っているうちに燧灘の山田(現観音寺市柞田町)の沖にさしかかった。遥か陸の方に1本のクスノキの大木が眺められた。あのあたりにはたぶん里人も住んでることだろう。早く上陸して助けを求めたいとは思ったが、戦いの傷の痛みと喉の渇きや空腹の苦しさに、誰も船を漕ぐ力もでず一同ぐったりと打つ伏してただ潮の流れに任せるばかりであった。日の暮れかかる頃、ふと気がつくと船は岸辺に漂着していた。
一族郎党の中には、既に命尽きた者もあぅったが、重忠以下残る家臣は、船から這い出し力を振り絞ってクスノキの大木までたどり着き、一同クスノキの根元に座をしめて、陰暦2月の寒い夜に平家全盛の頃を夢見つつ一夜を過ごしたのだった。
翌朝、明け方の陽光が金色に輝き、将兵の紺地錦の直衣に温かい光がさんさんと降り注いだ頃には、将兵は哀れにも命果ててしまっていた。土地の人々はその御霊を憐れみ、一族の墓をつくり「賢霊塚」と名付けて極楽往生を念じ、クスノキの老木を含む神域を「野都合神社」としてあがめた。
この霊はながくこの里人を守り、もろもろの災難を払いたもうたということである。
 出典:観音寺市誌「民俗・民話・伝説編」
ふおおおおおお〜〜!!まさかの源平合戦所縁の場所だったとは!なぜに説明板を設置しないんだろ?このお話を地元民でさえ知ってるの少ないんじゃないかな?歴史は伝えてかないとダメなんだよ〜。
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ちょうさ会館

2019年05月30日 05時36分02秒 | 展覧会&観光施設&能楽
2019.5.3讃岐、大野原・豊浜巨木さんぽ。
豊浜八幡神社は23台のちょうさが乱舞する「ちょうさ祭」が、毎年10月の第2日曜日を最終日とする金・土・日曜の3日間開催されます。

ところで、ちょうさってご存知ですか?
WIKIで「ちょうさ」と入力すると、「太鼓台」に転送されます。
太鼓台とは、1)太鼓を載せる台。2)神社の祭礼において練り出される山車の一種。内部に太鼓が積まれており、太鼓に合わせて音頭をとって担ぐ。
とあります。香川県の西部を地元では「西讃(せいさん)」と言いまして、一体では秋祭りでは各町内で持つちょうさを引き回します。で、豊浜八幡神社の巨木を見学後、周辺で一番有名なちょうさ祭がここで行われるのだと気づく。この日の巨木さんぽは、私・旦那・私の母・従姉妹・妹・妹の娘の計6名で回ってまして、妹の娘は、大阪生まれの千葉県松戸育ちの奈良県在住。となると、もしやちょうさを知らないかもしれん。それはダメ!と思い、豊浜八幡神社から車で数分のちょうさ会館に立ち寄りました。

入館料300円。学生250円。65歳以上の方150円。はっきりいってボッタクリ料金ですが、田舎では普通かもな?
実物のちょうさです。大きさを実感してください。これをご町内の男性がかつぎます。
迫力のちょうさ祭のビデオ上映がありまして、私も知らなかったのですが、豊浜ではお神輿を船に載せて海を渡るのですね。お神輿が乗った船の前は、決して遮ってはいけない!とか。そんなビデオや、田んぼの中を悠々と進むちょうさは迫力満点です。
館内は少し暗めで、肝心のちょうさがピンボケ画像に。凹む。

 

 

23台のちょうさは、それぞれの町内で持ってるので、法被もご町内ごとに分かれてて、クールなデザインです。これさ、ハンカチや日本てぬぐいにプリントして売店に並べればいいのに。売店の商品は馬鹿高いものとダサいのしかなかったよ。要改善を求む!
ああ!これならちょうさの感じが伝わるかも〜?
人形ですが、大体このようにしてちょうさは運行します。
これって、ご町内で持ってるので、各町内で豪華さなんか競うんだろうなあ。知らんけど。
館内にはもう使ってないちょうさの飾りも展示してあります。これは掛け布団。
豪華でしょう?2匹の龍は締(しめ)。
その下は幕。太鼓台の周囲に4枚に分けて飾ります。元は魔除けです。

ちょうさの一番上の四隅の蝶結びのリボンをとんぼと呼びまして、祭のかき比べの時はここに立って、担ぎ手を囃したてます。
さてと?と売店を覗いたけどめぼしいものがなくてがっかり。だったけど?
アニメ「結城友奈は勇者である」の番宣ポスターを展示してあった。今時の子供ならこっちの方が楽しいかも?背景は、観音寺市の観光名所です。いわゆる聖地巡礼で訪問するべき場所なんだろうね。
隣にはもう少し大きなお友だち向けな、大林宣彦監督作品「青春デンデケデケデケ」のポスターとサイン色紙の展示でした。
一通り見て満足したけども、ここの人なら豊浜町東公民館の場所を知ってるかも?巨木探訪でここのイブキ(樹高:17メートル・目通り幹囲:4、9メートル)が見たいけど、場所の特定ができてないんだよね。
で。受付の女性に聞いてみた。
無理だった。彼女いわく「大野原町の出身でして〜」とのこと。
あう〜。終わったぁ〜。
となると、今回の巨木探訪はここがラストの予定だったんだよね〜。でも最後に見た巨木が、半分以上枯死してる宗林寺さんのクロガネモチというのは納得いかん!納得いかんのじゃぁ〜〜!!
実は巨木探訪コースを作ってる時に、所在地が特定できず諦めた巨木があり、野都合神社のクスノキという。けどもどう探しても野都合神社さんが見つからないんだ!けどもヒントはある「花稲工業団地の北・広庄池の南」です。讃岐人ならば、ため池が目印にならないことを知ってますね。ため池が多すぎて、名前なんかよほどの地元民でないと知らんのじゃ!となると、「花稲工業団地」が手がかりです。幸い、母と従姉妹が知ってるというので、まずは花稲工業団地を目指すことにする。近くにいけばなんとかなると思うんだ。何しろ探し物は高さ25メートルもあるんだしさ。
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巨木探訪・宗林寺のクロガネモチ

2019年05月29日 06時15分30秒 | 香川の巨木と神社仏閣

2019.5.3香川県で巨木探訪その5です。

私が巨木探訪にハマってまだ2年ほど。なので、故郷香川県の巨木はノーチェックでした。今年はゴールデンウィークに帰省すると決まり、行けるかも?と巨木探訪のコースを作りました。しかし、巨木の所在が分からない場所や、最近足腰が弱って徒歩移動を嫌がるお年頃の母には無理な場所かどうか?それも分からんという状況のまま。だから豊浜八幡神社さんのクスノキ見物後、隣接する宗林寺さんのクロガネモチは見学できないだろうと、訪問コースから外してました。しかし、豊浜八幡神社さんのクスノキは、宗林寺さんと道を挟んですぐそばにあったのです。ならば!巨木を見物して帰ろうとするみんなに、「待って!回れ右!!宗林寺さんにも寄るから〜」と豊浜八幡神社さんのクスノキを撮影しながら呼び止めた。
しかしですよ!!まさか目的の巨木が!まさかまさかの現状でした〜。もう愕然ですよ。ここが巨木探訪のラストになるのは許せん〜〜。
何に怒ってるのか?まずは画像をご覧ください。
これが生きてる木の木肌?
いやさ、クロガネモチが老木になると、こんなふうにぼこぼこするのは知ってるけども、それにしたってあんまりだ〜。
けども間違いなくこれが目的の木なんだよね。証拠発見したし。
香川県の保存木の石柱がありました。
けども現状はこう。

何てこったぁ〜〜!来るのが遅すぎたんだぁ〜。巨木サイトに掲載されてる画像はこうじゃなかったんだ。
けどもまだ生きてる。枯死してない。
ちなみに、巨木サイトには宗林寺のクロガネモチ:樹高12メートル、目通り幹囲4・3メートルでクロガネモチとしては県内最大。とありました。
😩もうがっくし。
一応本堂だけ撮影してもう帰ろうと振り向いた。
あれ?観音様の向こうに豊浜八幡神社のクスの巨木が見えるではないか!これはこれでなかなか素敵な構図です。少し気分が浮上する。
けどいいお顔の観音さまだなあ〜。
んん??何か閃くものがある。そしてこの色!もしかしてアルミ?まさかまさか〜??
まさかでした。観音立像の作者は、東京の吉祥寺近くの井の頭自然公園にある北村西望製作の像と同じ。つまりだね。わかりやすくいえば、長崎の平和祈念像と同じ人が製作してます。一昨年、東京都民の日に、井の頭自然公園が無料開放だったので、見物してきたので記憶が蘇ったのだ。
ブログを書くにあたり、過去記事をリンク貼り付けします。スクロールしたら、聖観世音菩薩像があります。まさかの完全一致してました。はあ〜!!縁は奇なものですねえ。
宗林寺:御本尊・阿弥陀如来 開山・行基 創建・和同年間(708)
略縁起:宗林守りは鎮守の森を境にしてあった。平地の境内に白衣観音像が起立し、台座に平和観音と刻む。作者は長崎に平和像を彫刻した北村西望その人である。
秘仏に不動明王、毘沙門天、地蔵菩薩像を安置し、護摩堂に五智如来を奉安したのも稀れ。
鎌倉時代に北条執権の崇信があった神仏習合の古寺である。」とWEBの海を検索したら見つけた。もうさ〜。開山が行基で創建が708年とかならもう少しちゃんとしたwebページがあってもいいのになあ。
ってなことで撤収。15時44分、豊浜八幡神社の鳥居前に停めた車に戻る。

国道11号線に戻ろうとしたら、本堂の裏手に綺麗な2重の塔があった。見た目から判断すると最近できたばかりな感じ。それにしても豊浜町東公民館ってどこだろうか?宗林寺さんから北へ400メートルに所在するのは間違いないんだけども?
諦める。
次はちょうさ会館に行きたい。というのも、豊浜八幡神社は秋祭りに20台以上のちょうさが集合する場所として有名なのだ。
ちょうさって知ってる?wikiによりますと、ちょうさは太鼓台のことで、瀬戸内沿岸を中心に西日本一帯で多く見られる。祭りでは2〜6名程度の人間が乗り込んで内部で太鼓を叩き、音に合わせ掛け声をかけ、数十人で担ぎ上げ、練り歩く形式。とざっくり。地元民は今更見にいく必要ないのですが、今回巨木探訪メンバーのうち、妹の娘だけは大阪生まれの東京育ち。現在は奈良在住なので、ちょうさを見たことないんじゃないか?と思いまして。父ちゃん母ちゃんばあちゃんの祭りで主役のちょうさを知らんのはカンと思う。で、立ち寄ることに。
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巨木探訪・豊浜八幡神社のクス

2019年05月28日 05時38分17秒 | 香川の巨木と神社仏閣

2019.5.3大野原・豊浜巨木探訪その4は、豊浜駅から車で6分、豊浜八幡神社さんのクスです。またまた駐車場の場所がわからない。けど先着の人が鳥居前に停めてたのでならう。境内が馬鹿でかい。ふぉあ〜。

けど、どこに巨木があるんだ?そして、みんなにはまだ行ってないけど、ここには全国民が知ってる有名な木の作出場所なんだな。ということで探し物が二つ

まずは奥に見える本殿で参拝。
令和か〜。八幡神社といえば、やはり応神天皇だからね。皇室つながりで「令和」元年をお祝いするよな〜。参拝。
探し物はどこですか〜?
別のものを見つけた。大平正芳立像です。大平正芳は内閣総理大臣を務めた政治家で、豊浜八幡神社すぐそばで生まれました。高校の応接室には、巨大な大平さんの写真を飾ってましたねえ。
神社さんでよく見る寄付をした人の石柱です。下の段の左端を見て欲しい。大平正芳の名前がひときわ大きく彫ってあります。
社号標越しの大平正芳像。
ん?奥に見えるのはもしや??
ありました〜!!探しものの一つ。表面に安芸の宮島 厳島神社大鳥居主柱楠排出の地と書かれてます。
裏に回ると詳しい説明が。
「明治2年厳島神社へ主柱1本譲渡 明治8(1875)年 第8代(現存)鳥居再建
海より社殿に向かって右主柱が豊浜産 平成17年10月吉日」とありました。
全国誰でも知ってる有名な厳島神社の海の大鳥居の木が、まさかの豊浜八幡神社さんに建っていたとは!?
もしや、切り株跡が残ってないか?と探しましたが、さすがに140年超前ともなると、痕跡はなかったよ。
で、巨木は〜??
これは違うよな〜?太さは巨木認定の3メートルあるけど、高さが違う〜。
妹と従姉妹と母が先に見つけてくれてました。
豊浜八幡神社のクス:樹高:22メートル 目通り幹囲:6、2メートル 
根元に香川県の保存木の石柱があります。


よく見ると、石垣を巻き込んでますね。あと気になるのがこれ。
根元をがっつりコンクリートで固めてあるわ。木が成長して、固めたコンクリートが剥がれるか割れるかしたようで、コンクリートを修理した跡も見えます。
これさ〜、止めて欲しいんだよね。どんなに巨きな木でも、根っこから水分を補給してるのだ。根元を固められると、呼吸できないじゃん!千年ここに立ってる木をもっと大切にして欲しい。
すぐそばに、最近枯死した気配の巨木の切り株があった。これも根元までがっつりコンクリートで覆った跡がありますね。
宮島の鳥居の切り株を探して境内を歩いた時に見つけた別の巨木の切り株跡。
ブログを書くにあたり、豊浜神社さんの縁起を調べた。
豊浜八幡神社
708(和銅元年)に創祀された「讃岐15社」の15番目の社で、姫郷和田郷十五ケ村(現豊浜町・大野原)の氏神であり、最盛期には末社820社があった。
御祭神:品陀和気命・帯仲日子命・帯比売命。
境内社に妙賢神社・天満宮・稲荷神社がある。
また、社叢のクス・クロマツ(枯死)・ホルトノキ群などが香川の保存木だった。(現在はホルトノキ群も枯死)
境内の安永灯篭は、安永2年に和田浜の藤村喜八郎と和田村庄屋の宮武幸右衛門唯真が、私財を投じて和田浜築港を完成させたその功績を伝えるために建立され、約200年間灯台としての役を担ったもの。現在は港改修の折にこの豊浜神社へ移設復元される。
また明治の頃には宮島の厳島神社へ本柱の1本を寄進した」とありました。
実は目的の楠が豊浜八幡神社の端っこにあったので、歩くのを嫌がる母と一緒なので、諦めてた宗林寺さんの巨木も見ることができた。が、まさかのまさかでした。

今、銚子沖に船が沈み、中に生存者がいるらしい。助けねば!というニュースを見た。
それってあの船の出番じゃないの?と記憶とブログを遡る。
以前、横浜で見学した救難艦ちはやの救難方法もこの記事に書いてありました。気になった方は参照ください。
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豊浜駅の満開のつつじ

2019年05月27日 05時32分52秒 | 香川の巨木と神社仏閣

2019.5.3大野原・豊浜巨木さんぽその3

樹齢1200年生木地蔵のクスを見学後、豊浜駅近くの豊浜東公民館のイブキの巨木を目指したのですが、事前検索で場所を特定できなかったのが響き、発見できませんでした〜。いつかまた故郷で巨木探訪する日が来ればリベンジしたいですっ!あ〜ちくそ〜!!高校の友人がこの近所に嫁に来てるハズなんだけどな。現場で連絡先を思い出せんかったぁ〜!!巨木探訪はこのように、事前にどれだけ調べをつけてるかが大事です。
さて、東公民館のイブキのことはすっぱり忘れ、豊浜駅に移動します。つつじが綺麗なハズ。
豊浜駅はすぐに見つかった。けども、駐車場が見つからん〜。先に私が降りて駅員さんに駐車場の場所を聞こうとする。けども、豊浜駅はまさかの無人駅でした〜。いつの間に〜!!故郷を離れ20年以上。あの頃の予讃線はほとんどの駅に駅員さんがいたんだけどな。
ということで、駅前の空いてる所に車を停めて、みんなで駅へ。

豊浜駅のホームも無人駅なので、自由に入れます。
パッと見、つつじの株が大きいのがわかる。
説明板発見:けども、線路向こうの説明板をどうやって読めというのか?
現場では判読を諦め、ブログを書くにあたり拡大してみた。
つつじの豊浜駅とつつじ祭り
豊浜駅は大正5年に開通し、昭和16年に紀元2600年記念事業としてつつじ500株を植栽。昭和36年、46年に「全国花いっぱい花咲く美しい日本一の駅」に表彰される。毎年5月につつじ祭りが開催される。 豊浜駅つつじを守る会」
へえ〜、知らなんだぁ〜。
ちなみに、今年のつつじ祭りは、5月5日午前9時から午後2時に豊浜駅前広場にて開催されました。
さあ、次だ。時刻は15時14分。豊浜八幡神社さんのクスノキを目指します。
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生き木地蔵の大クス

2019年05月26日 06時07分42秒 | 香川の巨木と神社仏閣

2019.5.3に香川県、大野原と豊浜の巨木さんぽをしました。大クスのある日枝神社を14時32分に出発。国道11号線の十三塚交差点を南へ。高松高速道路をくぐってしばらく、巨木が見えた。目的が巨木だと目印にできていいなあ。

14時44分、生木地蔵尊(いきぎ)に到着。駐車場は墓地の縁にある。
それでか〜。巨木マニアのバイブル的『続・日本全国846本 巨樹・巨木』(渡辺徳博著)に掲載されてる画像は、墓地の部分をカットして、大クスの上部だけを掲載してあったのだ。

まずは駐車場のそばに立ってる赤い旗に誘われるように、奥の建物へ。
開けるとこんな。つまりです。見た目はショボいプレハブ小屋が、地蔵堂なのだ。訪問したら必ず中に入って参拝するのを忘れずに。なぜならこの地が生き木(いきき)の地蔵クスと称される理由がわかるのだ。
ど〜ん!
奥に祀られてるお地蔵様は、生きてるクスノキの幹に、直接彫刻してあるのだ。
今まで、幹の根元が洞になってしまった巨木に、石像やお社を祀ってるのは数々拝見しましたが、巨木に直接仏像を彫ってるのは初見です。
四国八十八ケ所参りをされてる方が、途中で立ち寄りたい場合は、第66番雲辺寺さんから第67番大興寺さんに向かう途中に生き木地蔵尊に寄り道して第68番神恵院さんに行くのがおススメです。
お堂の外から大クスを堪能する。

お墓が立ち並び、根元まで撮影できるポイントを探しましたがこれが限界。
外から見れば、先ほど紹介した生き木地蔵とお堂のジョイント部分はこうなってます。
説明板発見:生木の地蔵クス
この大クスは香川県指定の銘木にて樹体胴内の地蔵尊と共に大野原町の文化財に指定されています。
京都大学農学部名誉共助中谷能楽博士(植物学専攻)鑑定によれば、樹齢1200有余年、周囲10メートル。樹高30メートル
お堂に生き木地蔵の由来の詳しいペーパーが置いてある。
生木の地蔵さん縁起
天保7年’1837)の秋もようやく深まろうとするころ、豊田郡大野原村と中姫村の村境にあるクスの大木に向かって一心にノミを振るう一人の老人の姿がありました。
斎戒沐浴して身も心も清め、手元を照らすローソクの明かりを頼りに、一刀三拝、幹の奥ふかく刻まれてゆくのは、身の丈5尺ほどの地蔵菩薩のお姿でした。
木屑からただようクスノキの香りのなかで、老人の唱える般若心経が、朝早くから夜の更けるまで彫られた空洞の中に響いていました。
この人は中姫村に住む森安利左衛門といい、この年病弱であった一人娘ナヨさんの病気平癒を祈願し四国霊場八十八ケ所を巡拝して帰ってきたばかりでした。
利左衛門さんは四国遍路の途中、伊予の丹原で大木に彫られた仏像に心をうたれて、自分のこの霊木に地蔵菩薩を刻もうと発心したのだといわれています。
伊予の仏像とは、番外別格霊場11番生善寺の生木地蔵のことでしょう。
利左衛門さんの精進は続きました。やがてこの年も暮れ、翌天保8年正月も過ぎたころ、彫始めてから三ヶ月余りでこの霊木の幹の中に端正な地蔵菩薩立像が完成しました。耳の大きい、目元の涼しい美男におわすお地蔵さんでした。
2月の吉日を選らんで、開眼供養が行われました。喜んだ里人も多数参列し、白衣観音経二千巻、光明真言31万遍が読経されたと伝えられています。
このとき、どこからともなくみずぼらしい一人の旅の坊さんが現れ、供養の様子をじっと眺めていましたが、「そんなことでは魂は入らない。私がお性根を入れてあげよう」と言うや否や、人々が驚くのもかまわず大音声で経文を唱え錫杖を力一杯振り鳴らしました。すると不思議や、お地蔵さんが大きく目を見開いて、パチパチとまばたきをしたといわれています。「ありがたいことじゃ」と人々が手を合わせ深く頭を下げたあと、ふと気づくと、さきほどの坊さんはかき消したようにその姿はどこにも見当たりませんでした。
それ以後、誰いうことなくこのお地蔵さんのことを「またたき地蔵」と呼ぶようになったという話が残されています。
のちにお地蔵さんを包み込むようにクスノキにくっつけてお堂が建てられました。お堂の中で見ると、ちょうど、仏壇の奥の仏様と同じように、お堂の奥にお地蔵さんが拝めるようになっています。
お地蔵さんの霊験はあらたかでした。利左衛門さんは慶応2年、86歳で、病弱だったナヨさんは大正8年11月、なんと100歳までの長寿を全うしました。二人のお墓は地蔵堂横の墓地にあります。
生きた木に彫った地蔵さん「生き木の地蔵さん」として近隣の人々に親しまれ、県内はもとより県外からも参拝が多く、霊験話は枚挙にいとまがありません。
「御丈5尺に金襴の法衣」といわれるお地蔵さんは、生き木であるために少しづつ身長が伸びており、現在までに10センチほども御丈が高くなっております。
このクスノキは、弘法大師の御手植えという説もあり、付近は古くからの墓地なので「地中から霊魂を吸っており、切れば血の出る霊木」とあがめられております。
県の保存木「ふるさとの名木」に指定。」
地元民5名+1名で訪れましたが、皆初訪問で感動してくれました。いや〜、私の巨木たんぼうに付き合ってもらってるのでみんなが楽しめるかどうか心配だったんだ〜。
15時14分出発。次は豊浜駅近くの豊浜町東公民館のイブキ(樹高17メートル・目通り幹囲4、9メートル)が目的地なのですが、事前調べで所在地を特定しきれなかったんだ。見つかるかな〜??
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巨木探訪・日枝神社のクスノキ

2019年05月25日 05時22分24秒 | 香川の巨木と神社仏閣
2019.5.3ゴールデンウィークの故郷、香川県大野原と豊浜で巨木探訪を紹介します。
私の田舎は香川県の西の方でして、4月28日に戻った後は、ダンナの家で大掃除をやりました。大変でした!老親達が「2階に上がれんようになった」というので、2階のあれやこれやを大量に1階に下ろす作業は、実家に階段のない私にはドキドキものでした。その後5月2日に実家へ移動し、奈良在住の妹一家や香川在住の従姉妹に、「巨木探訪した〜い」と言いまくり、哀れに思った結果、5月3日の午前中用事のあった従姉妹が「午後からなら〜」と誘ってくれたのだ。「午後でいい〜!」と即答し、妹に「1時半集合で巨木探訪するから」とメールを入れ、従姉妹と妹、妹の娘と母と私とダンナという合計6名で車2台を連ね、巨木探訪に出発です。事前に巨木探訪できるかも?と、神奈川で半日かけ故郷の巨木を調べ、地図で所在地を調べ、コースを組んでて良かった〜。
巨木探訪1本目:日枝神社のクスノキ
この木は巨木好きな人なら必読書の『続・日本全国の846本 巨樹・巨木』(渡辺典博著)に紹介されてます。香川在住の頃、巨木に全く興味なかったので、巨木はもちろん日枝神社さんがどこにあるかも知りませんでした〜。
14時18分日枝神社さんに到着。
『巨樹・巨木』によりますと日枝神社のクスノキ 樹高40メートル 幹周り7、7メートル 県指定天然記念物 とあります。
巨木は樹高40メートルですので、遠くからも見えてました。
説明板は立ってるけど判読できない状態。今回巨木巡りして気づいたんだけど、この辺りの神社仏閣は説明板が少ない。木の説明板はほとんどなかったよ〜。東京・神奈川の神社仏閣にはあっちにもこっちにも説明板立ってるのにね。
日枝神社さんのクスノキの周囲には囲いがあって、触れません。なんとかサイズ感がわからないか?と。取り敢えずダンナにいつものハイライトをお願いする。
む〜ん?ちょっと立ち位置と木に距離ありすぎるなあ。
下がってみた。太陽光のフレアが〜。
狛犬も関東のものとデザインが違うなあ。あ。背後にそびえているのが日枝神社さんのクスノキです。
日枝神社:御祭神:大山咋神
御由緒:建長8年(1256)後嵯峨院の宣旨により。近江国日吉神社の社領となる。この縁で日吉神社の神様を分霊し奉斎する。古来山王権現と呼ばれ、武神として藩主生駒家の崇敬をうける。旧柞田村の鎮守。


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香川の讃岐うどんセルフ店

2019年05月24日 05時57分55秒 | おいしい&スイーツ

ゴールデンウィークに故郷の讃岐香川のうどんチェーン店こだわり麺やでお昼ご飯。

入り口をくぐったら目の前に行列。とりあえず並ぶ。
列の始めにおすすめメニューの看板。
続いて四国八十八ケ所巡りで大勢インバウンド客が訪れてるそうなので、外国人用のオーダー法とさぬきうどん基本メニューの英語版。
そして中国語版。
列はあっという間に進みます。突き当たりでまずオーダーし、注文したメニューが出るのを待つ。
右へ移動しながら、うどんにトッピングするお揚げや天ぷらを取る。更に右へ進み途中でおにぎりやおいなりさんを取り、最後にレジでお会計。
その後、ねぎ・だいこんおろし・しょうが・レモン・天かすなど無料トッピングをうどんにかける。
座れる場所を探す。行列してても席は確保できるのでご安心を。なにしろうどん客の回転は速いのだ。
ではうどんトッピング例を紹介。
梅わかめうどんの中にお揚げ。
冷やしうどんに天ぷら。
かけうどんに天ぷらとおにぎり2個。
かけうどん小にお揚げとなす天。
梅わかめうどん中にかしわ天。
ちなみに、食べ終わったら食器を返却口へ戻すのがセルフ店のお約束。
あれ?この店、朝6時半から10時半までコーヒー無料なんだ。すごいな。
ということで、ゴールデンウィークのお昼はここで2回も食べちゃった。回転率すごいよ。なにしろ客は最初にうどんの入ったうどん鉢を手に入れたら、自分で好きにうどんに天ぷらやお揚げを乗せてアレンジしていくので、スピードが速いんだ。これがうどん屋だよな〜。東京のうどん屋は注文してから食べるまで時間がかかりすぎ。

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特急しおかぜがアンパンマン列車に〜

2019年05月23日 05時43分31秒 | 鉄道のりもの

魂消た!ゴールデンウィークの帰省きっぷを、桜が終わったら取りに行こう!と放置してたら今年の桜は長持ちして、慌てて町田駅に行ったのは4月9日の午後でした。その段階で既に4月28日の新幹線のぞみの指定席はほぼ残ってなかった!ハードルをどんどん下げる。私とダンナの席は並びでなくともかまわない。観音寺駅に着けるなら、遅い時間でもかまわない。と条件を下げて取れたのは岡山着17時14分でした。特急しおかぜの乗り継ぎもイマイチで、待ち時間が多めの17時35分発。数年前に新しくなった岡山駅の売店を物色するも、ピンとくるものがなく、早々にホームへ降りたら。

何じゃこりゃああああ〜〜!!!!特急しおかぜがぁ〜!!あんぱんまんにィ〜〜!!
一体何が起きてるんだ。JR四国っ!何はともあれ、撮影です。ってなことで、画像増量です。
幸い出発時刻まで時間があるので、しおかぜの顔を撮影だっ。
特急しおかぜの横顔がぁ〜。
間違いなく「特急しおかぜ」なんじゃ!証拠の乗降口横の電光板を撮影しとく。
で、トップ画像。しおかぜ!
もちろん車体もアンパンマン登場キャラでいっぱい。

まだうろたえ気味ですが、とりあえず2号車に乗る。
乗降口の「ちゅうい」の両脇にアンパンマンとバイキンマン。
2号車入り口の自動扉もアンパンマンとバイキンマン。
2号車の天井もアンパンマンキャラで埋まってる。自分の指定席を見つけて着席。けど出発までまだ時間があるので、先にトイレに行きたい。
魂消た×2回目!
問:ここど〜こだ?
答:洗面所
あちこちにアンパンマンキャラが隠れてます。
トイレは先客が待ってたので、先に撮影することに。
何か見つけました。
ゲットです〜!!アンパンマン列車が面白すぎっ。ハンコ台の向かいには自販機がある。
自販機もアンパンマン。自販機から90度視線を回転し、1号車を覗く。
更なるアンパンマン押し!お子様大喜びだろうこれ。
ちなみに、1号車の乗降口とゴミ箱もアンパンマン増量。
さてトイレ。
トイレの入り口もアンパンマン。あ!このトイレのアンパンマンがハンコのだ。
もう言葉がでない。まさかの!トイレの中もアンパンマンだった。ちなみに、お子様用の便座の上に置く小さめの便座もアンパンマンデザインだった。これはぜひともトイレを使って欲しい。ちなみに、1号車と2号車の間にあるトイレを撮影しました。
帰りのJR観音寺駅で配ってたチラシです。どうもアンパンマン列車は特急しおかぜだけじゃない!特急いしづちと宇和海。土讃線のあしずりと南風。瀬戸大橋アンパンマントロッコ。高徳線のうずしおや徳島線の剣山もアンパンマン列車になってる模様。んで、スタンプラリーをやってるらしい。つまりだね。乗車客がゲット出来るアンパンマン列車のハンコはいろいろあるらしい。で、そんなハンコをコンプリートしたい乗客向けに、JR四国はアンパンマン列車スタンプラリーきっぷなるものを発売してる模様です。有効期間:3日 おねだん:大人9500円 子ども3000円。購入特典に「アンパンマン列車スタンプラリーブックとブックホルダー」プレゼントだって。
どこに需要あるんだろうか?列車好きな大きなお友だち向け?それともアンパンマン好きな小さなお友だち向け?
知らずにアンパンマンな特急しおかぜに乗車してきた私は大ラッキーでした。

 

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秋川渓谷の春・小和田橋から武蔵五日市駅

2019年05月22日 05時58分45秒 | ぶらぶら散歩

2019.4.13秋川渓谷の桜と巨木さんぽもこれで最終回。

広徳寺見物後、長い坂を下り、秋川の小和田橋に到着。時刻は既に15時5分。すっかり疲れてしまった。武蔵五日市駅側の観光案内所でいただいた五日市・戸倉観光マップのウォーキングコースに従い、秋川を眺めながら駅を目指す。残る見物ポイントは小庄の桜のみ。マップはここで更に川岸の土手道を進めとある。

けども、観光マップにある阿伎留神社さんが気になる。観光マップに阿伎留神社の祭り画像を載せてあるのは意味があると思うんだ。で?これは何て読むんだろか?「あ・ぎ・る?」んん??もしかして「あきる神社」かも?だってここあきる野市だし。
思い立ち寄り道しようとコースをそれる。と?上り坂だった!あ〜、もしかして秋川の河岸段丘?残りわずかな体力が削られる。瀬音の湯で足湯に浸かって貯めた体力を一気に吐き出す勢い。

15時18分阿伎留神社さん到着。
敷地の広い神社さんだなあ。あ。説明板発見:阿伎留神社
延喜式内社として多摩八座の筆頭に挙げられる古社。江戸時代は御朱印10石を寄せられ、当時より行われた9月末日の祭礼は今日も盛大に挙行されている。
御祭神:大物主神 味絽高彦根神 建夷鳥神 天児屋根命
社名:阿伎留 畔切 秋留と三様に書くが皆「あきる」と読む。
正式には延喜式に載るとおり阿伎留神社である。また鎮座地により松原大明神とも称し、江戸時代中期一時、春日大明神とも呼ばれた。通称松原さまである。(後略)
何はともあれ参拝。
背後の社叢が素敵。時折鶏の雄叫びが聞こえるけど、どこから聞こえてるんだろうか?
素敵な狛犬像を撮影しご参拝。急に思いついて立ち寄ったので、この神社さんの見どころがよくわからん。さて、秋川に戻るか。
来てわかったけど、小庄の桜は秋川の土手沿いの桜並木のことだった。土手の下は河川敷で、地元民の花見を楽しんている。せっかくなので、河川敷をしばらく下流へ歩く。
アーチ状のあゆみ橋が見えた。川の向こうを散策してる人がいる。あっち側だと川面に反転して移る桜の画像がゲット出来たんだろうな。行ってみたいがもう体力が残ってない。
足をひきずるように進む。あゆみ橋を渡る。
秋川橋河川公園を下流へ。秋川橋をわたるともう駅はすぐそこ。
16時、武蔵五日市駅到着。駅そばに西東京バスの営業所があった。このコロンとしたフォルムのバスで、朝9時35分発で十里木バス停に向かった。とっても疲れたよ。
この後、拝島駅で青梅線の運行が乱れ、まさかの立川周りで八王子に行くハメになるとはこの時知るよしもなく。ま。ありがちなトラブルだよな〜。
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巨木探訪・広徳寺のカヤとタラヨウ

2019年05月21日 05時21分27秒 | 巨木・古木・ご神木・盆栽

2019.4.13秋川渓谷の春・広徳寺さんの巨木を見に坂を上る。

説明板発見:広徳寺境域 東京都指定史跡 昭和53年3月6日指定

臨済宗龍角山広徳寺は、応安6年(1373)正応長者の開基で、またその妻、龍智智雲尼が鎌倉の建長寺70世である心源希徹禅師を請うて開山したと伝えられています。その後、天文年間(1532-55)に北条氏康によって堂舎が再建され、江戸時代には幕府から40石の朱印地が与えられ、約12000坪(39600㎡)の境内地を有しました。寺は五日市盆地西縁の秋川右岸の山麓に立地しています。

境内は地形状の制約から、東向きに総門・山門・本堂が東西の中心軸上に配置され、山門と本堂の間の参道を挟んで北側の鐘楼と南側の経蔵とが対置する禅宗伽藍で構成されています。
現在は、18〜19世紀代再興の伽藍と、総門の前面と北側の土塁や貯水池などの遺構が残っています。 平成22年3月設置 東京都教育委員会」
トップ画像は、寺社標のすぐ奥にあった総門から奥に山門を配置して撮影してみた。
説明板発見:広徳寺総門 市指定文化財
切妻造の一間一戸四脚門・桁行は3、64メートル。梁行は3、01メートルある。
中央の2本の柱は円柱、前後の柱は四角柱で、いずれもケヤキ材を使用し、腰貫がしつかり通っており、全体の作りは簡素にして堅固である。
カエル股等も素朴で、室町期の面影を残し、当町内の建築物としては最も古式をとどめている。
正面に掲げられた「龝留禅窟(あきるぜんくつ)」の大額は「前雲国主松平不昧治郷書(さきの国主松平ふまいはるさと)」とあり江戸後期の文化人として高名な出雲の殿様松平不昧公の筆になる。
昭和59年秋より解体修復がされ、さきの扁額が裏面の墨書により文政2年(1819)に作られたことが明らかになった。不昧没後1年を経ている。 昭和44年7月10日指定 あきる野市教育委員会」

散策直後、まだ桜が残ってるうちにと4月15日に散策をダイジェストして記事を投稿してます。
説明板には広徳寺の配置図がありました。

総門から山門の間は参道で結ばれており、広徳寺さんは桜の名所でもあるので、しだれ桜越しに山門を撮影したいところですが、残念ながら参道の桜の見頃が過ぎてました。
なんとなく雰囲気を感じられるように撮影してみた。
説明板発見:広徳寺山門 市指定文化財
茅葺、寄せ棟造の三間一戸二重門である。桁行は6、36メートル、梁行は3・64メートルあり、礎石は自然石。下層より上層の方が大きく、ときょうは綺麗に組まれ、垂木の線も美しい。前面は通路をふくめ3つに区切られているが太い柱と腰貫が安定感を保っている。足の礎盤は木製である。
階上は回廊がめぐり、中央が四扉にあけられ、左右に花灯窓が一つづつある典型的な禅宗(唐様)の山門である。
楼上に「正眼閣」の横額が掲げられており、その額、ならびに建物全体の状況から江戸中期をさかのぼらない建造物と推測される。簡素で調和のとれた建物で、境内に落ち着いた雰囲気をあたえている。
平成3年秋より永く保存し、公開することができるように全解体修復工事がされた。
昭和44年7月10日指定 あきる野市教育委員会」
山門に感激し、満足して振り向いてびっくり!

迫力のイチョウが2本並んでいた。大きさを感じれるように左のイチョウの真下にダンナに立ってもらう。樹齢100年越えは間違いなさそうですが、調べてもこのイチョウの樹齢・樹高・目通り幹囲の資料が見つかりませんでした〜。
大きな茅葺屋根の本堂に参拝。広徳寺さんに立ち寄ったのは巨木のため。本堂の裏手へ向かいます。
画像左にあるのが目的の都内最大のタラヨウです。本堂が大きいので、タラヨウの大きさを感じにくいのが残念。
4月15日の記事に紹介しましたが、タラヨウは葉に字を書くと黒く浮き出る特徴があります。もう一度同じ画像を貼り付けてみる。



説明板発見:広徳寺のタラヨウ 東京都指定天然記念物 昭和27年11月8日 指定
龍角山広徳寺は、五日市の古刹として著名な寺院であり、その本堂の裏手にこの都内最大のタラヨウがそびえています。
タラヨウはモチノキ科の樹木で、主に東海地方から近畿地方以西の日本と、中国大陸の暖帯に分布する高木の常緑樹です。
本樹はほぼ自然形を保っており、主幹は直立し、幹周り2・5メートル、樹高は19・1メートルに達します。その枝張りは東西約14・2メートル、南北15・5メートルの威容を保っています。 平成22年3月設置 東京都教育委員会」
広徳寺には巨木がもう1本ある。

説明板発見:広徳寺のカヤ 東京都指定天然記念物 指定:昭和27年11月8日
広徳寺の北側にそびえるこのカヤは、目通り幹囲5・35メートル、樹高24・45メートルを測る多摩地域で最大のカヤです。このカヤの枝張りは東西13メートル、南北約19・4メートルですが、樹冠下方の大枝は南方向に伸び、北側には大枝がありません。
カヤはイチイ科に属し、暖地の森林中に散在する常緑の高木です。東北地方中部から屋久島までと、韓国の済州島にその分布が見られます。
材は、建築、器具、土木用に利用されるほか、種子から採られる油は、食用油、整髪油、薬用駆虫剤として利用されます。 平成22年3月設置 東京都教育委員会」
巨木の周囲には囲いがあり、木に触れない。残念だ。
見上げて満足する。さて時刻は14時46分、出発だ。
その時強めの風が吹いた。

一斉に桜の花びらが舞う。画像に移る白い点は全て桜の花びらです。
来た時とは別の坂を下りる。
坂道の途中にベンチを見つけあられでおやつ休憩。
再び坂を下りる。画像左手の緑の壁。そこにも桜が植わってて、上に道がある。そこを通ってきたのだ。
ガードレールの向こうに枝をバッサリ切り詰めた木があった。

よく見れば、細い枝に若葉が出てた。なんとか生きてるようで安心した。

長い坂を下りたら庚申塚があった。
これが武蔵五日市駅から歩いてくると広徳寺さんへの道の目印になる。
秋川に向かう途中で振り返る。

降りてきた坂道に沿って桜が並んでいた。
15時5分、小和田橋に到着。武蔵五日市駅側の観光案内所でいただいた観光マップには、小和田橋に秋のビューポイントマークがついている。
たぶん川岸の落葉樹の紅葉が綺麗なんだろうなあ〜。
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秋川渓谷の春・沢戸橋から広徳寺まで

2019年05月20日 05時39分50秒 | ぶらぶら散歩

2019.4.13秋川渓谷ウォーキング。戸倉散策で光厳寺からしろやまテラスの脇を抜け、檜原街道の沢戸橋に13:34到着。

武蔵五日市市駅側の観光案内所でいただいた五日市・戸倉散策マップのウォークングコースで広徳寺へ向かう。まずはトップ画像の坂本屋さん横の降り口を探してください。山道を下りて、秋川に出た。

散策路のそばに大きな桂の木があった。けども根元は秋川の斜面で、全体を写せない。
細い散策路。案内板があった。右へいけば広徳寺・今熊山。左へいけば沢戸橋と書いてある。散策マップに従い上の画像左奥へ進む。
こんなウォーキング道。奥に見えてる橋は、足元の木の隙間から下が見えた。マジでここであってるんだろうな?少々不安だ。
見頃のヤマザクラの大株。しかし逆光で花色を楽しめないのでつまらん。
岩瀬峡に出た。散策マップには秋のおすすめスポットマークがついている。けども訪問した4月13日は春の野花が多く迎えてくれた。
斜面にスミレ。
秋川に直接下りて水遊びができる。右上はキャンプ場です。
佳月橋で秋川と別れる。南の斜面を上る。
坂道はあるけど斜面に二段構えの桜並木になっている。
サアーっと風が吹くと、一斉に花びらが舞う。桜吹雪だ。楽しいっ。坂道もへっちゃら。
道なりに歩くと駐車場が見えた。
広徳寺さんの寺社標。時刻は14時17分です。

ところで、散策直後、まだ桜が見えるタイミングで秋川渓谷さんぽをダイジェストで投稿済みです。リンク貼っておくのでよければご覧ください。

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巨木探訪・都内三大巨大桜の光厳寺のヤマザクラ

2019年05月19日 06時03分33秒 | 巨木・古木・ご神木・盆栽

2019/4/13秋川渓谷の春連載その4。乙津地区から移動。戸倉バス停に12時50分到着。バス停からすぐに上り坂です。さあ、登るぞ〜!!

お昼直後の上りは辛いわ〜。武蔵五日市駅の観光案内所でいただいた五日市・戸倉散策マップ片手に、まずは目印の戸倉しろやまテラスを見つけた。まさかのかつての小学校の校舎がしろやまテラスです。私は揚げパンに心惹かれるものがあったけど、さっき食べたばっかりなのでスルーする。けど、記事を書くにあたり調べたら、学校給食メニューが売りで、せめて画像を抑えるくらいはしとけばよかったと後悔。
トップ画像は光厳寺への道の戸倉給水所側の坂道です。
既に足元はアスファルトから急坂仕様に変わりました。
車で訪問したら画像奥右手の駐車場に停めるのですが、徒歩参拝客は坂道を突き当たりに進んでください。そこにヤマザクラはこちらの案内板があるので、指示に従い左手へ向かってください。
間も無く急斜面に目的のヤマザクラが見えます。
到着時刻は13時。斜面が急過ぎて、ベストポジションから撮影の選択余地があまりない。
巨木の根元あたりは斜面のしたに隠れている。
この角度からが一番青空に見え、花色が分かるかも?
説明板発見:光厳寺(こうごんじ)のヤマザクラ 東京都指定天然記念物 指定:平成5年3月22日
ヤマザクラは、昔から日本人に親しまれてきたサクラで、ソメイヨシノが出現しなかった明治以前は、観桜といえばヤマザクラが主役でした。
分布域は、ホ本州宮城以西から九州、韓国の済州島でも見られます。春には赤茶色を帯びた葉を広げると同時に淡紅白色の花を咲かせます。
天然記念物に指定されている光厳寺のヤマザクラは、光厳寺の門前の東に向いた斜面地にある四株のヤマザクラです。
畑の先にある一番南の株は、日当たりのよい場所にあって、幹周5、33メートル、枝張りは東西25メートル、南北18メートルを測り、樹齢400年は下らないという都内のヤマザクラとして一番な老巨樹です。地元では「光厳寺の大桜」と呼ばれ親しまれています。
他の3株は、招魂碑近くのスギの林に隣接して生育し、幹周2、45メートル。2、75メートル。2、27メートルとどれも十分な巨木です。 平成23年3月設置 東京都教育委員会」
他の3株を探す。
おそらくこれ。でも斜面の向こうにあって近づけない。
満足したのでお寺に参拝していこうと移動する。
上の画像手前右手が登ってきた坂道で、左にヤマザクラの老巨木のある斜面があります。城山に向かい光厳寺の山門があります。
境内も春爛漫です。見所はこれ。
説明板発見:光厳寺扁額 市指定文化財
縦54センチ 横84センチ
「光厳寺」という寺名をしたためた横額で、寺伝によれば、北朝第4代後光厳院より賜った勅額を写したものである。裏面に「元亀元年10月5日英和和尚代造掛之者也」(1570)の銘がある。典雅な書体で、光厳寺の由緒と戦国期の扁額の作例を示す資料(掲示額は複製) 昭和44年7月10日指定 あきる野市教育委員会」
境内には別の説明板もある。
戸倉城跡 東京都指定史跡 指定:平成5年3月22日
戸倉城は、あきる野市戸倉の五日市盆地を眼下に望む山頂に、室町時代から戦国時代にかけて築かれた山城です。
15世紀頃に武州南一揆(秋川谷から南多摩地域にかけての武士集団)の一員であった土豪小宮氏が築城したとの伝承もありますが、詳細は不明です。その後、天文15年(1546)頃、北条氏康の次男氏照が大石氏の名跡を継いで滝山城主となると、大石定久は戸倉に蟄居したと伝えられています。このことから戸倉城は、大石定久隠居城とも呼ばれています。
北条氏照が滝山城を拠点にして、甲斐の武田氏と対峙するようになると、檜原城が甲州口の押さえとなり、戸倉城は網代城や高月城を経て、滝山城や八王子城へ入ってくる情報を中継する機能をもつ城になっていったと考えられています。天正18年(1590)、八王子城の落城とともに廃城となりました。
枡形・虎口・竪堀等の跡が、現状からでも確認することができます。 平成23年3月建設 東京都教育委員会」
ついでなので、巨木の本によりますと「光厳寺とは?
光厳寺(こうごんじ):宗派は臨済宗。足利尊氏が建武年間(1334-1336)に創建したと伝えられている。南北朝時代に、のちに北朝第4代後光厳帝になる弥仁親王が5年間も隠れ澄んだことがあり、後光厳帝から光厳寺の名を賜った。
東京都三大巨木桜とは?
伊豆大島の「桜株」宮女島の「神着きの大桜」に次ぐのが光厳寺のヤマザクラ。花色が白っぽいので、「光厳寺の白山桜」とも呼ばれている」
時刻は13時18分、出発。あまりの急坂に、自然足元に視線が落ちる。
小さめのマンホールにも秋川を泳ぐ鮎の絵があった。次はどこへ行こうか?迷ったものの、五日市・戸倉散策マップのウォーキングルート通りにしようと思い、戸倉しろやまテラス(旧小学校)沿いに移動。
坂が急なのを利用して、こんな構図で撮影してみた。ちなみに、右手の石垣は、小学校のもの。
見晴らし最高!盆掘川と、大日影通りを望む。この後急坂を降りると、沢戸橋に出る。散策マップに沢戸橋にビュースポットマークがあるので、橋から秋川を見下ろしてみた。
ビュースポットは、秋の紅葉の方が更に輝くだろう。訪問したのは4月13日で、若葉はまだ出始めたばかりです。
さて?ウォーキングコースの降り口はどこだろ?
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秋川渓谷の花の里2019/4/13

2019年05月18日 05時33分05秒 | 桜散歩

2019.4.13秋川渓谷・乙津散策その3です。

実は散策の翌々日に、桜が咲いてるうちに出かけたい方にぜひお見せしたいと思いまして、乙津さんぽはダイジェスト版で記事投稿済みです。上にリンクを貼りました。
日々は過ぎ、今連載してる記事は詳しく解説・画像増量で記事投稿しようと思います。せっかく新規記事を書くならば、できるだけ前回(2019.4.15)の記事に使用した画像を使わない方向で記事作成しました。よければ楽しんでください。
さて、秋川渓谷の桜の名所はなんといっても龍珠院さんが一番!ここの桜に魅せられて、毎年リピート訪問してる方も多いようで、「今年は桜としだれ桜が両方見えていいね」と言ってた方のつぶやきが聞こえてきちゃいました。そうだよね。何しろ今年は桜が長持ちしたので、私なんか週末毎に4回も桜を見に出かけちゃいました。去年は3月末には桜吹雪だったので対照的です。
武蔵五日市駅9時35分発のバスは臨時バス込み2台が乗客満載で出発。ほとんどの客が目指したのがここ、龍珠院さんです。
私達は五柱神社さんの東京で一番大きい大杉を見物後の訪問でして、龍珠院の到着したのは11時1分でした。既に観桜客がいっぱいです。
今年はミツバツツジの見頃も重なりました。
龍珠院さんは小さな寺院で、斜面に立地してます。本堂から一段下がった広場には切り株の椅子がありました。ありがたいと感謝して、あられでおやつ休憩。五柱神社さんを見物し、急坂の上り下りをしたものだから体力が削られました。目減りした体力を回復です。
龍珠院さんはそこここに撮影ポイントがあり、1時間でもいられる素敵な場所です。けどもバス移動するので、あまりのんびりもしてられません。パパパと急ぎ撮影する。
人がいないのといるのを比べて撮影してみる。
どっちも素敵。これは好みですね。私は最近、人物を構図に取り入れて撮影することが多いです。旅漫画を描いてたときよくやってたのが、写真に写り込んでる人物を自分に置き換えて描くこと。そうすると、サイズを楽に再現できるのだ。そもそもは自分が撮影していると、出来上がった写真に自分が写ってないのが悲しかったのが動機。なら漫画の中だけでも自分を登場させたいじゃない。そこ頃は一眼レフのいいカメラを使ってましたが、脳梗塞発症後はカメラが重い。今は使ってるのはガラパゴス携帯です。枚数を考えず撮影できるし、もはや構図すらこだわって撮影してないという〜(だって強い太陽の光の下では画面が真っ黒なんだもの)
龍珠院(りゅうしゅいん):宗派:臨済宗の寺院 御本尊:観世音菩薩 開創:貞治2年(1363)
先にあげた4月15日のブログ記事の画像と合わせてご覧下さると、龍珠院さんはまるでアニメや漫画に登場する日本むかし話の世界です。目の前に広がってるような圧倒的な童話感が画面から伝わるといいなあ。
11:34出発。観光案内所でいただいた散策マップでは、龍珠院さんの後は青木平橋方面へ散策コースが続いてます。でもさ〜?と考える。
私は乙津地区の後、戸倉地区の光厳寺さんの都内三大”巨木桜”の一つの樹齢400年のヤマザクラを見たいのだ。ここは体力温存にしよう。
ここから散策コースを逸れ、乙津の花の里と呼ばれる集落へ向かいます。
乙津集落は花の里と呼ばれるだけあって、あちらこちらに春の花色が溢れています。
秋川に沿って坂道を下る。
足元にあきる野市のマンホールを見つける。これは秋川を泳ぐ鮎がモチーフかな?
道は秋川に向かってどんどん下る。降りてもすぐ上りになるんだろうなあと少々滅入る。
サル出没だと?最近里山歩きが増えてるからか、シカの交通標識だのクマ出没の標識だのちょくちょく見るよな。あ!さっきすれ違ったハンターと狩猟犬の獲物ももしかしてサルなのか?どうなんだろか?
大きな駐車場があった。そこの自販機には秋川にかかる石舟橋の画像が使われていた。どうせなら本物が見たいなあ。この後たぶん行けるハズ。ただ道がよくわからないんだよな〜。
道なりに進むと、そのまま瀬音の湯に着いた。
何かイベント開催中でした。実はこの日(4/13~4/15)、瀬音の湯が温泉総選挙でうる肌部門第3位になったのを祝し、入浴利用者や宿泊者にオリジナルタオルのプレゼントや、物産直売所利用客にガラポン抽選イベントが開催されてたのです。(ブログ記事を書くにあたり調べてて知りました。現場で知ってれば、物産販売所でのらぼう菜を購入してたハズ)
けどもここを立ち寄った目的はこちらです。
無料の足湯です。11:53-12:04まで足湯につかり、目減りした体力を回復しました。時短してここでお昼ご飯を食べたかっかのですが、足湯では飲食禁止です。なので武蔵五日市駅側の観光案内所でいただいた散策マップを眺めてました。だって、石舟橋にどう行けばいいのかわからんのだ。
わからないなら尋ねればいいじゃない!ガラポン抽選所のおじさんに行き方を教えていただいて出発です。
マップもゲット!秋は紅葉が綺麗なんだろうなあ。
ちなみにこちらが石舟橋の上から足元の秋川を撮影してみた。川遊びしてる人がいる。
この後上り階段で檜原街道にでる。
いい感じのレトロな家屋。これはお蔵かな?
あ〜、十里木バス停に12時15分に着いちゃった!瀬音の湯からだと10分で着いた。思ったより近かったよ。まあね。五柱神社さん経由だと十里木バス停に到着してから2時間以上経ってるので、移動を長めに見積もったのよ。でも予想外に近かったなあ。ということで時間が余る。
次のバスは12時40分発なので、20分以上待ち時間が出来てしまった。ちっ!こんなことなら足湯にもうちょっとつかってたかったよ。
ぼやいてもしょうがない。幸い十里木バス停は、屋根付きベンチがある。景色はイマイチだけど、時短でここでパンとお茶でお昼ご飯だ。
12時40分、時刻表通りにバスがやってきた。
わずか数分で、戸倉バス停に到着。
ん?武蔵五日市駅側の観光案内所のおじさんは、「君なら歩くと移動に1時間かかるよ」と教えてくれたけども。近いんだけど〜?でもまあいっか。十里木バス停でベンチ休憩も出来たから疲れなかったしな。
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巨木探訪・東京で一番でかい杉

2019年05月17日 05時30分55秒 | 巨木・古木・ご神木・盆栽

2019.4.13あきる野市、秋川渓谷の春乙津・養沢さんぽです。

徳雲院の住職に五柱神社さんの詳しい道順を聞いててよかった!
トップ画像は、養沢川にかかる新橋を西へ左折し、しばらく歩くと見つけた五柱神社さんの場所を教える手書きの案内です。まずはこれを道端で見つけてください。
更にトップ画像奥に、二股の道が見えてますね。そこにももう一つ、手書きの道案内があります。ここで、右に見えてる坂を上ります。で、すぐ先の右手の民家の側に細い道がありますので、そこを入ってください。細い道というか、田圃の畦道みたいな道です。
この道です。左奥ににょっきり突き出てるのが目的の巨木です。
上の画像奥、社号標の奥の石段の左に、大きな杉の幹が見えてますが、わかりますか?
絶対ピンボケしてはいけない画像を撮影失敗しました。なんてこったぁ〜。息切れしてたんだよ〜。手ぶれしちゃったんだよ〜。ごめんなざい。
あ。説明板発見:五柱神社のスギ あきる野市指定文化財(天然記念物)
このスギは樹高が約52メートル。地面から1、2メートルの高さでの幹周り(目通り幹囲)が約8メートルと非常に見事な姿を誇り、樹齢は400年前後と推定されています。
周りの集落や山々からも、その姿ははっきりと認められ、地域のシンボルともいえる存在です。 平成14年9月1日設置 あきる野市教育委員会」
するっと読み飛ばしそうになりますが、樹高52メートルは凄すぎです。ビルにして何階建てに相当するのだろうか?見上げる。
けども残念ながら、周囲に木があって、てっぺんは見通せない。ならばせめて全景の見えるポイントはないものか?と、探しましたが、どのポイントからも周りの木が邪魔してます。
ダンナにいつものハイライト代わりになって木の下に立ってもらう。
この杉の大木は、直接触れるので、参拝後私も幹に両手を当てて触ってみた。
すう〜〜っと!
体の中を優しい風が吹き抜けていった。体の悪ものが押し流された気がする。
あちこちで巨木を見て、触れる木には触りまくってますが、こんなにわかりやすく何かを感じたのは初めてです。しかも気持ちいいんだ。そういえば、触れた木肌が暖かかったな。杉には珍しいことです。まさしくパワーツリーってこういうのをいうんだろうなあ〜。ドキドキする。頑張って五柱神社さんに来てよかったよ。この木を知ったのは巨木の本を見初めて最初の方でしたが、大変な場所にありそうで体力に乏しい私には無理だと思ってた木です。まさか来れるとはっ!もう感動ものでした。
五柱神社さんはお社はありますが、社務所はありません。地域の集会所らしき小さな建物はありましたが。人は常駐してません。
木にお礼を述べて10:42に後にする。
説明板に「地域のシンボル〜」とあったので、歩きながら時折大杉を眺める。
さすが樹高52メートルです。
見守ってくれてる感ある素晴らしい大木です。
道は更に上り、この先で杉林になりました。
道端の石垣が面白い。画像ではわからないと思いますが、結構な高さがあります。
大沢にかかる小さな橋がウォーキングコース最高地点でした。
この先は杉林に視界が遮られ緩やかに下る道をしばらく歩く。
一気に視界が開けると、突然大勢の人の気配が先から届く。
乙津花の里と名付けられた龍珠院さんに11:01到着です。武蔵五日市駅から臨時バスも出た大勢の乗客の目的地はここですね。
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