あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

トトロとふるさと歴史館

2019年07月18日 05時55分55秒 | ぶらぶら散歩
2019.6.16北山公園の菖蒲まつりを楽しんだ後、正福寺千体地蔵堂のガイドさんに勧められた
徳蔵寺の板碑保存館へ行こうとまつり会場で配布してた東村山まち歩き発見マップを広げてたら、「どこへ行きたいのですか?」と観光ガイドさんに声をかけられた。菖蒲まつりの最終日は北山公園・正福寺さんに観光ガイドさんがいらっしゃったのだ。もうラッキーです。北山公園の辺りは、むかし道で、細い曲がりくねった道ばかりなんだ。北山公園の菖蒲見物に来たのは実は3回目なんだけど、前回2回とも迷った私。無事に目的地まで行けるのはとても嬉しいです。
ガイドさんはまち歩きマップをみて悩んでる。目的地まで迷わず簡単に案内できるほどの道がないという。ので、途中まで一緒に歩いて道案内してくださることになった。
すぐに人がすれ違えるほどの細道に入った。途中で振り返り「トトロでメイちゃんが歩いてたモデルの場所かも?」と。

確かに!メイちゃんが大きなとうもろこし抱えて歩いててもおかしくない道じゃん!
細い用水路に出た。
「川を越えて道沿いに進む。小学校の外周を周り左折。まっすぐいくとふるさと歴史館があります。直進して西武の踏切を超える。次の信号を左折。すぐに徳蔵寺さんがあります」
〜〜〜分かった気がする〜。
奥に見えるのがガイドさんと別れた橋。用水路の街路樹は桜です。ここで道を曲がるので振り返って撮影。
化成小学校にあったしの保存木。
画像奥へ直進。画像奥に見える緑は諏訪神社さん。
説明板発見:諏訪神社
御祭神:健御名方命
由緒:野口実来(つぶれや)に、前川の洪水の時、流れ着いた御神体を、大門廻(おおせど)と字名で呼ばれる桜井利兵衛(現桜井長寿氏の先祖)がお祀りして、古くは諏訪明神と言われてきた。貞享2年に、六反歩の境内地とともに、西宿部落(現諏訪町)の鎮守様として寄贈した。と、代々桜井家の言い伝えられてきた。
明治の神仏分離令が施行されるまで長く徳蔵寺の管理下にあり、むかしは素晴らしい杉林があって、現在の徳蔵寺本堂は諏訪神社の杉材にて建立されたと伝えられている。
午前11時40分、東村山市ふるさと歴史館到着。
ここで正徳寺千体地蔵堂のガイドさんの言葉を思い出した。「板碑に興味あるなら、ふるさと歴史館と徳蔵寺さんがオススメ」ここじゃん!偶然にも途中にあったので入ってみよう!
特別展は「税金の今昔」一般展は東村山の歴史。
 貞和の板碑
正徳寺で覆い屋の中に本物は収まっている。覗き見たあれね。
 比翼の板碑
レプリカ展示の隣に説明板があった。
館内の冷房がとても嬉しかった〜。さてと、11時50分出発。西武の線路を越えて
信号を左折してすぐに徳蔵寺さん。12時7分到着。さて、板碑保存館の受付はどこだろうか?
目的地を見つけるのに集中してしまい、道路向かいにあったホームベーカリーマドンナさんで販売してる縄文土偶パンを買い忘れた〜〜!!まち歩き発見マップに載ってたのにぃ〜〜!!
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秋川渓谷の春・小和田橋から武蔵五日市駅

2019年05月22日 05時58分45秒 | ぶらぶら散歩

2019.4.13秋川渓谷の桜と巨木さんぽもこれで最終回。

広徳寺見物後、長い坂を下り、秋川の小和田橋に到着。時刻は既に15時5分。すっかり疲れてしまった。武蔵五日市駅側の観光案内所でいただいた五日市・戸倉観光マップのウォーキングコースに従い、秋川を眺めながら駅を目指す。残る見物ポイントは小庄の桜のみ。マップはここで更に川岸の土手道を進めとある。

けども、観光マップにある阿伎留神社さんが気になる。観光マップに阿伎留神社の祭り画像を載せてあるのは意味があると思うんだ。で?これは何て読むんだろか?「あ・ぎ・る?」んん??もしかして「あきる神社」かも?だってここあきる野市だし。
思い立ち寄り道しようとコースをそれる。と?上り坂だった!あ〜、もしかして秋川の河岸段丘?残りわずかな体力が削られる。瀬音の湯で足湯に浸かって貯めた体力を一気に吐き出す勢い。

15時18分阿伎留神社さん到着。
敷地の広い神社さんだなあ。あ。説明板発見:阿伎留神社
延喜式内社として多摩八座の筆頭に挙げられる古社。江戸時代は御朱印10石を寄せられ、当時より行われた9月末日の祭礼は今日も盛大に挙行されている。
御祭神:大物主神 味絽高彦根神 建夷鳥神 天児屋根命
社名:阿伎留 畔切 秋留と三様に書くが皆「あきる」と読む。
正式には延喜式に載るとおり阿伎留神社である。また鎮座地により松原大明神とも称し、江戸時代中期一時、春日大明神とも呼ばれた。通称松原さまである。(後略)
何はともあれ参拝。
背後の社叢が素敵。時折鶏の雄叫びが聞こえるけど、どこから聞こえてるんだろうか?
素敵な狛犬像を撮影しご参拝。急に思いついて立ち寄ったので、この神社さんの見どころがよくわからん。さて、秋川に戻るか。
来てわかったけど、小庄の桜は秋川の土手沿いの桜並木のことだった。土手の下は河川敷で、地元民の花見を楽しんている。せっかくなので、河川敷をしばらく下流へ歩く。
アーチ状のあゆみ橋が見えた。川の向こうを散策してる人がいる。あっち側だと川面に反転して移る桜の画像がゲット出来たんだろうな。行ってみたいがもう体力が残ってない。
足をひきずるように進む。あゆみ橋を渡る。
秋川橋河川公園を下流へ。秋川橋をわたるともう駅はすぐそこ。
16時、武蔵五日市駅到着。駅そばに西東京バスの営業所があった。このコロンとしたフォルムのバスで、朝9時35分発で十里木バス停に向かった。とっても疲れたよ。
この後、拝島駅で青梅線の運行が乱れ、まさかの立川周りで八王子に行くハメになるとはこの時知るよしもなく。ま。ありがちなトラブルだよな〜。
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秋川渓谷の春・沢戸橋から広徳寺まで

2019年05月20日 05時39分50秒 | ぶらぶら散歩

2019.4.13秋川渓谷ウォーキング。戸倉散策で光厳寺からしろやまテラスの脇を抜け、檜原街道の沢戸橋に13:34到着。

武蔵五日市市駅側の観光案内所でいただいた五日市・戸倉散策マップのウォークングコースで広徳寺へ向かう。まずはトップ画像の坂本屋さん横の降り口を探してください。山道を下りて、秋川に出た。

散策路のそばに大きな桂の木があった。けども根元は秋川の斜面で、全体を写せない。
細い散策路。案内板があった。右へいけば広徳寺・今熊山。左へいけば沢戸橋と書いてある。散策マップに従い上の画像左奥へ進む。
こんなウォーキング道。奥に見えてる橋は、足元の木の隙間から下が見えた。マジでここであってるんだろうな?少々不安だ。
見頃のヤマザクラの大株。しかし逆光で花色を楽しめないのでつまらん。
岩瀬峡に出た。散策マップには秋のおすすめスポットマークがついている。けども訪問した4月13日は春の野花が多く迎えてくれた。
斜面にスミレ。
秋川に直接下りて水遊びができる。右上はキャンプ場です。
佳月橋で秋川と別れる。南の斜面を上る。
坂道はあるけど斜面に二段構えの桜並木になっている。
サアーっと風が吹くと、一斉に花びらが舞う。桜吹雪だ。楽しいっ。坂道もへっちゃら。
道なりに歩くと駐車場が見えた。
広徳寺さんの寺社標。時刻は14時17分です。

ところで、散策直後、まだ桜が見えるタイミングで秋川渓谷さんぽをダイジェストで投稿済みです。リンク貼っておくのでよければご覧ください。

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4月9日は色々あったんじゃ!

2019年05月07日 05時52分29秒 | ぶらぶら散歩

2019.4.9の出来事です。朝9時にいつものように接骨院に行って、その足で麻溝公園にバスケットゴールがあるかどうか確認へ。確認後すぐ帰宅。



途中、水道みち沿いの幼稚園とその側で、幼児が落ちてくる桜の花びらを捕まえて遊ぶ様を見てほっこり。
ンな場合じゃなかったので、急いで帰宅途中、米軍住宅の桜の咲き具合を確認。撮影時刻10時23分。
近所の桜はもうこれくらいしかなくなっちゃったよ〜。どんどん減ってくのだな。
とりあえず洗濯してお昼食べて出陣!桜が終わったらゴールデンウィークの帰省切符を買いに行こう!と思ってたのに、今年の桜は長持ちしてて先送りにしてたら、すっかり遅くなってしまったのだ。自転車でJR町田駅を目指す。自転車でだいたい30分ほどかかる予定。
町田の青柳寺さんの桜が綺麗だったので、撮影ストップ。撮影時刻13時13分。
んで、JR町田駅のみどりの窓口に着いてびっくり!行列がぁ〜〜〜!!
私はすっかり失念してたけど、この時期学生さんたちの通学定期や通勤定期の切替時期でした。通勤定期発行の人や、なんだかんだでカードが使えなくなって並んでる人やゴールデンウィークに旅行する人が混在で並んでるので、行列が進むのが遅い。遅過ぎる!理由は自分の順番になって分かった!4月28日の新幹線のぞみの指定券がない!4月27日でもいい!時間も早くとも遅くとも香川県観音寺市に到着できたらOK!とハードルを下げて下げて、更に並び席でなくとも構わない!とまで下げて、取れた切符は4月28日午後2時過ぎの新横浜発。帰りはもっと酷かった!観音寺発午後5時過ぎの特急しおかぜという有様。ここまで酷いとは思わなかった!あ〜、ゴールデンウィークの鉄道移動を舐めてたわ〜。
ンなこんなでJR町田駅で50分近く消費した。
これがマズかったんや〜〜!!
気をとりなおし、町田の桜を見に行く。既に散り初めに入ってるものの、まだ楽しめる。桜は散り際も素敵なのだ。
14時8分、浄運寺さん。
既に若葉が綺麗なしだれ桜を眺めて向かうは芹ケ谷公園です。
何じゃこれ??
途中、信号待ちしたのですが、なんか地面が変だ???信号変わるまで考えて、これもしや、書きかけじゃないの?
そんなこんなで14時20分、芹ケ谷公園到着。
だいぶん花びらが散ってしまい、寂しい感じになってます。けども背景の木の若葉が色を足してくれてこれはこれで綺麗かも。
先を急がねばっ。
上の画像で大きなお箸みたいなの。実はこれ動いてて、回るんだ。で、回ると水が落ちて綺麗なんだよね〜。しばらく待ったけど、辛抱の足りない私。待ちきれなかったんだ〜。んで、急がないと帰るのが遅くなってしまう!と少し急いで歩いてたのがマズかった。
転けた!
コケる!と思ったけども、勢いがつきすぎてて踏みとどまれなかったよ。
しかもレンガ敷きだったので、手のひらが切れて出血。血液サラサラのお薬を飲んでるからさ。血が派手に出た。
カットバンは常時持っている。けども派手に前のめりに漫画のごとくバッタン!倒れたので、目撃者を驚かせてしまった!老夫婦が走ってきた。他の目撃者には笑われた。
ま。な。私だって、そんなやつがいたら笑う。だって、前のめりに大の字だぜ?やっちまったわ〜。
心配させてしまった老夫婦にお礼を言う。「ここのレンガ危ないのよ〜」と。見回したら
注意喚起の立て札が立ててあった。桜を追いかけて足元を見てなかったわ。
帰宅後ダンナに「今日、転けた」と顛末を報告したら「行列に並んだ後急に歩くからそうなるんだ」と言われてしまった。そんなん言われてもコケるまで気づかなかったんじゃ。ンでもって只今歩き方変更中で、イマイチ自分の動きがぎこちないんだよ。(接骨院の先生に、私の歩き方がどうにもおかしいから直すように。との助言を受けて、頑張ってる最中です。歩き方が悪すぎるのが、いつまでも右足の治りが悪すぎる原因の一つでもあるそうだ。ンなこと言われても、そうそう歩き方は治らん。)
まあ何とか転けた当初の痛みも治まってきたので、ごまかしながら、当初目的の恩田川へ向かう。
14時40分、恩田川の高瀬橋に到着。JR町田駅で予想外に時間がかかってしまい、午後3時が目の前になってしまった。急ごう。(続く)
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秋川渓谷・戸倉さんぽ2

2019年04月15日 18時28分39秒 | ぶらぶら散歩
2019年4月13日秋川渓谷で巨木と桜さんぽをしました。9時40分発の武蔵五日市駅でバスに乗車。十里木バス停から乙津の龍珠寺さんの桜と五柱神社さんの樹高52メートルの大杉を散策。12時40分発十里木バス停乗車。12時42分戸倉バス停着。光厳寺さんで400年の満開のヤマザクラを見物後、戸倉散策マップを片手に秋川沿いに降り、14時17分広徳寺さんに到着。(イマココです)
「広徳寺境域東京都指定史跡
臨済宗龍角山広徳寺は、応安6年(1373)正応長者の開基で、またその妻、龍智智雲尼が鎌倉の建長寺70世である心源希徹禅師を請うて開山としたつ伝えられています。
その後、天文年間(1532−55)に北条氏康によって堂舎が再建され、江戸時代には幕府から40石の朱印地が与えられ、約12000坪(39600㎡)の境内地を有しました。(後略) 平成22年3月 東京都教育委員会」
だからお堂の屋根に北条のミツウロコが乗ってるのですね。広さがピンとこないので、東京ドームで換算したら、広徳寺さんの面積は、東京ドーム846個分でした。凄すぎる〜。
しかし今回広徳寺さんを訪問したのは巨木探訪です。本堂の裏に回ります。
説明板発見:広徳寺のタラヨウ 東京都指定天然記念物 昭和27年11月8日指定
龍角山広徳寺は、五日市の古刹として著名な寺院であり、その本堂の裏手にこの都内最大のタラヨウがそびえています。
タラヨウはモチノキ科の樹木で、主に東海地方から近畿地方以西の日本と、中国大陸の暖帯に分布する高木の常緑樹です。
本樹はほぼ自然形を保っており、主幹は直立し、幹回り2.5メートル、樹高は19、1メートルに達します。その枝張りは東西約14、2メートル。南北15、5メートルの威容を保っています。 平成22年3月 東京都教育委員会」
巨木探訪を始めて始めて出会うタラヨウ。実はすごい特徴がある。
葉っぱの裏を引っ掻いて文字を書くと、しばらくしたら黒く文字が浮かびあがるのだ。
そしてもう1本。
「説明板発見:広徳寺のカヤ 東京都指定天然記念物 昭和27年11月8日指定
広徳寺の北側にそびえるこのカヤは、目通り幹囲5、35メートル。樹高24、45メートルを測る多摩地域で最大のカヤです。
このカヤの枝張りは東西約13メートル、南北約19、4メートルですが、樹冠下方の大枝は南方向に伸び、北側には大枝はありません。
材は、建築、器具。土木用材に利用されるほか、種子から採られる油は、食用油、整髪油、薬用駆虫剤として利用されます。 平成22年3月 東京都教育委員会」
残念にもタラヨウもカヤも周囲を囲ってあり触れない。ハイライトになるダンナを樹の側に立って撮影も無理。
さて、次へ行こうと歩いてると、強い風が吹き抜けて桜吹雪が舞う。
分かるかな?上の画像で白く写ってるのは桜の花びらです。まさに桜吹雪が舞ってるところ。時刻は14時46分。戸倉散策マップに従い坂を降る。上った時とは別の坂です。
あ。ベンチ発見。あそこでおやつ休憩だ。
戸倉散策マップのコースは、上り下りが多いです。上りはともかく、下り坂が辛い。なぜって靴の中で指先が痛いんだ。一服したお散歩再開。
参道は山道で、急坂だ。でも景色は抜群。
画像奥の桜は2段構えです。斜面上の桜は、上りで紹介した桜並木です。
坂下の参道入口に15時2分到着。小和田橋で秋川を渡る。
散策マップには紅葉のビューポイントマークがついている。けど訪問したのは4月13日。ようやく若葉が芽吹いたばかりです。なのになぜ撮影したのか?というと、画像手前の木は石から生えてるんですよ。分かりにくいけど右の岩の向こうにも細い木が石から生えてる。頑張れ!
散策マップではこの先で河原側の細い道に進むのだけど、行きたい神社があり寄り道。
15時18分着、阿伎留神社さんです。散策マップに阿伎留神社さんの9月例大祭の画像が載ってたのだ。延喜式内社として多摩八座の筆頭に挙げられる古社だそうです。江戸時代には御朱印10石。
散策マップに戻り次のポイント小庄の桜に15時32分到着です。
地元民が河川敷でピクニックしてました。桜並木を眺めつつ秋川沿いに進む。15時46分あゆみ橋を渡る。広い河川敷。
桜並木を眺めつつ進むと、秋川橋が見えた。渡ると上の道への階段。そこは檜原街道で、武蔵五日市駅まで200メートル。16時ちょうど武蔵五日市駅にゴール。
駅の自販機が西東京バス柄で面白かった。
到着したものの次の電車まで時間があったので、駅のコンビニで自分土産を物色。のらぼううどんと迷った末に安いわさび漬けを購入する。
今月桜散歩し過ぎてピンチなんだ〜。ヘタレな私。ちなみに、この日のお散歩は約10キロでダンナ発表で約25000歩でした。当然翌日の日曜は寝込んだ。右足は幸い悪化しなかった。けども、急坂を何度も上り下りしたので、両足の指先が赤くちょっと腫れてしまったわ〜。
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秋川渓谷・戸倉さんぽ

2019年04月15日 15時44分40秒 | ぶらぶら散歩
2019年4月13日、秋川渓谷へ巨木と桜見物に行きました。武蔵五日市駅発9寺40分に乗車。十里木バス停下車。乙津を散策後、12時40分発のバスに乗車、戸倉で降車。登りです!
目指すは樹齢400年のヤマザクラ。ちょうど満開なのです。
坂道を上り光厳寺さんに13時到着。
ヤマザクラは山門の先に看板が出てるので、左へ進んでください。斜面に建ってます。トップ画像です。
光厳寺さんのヤマザクラ 東京都指定天然記念物
ヤマザクラは昔から日本人に親しまれてきた桜で、ソメイヨシノが出現しなかった明治以前は、観桜といえばヤマザクラが主役でした。
天然記念物に指定されている光厳寺のヤマザクラは、光厳寺の門前の東に向いた斜面にある4株のヤマザクラです。
畑の先にある一番南の株は、日当たりのよい場所にあって、幹回り5、33メートル 枝張りは東西25メートル、南北18メートルを測り、樹齢400年はくだらないという都内のヤマザクラとして一番大きな老巨樹です。ジオとでは「光厳寺の大桜」と呼ばれ親しまれています。
他の3株は、招魂碑の近くのすぎの林に隣接して生育し、幹回り2、45メートル。2、75メートル。2、27メートルとどれも十分な巨木です。 平成23年3月 東京都教育委員会
光厳寺さんの裏山から。
急坂を降りる。途中、廃校を利用した戸倉しろやまテラスがある。
学校の給食テイストのランチがある。気になったものの既にお昼は食べた後なので、スルーした。
散策マップ片手に坂道を降る。
沢戸橋に出た。13時34分着。
橋から見下ろす。秋にはもっと紅葉が美しいポイントな模様。

この後散策マップは秋川沿いに進むのだけど、入り口はどこだ??
見落としそうな小さな案内板は「小峰公園」とある。それを頼りに秋川の底へ向かう。
道は鎖やらハシゴやら。ハシゴの下は崖で川の流れも見える。む〜ん。こんな道だとは思わなかったよ。
岩瀬峡という眺めのよいところ。人々が川遊びに興じている。
川辺には山野草が可憐な花が競うように咲き誇っている。
佳月橋で秋川と別れ右へ。山へ向かう。
急な坂を登る。苦しい坂道だけど、先々で桜が迎えてくれる。嬉しくなって足も軽くなる。
桜の斜面をよく見れば、桜は2段構え。斜面の下にも桜が並んでいた。
14時17分広徳寺さんに到着。
素敵なお寺さんだけど、山門に近い場所の桜は既に見頃を過ぎていた。残念だ〜。
山門の大きさが分かりますか?山門に気を取られていたら、本堂に向かってびっくり仰天。
ど〜ん!と2本の大きなイチョウがそびえたっていた。奥に見える茅葺屋根の本堂が大きいので、大きさがイマイチわからないかも?でも2本のイチョウの両方に垂乳根が見えてるので、樹齢は軽く百年超え。
実は広徳寺さんに寄ったのは、2本の巨木が目当てです。そして下り坂は上り坂と別の坂を降りたら、そちらの山道の桜もきれいだったので画像が増えた。記事を分けます。(続く)
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秋川渓谷・乙津散策その1

2019年04月15日 12時31分14秒 | ぶらぶら散歩
2019年4月13日に秋川渓谷で巨木と桜散歩をしました。
まずは画像優先で紹介します。
武蔵五日市駅を9時40分発の臨時バスで十里木バス停で降車。
トップ画像は徳雲院さん。10時2分到着。猫好きの和尚さんとお話をさせていただき、次の五柱神社さんへの行き方のポイントを教えていただく。これ、とても大事でした。
五柱神社さんへの道は畦道か!と思う程細く急坂でした。10時27分着。
どうしても見たかった巨木です。
五柱神社のスギ あきる野市指定文化財(天然記念物)
この杉は樹高が約52メートル、目通りの幹回りが約8メートル。樹齢は400年前後(推定)
まわりの集落や山々からも、その姿ははっきりと認められ、地域のシンボルともいえる存在です。(平成14年9月1日) あきる野市教育委員会」
樹高52メートル&目通り幹周り約8メートル!
しかも損壊なし!このところ樹勢の衰えた木ばかり見てた気がするのでとても嬉しい。しかもこの木は触れます。
いつものハイライトになるダンナです。
この記事は4月13日の秋川渓谷・乙津地区巨木と桜散歩のまとめです。だから詳細は後日個別に記事立てするつもりですが、この木の見事さは紹介せずにおられない。
散策マップを先に進み、振り返ると大杉が見えた。集落のシンボルツリーですね。
どうせなら52メートルもある木の全景撮影したかったのですが、手前の木が邪魔で挫折。上り坂。やがて大沢を超えて杉林の続く下り坂。途切れて11時1分、花でいっぱいの龍珠院さんに到着です。
武蔵五日市駅で9時40分発のバス待ちをした客のほとんどが目指したのはここ。
参拝の前に一服しておやつです。切り株を椅子に見立てたくさん並んでました。
参拝後、次はどうするか?迷う。散策ガイドは秋川を上流に追いかけるようになってるけども、私は巨木探訪で光厳寺さんの山桜を見たいのだ。
行き先変更してこの後瀬音の湯へ向かうことに。歩いてると、ここは知る人ぞ知る名所のようで「今年はしだれ桜とソメイヨシノが両方見られてよかった」という観桜客の言葉があちこちから聞こえてきた。この見事な光景を見たくて再訪する人が多い模様。
ちなみに、駐車代金は500円です。駐車場の入り口で、売店しながらお寺の人が御朱印状書いてました。
下ります。先ほどヒーこら登ったのにすぐ降るのはなんか悔しいわ。
秋川です。
山々が淡いパステルカラーの緑とピンク色に変わってます。
道なりに瀬音の湯に到着。11時53分。ちなみに足湯の利用は無料なので、疲れた足を休めるのがオススメ。これでHP回復して再出発。
ちなみに、瀬音の湯の奥から石舟橋に抜けれます。私はイマイチ道がわからなかったのでガラポン抽選場のおじさんに行き方を聞きました。楽な道「この先の二股を左へ進んで」と教えていただきました。なお、瀬音の湯から長岳橋へ抜ける道は、現在崖崩れかなにかで通行止めになってますのでご注意を。
石舟橋に12時9分到着。素敵な撮影ポイントですが、紅葉の時期はもっと素敵らしい。十里木バス停までここから300メートル。すぐ着いた。もっと足湯に浸かればよかった。次のバスは12時40分発なのだ。ということで、十里木バス停のベンチがお昼ごはんの場所になる。12時40分、バスは時刻表通りにやってきた。時間は十分あるので、4つ先のバス停戸倉で降車。400年の山桜の光厳寺さんを目指します。(続く)
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日暮里諏訪通りの見逃せない!

2019年03月08日 05時29分58秒 | ぶらぶら散歩
諏訪神社さんの鳥居前でそばに説明板を見つけた。
江戸六地蔵と雪見寺(浄光寺)
山門をくぐって左手に、高さ1丈(約3メートル)に銅造地蔵菩薩がある。元禄4年(1691)、空無上人の勧化により江戸東部六ヶ所に六地蔵として開眼された。もと門のかたわらの地蔵堂に安置されていたもので門前は「地蔵前」ともよばれる。
浄光寺は、真言宗豊山派の寺院。法輪山法幢院と称し、江戸時代までは諏方神社の別当寺であった。元文2年(1737)、8代将軍吉宗が鷹狩りの際にお成りになり、同5年以降御膳所となった。境内に「将軍が腰掛けの石」がある。
眺望にすぐれた諏方台上にあり、特に雪景色がすばらしいというので、「雪見寺」ともよばれた。荒川区教育委員会」
江戸六地蔵って品川の品川寺(ほんせんじ)や清澄白河の霊厳寺で見たでっかい大仏だよね?ここにあるの?でも、あれれ?確か六地蔵で街道の起点に置いたんじゃなかったっけ?浄光寺さんの六地蔵が守る街道って何街道??頭をひねりつつもまずは六地蔵を見たいっ!
これがトップ画像なんだけどね。言ってもいいもんだろうか?
ここの六地蔵、ショボイんですけど〜??3メートルもない!小さいっ!
あ。イカンイカン急ぐんだったぜ。歩くスピードを上げる。
おっとォ〜〜!!
富士山の写真がある。
説明板発見:富士見坂:坂下の北側の墓地は日蓮宗妙隆寺(修性院に合併)の跡。妙隆寺が花見寺と呼ばれたことから、この坂も通称「花見坂」または「妙隆寺坂」と称された。
都内各地に残る「富士見」を冠する地名のなかで、現在でも富士山を望むことができる坂である。
都心にいくつかある富士見坂のうち、最近まで地上から富士山が見える坂でした。関東の富士見100選にも選ばれています。 荒川区教育委員会」

あきません〜。富士山見えません〜。ってか、どうも視界の奥にビルが建ってビル影になって、もうこの坂からは富士山が見えないようです。残念ね〜。
足元の路面と、坂の途中の街頭のデザインに富士の名残を見つけましたが。
撮影だけして、いにしえへの郷愁に浸ってる時間は私にはないのです。

ああ〜ん。もうっ!また見つけちゃったよ〜。
養福寺さんの門前から立派な仁王さんが見えた。しかも五色に彩られている。
何つーの?例えるなら、もし私が外国の小さな街を散策したら、「フォトジェニック!!ファンタスティック!!」と言って有頂天で撮影しまくるテイストなのね。仁王門のそばにはこれまた撮影ごころをくすぐる六地蔵さんが、赤い帽子とよだれかけでドレスアップ。しかも季節のお花つき。

谷根千が外国人の町歩きに人気あるのわかるわ〜。少し歩いただけど次から次へと見逃せないあれこれに出会えるんだもの。
次の目的地は諏方の道に敷地が隣接してるハズの延命院さん。朝9時から浜離宮で巨木探訪始めたものだから、次第に疲れてきてる自覚がある。もう参道を通って訪問にはこだわらない。一番近い入り口はどこだ?と順に通りを探しつつ進んだのですが。とうとう諏方の道が御殿坂に合流してしまった。
なんか人が一気に増えた。これが外国人と猫好きに人気の観光地の集客力かぁ〜!!
驚愕驚愕!でも、周りを見ずにスマフォや手元の書類に目を落としてる人がやけに多いな。たぶんアレだね。谷根千の通りの複雑さに、軽く迷子なんじゃなかろうか?いやいやいや。人間ウォッチングしてる場合じゃなかったわ。

諏方の道と御殿坂の出会う角に門構えが大きめのお寺、経王寺さんがあった。説明板もあった。
大黒天 経王寺:経王寺は日蓮宗の寺院で山号を大黒山と称す。明暦元年(1655)、当地の豪農冠勝平(新堀村の名主冠権四郎家の祖)が要詮院日慶のために寺地を寄進し、堂宇を建立したことに始まるという。本堂の隣の大黒堂には日蓮上人の作と伝えられる大黒天が鎮守として祀られており、地域の人々の崇敬を広くあつめている。
慶応4年(1868)の上野戦争のとき敗走した彰義隊士をかくまったため、新政府軍の攻撃をうけることとなり、山門には今も銃弾の痕が残っている。 荒川区教育委員会」
ほうほうほう。幕末期の銃弾痕か。それは見とかないと。
ありました。画像では銃弾のサイズが分かりませんね。手も写しておけばよかったよ。銃弾と聞いて想像してください。それを2〜3倍したサイズだと思う。結構大きい。綺麗に抜けてるね。この場合、発射した銃の性能が未熟なのか?それとも銃痕が抜けただけで割れずに持ちこたえた木材が優秀だったのか?気になるなあ〜。

たっぷりと木材を使ってるからおそらく木の方が優秀だったのね。さて、目的の延命院さんの入り口は?反対側だと思う。
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浜離宮は巨木がいっぱい

2019年03月01日 04時37分59秒 | ぶらぶら散歩
浜離宮恩賜庭園へ三百年の松と吉宗ゆかりの5本のトウカエデを見にいき、おまけで菜の花と梅を楽しんで、徳川将軍家の庭園に残る史跡を巡って記事を3つ投稿して、昨日で綺麗にまとまったのに、ふとそういえば浜離宮で大きな木や姿のいい松が多かったなあ〜と思い画像をチェックする。記録的な撮影だから木の大きさが推察出来る画像ではありませんが、一見の価値ある木をいくつか紹介します。
トップ画像は盆栽みたいなアカマツです。

続いては富士見山のそばにあったクスノキ。これまた分枝が素敵です。画像の背景にうっすら見えてるのは汐留川。クスノキって潮風にも強いのか。

潮入の池に枝が垂れてるクロマツを背後から(岸辺から)撮影。横から見ると、浮世絵によく描いてある松。この画像の松は大きめですが、北斎や広重が描くような松が潮入の池と中の橋が分ける横掘の周りには一杯です。絵描きなら一度は見る価値あり。撮影画像が残ってないのが不思議。あ、分かった。たぶん散策路が逆光だったからだ。

これは潮入の池にかかるお伝い橋にあった藤の木。相当に樹齢を重ねてます。くねり具合が絵的です。

クマザサの背後にあってこれ以上近づけなかったけど大きなクスノキです。
この木の根元にも空洞があるなあ〜と近寄ったら、ウロの中に何か挟まってた。これはもしや腐朽菌のサルノコシカケ?や、クマザサの向こうなので遠目に観察するしかないんだけども。除去しないとマズいんじゃ〜?

エノキかな?ケヤキかな?木は内堀の堤に立ってます。サイズが分からない画像ですが、注目したいのは根元です。根っこが踏ん張ってるよね〜。

浜離宮は木の1本1本の間隔が広い。木は十分に成長する空間がある。徳川将軍家の庭で江戸時代は手入れも十分。明治に入ると皇室の離宮になったので、手入れも十分に継続したんじゃないかな〜?分からんけども。戦後すぐに東京都に下賜され整備し、特別なお庭が一般市民にもこうして楽しめる庭となりました。素敵な時代だなあ。
さて、今度こそ浜離宮を離れなくては。時刻は既に11時過ぎ。散策計画の予定時間をオーバーしちゃってます。

あ。旧新橋停車場。忘れてた〜。ダンナがとっても寄りたそう〜。
「じじじじ、十分だけだから〜!!」
負けたわ。
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鶴嶺八幡宮の参道

2019年01月20日 15時26分45秒 | ぶらぶら散歩
一つ前の投稿で、月・火・木・金と接骨院に通ってる!と書きましたが、今週から頻度を落とし月・木曜に通うことにする。というのも月曜の翌日の火曜、また木曜の翌日の金曜は「具合はどうですか?」と聞かれても、前日の針とお灸で痛いのか?そもそも直したい右足とお尻の痛みなのか?自分で判断が出来ない!と思い頻度を落とすことにしました。
先生が間を詰めて来院してほしいというので、この頻度だったのだけど、判断つかない!のはダメでしょう!と。ついでに、散歩してみて痛みが出るかどうか試したい!と考える。
どこへ行こうか?思いついたのは巨木探訪です。ピックアップしたもののまだ未訪問の場所で、高低差のない場所。そうだ!あそこがある!で、2019年1月19日、ダンナを誘い出かけました。最寄駅から最短コースは相模線北茅ケ崎駅ですが、図書館で借りた巨木の本によりますと『茅ヶ崎の市街地にありながら、樹齢450年とされる松並木に覆われた800メートルの参道が存在し、市の天然記念物に指定されている」と書かれていたので、参道の出発点の東海道から八幡宮を目指すことにしました。ってなことで、JR茅ヶ崎駅に11時ごろ到着。東海道を西へ。小さな川を渡る。そこが参道入り口なのですが、何か碑が立ってます。
南湖の左富士?確かに川の奥にくっきりと美しい富士山がみえる。む?橋の欄干に採用してあるのって??
実はこれ、東海道53次で安藤広重が描いた浮世絵です。東海道が川の手前(江戸側)で、北西に向かいます。なので、この区間だけは東海道の左手に富士がみえるのだ。

トップ画像の橋を渡ると、赤い鳥居があります。これが鶴嶺八幡宮の参道入り口。参道の起点が東海道に接してるわけです。
ではさっそく。樹齢450年とされる松並木が800メートル続くんでしょ?た〜の〜し〜み〜!!

あれ??
樹齢450年??嘘だーー−!!
松並木は古木もあるけど新しい木も。樹齢5年程度にみえるひょろい木も混じってます。
参道を護るのも大切だけど、古い木も守ってほしい。こんなギチギチに根元まで覆っては、松の根は呼吸出来ないよ〜。ってなことで800メートルの参道はがっかりの参道になった。

途中に歴史広場があった。
説明板発見:「鶴嶺参道歴史ひろば
鶴嶺八幡宮は、その創建が平安時代末期にさかのぼると言われる古社です。
その後は幾度にもわたる戦乱によって荒廃しましたが、江戸時代になって、僧朝恵が領主山岡氏の援助を得て再興を果たし、三代将軍家光(1604−1651)から社領7石の御朱印を受けた記念に、南大門馬場の左右に松を植えました。これが現在に残る松並木の参道です。
この辺りは、古墳時代後期(1400年前頃)から村の営みが始まり、奈良・平安時代にかけて発展したことが発掘調査でわかっていますが、鎌倉時代になると「懐島」という地名が記録に現れ、鎌倉幕府とのゆかりが強い地域であることが知られています。
この鶴嶺八幡宮参道は市の史跡に、松並木は市の天然記念物に指定され、地域の中で保護されてきましたが、参道の整備にあわせてこの歴史ひろばが設けされました」

かつての松並木の写真が紹介されていた。
あ〜、450年の松って残ってるのか?次はこれが気になって目を皿のようにして参道の松を1本1本確認しつつ進みます。
参道の終点へ。そこは信号鶴嶺八幡宮入口交差点です。

歩いてきた参道を振り返る。東海道か鶴嶺八幡宮入口交差点の間には、樹齢450年の松は1本も残存してなかった!と思う。樹齢100年程度のものは数本あったように思うけども。
鶴嶺八幡宮前交差点を渡ると目の前にかつての参道にタイムスリップした光景があった。

貼り付けた絵図は「江戸時代末期の万延元年(1860)に皇女和宮が降嫁する際に備えて描かれた辺りの領主山岡家所蔵の絵図の一部で、当時の参道と松並木の様子を見ることができます。絵図には神社本殿より東海道まで長くのびている約764メートルの参道と両脇に松が整然と立ち並んでいる姿を確認することができます。(解説文から抜粋)」とあります。
参道を南から本殿に向かってたどっていくと、丸い橋が描かれてます。これが上の画像に写る丸い橋です。
絵図には丸い橋の向こうに4つ池が並んでいる。

わかりずらいのですが、参道の左右に今も池が4つあります。が、訪問時の1月19日は水が全く入ってませんでした。この辺りの松だけは樹齢が150〜200年くらいはありそうに見えたけど。古そうな木はほとんど真横に伸びてたり、枝が落ちないように支柱で支えてある木もありました。
時代の醍醐味を少しだけ味わうと、ようやく本日の目的が見えてきました。

巨木探訪!!すっげえ〜〜!!上の画像の本殿の右にある落葉してる大きな木が目的の樹齢950年の大イチョウです。
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杉並さんぽ4 角川庭園

2018年06月10日 05時26分51秒 | ぶらぶら散歩
2018.5.20 13:29角川庭園に到着。実は訪問前にWEBで地図やらを検索したのですが、ここの名称が紛らわしい。

こうですもの。どれで検索したらいいんだろうか?

現場に着いてみてわかった。ここはもとは金持ちの邸宅じゃなかろうか?ともかく中を拝見。

展示室だね。玄関を入ってすぐ、たぶんかつては応接間。

で、会議室??あれ?なぜに金持ちの家に会議室があるのか?
パンフレットがあった。「角川庭園は、俳人で角川書店の創設者である角川源義氏の旧宅を、杉並区が遺族から寄贈を受けて改修したものです。平成21(2009)年5月10日に区立公園として開園しました。建物は昭和30年(1955)竣工の木造二階建て瓦葺近代数寄屋造で、平成21年11月に国の登録有形文化財に、平成28年(2016)9月に区の景観重要建造物に登録されました。
建物の建築当時この地は、緩やかな斜面の野菜畑で、その下は田んぼが広がる見晴らしのよい場所でした。庭園は、建物の入り口付近にアカマツ・ウメを植え、茶室の前には武蔵野の雑木林を思わせるコナラ・エゴノキ・ホオノキなどを配しています。
昭和35年(1960)頃隣接する田んぼは埋め立てられ荻窪団地が建設されたため、南側にシラカシを植えて目隠しとしました。
庭園は建築時の源義氏の考え方を受け継ぎ、俳句に相応しい野趣あふれる庭園を維持し、四季折々の花や草木を楽しむことができます」
本来は茶室も内観できますが、訪問時はお茶会開催中で見えませんでした。お茶室の他各部屋も貸し出ししてます。パンフレットによると、茶室が定員5名、午前600円午後900円。詩歌室1定員20名、午前1300円午後1800円。詩歌室2定員10名、午前900円午後1200円とリーズナブルな設定です。

お庭に回る。画像ではわかりませんが、手前に斜面があります。

お茶室。画像手前左に水琴窟があり、つくばいから水を流したら金属質のいい音が聞こえました。
さて、時刻は13時45分。移動です。
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杉並さんぽ3 大田黒公園

2018年06月09日 05時10分59秒 | ぶらぶら散歩
2018.5.20訪問。 11時34分、大田黒公園到着。

いただいてきたパンフレットによりますと、「大田黒公園は、大田黒元雄氏の屋敷跡を杉並区が日本庭園として整備し、昭和56年10月1日に開園したものです。大田黒氏は86歳で逝去するまで47年間余りにわたって、この地で大楽活動を続けられ晩年を過ごされました。
この公園の約30%に当たる、2.679.63平方メートルは公園にしてほしいとの氏の遺志により、ご遺族から杉並区に寄付されたものです。公園化に際し、できる限り原型保存を図り従前からあった池の再現をしました。園内には樹齢100年を超える銀杏並木をはじめ、ケヤキ、クロマツ、アカマツ、シイノキなどの巨木がうっそうと茂っています。

70メートルの御影石の両脇に樹齢100年を経た27本の大銀杏が並んでます。
また、数奇屋造りの茶室、民家の土間を思わせるような休憩室の他に、
数奇屋造りの茶室8畳、水屋5畳、貸出されてます。
氏の仕事部屋であったベンガラ色の記念館が保存されています。
昭和8年に建築されたもの。平成28年国の登録有形文化財に登録。
記念館の室内には、生前氏が愛用されていたスタンウェイ社製のピアノや蓄音機などが残されています。
正門(トップ画像)を入ってすぐの見事な銀杏並木に圧倒されしばし見惚れる。
これさ、銀杏が黄色に染まる頃に再訪したいなあ。黄色に染まった光景も素敵だろうなあ。

土間のような休憩室とパンフレットに紹介されてた場所からお庭を撮影。画面では分かり難いのですが、上の画像奥左に向かい高低差を利用して池まで細い渓流のように流れがあります。渓流の感じが素敵だったので、撮影したかったのですが、あいにく剪定作業で散策路が一部通行止めになってて写せませんでした。
流れを追いかけると池。

周囲には楓が植栽されてます。11月末から12月初旬に園内に60本以上あるモミジが紅葉するときにライトアップイベントを実施してるとか。

庭の周囲で残念がってるおじさんがいた。会話を漏れ聞くに「さっきカワセミが池にダイブしたけど、見とれててカメラを構える損なった。もう一度来ないかと待ってるんだ」だって。わたし的には新緑を池に写してるだけでは寂しいと思ってたから、カルガモがモデルで満足ですけども。さらに極上のモデルを見た後だけに、おじさんは諦めきれない模様です。
鳥の撮影はな〜待ちが基本。ようやくのシャッターチャンスを逃しちゃいかんのじゃ。
池にはなぐり仕上げの東屋があって、周辺にベンチが設置してあったのでそこで軽くパンをいただいた。代々木公園のベトナムフェスで軽くチキンフォーを食べたばっかりだったけどね。追加です。

記念館は1階が内観できます。

スタンウェイが存在感を誇示するように窓際にど〜ん!と置いてあります。

このスタンウェイ少し外観が変わってて、箱根の寄木細工みたいな装飾が。アップで撮影したけどピンボケ画像になっちゃいました。
書棚にはかつて大田黒氏の所蔵した楽譜が並んでたのでしょうか?

閲覧資料には音楽評論家の大田黒氏が日本に初めて紹介した作家ドビッシーの記事などがありました。
スタンウェイピアノは古すぎて使用不可になっていたのを有志が頑張って再生。時折コンサートを開いてるとか。

照明などは昔のままだそうで。

記念館の玄関の脇から茶室外観を撮影。

旧大田黒家住宅蔵。いただいたチラシによりますと、
「現在は公園管理の倉庫をして利用してるので非公開。昭和8年ごろ築、平成28年11月29日、記念館と併せて国の登録有形文化財になりました。
画像は催事広場から撮影。外観はモルタル塗り。外壁上部は土蔵風に八巻きがかたどられています。窓は鉄格子をはめて鉄扉、昭和戦前期の邸宅の様相を今に伝える蔵となっています」
さて、移動です。予定では催事広場から外に出るつもりだったのに、門から出入りできない。正門を回って移動なんだけど、ルートは??
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ベトナムフェスティバル2018

2018年06月06日 06時08分05秒 | ぶらぶら散歩
2018.5.20 10:19、代々木公園イベント広場に到着。去年も見に来たベトナムフェスティバルに今年もおじゃましました。
ステージではベトナムのグループの演奏が始まりました。

10時開始なのに、どんどん客が増えていく。まだ昼食には早いのですが、並ぶのが嫌だ!という理由で、早々に軽く食べることにした。

で、最初に目に止まったのがベトナム大使館の飲食ブースです。牛肉フォー500円と鶏肉フォー400円をいただきました。パクチーが入ってた。まあ、ベトナムといえばパクチーと日本人は思ってますよね。私はベトナム旅行の最中極力パクチーを食べないようにしてたんだけども。入れて出されたら仕方ないなあ〜。早々に空きテーブルはなくなってましたが、フォーは回転が早いので、なんとか椅子に座って食べれました。ごちそうさまです。
ってなことで会場を一回り。

本当は今年はバインミーを食べたかったんだけども、フォー食べちゃったし〜。見るだけです。また来年ね〜。

イベント協賛ブースにベトナム航空のテントで、観光パンフレットやベトナム航空の機内誌を無料配布してたのでいただきました。おまけにうちわももらっちゃいました。

去年はなかった水上人形劇特設会場です。残念ながら人形劇は午後から3回のみ演じるようです。でも画像をよく見ると、特設会場の手前のステージに水を張ってるのがわかります。本当に水上人形劇なんですね。水上にこだわる理由がわからんが。



今年のベトナムフェスティバルは飲食ブースが多かった。反して、ベトナムといえば「ベトナム雑貨」が日本では有名なんだけど、今年は雑貨を扱うブースがない。去年はランタン屋さんやビニール籠とか見たんだけどな〜。そしてベトナム食材や調味料を扱うブースもごくわずか。残念すぎる〜。

かろうじて見つけたベトナム食材ブース。ダンナがホーチミンのスーパーで購入したのと同じニョクマムが欲しいっ!と探しましたが、なかった。でも私が欲しかった蓮茶のティーパックは売ってたので購入。他にもスナックやインスタントラーメンを購入しました。

シクロの撮影イベントがあった。これも去年はなかったなあ〜。
シクロって日本では人力車みたいなもので、ベトナムではハノイの旧市街で観光客向けに商売してました。ホーチミンで朝散歩してたら「乗ってけ乗ってけ」と誘われたなあ〜。その後観光予定がなかったら記念に乗ってもよかったんだけどね。どうも現地人の足にはもう使われてなさそうでした。そういや、ベトナムの民族衣装のアオザイも日本の着物とほぼ同じのようで、普段着にしてる現地人はいなさそう〜。観光客相手のレストランと民族音楽の演奏する人しか着てなかったよ。
さて、荷物をリュックに詰め込んだら移動です。

小田急東京メトロ切符を利用での1日なので、明治神宮前(原宿)駅へ向かいました。途中、五輪橋を渡ってたらダンナが「あのマンションが前の東京オリンピックの時に建てた建物だよ」と。選手村みたいの?そういや代々木公園にもかつての選手村の宿舎が記念に残してあるんだよね〜。
11時15分、東京メトロ明治神宮前駅に到着です。
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薬師池公園の新緑2018.4.29現在

2018年05月19日 05時57分34秒 | ぶらぶら散歩
すでに花がほとんどないぼたん園でがっかり。薬師池公園に移動。蓮池ではハスが成長中。まさかのシオカラトンボを見つけびっくり!なぜにいるんだ??まだ4月だろう??
トップ画像の蓮池では、橋の下にカルガモを見つけました。訪問時は池の周りの野草が満開でした。

薬師池では新緑が美しい。

疲れたのであられでおやつです。背後の藤棚では藤色の花はすでに見頃過ぎでしたが、白藤はまだ見頃を保ってました。しかしさすがに香りはほとんどないなあ〜。
ダンナが薬師池の古民家を見たことない!というので見物に。

古民家の前に梅園があった。ここにも梅園があったのか!梅の季節に薬師池公園に来たことないなあ〜。
梅はないけど野花は満開でした。

目的の古民家に到着。ダンナが古民家の見学へ。でも私が気になったのは古民家の前の大きな柿の木です。
実は「禅寺丸」という今ではほとんど出回らなくなった柿の木です。薬師池公園は東京都町田市にあります。禅寺丸の発祥は、町田市に隣接する川崎市麻生区の王禅寺に原木があります。昭和30年代より富有柿がもてはやされ、禅寺丸は商品価値が下がり栽培されなくなったんだとか。古民家の前には似合う木かも?

薬師池公園には古民家がもう一つ。新緑の中の古民家は、ほんのり日本昔話テイストです。

訪問した4月29日には古民家の中も公開されてました。この古民家はかつて村の医者の家でした。

だから薬医門もあったのね。

もうすぐ菖蒲田では菖蒲の季節ですが、訪問した4月29日には黄菖蒲だけ咲いてました。ってか、4月に黄菖蒲が咲いてることがびっくりです。
水車のあたりに来ちゃいました。ここから上の道路に上がれるんだけども、急坂なんだよなあ〜。ぼやきつつ上がる。

視線が大分低いせいか、めずらしい花を見つけました。気づけばこの花あちこちで咲いてます。でもさ、地味過ぎて気づいてる人もあんまりいなさそう〜。
実はこの後、えびね苑を訪問するつもりだったのですが、朝吐き気に耐え切れず胃の中のものを全てリバースしちゃったツケが出ちゃいました。
リバーズした内容物の中には毎朝飲んでるお薬も紛れていてね。体調が!動機・息切れが!!
ダンナに「もう帰る。体調イマイチなの。ぼたん園の半券を持参したらえびね苑は100円で入れるから、一人で行ってくれば?私は帰るけど」と申告したら、ダンナも「帰ろう!ダリアの球根がやばいかも?暑すぎるわ。出ちゃった芽が枯れたら困るし」ということで撤収しました。ちっ!えびねや野草を見たかったのに〜。残念〜。

残念で終われない。帰宅後しばらく大人しく、ってか実質は29日はへばり30日早朝になりダリアの球根をどうやって送るか知恵を振り絞る。
思いついたのはいつだったか愛媛県の宇和島で養殖した鯛を生きたまま築地に送る方法です。生簀に小さな部屋で仕切り、仕切り一つに1匹のタイを入れて別のタイを傷つけることなく送ってました。あれを再現すればいいんじゃない?ってな事でレッツ工作開始。80センチサイズの段ボールに10個のマスを作りマス一つに球根を1個。すでに出てる芽が折れないように固定。更にダリア園でいただいた柔らかなふわふわの土を入れてゆうパックで送りました。なんとか無事に芽が折れることなく着いた。段ボールで工作した仕切りの高さがポイントだった。母にすごく喜んでもらって満足です。後はさかすだけ。ダリア園でそだて方のコピーもいただいたので、それ見て頑張って欲しい。
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等々力渓谷と等々力不動尊

2018年03月30日 10時27分24秒 | ぶらぶら散歩
2018.3.27訪問。洗足池の桜→池上本門寺の桜→多摩川台公園の桜と電車→等々力渓谷と等々力不動尊(今ここ)です。
最寄駅が大井町線等々力駅とはわかったのですが、等々力渓谷の降り口がわからないので駅員さんに聞いてみた。
「成城石井の所を右へ行くとすぐに階段があります」すぐそこだった!

階段を降りたら別世界。突然の渓谷の出現です。

こんな場所が街中に残ってあるのも素敵。

赤い橋はゴルフ橋と言うそうで。かつては東急が開発したゴルフ場が近くにあり、その名残だとか。
説明板発見:等々力渓谷 東京都指定名勝
所在地:世田谷区等々力2丁目外
指定:平成11年3月3日
等々力渓谷は、国分寺崖線(ハケ)の最南端に位置する約1キロメートルの都区内唯一の渓谷である。谷沢川が国分寺崖線に切れ込んで浸食したもので、台地と谷との標高差は約10メートルある。渓谷の斜面には、武蔵野の代表的な樹木であるケヤキをはじめ、シラカシ、コナラ、ヤマザクラ、イロハカエデなどとともに、常緑シダ類のような湿生植物が繁茂しており、渓谷内には至るところから湧水の出現が認められる。
等々力不動の滝右手の露頭では、武蔵野台地の基盤を形成する地層を観察することが出来る。地層は上から黒土層、立川ローム層、武蔵野ローム層、武蔵野礫層、東京層の順で、武蔵野ローム層の中には東京軽石層が白くベルト状に認められる。国分寺崖線の湧水である不動の滝は、武蔵野礫層と東京層の境から湧き出した地下水によるものである。稲荷不動右手の石段下には、この滝に打たれて行をする修行僧が各地から訪れたと言われており、役の行者ゆかりの霊場と伝えられている。
等々力渓谷は、東京都指定名勝「真姿の池湧水群」国分寺市西元町とともに国分寺崖線名勝群を形成する一つであり、東京を代表する自然地理的名勝として、植生学、地質学及び地経学上重要である。」
国分寺の真姿の池湧水群?それ、行ったことある。
国分寺歴史散歩(2014.11.20)の記事 こちらの記事に真姿の池湧水群の画像と地図があります。

渓谷を多摩川方向へ進むと、幅の広い橋がかかってた。橋の正体は環状8号線です。つまり橋というより道路です。しかし橋の下の渓谷の道は、大きな自然の岩が無造作に積み上げてあるだけ。



やがて、等々力不動尊に到着しました。ここが思案のしどころ。
選択肢は2つ。
1)石段を上がり等々力不動尊に行く。
2)等々力渓谷を直進し、巨木のカヤのある善養寺に行く。
しばし考えたものの、私の体力は東急の移動で少しくらい回復したくらいです。明日(3/28)も桜散歩するから、疲れすぎたくない〜〜〜っ!
ってなわけで、石段を上がり等々力不動尊に参拝して駅に戻るコースを選択。善養寺さんのカヤの木に会うのはまたいつか。近日に。

等々力不動尊では4月8日の花祭りに合わせ、境内が美しく花で飾り付けられていました。

お釈迦様の像と甘茶。

像に甘茶をかけてお参り。
境内に展望台があったので渓谷を見下ろす。

思ったより桜は少ないなあ〜。

すでに新緑が伸びてます。

花の境内を山門へ向かい、途中で本堂に振り返る。
山門の外は目黒通りです。

目黒通りを東へ。

途中で環状8号線を横切ります。目黒線を歩くと、目黒不動から駅まで5分でした。

等々力駅に戻りました。時刻は午後2時41分になってました。つ、疲れた〜。もう帰るぅ〜〜。

で、翌日、空の青さに身体に残る疲れを見ないふりしてまたまた東急ワンデーオープンチケットを購入しちゃいました〜。28日はこどもの国と砧公園と池尻大橋から満開の桜を追いかけて、目黒川を下りたい。
その様子は午後にでも記事にします。今のうちに家事を済ませなくっちゃ〜。
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