山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

信州小さな秋旅の記録<第2回>

2020-11-29 04:13:08 | くるま旅くらしの話

2年ぶりに旅に出かけました。旅と言ってもたった4日間の小さなものです。長いこと休んでいたため、旅の感覚が大きく鈍っているのを実感しました。6回に分けて久しぶりの旅の所感を報告させて頂こうと思います。

 

第1日(11/14〔土〕)

自宅→(R294)→常総IC→(圏央道・関越道・上信越道)→横川SA→(上信越道)→須坂長野東IC→(R403)→道の駅:オアシスおぶせ(泊)

いよいよ出発の時が来た。昨日までに概ね準備を終えて、給油も済ませた。往復500kmほどだろうから、満タンにしておけば途中の給油は不要だろうと思った。今回の旅は混むのが予想される一般道を避けて、多少費用がかかっても高速道を優先させようと思っている。老人には長い時間をかけて一般道を行くよりも短時間で目的地に届く高速道の方が楽だと思った次第。いつもだと旅の初日は適当な緊張感があって、車を運転する楽しみ等も膨らむのだが、今回は何故なのかさっぱり意気が上がらない。何となくめんどくさいというような気持があるのは、2年間の封鎖いう長いブランクと、それと合わせて2歳年取った老人となったということなのか。とにかくこんなことは初めてであり、その分安全運転に十分気をつけなければならないなと思っての出発だった。

9時40分に家を出て、20分ほどR294を走って常総ICから圏央道に入って、関越道鶴ケ島JCTを目ざす。圏央道は比較的新しい道だが、何だか促成道路の感じがして車線も少なくあまり好きになれない高速道だ。久しぶりの高速走行なので、特に注意して安全走行を心がけることにした。鶴ケ島JCTまでは思ったよりも時間がかかり、関越道に入る時には渋滞していた。休日なので車の量が多いのかと思った。間もなく渋滞も解消して上信越道に向かう藤岡JCTへ。天気は上々で少し暑いくらいの感じだった。藤岡から少し走って、横川SAで昼食休憩とする。当初は遅く出発した時はここで1泊しようかとも考えていたのだが、今日は早い出発だったのでここに泊ることは止めて昼食することにして、その後は今日は小布施の道の駅に向かうことにした。小布施で時間があれば町中を散策するもよし、それがダメならば、そのまま道の駅に行って休めばいい、その程度の予定である。

横川といえば、昔から峠の釜めしとメニューが決まっている。JR線活用時代も横川駅では駅弁の釜めしは必食だったのを思い出す。高速道になっても、釜めしがあるのがありがたく嬉しいのは、やはり老人だからなのか。若い人たちよりもその分味わいが深いのだと、勝手に思っている。ということで早速釜めしを買ってきて昼食とした。ふと気がついた。どういうわけなのか今日の釜めしは近年に無く美味いのである。この頃は、どこへ行っても名物と言われる駅弁などの食べ物は味が落ちており、食べる度にがっかり感を増すことが多いのだが、今日のは違っていた。食べている間に欲しいと願っていた釜めしの具が丁度いいタイミングで出て来て、ご飯とマッチングするのである。ここの釜めしがこんなに美味いと感じたのは初めてだった。家内に訊くと同感だという。食べ物に対する評価では文句の多い家内のような人さえもが美味いというなんて珍しいことだ。不思議な体験だったけど、ありがたくも嬉しいことだった。十二分に満足してSAを後にする。

その後はひたすら上信越道を走って須坂長野東ICで降りて一般道のR403へ。途中、上信越道の小諸から上田を通る辺りの両側の山はカラマツの黄葉が美しく、その他の樹木たちも黄金色に葉を染めていて、全山紅葉が美しかった。もうそれだけで満足した。

R403をそのまま走れば小布施の町中に行く筈と行ったのだが、どこで間違えたのか、駐車場を見つけることができず、町中の散策は諦めることにし、道の駅:オアシスおぶせに行くことにした。この道の駅は上信越道に造られたハイウエイオアシに隣接していて、何回か泊りにも利用させて貰っている。車を駐車場に泊めて、一休みの後、まだ寝るのには早や過ぎるので、先ほどの町の中心街迄歩いて行ってみることにした。というのも、夕食に小布施の名物の栗おこわを手に入れたいと考えていたので、歩いて行けばまだ間に合うのではないかと考えた次第。

売店で観光案内図を手に入れ、凡その見当をつけてその方向へ歩いて行ったのだが、一向にいつもの観光街が出て来ないのである。家内は途中で不安を感じたらしく車に戻ってしまった。自分の方は、あれだけ大きなエリアなのだから、店も直ぐに見つかるだろうと思って歩き回ったのだが、北斎館もミュージアムもどこにも見当たらないのだ。道路脇など見ても何の案内表示板も無く、真に不親切な観光地だなと腹が立ってきた。解らないのは自分の勝手で不正確な思い込みによる見当はずれが原因なのだとは解っているのだけど、何故かこの町に対する怒りのようなものが湧いてくるのは哀れということなのか。結局栗おこわを手に入れることもできず、来た時とは違う道をとぼとぼと歩き戻るという顛末となった。日も暮れて来て、念願の栗おこわは手に入らなかったけど、夕飯はなんとでもなり、今夜はかなり冷え込みがきつくなりそうと考え、紅茶にウエスケなどを淹れて温まって、寝床の中へ。たちまち高鼾でカミさんを悩ましたようだった。本人は太平楽の白河夜舟。それでも夜中に目覚めて起き出し、一句。今回は句作をすることに決めている。駄作を3句ほど書きとめた。

 旅の夜の長きに飽いて欠伸かな  馬骨   

 信濃路の山悉(ことごと)く黄金(こがね)なり  馬骨

 山燃えて一瞬の秋遠去かる     馬骨

夜中は、予想通りかなり冷え込みがきつくなり、湯たんぽを持参しなかった手落ちをカミさんから責められた

コメント
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