山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

観光公害に思う

2019-02-12 23:35:44 | 宵宵妄話

TVを見ていたら、中国の春節での日本への観光客激増の話題が幾つか放映されていた。日本でも正月やクリスマスなどの祝祭日のバカ騒ぎは、コマーシャリズムに煽られていつも度を外している感がするけど、中国のこの旧正月を祝う行事は、13億人が新たな年への脱皮を期してのエネルギーが爆発する勢いがあるようだ。その余波が、日本まで押し寄せて来ているという話なのであろう。

春節に限らず中国からの観光客は多い。中国だけでなくアジア各国からの観光来国者も年々増えているようである。車で北海道を旅していると、有名観光地にはこれらの人々が溢れているのを実感する。富良野や美瑛等の花畑などには、訳の分らぬ嬌声を発する東アジア系と思しき外国人が数多く入れ混ざっているのを実感することが多い。

昨日のTVでは、溢れる観光客に対する白川村の規制への取り組みについて紹介されていたが、さもあらんと同情し同感した。自分達の住む地が幾ら優れた観光資源だったとしても、受け入れのキャパシティを超える人が押し寄せて来たなら、それを放置し続けることはできる筈がない。駐車場も展望台も予約制限をせざるをえなくなるのは当然であろう。

その番組では、引き続いて白川郷に似た景色がある場所として京都の美山の民家エリアの様子が紹介されていたが、美山の人たちは今のところ観光客を引き寄せる方に力を入れているようだけど、間もなく如何にして規制するかの方に力を注がなければならない状況に陥るのではないか。

白川郷も美山の民家も何度も訪れている場所なのだが、ここ20年来行くたびに息苦しさが増して来ている。もはやゆっくり散策を楽しむという風情は無くなって来ている。ただの観光ボケの無知の人たちが渦巻いて訪れる場所になりつつある感じがして、もう訪ねてもダメなのだなとこの頃は思い始めている。日本の古い時代を今に残す場所を旅するとしたら、これからは限界集落や廃村の地を訪ねるしか無くなるような気がする。これは個人的な慨嘆である。

国は観光立国を高らかに宣言し、諸外国からの観光客誘致にかなりの力を入れているようだ。何年か前にある講演会で観光当局者の話を聞いたときには、当面年間3千万人を目指すなどと言っていたのだが、現在は2020年には4千万人と目標が引き上げられているという。ま、観光客が落としてくれる消費の額が4兆円を上まわり、更にそれが膨らむと目算すれば、これは一大産業として位置付けて力を入れるのも首肯しないわけにはゆかない気もする。

しかし、一方で観光公害などという言葉がささやかれ出しているのをどう考えればいいのか。というよりも、国はそのことを考えなくてもいいのか。それが問題なのではないか。物事には何を為すにも必ず負の部分が付きまとう。八方良しというような施策は極めて少ないのが世の現実だ。原発もそうだし、薬の使用だって副作用が付きまとう。現在世界最大の負の問題といえば、環境問題であろう。環境問題は人類が行ってきた全ての行動の負の遺産の総合問題のように思う。良かれと思ってやってきたあらゆる行為が、生み出した負の部分を放置したままにやり続けて来た報いが、環境問題に結び付いている。

観光という事業がどのような負の部分を持っているのかは判然としない。だけど、観光客を誘致することだけに目を向け、力を入れるだけでいいのだろうか。観光公害などということばが浮かび上がって来ている現状を国は看過していてはならないと思う。4千万人を受け入れた時に、どこにどのような不具合現象が発生するのかをより詳しく予測し、手を打つべきことが多々あるのではないか。宿泊施設の増設のような物的側面ばかりを考えるだけではなく、よりヒューマンサイドの出来事にも力を入れてケアすべきではないか。そう思う。4千万人というのは、我が国の現人口の3分の1にも相当する人間の数なのである。これらの人々に自国と同じ遊興気分で浮かれながら、マナーなど無視して行動されたら、地元の人々は堪ったものではない。地元だけで対処できることには限界があり、そうなればもう、これは国の責任ではないか。

いろいろな考え方があると思うが、国は「観光客はお客様であり神様である」などという愚かな発想を断固捨て去るべきであろう。先日隣国の韓国で、「お客様は神様だ」などといって、店員に暴力をふるった客の事件が報道されていたが、このような考えは愚の骨頂である。お客様は神様などではない。人間なのだ。物を買う人間が神様で、店員は唯々諾々と神様に従う人間、などというバカなことがあってはならない。客も店員も同じ人間なのだ。

だから、国は観光客を人間として扱うべきである。ぺこぺこ卑下して機嫌をとることはない。是々非々を明確にし、マナーのなっていない者には断固たる対応を明示すべきである。それは法で規制するしかない。たとえ誘致に支障が出るとしても、法に違反した者には罰を課すべきであり、曖昧な妥協はすべきではない。まずは、この辺りからしっかり取り組んだ上で、大いに観光立国を図ればいいのではないか。

旅を愛する者の一人として、この頃感じていることであり、願っていることである。日本国は日本国としてのアイデンティティをもっと確り明示すべきである。得することばかりを考えての優柔不断な対応は、いつか必ず世界から見くびられて、堕落した国となり果てるに違いない。観光公害など皆無の観光立国を正々堂々と実現して欲しい。そう願っている。

コメント
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