くろがねの
秋の風鈴
鳴りにけり
飯田蛇笏の1933年作
黒がねは鉄のこと
青がねは鉛
赤がねは銅
白がねは銀
こがねは金
これから思い浮かべるは
万葉集の
しろがねも
こがねもたまも
なにせむに
まされるたから
こにしかめやも
山上憶良
飯田蛇笏イイダダコツ
1885- 1962
飯田武治。
別号に山廬(さんろ)。
高浜虚子に師事、
山梨の山村で暮らしつつ
格調の高い句を作り、
村上鬼城などとともに
大正時代における「ホトトギス」
隆盛期の代表作家として活躍した。
俳誌「雲母」を主宰。
四男の飯田龍太も
高名な俳人である。
(ウィキペディアより)
今日は紫兎先生のお稽古
朝の内は雨降りだが
お昼近くからは上がった
茶の湯・茶道ランキング
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鳴りにけり
飯田蛇笏の1933年作
黒がねは鉄のこと
青がねは鉛
赤がねは銅
白がねは銀
こがねは金
これから思い浮かべるは
万葉集の
しろがねも
こがねもたまも
なにせむに
まされるたから
こにしかめやも
山上憶良
飯田蛇笏イイダダコツ
1885- 1962
飯田武治。
別号に山廬(さんろ)。
高浜虚子に師事、
山梨の山村で暮らしつつ
格調の高い句を作り、
村上鬼城などとともに
大正時代における「ホトトギス」
隆盛期の代表作家として活躍した。
俳誌「雲母」を主宰。
四男の飯田龍太も
高名な俳人である。
(ウィキペディアより)
今日は紫兎先生のお稽古
朝の内は雨降りだが
お昼近くからは上がった
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