goo blog サービス終了のお知らせ 

哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

目的論からアニミズム

2011年02月23日 | xx4世界の構造と起源

Gustav_klimt_026 さて、世界の構造に話をもどしましょう。拙稿の見解では、人間にとって世界はまず目的論的に意図的行動によって推移していくような構造を持っている。目的を持って意図的に推移している世界あるいは人々、社会に対して、私たちはおおいに感情を働かせて、願ったり祈ったり交渉したり闘ったり操ったりしながら、毎日を暮らしている。

原始生活においては、仲間の人間や敵や獲物や家畜や猛獣の動きに対してこういう対応行動をとることによって、うまく栄養供給システムにつながることができたからでしょう。原始的な宗教は、あらゆる物事に神性を感じとるアニミズムからはじまっています。人類は、自分たちが感じとれるすべての存在を、まずは目的と意図を持った人間的な存在として感じとり、自分たちがよく知っている性質を持って動いているに違いないと思い込む性向があるようです(一七五七年  デイヴィッド・ヒューム宗教の自然史』)。

拝読ブログ::物理学は原因論、心理学は目的論

拝読ブログ:私の宗教はアニミズム

コメント

クオリアの科学課題

2011年02月22日 | xx4世界の構造と起源

科学者も、客観的世界の内部にあるとしか思えない自分の脳の中にある主観的な自我(意識あるいはクオリア)の探究が科学の課題だと思い込んでしまうという錯誤に陥ります(一九九三年 大森荘蔵『意識の虚構から「脳」の虚構へ―時間と存在(1994)』)。

文明の発達によって鮮明になった世界の客観性と[]の理論との違和感は、自我 (意識あるいはクオリア)の神秘性を生みだし、そこから自分の内面は自分しか知ることができないというプライバシーの不可侵性の信念を生みだします。それが極端に作用する場合は社会からの孤立感や虚無感を導き出す原因にもなっています。 []の理論の副作用によって生じるこのような(哲学的というべき)悩みは、拙稿の見解では、現代人を悩ませている哲学の間違いのうちでも最大のたぐいだと思われます(拙稿第1章「哲学はなぜ間違うのか?)。

拝読ブログ:ホリスティックな思考は、全て非科学か?

拝読ブログ:自信の話3/命の本質

コメント

現代人の孤独

2011年02月21日 | xx4世界の構造と起源

Gustav_klimt_025 ちなみにこの成功には多少の副作用が伴いました。人類文明とともに[]の理論が徐々に発展肥大していった結果、ますます緊密になった人間集団の協力体制や会話技術や集団行動技術が発達すると同時に、副産物として、自我や人生にきわめて強くこだわる生き方を生み出してしまいました。

自我や人生にこだわる生き方は緊密な社会を発展させ文明の発達には役立ちましたが、現代人にとっては精神的な悩みの原因ともなっています(拙稿19章「私はここにいる―私と世界とのいかがわしい関係」)。強烈な存在感を持つようになった自我の取り扱いに困惑を感じとる人々は、自我の存在感と(これまた文明によって鮮明になった)客観的世界の存在感との断絶に強い違和感を感じとるようになります(拙稿23章「人類最大の謎」)。冷たい物質法則に支配された客観的世界の内部にあって自分だけが孤立した特異な存在だ、という孤独感におちいってしまいます。

拝読ブログ:夏目漱石と博士号辞退

拝読ブログ:「こんな相撲はあり得ない!! スバルCM」 客観的に相撲取りを見るとこーなる?

コメント

現実世界→仮想的時空間

2011年02月20日 | xx4世界の構造と起源

[]の理論は、人間の自意識を作り出し、過去の行動の記憶を作り出すことができます。まず、この身体を動かしているはずの私という意図主体の存在感を作り出しそれを身体の内部に貼り付けることができます(拙稿12章「私はなぜあるのか?」)。自分の身体の内部に貼り付けられた私という意図主体が現実世界の内部を動いていった履歴を記憶しておくことで、自分の人生と周囲の社会の遷移という仮想的時空間を作ることができます(拙稿22章「私にはなぜ私の人生があるのか?」)。過去の行動を反省し評価し学習することができます。言語を使いこなして仲間と記憶を共有することで、行動評価の能力は増大していきます。そうすることによって目的を指向する将来の行動計画を立てて身体を操縦していくことができます。長期的な計画を立てて身体を制御していくこのような行動の仕組みを身につけることによって、人類は効率の高い栄養供給システムを獲得し、その結果、地球全域に拡大繁殖することに成功しました。

拝読ブログ:トラックバックテーマ 1140回「もしも魔法が使えるなら?」

拝読ブログ:Chinese lust for luxuries could empty nation's purses - GlobalTimes

コメント

動物と人間の能力の違い

2011年02月19日 | xx4世界の構造と起源

Gustav_klimt_024 赤ちゃんや猫や犬は、おいしそうな食べ物があれば「私としてはこれを食べよう」などと思わずにいつの間にかそれを食べている。受けた刺激に応じて決まった法則に従って自動的に運動が起こる。物が動くということは、こういうプロセスで起こることが、実は当たり前なのです。人間以外の動物は皆そうです。人間だけが例外だといえるでしょう。赤ちゃんも動物もロボットもコンピュータも自動洗濯機もエアコンも、(言葉を話す)人間以外の動くものはすべて「この私がこの身体を動かしている」などと思わずにいつの間にか身体が動いている。

言葉を話す人間だけが「この私がこの身体を動かしている」と思っています。それは(言葉を話す)人間だけが[]の理論を身につけているからです。人間以外の動物や機械は、私というものを持っていないからといえます。人間以外の動物と人間の能力の違いは、この違いからきている、といえるでしょう。

拝読ブログ:ザ・ウォーカー

拝読ブログ:考えすぎの克服法とは?!~考えすぎる女たち(6)

コメント