この物質世界の中で、私の手足がどこにあるか、目をつぶっていても分かります。自分の身体のすべての骨、筋肉、皮膚がどこにあるか分かる。正確にいえば、動かせる骨と骨格筋はどこにあるか分かる。ものに触れる皮膚はどこにあるか分かる。これは体中に張り巡らされた感覚神経系からの神経信号が脳幹、視床から大脳皮質頭頂葉などで変換されながら伝達されてできる身体姿勢感覚です。
それで体内感覚で感じられる私の身体を、目で見えるこの物質世界にあるこの自分の身体にぴったり対応させられる。客観的空間に身体感覚を投射できるわけです。これは赤ちゃん時代に、ベビーベッドの上で手足をバタバタさせてめちゃめちゃな運動を繰り返すことで修得した、脳の機構でしょう。
脳に作られたこの機構によって、私たち人間は、この物質世界にある自分の人体を自由に動かして運転している気になっているのです。
鏡に映る私も私と分かるし、写真やビデオに写る私も、間違いなく私と分かります。他人の視線がこちらに向けられた瞬間、その人の心に写っている私の姿が、想像で分かります。
そういうものを、私だと思ってずっと生きてきたから、そう思うのです。それに、それを私だということにしておけば、だれとでも話が通じる。だから、ここにあるこの私らしい身体が、私が感じていること、考えていること、を作りだしているに違いない、という気がします。
しかし、本当にそうでしょうか?
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