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哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

私の感覚データ

2014年10月05日 | xxxx1身体の内側を語る

 

 

テレパシーで他人の内心を感じ取ることはだれもできませんから、外見で判断するしかないでしょう。たとえば、動作、表情や発声などです。何かを見るときの目つき、眼球の動きなどが重要です。目は口ほどに物を言い、と昔の人がいったとおりです。ただしこの場合、他人が私をどう予測するかを推測しているのは私自身ですから、私の感覚データが使われます。

 

 

 

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他人の内部状態

2014年10月04日 | xxxx1身体の内側を語る

 

Amedeo_modigliani_junge_in_gestreif

 

さてそうであるとして、仲間が私の身体の何をどう観察することで内部状態を予測することになるのでしょうか?人間が他人の身体の内部状態を予測する場合、どういう方法でするのでしょうか?

 

 

 

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他人という回り道

2014年10月03日 | xxxx1身体の内側を語る

 

 

このように(拙稿の見解では)私たちが自分自身の身体の内部状態について感じることは、仲間が(私の身体の内部状態について)こういう状態であろうと思うであろうから私はそういう状態であるのだと認識する、といえます。つまり(拙稿の見解では)、私たち人間は、自身の状態を認知するのにそれを観察する他人の認知を推測するという回り道をたどって認識する。

 

 

 

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多忙であるという感覚

2014年10月02日 | xxxx1身体の内側を語る

 

 

Amedeo_modigliani_6003 またたとえば、仲間が「こいつはすぐしなければならない仕事がたくさんあって、ほかのことを考えているひまなんかないから話しかけないようにする必要があるな」と思うとき、私は忙しいと感じる。仲間がそう思うであろうということが、私が多忙であるという感覚のもとになっている。

 

 

 

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私の感覚のもと

2014年10月01日 | xxxx1身体の内側を語る

 

 

またたとえば、仲間が「こいつは疲労困憊だから休息させる必要があるな」と思うとき、私は疲れたと感じる。仲間がそう思うであろうということが、私が疲れたという感覚のもとになっています。

 

またたとえば、仲間が「こいつは不幸だから慰めてやる必要があるな」と思うとき、私は不幸だと感じる。仲間がそう思うであろうということが、私が不幸であるという感覚のもとになっている。

 

 

 

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