哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

幼児にとって最優先の必要

2016年09月26日 | yyy53自分・ごっこ


幼稚園の先生やお友だち、ママやパパや家族など周辺の人々と(共有し共鳴することによって)通じ合う言語の現実を獲得することが幼児にとって最優先の必要であって、それが周辺にはいない遠いところ(例えば警察署内)での真実かどうかはどうでもよいことです。








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警官の現実

2016年09月25日 | yyy53自分・ごっこ


ところが大人はなかなかそれを理解できない。大人にとって警官の現実というのは、給料がいくらであるとか、規則違反をすると懲戒されるとか、市民に信頼されるとかいうことが本質であって、そういうようなことは実は幼児の理解を超えることばかりです。幼児が理解する警官の現実とは何なのか?と大人は思ってしまいます。しかし、大事なことは幼児が警官という言語の現実を獲得することであって、その言語の現実とは、真実の真実かどうかではなく、(幼児が周辺の人々と話す場合に)皆が真実と思っているらしいと思えるかどうか、で決まることです。








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言語による現実を獲得

2016年09月24日 | yyy53自分・ごっこ


警官ごっこをする幼児は、警官という言語が意味する現実を獲得できますが、現実に警官にはなれません。幼児はそれを知っていて警官ごっこをしています。それが、そもそもの、警官という言語が意味する現実です。








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言語で模擬できるもの

2016年09月23日 | yyy53自分・ごっこ


私たちは現実そのものをつかみ取ることはできないが、言語でそれを模擬することによって現実と交流することができます。逆に言えば、私たちは言語で模擬できるものを現実と思っているのであって、人間にとって、それ以外に互いに通じ合う現実というものがあるわけではありません(拙稿32章「私はなぜ現実に生きているのか?」)。








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言語は現実の模擬

2016年09月22日 | yyy53自分・ごっこ


言葉が完全ではない幼児は、ごっこによって現実を理解する。ごっこを利用して言語を習得します。 このことから、ごっこが現実の模擬であるように言語は現実の模擬であって模擬でしかないことが分かります。








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