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アフガニスタン 活動再開への交渉

『人道的交渉の現場から』より

2004年7月28日、MSFの代表2人が首都カブールで記者会見を開き、MSFはアフガニスタンから撤退すると発表した。MSFのスタッフ5人が6月2日にバドギス州で殺害され、それから2ヵ月近くたってもカブールのアフガニスタン当局は容疑者を逮捕・起訴しようとしなかった。さらに、タリバンのスポークスマンらしき人物が犯行声明を出し、MSFが「米国民のためにスパイ活動をしている」と非難してさらなる攻撃を正当化していた。こうした事態を受けてMSFは、「独立した人道援助活動は、非武装の援助活動従事者が紛争地域に赴いて行うものだが、それがアフガニスタンでは不可能になった」と判断した。

MSFは主にこうした理由で撤退したが、記者会見では、事態がここまで悪化した原因は多国籍軍にもあると付言した。米国主導の有志連合は組織的に人道援助を取り込んで、それを「人心掌握」の手段にしようとしたために、中立・公平という人道援助従事者のイメージが著しく損なわれたと主張した。

記者会見参加者の多く、とくにアフガニスタン史上最悪の状態にあった時期を含む24年間にわたるMSFの活動を覚えている向きは、この決定に驚いた。「撤退せずに(中略)、治安状況に対処する方法はないのか」と質問する者もいた。

数週間後、ブッシュ政権に近い米国人研究者シェリル・ペナード氏は『ウォール・ストリート・ジャーナル』に寄稿して、安直な解決策を示した。

「そこは別世界なのだ。(中略)国境なき医師団が掲げる原則、つまり、苦しんでいる人びとに医療援助を提供する民間の専門家は安全な通行を保証されるなどというのは古き良き時代のことだ。(中略)現実を客観的に判断すれば、国境なき医師団のような組織は、駐留軍の縮小ではなく増強を要求することになる。軍と活動領域を分けるのではなく、協力関係を密にしていく必要がある。そうでなければアフガニスタンだけでなく、21世紀のほとんどの紛争地域から撤退するしかない」

これに対しMSFインターナショナル会長は、「『対テロ戦争』においては、どちらの側につくのか選ぶことを求められる。ベナード氏の言う『客観的な判断』も(中略)この論理の一例にすぎない。私たちはどちらの側にもつくことはしない」と反論した。こうした論争は以前からあったが、ブッシュ政権が2001年9月11日の米国同時多発テロ事件に対する報復として、アフガニスタンで不朽の自由作戦(OEF)を開始し、人道援助NGOにこの闘いへの参加を求めるようになってから激しさを増した。とはいえ、MSFのスタッフが殺害される何カ月も前からMSFは複雑な思いでいた。多国籍軍やアフガニスタン当局から距離をおきたいと思いながらも、事実上の交渉相手は多国籍軍とアフガニスタン当局であったからだ。「国際社会」がカルザイ政権を公に支持して打ち出した再建計画には与しなかったが、タリバン政権の崩壊以後、MSFは反政府武装勢力とは接触せず、反政府勢力が拠点を広げつつあるといわれていた地域を含め、プログラムを大幅に縮小した。アフガニスタンで20年もの活動歴をもつことから、MSFの内部では活動の正当性を得られて当然と感じていたが、それもアフガニスタンで活動する主要な政治、軍事および援助団体の行動計画とますます調和しなくなっている「人道援助への例外」への尊重を担保にするには十分ではなかった。

では、なぜMSFは2009年にアフガニスタンに戻って、カブールだけでなく、多国籍軍、アフガニスタンの治安機関、反政府武装勢力による最も激しい戦闘地域のひとつであるヘルマンド州でもプログラムを再開できたのか。2008年は援助活動従事者にとって最も危険な年であった。そして2009年には民間人と軍の犠牲者が過去最高を記録した。つまり、どんな魔法を使っても「人道的空間」が再び生まれるとは思えない状況にあった。しかしながら、「別世界」はベナード氏が数年前に主張したのとは全く違った意味合いをもつようになっていた。本章で述べるように、紛争のダイナミックな展開とアフガニスタンにおけるさまざまな主体の利益が絡んで、MSFの援助活動の妥当性が再認識され、MSFは内戦に巻き込まれた人びとへの医療提供に関して交渉する新たなチャンスを得た。

以下は、緊急介入や資源の速やかな配備を伴う人道援助活動ではあまりみられないやり方だが、MSFがアフガニスタンで活動を再開するために、あらゆる勢力、あらゆるレベルの交渉担当者を見きわめて指揮系統に沿って交渉する努力を延々と続けるという進行中のプロセスの記録である。
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