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民主主義が安全保障の戦略になりうるのか

『アジアの終わり』より 先頭に立って坂を下る日本

それでは、アジアの政治のリスク領域を描き換えるには、どうすればいいだろうか?

この質問をするということは、我々はアジアのリスクマップを一周する旅の終点にたどり着いたという意味である。経済、人口動態、安全保障といった、どんな領域にまつわるものかにかかわらず、リスクを一斉に減らす最善の策は、最も理想主義に基づいた目標を追求することである。つまりそれは、地域一体に自由主義がさらに広まるよう努力することである。だが結局のところ、それは最も達成が困難な目標でもある。

より民主化が進んだインド太平洋地域は、より安定して繁栄が続く地域となるだろう。民主主義が完璧であると偽るつもりはないが、長期的な社会と経済の成長を目指すための最善のチャンスを与えてくれるのは民主主義である。日本が長期にわたる経済停滞の最中も生活水準や社会の安定を保つことができたのは、経済大国の日本でさえリベラルな社会によるところが大きい。また、地域に民主主義国家が多ければ多いほど、紛争が平和裏に解決され、協力のための強固な機構がつくられる可能性も高くなる。したがって、次の世代のアジアは、地域の現民主主義国家、アメリカ、ョーロッパのたゆまぬ支援のもとで、さらなる民主主義国家を育むことに打ち込まなければならない。これはリスクを減らすための最も理想主義に基づく提案であり、それを実現するためには現実的な方法を模索して取りかからなければならない。

そうした目標は、独裁政権や反自由主義国家が協力関係をますます強めている現在において、さらに重要なものとなる。中国の長年にわたる北朝鮮への支援、ロシアによるウクライナ侵攻とシリア内戦への介入、イランと北朝鮮の非公式な同盟。そうした国は、第二次世界大戦後のりベラルな国際秩序に難題を突きつけ、互いを精神的に支援し、国際的な機関や規範を揺るがすために協力し合っている65.独裁国家がそうした他国との協力関係を維持できたという実績は残されていないが、それでも彼らは地域や世界の安定を揺さぶることに非常に長けているため、油断ならない。彼らの動きを止めるためには、地域や世界の秩序を支えているリベラル国家を強化し、その数を増やすしか方法はない。

一国のなかで民主主義を育むことは、リベラルな国家の共同体を築くことと密接に関係している。手入れがされていない庭に、民主主義の花が咲くことはまれである。長期的な国内の安定と繁栄は、市民権、法の支配、男女平等、報道の自由といった民主主義の規範が広まった地域によって促進される。我々が提言した安全保障上のリスクを減らすための戦略が、新たな地域安全保障共同体を発展させることであったのと同じく、活気ある地域政治環境は民主主義国家にさらなる強さと自信を与え、逆にそうした国家に育てられる。繰り返しになるが、ヨーロッパは安定した地域環境がいかに民主主義国家の長期的な存続性を確実にするかを示すお手本である。

アジアで民主主義を育むためにできることはたくさんある。まず、地域の主要なりベラル国家である日本、インド、韓国、そして台湾もともに、リペラルな発想を率先して意図的に広めなければならない。この章の初めで考察したとおり、これらの「外側の三角形」上の国は民主主義国家の同盟を結成し、市民運動や民主的統治に関する首脳会議を毎年開催する必要があるだろう。その会合は汎アジアの集まりより小規模で、内容は民主主義国家の成長の推進に特化する。とりわけアジアの主要リベラル国家である日本とオーストラリアは、民主主義の「インフラ」づくりのために草の根集会を推進したり、議会、法、メディアといった分野の関係者同士や、学生の交流を行うための資金を提供したりする役目を果たせるのではないだろうか。

アメリカはそうした試みで重要な役割を果たせる。アメリカ国務省は米国民主主義基金やその関連団体と組み、アジアのリベラルなリーダーたちが主催する首脳会議と協調しながら、アジアで民主主義首脳会議を始めればいいのではないだろうか。ヨーロッパ諸国も同じ役目を担えるだろう。そしてアメリカとヨーロッパの民主主義国家は、アジアの今後の課題である、優れた選挙の実施方法にはじまりリベラルな法律の起草までのあらゆる専門的な助言を行う必要が出てくるだろう。ポーフンドやチェコ共和国といった、アジアの国と交流する機会が少なかったヨーロッパの若手の民主主義国家は、民主主義を取り入れた自国の体験を、自由化へと進みはじめたアジアの国と分かち合う公式な場を与えられる必要がある。韓国や台湾といったアジア自身の若手民主主義国家も、同じ役割を期待されている。

二国間では、アメリカ政府は自由化を推進するために、地域の民主主義国家会議の主催、安全保障のための合同訓練への参加などアジアの民主主義と安全保障に貢献したいと考えている国に対して、特別な包括的援助や貿易での特例を実施すればいい。

アメリカ。の政府と企業が協力できるさらなる分野は、青年交流を推進することである。二〇一〇年から二〇一一年にかけて、三万八〇〇〇人を超えるアメリカ人留学生が中国、オーストラリア、インド、日本、ニュージーランド、韓国で学んだ。ただし、これは全世界の二七万四〇〇〇人のアメリカ人留学生の一四パーセントにすぎない66.だが、アジアとの貿易がアメリカの貿易全体の三割近くを占める今日、アメリカの若者にアジア地域で学び、現地の言葉を覚え、アジアのアメリカ企業や地元企業で研修を行うチャンスを与えるのはよい案ではないだろうか。

それに加えて、アメリカ政府はクリントン政権以降、繰り返し削減されている文化交流プログラムヘの予算を増やす必要がある。現在、インド太平洋地域ではすべての機能を備えたアメリカンセンターは地域全体で七ヵ所しか設置されておらず、それは全世界の三三のセンター‘数の五分の一をわずかに上回る程度である。そうしたセンターでは講演会、映画鑑賞会、交流会といったプログラムが実施されていて、そこはアメリカの価値観をアジアの人々に紹介する重要な場となっている。また、バングラデシュのダッカ、インドネシアのジャカルタ、中国の地方部、そして日本の東京にまで設置されている小さな「アメリカン・コーナー」は、本棚にパンフレットが並べられただけにすぎないところも多いが、寛容、多元的共存、男女平等といった、リベラルな価値観を広めるために役立っている。米国民主主義基金などの文化交流に関する準政府機関にも、こうした活動に参加してもらう方法もあるだろう。

そうした地域活動は、一般的に親世代に比べて海外での経験も多く、学歴も高いアジアの若い世代に影響を与える重要な方法である。また、フルブライト・プログラムのアジアを対象とした奨学金の受給者数を現在のアジアとアメリカを合わせた一一○○名よりも増やすという策もあるのではないだろうか。さらに、このプログラムを運営しているアメリカ国務省教育文化局が行っているその他の交流プログラムについても同じことがいえる。とりわけ交換留学は、将来に非常に役に立つプログラムである。そうした有名なプログラムや奨学金は未来の政治、ビジネス、社会でのエリートになるべき若者を対象にしているので、後年に相乗効果がもたらされる。

だが、政府はあらゆることができるわけではないし、何もかも国にまかせていいわけでもない。この方針の長期的な目標はリベラルな社会を育むことであるから、非公式なボランティア団体と直接関わることも、政府との取り組みと同じくらい重要である。アメリカのシンクタンクや権利擁護団体は、リベラル主義の成長を見据えて草の根集会のスポンサーになったり、自由化に向かっている国の市民活動家を支援したりする活動を行える。ヨーロッパの国も同じ方法が使えるだろう。ヨーロッパの民間シンクタンクや公益団体も、自由化やアジアの国との交流のためのプログラムを推進するのがいいだろう。

リベラルなアジアの健全さを保つためには、「人々の力」の重要性は計り知れない。アジアの民主化が広がりはじめている国で活動しているNGOのネットワークづくりに特別な支援を行う必要がある。専門的なNGOは市民団体の手本として、ともに運動し、必要なときには政府に異議を唱えることができる地元の市民団体を時間をかけて作り上げなくてはならない。特に近年、アジアの民主主義政府、独裁主義政府のどちらもがNGOに対する取り締まりを強化しているため、運動を地元の市民に広げることが重要な課題となっている。アメリカ政府はイギリスなどの発展した市民団体を擁する国とともに、自国のNGOとインド太平洋地域のパートナーを結びつける役目を果たさなければならない。フォード財団やビル&メリンダ・ゲイツ財団といったアメリカの財団は教育や健康問題に加えて、民主主義や市民運動を推進しているアジアのNGOへの支援も増加する必要がある。海外経験があったり、アメリカやヨーロッパで高い教育を受けたりした市民を活用できる、地域に根を下ろしたNGOを育てることは、アジアの国の自由化にとって重要な鍵となるだろう。

政府間レベルでは、アメリカや他の欧米諸国はNGOの設立と運営に関する規制を緩和し、さらにNGOが非課税であることを保証するよう、アジアの国の政府に働きかけなければならない。こうした問題は、アメリカと同じでNGOがいまだ大きな役割を果たさなければならない、あれほど発展している日本でさえも起きている。それと並行して、オーストラリアや日本といった地域のリーダーは、汎アジアNGO会議の主催、資金の提供、「専門知識の交換、支援の提供、民主化を目指す団体同士の連絡手段の常時確保」を目的とする地域ネットワーク設立、といった役目を担う必要がある。
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