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「納得できること」を正しいと考える人間の欠陥

『生物多様性のウソ』より

こんなみかたもあります。

宇宙が誕生してから、宇宙は膨張し続けています。その結果、あらゆるところでエントロピーが増大し、一つの方向に進んでいます。時間は過去から未来へ、祇園精舎の鐘の音は一所に止まらずに拡散していきます。最近では万有引力ですら、ニュートンやアインシュタインが定義したことではなく、エントロピーの増大で説明されようとしています。

人間には過去はありますが、未来はありません。昨日は存在したし、今も存在するのですが、明日は来るかどうかさえ(ッキリしません。もし宇宙の膨張が今日で終わったら、永久に明日は来ないのです。その未来を予想することは原理的に無理です。存在しないものを推定するのはかなり困難です。さらには人間の頭脳の欠陥が加わります。

人間は「今、正しいとしていることを正しいと考える」という特徴があります。また「正しいこと」。を納得するのではなく、「納得できること」を正しいと思います。

かつて地球は平らだと考えられていました。その頃、太陽を見ると毎日、東から出て西に沈みます。地球が平らなのですから次の日は西に沈んだ太陽が西から出るのに決まっているのに、また東から出ます。

新幹線で東京から福岡に行った社長が明日どこから帰ってくるのかなどと聞いたらバカにされます。「福岡から帰ってくるに決まっているじゃないか」と言われるでしょう。でも太陽は東から昇って西に沈み、西から出ないのです。

これについて昔の人は「毎日、太陽は東の土から作られて西に沈み、土に帰る」と説明して満足しました。つまり、「正しいことを納得する」のではなく、「納得できることを正しいとする」のです。

さらに、人間が正しいと考えたり、納得したりするのは、「今、大脳に入っている知識」がもとになっています。たとえば1000年前の平安時代に、「手紙を出すなら、メールしたら」と言ったらおかしなことを口走っていると思われるでしょう。科学的なことでなくても「関白は投票で決めよう」などと言ったら縛り首になるかもしれません。

1930年代には「戦争をして国を守るのは正しい」とされ、1960年代にはできるだけ大量生産をして家電製品や自家用車を手に入れようとしました。30年も経つと、狭い日本の常識や倫理観などすっかりひっくり返るのです。

だから、未来を考えてはいけないということではなく、私たちは「今の知識」で未来を見ていること、未来は「今、頭にまったくないものがある」ということをよく理解しておく必要があると考えられます。

生物多様性はすでに問題が起こっているのではありません。このまま行くと将来に問題が起こる、それを回避するには絶滅危惧種を保護したり、外来種を排斥したりするべきだと考えられていますが、未来を現在の延長線上だけで考えているわけで、筆者は間違っていると考えています。

未来は発展途上国が先進国と同じになり、人口は全体的に減少してくると考えられます。また自動化が進み、人々はほとんど労働を必要とはしなくなるでしょう。

もちろん、電子化が進みますから工場に人がいなくなるだけではなく、紙に印刷した新聞や本を見ることはないでしょうし、コンピューターすらクラウド化を経て、その姿をなくすでしょう。

人間は直径10キロメートルほどの巨大なドームに住み、そのドームは到底、動物や植物が棲むことができないような砂漠とか寒冷地に造られ、広い快適な場所は作物を作る田畑、家畜が遊ぶ牧草地、それに野生の動物のために開放されると筆者は思います。

でも、そのいずれの予測も「確証」はなく、確実性もありません。技術も社会も意外な方向に進んでいくからです。
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