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フィンランド・マリメッコ社にみる女性活躍の可能性

『活躍する女性会社役員の国際比較』より フィンランド企業の女性管理職・役員の登用 女性役員の課題と展望

ノルディック・ミステリー(北欧の謎)の行方

 先述したように、北欧の女性役員の比率の高さは、そのまま、経営執行役員やCEOの数の増加に結びつかない。このノルディック・ミステリーの行方はどのようになるのだろうか。 からみてみよう。

 フィンランドは北欧諸国の中でも、女性の労働者のうちパートの占める比率が低い。 2012年ではスウェーデンは39.6%であるが、フィンランドでは20.1%である。

 とはいえ、フィンランドでは女性の従事する職種には偏りがみられ、パーソナルケアに従事する女性が16万4000人と圧倒的に多く、次に販売が11万1000万人で続く(2012年)。パーソナルケアで働く人々の多くは、公共部門で雇用されており、この職種の偏在は雇用されるセクターにもあらわれている。女性は、40%が公共部門(国が6%、地方自治体が34%)に雇用され働いており、民間部門で働く者は60%にすぎない。一方、男性の場合は、国が5%、地方自治体が9%にすぎず、民間部門で働く者は86%に達する。

 これは、高等教育の動向とも関係している。フィンランドにおける大学の学位取得者のうち女性が56.3%,男性が43.7%と、女性が大きく上回っている。大学生の専攻分野は男女でかなり異なり、女性では、教育(82%)、人文・芸術(70%)で多く、技術ぐ[学・建築(23%)は少ない。このような状況のもとで、ビジネス分野へのアファーマティブ・アクションはノルディック・ミステリーといわれる事態を招くことは必然であるかもしれない。

 しかし、この点は、高橋(1999)がすでに指摘していたことである。「男女間の経済的不平等など女性労働にかかわる諸問題は、単に法制度からのアプローチでは是正・克服できない。フィンランド福祉国家が実施してきた女性労働への支援は、女性労働にかかわる諸問題の根本的な原因としてジェンダー関係がそのもののあり方を積極的に見直すものではなく、むしろ対症療法的な問題解決であることが少なくなく、この点で官製フェミニズムの限界が明らかになる」。

 しかしながら、2012年ではフィンランドの大学において社会科学・経営・法律を学ぶ女性は58%になり、男性の42%をかなり上回っている。そして、ビジネス、管理や専門職で働く女性も9万4000人と男性の6万4000人より多くなっている。フィンランドの働く女性にも大きな変化はでている。時間はかかるだろうが、ノルディック・ミステリーも解決方向に向かうと期待できる。

マリメッコ社にみる女性活躍の可能性

 以上において、女性役員の比率が高い北欧諸国のやや深刻な側面について、フィンランドを中心に触れてきたが。最後に未来の可能性も展望しておきたい。

 フィンランドの女性を紹介するときに必ず語られる二つのテーマがある。一つは世界的に人気のあるキャラクター「ムーミン」であり、もう一つはテキスタイルデザインの「マリメッコ社」である。これらのキャラクターや事業は、いずれも女性の手により誕生をしたが、これに触れずにフィンランドの女性を語ることはできない、とさえいわれている。

 まず、ムーミンは、女性の作家および画家の卜-べ・ヤンソンによるものである。 トーペは、女性への社会的な抑圧の中で、自らの多楡吐のある生き方を創作活動と私生活の中で実現していった。ここではマリメッコ社を中心にみておきたい。

 マリメッコ社は、フィンランドの代表的な企業であり、その独特な色彩感覚のテキスタイルデザインで世界を圧巻し、フィンランドの宝といわれることもある。同社が、製造、販売をしている商品は、布、洋服、バッグ、インテリアなど多岐にわたり、主力工場は現在もフィンランドにある。2014年の売上高は、ブランド合計で1億8700万ユーロであり、その商品は約40の国々で販売されている(Marimekko Corporation, 2014)。

 マリメッコ社の創業は195↓年である。 1949年に、夫のヴィルヨ・ラティア(Vilio Ratia, 1911-1968)がオイルクロスの印刷工場を買収したが、販売用の新柄のデザインを、その当時、タペストリーなどの布のデザインをしていた妻のアルミ・ラティア(Armi Ratia, 1912-1979)に依頼した。これをきっかけに、ヴィルヨ・ラティアはプリント・ファブリック事業を立ち上げる可能性に気づき、マリメッコ社の創立につながったといわれる。マリメッコ社は、ヅィルヨ・ラティアとアルミ・ラティアの共同経営であったが、多様なデザイナーを活用し、実際に実務を展開したのは、自らもデザイナーであったアルミ・ラティアであった。

 マリメッコ社には、現在も日本人のデザイナーがいるが、1970年代にデザイナーとして脇坂克二(1968~1976年在職)、石本藤雄(1970~2006年在職)が活躍したことは注目すべきことである。アルミ・ラティアは危険を省みない冒険心に富んだチャレンジ精神のある女性であった。多様な異質性を一つのブランドとして展開していく手法をもち、その手法は、女性はもちろんのこと外国人も含め活用していく人材のマネジメントにもあらわれていた。

 パーッカネンは、アルミ・ラティアの理念に戻り、実務の先頭に立ち経営に携わった。「解雇をするなら社員ではなく幹部に行う」(実際は業績回復のため行わなかったが)という徹底した現場重視の経営の結果、マリメッコ社は復活していった。パーッカネンは、アルミ・ラティアの再来ともいわれ、名実ともの実力者の女性であった。

 2008年にパーッカネンは退任し、ミカ・イハムオティラ(Mika Ihamuotila)がCEOに就任した。マリメッコ社の海外展開はさらに進展した。ミカ・イハムオティラは男性であったが、再び、2015年に、女性のティーナ・アラウータ(Tiina Alahuhta)が社長(President)に就任をした。ティーナ・アラウータはマリメッコ社で2005年から勤務し、管理職の層で事業運営とマーケティングを担当していた(ミカ・イハムオティラがCEOであることは継続している)。

 「永遠に生きるかのように働き、明日死ぬかのように愛せよ」とは、パーッカネンの言葉である。フィンランドは男女ともに定時で帰宅しワークライフバランスを堪能できる国として紹介をされることが多いとはいえ、ヘルシンキのオフィス街の明かりは夜遅くまで灯っており、筆者が訪ねたマリメッコ本社も同様であった。

 この現実の明かりの中に「永遠に生きるかのように働き、明日死ぬかのように愛せよ」というワークライフバランスを探究することが今後は重要ではないだろうか。そこにフィンランドの、そして北欧の、女性役員の未来はあるだろう。
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