●国立環境研究所 / 体内で必要とするビタミンD生成に要する日照時間の推定
—札幌の冬季には1日に76分の日光浴が必要—2013年8月30日体内で必要とするビタミンD生成に要する日照時間の推定
—札幌の冬季にはつくばの3倍以上の日光浴が必要—
国立環境研究所 / 体内で必要とするビタミンD生成に要する日照時間の推定 —2013年8月30日
(筑波研究学園都市記者会配布) 平成25年8月29日(木)
独立行政法人国立環境研究所 地球環境研究センター
国立環境研究所と東京家政大学の研究チームは、このほど健康な生活を送るのに必要不可欠な成人の1日のビタミンD摂取量の指標とされる、5.5 μgすべてを体内で生成するとした場合に必要な日光浴の時間を、日本の3地点である札幌、つくば、那覇について、季節や時刻を考慮した数値計算を用いて求めました。
その結果、両手・顔を晴天日の太陽光に露出したと仮定した場合、紫外線の弱い冬の12月の正午では、那覇で8分、つくばでは22分の日光浴で必要量のビタミンDを生成することができるものの、緯度の高い札幌では、つくばの3倍以上の76分日光浴をしないと必要量のビタミンDを生成しないことが判りました。紫外線を浴びすぎるとシミやしわ、皮膚がんの原因となることから、最近極度に紫外線を忌諱する風潮も一部で見受けられますが、冬季の北日本などでは食物からのビタミンD摂取に加え、積極的な日光浴が推奨されることが今回の研究で明らかとなりました。
なお、本研究結果は、8月30日発行の日本ビタミン学会の機関誌「Journal of Nutritional Science and Vitaminology」に掲載されます。
1.背景
健康な生活には、必要な量の各種ビタミンの摂取が不可欠です。その中の一つであるビタミンD*1について、現代の日本人の多くは慢性的に不足しているという報告があります*2。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2010年版)」では、成人について1日のビタミンDの摂取目安量として、最低5.5 μg、上限50 μgを推奨しています*2。
諸外国では、もっと多くのビタミンD摂取を推奨する研究者もいます。ビタミンD欠乏は世界的に問題となっており、高緯度に位置する北欧諸国などでは、日光浴不足によるビタミンDの欠乏を補うためにサプリメントの摂取が積極的に行われています。日本でもかつてはビタミンDが豊富な魚介類の摂取や、積極的な日光浴により、ビタミンDは比較的充足していたと考えられます。それが最近では、乳幼児・妊婦・若年女性・寝たきり高齢者等を中心にビタミンD不足が指摘されてきております*3。
我が国を含む多くの民族においてビタミンDの必要量の大部分は日光紫外線照射による体内での生成に依存していると考えられていましたが、1980年代のオゾンホール発見等オゾン層の破壊が顕在化して以来、紫外線は有害であるとの考え方が浸透し、太陽光をなるべく浴びないようにするという風潮が広まってきたことも、近年のビタミンD不足の一因と考えられます。また、特に女性においては、紫外線の照射はシミ・しわの原因となるなど主に美容上の観点から、なるべく日光浴を避けるという傾向にあるものと思われます。
実際、京都市内で2006年から2007年にかけての1年間に出生した新生児1120人を対象とした調査では、全体の20.5%にビタミンD欠乏症を示唆する頭蓋ろうが認められました。しかも発症には明らかな季節変動性が認められ、胎児の骨量が増加する妊娠後期が太陽紫外光の弱い冬季であった4~5月出生時に、特に頭蓋ろうの頻度が高いという結果が示されています。
紫外線によるビタミンD生成を推奨するため、環境省をはじめとする関係機関は、表1に示すような日光浴を推奨しています。ところがこれを見てわかる通り、組織によって推奨する値には大きなばらつきがあり、また紫外線の量に大きな違いがある地点(緯度)や季節の違いもあまり考慮されてはいません。そこで、本研究では国内の代表的な3つの地点を選び、日本人が1日に必要とされているビタミンDを、日光浴のみによって体内で生成するのに必要な日光照射時間を、季節や時刻を考慮した数値計算を用いて求めました。
表1. 各機関・組織のHP等に記載されているビタミンD生成に必要な日光照射時間
2.今回の研究結果の概要
本研究では、健康な生活を送るのに必要不可欠な成人の1日のビタミンD摂取量の目安とされる、5.5 μgのビタミンDを、すべて日光照射によって体内で生成させるとした場合に必要な日光照射時間を、放射伝達モデルSMARTS2*11を用いて計算しました。このモデルの中では、太陽から発する紫外線が、太陽-地球間距離を補正し、特定の場所・時刻において地上に達するまでに減衰する要因として、空気分子による散乱、オゾン等の分子による吸収、エアロゾルによる散乱と吸収、標準的な地表面の反射特性を考慮に入れています。
また、紫外線は雲が存在すると多重散乱の影響によって大きく変化するため、今回は雲のない晴天日を仮定して計算を行いました。オゾン全量は気象庁が札幌・つくば・那覇で観測しているドブソン分光光度計によるオゾン全量の日代表値を、エアロゾル量に関しては同様に気象庁がつくばでサンフォトメーターによって正午に観測した値を使用しました。その結果得られた紫外線スペクトルに、ビタミンDを生成するCIE作用曲線*12を掛け合わせたものを波長290~325 nmまで積分して、ビタミンD生成紫外線量としました。このモデルによる計算結果は、気象庁高層気象台がつくばで観測した値と比較して、とても良い相関を示していました。
紫外線によって体内で生成するビタミンDの量を計算するためには、ビタミンD生成紫外線が単位量当たりに体内で生成するビタミンD量の値が必要ですが、これにはイギリスのDavieらの論文*13の値を用いました。さらに、紫外線を浴びる皮膚の色に由来するスキンタイプと皮膚の表面積を仮定する必要があります。ここでは、スキンタイプとしては日本人の平均的な値をSPT: IIIとし、皮膚の表面積として、大人の両手の甲と顔を合わせた面積に相当する600 cm2を用い、以上の前提の上に、札幌・つくば・那覇の3地点について、午前9時・正午・午後3時の各時刻において、ビタミンD 5.5 μgを生成するのに必要となるビタミンD生成紫外線照射時間を求めました。
表2に、上記の前提条件のもと、今回の計算で得られた結果をまとめます。この表から、7月の晴天日の12時には、札幌・つくば・那覇ではそれぞれ、4.6分・3.5分・2.9分で必要量のビタミンD生成を行うことが出来ることが判ります。一方、12月の晴天日の12時では、那覇では7.5分、つくばでは22.4分で生成するのに対し、太陽高度の低い札幌では、必要量のビタミンD生成に76.4分という長い時間が必要となることが判明しました。
実際には、曇りや雨等晴れ以外の日もあることから、必要なビタミンD生成のためには、さらに長時間の日光浴が必要となります。
*11 SMARTS2: 1995年にGueymardによって開発された、地上に到達する紫外線量を計算するためのシンプルな放射伝達モデル。
*12 CIE作用曲線: CIE(Commission Internationale de l’Éclairage: 国際照明委員会)が2011年に発表した、紫外線の波長とそれによってビタミンD生成を起こす量の関係を示した曲線。
*13 Davie, M. W. J., et al., Vitamin D from skin: contribution to vitamin D status compared with oral vitamin D in normal and anticonvulsant-treated subjects., Clin. Sci., 63, 461-472, 1982.
表2. 5.5 μgのビタミンDを生成するのに必要な、各地・各時刻での日光照射時間
3.紫外線照射によるビタミンD摂取の必要性と有害性
今回の解析により、健康な生活を送るために必要な量のビタミンDを日光浴だけから得ようとすると、特に緯度の高い札幌の冬季には、晴天日のお昼という一番太陽紫外線の強い状況下でも、今回仮定した前提条件のもとでは、毎日76分というかなり長時間の日光浴が必要となることが判りました。実際には冬季の札幌は晴天日が少ないため、さらに長時間の日光浴をした方が良いことになります。また、顔と手だけではなく、足や腕など日光に当たる部位を増やすことによって、必要な日光浴時間は短縮させることが出来ます。
もちろん、ビタミンDは魚やきのこなどの食物や、場合によってはサプリメントによっても体内に補給することが可能です。冬季の北日本では、食物などからのビタミンD補給と併せて、積極的な日光浴が推奨されます。また、1日に消費される以上に得られたビタミンDは体内で蓄積され、ある程度はその効果が持続することが判っています。
紫外線を過度に浴びすぎると、シミや皮膚の黒化、場合によっては日光角化症や皮膚がんなどの原因となることが懸念されます。その目安として、WHO等は皮膚に紅斑を起こす最少の紫外線量を、最少紅斑紫外線量(1 MED)として定義しています。この量以上の紫外線を頻繁に浴びることによって、上記疾病の危険性が高まります。しかし我々の試算によると、1 MEDに達するまでには、必要なビタミンDを生成する紫外線照射時間の約4~6倍の時間が必要となります。
この範囲内で適度な日光浴を行い、十分な量のビタミンDを補給することが、健康な生活を維持するために必要と考えられます。
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