松江市の「はだしのゲン」の閲覧制限の問題。
昨夕の市の教育委員の臨時会議で「教育委員会から各校への閲覧制限の要請を撤回する」旨が決まった。
毎日新聞によれば、
「市教委が学校側に閲覧制限を一律に求めたことに問題があった」「子供に見せるか、見せないかは現場に任せるべきだ」との意見が多く、制限を撤回することを全会一致で決めた。
という。
しかし「閲覧制限を一律に求めなかったならいいのか」と強い疑問があるし、
「見せるか、見せないかは学校現場に任せる」なら良いのか、にも強い疑問がある。
そもそも、圧力を受けた時、「市内の小中学校は、閲覧制限などせず、今まで通り自由な貸出・閲覧を継続します」と姿勢を明確にすればよかっただけではないか。
今回、教育委員会事務局サイドだけで決めたことが問題で、教育委員に図らなかったことの問題も言われていた。
これも、何もかも委員に相談するべきというのでなく、「従来通り」なら何も委員に図る必要もなく、「方針転換する」という重大な場合は図る、ということだろう。
ともかく、市の教育委員会は早ければ28日にも臨時の校長会を開き、今後の対応について意見を交わす、という。
・・こんなことのあと、心配なことの一つは、
各校に任せた時、一つずつ圧力でつぶそうとするやり方がとられるのではないか、ということ。
そうそう、アンケートでは、校長の5人くらいは、閉架措置=閲覧制限肯定の意見だったと報道されていた記憶。
教育委員らが逃げ腰の姿勢をとりつつ「『教育委員会事務局から各校への要請』を撤回」しただけだと受け取られるような決定なら、
圧力をかける側も意地があるから、「各校つぶし」のことも考えてあげないと・・・
そんなことを思った。
今日のブログは、話題が大きくなったことで「はだしのゲン」が売れて、アマゾンのランキングで、10以内に入ったとか、急きょ増刷されるとか、そんな話とともに、
今回の問題の本質をとらえていない学者らの意見や、本質を指摘する声などを記録しておく。
ところで、きょう午前は議会の9月定例会前の「議会運営委員会」の会議。
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●「はだしのゲン」、アマゾンでベスト10入り 増刷も
朝日 2013年8月24日
【宮野拓也】漫画「はだしのゲン」が、松江市教育委員会による閲覧制限問題を機に読み直されている。
ネット通販大手「アマゾン」では、
10巻セットがコミック部門で10位以内に入り、発行元が増刷を決めた。
市内の図書館での貸し出しも好調だ。
単行本を初めて発売した汐文(ちょうぶん)社(東京)。刊行するコミック版や愛蔵版全10巻セットの出荷数は、いつもの7、8月なら2千セットほどなのに、今年は7千セットになった。今も2千セットの増刷をかける。
例年、終戦の日の15日を過ぎると売れ行きは落ちるが、今年は、昨年末に作者の中沢啓治さんが亡くなったことに加え、閲覧制限が注目され、今も全国から注文が相次いでいる。
●はだしのゲン、注文相次ぎ増刷
日刊スポーツ [2013年8月26日13時41分]
松江市教育委員会が市立小中学校に閲覧制限を求めた漫画「はだしのゲン」の注文が相次ぎ、発行元の汐文社と中央公論新社が増刷を決めたことが26日までに分かった。
両社とも例年、売れ行きが下がる終戦記念日後のこの時期に増刷するのは極めて異例という。
汐文社によると今年の7、8月は、前年同時期の3倍に当たる約7千部を発行。在庫が少なくなったため、全10巻に関しそれぞれ2千部の増刷を決めた。
文庫版を発行する中央公論新社も書店からの注文数に合わせ、全7巻各約1万部の増刷を決めた。
作者の中沢啓治さんは昨年12月に死去。汐文社の政門一芳社長は「お亡くなりになって初めての夏ということもあるが、松江市の問題が売り上げに大きく影響しているのは間違いない」と話している。(共同)
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●はだしのゲン 閲覧制限撤回受け校長会へ
NHK 8月27日
漫画「はだしのゲン」を巡り、松江市教育委員会は26日、市内の小中学校に行っていた閲覧制限の要請について、「要請を撤回するのが妥当」とする結論をまとめました。
市の教育委員会は早ければ28日にも臨時の校長会を開き、今後の対応について意見を交わすことにしています。
漫画「はだしのゲン」について、松江市教育委員会は去年12月、一部に過激な描写があるとして、子どもが図書室などで自由に読むことができなくなる「閉架」の措置を事務局だけで決定し、小中学校に要請していました。
市の教育委員会は26日、臨時の教育委員会会議を開き、5人の教育委員がこの問題について協議した結果、「手続きに不備があり、要請を撤回するのが妥当だ」としたうえで、今後の取り扱いについては「各学校の自主性を尊重する」という結論をまとめました。
これを受けて市の教育委員会は26日夜、結論の内容を各学校にメールで伝えました。
さらに、早ければ28日にも小中学校の臨時の校長会を開き、結論の内容について改めて説明するとともに、今後の対応について意見を交わすことにしています。
松江市教育委員会の清水伸夫教育長は、「各学校と真摯(しんし)に向き合い、話し合っていきたい」としています。
●はだしのゲン:閲覧制限を撤回…松江市教委
毎日新聞 2013年08月26日
松江市教委が故中沢啓治さんの漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を全小中学校に求めている問題で、5人の市教育委員による臨時会議が26日、松江市役所であった。22日の定例会議で結論が出ず、この日改めて検討した結果、「市教委が学校側に閲覧制限を一律に求めたことに問題があった」「子供に見せるか、見せないかは現場に任せるべきだ」との意見が多く、制限を撤回することを全会一致で決めた。
同市では昨年8月、小中学校の図書室からゲンを撤去するよう求める市民からの陳情が市議会に提出され、同年12月の本会議で全会一致で不採択となった。しかし、前教育長は教育委員からの委任事務として市教委幹部と協議し、同月の校長会でゲンを教師の許可なく閲覧できない閉架とするよう求めていた。
●「偏った思想の宣伝道具」「知る自由保障が役割」 「はだしのゲン」制限撤回に賛否
産経 2013.8.26
原爆の悲惨さを描いた漫画「はだしのゲン」をめぐり、松江市教育委員会が26日、閲覧制限を撤回したことについて賛否を問う声が上がった。
「特定の思想傾向が強い漫画で、歴史学的に間違いがある」。政治学者の岩田温(あつし)秀明大専任講師(29)が指摘するのは、市教委が過激で不適切として閲覧制限を決めた、旧日本軍の兵士が首を刀で切り落とし、女性に乱暴して惨殺する-という描写だ。
岩田講師は「旧日本軍の一部に逸脱した行為があった可能性はあるが、まるで軍全体の方針であったかのように描かれている。児童生徒に積極的に読ませる書物なのか」と話した。
被爆者らから閲覧制限に批判的な意見が相次ぐなか、市教委の対応を支持してきた被爆者や被爆2世らでつくる「平和と安全を求める被爆者たちの会」(広島市)。池中美平(びへい)副代表(63)は「原爆の悲惨さを強調するのはいい」と前置きした上で、「作品は非道な原爆投下を日本人の責任にする偏った思想の宣伝道具だ。学校図書とするのは問題だ」と指摘する。
市教委の撤回方針に対しては、「判断力が乏しい子供たちに、根拠のない『日本が悪い』という潜在意識が生まれる」と危惧した。
一方で、閲覧制限の撤回を支持する声も聞かれた。
東京工芸大芸術学部マンガ学科の細萱(ほそがや)敦教授(50)は「忘れてはならない歴史を扱った名作で、小説などよりも戦争や原爆投下への理解を深める入り口になる」と指摘する。
社団法人・日本図書館協会(東京)は市教委に対し、閲覧制限を再考するように要望していた。同協会「図書館の自由委員会」の西河内(にしごうち)靖泰(やすひろ)委員長(59)は「知る自由を保障することが図書館の役割。撤回は、その原則に立ち返った賢明な判断だ」と評価した。
会議が開かれた松江市役所の部屋には、会議が始まる1時間半前から傍聴者が集まり始めた。前回会議を上回る約40人の傍聴人が席を埋め、委員の発言に熱心にメモを取るなど市民の関心の高さがうかがえた。
●『はだしのゲン』問題 閉架肯定派も批判派も本質を理解せず
NEWSポストセブン 2013.08.26/ 週刊ポスト2013年9月6日号
広島で被爆し家族を失った作者が、自らの被爆体験をもとに1973年に連載を開始した漫画作品『はだしのゲン』。これまで日本中の学校に置かれ、20か国語に翻訳されるなど、戦争・原爆の悲惨さを伝える“バイブル”として読まれてきた。
そんな作品に対し、昨年12月に島根県松江市教育委員会が、市内の全市立小中学校の図書館にある漫画『はだしのゲン』(中沢啓治作)を書庫などにしまい、生徒が自由に閲覧できない閉架措置にするよう求め、市内の全校が応じていたことが今夏に判明した。この事態を評論家・呉智英氏は「極めて拙劣」だと断じる。
呉氏は今回の騒動について、「マンガの表現が過激で残酷だろうが、見る、見ないは個人の判断に任せるべきで、行政が一律に閲覧を制限するのはおかしい。
もしかしたら、島根県議会が『竹島の日』を条例で定めていることもあり、市教委は歴史認識について弱みを見せることを恐れたのか、あるいはネトウヨからの声高な抗議に過剰に反応したのかもしれないが、それにしても拙劣な対応です」と、市教委を批判する。
そして、返す刀で「そもそも閉架措置を求めた側もそれを批判した側も、作品の本質をまったく理解せず、狭量な主張をしていることが問題」と一刀両断。作品に対する読みがお粗末すぎると、発想の貧困さを憂う。
確かに本作品には、政治的に見解が分かれそうな話題が扱われているシーンが少なくない。例えば、作品の終盤では、昭和28年3月に中学校の卒業式を迎えた主人公ゲンの口から、天皇や国歌、旧日本軍に対する激しい批判の言葉が語られる。
〈君が代の君は天皇のことじゃ〉〈天皇は戦争犯罪者じゃ〉〈日本軍は中国 朝鮮 アジアの各国で約三千万人以上の人を残酷に殺してきとるんじゃ〉〈クビをおもしろ半分に切り落としたり〉〈妊婦の腹を切りさいて中の赤ん坊をひっぱり出したり〉〈女性の性器の中に一升ビンがどれだけ入るかたたきこんで骨盤をくだいて殺したり〉……といった具合だ。
呉氏が話す。
「『はだしのゲン』を批判する側は、そうした場面を読んだ子供たちが〈間違った歴史認識〉を植え付けられ、成長して反日的な人間になると危機感を抱いているようです。
しかし、それは馬鹿げた妄想にすぎません。当時、被爆者の中にはゲンのような主張をする人もいたことは確かでしょうから、それを描くことは不思議でもなんでもありません。加えて、そうした主張や場面はこの作品のもっとも本質的な部分ではない。なのに、こうした作品のごく一部の描写をもって全体を否定するのはあまりに狭量な解釈すぎます」
●【社会】 歌う はだしのゲン これが原爆 観客と考える
東京 2013年8月26日
中沢啓治さんの漫画「はだしのゲン」をミュージカルにした舞台が、東京で六年ぶりに再演された。一九九六年が初演で、ニューヨークやソウル、ワルシャワなどでも公演を重ねた、小規模演劇では異例のロングランだ。松江市教育委員会による小中学校での閲覧制限が問題になる中、夏休みの客席は子どもを含む観客でほぼ満席だった。(五十住和樹)
この舞台は、劇団「木山事務所」(東京・西池袋)元代表でプロデューサー、木山潔(きよし)さん(今年一月に七十歳で死去)が同事務所の脚本家、木島恭(きょう)さん(64)に「ゲンをやりたい」と声を掛けたのがきっかけだ。
「劇団のそれまでの作風とは違い、距離感があった」という木島さん。だが、被爆者も多くいた島根県浜田市の小学校時代の思い出が、脚本・演出への力になった。広島から転校してきた少女が歌っていた<ふるさとの町焼かれ 身寄りの骨埋めし焼け土に 今は白い花咲く>という「原爆の歌」に励まされるように、稽古を続けたという。
初演時は、主役のゲンなどに子役を配置し物語のリアリティーを重視した。だが、演劇関係者の評は芳しくなく、二年目から大人の俳優を起用。ナレーターを付けたり、原作から取り出したエピソードを増やすなどの改良を続けた。
木島さんは「観客が一緒に参加して考えるようなライブ感」を大切にしているという。「原爆の悲惨さを再現するのは不可能」だから、残酷さを具体的に表現しない。例えば、舞台では布を垂らした人が行進する場面があるが、それは「熱線で皮膚が溶かされぶら下がった」と知っていないと、どういう場面なのかは分からない。木島さんは「これが原爆を知る『入り口』になればいい。観客一人一人が原爆の現実を想像し、共に舞台を共有していきたい」と言う。
二〇〇五年までは毎年公演があり、〇七年もモスクワなどで上演した。〇八~一二年は休演状態だったが、今年に入ってから、各地の演劇鑑賞会が相次いで公演を企画した。
東京公演は二十三~二十五日の三日間、六本木の俳優座劇場で開催。今後、年内に予定されている公演を含めると、計四百三十六ステージになる。関係者は、ロングランは「原作にほれ込んだ木山さんの執念の結晶」と評する。
昨年の原爆忌も広島を訪れた木山さん。今夏の公演に向け、亡くなる前にこう書いた。「この舞台を通して原爆の犠牲者の声なき声に心を痛めながら、『今、生きて、在る』ことの実感を客席と確かめ合う。ヒロシマ、ナガサキを過去のものにしないために」
<ミュージカル「はだしのゲン」> 広島への原爆投下で、父や姉、弟を失いながらも、生き残った母と二人で力強く生きようとする6歳の少年・ゲンを描いた1時間45分の舞台。出演者が12人という少数で、15のオリジナル曲を披露する。公演は8月30、31日、川崎市アートセンター(小田急線新百合ケ丘駅下車)。9月から10月にかけて愛知、岐阜、三重、石川、富山の各県を回る。問い合わせは木山事務所=電03(5958)0855=へ。 |
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