Life in America ~JAPAN編

I love Jazz, fine cuisine, good wine

Berkeleyへの里帰り4 ~懐かしい人々との再会

2012-02-22 12:36:44 | アメリカ生活雑感

今回もゴージャスなコンドミニアムの一室をお宿にさせてもらった、マサコとポール夫妻。
もともとは2003年に、当時ボランティアをしていたサンフランシスコ・ジャズフェスティバルでポールと知り合い、
「うちの奥さんも日本人でJazzのピアニストなんだ」と紹介されたのがふたりとのお付き合いのきっかけだった。
会ってない時間のほうが長いのに、なんだかとても近く感じる。親戚みたいなふたり。
コレクターのポールのJazzコレクションがまた増えていて、いろいろ聴かせてもらった。
マサコは忙しい仕事の合間をぬって、地元のビッグバンドでピアニストとして練習中。
どうもありがとう。これからもお世話になります!


スシカル(バークレーで20数年続くライブ寿司屋“Sushi California”)で昔なじみの人たちと。

オーナーは沖縄県人のRyojiさん(左手前)。
この店はもう何十年もこのあたりに住む日本人の憩いの場になっていて、閉店後に酒盛りが始まる不思議なお店。
何度ここで宴会をさせていただいたことだろう・・・。
当時独身だった男性陣も、今は皆嫁持ち。ナオさんももうすぐ??



アダルトスクールで一番最初に知り合った日本人、りょうこちゃん。
アメリカ人のウィルさんと結婚をして彼の地元であるバークレーに住み、英語をもう特訓中だった彼女。
それから努力してアカウンティングの修士をとり、会計士事務所でバリバリ働きながら今では3人の息子の母に。
少し前にその会社も辞めて、今は子育専念中。
上のふたりが赤ちゃんの頃は大学やら仕事やらで大忙しだったので、3人目で初めてじっくり赤ちゃんのかわいさを実感しているらしい。
シカゴに来る前はまだ赤ちゃんだった長男のマーカスは、今では8歳。
写真は二男のタイくんと3男のカイくん&ヒメ(猫)。超~かわいい。



私が片言の英語しかしゃべれなかったころからの古い友人で、私のアメリカ生活のすべてを見守り続けてくれた恩人、Dede。
70歳を超えてなお衰えぬその美貌と教養。
プロのライターとして、私のつたない英語チェックをしてくれる先輩でもある。
彼女の生活のすべてが知りたい私と、私の生活を知りたい彼女のおしゃべりはとどまるところを知らず、
時間がアッと言う間に過ぎてしまった。
今回も4時間しゃべって喋り足らず、再度時間をとり直したくらい。
またすぐ会いたくなる人。



アダルトスクール同窓会。
左から初期のクラスメートガリーナ、先生のアン、そしてニゴラとガリーナのご主人のハイム。
私がいつもバークレーに帰るたびに、ガリーナのおうちが同窓会場になる。
そして必ず、ふたりでテーブルいっぱいのロシア料理をふるまってくれる。

ハイムは先月1週間ほど持病の偏頭痛で病院に入院していたらしいが、すっかり元気。
「病院の待遇がすごくよかったから、退院するとき悲しかったよ」と、いつものお茶目な笑顔。
ガリーナも全く変わらず元気そうで安心した。

大好きなビーツのスープに、3種のヘルシーサラダ、ボルシチを用意してくれた。
私がビーツ好きなのを覚えていていつも作ってくれる。ありがとう、ガリーナ!


アダルトスクールと同時期に通っていた小さなつぶれかけの語学学校時代のクラスメート、香港のコニーとオークランドのチャイナタウンで。
彼女との再会は実に5年ぶり。
当時10代だった二人の息子はすっかり成長して、長男はSFのコンピュータ関連企業に就職、
次男はUCデイビス校の大学生。
ビジネスマンのご主人は、香港からたまに家族に会いに来る生活を続けている。
アメリカ国籍を得るために二人の息子をアメリカで産み、ほとんど女手一つ一生懸命育て上げた彼女に脱帽。
今も地元の大学で、英語の読み書きはもちろん、社交ダンスや写真クラスなどをとって楽しんでいるそう。
このあくなき好奇心、大好きだな。

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