英題: THE COVE /製作年: 2009年/ 製作国: アメリカ /日本公開: 2010年初夏 /上映時間: 1時間31分 /配給: アンプラグド
概要:クジラの街、和歌山県・太地町の入り江(コーヴ)でひそかに行われているイルカ漁をとらえた衝撃のドキュメンタリー。
美しい海岸線が広がる和歌山県太地町にある小さな入り江では、毎年9月になると町を挙げて立入禁止にするほどの厳戒態勢の中、ひそかにイルカ漁が行われていた。
そのイルカ漁の実態を、1960年代の人気ドラマ「わんぱくフリッパー」の調教師で、現在はイルカの保護活動家であるリック・オバリー率いる特殊撮影チーム(水面下のサウンドとカメラのエキスパート、特殊効果アーティスト、海洋探検家、アドレナリンジャンキーそして世界レベルのフリーダイバーから構成)が白日の下にさらす。
血で真っ赤に染まる海と、叫び声を上げ逃げ惑う大量のイルカたち。また、水銀汚染されたイルカ肉を学校給食にと売り出す太地町や、イルカ肉を鯨肉と偽装して販売する業者など、さまざまな知られざる問題も明らかになる。
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私がはじめてTAIJI(太地)の名前を聞いたのは、去年の夏のこと。
車のラジオから流れてきたあるインタビューで、TAIJIは日本のある町の名前で、そこでは毎年見るも恐ろしいイルカ漁が行われている、ということを知ったのだった。
情報が一方的すぎて気分が悪くなった“当事国”の私は、聞き覚えのない“TAIJI”という名前をメモるとすぐラジオを切ってしまった。
今から思えばあれは、この映画の上映に先立ってプロモーションをかねた監督またはリック・オバリーへのスペシャルインタビューだったのだろう。
そのとき気分が悪くなった理由のひとつは、「またか」という気持ち。
“魚をリスペクトしない欧米諸国VS日本”という構図の中での出口のない議論は、鯨問題でもう飽き飽きしている。
かわいそうだから殺してはいけない、食べてはいけない、殺し方が残酷、というなら「じゃぁ、牛や豚を惨殺しているお前らはどうなんだ」という水掛け論になる。
しかし、この映画は今年のアカデミー賞の“べスト・ドキュメンタリー賞”を受賞。世の注目は一気に集まることになる。
アカデミーはいわゆる内部告発モノがお好き。おまけにこれは欧米人に圧倒的に受けるテーマだ。
だからこそ、日本人としては議論するためにも絶対に見ておかなければならない。
図書館にDVDが入荷したのですぐに借りてきてじっくり見た。
感想をひと言で言えば、
「食の安全にテーマをすりかえた余計なお節介映画」。
別の言い方をすれば、これはれっきとした「映像のテロ」でもある。
立ち入りを禁止されているところに許可なく立ち入って、人を食ったような白を切り無理やり映像化して世界に発表したという抜き打ち手法は、やられた当事国の人間としてやはり気持ちいいものではない。
しかし、人はダメだと言われると余計に覗いてみたくなるのも事実だ。
その“禁断の場所”に、ハリウッドの特殊映像プロフェッショナルたちが偽岩に埋め込んだ高解像度ビデオカメラを崖の上に仕込み、鯨の形をした飛行船を浮かべて遠隔操作で上空から漁を撮影し、世界的フリーダイバーが夜中に入り江に忍び込んで海底に水中カメラを仕掛ける。
さながらノンフィクションのスパイ映画を見ているようで、もしも私が何の関係もない国の人間だったら心の中で最高のスリルを味わっていたに違いない。
現に、Pちゃんは「この映画はグッド・エンターテイメントだ」と表現していたのだから。
執念のかいあって、映画の中では生々しいイシーンをこれでもかと見せ付けることに成功している。
普通の人間じゃかわいそうでとても正視できない。
しかし、である。この“かわいそう”という感情こそが曲者。
あとで冷静になって考えてみると、製作者の意図にまんまとはまった自分に愕然とする。
<構成>
~前半のすりこみ~ イルカは“知能的でかわいい”生き物である。
・イルカは人間とコミュニケーションできる高い知能を持っている。
イルカに「命を助けられた」サーファーや世界的なダイバーたちの証言を美しい水中映像を交えながら紹介。
・自分(オマリー)の懺悔。
イルカ調教師としてイルカを見世物にしてしまったことを後悔している、と切実に語る。自分のかわいがっていたイルカはストレスのために自ら息継ぎを拒み自殺」したという衝撃の証言。
~後半のすりこみ~ 太地でのイルカ漁は絶対に許せない!
・太地ではそのイルカの殺戮が行われているばかりか、鯨肉と偽って販売されている。
・イルカ肉にはWHO規定の20倍もの水銀が含まれていて人体にとってきわめて危険と知りながら、売りさばいている。ほとんどの日本人はこれを知らない。
・だいたい日本政府はいまだ捕鯨をやめない。票を金で買ってまで続けている醜いやつらだ。
そしてクライマックスで、イルカの血の海で真っ赤に染まる入り江の映像が流れる。
自分たちの理論を一方的に映画を作って告発した者勝ちなのなら、アメリカでBSEに感染した牛を検査せずに売りさばく業者たちのドキュメンタリーを、アメリカ以外の国が作って発表すればいい。
しかしそんな“告発ごっこ”は亀裂を生むだけで何の解決にもならない。
国によって食に関する考え方が、あまりにも違いすぎるからだ。
昔、テレビドキュメンタリーで、ある日本の小学校のクラスと彼らが育てていた子豚との物語を見たことがある。
当番を決めてえさをやり、体を洗い、散歩に連れて行くなど嬉々として世話をする子どもたち。
しかしこの子豚がやがて成長し、クラス全員で豚のこれからについて真剣に話し合わなければならなくなる時がやってくる。
いろいろな選択肢を何度も話し合った末、最終的には食肉業者に引き渡すというつらい選択をし、担任の先生もクラスもみんなで号泣しながら見送る。
そしてみんなで「食べる」ということの意味をじっくりと考えるという内容だった。
これこそ真のドキュメンタリーではないだろうか?
生きることは、他の生を感謝していただくということだ。
人間に近い知能を持っているから、かわいいから殺しちゃだめ、というのは、そもそも食や生に対するリスペクトがない人間が言う言葉だ。
(もちろん、イルカを食べる必要があるかはどうかは疑問だが)
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しかしそれとは別に、どうしても拭い去れないこのイライラ、もやもや感。
そのひとつは、イルカ漁の是非云々よりも、日本人はWHOで規定されているレベルの20倍もの水銀に汚染されたイルカを「勝浦産生クジラ」と偽って買わされ食べている、さらにそれを国が隠蔽しているという事実を正面から見せられたことだ。
食の安全、国民の健康にかかわることを、なぜ国(自治体)は隠していたのか?そこまでして隠すのはいったい何のためなのか?
それがどうしても理解できないのだ。
映画の中で、1950年代に大きな社会問題となった水俣病訴訟が例に出される。
産業汚染廃棄物を秘密裏に海に垂れ流しにしていたチッソと、それを知りながら病気との関連性を隠し続けていた日本政府の生み出した悲劇。
「これは水俣“病”という病ではないのです。毒をも盛られた結果起こったことなのです。日本はまた同じ過ちを犯そうとしている」
イルカの肉には許容量をはるかに上回る水銀が含まれていること、イルカの肉は鯨肉として売られていること、これは科学的evidenceのある事実である。
もしこれが日本をバッシングするための作り話であるなら、日本政府はうそである科学的証拠を堂々と示して反論すべきだ。
そうしてこそ初めて同じ土俵に立って議論ができるというものだ。
第2のもやもや。
「どうしてこの告発を、日本(のメディア)ではなく外国人、しかも食の安全などどうでもいいようなアメリカ人なんぞにされなければならなかったのか?」
日本人が作った映画なら、きっとこんな惨めな気持ちにはならなかっただろう。
映画の中で、ふたりの太地町議会議員が名前と顔を出してイルカの水銀汚染値を告発していたのがせめてもの救いだったが、彼らはきっとただではすまないだろうという心配のほうが先に立つ。
出る杭は打たれる。長いものには巻かれよ。知らぬが仏。
日本人はいつから、間違っているものに堂々と意義を唱え一人でも立ち向かう勇気を失ってしまったのだろうか。
食肉偽装を暴いた内部告発者に「今はただむなしい。こうなるとわかっていたらやらなかった」と言わしめる、この国全体を包む陰湿なムードは何なのか?
アメリカもたいがい腐っているが、ここには少なくともマイケル・ムーアがいて彼の映画を文字通り命がけで上映しようとする映画館が存在する。
日本でマイケル・ムーアのような人間はたぶん“変人”扱いだろう。
『南京』を上映中止に追いやり、『The Cove』も上映が見送りされるような日本は、まるでGoogleの検索から天安門事件を抹殺している中国政府となんら変わりない。
日本人は知らないが世界はみんな知っている、そんなことがこれからどんどん増えてくるようで、そのほうがイルカ漁の是非うんぬんよりももっと恐ろしい。
言いたいことはいろいろあるが、今はただこの映画を作ってくれてありがとう、といいたい。
「他国の食文化に口を出すな」という考えは変わらないが、少なくとも日本の和歌山の太地というところで毎年2万3000頭のイルカ漁が行われていて、それが鯨肉として売られているという事実は知ることができた。
日本では今年初夏に全国公開されるという。(予定)
日本人なら、必ず見てほしい映画だ。そして意見を持たなければならぬ。
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先日のニュースで、西オーストラリアのブルーン(Broome)市がこの映画の公開後、イルカ漁に抗議して太地町との姉妹都市提携の停止を決めた、と伝えていた。
ブルーンはもともと太地町から多くの漁師が移民して栄えた町。その日本人入植者たちの墓地が、反日感情から荒らされているという。
こういうHate Crimeを聞くと本当に情けなくて悲しくなる。
これからハワイやオーストラリアに出かけて、のんきにイルカツアーに参加しようと考えている若者はくれぐれも注意したほうがいい。
必ずこう聞かれるだろう。
「君はTaijiを知っているのか?『The Cove』を見たのか?」と
「知らなぁ~い」じゃすまされない。
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