津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■昭和の日

2023-04-29 06:32:43 | 徒然

 昭和生まれの私からすると、今日4月29日はやはり「天皇誕生日」でなければならない。
昭和天皇の御逝去後、この日はどうなるのかと思っていたら「昭和の日」となったが、平成・令和と時代が変わっても違和感が感じる。
過日、江國滋著の「滋酔郎 俳句館」という文庫本を読んでいたら、昭和天皇に関する「拝謁記」という面白い一文にであった。
昭和56年(1981)12月17日のことだそうだが、いわゆる「東京やなぎ句会」の連中が忘年会を兼ねて伊豆下田に一泊の予定で足を延ばしたのだそうな。
熱海の先の「宇佐美駅」に近づき減速したとき、上りホームに警官が多数立っているという。
何事かと思っているうちにお召列車の通過であることが判り、江國氏らが乗る列車が両陛下の目の前で停車したそうな。
上下線の隣同士の線路の上で、両陛下のお召列車の目の前で止った。句会の連中の驚くまい事か、窓越しに鈴なりになり手を振り、あの小沢昭一にいたってはガラスにおでこをくっつけて「陛下、小沢でございます」と叫ぶと、両陛下はお気づきになり(?)御手を振られたという。
その感激の中の小沢に代わって六丁目(永六輔)の一句   あれは小沢かと皇后にご下問
残念ながら小沢の感想は、彼の一連の著作を眺めてみても出てきていないように思える。
昭和56年12月、両陛下はどちらへお出ましであったのか、WEBで探してみたがよく判らなかった。
やなぎ句会のその日の下田での句会は、さぞかしその話で賑わったことであろう。

 まさに昭和の人たちが名を連ねた「東京やなぎ句会」も、大方が亡くなられてしまった。
私はやなぎ句会の本を数冊持っていて、今でも時折ページをめくっているが、いい雰囲気だなあ、うらやましいなあと思いながら癒されている。
小沢昭一、昭和元年の生まれで「昭一」かと思ったら、昭和4年の生まれであった。小沢氏52歳の時の話である。




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