津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■石川県の「愛本橋」・・雑感

2023-11-18 07:05:43 | 徒然

 先に取得した「石川郷土史学会々誌-代54号」は、目的の記事だけではなく、大藩加賀のいろいろな興味深い論考が載せられていて、大いに興味をそそらせてくれる。
私の目に飛び込んできたのは、「愛本橋に関する異説-その一」という記事であった。
内容は架設に関わった方々に関わることのようだが、「愛本橋」といえばその不思議な構造形態でしられ、工学系人間である私は少々の知識は持ち合わせていた。

           

 今はこの橋は存在しないようだが、このような模型が残されており、不思議な構造形態で知られている。
両岸から斜めに突き上げる様に、カンチレバー(片持ち)の巨大な木材が何本も、何段もかさねあげられて橋の本体を支えている。
山梨県大月市には「猿橋」が現存する。

チベットに今でも使われている橋が下の写真だが、愛本橋のような完成系の構造ではなく如何にも素朴で、牛の体重をようやく支えているという感じである。
1匹ずつ渡んなさいと声を掛けたくなる。
           

錦帯橋は驚異的な木造アーチ構造の橋だが、これは世界に類例はないのではなかろうか。
また明治に至るまで木造によるトラス構造の橋は出現しない。
しかし、チベットと日本に全く同じ発想によるこのような橋の存在を知ると地球は狭いと感じる。

チベットのこの橋も、たかだか10mくらいの距離だと思われるが、川がへだてる隣町は、まさに異国という感じであったろうから、大いに知恵を働かせながらこのような構造の橋を世界に共通する構造橋として現出した。流れのはやい川で隔てられた隣町は、新たな交通手段を得て人の往来が盛んとなり、文化・経済の流通など多大な影響を与えた。
チベットしかり、又加賀国に於いてもそうであったろう。災害に於いて橋を流失して平時の交通手段を失くした人々の生活には大きな負担がかかる。
橋は命である。命を支える手段としていにしえの人々は、想いもつかないこのような橋を現出した。人間は凄い。

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