延宝8年(1680)9月13日、芭蕉37歳の句である。いろんなところで紹介されている下の句だが「ひそかに」と訓む文字がそれぞれ違うのが面白い。
●夜ル竊ニ虫は月下の栗を穿ツ 「竊」という字は、盗むの意を以て使われることが多いようだが、芭蕉は当然「ひそかに」
と訓ませている。
●夜ル窃ニ虫は月下の栗を穿ツ この「窃」の文字は「竊」の異体字、よく「窃盗」などと使われている。
●夜ル窈ニ虫は月下の栗を穿ツ 「窃」によく似ているが、こちらは「ひそかに」の意が強いように思える。
歌手・一青窈さんの「窈」だが、「①おくぶかい。暗い。ひそかな。かすかな。
②おくゆかしい。しとやか。のびやか。あでやか。」という意味であり、盗むという語意
はなくなっている。一青窈さんの「窈」は「しとやか」の意であろう。
芭蕉研究で知られる嵐山光三郎は、「窃」の字を使ってこの句を紹介しているが、はたして芭蕉さんはどの字を使ったのだろう。
「ひそかに」栗を穿つというのだから「盗み」の意が大いに包含されているのだろうが、こうしてみると俳句に於ける一つの文字の持つ意味合いが、大変重要であることがよくわかる。