津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■細川小倉藩(540)寛永八年・日帳(十月七日~十一日)

2021-04-07 16:54:13 | 細川小倉藩

    日帳(寛永八年十月)七日~十一日

         |                                       
         |   七日  加来二郎兵衛・河本瀬兵衛
         |
         |一、助進・修理当番也、
下毛郡蔵納方惣庄 |一、下毛郡御蔵納納方惣庄や・小庄や作分之為御内検奉行、松岡久左衛門遣候、此御横めニ、財津善内
屋庄屋作分ノ内検 |  兵衛差遣候事、
奉行横目     |
宇佐郡蔵納内検ノ |一、うさ郡御蔵納御内検ノ横目、寺井十兵衛差遣置候処、去四日ゟ、俄中風煩出候由、申来候ニ付、
横目急病交替   |  かわりニ、渡辺藤五郎申付、遣候事、

         |                                       
         |   八日  河本瀬兵衛・奥村少兵衛
         |
         |一、修理・兵庫当番也、
入籠者へ差入品ノ |一、籠ノ御番ノ仲の新介登城ニて申候は、彦山ゟ三河所へ、はなかミを遣候、籠へ入候て、三河ニ遣
改        |  可申哉と、新介申候、壱枚つゝ改候て、入候へと申候也、
作事惣奉行ノ願  |一、矢野勘右衛門・和田伝兵衛、登城ニて被申候は、東軍ニて、御作事之御用ニ、竹を切せ申候、就
竹切       |  夫、内相にて竹かい申度申候ヘハ、御用之竹を切り候其間ニきり候て、わきへ遣申由申候、御用
内相ニ竹ヲ売ル  |  之竹を間ニきり、遣不申候様ニ、被仰付候へと被申候、御用之竹をきり申候間ニ、何方へきり遣
過怠       |             (付脱ヵ)
         |  申候は、其者ニ過怠被仰候へと申候事、
         |                          (重嘉)与
宇佐郡ヨリ筌猟ノ |一、宇佐郡ゟ、鮎弐千四百八十余、うけ二入申由にて、横山助進井上喜兵衛持せ来候、右ノ外ニ、う
鮎等ヲ上グ    |                         (鯔)   (鮬)
         |  なき四十五・すゝき十七・ふな十・まいハだ十三・いな八十二・せいご五十八、右ノ分参候事、

         |                                       
         |   九日  奥村少兵衛・加来二郎兵衛
         |
         |一、兵庫・助進当番也、
         |                   (松井興長)
松井興長重陽ノ使 |一、夜前、江戸ゟノ 御書参着、致頂戴候、佐渡殿ゟ、九日之呉服御上候使者罷帰候ニ、成被下候也、
者下着      |
         |  (国遠)
         |一、道倫へ被成遣 御書、幷飯田才兵衛ゟ、道倫へ之奉書も、直ニ道倫へ相渡候事、
使者等ノ出船ハ船 |一、江戸ゟ、何方へいつれを被遣候時にても、乗衆舟を急出候へと、申間敷候、とかく船頭次第ニ、
頭ノ指揮次第トノ |                       (白井)(鏡)
命        |  ミなと/\にて出し可申旨、被 仰下候ニ付、兵介・善右衛門をよひ、 御書を写、渡候事、
血止メノ三七草  |一、御花畠ニ被為植候さんしちと申血留草之儀、小堀長左衛門をよひ、様子申渡候事、
葦毛ノ死馬ノ採血 |一、あし毛馬死候ハヽ、ちを取、かけほしニ〆取置、上候へと、申ふれ候事、
蔭干ノ觸     |
         |                                   (川棚、長門豊浦郡)
桐油奉行等肥前瘡 |一、歩之御小性中嶋五太夫・桐油奉行三輪久五郎、肥前かさ瘡を相煩候ニ付、かわたなへ湯治仕度由、
湯治願      |                         〃〃
         |  申上候ニ付、御暇可被遣由、佐渡殿へ切帋遣候事、
         |           (藍島、規矩郡)
藍島之野牛改   |一、小田村與三右衛門、相ノ嶋へ参候ニ付、野牛を改参候へと申付、遣候処、一々改申候処ニ、野牛
大小三十六疋   |  大小三十六疋居申候由、申候事、

         |                                       
         |   十日  加来二郎兵衛・河本瀬兵衛
         |
         |一、助進・修理当番也、
江戸為替銀ノ大坂 |一、京都平野や甚吉、銀を江戸にて御かわし、被成御請取候間、大坂にて、甚吉ニ渡候へと、仁保
ニテ決裁米代銀払 |  (慰英)
切ル故ナシ    |  太兵衛所へ被 仰遣候へ共、御米代払切無之候間、爰元ゟ上せ候か、さなく候ハヽ、今日にてかり
         |  かへ、渡可被申やと候て、御船頭井上十右衛門わさと差下候事、
火熨斗ヲ物奉行へ |一、右ノ便ニ、奥方ヨリ、申上せ候火のし十下候、黒瀬・大嶋ニ渡させ候事、
渡ス       |

         |                                       
         |   十一日  河本瀬兵衛・奥村少兵衛
         |
         |一、修理・兵庫当番也、
         |  (長岡孝之)                  被
         |一、中務様御内片山加左衛門尉、江戸ゟ罷戻候、方々ゟ之条共、言伝り被参候を、被相届候事、

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■はやすぎ?

2021-04-07 10:52:46 | 徒然

                   

                   空蝉やいのち見事に抜けゐたり  片山由美子

 今日の散歩の途中、桜の老木になにやら止まっているぞと近づいてみると、なんとセミの抜け殻であった。
上のような句が歳時記に載っていたのを思い出しながら、デジカメでパシャリ・・・
私が撮影していると後からやってきたご婦人も気が付かれて、「あらッ、抜け殻?」と驚いた様子で通り過ぎて行かれた。
ここ数日暖かいとはいえ「少々早くはないかい・・」

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■徳富蘆花の「水前寺・江津湖紀行」水遊び(ニ)・2

2021-04-07 06:33:09 | 書籍・読書

                                            水遊び(ニ)・2    

                       かながき            たよたよ  しな
           能書の筆から流るゝ假名書きのそれにも似て嫋々と嬌態をつくつて流るゝ水の川下を見や
               まこも      どつち                               かはほね
         
りつゝ、あの眞菰の洲の何方を舟は通るか、を賭ける。黄ろい花をつけた河骨や、白い花
            かいう        みぎわ                      しやうりやうとんぼ
         の海芋が、悠々と汀近く舟を迎へて笑ふ。黒装束の精霊蜻蛉が横目に舟をちらと見て、水
           かがみ                     あひる                くわつ/\
         鑑しつゝふら/\と舞ふて行く。家鴨の一群が、それ來た、刮々と水を掻いて木蔭の方へ
                                       すいそう
         逃げる。好い川だ。妻の父ではないが、此の川添に水荘一つ欲しと思う。と思へば、芭蕉
                     べつしょ
         など植ゑた心憎い風雅の別墅が左岸に見えた。半里ばかりくだった。左手に赤い煉瓦の建
         物を船頭に聞けば、
            あるこほる
         「酒精ぢござりますたい」
         と云ふ。漠然と思出したは、鹿児島新聞の人々と食を共にした時、熊本出の津田君が、
                  あるこほるかいしゃ
         「江津川も、酒精會社が出來て、水が濁つて、藻はぬる/\になる。駄目です」
         と舌鼓うつたことである。其會社前に舟は來たのだ。舟は無邪氣に下つて行く。氣をつけ
                                        あたり
         て見ると、さしも美しかつた江津川の清流も、會社の邊から際立つて不透明な鉛色に濁つ
         た。やつと透し視る藻や水草などには、どぶ泥に塗らしたやうなぬる/\が一ぱいについ
                                                          のろ
         て居る。皆酒精製造場が吐き出す下水が汚さるゝのである。折角の興を打破られて、咀は
                                                           
         しい氣分になる。舌鼓うち/\江津橋の下を潜つて江津湖に來た。思びなしか、此湖も餘
           よほど

         餘程濁つた様。
         兎も角も中島近く舟を寄せる。草淺く木立茂る小さな中島には蛇でも居さうで、上つて休
         む氣になれぬ。水棹突きさし、それに舟を繋がせる、周圍一里に過ぎぬ小さな此湖も、や
                                                                                     ちょすいち
         やもすれば大水になる此の水多い低地の為に潴水池の用をなして居る。受け入るゝ川々か
         らは、鯉・鮒・鯰以下様/\の川魚が下つて集へば、吐き出す川を傳ふて緑川口から海の
         すずき いな                                            ここそこ
         鱸や鯔なども此處に上つて來る。舟から見ると小さな漁船が二三隻。此處其處には時々上
                                                                             ぜんしんにつらざればすなわちぐわこ
         げ下ろす大きな四ッ手網も光つて居る。不 釣 前 津 卽 畫 湖 など吟じて、此處から一里そ
                                          ぬやまづ
         こ/\の沼山津に家居した横井小楠翁はよく釣りに此湖に來たものだ。其沼山津は此處か
                 ぎんぼう
         ら見えぬが、翁が吟眸を牽き瞑想の相手となつた飯田山は、湖畔の村を見越して、東南に
         圓い頭を出して居る。南には鎮西八郎為朝の強弓を恐れて雁が迂廻したと傳へらるゝ雁回
                  けんぺい                                    きんぼうざん
         山の木原山が、青い研屏を据ゑて居る。西北江津橋の土手には、熊本城西の金峰山や木を
             おもがはり
         伐られて面變りした荒尾山が此方を眺めて居る。
         風も無い湖上の舟、屋根はあつても十月初の火の國の西日はまさに眞夏を欺くのである。
                     しやつ                  せる        き
         洋服を脱いで余は肱ぎりの襯衣一枚に、妻は素裸に薄い絨のコートを被て澄まし、鶴子は
                         はんかち
         お胸一つになる。琴子は度々湖水に手巾しぼつては赤い顔を拭き拭きして居る。砂取の餅
         焼を食ひ、茶を飲み、寫眞寫生を試みたり、果てはごろりと横になる。船頭は先刻から屋
               いびき
         根の上で雷の鼾を立てゝ居る。
         やゝ久しく過ぎた。
         日も傾いて、湖の面明るく、水の上もやゝ涼しくなつた。「おゝい」と岸から呼ぶを見れ
         ば、頼んで置いて迎へ車が砂取から來たのである。
                                     ねぎろ
         やをら着物をうち着て、舟を江津橋の西詰に着けさせ、船頭を犒ふて車に上る。堤の傾斜
         を上る時、余がずう體の重量に車夫はたぢ/\と二足三足後に引きずられた。折よく通り
             ちゅうばあ
         かゝつた中婆さんが、はッと風呂敷包うち捨て跑け寄つて手を添えてくれたので、余も車
         夫も堤の上から車と共に江津湖に落つるを免れた。或は單に水中に落つる運命に止まらな
         かつたかも知れぬ。
                  ちょうてい            かわづら   ひら
         船で下つた江津川の長堤を車で歸る。夕日之川面金を閃めかし、行手の金峰山は紫になつ
               ああ                                       やはり
         た。烏が三羽唖々と鳴き連れて入り日の方へ飛んで行く。青年期の初、矢張田が熟れる時
                                         おも
         分、何夢むともなくあてのないものを追ふて此長堤をぶらついた自分を憶ひ出した。

                         (此の項了)

         

           蘆花が舟を止めた中の島周辺 まさしくこの様な景色の中に身をゆだねたのだろう   
                                 熊本観光ガイドから引用

 

 

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