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「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」

2024-10-01 04:10:34 | 水彩画


 東京都美術館で田中一村展が行われている。「世俗的な栄光から離れ、己の道を貫いた画家・田中一村、清く、貧しく、美しく…奄美で到達した魂の絵画が東京に集結」だそうだ。何とも白々しい、見当違いの宣伝文句が並んでいる。どうも映画の一村以来、変な一村像が造られている。

 私の絵を見る眼では一村の絵は評価されたくて仕方がないと、営利を求めてあがいている絵に見える。人の眼ばかり意識した絵だ。世俗的な栄光は求めたのだが、社会に受け入れられなかった人だ。この絵を見ると評価しなかった社会の方が正しいと思う。




一村の絵は奄美の光と言うが、そんな気は全くしない。田中一村の画面はデザインであり、装飾画である。どこが魂の絵画なのだろうか。魂のことなど考えたことも無い人が、作ったアピール文なのだろう。嘘もいい加減にしたら。と言いたいが、そもそも絵画芸術を理解など出来ない人が人集めのための文章だろう。

 一村はしかし近年人気がある。その理由は、今の時代はこういう、アニメーション的装飾画を、商品絵画として求めているのだ。一村の絵画には精神性はない。見たものをデザイン化するだけの絵だ。それがこの精神性の希薄なこの時代に適合するのではないかと思う。



 今の時代は商品絵画の時代である。高く売れる絵が良い絵という時代である。すべての物を商品にしなければ気が済まないのが、末期資本主義の時代なのだ。それに迎合するのは勝手で構わないが、それは藝術としての絵画とは違うと言うことは忘れてはならない。

 何も気に入らない絵画を問題にする必要も無いのだが、沖縄で絵を描いていると、何かと一村の話が出ることがある。沖縄の風景を一村の絵画から想像して貰ったら、沖縄に迷惑だ。絵を描いているからと言って一村を持ち出されるのことには、かなりの違和感がある。

 

 一村が奄美大島に来たのは、沖縄の復帰前である。沖縄まで来るのは少し面倒くさい時代だった。何しろパスポートがなければ、沖縄には来れなかったのだ。渡航証明書という物が必要だった。普通の旅行でも南の島と言えば奄美大島までだったのだ。それで、一村は奄美まで来たのだろう。

 しかし私の石垣生活で見ている南の風景は、この絵とは空気も色も違う。これは南国風とは言えるが、あくまで風俗画風の南国だ。そもそも画面に空間という物がない。画面の空気を吸うことが出来ない。一村の絵はそこそこ上手な絵空事に留まっている。


 田中一村の絵は嫌いな絵なのだ。嫌いな絵を嫌いだとあえて書くと言うことなので、できるだけ沢山の絵をここに掲載させて貰った。一村の描く物は藝術としての絵画ではないと言うことの意味を知ってもらいたい。自分の絵画を描いたものでは無い。と言うことははっきりとしている。

 この絵をどう見ても田中一村という人間はいないのだ。つまり人間表現になっていない。藝術としての絵画はその絵を描いた人間の、世界観が表れていなければならない。こんな人間が居たのだと言えるもののでなければ絵ではない。その一番大切な部分が欠落している。


 本当にこの絵を見て魂を感じるというのだろうか。もしそうであるなら、私の絵画と言うものすべてを否定するほか無い。南国の風物を写実的に構成した物を、どうしても魂の絵だとは認められない。南国風景でなければ、まだ無視できるのだが、奄美大島という所がどうもいただけない。

 奄美の光がこの絵にあるというのか。全く私には光が感じられない。この展覧会を企画した、都美術館の学芸員のレベルの低さには驚く。一村という、奄美で非業に死んだ風俗画家の絵画展で良いではないか。もがいた絵描きと言うものの哀れさの展覧会で良いではないか。


 一村を評価しなかった日本画の当時の公募展もまともだったのだと思う。今の公募展では大喜びで持ち上げただろう。当然、画商も群がったと思う。今の時代に評価されている絵は、一村風の絵なのだ。魂のない、光のない、精神のない、世界観のない、商品絵画なのだ。

 そもそも日本画は藝術としての絵画ではない。装飾画なのだ。屋敷を飾る屏風絵であり、ふすま絵であり、掛け軸である。魂などあったら困るのだ。建具の一つで上手く収まればそれでいいのだ。その日本画の歴史の中にも宗達のようなすごい人が居たことは居た。

 所が江戸時代には完全に日本画は御殿画家に成り下がり、装飾品作りに没頭した。だから江戸時代にはむしろ北斎のような庶民の中に、すごい絵画が表れたのだ。所がそうした傑出した絵画を見つけ出したのは、日本人自身ではなかったのだ。



 西欧の絵画が近代化する中で印象派が生まれる。その人達が、日本の浮世絵を見て、評価をしたのだ。日本では江戸時代の日本画も庶民の浮世絵など、卑しい物という意識があり、見向きもされていなかったのだ。何でも西欧かぶれになった明治時代に逆輸入された浮世絵文化。

 日本人の中にあった魂の絵画が掘り起こされたのだ。それが近代日本の中に生まれた、明治の西欧絵画である。その到達点が中川一政の絵画だと思う。まさに魂の芸術である。しかし、どうだろうか、梅原龍三郎や、中川一政の絵画を本当に理解している人は年々減少しているような気がする。

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