中野さなえ活動日誌

花には太陽を こどもらには平和を

全障研大会第一日目・「無言館」窪島さんと故郷がつながっていた。

2019年08月03日 18時55分15秒 | 活動日誌


大会第一日目、無事に終えました。

具合を悪くする人もいなくて、ほんとによかった。

全国、全県の仲間と再会できて、それが全国大会の醍醐味ですね。


十数年ぶりに再会ったダウン症のYちゃんにはびっくりした。立派な青年になっていて、感激でした。


仲間たちの舞台はと元気で明るくて、困難なんかにへこたれないぞ!とのメッセージが伝わってきましたよ。


子どもたちの表情を見ていたら、雑誌「みんなのねがい」の「この子と歩む」のコーナーの親御さんの子育て奮闘記が思い浮かんで、なんだか涙ぐんでしまった。


暮らしの中でも、これからの人生でも、こんな風に晴れ舞台がもっとあるといいね。

ひろむ君のつぶやき。


さて、無言館の窪島誠一郎さんの講演は、今までお聞きした中で一番素晴らしいと思った。


窪島さんは戦争の時、東京大空襲直前に、家族で宮城県石巻市に疎開して、それで今生きていられるのだと話してくれました。「石巻は命の恩人だ」と。


それで、震災後、半分流された河北新報社をお借りして小さな「無言館」を開いたそうです。そこで出会った家族もなくし、海の仕事の道具一切を失った方が、「生きなくてはとおもった」とのお話には、泣けました。

無言館の絵の持つ力ですね。


私の故郷と窪島さんがつながっていたなんて・・・。

退場する窪島さん。どうしてこんな写真しか撮れなかったかというと、話に引き込まれて写真どころではなかったからです。

それにしても窪島さん、先月半ばに退院したばかりの健康状態なのに、来ていただいたことに深く感謝しました。



 



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知ってほしい長野の教育と満蒙開拓団。

2019年08月01日 21時07分55秒 | 活動日誌

明日は全障研大会の前日、朝から会場設定をはじめ大会準備デーです。

 

長野においでの皆さん、長野県は教育県だと思っている方が多いのではないでしょうか。

確かに、新田次郎さんの「聖職の碑」にみるように、学校登山でたくさんの犠牲者を出しても中止するのではなく、安全に登山できるように天気図の読み方を学ばせるなど努力して続けたように前向きの教育県だったこともありますし、県民の運動で高校受験制度では全国にいい意味での遅れも作ってきた歴史もあります。今は崩されつつありますが。

 

私は、長野県の教育を考える時、長野県が経験した摩耗開拓団、青少年義勇軍がなぜ日本一、大陸へ送る羽目になったのか、いつも振り返ります。


長野県の満蒙開拓団は37000人余という、全国に群を抜いた第一位です。第二位の山形県は14000余人。加えて、青少年義勇軍も日本一です。15才から19才まで約6700人が大陸へ渡たり、多くは帰国することなができず、大陸に果てました


先だってあったのが、有名な赤化事件です。

まじめに教育を考えていた先生方が「赤狩り」で検挙され、その数も長野県が多かった。

共産党員だけではなかった。やさしい先生方が訳も分からずに引っ張られた。


この事件を受け、その禊として、教師が国に忠誠を誓うために率先して満蒙開拓団、青少年着通軍の説得の役目を果たしたのです


こんな過去があったことを、私は忘れてはいけないと思うのです。


特に、私もかつては教師でしたので、国に屈して満蒙開拓団でも子どもを駆り立てた教師の責任は決して逃れることの出来ない事実だと受け止めています。


教育県とは何ぞや?

学テで何位とか、東大に何人入れたとか、そんなことではないのです。まして、長野は障害児教育はたいへん遅れています。文科省の基準の教師も満たしていません。


胸張って「教育県」と言えるような長野県にしたいものです。

率先して、安倍政権の言うところの道徳教育を進めるような立場ではだめだ。


そんな歴史もある長野県に、ようこそ!

 

 

 

 

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