少し前に手に入れた本、グエン・ゴック著「海のホーチミン・ルート」を、帰省した時の往復の新幹線の中でちょうど読み終えました。
これは、ベトナム戦争を知る上で、必読本だと思いました。胸が打たれました。
北から南への武器弾薬などの輸送ルートとしては、いわゆるホーチミンルートが広く知られています。
私も2回目のベトナム訪問の時、山の中のホーチミン・ルートをバスで走りました。「ああ、ここが・・・」と感無量でした。
陸のホーチミンルート開設が着手されてまもなく、海のホーチミン・ルートも手がけられていたのです。
しかしそれは、1975年まで、つまりベトナム戦争の終結までずっと、完全に、秘匿されていました。その秘密は、家族はもちろん、共に働いた同志でも船に乗り込むまでは名前も知らされなかった。秘密のために、8年も会えなかった恋人同士もいました。
すべて、アメリカと傀儡海軍、韓国海軍の目を欺くためです。
陸からの運送には3か月から1年以上もかかる。海のルートだと1週間から10日で、南の激戦地に武器を届けられる。
輸送は命がけ、必ず犠牲者が出た。どんなに犠牲者が出ても、「100本のたいまつで1匹のカエルを捕まえる」と、戦術を変えながら続けられたのです。
これは、北から南の戦場へ命がけで武器弾薬を運んだ戦士とその家族の物語です。
記録は何もない。
輸送に使った船は、発見されそうになると、証拠を残さないために記録を燃やして木っ端みじんに爆破した。そして、次々と造船した。
グエン・ゴック氏が生き残った戦士を探し当て、聞き取り調査に奔走した記録が「海のホーチミン・ルート」です。
戦争が終わっても、名前すら残っていないベトナム人民のたたかいが、目に浮かぶように具体的にわかり、息をのみます。
だからありのようなベトナムが、ゾウのアメリカに勝ったのだと、胸に落ちました。
実は、鮎沢県委員長から、訳者の鈴木勝比古さんが県委員長の友人なんだと、紹介された本なのです。近頃読んだ本では、みなさんにもお勧めしたい一冊です。
これは3回目にベトナムに行ったとき、友人のホーさんからのプレゼントのスカーフ。ゲリラが使っていたスカーフだとのことでした。
そして「海のホーチミン・ルート」の写真で発見しました。同じスカーフをつけている女性民兵隊。素敵なプレゼントをいただきました。
また、ベトナムに行きたくなりました。
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