蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

失なはれる物語

2006年12月30日 | 本の感想
失なはれる物語(乙一 角川書店)

著者がまだあまり注目されていなかった頃の著作(すでに文庫に収録済)の4編と書き下ろしの1編を集めた短編集。各短編同士のつながりは余り感じられない。
文庫収録済のものをハードカバーで再出版というのは、それを知らずに買った人は少々鼻白む事態ではないだろうか。そのせいかハードカバーの装丁は相当凝っている。特に見開き部分がミラー状になっていて鏡文字でタイトルを見せるというのは、初めて見た。(なお、この本自体も今年文庫化されている)

最初の「Calling You」がすばらしい。学校で誰にも相手にされない少女は(それゆえにか)携帯電話を持っていなかった。しかし携帯電話(で話ができるような友を持つこと)にはあこがれがあり、頭の中で自分の携帯電話を詳細に想像する。ある日その頭の中の携帯へ電話がかかってくる。恐る恐る出て見ると、実在する男の子と話ができた。相手も想像力で作り上げた携帯から電話してきたのだった。いつでも通話できる「脳内携帯」で仲良くなった二人はやがて実際に会って見ようということになり、空港で待ち合わせするが・・・

この脳内携帯電話にはある特長があって、それがオチへとつながっている。オチはそれほど意外なものではなく、誰でも予想できる内容ではある。それでも深い悲しみとせつなさを感じさせられた。

「Calling You」は、もともとライトノベルとして発表された作品である。これは私の偏見なのだが、ライトノベルを熱心によみふける中高生というのは、あまり友達がいない、孤独な生活を送っている人が多いのではなかろうか(自分自身がそうだったのでそういう偏見を持っているだけで、そうでない人には申し訳ない)。

「Calling You」の主人公の女の子は、休み時間になると教室で会話をしてくれる人がおらず居心地が悪いので、図書館へ逃げ込んで同じ本を何度も読み返す。このエピソードに私は深く共感できた。というのは私の高校時代そのままだから。休み時間になると図書館で新聞を読んでいた。

乙一さん自身が、この種の人なのかどうかわからないが、少なくとも、こうした「さびしい人」たちの気持ちを理解し文章に表現しようとする人なのだろう。そしてその結果「さびしい人」たちの人気を博しているのではないかと思う。(ファンの方、すみません。繰り返しになりますが私の偏見です)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 南極物語(Eight below) | トップ | ミュンヘン »

コメントを投稿

本の感想」カテゴリの最新記事