蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

地には平和を

2015年01月01日 | 本の感想
地には平和を(小松左京 新風舎文庫)

半世紀近く前のSF短編集。時間テーマが多くて、アイディアはまあ当然ながら古びて見えるのだけど、小説としての面白さは損なわれていないなあと思えた。

表題作は、デビュー前にコンテストに応募して佳作となった作品。歴史が操作されて太平洋戦争が終結せずに本土決戦に突入した日本で味方とはぐれたしまった少年兵を描く作品。
まだ「戦後」感が高い時代に書かれているせいか、少年兵の行動がやけにリアルで、孤独感がひしひしと伝わってきた。時間テーマのSFにするより、架空戦記ものにした方が良かったのでは?と思うほどの迫力だった。

ショートショート3作品(釈迦の掌、コップ一杯の戦争、ホクサイの世界)は、どれもよかった。この頃は星さん以外でもSF作家は皆ショートショートで競っていたような気がする。今やこのジャンルは滅亡してしまったのだろうか。

特に「失格者」「お茶漬の味」が良かった。
「失格者」は、主人公が次第に追い詰められていくさまが迫力満点だった。
「お茶漬の味」は、タイトルから浮かぶイメージとは異なって、けっこうハードなSF。

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尻啖え孫市

2015年01月01日 | 本の感想
尻啖え孫市(司馬遼太郎 講談社文庫)

鉄砲の射撃に長じた雑賀一族を率いて本願寺の傭兵として信長軍に対抗した雑賀孫市の話。

孫市というのは、雑賀一族の長が相伝する名前だそうで、今日まで伝わっている孫市に関するエピソードは何人かの孫市の事蹟が入り混じっているらしい。

女好きで豪快で竹を割ったような爽快な性格で誰にも好かれ乗馬・射撃・槍・戦闘指揮の達人・・・そんな人、現実にはおらんわなあ・・・
とはいうものの、寡兵を率いて圧倒的物量の信長軍と10年も渡り合って敗れることがなかったわけだから、相当の人物(群?)であったことは確かだろう。

あまり史料が充実していない人物ほど、作者の創作の自由度もあがるわけで、本書で描かれた孫市は、とにかく、理想の男を絵に描いたような人物になっている。

一方で、浄土真(一向)宗についての考察もけっこうな分量を割いて語られる。
一向宗というと、(個人的には)暗いイメージがあったが、本書では、日本史上初めて庶民にまで拡散した宗教(それまでの仏教は社会上層のみに普及していた)で、それまで宗教に触れたことがない庶民にとっては、極めてきらびやかな思想であった、と描かれている。そして、その考え方がキリスト教にとてもよく似ているな、と思った。結果として数々の戦争や争乱を引き起こしたことも含めて。

しかし、陽気な主人公にひっぱられるように、陰りを感じさせるような箇所はほぼ皆無で、最後までとても楽しく読める娯楽作品だった。
半世紀前に書かれた作品だが、今、新刊として刊行されても大人気になりそうな気がする。
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一分間だけ

2015年01月01日 | 本の感想
一分間だけ(原田マハ 宝島社文庫)

主人公は、ファッション雑誌の編集者で、コピーライターの浩介およびゴールデンレトリバー(リラ)と、(犬が飼いやすいように)郊外で暮らしている。
毎日終電が当たり前という仕事なので、火事や犬の世話は在宅ワーカーの浩介にまかせっきり。
見かけもキャリアもさえない浩介に嫌気がさしてきたところに、担当のイケメンライターから食事などに誘われるようになり・・・という話。

リラは排泄は散歩で外出した時にするようにしつけられているので、浩介が旅行などに出ていて主人公が帰るのが遅いと家の中で粗相をしてしまうのだが、そうなると罪悪感?で家の隅でしょげかえる。
我が家で飼っている犬も(しつけているわけではなく、なんとなくそうなっているのだけど)散歩の時にしかしない。このため、この本を読んだ後は、クーンクーン鳴いていると、「もしかしてタンク一杯なのかな」なんて心配するようになってしまった。

この排泄に関するしつけもそうなんだけど、主人公のリラへの仕打ちはけっこう酷い。
おもらししてしまったリラを殴ったり本を投げつけたりするし、浩介と別居することになった時、どう考えても浩介と暮らした方がリラは幸せだろうに自分が引き受けることにしてしまったり、考え方が自己中心的なんだよなあ。
リラが癌になって死にそうになって献身的に介護するんだけど、それもなんだか、そうしている自分に陶酔しているだけみたいな・・・。
だから愛犬小説というより、キャリアに生きる女性の物語、みたいな感じだった。

「キネマの神様」もそうだったんだけど、中盤くらいまでは主人公の悪戦苦闘ぶりや心理的葛藤が、いいテンポで描かれていくのに、終盤にはいると、あまりにステレオタイプな解決であっさり終わってしまうのが残念だった。
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ぼくは眠れない

2015年01月01日 | 本の感想
ぼくは眠れない(椎名誠 新潮新書)

椎名さんというと、酒好き、仲間を募っての旅行好き、アウトドア派、豪快、磊落、なんてイメージが強くて、神経症とか不眠とかとは、とんと無縁で布団にはいればバタンキューという人なんだと思っていました。

なので、「ぼくは眠れない」というタイトルを書店で見た時は、少し驚き題名に釣られて買ってしまいました。(雑誌連載時のタイトルは「不眠を抱いて」だそうで、こちらの方が文学的?ですが、題名のインパクトとしては「ぼくは眠れない」の方が圧倒的ですね)

不眠症の人の手記などでよく見かけたことがある「中途覚醒」なんて言われる症状で、いったん寝入ったあと深夜にのどが渇いたりして起きたらもう眠れなくなってしまう、というのが長年続いているらしいです。

サラリーマン(編集者)時代は、そんなことはなくて作家生活にはいって夜中の執筆が増えたことが原因のようです。
しかし、それだけではなくて、自営業者としての危機感や原稿の締切に追われる切迫感などの精神的プレッシャーも安定的な睡眠を妨げているらしいです。

著者のようなパーソナリティの人でも、長年(人気)作家を続けているとこんなになってしまうんですね。
自殺する作家が多いのもわかるような気がします。

本書の見出しの中で「イネムリが人生で一番ここちよい」というのがあります。
これは多くの人が賛同するのではないかと思います。
今すぐ、この場で居眠りしても誰も咎める人はなく、危険でもない、というシチュエーションで、夢かうつつかという状態でたゆたっている状態には強い幸福感があります。
逆に、ここで寝たらまずい(重要だけど自分にはあまり関係ない会議中とか)という時に眠気をこらえることはとても辛いのですが。
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