中国足心道 足揉みぱくちゃん 「今日も元気だ!ご飯がうまい!」

「足揉みぱくちゃん」の療術師 市村良子の日々の出来事、暮らしを綴った日記です。

ハリハリ漬け。

2024-01-21 00:56:29 | Weblog
大根です。



大晦日に大根炊きをされたお寺の御夫妻を揉みに息子と出かけました。
「大根、沢山あるけど要る?」
「いただきます~」と、このどデカイ大根に、ハリハリ漬けのレシピも付けて、頂いて帰ってきました。

大根2キロに塩を大さじ2。
2,3ミリ厚さのいちょう切りにした大根に、塩を振って一晩置きます。

翌日、醤油2カップ、酢1カップ、砂糖350gを沸騰させて、その中に生姜2かけの千切りと、よ~く絞った大根を入れます。
5,6分煮て取り出し、ざるに広げます(団子にしないこと。内側が余熱で柔らかくなります)。
煮汁を5分程煮詰めた後、その中に大根を再度、投入。
火を止めて、そのまま1時間放置(長時間つけると、辛くなります)。
で、引き上げて出来上がり。

こんな感じ。



沢山できたので、明日、この間手作り沢庵をくださった86歳の方に持って行きましょう。

で、レシピの最後に「残った調味液の使途を考えること」と書いてありましたので、こんなものを作りました。



鶏肉とこんにゃくの煮物。
別の友人が、「鶏肉の酸っぱ煮」と言うて、同じ調味料で作っておりましたので、真似してみました。
本当は、鶏肉とゆで卵を使います。

今の時期、居間にストーブが出ていますので、その上でコトコト。。。
箸でつかめないほどの柔らかさに煮えたのですが、ちと辛すぎましたね(水を足しましょう)。
レシピをくださった方は、煮汁を醤油の代わりに使っても美味しいですよ、と。

本当に、美味しくできますので、ハリハリ漬けがお好きな方は、ぜひ手作りで~。









コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アポトーシスと壊死。

2024-01-21 00:13:21 | Weblog
前回の続きで、もう少し。

日本でも低線量放射線の動物実験が行われ、次々と報告が上がってきました。

東北大の坂本教授の成功を教授は、免疫系の活性化で説明されましたが、もう一つ、がん抑制遺伝子活性化のデータによっても説明できることが解明されました。
「p53遺伝子」が活性化し、DNA修復能活性化のほか、細胞のアポトーシスによるがん細胞のような異常細胞排除能の向上が寄与していることがわかったのです(奈良医科大・大西教授)

「p53遺伝子」はがん抑制遺伝子。

DNA異常など、細胞に本質的な異常が発見されると、その細胞のみならず、周辺からも自殺指令が出て、核破砕という即死的な細胞自殺がおこるが、これをアポトーシスという。
アポトーシスでは、細胞が萎縮・断片化し、核自体の崩壊を伴うことも多く、細胞が内外の状況を自主的に判断して選んだ死、文字通り積極的な「自爆」(プログラムされた死)。

これに対して「壊死」は、細胞が膨張・破裂して起こる細胞死で、細胞が生きられないような重い障害や環境の激変に遭遇して起こる受身の死。


まさに、身体が身体を治す「細胞内自発治癒」ですね。
がん細胞だけでなく、周辺の細胞からも自殺指令が出るなんて、驚き。
数年前に、山中教授がおっしゃった「細胞は、意思を持って動いている」と同じ考え。

コロナ絶頂期の頃、体内に入ったコロナウイルスが爆発的に増殖して、免疫細胞が処理不可能になったときに、ウイルスの集団の真ん中で自爆して、コロナウイルスを大量に殺傷する、というのを読んだことがあります。
そんなことができるのか!と思いましたが、今回本の中で、アポトーシスと壊死の違いを読んで、がん細胞を自殺に追い込むような仕組みまであることに、ただただ、驚きです。

そこまでプログラムされた私達の身体が、いつ、どのように最後を迎えるのか、自分自身の観察を続けながら、楽しみになってきました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三朝温泉に夢中。

2024-01-20 22:33:45 | Weblog
少し前から、本棚に積ん読状態だった本。



一度は読んでいるはずですが、再読。
2004年の初版なので、20年前ですね。

1982年に生命科学者ラッキー教授(当時ミズーリ大学)が、「低線量放射線の生体効果」という論文を発表されたのですが、世界中の専門家からは、無視されてしまいます。
それまでは、どんなに微量でも放射線は人体に有害である、というのが常識だったので、本来なら、放射線・原子力関係者が驚愕させられて当然のものだったのですが。

ところが、1984年、日本の電力中央研究所の服部禎男博士が、若い研究員からラッキー教授の論文のコピーを受け取ります。
その論文には、「少量の放射線は免疫機能を促進するなど、身体組織に活性化をもたらし、生殖機能を増大させ、寿命を伸ばすなど、多方面でバイオポジティブ(生体活性)な効果を示す」とありました。
同時にラッキー教授は、その効果を「放射線ホルミシス」と命名しています。
服部博士は、読み終えて「少しでも放射線は有害であると学んで、仕事に取り組んできたそれまでの自分および周りの仲間達の常識とは、あまりにもかけ離れた主張であった」から、「ある怒りに近い驚きに浸っていた」と述懐しておられます。

で、翌年1985年に、博士は米国の電力研究所の理事長にラッキー教授の論文のコピーを同封して、米国側の責任ある見解を要求した激しい内容の手紙を送達されています。
ラッキー教授が投げたストライクを、世界で初めて打ち返したのが服部博士であったと言えます。
で、米国電力研究所とエネルギー省による共同依頼が、実際にカリフォルニア大学医学部に出され、同大学はラッキー論文の検討会を開催したのです(1985年8月)。
当初、20名程の医学者を集める予定で開催を発表したところ、これに関心のあった科学者達が世界中からデータ持参で集まり、最終的には100名を超える専門家による会議になりました。
以後、この会議は「放射線ホルミシス第一回国際シンポジウム」と呼ばれることになります。

日本でも電力中央研究所が文献などで検討を続け、1988年からまず岡山大学医学部と共同で実験を始め、1989年から多くの大学医学部や放射線医学総合研究所と共同研究を開始しました。
すると、すでに東北大学医学部 坂本澄彦教授らの研究グループでは、低レベル全身照射をすでに臨床に適用して癌の再発を抑制していることなどが判明します。
20年以上にわたる基礎研究の成果に基づき、患者さんの承諾を得たうえで低線量照射による臨床治療が行われていたのです。
在来の方法では、悪性リンパ腫の生存率は50%ですが、坂本流の全身(または上半身)への低線量照射併用で84%の生存率になったのです。


以上、本からの一部抜粋です。

三朝温泉のラドン熱気浴「すーはー温泉」の施設が、岡山大学医学部が始めたものだと言うことですが、こういう経緯があったのですね。
21世紀の医学に革命をもたらす、驚異の「放射線ホルミシス療法」。
身体が身体を治す「細胞内自発治癒」の時代が来た。

など、刺激的な言葉が並ぶ本ですが、毎日足を揉んで、自分や皆様の状態を見ていると、きっとそうなんだろう!と思います。
相変わらず、足揉みに来られる皆様に、「すーはー温泉」のチラシを渡し、試してみてね~と言いつつ。。。

先日の朝、燃えるゴミの日に、ゴミぶら下げて行くと、ご近所さんから呼び止められて
「足揉みで、ばね指とかも治るのかな?」と尋ねられました。
その方の友人が、片方の手をばね指で手術したのですが、また反対の手がまたなってしまったの、と。
「足を揉んだからって、すぐに改善するってことはないけど、揉んでるとそのうち動くようになった、という例はありました」とお答えすると、電話番号教えて!とおっしゃるので、電話番号と一緒に「すーはー温泉」のチラシもお渡しし、お友達と一緒に行ってみてね、身体の免疫力が上がれば、大抵のことは自分で戻せるみたいよ、とPR。

割と、しつこい性格だったのね、私って。。。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美味ー‼️

2024-01-12 12:49:55 | Weblog
頂き物の美味しい焼酎を自家製梅酒で割りました😄
美味ー‼️


次は、トマトジュースで。
トマトサワーにして😊



お正月まで、大事に置いてた芋焼酎。
ゴチになりました。
ありがとう😍



コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

戻るかしらん?

2024-01-05 01:35:55 | Weblog
これは、きみちゃん90歳。
足揉み歴、毎週を1年と8か月。

毎週、毎週、基本水曜日に欠かさず通っていたのですが、
「1月3の水曜日は、お正月ですから、飛ばしましょうか?」
「私は、一人やし行くところもないから、来てね」
と言われ、お正月から足揉みに。

で、ここ半年ばかりの変化の1つ、手指が太くなってきた状態を写メに撮らせていただきました。



きみちゃんが、脳梗塞を起こしたのは65歳の時ですから、25年前。
左半身麻痺があったのですが、今よりは動けていたそうです。

が、その後、転倒して左上腕の骨折。
以来、左手を使うことなく、初めてお会いした時は、肘から曲がったまま、指もマッチ棒のように細かったのを覚えています。
歩行も杖をついて、やっと歩ける程度でした。
これは、今もあまり変わりません。やっと、歩けてるかな~位。
足揉みの後、座って施術する15分程の整体と最後に手指をほぐすことを続けていました。

1年程した時に、何となく左手の指が太ってきたように思ったので、テレビのリモコンを掴んでもらったら動きました。
「今まで、左は使ったことないから。。。」と言われながらも、使えますよ。
使えば、動くようになりますよ。と言い続けて来たのですが、先日、肩甲骨と肩の整体をやっている時にふと、気が付いた。

手指は動くようになってきたけど、上腕の骨折があるから、左肩の可動域が狭くなってしまっているのでは?
骨折の時に、リハビリもあったはずですが、使えないと思ってしまったら使わなくなってしまった?
肩の可動域が広がってきたら、遠くに手を伸ばして、物を取ることもできるし、念願の料理で両手が使えるようになるかもしれません。
可動域を広げるリハビリなんて知らないけれど、お肉に埋まっていた肩甲骨がでてきました。
このまま、短い整体ですが続けていくと、肩周りが緩む、と左手を伸ばすようになる、両手が使えるようになる。
と、かなり希望を持っています。

せっちゃんが、7年月に2回揉んで、脳梗塞の後遺症が戻ったのだから、毎週揉みのきみちゃんは、もっと短期間で戻るかも。
ただ、現在90歳なのと、脳梗塞後25年も経っているので、果たして脳はどこまで頑張るか。

後5年はかかるだろうから何とか、お元気で足揉みを続けてくださいね~。
もし、このきみちゃんが(完全に戻らなくても)もっと歩行が楽になり、両手で大好きなお料理ができるようになったら、もう脳血管障害で麻痺ってことがなくなりますよね。

倒れたら、即足揉みを!
そう言える日が来ることを願っています。
今は、後遺症が戻ったせっちゃんと、クモ膜下出血で倒れたけど、後遺症もなく完全に元に戻った友人の症例しかないので。。。
二人だけだったら、説得力ないわな~。

今、息子が、夫と同じ75歳の男性を揉んでいます。
脳梗塞を2回起こしながらも、庭の草刈などお元気でされていたのですが、去年、転倒して骨折。
今は、動くのも不自由になっておられます。
「かならず、回復するよ。頑張って続けて揉んでみて!」と息子にはっぱをかけながら、どうぞ完全回復の日が来ますように、と願っています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

芋ほり。

2024-01-05 01:26:49 | Weblog
普通、ジャガイモ掘りは、3月頃に植えたものを6月に収穫する。
が、9月にもう一度植え付けができます。

で、台所で芽をだしてたジャガイモを適当に埋めておいたら、すくすく育ってホクホクしていたら、11月の寒~い日の朝。
霜にあたって、真っ黒けに。
あら~、枯れてしまったのか。。。
とそのまま放って、というか忘れてしまってた。

で、ふと思い出したのが、暇な元旦。
枯れて、黒くなったジャガイモの茎を探しながら掘ってみたら、土の中にはちゃんとジャガイモが育っていました。



植え付けたものと、生ごみから勝手に育ったものとで、もとの何倍にも増えて。
偉いね~。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今年も、どうぞよろしくお願いいたします。

2024-01-03 22:47:55 | Weblog
なんと!
新年のご挨拶もせぬまま、お正月が過ぎるところでした。

いつもブログを読んでくださっている皆様、明けましておめでとうございます。
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。

1月2日、3日は、目覚まし時計もかけぬまま、爆睡のお正月。
寝たいだけ寝ていようと思っても、せいぜい10時までですね(そんなに寝たのか!)

今年のお正月は、元旦から一大事でしたね。



能登半島の地震が発生したのが、元旦の午後4時過ぎ。
NHKは当然として、民放の全局が地震のニュース番組に切り替わりました。
どんな災害でも、報道の初期にはそんなに深刻な状況だとは分からず、今回もそんなに一斉報道する必要があるのかな~と思う程でした。
が、夜が明けて、災害状況が見えてくると、どんでもない事になっていました。

今日の新聞には死者48人とありますが、午後のニュースでは55人になり、まだまだ生き埋めになってる方がおられると。
石川県の珠洲市は、数か月前にも地震がありましたね。まだ、記憶に新しいです。
停電と断水、避難されている方は、3万人以上。
昔のように、現地に入ってボランティアなぞ到底できませんので、せめてささやかな募金程度で。。。

元旦、2日とまだ地震のニュースが、酷い状況を流している中、2日の夕方には、またまたかつて見たことの無い光景が飛び込んできました。
9.11のツインタワーに飛行機が突っ込んだ映像よりはマシとしても、羽田の滑走路にJAL機が下りたとたんに、巨大な火の玉が出現し、火だるまになった飛行機が滑走路をそのまま走っていくなんぞ、一体何がどうなったのか!

空港ターミナルビルの中から、その瞬間を見ていた男性が、「何かのイベントかと思いました」とおっしゃった。
その通り。
まさか、滑走路内で飛行機の衝突事故が起こるなんて、想像もできないことでした。

自衛隊機に乗っていた方々は、機長以外全員亡くなったそうで。
一番お若い方は、27歳。30代、40代、最年長でも56歳。
能登の災害地に救援物資を届けるために、新潟空港へ向かっていたそうです。
ニュースを聞いていると滑走路に進入するタイミングに、食い違いがあるみたいですが、何とも悲惨な事故でした。

幸い、JAL機に乗っていた方々は、全員ご無事とありましたが、飛行機は滑走路に下りても、完全に停止するまでかなり時間がかかります。
でも、今回は、火だるまのまま走っている飛行機から、なるべく早く乗客を避難させるために、機長はじめクルーの皆様がどんなに働かれたことかと、想像しました。
本当に、よ~やった!!!

あっと言う間に、1月3日の夜になりました。
毎年、垂れ流している箱根駅伝を見る間もなく、ニュースで、今年は青山学院が久しぶりに優勝したことを知りました。

辰年のお正月は、天空で龍が暴れまくっていたのかもしれませんね。
自分自身は、一歩、一歩できることを着実にやって行こうと思っています。
なにせ、今年70歳。
何かを沢山することよりも、大切なことを着実にやる方が合ってますね~。








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする