中国足心道 足揉みぱくちゃん 「今日も元気だ!ご飯がうまい!」

「足揉みぱくちゃん」の療術師 市村良子の日々の出来事、暮らしを綴った日記です。

今日の足揉み

2011-10-29 01:43:51 | Weblog
今日の足揉み。(久々やわ~、このセリフ)

糖尿病でインシュリン1日、42単位。
アメリカでは、50単位以上の人も沢山いてると聞いていましたが、これだけの量を注射してる方を揉むのは、初めて。
眼底出血のため、最近レーザーで血管を焼く手術もされた。

プラス、心筋梗塞で心臓にステントが3本入ってる60代男性。
の、2週目。

先週、初めて来られた時、とにかく足が冷えて冷たい。
足を触ってみると、硬くて冷たくて、まるでかまぼこ板を押してる感じ。

「先週揉んだ後、何かお変わりありました?」
「足が、冷たくないんです。」

ホントだ、脱かまぼこ板になってる。
まだ、硬いのですが、先週ほどガチガチではない。
揉み終わると、柔らかく温かい足になりました。

すい臓の反射区は、ごりごりと硬くなってる感触があります。
押すと痛みもあります。
でも、後はただただ、「気持ちいいです。眠くなってきました」
と、中国足心道との相性ぴったしの反応。

まだ、2週目であと6週分の予約をいただいているのですが、出だし快調。
楽しみな足君です。

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そろそろ。。。

2011-10-26 01:36:45 | Weblog
わっ!出た!

はい、今年もアップしましたよ。
そろそろ、朝夕涼しいを通り越して、寒い日がでてきましたね。

足元、冷えていませんか?
冷えは体調不良の原因ですぞ。
少しくらいの不調は、この「レッグウオーマーのずらし履き」で改善!

中国足心道の冷えの反射区は、ふくらはぎとくるぶしの周り。
そこをレッグウオーマーですっぽり包んでしまいましょ。
意外なくらい、気持ちいいですよ。

このレッグウオーマーは、毎度おなじみ生協の2足で990円のしろもの。
ぱくちゃんは、お風呂上り、パジャマのズボンの上からレッグウオーマー履いて、まるで「土方のおっちゃん」風。

「100年の恋も冷める」いでたちですが、なんのその。
今更、嫁に行くでなし。
足元暖めて、今年も元気よ~。
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稲刈り。

2011-10-17 00:28:37 | Weblog
秋晴れ~。稲刈り~。

ぱくちゃんちは、兄の家と一緒におコメを作っています。
などど、えらそーに。。

ぱくちゃんは、田植えと稲刈りのみの参加。
で、1年分のおコメをいただいているのだから、ありがたや~。

稲刈りと言っても、コンバインが刈ってくれるので、手作業は田んぼの隅の稲を少し刈るだけ。
いつもは、コンバインが通ると、前をイナゴがバッタ、バッタと飛ぶのですが今年はその姿が見られなかった。

トンボも見ない。カエルも鳴かない。
ぱくちゃんがこの村にお嫁に来た頃には、窓ガラスにびっしりウンカが付いてたり、夜になるとウシガエルが「ゲ~、ゴ~、ゲ~」とうなってたのですが、最近は全く聞かなくなりました。

自然環境が変わってきてるんですね。
良いのか、悪いのか。
このままで、良いわけないわな~。

通りすがりの村のじいちゃんが、「今年は、よ~でけとるがな」と褒めてくれた。
田植えと稲刈りしか参加してないぱくちゃんには分りませんが、何が良かったのでしょう。
米中心の食生活のぱくちゃんちは、美味しいお米は大歓迎じゃ。

今年も、収穫できました。ありがとうです!
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逝去。

2011-10-15 00:19:02 | Weblog

ぱくちゃん母、亡くなりました。
以下は、札幌の院長先生に宛てたメールです。
これで、母の闘病と逝去のご報告にさせていただきます。

色々ご心配くださった皆様、本当にありがとうございました。


院長先生。

10月9日、母が亡くなりました。享年80歳でした。
「非常に厳しい状態だけど、余命のことは考えずにただ揉みなさい」とおっしゃった通り、連続86日、せっせと揉みました。
先生が、電話で必死に市村に教えようとしてくださったお気持ち、忘れません。

「娘に足揉みを教えてくださった札幌の先生に、感謝していると伝えてね」と母が生前申していました。
足揉みが大好きで、まだしゃべれる時、「極楽、極楽」と喜んでいたのですが、痛みがあまりに酷い時はその足揉みすら、「もう止めて」というほどの辛さでした。

痛みを止めるために使った、デュロテップMTという麻薬の副作用で、意識の低下とろれつが回らなくなってきて満足に会話もできませんでした。
意識を保ちながら、痛みをとるほどの量、というのは結構難しいみたいですね。

これまでにも、末期癌の方の施術をしたのですが、皆さん母より元気な状態でなくなられました。
おしゃべりもでき、なくなる2,3日前まで、自力でトイレに行かれてた方もあります。
麻薬を使うと、急速な血圧低下で寿命が切れる可能性もありますと主治医に言われましたが、そんな方もあったのでしょうか。
母の場合は、緩やかな坂を下りながら、命の最後の一滴まで使い切って亡くなったように思います。
中国足心道の癌に対する「延命効果」と言うのは、この超低空飛行ながら安定した状態で最後の日まで過ごすという状態のことでしょうか。

7月15日に入院、8月の中旬くらいから自宅に帰りたいと言い始め、急遽介護保険を申請して、9月中旬自宅に連れて帰りました。(実家は、弟夫婦と暮らしており、お嫁ちゃんがすごい働きをしてくれました。小姑ぱくちゃん、ただただ感謝でした)
最近は、末期癌で介護保険を利用される方も多いそうです。
7月10日には、まだ車の運転をしていたほどの母が、寝台車での退院でした。
癌の中でも進行の早い、腺癌の恐ろしさを実感しました。

亡くなる半月程は、しゃべれなくて体も動かせなかった母ですが、手を握ると握り返し、りんごのフレッシュジュースが一番好きで足揉みが終わったら、りんごを絞るのが日課でした。

いつも目を閉じて、起きてるのか寝てるのか分らない状態で何日か過ごしていましたが、亡くなる前日初孫である私の息子(今年32歳)が会いに行ったときは、目を大きく見開いて、じーっと見つめていました。
息子が生まれたときは大喜びで、誰よりも可愛がっていた初孫でした。
そのまま、息子と2時間くらい二人だけで過ごし、その数時間後になくなりました。

7年間、ずーっと母の足を揉んできたにもかかわらず、癌を止められなかったのは情けないですが、親戚のおば達の中でもダントツに元気だったんですよ。
でも、最後に母にしてやれることがあって、本当に良かったです。毎日、足を揉みながら過ごした時間は私達にとって大切な時間だったんですね。
発病して、亡くなるまでがあまりに早くて、まだ何の実感もなく過ごしています。
病院通いで忙しく、他の療術師さんに代わっていただいてた方の足もそろそろ揉み始めています。

これは不遜な言い方かもしれませんが、毎日母を見ている間に、元気な人がどのように弱っていくのかも、少し分りました。
(身近に癌で亡くなった方を見たことがなかったので。)
母が、身をもって教えてくれたことだと思っています。

札幌はもう雪がふったのですね。
テレビで雪かきをされてるのを見ました。
ますます寒くなりますね。
どうぞ皆様お体大切に。またお会いできる日を楽しみにしています。

                                            深い感謝を込めて   市村良子
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もしかして~。

2011-10-08 03:15:52 | Weblog
ぱくちゃん父は、認知症があって、今要介護3の認定を受けています。

今は、何のサービスも利用していないのですが、秋は認定の更新があります。
今までは、母が父を連れて病院通いをしていたのですが、今度からはぱくちゃんがそのお役目です。

内科で糖尿病の診察を受けてから、認定の書類を出すと「検査をしますから、3階へ行ってきてください」とのこと。
3階の小部屋に入ると、先生が待ってて、今から認知症の検査をしますと言う事でした。

聞いて驚け!皆の衆!

難しいで~!

まず、問診が30問ほどありました。
あまりに長いので、父が「一体、これは何や。何のためにやっとるんや!」と怒り始めたので「アンケート。病院に協力してあげて。お世話になっとるやろ」と宥める。
内容は、忘れましたが、ぱくちゃんもこんなこと聞いてどーするんやろと思うほど、どーでもいい気がしました。

次は、皆もよく知ってる検査。
100から順番に7を引いていく。父は、93、86、まで。

桜、電車、猫を覚えて、後で聞いたらさっぱり分らんという検査。父、零点。

ボールペン、コイン、など(覚えてないし!)5つの品物を並べて、隠して「何がありました?」と聞く検査。父、3点ほど。

次、数字を3つ言いますから、反対から言ってください。
例えば、783なら387.3つは楽勝。
続いて数字が4つ。できるか~!父、一度言い間違えて、すぐ訂正して正解。ぱくちゃん、零点。

「僕が手を1回たたくと、Tさん2回たたいてね。僕が2回たたくと、Tさん1回。」
先生がランダムに机をたたく。父、なんとかついてたたく。合格。
次、「僕が2回たたくと、Tさん1回ね。僕が1回たたくと、Tさんたたかないでね。」
この検査は続けて行なわれるので、先のルールと後のルールを混同しがち。というか混同せいでか!
父、不合格。ぱくちゃんも不合格。だれか合格してみ~!

「菊、コスモス、バラの共通するものは何ですか」
多分、「花」と言うのが答えだろうと思うのに、父はしばらく考えて、「花が咲く、茎が長い、根がある」と答えた。立派過ぎる!
思うに、認知症と言うのは、脳全体が弱るのではなくて、回線の一部分が途切れるか細くでもなるんじゃないのかな?
だから、異常がないところは全く普通に働く。ところが、世間で認知症と言われれば、まるで脳すべてが老化して何も分らないように思われる。
失礼な話だと思います。

どういうわけか、前回の検査は4年前に行なわれたきり。そのときの点数が30点満点中19点。今回は15点。
「少し、進んでいますね~」
「認知症と言われて、もう7,8年になるのですが、進行が遅いからアルツハイマー型じゃないですよね?」と聞くと
「認知症は環境によって進み具合が非常に違ってくるんです。お父さんは、よほど言い環境で暮らしておられるんじゃないでしょうか」と。

こまめな母が何くれとなく世話を焼き、大好きなお嫁ちゃんと孫達、あ、弟もいる賑やかな家族の中で、好きに生きてる父だからゆっくり進んでいるのかも。
これから、父の病院はぱくちゃん担当なんだから、ますますゆっくりで頼むで~。

今回、父の後ろで密かに認知の検査をしてたぱくちゃんですが、後日恐ろしい体験をしてしまった。。。

その日も、夜実家から帰ると、先に帰ってた夫が「お前、座布団どこへやったの?あらへんで」と聞く。
ほんとや。居間に並べてる座布団が一枚しか残ってない。

?????
ぱくちゃん、天気の良い日は、ムーブの屋根に座布団を並べて干す。
今日は、朝から良い天気~。

うそ!うっそ~!

干そうかなと思ったけど、お昼ごろには明石へ行くから時間がないなと思ったことは覚えてる。
でも、干した記憶がまるでない!ほんとにない!
「泥棒が入って、座布団だけ持っていったんや」
「。。。あほ。。。」

「どうせ、お前のこっちゃ、運転荒っぽいから、出たとこくらいに落ちとるやろ」って夫が言うから、見に行った。
ない、どこにも落ちてない、ずーっと見に行ったけど、一枚も落ちてないよ。
「やっぱり、泥棒が。。。」

もしかして、若年性認知症か?

翌日、YMおっちゃんの美容院で、そのお話。
「いや~、あんたも?私も、車の屋根に盆ざるでゴーヤの薄切り干してたの忘れて走ったんよ。犬小屋の周りに、なんでこんなん落ちてるんやろ~って。おねーちゃん、ほれ見てみ。お母さんだけとちゃうやんか!他にもおった!」

もっとええ話で、お仲間になりたかった。。。

後日、おっちゃんが、「他にも結構おるんで。車の屋根にペットボトル積んでる人もおった」
しかし、座布団が屋根から降ってきた後ろの車、大丈夫やったんやろか?
対向車は、目が点になったやろ~な~。

座布団干したまま走ったこともすごいけど、干した事実を全く覚えてないって、これ大丈夫なんやろか~?





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置き土産

2011-10-08 02:32:52 | Weblog
中国足心道の足揉みは、すべての人に向くってなわけではありません。

ぱくちゃん弟。
高血圧、糖尿病、痛風、肥満、椎間板ヘルニアの術後後遺症で右足の神経麻痺。
という立派な病気持ち。

両親の足揉みで実家に行くたびに、母が「Mちゃんも揉んでもらい!」って弟に言ってたのですが、「俺には、病院がある!」と、頑として揉ませてくれませんでした。
なにせ、信用のない姉だったもんで。。。

9月に母が退院して依頼、毎日実家へ通っていたので、弟と会う機会も増えてました。
ある日、ふと見ると弟の足が腫れてる。
おまけに、あんなに好きなビールも飲まないで、野菜と水掛ご飯というキリギリスみたいな食事をしてました。

聞くと、6月から痛風が出て、腫れが引かないそうな。
いつもだったら、しばらく食養生すれば治ってたそうですが、今回はしつこい!
おまけに、数日後にどうしてもお酒の席に出なけりゃならないときた。
その日に備えて、ますますのバッタご飯になってたらしい。

「足、揉んだげよ」
「いらん!」
「そんなこと言わんと。足が腫れて、靴も履けなかったおじさん、揉んだらすぐ腫れが引いたよ」
「結構!」

それを傍で聞いていた姪っ子が
「お父さん、騙されたと思って揉んでもらい。治ったら儲けやんか~」
と押してくれた。
「この際、わらにでもすがろう!」と、嬉しいような嬉しくないようなフォロー。

そうだ、そうだ。太いわらですが。。。
騙されたと思って。。。

ぱくちゃんの足揉みにはまってくれてる皆さんが聞いたら、怒るで~。

弟の足を揉みました。
揉んでる間、弟の態度が段々変わってきました。
途中、お嫁ちゃんに「冷蔵庫にワインあったやろ、あれ姉貴にあげて」おや?
もみ終わったら、完全に態度が変わってました。(おぬし、はまりましたね)

「お父さん、初めと今と全然言うことが違うわ~」と姪っ子。

残念ながら、1度の足揉みでは腫れは完全に引かなかったのですが、その飲み会に向けて週に2,3回、顔を見るたびにせっせと揉みました。

痛風の薬もいつもより余分に飲んでたのですが、2週間ほどの間に、10あった尿酸値が3.5まで下がりました。(正常値は3.6から5だそうです)

「なんでやろ~、正常値以下になってもた。他の病気やろか」と弟。
あんたの足が賢かったんよ。

飲み会も無事乗り切り、バッタご飯も今は普通食に戻りビールも少し飲んでるそうです。
今では、「足揉みしよか」と声をかけると、「お~」と2階から下りてき、終わると「サンキュー」。

初めて弟の足を揉んだ日、「とうとう、Mちゃんの足揉みしたよ」と母の耳元で言うと
口元が二マッと笑ったような気がしました。
あんなに言ってたもんね。
ずーっと病気持ちのMちゃんが、早死にするんじゃないかと心配してたもんね。
きっと、大丈夫だよ。麻痺してる神経も戻るようにせっせと揉むね。

毎日母の足揉みに通ってたから、弟の足を揉むことができたのだと思ったら、これは母の弟に対する置き土産のように思えました。





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医療用麻薬。

2011-10-08 02:01:14 | Weblog
これは、三日に一度、母の胸に貼りかえる痛み止めのパッチ。

「デュロテップMTパッチ」

7月、医療センターに入院した時は、痛み止めとしてモルヒネとボルタレンの座薬が使われていました。
モルヒネは体が薬になれるまで、強烈な吐き気でなかなか痛みがとれず、おまけに錠剤を呑むときはオブラートに包まないと飲み込めないという、喉の敏感さが災いして、痛みのコントロールができずに辛い状態でした。

このパッチは、姫路循環器病院に入院してた方が使ってたので知ってはいたのですが、医療センターでは、退院するまで使われませんでした。

転院先の病院で勧められたのがこのパッチ。
「医療用麻薬」とあるので、モルヒネと同じでしょうが、これは便利でした。
ただし、量が増えてくると、しゃべりにくくなるのと意識障害があると念をおされましたが。

転院後1ヶ月ほどから、ろれつがまわりにくくなり、動作が緩慢になり始めました。
が、痛みはかなりましになり、ボルタレンの座薬も1日4回ほど使っていたのが、1回ですむ日もありました。

ネットで調べてみると、母の場合、このパッチ2枚(8.4ミリ)で痛みを抑えられてますが、30ミリ使っても痛みがとれにくいこともあるとあり、まだましなのかと思いました。
癌性疼痛に使われることが多いのですが、他にも帯状疱疹の後遺症の神経痛や激烈な痛みの除去に使用されるそうです。
しかし、30ミリのパッチを貼っても除去できない痛みを持つ病気ってどんなんでしょう。

母は、日ごとに喋りにくくなり、9月12日退院した日に「この鯛、美味しいね」とはっきり話したのが、最後になりました。
それでも、こちらの言うことは解っていたのですが、今は昏睡状態のようです。

何もかもが初めての体験で、意識レベルの低下、しゃべれなくなるというのがどういうことなのか、ようやく解った次第です。


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親心やったんね。

2011-10-08 01:42:15 | Weblog
これは、ぱくちゃんの前の携帯。

古い携帯を捨てられないって、よく聞いてたけど今回は、ぱくちゃんも捨てられない。

今の携帯は母が入院してから買い換えたもの。
だから、母からのメールが一通も入っていません。(入院中は、痛みと吐き気で携帯どころではなかったので)

物を書くのが好きだった母は、メールを教えてから頻繁にぱくちゃんに送ってきました。
で、これは今年の2月の文章。

今年は、雪が多くて、車の運転が荒っぽいぱくちゃんのことをいつも心配していました。
母は、運転歴50年以上。九州や信州へおば達と車で旅行するほど上手でした。
入院の3日前まで、車に乗って仲良しのおばの家へ遊びに行ってました。

ぱくちゃんの車に乗ると、後ろから身を乗り出して「スピード!」「ライト!」と喧しいことでした。

その母も、今日は全く無反応、どころか、実家に着くとお嫁ちゃんが「今日は息が荒いんです」と。
ほんとだ。呼吸が荒い。こんな呼吸で1日いたら、持たへんやん。
足揉みして、帰る頃には静かになったけど、これからどうなるのかな~。

連続足揉み、85日。
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まっしぐら!

2011-10-08 01:06:50 | Weblog
アップルのジョブズさん、ぱくちゃんと同じ年頃やったんか~。
齧ったりんごマークのパソコンは知ってたけど、ジョブズさんがどんな人か全くしらなんだ。

アップルのCEOってすごいんやね?
けど、新商品のプレゼンを履きなれたジーンズとTシャツでやってた。
商品以外には、一切興味ありませ~んって感じ。

「Stay Hungry. Stay Foolish」
というのが座右の銘だったそうだけど、日本語で「貪欲であれ、愚かであれ」って訳してた。

なんか、しっくりこない訳なんだよね。

「ハングリー精神を忘れるな。謙虚であれ」の方がいいんとちゃう?
ハングリーな気持ちってのは、いつも何かを求めてるってこと。
前にも書いたけど、彼はいつも世の中の人が何を欲しがってるかってことを考えてたそうな。
好奇心旺盛やったんね。
自分が愚かだと知ってるから、謙虚になる。
自分が一番だと思ったときが終わりのとき。

だから、Foolish であれと。
聖書にも、「幼子のごとく素直であれ」とあるから、こんな意味も含んでいるのかも。

i-podもipadも、よくぞこんなもの作ったな~と思うような商品。
すい臓がんになっちゃったのは、一体どこに矛盾を抱えてたのかな?
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額に汗して。

2011-10-08 00:20:18 | Weblog
テレビを見てたら、ウオール街を99%の人たちがデモ行進してました。

その99%の人たちは、額に汗して実のある仕事をしてる人。
1%は、その人たちの貯えを吸い上げて、実の無いものを転がしながら、莫大な利益を得る人?

アメリカでは、小学生の頃から株やその他、労働以外のもので利益を上げる方法を学び、それが経済活動だと教えられたりする。

日本では、お金は額に汗して働いて得るものだと教えられる。だから、働かざるもの食うべからずと。

いつの間にか、アメリカ流経済の仕組みが世界基準になってしまい、みんなが寄ってたかって、汗することなく利ざやを稼ぎたがるようになった。
日本でも、80年代後半のバブル時代、株をしない奴はアホや、とまで言われ皆が狂ったように、実の無いものを転がした。

その結果、世界経済の崩壊。

建て直しが始まった今、お金はわいてくるものでなく、額に汗していただくものだと言う事を思い出し始めた。
で、99%の汗する人達が反乱を起こした。お前達も働け!

1%の人たちの多くがユダヤの人達らしい。
国を持たないということは、世界中どこにでも自分達が住むことを許されてる民族だということ。

なぜか?

世界中どこに行っても、その国の人たちと一緒に国を繁栄させられる能力を与えられてるから。(適応能力は火の鳥に出てくるムーピー並み?)
肉体的能力はずば抜けたものを備えられてるそうな。
「良き乗り物たれ」という言葉と共に。

アメリカの1%は世界の最高峰と思ってるやろ?
君臨したいと思ってるんか?
世界に君臨して牛耳ったって、たかが60億やで。

それより、世界中に散らばって、その土地の最高の姿を実現する方が楽しいやろ。

アップルのジョブズさんが亡くなったことで、街角インタビューの人が言ってた。
「彼は、今世の中の人が何を欲しがっているのかを分る能力があった」と。
彼も、ユダヤの人だったのかな~。

その土地、その民族には、あるべき姿、やるべき仕事が与えられてるはず。
それを感知して、花を咲かせることの方が、何億ドル儲けるより楽しいかも。

「自分だけが幸せ」というのは、ありえない。
自分が幸せになろうと思ったら、人も幸せでないと回らない、という法則やね。








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