来年90歳を迎える、おーちゃん、足揉み歴4年。
まだ、会社経営されている現役の社長さん。
昔、昔の学校の制度は、尋常小学校6年、尋常高等小学校2年(今の中学2年生)で社会へ出る人。
尋常小学校から中学校(男子)、女学校(女子)へ進む方、そしてその上に高等学校、師範学校、大学とあったそうです。
小学校6年で、社会へ出る方もあったし、おしんのように、学校へなんて行けない環境の方もありました。
この方の場合、ちょうど中学校の途中で、制度が変わり、今の6.3.3となりました。
で、高等学校へ進んで18歳で東京へ、丁稚奉公に行きました、と。
早くにお父様を亡くされていたので、14,5歳で田んぼの仕事をやり、60キロの米俵も肩に担いでました、と。
村の人達からは、よ~やってる!と言われてたそうです。
ある時、東京から大阪に来る用事があって、大阪駅で当時は珍しいバナナを見つけて、同じ関西にあった実家の母の顔を見がてら届けてやろうと、行かれたそうです。
昭和の25,6年頃でしょうか。バナナは、なんと1房500円でしたって!
月給はたいても買えたでしょうか?って位のお値段ですよね。
それを持って、実家の玄関で「僕や、開けて」と声をかけると、
「何しに帰ってきたんや!」と怒鳴られて、開けてくれませんねん、と。
「ちょっと、大阪まで来たから顔見にきたんや、バナナ、買うてきた」
「お前が帰って来る時は、立派になって私を迎えに来る時や!帰れ!」と母上。
「ほんなら、バナナ、裏に置いとくからお供えしてなと、玄関に戻ると、雨戸の中からお袋の泣く声が聞こえたんです。」
お母様の方が、どんなに息子に会いたかっただろうか!
それを堪えて、立ち寄った息子を追い返す強さ。
「よーし、どんなことがあっても立派になって母親を迎えに来るんや!とその時に思いました」
その誓いの通り、この社長は、40歳になるやならずで豪邸を建て、今でも現役で働いておられます。
明治の親は、1本筋が通ってたんやね~。強かった!
今やったら、「よ~帰ってきた、はよお入り~」と、もろ手で大歓迎してるやろな~私。。。
今も、その豪邸にお邪魔して足揉みをさせていただいてます。
初めてお邪魔した時、部屋を出て玄関の方向が分からなくなって、うろついた記憶があります。
後に、これを39歳の時に建てたと聞いて、どんだけ働いたら、その年齢でこれが建つんですか?!と驚きました。
年齢はもうすぐ90歳ですが、日野原先生もおっしゃってるように、身体と脳の年齢とは一致しません。
身体の中で、脳だけは年をとるってことがなく、経験値を重ねて、ますます賢く若くなっていくようです。
認知症というのはありますが、これは加齢とは違って病気と言えるものでしょう。
シミ、皺、手足、五感の衰えというのは、高齢者の共通事項ですが、認知症に限っていえば全員がなるわけではないので、やはり加齢とは区別するものだと思います。
よく、人や物の名前が出て来なくなる、という事が年齢と共に出てきますが、これは「脳の進化である」と書いている先生がありました。
良く使う言葉とそれほどでもない物を脳が整理する。
例えていえば、頻繁に使うものは、前の箱に、あまり出番のない言葉は、後ろの箱に入れるような事ですと。
忘れてしまうことはなく、後ろの箱に入ってますから、じーっと思い出せば出てきますと。
こんな風に感じたら、自分の脳は進化したのだと思ってください、と書いておられました。
確かに、20年程前の自分と比べると、物事がよく見えているような気がします。
先日、「焼き芋梅ちゃん」が、
「私、事務所の女の子が変な顔してるから、もしかしてあなたお腹が痛いんちゃう?って聞いたら、何で分かるんですか!
そうなんですって言われてびっくりしたわ」とおっしゃった。
梅ちゃんは76歳、経験値も高いし何となく昔から不思議なお方だったけど、最近磨きがかかってきた。
体調が悪いだけでなく、それが腹痛であるってことまで分かったと。
皆様もきっと60歳を過ぎた頃から、こんなこと経験しておられますよ。
そんなこと、あるわけなーい!と思ったら、ないです!
が、もしかしたら、あるかも~と考えたら、きっと「脳の進化」を自覚できます。
「焼き芋梅ちゃん」の由来は、前にも書きましたが、便秘予防にコンビニの焼き芋を毎日食べてたら、コレステロール値が330まで上昇したことがあるから。
薬剤師さんに、それを指摘されて2日に1個に減らしてから、260まで下がって、先生にこれなら良し!と言われた故の命名。
以来、私は、コレステロール値の基準を260ならそれで良し!と思うようにしました。
スクロールして、タイトルを見たら「明治の母のお話」でした。
いつのまにか、梅ちゃんになってましたね。
ではでは、この辺で~。
まだ、会社経営されている現役の社長さん。
昔、昔の学校の制度は、尋常小学校6年、尋常高等小学校2年(今の中学2年生)で社会へ出る人。
尋常小学校から中学校(男子)、女学校(女子)へ進む方、そしてその上に高等学校、師範学校、大学とあったそうです。
小学校6年で、社会へ出る方もあったし、おしんのように、学校へなんて行けない環境の方もありました。
この方の場合、ちょうど中学校の途中で、制度が変わり、今の6.3.3となりました。
で、高等学校へ進んで18歳で東京へ、丁稚奉公に行きました、と。
早くにお父様を亡くされていたので、14,5歳で田んぼの仕事をやり、60キロの米俵も肩に担いでました、と。
村の人達からは、よ~やってる!と言われてたそうです。
ある時、東京から大阪に来る用事があって、大阪駅で当時は珍しいバナナを見つけて、同じ関西にあった実家の母の顔を見がてら届けてやろうと、行かれたそうです。
昭和の25,6年頃でしょうか。バナナは、なんと1房500円でしたって!
月給はたいても買えたでしょうか?って位のお値段ですよね。
それを持って、実家の玄関で「僕や、開けて」と声をかけると、
「何しに帰ってきたんや!」と怒鳴られて、開けてくれませんねん、と。
「ちょっと、大阪まで来たから顔見にきたんや、バナナ、買うてきた」
「お前が帰って来る時は、立派になって私を迎えに来る時や!帰れ!」と母上。
「ほんなら、バナナ、裏に置いとくからお供えしてなと、玄関に戻ると、雨戸の中からお袋の泣く声が聞こえたんです。」
お母様の方が、どんなに息子に会いたかっただろうか!
それを堪えて、立ち寄った息子を追い返す強さ。
「よーし、どんなことがあっても立派になって母親を迎えに来るんや!とその時に思いました」
その誓いの通り、この社長は、40歳になるやならずで豪邸を建て、今でも現役で働いておられます。
明治の親は、1本筋が通ってたんやね~。強かった!
今やったら、「よ~帰ってきた、はよお入り~」と、もろ手で大歓迎してるやろな~私。。。
今も、その豪邸にお邪魔して足揉みをさせていただいてます。
初めてお邪魔した時、部屋を出て玄関の方向が分からなくなって、うろついた記憶があります。
後に、これを39歳の時に建てたと聞いて、どんだけ働いたら、その年齢でこれが建つんですか?!と驚きました。
年齢はもうすぐ90歳ですが、日野原先生もおっしゃってるように、身体と脳の年齢とは一致しません。
身体の中で、脳だけは年をとるってことがなく、経験値を重ねて、ますます賢く若くなっていくようです。
認知症というのはありますが、これは加齢とは違って病気と言えるものでしょう。
シミ、皺、手足、五感の衰えというのは、高齢者の共通事項ですが、認知症に限っていえば全員がなるわけではないので、やはり加齢とは区別するものだと思います。
よく、人や物の名前が出て来なくなる、という事が年齢と共に出てきますが、これは「脳の進化である」と書いている先生がありました。
良く使う言葉とそれほどでもない物を脳が整理する。
例えていえば、頻繁に使うものは、前の箱に、あまり出番のない言葉は、後ろの箱に入れるような事ですと。
忘れてしまうことはなく、後ろの箱に入ってますから、じーっと思い出せば出てきますと。
こんな風に感じたら、自分の脳は進化したのだと思ってください、と書いておられました。
確かに、20年程前の自分と比べると、物事がよく見えているような気がします。
先日、「焼き芋梅ちゃん」が、
「私、事務所の女の子が変な顔してるから、もしかしてあなたお腹が痛いんちゃう?って聞いたら、何で分かるんですか!
そうなんですって言われてびっくりしたわ」とおっしゃった。
梅ちゃんは76歳、経験値も高いし何となく昔から不思議なお方だったけど、最近磨きがかかってきた。
体調が悪いだけでなく、それが腹痛であるってことまで分かったと。
皆様もきっと60歳を過ぎた頃から、こんなこと経験しておられますよ。
そんなこと、あるわけなーい!と思ったら、ないです!
が、もしかしたら、あるかも~と考えたら、きっと「脳の進化」を自覚できます。
「焼き芋梅ちゃん」の由来は、前にも書きましたが、便秘予防にコンビニの焼き芋を毎日食べてたら、コレステロール値が330まで上昇したことがあるから。
薬剤師さんに、それを指摘されて2日に1個に減らしてから、260まで下がって、先生にこれなら良し!と言われた故の命名。
以来、私は、コレステロール値の基準を260ならそれで良し!と思うようにしました。
スクロールして、タイトルを見たら「明治の母のお話」でした。
いつのまにか、梅ちゃんになってましたね。
ではでは、この辺で~。