これは、徳川家康が幼い時、今川義元の所へ人質として預けられた際、義元が家康の世話をする家臣達に言った言葉。
「むごく育てよ」。
「むごく」とはどのように?と家臣が問うと、義元は
「寒い時は真綿で包んで暖かく、食べるものもたっぷり与え飢えることなく、長じて自分では何一つできないようにせよ」(というような内容だったと思う)。
辛抱も努力もさせず、自分では何一つできないように育てるのが「むごい」と義元は言うたわけ。
子育ての最終目的は、「親が亡き後、自立して生きられるようにすること」だから、義元は全く反対のように育てて、将来自分の敵となるかもしれない家康の力を完全に削いでしまえと命じたのね。
その後、今度は信長の元にきた家康は、初対面で信長に川にほうり込まれる。
見た目、これの方がむごいんだけど、実はこれが信長流愛情表現。
ハードルを目の前において、少しずつ自分で超えさせる。
「木の上に立って見ている」というのが「親」という漢字なんだけど、じっと見ているだけなのは、なかなか難しい。。
つい、子供の前にある障害物を取り除けて、子供の力を引き出し損ねる。
今なら少しは分かるんだけど、若き日はどれを助けて、どれをやらせるのか、それの区別すらつかなかった。
むごく育てられた子供が、大人になって引きこもる。
失敗をさせてもらえなかった子供が、失敗を恐れて、引きこもる。
「失敗してもいいんだよ。失敗して立ち上がるときに人は成長するんだよ。」
ただの建前論かと思ってたけど、本当の話だった。
「若い時の苦労は、買ってでもせよ」
昔の人はいいこと言ってるな~、いつも。
「むごく育てよ」。
「むごく」とはどのように?と家臣が問うと、義元は
「寒い時は真綿で包んで暖かく、食べるものもたっぷり与え飢えることなく、長じて自分では何一つできないようにせよ」(というような内容だったと思う)。
辛抱も努力もさせず、自分では何一つできないように育てるのが「むごい」と義元は言うたわけ。
子育ての最終目的は、「親が亡き後、自立して生きられるようにすること」だから、義元は全く反対のように育てて、将来自分の敵となるかもしれない家康の力を完全に削いでしまえと命じたのね。
その後、今度は信長の元にきた家康は、初対面で信長に川にほうり込まれる。
見た目、これの方がむごいんだけど、実はこれが信長流愛情表現。
ハードルを目の前において、少しずつ自分で超えさせる。
「木の上に立って見ている」というのが「親」という漢字なんだけど、じっと見ているだけなのは、なかなか難しい。。
つい、子供の前にある障害物を取り除けて、子供の力を引き出し損ねる。
今なら少しは分かるんだけど、若き日はどれを助けて、どれをやらせるのか、それの区別すらつかなかった。
むごく育てられた子供が、大人になって引きこもる。
失敗をさせてもらえなかった子供が、失敗を恐れて、引きこもる。
「失敗してもいいんだよ。失敗して立ち上がるときに人は成長するんだよ。」
ただの建前論かと思ってたけど、本当の話だった。
「若い時の苦労は、買ってでもせよ」
昔の人はいいこと言ってるな~、いつも。
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