先日、仲良し同級生のマミちゃんと私は
ある共通の知人Aさんに誘われて料理教室に参加した。
東京から講師を招いた講習は2日間。
参加費1万円。
会場は市外のお寺。
即決で参加を決めたのは、それが懐石料理の講習だったから。
普通の料理なら、行ってない。
お寺でやる理由は、我々を誘ってくれた世話人のAさんが
お寺の奥さんと懇意なのもあったが
広い座敷に台所、趣きのある食器が豊富という条件も欠かせない。
そして何より、懐石料理の雰囲気とお寺の風情がマッチしているから。
味気ない公民館では、やりにくいだろう。
さて、懐石料理は茶道に由来する。
本格的なお茶席の前に
長い時間をかけて出される特別なおもてなし料理だ。
つまり我々のように茶道に興味の無い者にとっては、別世界のこと。
教室では料理の作り方だけでなく
懐石料理の作法や精神も教えてもらえるという。
そこで一生に一度ぐらいは、敷居の高い未知の領域に触れてみたくなった。
それを“血迷った”と言うのはともかく、二人は午前中からいそいそと出かけた。
東京からやって来た先生は懐石料理の店を経営する、我々と同年代の女性。
助手は10才ぐらい年上の、やはり女性。
そして生徒はAさんと、40代後半らしきお寺の奥さんにその友だち一人
それから我々の計5人だ。
先生と助手の自己紹介が終わり、お寺の台所でいよいよ料理教室が始まる。
1日目は昆布とカツオ節を使った出汁の取り方だ。
『出汁の取り方など』
予定表にも、そう書いてある。
で、実演を見たが、コツは昆布とカツオをたっぷり使うくらいで
まあ、普通だった。
で、メモを片手のお勉強はこれで終了。
出汁の講習が終わると、いきなり労働が始まった。
食材の下ごしらえ、洗い物、道具の出し入れ、雑用…
休憩無しの立ちっぱなし。
病院の厨房とユリ寺は労働量が同じぐらいだと認識していたが
ここもなかなかどうして、それを上回るハードっぷりである。
あまりの人使いの荒さに
1日目の予定表にあった『出汁の取り方など』
の文字を虚しく思い出す。
『など』の方が、断然多過ぎるぞ。
というのも2日目はお寺の座敷に
20人余りのお客様をお呼びして料理を出す。
メンバーは、そのお寺の檀家さんや地元のお友だち。
5千円のお食事代で懐石料理の作法と精神を学びつつ
料理を味わえるそうだ。
よって1日目は、その準備をするらしい。
それが『など』の正体。
『など』とは翌日の本番のために行う労働であり
その労働の中に時折、サービスとして
懐石料理のレクチャーが挟まるということらしい。
要するに我々は、生徒という名の人足なのであった。
とはいえ労働基準法もタジタジの労働に次ぐ労働は
仕方のないことかもしれない。
先生は普段、東京で懐石料理の店を経営しておられる。
料理教室の講師をするのは初めてで、あんまり余裕が無さそう。
こう言ってはナンだけど段取りが良くないもんで
全てが行き当たりばったり。
慣れない場所というのもあるだろうけど
ボールにバット、フライパン、味噌こし、すりこぎなど
次々と必要になる備品の所在、数、サイズを
未確認のままで作業を進めたら
まずそれを探したり調達することから始めるので
どうしてもバタバタしてしまう。
周囲が忙しくなるのは当たり前だと思った。
言わないけどね。
さらに、先生と助手の自己紹介が長過ぎた。
先生は今回の料理教室をとっかかりに
地方への出張教室や出張料理を模索しておられるご様子。
そして助手の方は手芸の先生で、やはり今回の広島行きをとっかかりに
地方の生徒を増やしたいご様子。
自己紹介が長く、結果的に時間が押したのは
この目的のためというのが私の個人的見解である。
参加者としては、一緒に講習を受けるお寺の奥さんとその友だちの
せめて苗字ぐらいは知りたいと思った。
名前すらわからんのでは、労働するのに不便じゃないか。
しかし先生たちは田舎者に興味が無いご様子で
二人分の長い自己紹介が終わると、次は先生の人生苦労絵巻が始まる。
長い自分語りで時間が押したため、後の予定がハードになるのは当然なのだ。
そして午後3時、翌日の本番で使う食材のおこぼれや
出汁を取った後の昆布とカツオ節を使って作った昼食の時間。
ごはんだけ、懐石風の“一文字盛り”というやつ。
小鳥が食べるくらいしか無いけど、お代わりはできない。
多めに作った他の賄い料理と一緒に、お寺のご家族のお夕食になるんだそう。
ブッ…どこのお寺も一緒なのね。
だけどこのお寺の奥さんは、よく働きなさるわ。
おかずの方は翌日に出す鯛の昆布〆で余った鯛アラと
レンコン団子に使うレンコンのおろし汁でトロミを出した潮(うしお)汁。
出汁を取った後のカツオ節を細かく刻み、鯛アラからせせり出した身と一緒に
醤油とミリンで炒めてフリカケ状にしたもの。
それから、やはり出汁を取った後の昆布で佃煮。
差し入れのソウメン瓜で作った生酢。
卵焼き。
明日使う四角豆で梅和え。
明日使う厚揚げを炒めて醤油をかけたもの。
明日出す栗きんちゃく用の茹で栗。
が、疲れ過ぎの空腹過ぎで、あんまり食べられなかった。
醤油味と酸味が多く、胃が受け付けない。
自然の中に食を見い出す…
いただいた生命に感謝して何一つ無駄にしない…
懐石料理はこのコンセプトが大前提なので
賄い料理にも当然、その方針が適用される。
大いなる自然や生命が対象だもんで
疲労困憊したオバさんへの優しさなんか、ありゃしないのだ。
立ち仕事に慣れてないマミちゃんは、食事もそこそこに目を閉じて
うつむいたきりである。
食事の後片付けと明日の準備が終わったら、午後4時半。
我々はほうほうのていで、逃げ出すようにお寺を後にした。
「どこが料理教室じゃ!」
「お金を払って働くなんて変!」
「騙された気分!」
「詐欺よ!」
帰りの車では、これで盛り上がった。
「明日も働かされるんなら、もう行きたくない!」
お互いに本音を言い合うものの、すでに支払った1万円は惜しい。
本物の懐石料理となると、何万円もする高級料理だ。
真似事とはいえ、1万円の会費で匂いだけでも嗅げるなら…
そう思って申し込んだ料理教室、ここでリタイヤするわけにはいかない。
いや、明日こそ美味いモンが食べられるかも。
その期待を胸に
「あと一日、何とか頑張ろう!」
最終的にはそう誓い合う二人だった。
《続く》
ある共通の知人Aさんに誘われて料理教室に参加した。
東京から講師を招いた講習は2日間。
参加費1万円。
会場は市外のお寺。
即決で参加を決めたのは、それが懐石料理の講習だったから。
普通の料理なら、行ってない。
お寺でやる理由は、我々を誘ってくれた世話人のAさんが
お寺の奥さんと懇意なのもあったが
広い座敷に台所、趣きのある食器が豊富という条件も欠かせない。
そして何より、懐石料理の雰囲気とお寺の風情がマッチしているから。
味気ない公民館では、やりにくいだろう。
さて、懐石料理は茶道に由来する。
本格的なお茶席の前に
長い時間をかけて出される特別なおもてなし料理だ。
つまり我々のように茶道に興味の無い者にとっては、別世界のこと。
教室では料理の作り方だけでなく
懐石料理の作法や精神も教えてもらえるという。
そこで一生に一度ぐらいは、敷居の高い未知の領域に触れてみたくなった。
それを“血迷った”と言うのはともかく、二人は午前中からいそいそと出かけた。
東京からやって来た先生は懐石料理の店を経営する、我々と同年代の女性。
助手は10才ぐらい年上の、やはり女性。
そして生徒はAさんと、40代後半らしきお寺の奥さんにその友だち一人
それから我々の計5人だ。
先生と助手の自己紹介が終わり、お寺の台所でいよいよ料理教室が始まる。
1日目は昆布とカツオ節を使った出汁の取り方だ。
『出汁の取り方など』
予定表にも、そう書いてある。
で、実演を見たが、コツは昆布とカツオをたっぷり使うくらいで
まあ、普通だった。
で、メモを片手のお勉強はこれで終了。
出汁の講習が終わると、いきなり労働が始まった。
食材の下ごしらえ、洗い物、道具の出し入れ、雑用…
休憩無しの立ちっぱなし。
病院の厨房とユリ寺は労働量が同じぐらいだと認識していたが
ここもなかなかどうして、それを上回るハードっぷりである。
あまりの人使いの荒さに
1日目の予定表にあった『出汁の取り方など』
の文字を虚しく思い出す。
『など』の方が、断然多過ぎるぞ。
というのも2日目はお寺の座敷に
20人余りのお客様をお呼びして料理を出す。
メンバーは、そのお寺の檀家さんや地元のお友だち。
5千円のお食事代で懐石料理の作法と精神を学びつつ
料理を味わえるそうだ。
よって1日目は、その準備をするらしい。
それが『など』の正体。
『など』とは翌日の本番のために行う労働であり
その労働の中に時折、サービスとして
懐石料理のレクチャーが挟まるということらしい。
要するに我々は、生徒という名の人足なのであった。
とはいえ労働基準法もタジタジの労働に次ぐ労働は
仕方のないことかもしれない。
先生は普段、東京で懐石料理の店を経営しておられる。
料理教室の講師をするのは初めてで、あんまり余裕が無さそう。
こう言ってはナンだけど段取りが良くないもんで
全てが行き当たりばったり。
慣れない場所というのもあるだろうけど
ボールにバット、フライパン、味噌こし、すりこぎなど
次々と必要になる備品の所在、数、サイズを
未確認のままで作業を進めたら
まずそれを探したり調達することから始めるので
どうしてもバタバタしてしまう。
周囲が忙しくなるのは当たり前だと思った。
言わないけどね。
さらに、先生と助手の自己紹介が長過ぎた。
先生は今回の料理教室をとっかかりに
地方への出張教室や出張料理を模索しておられるご様子。
そして助手の方は手芸の先生で、やはり今回の広島行きをとっかかりに
地方の生徒を増やしたいご様子。
自己紹介が長く、結果的に時間が押したのは
この目的のためというのが私の個人的見解である。
参加者としては、一緒に講習を受けるお寺の奥さんとその友だちの
せめて苗字ぐらいは知りたいと思った。
名前すらわからんのでは、労働するのに不便じゃないか。
しかし先生たちは田舎者に興味が無いご様子で
二人分の長い自己紹介が終わると、次は先生の人生苦労絵巻が始まる。
長い自分語りで時間が押したため、後の予定がハードになるのは当然なのだ。
そして午後3時、翌日の本番で使う食材のおこぼれや
出汁を取った後の昆布とカツオ節を使って作った昼食の時間。
ごはんだけ、懐石風の“一文字盛り”というやつ。
小鳥が食べるくらいしか無いけど、お代わりはできない。
多めに作った他の賄い料理と一緒に、お寺のご家族のお夕食になるんだそう。
ブッ…どこのお寺も一緒なのね。
だけどこのお寺の奥さんは、よく働きなさるわ。
おかずの方は翌日に出す鯛の昆布〆で余った鯛アラと
レンコン団子に使うレンコンのおろし汁でトロミを出した潮(うしお)汁。
出汁を取った後のカツオ節を細かく刻み、鯛アラからせせり出した身と一緒に
醤油とミリンで炒めてフリカケ状にしたもの。
それから、やはり出汁を取った後の昆布で佃煮。
差し入れのソウメン瓜で作った生酢。
卵焼き。
明日使う四角豆で梅和え。
明日使う厚揚げを炒めて醤油をかけたもの。
明日出す栗きんちゃく用の茹で栗。
が、疲れ過ぎの空腹過ぎで、あんまり食べられなかった。
醤油味と酸味が多く、胃が受け付けない。
自然の中に食を見い出す…
いただいた生命に感謝して何一つ無駄にしない…
懐石料理はこのコンセプトが大前提なので
賄い料理にも当然、その方針が適用される。
大いなる自然や生命が対象だもんで
疲労困憊したオバさんへの優しさなんか、ありゃしないのだ。
立ち仕事に慣れてないマミちゃんは、食事もそこそこに目を閉じて
うつむいたきりである。
食事の後片付けと明日の準備が終わったら、午後4時半。
我々はほうほうのていで、逃げ出すようにお寺を後にした。
「どこが料理教室じゃ!」
「お金を払って働くなんて変!」
「騙された気分!」
「詐欺よ!」
帰りの車では、これで盛り上がった。
「明日も働かされるんなら、もう行きたくない!」
お互いに本音を言い合うものの、すでに支払った1万円は惜しい。
本物の懐石料理となると、何万円もする高級料理だ。
真似事とはいえ、1万円の会費で匂いだけでも嗅げるなら…
そう思って申し込んだ料理教室、ここでリタイヤするわけにはいかない。
いや、明日こそ美味いモンが食べられるかも。
その期待を胸に
「あと一日、何とか頑張ろう!」
最終的にはそう誓い合う二人だった。
《続く》