殿は今夜もご乱心

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現場はいま…しばしの平和か・1

2022年05月25日 08時53分16秒 | シリーズ・現場はいま…
現場は今、ひとときの平和に包まれている。

事務員のトトロが体調不良ということで、しばらく休んでいるが

居ても居なくても同じなので全く支障は無い。

彼女が休んで変化したことといえば、トイレットペーパーが減らないことぐらい。


さて前回の3月、このシリーズは

我々のボスである本社の河野常務が癌の手術でめっきり弱り

さらにコロナ感染したところで終わった。

最悪の事態を想定していた我々だが、彼はこのほど復活を遂げた。

体力の回復と共に気力の方も戻ってきたらしく

再び社内で睨みをきかせるようになった今日この頃である。



話は3月に戻るが、常務がいなくなると踏んでいた永井部長は

すっかり常務気取りとなり、たびたび訪れては無茶な指図をするようになっていた。

中でも最高に迷惑だったのは、地元のM社を使えという命令。

山陰の仕事でF工業の社長から150万円を借りた永井部長が

社長と顔を合わせられなくてF工業の排除に乗り出した経緯は前回、お話しした。


「チャーターは市外の業者でなく、地元のM社を使え。

こちらの言うことが聞けないなら、辞めてもらってかまわない」

永井部長は地元貢献の御旗を振りかざし、配車係の次男にきつく言い渡した。

同席していた河野常務は、病気で弱っていたのもあるが

バリバリの地元貢献主義者でもあるため、この脅迫めいた発言を黙認したものだ。


言うなれば永井部長は、常務の地元貢献主義を利用し

F工業を切るか、次男を切るかの勝負に出たのだった。

しかしこの業界、30代の若い運転手は貴重である。

親バカに聞こえるかもしれないが、10年以上の経験があり

無事故無違反(事故には遭ったが落ち度無し)に加えて

車両メンテナンスや配車までこなす次男のような運転手は、実際に探しても滅多にいない。

それを切り捨ててまで守りたいものが、永井部長にはあるのだ。

守りたいものとは、F社長に借りた150万円の秘密。

彼にとって次男の価値は、150万に満たないということだ。

他に強いて言えば、腰巾着の藤村をこっちへ復帰させたいのだろう。


この一件以来、次男は今後の身の振り方も含めて色々と考えたようだ。

F工業からは引き抜きの話が来ており、次男も行きたがっていたので

彼はこれを機に退職してもいっこうにかまわない。

辞めてもらってかまわないとまで言われたのだから

むしろ良い機会ととらえて、相変わらずF工業を使い続けるのだった。


当初は次男に任せて眺めていた、我々夫婦。

けれどもやがて、夫がソワソワし始めた。

このままF工業を使い続けたら、また永井部長が出てきてゴタゴタするからだ。

そうなれば、次男は啖呵を切って辞めればよかろうが

事故が起きたり、別の思わぬ問題が勃発するのはこういう時だと

夫は長い経験で知っていた。

「あそこまで言われて反抗したい気持ちはわかるから放置していたが

いつまでも感情を優先していると、次男にも社員にも良くない」

要約すれば、それが夫の主張。


これには私も賛成だった。

男の意地もけっこうだが、張る相手が永井ごときではもったいないという理由からだ。

次男が意地を通して退職した場合、永井部長にクビを切られたことになる。

雇用も解雇もヤツの胸先三寸という前例を、わざわざ作ってやる必要は無いではないか。

この子には直進だけでなく、そろそろ汚い手も覚えてもらいたいところである。


以上のことを親子で話し合い、F社長に相談してアドバイスを受けた次男は

地元貢献という永井部長の命令に従うことにした。

F社長のアドバイスは、こうだ。

チャーターは今まで通り、F工業に発注する。

F工業はその仕事をM社に振り、実際のチャーターはM社から来る。

つまりM社はF工業の下請けとなって、F工業に我が社の仕事に参加するのだ。


このような場合、M社は1台につき千円程度の紹介リベートを

F工業に支払うのが業界の常識。

しかしF社長にとって、そんなハシタ金は目じゃない。

永井部長の命令を聞いて、地元のチャーターを使って見せることが重要なのだ。


一方で、F工業は切らずにそのまま。

うちに切られたところでF工業は困らないが、あえて切らない。

これで地元貢献と、F工業を使い続けることが両立するわけである。


やがてF工業からの請求書が届けば

M社を下請けとして使ったに過ぎないことが永井部長にバレる。

けれども知ったところで、彼は何もできない。

こっちはF工業を名指しで手を切れとは、一言も言われてないからだ。

地元を使えと言われたから、言いつけを守ってM社を使っている。

下請けではなく直で使えとも言われてないので、命令にはそむいてない。


F社長にも、文句は言えない。

150万の借りパクがあるからだ。

彼の感じるジレンマは、いかほどであろう。

さすが、上り調子の会社の社長は考えることが違う。

社内に良い手本がいないのだから、よその人に習えばいいのだ。


これに、どのような形で報復してくるのか。

またバカなことを考えつくのだろうが、少々楽しみでもあった。

《続く》
コメント (2)
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