殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

危険人物

2022年04月01日 17時14分54秒 | みりこんぐらし
面白かった大相撲が終わり、センバツ高校野球も終わっちゃった。

年度末で何かと慌ただしかったから、しっかり見てないけど

下馬評通り大阪桐蔭高校が大差で優勝。

だけど応援のブラスバンドは、決勝で敗れた滋賀の近江高校に軍配を上げたい私よ。

野球の強い学校はブラスバンドも強いものだから

実力的にはどちらも素晴らしかったけど、大阪桐蔭は選曲が古風。

乗りのいいジャズ系や新しめなポップスで勝負した近江、最高だったわ。



さてさて、私が子供の頃、実家の隣はお菓子屋さんだった。

いつぞや記事にした、厄介な隣人とは反対側の隣である。

優しい老夫婦が営む店で、日に何度もお菓子やアイスを買いに行ったものだ。


やがて中学生になった頃、店主の夫婦が相次いで亡くなり店は閉じられた。

店舗を兼ねた家は長い間、無人だったが

私がすっかり中年になった頃、不動産業と建築業を営むCさんという男性が

そこを買って更地にした。

そして彼の事務所が建てられ、町外れの自宅から通うようになった。


やがて45才の時に父が他界。

認知症一歩手前の町内会長に代わり、Cさんがしゃしゃり出て

通夜葬儀の采配をふるった。

昔から地元に住んでいたそうだが、滅多に実家へ帰ることのなかった私は

彼と初対面だった。


当時の彼は還暦前後。

小太りで血色が良く、テキパキと手慣れた振る舞いは、いかにも商売人という印象だ。

数人のご近所と我々親族の打ち合わせは終始、彼の司会と彼の決定で進められ

打ち合わせの終わりに、彼は平然と母に言った。

「では、さしあたって50万円、こちらに預けていただきましょう」

高!…と思ったが、私が出すんじゃないので余計なことは言わなかった。


Cさんのよどみない説明によれば、遺体が自宅に安置されると

宗派を問わず町内のお寺からお坊さんが訪れ

死者の枕元で枕経(まくらきょう)と呼ばれるお経を唱える。

その帰りにお布施を渡すのは町内会の役目で、何人来るかわからないため

一つの寺につき1万円のお布施は、数を多めに用意しておきたいということだ。


他にも市役所へ死亡診断書を提出して火葬の許可をもらったり

接待のお茶っ葉や茶菓子を用意したり

火葬場までの霊柩車やマイクロバスの運転手に心づけを渡すなど

町内会が行う役目は多く、それらの細々とした支払いのため

事前に親族からまとまったお金を預かる必要があるという。

そして余ったお金は葬儀終了後に返すという話だった。


その13年前、祖父が亡くなった時には

菩提寺以外のお寺から続々とお坊さんがやって来たり

町内会に50万も預けるなんてことは無かった。

実家の周辺では、いつからそうなったのか。

私はCさんを密かに怪しむのだった。


葬儀が終わり、返却されたお金は約半分。

Cさんが強く主張した枕経のお坊さんは

菩提寺と、一つ下の妹が勤めていた仏教系幼稚園の園長の二人にとどまる。

大金を要求しておいて大金を返せば

細かいことは気にされないという手口もこの世にはあるので、疑念の払拭には至らなかった。



それから長い年月、Cさんと接触することはなかった。

その間に彼が、多くの人から嫌われていると知った。

というより彼を良く言う人はおらず、その原因はやはりお金に関することだった。


そして今から数年前、彼と夫の間に仕事関係で揉め事が起きた。

二人は電話で激しく言い争ったらしい。

無口な夫が言い争うなんて、よっぽどのことだ。

しかし長年の経験から言うと、おそらく非は夫の方にある。

夫は自分の常識が足りない所を強い口調で指摘されると、異様に腹を立てるのだ。

そして怪しげな人ほど、人の非を見つけると必要以上に激しい言葉で突くものだ。

どっちもどっちというところ。


以後、夫の怒りはおさまらないまま、Cさんを憎み続けていたが

去年、彼の経営する不動産屋が倒産した。

ずいぶん前からうまく行ってなかったのは衆知の事実だった。

この時、彼は75才。

後期高齢者になった途端、銀行が相手にしなくなる慣例は

うちの義父の時から変わってないようだ。


Cさんの事務所は人手に渡り、奥さんとは離婚。

子供たちは奥さんと共に地元から消え

彼は競売を免れた息子名義の家で一人暮らしをしているという。

それを聞いた夫の喜ぶまいことか。

私は軽く同情したものの、父の葬儀の時を思い出し

あれでは時間の問題だったろうと納得した。

金銭的に不明瞭な彼から家を買う物好きは、あんまりいそうにない。



そして先日、実家の母と我々夫婦は隣の市へ買い物に出かけた。

昼ごはんを食べようと飲食店に行ったところ、入り口でCさんとバッタリ遭遇。

この店にはよく来るのだそう。

地元じゃ相手にされないので、市外へ出かけて時間を潰しているのだろう。

あまりの偶然に、夫は苦虫を噛み潰したような表情だ。


倒産を知る身としては気まずかったが、重苦しい気分はすぐに消えた。

彼が作務衣(さむえ)を着込んでいたからである。

私は僧職でないのに作務衣を着る人を信用しない。

信用に値しない相手に少々の失礼があったとて、こちらが気にすることはないのだ。

例外として作務衣のデザインが作業に適している陶芸家や職人は認めるが

そうでない場合はまず怪しむ。

そしてその偏見が見当違いだったことは、今のところ無い。


作務衣にゾウリ姿の彼は、何ら屈託の無い様子で明るく挨拶をしてきた。

そしてなぜか我々にくっついて中に入り、そのまま同じテーブルに着く。

えっ?と思ったが、母と会話がはずんでいるので、そのまま座った。


夫はムッツリしたまま、一言もしゃべらない。

一方、母と並んで座ったCさんは実によくしゃべる。

内容は、新しい事業のこと。

特許を取って売り出すためにSNSを利用しているのだと、私にスマホの画面を見せた。

老眼でよく見えなかったが、どうやら開発中の商品は

高齢の女性を性的に興奮させるサプリみたいな物。

お下品、お下劣な放送禁止用語の羅列で出資を募っている。


いつまでも生々しい男というのは、いるものだ。

作務衣で枯れを装うスケベジジイなんて、クズだ。

その上、経費のかからないSNSで金を集めようなんて、詐欺だ。


上機嫌のCさん、ポーカーフェイスの母、仏頂面の夫

下卑たスマホを見せられて気分を害した私…

4人の気まずい食事が終わった。

Cさんは自分から別会計を申し出て、まだここに居ると言ったため

我々は席を立つ。

別れ際、彼は母に言った。

「今度誘うから、どこかへドライブでも行きましょうや」

社交辞令だと思った。


車に乗ってから、私は母に言う。

「Cさん、お金を集めとるよ。

そのうち詐欺で手が後ろに回るけん、巻き込まれんように気をつけて」

わかっとる…母は答えた。

「金目当てに決まっとるが。

相手になんかせん」

そんなことを話したものの、Cさんの色と金欠の毒気にあてられて

後味の悪い一同。

二度とあそこには行くまいと誓い合い、忘れる努力をすることにした。


が、忘れるも何も次の日、Cさんはさっそく母に電話をしてきて

しつこくドライブに誘ったという。

母は即座に断ったそうだが、怖くなって私に電話をしてきた。

バッタリ会ったばっかりに、困ったことになったものだ。

一人暮らしの老女は、ただでさえ心細い。

若いイケメンならまだしも

あんなひひジジィに何度も誘われたらノイローゼになってしまう。


次に電話があったらCさんに連絡し、やめるように言うつもりで

まんじりともせず数日を過ごしたが、Cさんからの電話はその一回だけで終わった。

もう二度と、母を誘うことはない。

いや、誘えない。

なぜなら、家で亡くなっていたのを発見されたからだ。


再び夫の喜ぶまいことか。

そして私は安堵した。

世間じゃ今日はエープリルフールだそうだが、嘘のような本当の話である。
コメント (2)
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